英雄を目指すものと自由を目指すもの
忍はグレックを助けた形になるがその結果にはあまり興味がなかった。
明確な利益がある以上、多少の私情はあるものの仕事ととらえて受けた代理人だからだ。
よって決闘に何が賭けられていたのかは知らないし、この決闘の結果がグレックの言う通りに動くかどうかもあまり興味がなかった。
よって、ビルの処遇や王子が本当に死んだかは聞いておらず、数日後に王への謁見を控えてのんびりと忍ハウスで過ごしていた。
決闘の数日後、ロンダートが訪ねてきた。
あまりに普通に訪ねてきたので山吹も殴りそこねたらしく、使用人の食堂で話を聞くこととなった。
何を仕掛けてくるかわからないという山吹の進言からである。
同じ理由で手土産の高級お菓子も辞退した。悲しい。
「少しは信用してもらえたかと思っていたでやすが、やはりこんな扱いでやすか。」
「グレックじゃなくてロンダートとして来るからでしょう。」
「バレバレでやすね。でもこのほうが話しやすいでやす。お互いに。」
忍は半分呆れている。
同席している山吹は驚いており、鬼謀はなんだか訝しげな視線をロンダートに送っている。
ちょっとした参謀会議である。
「ねぇ、まさか、君ってセルロースのとこの黒マントかい?」
「パボラック様は覚えていてくれたでやすか。そうでやす。」
「その名で呼ぶな。死んでると思ってたんだけど、なんでここにいるのさ。」
「魔石が無事でやして。目覚めたのは二十年くらい前でやすかね。」
「待ちなさい、なんでここでセルロースの名前が出てくるんです?」
「ツィトローネ様にもお目通りしたことがあるでやすが。……失礼、山吹様に鬼謀様でやしたね。」
二人に睨まれてロンダートも身の危険を感じたらしい、素直に訂正する。
「私には全く話が見えないんだけど、ちょっと誰か説明してくれない。セルロースって何?」
ダイエットをしたことのある奴にとっては否が応でも潰したくなる名前だ。
代表して一番事情を把握していそうなロンダートが説明をしてくれた。
「魔王セルロース、六百年前に四匹の竜を捕らえ、現在のアサリンドやビリジアンの一帯を支配していた国の王でやす。」
六百年前、セルロースの支配したマッシブ帝国という国があった。
アーティファクトの力で次々と部族や国を吸収し順調に国土を広げたが、広がりすぎた国土によって統治が行き届かなくなり、最終的には四百年くらい前に崩壊した。その後にできた国がビリジアンやアサリンドとなる。
「強力な魔物や魔人は魔石さえ無事なら復活できることがあるでやす。あっしこれでもそれなりだったようでやして。」
「なんで意外そうなんですか。」
「旦那様、こいつは情報収集専門なんだよ。僕も魔導具やらの情報を集めるのに世話になったけど、ビリジアンの国で起こっていることならほとんど知ってる筈さ。弱っちいから魔王なんかに取り入って仕事してたんだよ。」
「嘘でしょ。」
忍から見ると全くそうは見えない。
身のこなしも山吹から逃げ切るほどだ。
「逃げるのと情報収集は得意でやす、しかし魔術や魔法は使えないんでやす。生まれつきそんなでやして、この場にいる誰よりもあっしは弱いんでやす。」
「喋ってしまっていいのですか?」
「警戒を解いてもらわないと話に来るたびに追いかけ回されそうでやすし。」
「喋ったところで信用できかねます。」
「手厳しいでやすな。本題にはいってもいいでやすか?」
訝しげな山吹の相手もそこそこにロンダートは決闘騒ぎの顛末を報告しだした。
ミハエル王子は処刑は免れたものの秘密裏に幽閉されるようだ、クロムグリーン家はかなりの報奨をもらったらしい。
決闘を婚約破棄と情報操作していたのはここに落ち着けるためだったようだ。
ビルは表向きに何かあったわけではなかったが、騎士団長を引退した。とても喜んでいるらしい。
どうやら現場主義のバトルジャンキーだったようで、団長に担ぎ上げられたことでまともに前線に出れないのがかなりの不満だったようだ。
いい顔をして闘うわけである、闘うために王子の方に与したようだ。はた迷惑な。
忍は代理人として早い段階で目をつけられていたらしい、蛇の白魔を倒したあたりだ。
ロンダートは本当に忍たちの動向をすべて把握していた。
自分の息子と娘を使ってちょうどよく誘導し、こちらを利用していたのだ。
「すべて手のひらの上か。面白くないな。」
「いえ、正体がバレたのは予定外でやす。途中から合わせてくれてやしたよね。おかげで公爵として仰々しく報告をせずにすんだでやすが。」
「敵に回したくなかったから警戒していた結果だよ。」
忍はロンダートの手の動きを鏡合わせに真似てみる。
少ししてロンダートも気づいたようだった。
「今回のことは本当に感謝してるんでやす。これからもクロムグリーン家はできる限りの助力をしやしょう。子供たちを助けてくた恩は忘れやせん。」
「利用してた子たちをか?」
「たしかにそうでやすが、これでもそれなりに情もあるんでやす。あの二人は養子でやす。先代の王があっしの力に目をつけて、継ぐもののいない公爵家の当主として担ぎ上げたんでやすよ。ただ、今の王様に正体がバレるとまずいでやす。」
「主殿、ぜひともバラしてやりましょう。」
「それ、鬼謀の正体もバラされるからな。やめろよ。どうせあんたも魔王なんだろう?」
「ご名答でやす。人は得体のしれないものをすぐに魔王と呼びたがりやす。忍さんの話を聞いて王が魔王にこだわっていたことにも合点がいきやした。」
忍はロンダートに喋ったわけではない。
その話を知っているということは鬼謀を仲間にした時の会話を聞いていたということなのだろうか。
忍は確かめたくなって隣の山吹の手を握って思念を飛ばす。
『ロンダートは女装趣味。』
「ブホッ!主殿?!」
ロンダートは不思議そうだが反応しない。
今度は口に出して聞いてみる。
「ロンダート、女装趣味とかあるのか?」
「どうしてそうなるでやすか?」
ロンダートが嫌そうな反応をした。
「すまない。忘れて続けてくれ。」
千影のように人の精神を覗ける可能性を考えたが、これはおそらく鬼謀のような発言を聞いての情報収集だ。
仕組みはわからないがロンダートは国中に耳があるようなものなのだろう。
千影と鬼謀に続いてロンダートにまで監視されているとなると、プライバシーの保護なんて言葉はこの世界で全く意味をなさないことを再確認する。
慣れたくないが慣れなければならない、知りたくなかった監視社会。
「王は隣のオーチュルの街で呪いの治療を受けているでやす。魔術師は呪いの進行を遅らせることしかできないようでやすね。バレットにかけられた呪いとは比べ物にならないほど強力な呪いでやす。謁見は三日後と返事がきやした。」
「なんだか悠長だな。」
「王の周りにも色々あるでやす。あっしもこんなときにしきたりにこだわっているのがバカバカしいんでやすよ。忍さん、ビリジアン潰したりしないでやすか?」
「やめろ、巻き込むな。だいたい暗殺がどうのって話はどうなったんだ。」
「嘘はないでやす。副団長は明日あたり戻って来るでやすが、流石に謁見の決まっている相手を狙ってくるようなことはないでやしょう。王の呪いが解ければ狙われる理由もなくなりやす。一安心でやすね。」
そういうことならまあ、多少安心して日々を過ごせるか。
長かったがやっとリゾートバカンスを楽しめることになりそうだ。
「謁見にはあっし…グレックと忍さんで行くことになりやす。従魔や精霊はついてくることはできやせん。みなさんも下手に動かないようにお願いいたしやす。魔物や精霊を感知する結界がありやすからね。」
「わかった、言い聞かせておく。」
最後にロンダートがわざわざ釘を差してきた。
山吹はおそらく勝手についてくるつもりだったのだろう、千影は聞いているはずなのでバカなことはしないと思うが。
ある程度まとまったのでこの日は解散となった。
冒険者や商人の滞在する街オーチュル。
宿屋や商店、酒場、レストラン、神殿やらギルドも一通り揃っていた。
街自体の大きさはパルクーリアの半分くらいだが商店の数は数倍ありそうだった。
もちろん忍の目を奪うような様々な食材がよりどりみどりである。
港に降りた瞬間からレストランをチェックして地図に記していたが、チェックが多くなりすぎて食べ歩きをするにも一苦労になりそうだった。
「シーラさん、ファロさん、気になる店とかありますか?」
「上流階級御用達の店ならいくつか覚えがありますモー。」
オーチュルでの同行者はシーラとファロになった。
従魔車など滞在中の様々なことはクロムグリーン公爵家が用意してくれたので、メイド以外はお留守番ということになったのだが、ロンダートが迎えに来た時のやり取りが怖すぎた。
ドレスを着たキメキメの山吹がでてきて挨拶の後に一言。
「グレック公爵殿、主殿になにかあったら我らが全力でコトに当たりますゆえ、ゆめゆめ忘れぬよう。」
「…好きにしろ。」
無事に帰らないとみんなして何しでかすかわかったもんじゃない。
むしろ忍にプレッシャーがかかる一幕だった。
「ドレスまで着込んで…決闘の時倒れ込んでたくせに。」
「気合を入れたいと朝早くに頼まれましたウオ。」
「ああ、シーラさんも手伝ってくれたんだ、すまない。」
「お安い御用ですウオ。ご主人様は本当に慕われておりますウオ。」
「ははは。嬉しいんだけどね。」
従魔車は二台連れ立って、賑わっている町の中央から少し入った裏道を進みはじめた。
表通りよりも人並みは落ち着いて大きな建物が目立つ。
この森の木はただでさえ背が高いのに木の下半分がツリーハウス、もはやビルのようになっている。
木を中心に建てられているのは変わらないが、火事でも起こればすぐに燃え広がってしまいそうだ。
従魔者がひときわ大きな建物の前に止まった。オーチュル・グランド・ホテルと書いてある。
開かれたドアから中がちらりと見えた、エントランスにフロント、ポーターまでいる。
木材中心で作られてはいるが、さながら高級ホテルのようだった。
「公爵様がお入りになられた後、忍様にお入りになっていただきますウオ。我々が頭を下げたらカーペットの上をゆっくりと背筋を伸ばしてお歩きくださいウオ。あとはついていけば大丈夫ですウオ。」
「わかりました。シーラさん、ファロさん、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いしますモー。」
「よろしくお願いしますウオ。」
カーペットはさっき公爵家の使用人が敷いていた。
大変な仕事だ、少なくとも忍にはできる気がしなかった。
ホテルの内部は前の世界の形式を踏襲していたが、バーやレストランがあるのは上階のようだった。
面白いことにスイートルームような大きい宿泊部屋が下層階に集中している。
王の滞在している部屋は二階一フロア全てだった。
スイートルームというかなんというか、なんだかスケールが大きすぎて忍は掃除が大変そうという感想くらいしか出てこなかった。
王の使用人は若いメイドばかり、そこまではわかるが配置されている護衛騎士も女性ばかりである。
これはアレかもしれない、若いってこういうことか案件かもしれない。
通されたのは寝室、中に入るとベッドの横に並べられた椅子に女性が四人と、護衛と使用人らしきものが二人づつ控えていた。
彼女たちの間にキングサイズのベッドがおいてあり、その上で上体を起こしている金髪碧眼の美男子がひとり。
これはアテが外れただろうか、勝手に日本人だと思っていた。
体は服で隠れていてわからないが、耳飾りがグレーシアの信徒だということを物語っている。
グレックがひざまづいたのでとりあえず忍もそれに習った。
「グレック・クロムグリーン公爵、魔術師殿をお連れしてまいりました。」
「ご苦労さまです。面を上げてください。魔術師さん、お初にお目にかかります。ユージン・ビリジアンです。」
ユージじゃないじゃないか。
ユージン、どこの名前だ。
英語の名前だった気がするけど、英語圏が広すぎる。
ええい、仕方ない、伝われ。
「魔術師の忍と申します。ユージン様。ご出身はニューヨークなどでしょうか?」
「え、シノブ…シノビ、ニンジャ!?日本人ですか?!」
いきなり大きな声をあげたユージンに周りの全員が驚く。
「ええ、よろしければ二人で診察する時間をとっていただきたいのですが。」
「いけません王よ!得体のしれない人物と二人きりになれば殺してくれと言っているようなものです!」
立ち上がって声を荒げたのは薄紫のドレスを着た女性だった。
短めの黒髪で黒目活発そうな印象で風貌は日本人によくにていた。
「ベルガ様、王の御前ですぞ。」
グレックが諌めるとこちらを睨みつけてドカッと椅子に座り直した。
「王の御前という理由ならばそちらの魔術師は正装ではないのですね。騎士団長を降した腕前は認めますが所詮は冒険者というところですか。」
「アビゲイル様、可能性のあるものを必死で探しております。どうかご容赦を。」
濃い緑のドレス、頭にはティアラが光る、髪の色も緑系だが印象的な黄色い瞳と豪華な装飾品が嫌味ではない程度に華やかな雰囲気を演出している。
おそらくうつむき加減で黙り込んでしまっている垂れた犬耳がテリアンだろうか。
可愛らしい茶色の天然パーマだが、視線を合わせてくれない。
そしてお腹が大きかった。
あと一人は…。
忍がそちらに視線を送るとこっちは忍に興味津々といった様子でずっと見つめてきていた。
水色の髪に緑の瞳、ドレスは青色だった。
ビリジアンの貴族には色の名前がついているので、第三夫人は水色に近い色の家名なのかもしれない。
「魔術は繊細。魔術師の言う通りにしないと。でも、魔術は見たい。」
「ステラ様、忍殿はビリジアンの国民ではありません、無理を言ってこの場に来てもらっているのです。」
視線を忍から外さずにそう話しただけで、後は黙っている。
遠慮のない感じがなんだか嫌だ。
女性陣とグレックが熱く議論をしている時、ユージンはうんざりした様子でため息を付いていた。その時、頬に黒いものが登ってくるのが見えた。
黒い蛇の入れ墨のようなものだ、実際に動き回っているのを目の当たりにしてしまうと夢のイメージより数段おぞましかった。
しばらく待っていたのだが埒のあかない議論に忍が声を上げる。
「私は個人的に今すぐ帰ってもいいです。何かが欲しくてきたわけじゃないので。ユージン様はどうされたいですか?」
「誰が口を聞いていいと言いましたか、魔術師風情が分をわきまえなさい。」
「失礼いたしました。ユージン様の意見が何一つ聞こえてこないもので。このまま帰ることになるのでしたら私はすぐにこの国を出ていきますのでご安心ください。」
アビゲイルに怒られてしまったがこのブラフはステラに効いたようでほとんど黙っていた彼女が完全にこっちの味方になってくれた。
どうやら魔術にかなり興味があるらしい。
ただ、先程からどうにも当事者であるユージンがそっちのけだ、千影がいれば二人だけで会話ができるのに、もどかしい。
「あの!王様がなおる可能性があるならやってもらったほうがいいです!」
「口を閉じろ、下賤なモリビトめ!王を殺すつもりか!」
「このままではこの子が父親に会えないんです!」
リリアンが口を開いたがアビゲイルとベルガに激しく罵倒される。
これ、普段から辛い立場を強いられてるパターンのやつだ、聞いていて胃が痛い。
一番いいのはユージンがまとめてくれることなのだが、ユージンは嵐が過ぎ去るのを待っているようで辛そうな顔はしているが発言ができない状態のようだ。
女性がこうなってしまうと収集がつかない、グレックもお手上げで空気になってしまっていた。
ここで無理矢理に発言しようものならあること無いこと捏造されて村八分、貴族の世界は忍の知っている社会というものに酷似していた。
しかし、そんな社会に適応できなかったのが忍だった、忍の両手が鏡写しに全く同じ動きをする。
アビゲイルとベルガの舌がしびれて、発言が止まった。
「失礼ながら、私は王との謁見に来ております!ユージン様のご意見をお聞きしたい!このまま死ぬというのならそれもよし、しかし、それは王が決めることではないですか?」
「待って、助けて!」
王がやっとそれだけ言ったので、忍は魔術を解く。
「この、怪しげな術をかけおって!」
「即刻捕らえて極刑にして差し上げます!」
「アビゲイル様!ベルガ様!王が助けを求めたのです!王の意思を握りつぶすおつもりか!」
グレックがそう発言すると二人が言葉をつまらせた。
「ユージ様、わたくしたちは常に御身を案じております。どうかこんなものの甘言などに騙されぬよう…」
アビゲイルは諦めずにユージンを説得しようと色々と話しているがユージンは黙ったままだ。
対してベルガは悔しそうに引き下がった。
「アビー、この魔術師はその気になればこの場であたしらを殺せる。この力量ならユージ様が助かるかもしれない。」
「ベルガ、あなたまで…。」
大勢は決した。
やっちまった。
打首って言われたら未開地に引っ込もう、海の先に新たな大陸を探しに出てみるのもいいかもしれない。
しかしとりあえず目の前のユージンからだ。
正直どう見たって子供にしか見えない。
全員が扉の外に出ていった後、椅子を借りて話をはじめた。
「はじめまして。天原忍、三十才。死因はトラック事故らしい。」
「ユージン・ムーア。死んだのは十五歳だって聞いたよ。病気で十四歳から意識がなかったんだって。ジャパニメーションは大好きなんだ。住んでたのはアメリカだけど病院をいくつも移ったから…。」
発言が幼いのは学校に通ってなかったからだろうか。
しかし特に痩せているわけでもないし入れ墨以外は健康に見える、本当に長期間床に臥せっていたのだろうか。
「経緯…今まで何があったか話してくれるか?」
「うん。グレーシアさんから説明を受けてこっちの世界に来たら、神殿で保護されたんだけど、そのままお城に閉じ込められたんだ。」
ユージンは城で丁寧に扱われていたが、一週間もしないうちにアビゲイルと婚約、そのまま結婚して王位を継がされた。
四人の婚約者は一ヶ月位で全員決まっていたらしい。
そこからはとにかく子供を作れと周りからせっつかれて毎日のように女性の相手をさせられたらしい。
異世界転生アニメの知識があったので貴族になると子供を作らなければならないとは思っていたらしいのだが、どうにも様子がおかしいしメイドやらモリビトも頻繁に訪れていた。
ユージンはそのうち新しい能力を得てビリジアンで自分がどう扱われているかを知ってしまった。
「【床上手】っていう能力があるんだ。セッ」
「まてまてまて、そういうことは直接いわないほうがいい。夜の営みというんだ。」
「え、まあいいけど。夜の営みの間、相手と心が通じ合うというか、なんとなく相手が考えてることがわかるんだけどね。僕の子供は神の子なんだって。だから、価値があるんだってみんな思ってたんだ。しかも、前の王は僕が夜の営みをする代わりに女の人の家からいろいろなものを受け取ってた。」
価値、なるほど。
ユージンはこの世界に来てそうそう、汚い大人の犠牲になったわけか。
「死ぬのは嫌なんだ。病気になってから外を歩くこともできなくなってたし、せっかく湖があるんだから泳いでみたいんだ。でも生まれ変わったときにもらった能力ももうほとんど残ってない。」
「残ってない?」
「【黒蛇】の呪いは魂を食らうっていわれてるけど、本当は能力が消えていくんだ。僕に残ってるのは【無敵の体】だけ、体力が回復して、しばらく外傷を受けるような攻撃が効かなくなるっていう能力みたい。使ったことはないけどね。」
「あまり能力を話さないほうがいい。手の内は隠すものだ。呪いを解く前に約束してくれ。私のことは誰にもいわないこと。私は貴族とか最終兵器とかになりたくないんだ。旅先で美味しいもの食べてその日暮らしでいいんだよ。」
「ああ、スローライフ系だね!勝手に英雄になっちゃうやつだ!」
何も反論できねぇ。
「ユージンはすでに王様になってしまっている。王様はきちんと勉強して国を導かなきゃならない。私も王様になったことはないが、さっきみたいに意見を言えないのでは駄目なのはわかる。これからはアビゲイルだけではなく、色んな人の意見を聞いてユージンが決められるようにならなきゃならない。」
「うん、でもアビーはずっとあんなふうに僕に話しかけてきて、それで僕もだんだん意見が言えなくなって…。本当はテリアンとも喧嘩しないでほしいんだ。僕、テリアンが好きだから。でも、かばうとアビーが怒るから。」
好意、安堵、悲しみ、憎しみ、もしかしてユージンはすでに答えを知っているのだろうか。
「女って難しいよな。奥さんたちはユージンをどう思っているんだ?」
「アビーは安心した感じだった。ベルガは僕のことを好きみたい。ステラは悲しいみたいだった、本当は結婚なんてしないで魔術の研究をしていたかったんだって。テリアンが僕を憎んでいるのは前の王とモリビトの長に結婚をしろって無理矢理させられたみたい。みんな僕にはいわないけど僕のせいで色々あったみたいなんだ。僕は、みんな好きなんだけどね。」
「そうか、みんな好きなら余計に君がしっかりしないと。ちゃんと意見を言うんだぞ。頑張れ。」
ユージンはかなりビリジアンという国に振り回されている印象を受ける。
しかし、そっちにひっかかるよりも奥さんと周りのことを心配しているユージンはものすごくいい子に見えた。
「……ユージンは、いま、幸せか?」
「え、うん。楽しいよ。」
嫌なやつだったら放置してやれと頭の隅で思っていたのだが。
忍はユージンの頭に手をおいて【解呪】を使う。
ユージンの体が紫の炎に包まれて口からゴポゴポとドロっとしたものが溢れ出す。
【クロケムリ】のときのように戦わなければならないかと覚悟したが、ドロドロとしたものは紫の炎によって燃え尽き、後には何も残らなかった。
「かはっげほっ!うぅ…終わった?」
「確認しよう。ちょっと服を脱いでくれ。蛇は消えたか?」
ユージンが服を脱ぐとお腹に耳飾りと同じ入れ墨があった。
とりあえず、【黒蛇】は消えたようだ。
そっと廊下への扉を開くと中の様子をうかがっていたアビゲイルとステラが倒れ込んできた。
「アビゲイル様、盗み聞きははしたないですよ。」
「わ、わたくしは何も聞いておりませんわ!」
「……もし私のことが外部に漏れたら容赦しませんからね。」
盗み聞きには全然気づいてはいなかったが、ギャグパートのお約束というやつだ。
頭の隅にあったおかげで速攻で釘をさせた。
ステラが呪いが解けていることを確認し、四人の王妃とユージン、そして公爵を中に招き入れて続きの話をすることにした。
「やっぱり消えちゃった能力はなくなってしまったみたい。」
「それは……残念でしたね。」
「忍さん、さっきと同じように話してください。この場ならいいでしょ?」
チラとアビゲイルとベルガを確認するがとりあえずは何も言ってこないようだ。
ユージンの言葉に反省しているのかもしれない。
「じゃあ、そうさせてもらう。先に話しておきたいことあるか?」
「うん、テリアン、今までかばってあげられなくてごめん。テリアンは下賤なんかじゃないよ、僕は君が好きだ。」
テリアンがうつむいている、しかしポタポタと膝の上に雫が落ちていた。
「僕は皆が好きで、喧嘩してるのは嫌だ。仲良くしてほしい。僕も頑張って意見を出すから、みんなでいろんなことを決めていきたい。アビーはこの国が大好きなのを知ってる、ベルガが暴走しちゃうのを知ってる、ステラが本当は結婚したくなかったのも、テリアンが僕を好きじゃないことも知ってる。でも僕は四人が好きだから、今から少しでもみんなが納得できるようにしたい。」
四人の王妃が泣いている。
いろいろな葛藤やわだかまりがあるのだろう。その中でテリアンが口を開いた。
「ユージ様、私はたしかにユージ様を憎んでいました。毎日辛くて苦しくて、でもどうにもできなくて。でも、そう言っていただけて、いま、やっとユージ様の妻になれた気がします。これからもよろしくお願いします。」
なんとなく丸くおさまったようだ。これ以上忍の出る幕はないだろう。
人を呪わば穴二つ。
ユージンの延命を行っていた魔術師が、帰ってきた【黒蛇】の呪いで死んでいるのが見つかったのは数日後のことであった。
「で、なんで君たちここにいるの。」
呪いが解けたユージンはベルガとステラを連れてクロムグリーン公爵家に滞在していた。
そして毎日のように報告と称して忍ハウスへ遊びに来るようになったのだ。
「報告だよ。テリアンのお腹を赤ちゃんが蹴るんだ。」
「いや、めでたいけども。」
ユージンはこの世界では成人年齢だが、忍ハウスでは知り合いの子供という扱いだ。
お忍びということを全員に徹底し、ニカや三人のメイドとともに庭いじりや動物の世話をしている。
ステラは頻繁に魔術を見せろと言ってくる、闇の魔法中級を使えるようなのだが使っていることを見たことはない。もちろん忍も魔術を見せたりはしないので、魔術の練習をする回数が減った。
ベルガは忍に勝負を挑んできていたが、山吹にも負けて最近は山吹と戦っている。
来るたびにボコボコになって帰っていくが数日たつと復活している、治癒魔術師にでもなおしてもらっているのだろうか。
山吹も山吹で容赦がない、まあまあ骨があると言っていたのでベルガはそれなりに認められているのだろう。
三人ともものすごく馴染んでいるのだが使用人寮だけにしか入らないように言ってある。お風呂も使用人寮に増設した。
夕方あたりに公爵家の従魔車が迎えに来て帰っていくのが通例だった。
「そういえば、ユージンはなんで蛇狩りをしてるんだ?」
感動のシーンで話したかったことをすっかり忘れていた。
蛇刈りと魔王の良し悪しの話をしておかなければならない。
「神託で僕が騎士団長の鎧の白いのを着て戦っていたんだ。それを聞いたベルガが白いパーカッションバイパーを狩るって張り切っちゃって……。」
「なるほど。いますぐ蛇狩りをやめてくれ。国境がフォールスパイダーで溢れかえってる。行商人が困ってるんだ。」
国策とかそういうのじゃなかったらしい。
忍は持っていた白蛇の死体を指輪から出してみせた。
「魔石はもうないが鎧を作る分くらいなら譲ってもいい。解体したら渡す。」
「……こんな大きいのを倒せるの?!忍さん!僕に戦い方を教えて!」
「残念ながら運が良かっただけだ。耳飾りの魔法と武器の練習を根気よく続けて、パーティで闘うのがいい。」
「わかった。僕は光と土の魔法が使えるんだ。」
「バラすなバラすな。」
ユージンは純粋で眩しすぎる。
これで女性経験が百人超えとか全く意味がわからない。
「僕の神託、白い鱗の鎧と斧を持って大きなハチと闘うんだけど、すごく怖いし呪いにかかっちゃってたし絶対駄目だと思ってたんだ。」
「病み上がりで無茶をしない。」
「大丈夫だよ、場所もわからないし。」
「まあ、魔王といっても個性がある。いいやつも無害なやつもいる。ハチは話が通じなそうだけど。」
「忍さんがいうならそうなんだろうね。でも、僕はヒーローや王様になりたいから、やっぱり神託に挑むよ。」
ユージンの目標は忍と違って大きいようだ。
しかし巨大蜂、魔王なんだろうか。
魔王にも色々いるな。
「忍さんは一緒に戦ってくれない?」
「すまないが、遠慮する。」
「…言ってみただけ。僕は僕で頑張ってみるよ。」
とはいえ、関わってしまうと多少の情が湧く、やっぱり死んでほしくない。
忍はファロを呼んで急ぎ白蛇の解体にかかるのだった。
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