犯人と代理人
忍と鬼謀はクロムグリーン家の一室で拘束されていた。
使用人が三人見張りについている、そのうち一人が鬼謀を縛っている縄を締め上げた。
「いったいなぁ!僕たちは呪いを解いただけって言ってるだろ!」
「あー、その子華奢なんで優しく扱ってあげてくれません?」
「そうだぞ!あのままじゃ危なかったのさ!」
「静かに!」
使用人に怒鳴りつけられて忍は口をつぐむ。
鬼謀はギャーギャー喚いているが、レイアも見ていたことだし、すぐに疑いははれるだろう。
捕まる直前に【グランドリジェネレーション】をかけたのでバレットもそのうち起きるはずだ。
「鬼謀、【クロケムリ】ってなんだ。」
「魔石を使った呪いだよ。僕を相手に呪いで喧嘩売ってくるなんてバカにされてる気分さ。」
「バカにしてるのはお前だろう、ご当主様の前でフードなんか被りおって!」
鬼謀のフードを使用人がめくり、その顔があらわになった。
第三の目が開き、拘束していた使用人たちが苦しみだす。
「…あーあ、安全のためって旦那様が言ってたのに、隣の部屋で聞き耳立ててたくせに聞いてなかったの?」
「鬼謀、手加減しろよ。」
「手加減って言われてもフードがないんじゃ止めようがないかもー。いやー、こまっちゃうなー。」
明らかに遊んでいる。
忍も使用人の態度に少し嫌な感じがしていたので放置することにした。
這いずって鬼謀のところに身を寄せる。
『バレット様はまだ大丈夫なのか?』
『たぶんね。呪われてるのは遠目ではわからなかったよ。近づけばすぐゾワゾワするんだけどさ。ところで、犯人わかったけどまだ転がってたほうがいいかな?』
「マジか。」
思わず声を出してしまった。
しかし犯人がわかったのなら先に確保してしまうのがいいかもしれない。
「千影、そこのナイフで拘束を解いてくれるか。ついでにこの三人の記憶読んでおいて。」
『仰せのままに。』
使用人はみんな気絶してしまっているようだ。
こうなると鬼謀の呪いはファインプレーである。
変身した千影が忍と鬼謀の縄を切ってくれた、手首にあとが残ってしまっている。
千影は仕事を終えると忍のマントの中に溶け込むように消えて、鬼謀はうさぎの姿になったので、頭の上に乗せた。
『シーラのとこにいるメイドが街で聞いたのと同じ声なんだよね。』
「よく頑張った。走るぞ。」
忍は耳飾りの地図の示すシーラのところへ急いだのだった。
シーラは食堂で使用人に問い詰められていた。
パルクーリアの使用人は冒険者上がりや戦闘訓練を受けているものが多い、主人の居ない間に別荘を守り、ボディガードも兼ねているからだ。
この家の使用人も例外ではなく、シーラは不利な状況をいやというほどわかっていたので大人しく椅子に座っていた。
「なぜバレット様を狙うなどという恐れ多い真似をした!」
「何も知りませんウオ。ご主人様がそんなことをしたなど信じられませんウオ。」
「このっ!」
質問を投げかけていたメイドがシーラに平手打ちをする。
しかしシーラにたいしたダメージはなく、むしろノーマルだったメイドの手が鱗によって切れていた。
「っ!よくもやったわね!」
「何もしておりませんウオ。」
「木端商人の使用人の分際で!」
メイドは喚き立てるがシーラの表情は崩れず、知らぬ存ぜぬの一点張りだった。
後ろに控える男性二人にシーラを痛めつけるように指示を出すが男性は動かない。
当然だ、まだ何が起こったかよくわかっていない状況で客に手を上げるなんて使用人としてあるまじき行為、このメイドはそれがわかっていない。
それに悲鳴が聞こえたのとほぼ同時に騒ぎ出したこのメイドにシーラは不信感を持っていた。
比べて食堂の扉を守っている二人は隙がなく、手を出してこないが通す気もないようだ。
さすがは公爵家、しかもお嬢様のいる家の男性使用人だ。
シーラはその立ち居振る舞いに感心し、姿勢を正した。
同時にメイドの滑稽さにどんどんと違和感が強くなってくる。
落ち着いてきたメイドが深呼吸すると居住まいを正して外に出ようとした。
しかし入口の二人はそれも止める。
「通しなさい、ご当主様に指示を仰いできます。」
「できませんワン。ここで彼女を見張るのが私共の仕事ですワン。貴方は彼女を見習うべきですワン。」
「はぁ?!私はカーキ伯爵家のメイドなのですよ!商人つきの魚を見習えとは侮辱以外の何物でもないわ!」
そう叫んだメイドの足が、止まった。
地面からあふれる真っ黒いものに絡め取られて全身が覆われていく。
扉を守っていた犬耳と猫耳は警戒態勢に入った。
程なくして部屋の扉がノックされる。
「お話があります。グレック公爵様に取り次いでいただいてもよろしいですか?」
扉の外からはいつもの調子の忍の声が聞こえた。
そこから先はトントン拍子に事が運んだ。
忍たちは食堂に通されほどなくしてグレック一人だけが食堂に現れた。
シーラの拘束も解かれているし何事もなかったかのように食事が運ばれてきた。
鬼謀はうさぎの格好のまま忍の頭の上にいるし、ギャーギャーうるさかったメイドは千影に倒されてお縄についている。
少しきつめに対応するように申し付けたので、どの程度正気かは知らないが。
「さて、今回の件の首謀者は誰だね。」
「聞かれてる答えによりますね。私達をこの茶番につきあわせた首謀者は貴方ですよ。」
忍が答える。
グレックは眉一つ動かさず、忍に手の動きで続きを促した。
「おかしいとこだらけなんですよ。まず、バレット様が起き上がっていないのがおかしい。公爵家が治癒魔法を使える人材を用意できないわけがない。」
鬼謀の話をきちんと聞いていたなら、息子にすぐ回復魔法をかけるはずだ。
千影が厨房を覗いたが用意されていた料理は三人分、娘がいたことを考えるとおそらく鬼謀が食事を断るのがわかっていたのだろう。
「細かいところはおいておいて、決定的なのは来客時の対応ですよ。私達はマントで部屋に入り、グレック様にお目通りすることになったにも関わらず、そこに関して何も言わない。私達のことを事前に調べていたのではないですか?」
マントの下には武器やら毒やら隠し放題だ。
まず入口で脱ぐものだが、中を確かめもせずにすんなりと通された。
鬼謀がフードを取らない理由もこちらから危ないということを伝えたにも関わらず一言も反応無しである。
「ふむ、では、バレット暗殺の首謀者は誰だね。」
「この場でお名前を出すのが憚られるお方ですね。無礼討ちにされてはたまったものではないですので。それに、全部わかっていて放置してるんでしょう?」
千影が読み取った情報を総合して考えると、バレット暗殺の首謀者はおそらくミハエル王子だ。
現在、王にはミハエル王子の差し金で呪いがかかっている。
呪いで現在の王が死ねばミハエル王子が王となる。
ミハエル王子が王になったときにガスト王国から王妃を迎える約束でミハエル王子は暗殺者を提供されていた。
バレットが死ねばレイアはミハエル王子以外の家を継げる貴族を婿に迎えなければならなくなる。
「無礼討ちか。貴公がそんなことを受け入れるような男かね。」
「ははは、今すぐに逃げ出したいです。」
実はもう一つ忍は気づいたことがあった。
このグレックなる人物はこちらがなにか言うたびに右手を振るのだ。
指揮者のように四拍子で、おそらく考える時のクセなのだろう。
「まず、騙して呼び出した非礼を詫びよう。そして賊を捕らえてくれたこと、感謝する。我が家に暗殺者が入り込んでいたこともわかっていたが、どこの手のものかを洗い出すのに手間がかかってな。」
こころなしか喋りがフランクになった気がするが、忍はグレックの一挙手一投足に集中していた。
グレックは戦っても強そうだったからだ。
「そちらも事前にこちらのことを調べていたのではないか?」
「いいえ、調べようがありませんでしたし。たまたまですよ。」
鬼謀が耳にした狩人の会話が発端だ、調べる暇なんて本当になかった。
信じてもらえるかはわからないが、そう言うしかない。
忍は少しカマをかけてみることにした。
「この国に来てから暗殺やら盗賊やらに遭遇しきりでして、全く影の商人というのも考えものですね。」
「影の商人は関わっていないだろう、暗殺などすれば国に潰されかねない。」
「「影には影の掟がある。」」
「……そうだ。」
同じセリフを同じタイミングで口にする。
忍は確信した。
右手の動き、一致する言葉の数々、この男は、グレックはロンダートだ。
影の商人の家に他国の暗殺者が送り込まれている、そして影の商人がロンダートの言うような活動しかしていないなら、他国の暗殺者がこの国で仕事をするのは最悪の営業妨害だ。
冒険者に情報屋として浸透している今の状況が一変してしまう。
「試されて、暗殺者も捕まえましたし、私達はもう御暇してもよろしいですか?」
「いや、ぜひとも貴公に頼みたいことがある。受けてくれるのならクロムグリーン公爵家の大恩とし、家名をかけて報いることを誓おう。」
「怖いですね、聞きましょう。」
「レイアの決闘の代理人を引き受けてくれまいか。相手はミハエル王子だ。」
「はぁ?!」
忍は大きく叫んでシーラを思わず振り返ってしまった。
シーラはほんの僅かに首をふる。
話の大きさに表情もうろたえているのが丸わかりだ。
「し、失礼しました。経緯をお聞かせください。」
「表立った噂と事実というのは異なるものだ。レイアがミハエル王子に婚約破棄を申し込んだのではない、ミハエル王子がレイアに決闘を申し込んだのだ。」
「えー?決闘は申し込まれたとしても拒否することができるのではないですか?」
「本来ならばそうだが、レイアは騙され証明書に署名をしてしまっている。正式な決闘なのだ。」
詐欺にあったようなものか、かわいそうにも思えるが決闘は負ければ死が待っている。
安易に受けるわけがない。
「代理人に私を指名したい理由はなんでしょう?」
「ビリジアン王族の決闘はノーマルの代理人が通例なのだ。魔人やモリビトが代理に立つことはできない。でなければ魔物を代理人に立てることもできてしまうのでな。代理人にも契約書があり、嘘はつけない。」
「王族に逆らおうなんていう酔狂なノーマルも居ないということですか。」
おそらくこの制限のせいでロンダートは代理人になることができないのだろう。
外見はノーマルだが、蜘蛛の糸を操れるものがノーマルのはずがない。
そういえばこの屋敷では捕まえたメイド以外にノーマルの使用人を見ていない、もともと種族的に折り合いが悪いのかもしれない。
「この決闘は我が国の危機であると同時に、ミハエル王子を正式に退場させるまたとない機会なのだ。貴公が負けたとしても決闘中に死ななければ命は保証する。事後の策もある。しかし、ここで勝つことができれば多くの血が流れずに済むのだよ。」
事後の策……クーデターとかじゃないだろうな、だとしたら断ると後味悪すぎる。
『旦那様、話に嘘はなさそうだけど、千影さんも僕も反対。でも、行きたがってない?』
『よくわかったな。』
「一応の確認ですが、事後の策っていうのはなんですか?」
「国がひっくり返るような策だ。使いたくないものだな。」
この国には別荘も買った、メイドの三人にとっても住み慣れた国だし、というかファロにとっては故郷だし、ここで何もしないのは流石に良心が痛む。
相手はノーマル、忍の実力は神のお墨付きのはずだ。
「精霊や従魔は参加できないんですよね、何でもありの一対一の勝負でいいですか?」
「そうだ、決闘は五日後にロクアット湖の小島でおこなわれる。頼めるだろうか。」
「引き受けましょう。」
「感謝する。」
こうして話がまとまり、詳細を詰めてから忍は家に帰ることになった。
晩餐のお呼ばれなので美味しい食事にありつけると思っていたのだが、とんだ肩透かしである。
『ほんとに受けちゃった。旦那様、滅茶苦茶だね。』
『負けはありえませんが、忍様がいいように使われているようで気分が良くないです。』
『え、そっちだったの?実力の心配じゃなくて?』
鬼謀のキツイ一言に黙ってチベットスナギツネの顔を作っておく。
残り約四日、試したい魔術も戦法もいろいろあるので、それらの練習の時間に当てよう。
正面に座っていたシーラが忍の顔に驚いていたのがちょっと面白かった。




