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孤島の決闘

 水の祈り、ネレウスから受け継いだ魔導書である。

 様々な手の動きによって効果を表す魔術で、その内容はほとんどが二つの言葉で出来上がっている。

 舌がしびれるは舌、しびれる、という単語で出来上がっているということだ。


 「この水を飛ばすというのは水、飛ばすの二つ。では、矢をそらすを分解して飛ばすとくっつけたなら……。」


 忍が矢筒を用意して右手を所定のとおりに動かす。

 矢筒に入った矢は、寸分の狂いもなく狙った場所へと飛んでいった。

 次は左手を同じように動かす、結果は同じだった。


 水の祈りには手話のように単語が散りばめられていた、そのほとんどが片手で表す単語である。

 しかし、稀に両手を使った単語が存在する。

 亀甲、珊瑚礁、潮流、海雪、時化、流氷。

 さて、どの単語から試そうか。

 千影にも人が来ないよう周辺を見張るだけで遠慮してもらっている、一人で存分に魔術を試してみよう。


 そうしてあっという間に時は過ぎ、決闘の当日になった。

 集合場所の港には帆船が一隻、船体には公爵家の紋章が描かれ、湖の波にあわせて揺れている。

 公爵家はグレック、バレット、レイアにメイドと使用人が合わせて五人、忍側の参加者はいつものメンバーにシーラを含めた七人だったが、実際に人の形をしているのは四人だけだった。


 「お初にお目にかかります!バレット・クロムグリーンです!みなさんこの度は命を救っていただきありがとうございます!」


 すっかり元気になった青年が明るく挨拶をしてくる。

 全員に握手して回るその姿から快活な青年であることがうかがえる。

 頭に乗った鬼謀と飛んでいる白雷にも興味を示してくる。


 「可愛いですね、忍さんは従魔術師なのですか?」


 「うーん、広く浅いのですよ。それに魔術師はできることをあんまり人に言ってはいけないことになっているのです。申し訳ありませんがバレット様を治療した魔術師は来ておりませんので、また改めて挨拶に伺わせていただければ幸いです。」


 鬼謀がたしたしと前足で忍の頭を叩く。


 『なんで挨拶に行くとか言ってるのさ。僕は死んだとか言っとけばすむよ。』


 無茶苦茶な思念を飛ばしてくる鬼謀を無視して公爵家の三人への挨拶をすませる。

 グレックは憮然とした態度で挨拶を受けていたが、レイアは今にも倒れそうなほど顔色が悪い。


 「レイア、代理人を努めてくださる忍殿だ。」


 「この度はわたくしの不始末のためにお手を煩わせることになり、申し訳ございません。何卒ご無理をなされぬようお願いいたします。」


 消え入りそうな声で言われてしまった、頑張らねば。


 「チッ。」


 鬼謀が舌打ちしてる、なんでだろう。

 船に乗り込んで甲板の先に歩いていくと、周りに誰も居ないことを確認してから鬼謀が思念を飛ばしてきた。


 『貴族は困ったら誰かが助けてくれる。いいご身分だよ。』


 『それは違う。彼女は運が良かったんだ。』


 鬼謀の言いたいことはよく分かる。

 どうにもできない、助けてくれないと諦めるところまで追い詰められたことがある鬼謀ならレイラは青い顔でうつむいているだけで助けてもらえるように見えるだろう。

 しかし実際は貴族でも平民でも関係ない、助けてほしいと声を上げた時、運良くお人好しが近くに居たかどうかが分岐点だ。


 『それに、助かったかどうかはまだわからない。山吹のようなこともあるかもしれないからな。』


 『まあ、僕の運が悪かったのは認めるけどさ。旦那様はそんなに自信がないの?』


 『ない。』


 胸を張る忍に鬼謀が呆れたのがわかる。


 『でも、助けようとしてくれる人がいるだけで少し楽になる。結果は置いておいてもね。覚えがあるんじゃないか?』


 『まあ、ね。先生なら助けてあげてもいいかな。』


 今も山吹を先生と呼んでいるのが感謝しているいい証拠だ。

 そして忍としては少しだけ思うところもある。


 『助けてあげて。いなくなってからじゃ、遅いから。』


 『あの人がいなくなるとか、ないでしょ。』


 鬼謀が呆れながら笑っている。

 忍は諌めようとして、できなかったことを鬼謀に押し付けてはいけないと思い直した。

 何人かの顔が浮かぶ、親、兄弟、親友、数人だけだが心残りがある。

 恩を返すことができなかったのだ、無職のまま引きこもって死んだのだから。


 「見事に男ばっかりだな。」


 『え、旦那様の周りはメスしかいないじゃないか。』


 口に出ていたらしい。

 鬼謀にツッコまれたときに、出港の声が上がった。

 この世界の忍は間違いなく幸せだ。

 しかし、昔のことは常に頭の隅にあり、それが忍を常に焦らせるのだった。


 小島に到着した時、ミハエル王子の一行はすでにパラソルの下でくつろいでいた。

 ビーチチェアに横たわってトロピカルドリンクを飲んでいるのが王子なのだと嫌でもわかる。

 女性を数人はべらせて、大きな羽で扇がれている。

 周りには鎧を着た騎士が数人待機しているが、夏の日差しにアレでは倒れてしまいそうだ。


 「え、なにあの緑髪。海水浴?」


 『貴族ってあんなもんだとは聞いてたけど、目にすると醜悪さが際立ってるね。』


 『忍様は嫌な顔をするのですね。男性はあのような行為が好きなものと誤解をしておりました。』


 「いや、まあ、少なくとも人前で見せつけるものじゃない。王子も顔はいいけどあれじゃ台無しだな。恥は知っておかないと。」


 絶対領域だなんだと露出をどんどん上げていくのは好きではないし、恥じらいのない女性は恐ろしい。

 ニカのオーバーオールや鬼謀のローブもそうだが、メイド服もクラシックなデザインにしている。忍の趣味が反映されているのだ。

 二次元は普段からビキニ同然の格好をしているのに何故水着がありがたがられるのかいまだに疑問である。


 あっけにとられている忍とは対象的に公爵家の面々は憎々しげにその様子を一瞥する。

 少し離れたところで公爵家の使用人がパラソルと椅子を用意してくれたので全員でそこに落ち着いた。


 「砂浜で一対一は予定通りですが、相手はどなたでしょう。」


 「それなりの相手のはずだが、パラソルの近くにはいないようだな。」


 「わかっていて伏せるのはなしですよ。」


 「公平な決闘のための約束事項の一つだ。調べればこちらの不利になる。」


 決闘、めんどくさい。

 そして前情報がないのは不安を煽られる、忍はプレッシャーに弱いのだ。

 日差しが強い、熱さにも体力が削られる、もう契約書にサインもしたし、そろそろはじまってもいいと思うのだが。

 準備運動代わりに軽く体を動かすが、服がすでに体に張り付いていた。


 「……だめだ、上は脱いでいこう。」


 髪の毛を結び直す、マントは着ていたほうがいいだろうが、パーカーは流石に無理だ。


 「山吹はよくプレートアーマー着ていられるな。」


 山吹はプレートアーマーを着て同行していたが、ニカの脇に立って微動だにしない。

 おかしい、忍が話しかけたのに何の反応もない。


 「やまぶきさん?」


 ニカがコンコンと鎧を叩くと山吹が倒れた。

 鎧の中で目を回していたようだった。


 「あーもー!鎧脱がせてそこに寝かせてくれ!」


 パラソルの後ろに【アイスウォール】を作って、決闘前に魔力を消費する羽目になったが、相手の陣営が驚いたのでまあ良しとすることにした。

 樽の中に水をためて壁の近くに置き、冷たいものを飲めるようにしておく。


 「シーラさん、皆様の飲み物もこちらに持ってきて冷やすように言ってきて。いくつも出すのはちょっと不安だから。」


 「承知いたしましたウオ。」


 バレットとレイアも突然現れた氷の壁に引き気味だ、グレックだけがさも当然というように椅子に腰掛けていた。


 「お父様が代理人を頼むだけのことはありますね。」


 「お兄様…わたくしは、助かるのでしょうか…?」


 その時、王子側の船から蛇柄のスケイルアーマーを着た男がおりてきた。

 大きく曲がった大剣をもち、筋肉質で忍と同じくらいの体の大きさだった。

 男はこちらに鋭い眼光を送ると王子の前にひざまづいた。

 公爵家の面々が全員驚いてる。

 グレックがつぶやいた。


 「ビル・カーキ騎士団長……こんな私闘にビリジアン最強の騎士が出るというのか。」


 どうやらあの人物が忍の相手のようだ。

 騎士団長と聞くと山吹のような格好を思いつくのだが、ビルはどうみてもハゲた山賊のような格好をしていた。


 「あの鎧はパーカッションバイパーの外皮です。並の刃物では傷もつかないでしょう。火の魔法も使いこなし、アサリンドとの国境戦争で名を馳せた英雄です。」


 アサリンドとビリジアンが争っていたことでさえ忍は知らない。

 ビルを観察してみると、鎧と剣から魔力を感じる。

 身のこなしを観察していると、ドムドムのようなパワータイプだと推察された。

 しかし、おそらく魔法に関しては忍のほうが優れているだろう。

 距離を取った魔法戦を仕掛けるのが良さそうだ。


 砂浜に呼ばれた。鬼謀を山吹の上に置き、千影の壺をニカに預ける。


 「全員、決闘が終わるまで手出し無用だ。船でも話したがズルは無しということで。」


 「しのぶさん、がんばって!」


 「ご武運をウオ。」


 公爵家の三人にも跪いて挨拶をする。


 「行ってまいります。」


 「ジャスティ様の加護があらんことを。」


 レイアが加護を願ってくれたが、忍はフォールンの使徒だ、今回もあんまり関係なく加護を授けてくれることを願おう。

 砂浜の中央でビルと対峙する。

 ただ静かにククリ刀のような大剣を構え、こちらを見据える騎士団長は何も言わない。


 「よろしくお願いします。」


 忍はそう声をかけて赫狼牙を抜いた左手を前に半身の構えをとった。

 王子のそばにいた衛兵の一人が一歩前に出て、声を張り上げる。


 「これより、ミハエル・ビリジアンとレイア・クロムグリーンの決闘を執り行う!代表者は名乗りを!」


 「ビル・カーキ!!」


 いきなりの大声に心臓が飛び上がったが、平常心と自分に言い聞かせて普通に名前を口にする。


 「忍。」


 「決闘は降参、続行不能、死亡により決着する!正々堂々、お互いの名誉にかけて!はじめっ!!」


 号令とともに赫狼牙が炎を纏うがビルの剣はすぅっと景色に溶け込むように消えた。

 そのままビルはまっすぐ突撃してくる、開始距離がある程度離れていたことが幸いし、接敵までは少しの間があった。

 忍は赫狼牙の先から【ファイアボール】を放つが、ビルは構わずつっこんできて見えない刃で魔法を切り払う。


 同時にビルの足元で何かが爆ぜる、先ほどまで重い足取りで走ってきていたビルが弾丸のような速さで忍の前に躍り出た。

 そのままビルは下段からの切り上げを狙うが、忍も足から【ウォーターガッシュ】を放ち、横っ飛びに距離をとった。


 ビルがニヤリと笑った。

 そのまま実に楽しそうな顔で足元から爆音を鳴らし忍に切りかかってくる。

 忍とビルは同じような方法を取っている、すなわち足から簡単な魔法を打って推進力を得ているのだ。

 忍はなんとかいなしているが、目に見えない刃と爆発の推進力を使った切り返しの速さに離れるのも難しい、パワーもある。

 そしてビルの剣は赫狼牙で受けても溶けたり折れたりすることがなかった。


 足元が悪いのも困りものだった。

 何合か切り結んだ後、しびれた手がビルのパワーに負けて赫狼牙が弾き飛ばされてしまう。

 ビルがとどめを刺そうと追撃を振りかぶった時、忍は祈るように手を組み、続けて両手で同時に頭を抱えこむような動作をした。


 ガギィン!


 この四日で見つけた両手の単語で使う魔術の組み合わせの一つ、亀甲で守る、バリアを作る魔術が振り下ろされたビルの剣を阻んだ。

 ビルが体制を大きく崩したのを見て、間髪入れず【アイシクル】をビルに打ち込む。

 鋭い氷が土手っ腹に当たったものの、ビルは少し吹っ飛ばされただけですぐに立ち上がった。

 忍はビルを警戒しながらゆっくりと赫狼牙を拾い、腰の鞘に収めた。

 剣なしで先ほどと同じような半身での構えを取る。


 「いい鎧をお持ちで。」


 「……やる気に、なったか?」


 それを聞くということはまだ小手調べの段階なのだろう。

 余裕で楽しんでいるところに悪いが今度はこちらからいかせてもらおう。


 「【マルチ】【インクリ】【アイシクル】!」


 突き出した左手から先ほどの倍ほどもある五本の巨大な氷のトゲが発射される。

 ビルは余裕の笑みで地面を踏み込もうとして、がくんと腰が落ちた。


 足がしびれる。


 忍の右手がその大きな体の影で動き、魔術を発動していた。

 突然動かなくなった足にバランスが崩れ火の魔法のダッシュが失敗し、三発の【アイシクル】がビルに命中する。

 いくら鎧の防御力が強くても外側から強い衝撃を与えられれば内部に響く、【インクリ】で威力を増した【アイシクル】なら岩を削れるくらいの衝撃が加わるはずだ。

 ビルが大きく吹っ飛ばされて湖に落ちた、観客はみな勝負が決まったかのように声を上げたが、忍は全くそんな事は考えていなかった。

 事実、湖の上にビルは浮かんできていないし、開始を宣言した兵士も忍の勝ちを宣言していない。


 忍はマントの中に手を突っ込んで矢を取り出した、矢の後ろには小さな木札が結び付けられている。

 さて、見えない相手は狙いようがないのでさっさとでてきてほしいところだが、湖に吹っ飛ばしたのは失敗だったか。


 波打ち際に不自然な波が立った。

 その位置でドンッという爆発が起こったが何も見えない。

 揺動か、いや、あの大剣が赫狼牙のようになにか能力を持っているとすれば。

 忍が魔力を注意深く感知すると上から何かが落ちてきていた。

 矢を上に投げて飛び退きながら詠唱をする。


 「岩よ岩!不届き者を地に縛れ!」


 忍の予想は的中し透明な何かは【岩枷】によって壁尻状態でつかまった。

 距離を取ってしばらくすると、徐々にその姿が見えるようになってくる。

 岩に埋まりこむようにつかまったビルは火の魔法で岩を壊そうとするが発動しなかった。

 ビルはこちらを睨みつけていたが、諦めたようにまた笑って目を伏せる。

 忍は赫狼牙を抜いてビルの顔に突きつけた、勝負はついたのだ。


 「殺せ。」


 そう言ったビルは力尽きて気絶してしまった、魔力切れは屈強な戦士でも抗いがたいようだ。

 満足したように清々しく笑っているビルは思ったよりも普通のおっさんだった。

 対象的に女をはべらせていたイケメン王子は青ざめて泣きそうになっている。


 「そこまで!勝者・忍!よって決闘はレイア・クロムグリーンの勝ちとする!!」


 兵士の判断にレイアとバレットが沸く、グレックもそれとなく嬉しそうだ。

 しかし忍側の見学者はなんだか様子がおかしい、ニカは山吹を介抱していて白雷は氷の壁の近くで休んでいる。

 鬼謀は最初から見ていたようだがうさぎ状態なので何を思っているかわからない。

 なぜか一番感動していたのはシーラだった。


 『あ、おわったの。湖に入ってくるの。』


 「お、おう、いってらっしゃい。」


 白雷は暑さに負けていたらしい、さっさと水浴びに行ってしまった。

 椅子に置かれていた精霊の壺を手にとる。


 『忍様、お疲れ様でした。見事なお手並みでした。』


 「お疲れさまでしたウオ!冷えたお水ですウオ!」


 「千影、シーラさん、ありがとう。多分二人しかまともに見てなかったよ。」


 山吹は湯着の状態ですやすや眠っているが倒れたことを鑑みると心配だ。

 【ウォーターリジェネレーション】をかけて水風呂につけてやろう。

 後処理はグレックに丸投げして忍は従魔たちのための対応に追われるのだった。


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