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アーグ賢王国と船幽霊のネレウス

 アーグ賢王国は魔王が治める国、あるとき人類連合軍はアーグの肥沃な大地に目をつけ国王が魔族であることを理由に戦争を仕掛ける。

 アーグ領海の沖合に約二万人を乗せた人類連合軍の船団が侵攻に向けて集結しようとしていた。


 ある朝、港町にふらりと現れたネレウスはそこに居た漁師に頼む。


 「最も小さな船を貸してくれ。」


 漁師が小舟を持ってくるとネレウスがそれに乗る。

 小舟は風も波もない凪の海をするすると沖合に進んでいき、しばらくののち人類連合軍の大型船が次々に沈んでいく。


 昼には沖合にひしめいていた船は跡形もなく、小舟に乗ったネレウスは朝と同じようにするすると小舟に乗って港に帰ってきた。


 ネレウスは漁師の獲ってきていた好物の焼きハマグリを美味しそうにたべて、宮廷に戻っていった。


 「っていう話が壁画に書いてありました。」


 「きちんと読んだようじゃな。それなら遺言に従って持ってきたというのも本当じゃろう。」


 アーガイルの墓室の壁画の内容は、どれも絵本にできそうな英雄譚ばかりであった。

 その英雄譚の登場人物が目の前にいる。

 これはものすごく運がいいことなのかもしれない。


 「さて、それは納得がいったんじゃがな。おぬし、どこからあの墓に入ったんじゃ?」


 「……あー。」


 「もう随分前にの、あの墓の入口は土に埋もれておるのじゃよ。今ではすっかり山と大差ない状態じゃろう?」


 困った。

 バカ正直に「神様に魔王を倒せっていきなり飛ばされてきた先が魔王のお墓でした。」なんて言えない。

 しかも相手は魔王のお師匠様で、伝説の魔術師なのだ。

 これ、どうする?どうすればいい?


 「おぬし、わかりやすいの。汗が滝みたいに流れとるぞ。」


 またもやバレバレだった。


 「ふむ、言えぬか。そうじゃな、おぬし、吸魂の剣は手に入れたかの?」


 「あ、はい。手に入れました。」


 忍は底なしの指輪からソウルハーヴェストを取り出した。


 「……大したものじゃ。その剣は五百年続いたアーグ賢王国の至宝。大切に使うがよい。ついでじゃから、この老いぼれの昔話を聞いてはくれんか。少々長くなるがの。」


 「わかりました。」


 忍はお茶を入れ直し、老人の霊は昔話をはじめた。


 「実はアーガイルはアーグ賢王国の最後の王なのじゃ。あれはわしの弟子であり、優秀な男じゃったが、少し強引なところがあっての。それゆえ敵も多かった。」


 遠い遠い昔の話。

 この一帯はアーグ賢王国という国だった。

 アーグは多民族国家であり、立地としては孤立していたものの肥沃な大地と山々に囲まれて攻められづらい地形によって隆盛を誇っていた。 

 国王は代々魔族の魔術師であり、国教は知識の神トートン教団、ネレウスもトートン信徒であった。


 「この国は魔術師の国じゃった。わしは見た通り水の民での、当時の賢王国は魔王の国であっても人類の国と仲が悪かったわけでもなく、交流なども普通にあったんじゃ。」


 そんな国がある時を境に戦火に巻き込まれる。

 先程の話にも出た人類連合軍との戦争であった。

 しかしこの戦争はどうにもおかしかった、捕虜は賢王国側から仕掛けた戦争だと口を揃えていたのだ。


 「戦争で自国の正当性を主張するのは普通のことじゃ。ただ、どうにも話がきな臭すぎた。アーグ賢王国は辛くも戦争に勝つことができたが、どうにも腑に落ちない結果じゃった。あまりの言い分にアーガイルが怒ってしまってな。いくつかの国とは国交自体が断絶してしもうた。」


 アーグ賢王国にはその後も大小の苦難が続いた。

 そしてある時、事件が起きた。


 「アーガイルの王墓が完成してしばらくしたくらいじゃったか、街の視察に出ていたアーガイルが暗殺されてしまったのじゃ。」


 詳しい状況はネレウスにもよく分からなかった。

 ただ、事実としてアーガイルは殺され、その魔石も砕かれてしまった。

 

 「魔人は不確定ではあるが、魔石が残っていれば数百年の後に復活することがあると聞く。しかしアーガイルにはそんな望みもない。万が一復活したときのために、墓の中には外に出られる魔導具を置くわけなんじゃが。運がよかったのう、おぬし、慣例通りに魔導具が入れてあって。」


 「ははは。」


 ネレウスにはある程度のことはお見通しのようだ。


 「耳飾りはおぬしを呼び出した神の紋章の形をしておる。運命の女神フォールンに呼び出されたんじゃろう?その紋章の名は運命の車輪というのじゃ。」


 「ははは。あの女神フォールンっていうんだ。ははは。」


 次々に言い当てられる事実にもう笑うしかない。

 というかあの女神、名前があったのか。


 「ははははは。まあ、言えないこともあるじゃろうから大丈夫じゃ。わしは死んだときには百歳超えてたからのう。他の神の呼び出したものに会ったことがあったんじゃ。」


 どうやら神に召喚されるものは、一定の人数いるようだ。

 ネレウスが懐かしむように顎を撫でた、話が一段落したので、忍は気になっていたことを聞いてみた。


 「あの、話したくなかったら流してもらって構わないんですが。ネレウスさんはなぜ幽霊に?」


 ネレウスの好々爺然としていた雰囲気がピリピリとしたものに変わった。

 しかしそれは一瞬のことで、老人の霊は視線をそらして天を仰ぎ、静かに口を開いた。


 「……この滝壺で殺されたのじゃ。わしを殺した男の耳には書物と羽ペンをかたどった耳飾りがあっての。……その紋章、知識の雑記帳はトートンのものなんじゃよ。」


 なんということだろう。

 この英雄たる大魔術師は、信じた神の召喚した人物に殺されたというのか。


 「そいつはな、知識の神からこの世に遣わされた男じゃった。なんぞ使命があったらしいんじゃがの。内容は知らん。王城の来賓扱いで何年も遊び呆けて、アーガイルの死んだドサクサで国が傾くとさっさと敵国に裏切ったんじゃよ。わしは死角からの不意打ちで深手を負っての、腐っても神に遣わされた男じゃ。力及ばず、あえなく殺されてしまったというわけじゃよ。」


 重い、この老人の運命はあまりにも重い。

 そんな状況では幽霊になってしまうのも頷けた。


「……トートンが命じた使命はアーグ賢王国を崩壊させることじゃったのかもしれんの。」


 そう話したネレウスはさびしげで、とても小さく見えた。

 しかし、彼の話に忍は違う印象を持った。


 「ネレウスさん、擁護するわけじゃないんですがね。運命の女神が言っていたんですが、運命の女神は運命を決定できないんだそうです。」


 ネレウスは胡乱だった視線を忍に向ける。


 「こうは考えられないでしょうか。トートンは使命を達成できる力を持った人物を召喚したんでしょう。でも、その人物は自分の意志で使命を放り出してしまった。楽で楽しい王城ぐらしの方を選んでしまったんです。それは、トートンには予想できないことだった。そのままそいつは使命を忘れて流されていき、ついには敵に寝返ってしまった。」


 忍は人の弱さを知っている。人が信用できない。

 トートンが遣わしたその男は、果たして神の使命を真面目にやるような聖人君主だったのか?

 神は、罪もない信徒を追い詰めるような使命を課すだろうか?


 「神に、知識の神に見通せぬことがある、と?」


 「運命の女神でさえ運命が決定できないんですから、別のものを司ってる神がそいつの運命の先を知っているわけがない。知識の神の専門外のことでしょう?」


 ネレウスの目に、光が戻った気がした。


 「ほう。ほうほう。なるほどの。運命の女神の信徒がいうんじゃ、わしらは、見捨てられたわけではないと?」


 「まあ、トートン様は知らない神様なんで間違ってるかもしれないですけどね。いつか、神様に直接聞いてみたら良いんじゃないでしょうか?」


 ネレウスは何かを考え込んでいた。その表情に悲壮感はなく、顔を上げたネレウスは憑き物が落ちたような明るい笑顔で言った。


 「ふむ、何か礼をせねばの。おまえさんのおかげで、この老いぼれを通り過ぎた身に新たな知識が増えたわい。」


 空中に浮かぶネレウスのローブの端っこが明るく光りはじめていた。


 「ありがとう、お若いの。いや、運命の女神の使者殿よ。」


 光が、古き英雄を包み込んでいく。その姿が段々と薄くなり、消えていく。

 忍は無理矢理に笑顔を作った。


 「私の名前は天原忍です。トートンさんと仲直りしてくださいね。」


 ネレウスを見送って、気がつくともう日がくれかけていた。

 しかし、忍はなんとなく、ネレウスを騙したような気になっていた。


 「成仏、できたのか?なんか、使命を投げ出しづらくなったなぁ。」


 忍はネレウスに可能性がありそうな、最悪の推論を言えなかった。

 神からの使命は、「魔王を倒す」こと。


 その男は忍と同じ使命をもって、一番近くに居た、油断した魔王を暗殺したんじゃないか?


 気分は沈んでいたが、日も沈んでいる。忍は急いでテントを作り、魚とりの罠を回収した。

 五つの罠には大ぶりのニジマスのような魚がかかっており、最後の一つはなぜかカラカラと音がなっていた。


 「……指輪?」


 出てきたのは底なしの指輪。

 中身は大量のハマグリと魚と塩、これまた大量の金貨、いくつかの大きな魔石、そして、水の祈りという魔術書であった。


読んでいただきありがとうございます。


「面白そう」とか「続きが気になる」と少しでも感じましたら、ブックマークと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けますと嬉しいです。


是非ともよろしくお願いいたします。

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