ロクアットオオカブトウシの解体と猿でもわかる宮廷マナー
「…御主人様、これはどうされたのですかモー?」
「【アイスウォール】で周りを囲んだ。今日も熱そうだからこの囲みの中で作業しようかと。この暑さでどのくらい保つのかはわからないけど。」
忍は朝から準備をしていた、今日はこの家に初めてのお客が来る日だ。
解体作業を手伝ってもらう狩人だが、わざわざ足を運んでもらうのにお茶の一つも出さないというわけにもいかない。
また、忍とファロで解体ができるようになりたいので今日は忍も解体作業に参加することになっていた。
「しかし、日が高くなってきたけど狩人さんはまだか?」
「昼までには訪ねていただけるということでしたモー。」
手配はファロたちにまかせてあるのだがもう午前が終わってしまう。
忍は千影に狼になって探してもらうことにした。
ほどなくして千影の狼が気絶した男をくわえて戻ってきた、いきなり攻撃されたので気絶させたらしい。
虎耳で大きなバックパックを背負っている。
『この家は相当恐れられているようです。』
「…説明してくれ。」
ついに一般人に被害が出てしまったか。
これ、罪に問われたりするのだろうか。
『ジャハドという狩人です。この家に呼ばれたことが信じられなかったようで、近所に声をかけて回っていたようですね。パルクーリアの住民の間では怪物屋敷、呪われた豪邸として有名なようです。』
「その話は私共も存じておりますモー。実際に住んでみて何も起こっていないのでほっとしていますモー。」
そこまで有名なのか。
しかし腕輪の説明を読んでみるとたしかにわかるきもする。
警備機能が働いて自動的にイミテイターを作り出すこともできる生成ダンジョンだ。
これが屋敷として売られていたのが一番の謎かもしれない。
「一回お茶でも出して落ち着いてもらおう。」
ファロが準備している間に男をおこす。
「くろっ黒いっ?!」
狩人はすぐに意識が回復したが、びっくりして跳ね起きた。
「え、あ、あれ?俺、黒い影みたいなのに……。」
まだ混乱しているところにファロがお茶を持ってくる。
狩人はすすめられるがままに口をつけると、少し落ち着いたようだった。
なんだか睨まれている。
「はじめまして、ジャハドさんで間違いありませんか?屋敷の主人の忍です。解体、よろしくおねがいしますね。」
「ああ、ここは旦那の家か?さっきのは…」
「すみません、うちの精霊です。迷われているのかと使いに出したのです。千影。」
『すみませんでした。』
忍の横に控えた真っ黒な狼が頭を下げる。
ジャハドは頭の中に響く声に青ざめていた。
「お、おう。てっきり魔物かと。たしかに俺がジャハドだ、呼ばれた家がわからなくて迷っちまった。バケモノ屋敷しか見つからなくてよ。」
「あー、えー、そこです。」
「は?」
「ここ、そのバケモノ屋敷です。」
ジャハドはダラダラとすごい勢いで汗をかき、椅子に座ったまま気絶した。
「情けねぇ。どうにも幽霊とかは苦手でよ。」
「苦手は誰にでもありますからね、大丈夫ですよ。もう私達も住んでいますし、幽霊なんて出ませんので。安心してください。」
しばらくして目を覚ましたジャハドはそんな事を言っていた。
解体場に連れて来てもずっとぼうっとした雰囲気で周りをキョロキョロしながら驚いていた。
「すげぇ。」
半分溶けた氷の壁とロクアットオオカブトウシを見て、ジャハドはため息を付くようにそうつぶやいた。
「はじめますモー。ジャハド様、よろしくお願いしますモー。」
「お、おう、トラ。旦那もよろしくたのむする、トラ?」
「いや、普通に喋ってもらって大丈夫なんで。」
思い出したように語尾にトラをつけはじめるジャハドに苦笑してしまう。
「助かる。いつもは喋らねぇんだ。怒られるからよ。旦那も牛のメイドさんも俺なんかにそんな丁寧に喋らないでくれよ。」
「気にしないでくださいモー。」
ファロは目を閉じて恭しく頷く、メイドの三人はよっぽどのことがないと態度が崩れない。
「私も商売なんてやっているとこういう喋りが癖になってしまうんですよ。お気になさらず。意外と貴族の方々にもそういう方がいるんじゃないでしょうか?」
「そういうもんか、なんて店だ?」
「丸天屋台です。呪いや毒の癒やしから食品、雑貨まで、幅広くやってます。こんなマークの旗が目印なので。」
忍が地面に旗印のマークを書く。
「おう、見つけたら寄らせてもらう。剥製にするんだったな。肉もできるだけ取る方がいいか?」
「はい、食べきれないので良かったら帰りに持って帰ってください。報酬のオマケということで。」
「ありがてぇ。仕事にも身が入るってもんだ。」
ジャハドはしばらく時間をかけて倒れたカブトウシの体をチェックしていたが、ファロを呼んで説明しながら解体をはじめた。
二人の手際の良い仕事を眺めながら、切り出された肉の入った樽を運ぶ。
「まるで倒されたばっかりみてぇだ。中がまったく腐ってねぇ。」
ジャハドはこの死体が変なことに気づいているようだ。
しかし忍に聞いてくるようなこともなく、淡々とファロとともに作業を続けていく。
「剥製にするなら、皮はできるだけ体の内側を切る。縫い目が目立たねぇからな。」
脇で聞いているだけでも勉強になる。
関節や肉の切り分け、骨の扱い、拷問に通じるものがあるな。
忍が物騒な考えを巡らせていると、シーラが小走りに近づいてくるのが見えた。
「ご主人様、お客様がお見えになりましたウオ!」
「え、今日は狩人さんだけじゃなかったですか?」
「そ、それが、ゲルトシュランク伯爵家の従魔車ですウオ。いますぐ主人を呼べの一点張りで私共では……申し訳ございませんウオ。」
「…わかった。すぐに行く。」
どう考えても嫌な用事に思えるのだが、さてどうするか。
忍は運んでいたモツのはいった樽を見て、ちょっとした悪戯をすることにした。
「お待たせいたしました。ご用件はなんでしょうか?」
「貴方がこの家の主人はぅん?!」
従魔車の窓から顔を出したのは中年の御婦人だったが、忍の格好を見て中で失神してしまったようだ。
もう一人男が乗っていたようで扉を開けて怒鳴りつけようとしたが、忍の格好を見て言葉に詰まってしまう。
忍は全身血みどろで、ひどい匂いを発していた。
樽の中身を服や顔に塗ったのだ、目指したのは連続殺人鬼のような見た目である。
「ああ、刺激が強すぎましたか。いますぐとのことだったので、ご容赦を。ところで、ご用件はなんでしょうか?」
「き、貴様、その格好をどうにかしてこい!」
「え、まだ解体作業の途中ですよ、向こうはもっとひどいですし。」
「ぐっ!バカにしおって!出せ!」
ゲルトシュランク伯爵の従魔車は用件も告げずに走り去っていった。
あのハゲたおっさんが伯爵様だろうか。
「唐突に来て唐突に帰ったな。用件はなんだったんだろう。」
「……ご主人様、すぐにお風呂にお入りくださいウオ。」
シーラの顔が歪んでいる、鼻をつままないあたり、やはりメイドたちの努力と根性は素晴らしい。
忍はファロに言伝を頼み、血を洗い流しに行くのだった。
解体は夕方になるころには終了した。
剥製用は普通の解体よりも手間がかかるらしく、ファロはかなり疲れていた。
ジャハドは上機嫌で帰っていった。
しかし、また呼んでくれとは、来た時に怯えまくっていたのが嘘のようだ。
変な噂も少しはマシになるといいのだが。
「好きなだけステーキを食べられる。次は塩レモンにするか、味噌ダレにするか。」
「いや、主殿、その貴族のお話を聞いておきたいのですが。」
忍は一人ステーキパーティをしながら帰ってきたみんなの報告を聞いていた。
メイドの三人は相変わらず同じ食卓につくことを拒否し、鬼謀は少食なので食べっぷりを見ているだけで胸焼けがするらしく一緒に食べてくれなくなってしまった。
テーブルには三人が座っているが実質一人なのだ。寂しい。
「いや、唐突に来て帰っただけだから用件も聞いてない。まったくの謎だ。心当たりがない。」
「おみせにはだんしゃくとかししゃくってひとはくるけど、はくしゃくってひとはこなかったよね?」
「我も覚えがありませんね。」
「ニカ、明日それとなくお客さんに評判を聞いてくれ。」
「はーい。」
忍が目の前のステーキ食べ終わるとシーラが皿を下げて次のステーキを持ってきた。
食べるスピードやタイミングまで見切った完璧な仕事である。メイドってすごい。
「シーラさんはゲルトシュランク伯爵についてなにか知ってる?」
「ゲルトシュランク伯爵様はガスト王国の貴族様ですウオ。毎年ビリジアンで夏を過ごしていますが、評判が悪いですウオ。平民の店を荒らしたり、難癖をつけてお金を払わないこともあるようですウオ。」
「…物言いからろくでもない気がしてたけど、やっぱりか。なんでいきなりうちに来たんだろう。」
「訪問の理由はわかりかねますウオ。それから、あれはもうおやめくださいウオ。」
「悪かったよ、ありがとう。もう一枚お願いね。」
忍の注文に一礼するとシーラは厨房に戻っていった。
ゲルトシュランク伯爵は貴族なら何でも許されると勘違いしているタイプのような気がする、金にも汚いと覚えておこう。
「クレーマーか。なにか言ってくるんだろうな。気が重い。」
「主殿、夜の間に調べてきましょうか。」
「いや、おいとこう。」
他国の貴族では作戦にも使えないし、当面の目標に関係しそうにない人物だ、苦労が増えるだけ。
というかガスト王国か、相変わらず聞くだけでドキッとする。
「そっちはどうだった?」
「きぞくさまをちりょうしたみたい。なんか、あぶなかったみたいで、すごくかんしゃされた。」
「そうか。どんな家だった?」
「若い男でしたが、運び込まれたその場で治療したので、貴族ということ以外はよくわからないのです。正式にお礼に伺うとは言われたのですが。」
「え、まさかそれがゲルトシュランク伯爵家ということは…」
「ないとはいえない、ね。」
途端に悪いことをした気がしてくる。
しかし、すでに訪問はあまり良くない形で終わった、後の祭りというやつだった。
「うーむ、どこかにわかりやすくいい人の貴族はいないもんか。」
「いないことはないでしょうが、そういう人は貴族に向いていません。難しいかと。」
物語の中のようにはいかないものである。
主人公と悪役のようなわかりやすい善と悪の関係なんてそうそう転がっているものじゃない。
鬼謀たちに貴族作戦関係は任せると決めたので、ここで忍が変に動いて邪魔になるのは避けたい。
ついにアレを読まなくてはならない日が来たか、猿でもわかる宮廷マナー神式編。
「貴族の突然の訪問にどう対応するのがいいんだろうか。」
「お忍びや懇意の仲でもない限りまずありえません。先触れもなく堂々と家紋の入った従魔車で乗り付けるなど品のない訪問ゆえ。」
「ビリジアンでは平民出身の男爵様や子爵様の場合はそういうこともありますウオ。しかし伯爵様がそんなことをするとは聞いたことがありませんウオ。」
追加のステーキを持ってきたシーラが補足してくれる。
「ビリジアンの爵位は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵、このうち男爵位と子爵位は武勲をあげた騎士や多額の寄付をした豪商などに名誉勲章とともに与えられることがあるのですウオ。ガスト王国もほぼ同じだったはずですウオ。」
「こーこーはくしだんというやつか。こうが二つあって漢字で迷ったのを思い出した。」
後攻博士団とかいう団体が頭の中で試験管を投げ出した。
食事の後は集中力が足りない。
「騎士は軍属の兵士として実力を認められるとダガーを賜り、名乗ることが許されますウオ。これは実力の証明になりますが、貴族様相手ではまったく効果はありませんウオ。平民は力の差で敬っているといったところですウオ。」
「冒険者と騎士だとどっちが強い?」
「騎士ですウオ。冒険者にも実力者がいますが、ほとんどの冒険者は戦争の訓練を積んだ騎士に歯が立たないですウオ。」
騎士団、旅の途中でぶつかれば厄介さを肌で感じる結果になっていたのだろうか。
「昔の砂漠の国とも違った制度です。シーラ、我にもご教授願えますか。」
「お望みとあらば喜んでウオ。」
メイドたちは順調にみんなと打ち解けているようだった。
忍も敬語がいつの間にか外れていて、昔からは考えられない速さで三人に慣れてきている事に気づいた。
いいこと、なのだろうか。
シーラと山吹が難しい話で盛り上がっているので、忍はニカを連れて寝室に行くことにした。
ニカを寝かしつけた後にそのままベッドで猿でもわかる宮廷マナー神式編を頭の中に叩き込む。
宮廷マナーの内容は意外と薄かった。
決闘マナー、テーブルマナー、謁見マナー、パーティマナー、訪問マナー、ダンスといったところだ。
当たり前ではあるが国によって違う作法も多々あるようで、押さえておけば失礼にならないという概要レベルのもののようだ。
「しかし、ダンスか。これは難題だ。」
しかもこれはどう見ても社交ダンス。
ステップさえ覚えれば【体操術】でなんとでもなりそうなものだが、相手がいるとどこまでうまくいくかわからない。
「それに決闘、挑まれたことはあったが正式なものの場合、相手を殺すのが基本ってなんだよ。」
決闘は平民にも貴族のマネ事として広まっているが、正式な貴族の決闘は八割以上が殺し合いのようだ。
魔術と呪いのかかった契約書に署名し、内容は絶対に履行される。
残りの二割は領地の奪い合いや婚姻のこじれなどだが、それでも負けた方は絶望的な状況に陥る。よって貴族は安易に決闘をしないし受けたりしない。
平民にはそこらへんを理解せずに貴族に決闘を仕掛けて、一族郎党殺されたなんて話もあるらしい。
「婚姻のこじれって、要は相手を奴隷にするっていう決闘か。ラブロマンスなんてあったもんじゃないな。で、代理人を立てられると。」
びっくりしすぎてシーラにも確認を取ったが、やはり正式な決闘は命の取り合いになるようだ。
ミストガイズには教えてやらないとバカをやりそうな気がするな。
知っていてこっちに挑んできたなどということは流石に……ないよね。




