夜のあれこれと忍ハウスビリジアン支部
『忍、聞いたの。白雷もするの。すぐするの。』
「い、いや、白雷、ちょっと落ち着け。こっち終わってからな。」
白雷は帰ってきてそうそう上機嫌でずっと忍について回っている。
しかし目の前のやることを終わらせるほうが優先だ、鬼謀が動けなくなって計画も狂うかもしれないし。
「ご主人様、お疲れですかコン?」
「え、いや、そんな事ないよ。」
「その、ずっとどなたと話されているのですかコン?」
「白雷と千影、内容は秘密だけど。」
ネイルがおずおずと質問してくる。
そういえば忍が千影や白雷と話していると独り言をずっとつぶやいているやばいやつに見えるんだった。すっかり忘れていた。
「私は従魔と話せるけど、従魔は主人以外と意識だけでは話せない。千影が通訳してくれているときは別だけどね。ニカたちは変身して人の口で喋ってくれてるけど、ニカ以外は本来の姿では人の言語は話せない。」
「では、白雷様も私どもの話を理解していらっしゃるウオ?」
「ああ、白雷は難しいことは苦手だけどね。ある程度理解してる。」
『忍たちが何をやってるかはさっぱりなの!』
「今何をしているかはさっぱりらしい。」
白雷の発言を通訳するが、胸を張っていうことではない気がする。
メイドたちのあっけにとられたような、ドン引きしたような反応にもだんだんと慣れてきた、慣れたくなかったけど。
「秘密が多いのはトラブルを避けるためでもある、すまないが面倒な家に買われたと思って諦めてくれ。」
「秘密厳守は使用人の嗜みですモー。忍様は高名な魔術師様なのですかモー?」
「いや、どっちかというと高名になりたくないんだ。狙われたり政治がらみのことに巻き込まれたりしたくないので。」
「おひとりでオオカブトウシを仕留める魔術師様なんて聞いたことがないですモー。」
うん、知ってた。
メイドたちの反応から忍も色々とやばいと思ってはいたのだが、まだ内々で済んで良かった。
ジャンにはそもそも行かなかったと言っておこう。
「注文書はこれでいいな。家具、農具、動物、その他、漏れとかないか確認したか?」
「確認済んでおりますモー。」
「確認済んでおりますウオ。」
「確認済んでおりますコン。」
すっごい揃ってるんだけど、やっぱり語尾でちょっとずっこける感じになる。
しかし仕事はきちんとしている。あとのことは三人に任せてジャンの店に注文に行くことにしよう。
ロクアットの憩いは相変わらず入りづらい豪華な店構えをしていた。
中にはぴしっと背筋を伸ばしたジャンが佇んでおり、高級店というものの風格をこれでもかと周りに示している。
「これは忍様、いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか。」
「足りなくて揃えてもらいたいものが大体わかりましたので、リストを作ってきました。こちらです。」
「拝見いたします。」
ジャンはリストに目を走らせるが、途中から眉間にシワを寄せている。
「忍様、ほとんどの家具はまったく問題ないのですが、このシロコッコのオス二羽、メス四羽とキノボリドリのメス一羽、カブトウシのメス一頭というのは?」
「美味しい卵と牛乳のためです。」
「ではこの、大型魔物の解体道具と漁師道具、スキやクワというのは?」
「美味しい肉や魚のためです。」
なんだか難しい顔をしている。
それはそうかもしれない、貴族の家で解体やら投網漁やらをやるというのは流石に想像もつかない。
「申し訳ございません。動物と魔物、解体道具と漁師道具、一部の農具は即日でご用意できかねます。一週間ほどで用意できるかと。残りは明日中にお届けと設置をいたしましょう。美術品がまったくないようですが、いかがされますか?よろしければ差額で見繕わせていただきますが。」
必要なものはリスト化したが、美術品に関しては忍はよくわからない。
屋内もそれなりに豪華に飾り立てておかなければ上流階級に軽く見られる、最低でも玄関と応接間くらいは美術品を置いたほうが良いとジャンからもいわれていた。
バルクーリアの家の価格は土地や家屋よりもその美術品、調度品の占める金額のほうが高い場合も多いようだ。
「それではお任せで、よろしくお願いします。」
家畜はファロが世話をできるというし、漁師道具はシーラが、農具はニカとネイルがそれぞれ使う予定だ。
主人が居ない間も家を守り生活するためにメイドたちは仕事をするらしい。
本来ならば他の家に出向したりするのだが、千影の選んだ三人は出向するのではなく忍の食生活を豊かにしてくれる技能を持っていた。
まあ、通常の貴族の家ならば、難色を示される内容ばかりだが。
この世界の貴族も、魚は切り身状態でで泳いでいるとか勘違いしてそうだ。
用事が済んだので家にとんぼ返りすることになった。
白雷が待ちきれないといった様子で頭の上をくるくる飛び回っている。
こんなに楽しみにしてくれているのなら、頑張らねば。
帰ってすぐに白雷に飛びかかられてしまい、午後の予定はずいぶんと押してしまった。
そして夜にさしかかったころ、修練と本邸の調整をしていた忍のところをニカが訪ねてきた。
用件は白雷と一緒である。
忍はがんばって、がんばって、なんとか一度終わったところで意識が飛んだ。
「しのぶさんごめんなさい、きがつかなくって……。」
「主殿、回復魔法やら一度断るやら、何かしら方法があったんではないですか?」
「面目次第もございません。」
意識を取り戻したときは、ベッドに寝かされてニカと山吹に覗き込まれていた。
忍の様子がおかしいことに気づいたニカが、山吹を呼んできたらしい。
「主殿が色に狂うようなことはないかと思っていたのですが、なにかあったのですか。」
「いや、まあ、今は二人だけか?」
「たぶんね。」
「時間もそんなにたっていませんので……聞かれると都合の悪い話ですか?」
「いや、なんというか、恥ずかしい話だ。」
忍は自分のこととして見捨てられるんじゃないかと不安になったと二人に話した。
昨晩の鬼謀に感じたことは忍が普段から感じているからこそ感じ取れたことだと思ったからだ。
「しのぶさん、ぜったいないよそんなの。」
「主殿、やはりかなりお疲れなのでは?我らが主殿を捨てるなどということはありえません。主殿に我らが、ということはあるかもしれませんが。」
「絶対にない!」
声を荒げてしまった、ふたりとも一瞬驚いたようだが、呆れ半分心配半分といった表情になっていった。
この手の不安には原因なんかない場合が多い、ただふっと突然頭に降って湧くのだ。
神託がおりてきたこと、暗殺を示唆されていることなど心配事もてんこ盛り、しかも前回の神託は白雷に会う前だ、千影と二人のときと比べて忍にも守りたいものがある。
今回の神託は明らかに危険を呼び込んでいる、意識が変わったことは明確だった、死を仕方ないと考えられなくなった。
「すまない、ちょっと不安定だな。」
「しのぶさん、マッサージする?おふろはいるとか?」
「そうですね。我もちょっと心配ゆえ、今夜は一緒に過ごしましょう。風呂でもいいですし、ベッドでもいいですから主殿の話をお聞かせください。」
こうして忍の情けない夜は更けていった。
話しながら思考をまとめているうちに、夜の営みだけではなく、忍が従者たちに常に気を使っていることがニカと山吹にバレてしまった。
「いや、前からバレバレでした。我に御者台から定期的にお声をかけてくださり、感謝しております。白雷にも日に一回はブラシをかけておられますよね。」
「わたしにもぎょうしょうやらせてくれたり、おでかけのときはずっときぼうさんをあたまにのせてるもんね。ありがとう、しのぶさん。」
「みんな私のできないことをやってくれているんだ。礼を言うべきなのは私の方だよ。ありがとう。」
感謝大会になってしまった。
「主殿、そこは苦しゅうないと言いつつ従者に足を舐めさせるところです。我の顔を踏みしだいていただきたいゆえ。」
「もう少し元気があるときなら付き合うけど、いまはちょっと。」
「つっこみがはいらない、やっぱりマッサージするよ。つかれてるんだよ。」
「早く横になってください。もう一度癒やしの魔術をかけますゆえ。」
「お二人は何を基準に私の状態を判断してるんですかね。」
忍はなんだか腑に落ちないものの、ニカのマッサージによって一瞬で夢の世界に連れて行かれてしまった。
「ねちゃったね、ちかげさんよんでくるよ。」
「そうですね。天原忍者隊会議をしますか。」
山吹によって招集された天原忍者隊会議はこれまでで最も踏み込んだものかつ、今後何度も開催されるであろう重要事項を話し合うものであった。
すなわち、忍との夜の生活のあれこれである。
「皆も承知のとおり、主殿は頑固なところもあるが、従者に対して過保護で甘く情に流されやすいゆえ、今回のような無理をしていることが判明し、会議を招集しました。千影殿、白雷殿、鬼謀、今回はどういう経緯で主殿と寝たのです?」
「え、それ、言わなきゃだめ?」
『千影は忍様に求められました。何もなく千影から求めるなど恐れ多いことです。』
『白雷は忍にお願いしたの。白雷もしてほしかったの。』
「普通に答えるの?!」
二人が自然に答えたことに鬼謀が驚く。
これでは一人だけ答えないわけにもいかない。
「僕は、僕から旦那様にお願いしたよ…。」
「わたしもしのぶさんにおねがいした。」
「なるほど、まさか弟子までとは。主殿もなかなかですね。」
「うう、これじゃ公開処刑じゃないか。」
ニカと鬼謀は真っ赤になっているが山吹は淡々と話を進める。
「主殿はおそらく近しいものから頼まれると断れないのでしょう。ゆえに、従者側から夜のお相手をお願いするのは遠慮したほうがいいかもしれません。」
『反対なの!忍はそれじゃあんまりしてくれないの!』
『千影は賛成です。忍様の負担になるのは嫌ですので。』
千影と白雷はすぐに意見を出した。
鬼謀とニカは少し悩んでいる。
「僕は、反対寄りかな。もちろん旦那様の負担になるのは駄目だけど、僕の体力を気にして一生相手をしてくれない気がする。」
「わたしはさんせい。しのぶさんがむりするのしってるし、やっぱりきょうみたいなことがあるとしんぱいになる。」
意見は真っ二つに割れた。
当然だろう、忍は花より団子、ベッドより風呂といった奇妙な趣味の人物である。
忍からすれば自分が彼女たちにこれほどまでに好かれているという事実のほうが奇妙なのだが。
喧々諤々の議論の末、会議が暗礁に乗り上げようとしたその時、山吹がもったいぶった前置きをしてある提案をした。
「我から間を取った提案があります。しかし、主殿が受け入れてくれるかはわかりませんし、かなり攻めた提案ゆえ、出すのをためらっておりました。」
「先生が攻めたとかいい出すと、なんか嫌な予感がするんだけど。」
『聞きましょう。忍様のためならば千影は何でもいたします。』
「要は主殿が無理をしないようそれとなく見守ればいいのです。数人で同時に相手をすれば、行為に夢中で主殿の様子に気付かないなどということもないでしょう。」
「「えええええー?!!!」」
悲鳴を上げたのはニカと鬼謀だ。
かなり大きな悲鳴を上げてしまったのでベッドに寝ている忍を確認するが、マッサージの効果か疲れからかぐっすりと寝ていた。
『千影は異存ありません。』
『白雷も別にいいの。』
「わたしは、さすがにはずかしい、かな。」
「僕も反対。先生の変態趣味じゃないの?」
「失礼な!我は仕方なく提案しているのです!」
忍は本当に起きない。
ニカのマッサージは催眠効果でもあるのだろうか、【精神攻撃無効】の忍に催眠など効くわけがないのだが疑いたくなる眠りっぷりである。
山吹が一度間をおいて声を元の大きさに戻して話しはじめる。
「ニカ、鬼謀、主殿の負担と自分の羞恥心、どちらをとるのですか。」
「先生、その言い方は卑怯じゃない?」
「う、うああ、しのぶさんのため。でも、さすがに……。」
悩んでいる二人に別角度から思いもよらぬ意見が刺さった。
『ニカと鬼謀が嫌なら忍はそんなことさせないの。だから二人ぬきでするの。』
「ずるい!わたしも、わたしもしのぶさんのじゅうまだもん!およめさんだもん!やる、やるよ!」
「僕も流石にそれは聞き流せないね。」
「では、満場一致ということで。我もこんなはしたない提案をしたくはなかったのです。しかし、我だけのけものは悲しいゆえ。」
「それが本音かい、先生。」
ニカは真っ赤になってオーバーヒートしているし、白雷ははしゃいでいる、山吹もニヤついていて、千影に至ってはよくわからない。
鬼謀は頭痛がしてきてこめかみをおさえた、自分の顔もものすごく熱くなっていた。
翌朝、朝風呂に入っていると山吹が湯着も着ずに入ってきた。
忍は無反応で、一瞥した後に目を閉じて湯に浮かんでいる。
「主殿、我の体は見慣れましたか?」
「違う、予想がついてただけだよ。私としてもお願いしたいくらいだけど、店があるだろ、今でいいのか?」
「なんです。つまらないですね。」
「千影に遠慮してもらうから、ちょっとまって。」
「いいえ、なにか勘違いされているようですが、我は今、主殿と一戦交えるわけではございません。」
忍が今度は驚いた。
途端に顔が赤くなって、頭の先まで風呂に沈んだ。
「すまない、最低の勘違いをした。」
「いえ、主殿がまだ我に興味をお持ちということがわかったゆえ、嬉しい限りです。」
「じゃあただの朝風呂か。湯着を着てきなさい。」
忍がしかめっ面をするが、山吹は楽しそうにケラケラ笑っている。
ちなみに忍は湯着を着ていた。
メイドの三人のものも注文リストに入れている。
「いえ、ただのというわけでもございません。昨晩皆で話し合いまして、今後の主殿のお相手は複数人でということになりました。」
「はぁ?!」
「倒れるまでつづける主殿が悪いのです。満場一致でそういった事になりました。」
「いや、最初の方はみんなして私を殺しかけてたからだろう。それにニカや鬼謀は一致しないだろ、無理矢理に引っ張り込んだなら私は怒るぞ。」
「主殿の安全のためならと。」
「マジか。」
たしかに忍が悪かっただろう。
しかし、いくら一夫多妻が良い世界でも妻妾同衾となればまた別の話だ。
ニカや鬼謀にも悪いし、ここは忍が我慢をして全員の相手をしないことが最良のような気がしてくる。
「あ、主殿、我慢して暴走されては本末転倒ですので、最低日に一回はお好きな娘とお楽しみください。」
「思考を読んで逃げ道を塞ぐな。」
「主殿はわかりやすいゆえ。」
山吹にしたり顔でニヤリと笑われると無性に反抗したくなるのはなんでだろうか。
というか冷静に考えたらこれは異形奴隷ハーレムの夢のようなお誘いである、断るほうがどうかしている。
それでも簡単に首を縦に振れないのは、理性なのか臆病なのか。
「誰か一人としたいときには二人きりにしてもらうことと、できるだけ相手をするから強制っていうのはやめてほしい。毎日とか絶対また倒れる。」
「主殿なら飲んでくれると信じておりました。まあ、こんなのはあくまで提案で、我らをどうするかは主殿の自由です。しかし、このような倒れ方は二度としないでいただきたいところですね。」
「それは……面目ない。」
改めて言われるたびにはずかしさで顔から火が出そうになる。
そのうえ昨日は特になにか吐き出す前にニカのマッサージで眠ってしまって今朝は風呂場で諭されている。情けない。
「山吹、早速だが今日どうだ?」
「もちろんお受けいたします。他に誰を呼びますか?」
「いや、二人だ。山吹だけ何も無いというのは私が寂しい。」
「そんなに気を使わないでも、主殿への忠誠は揺らぎませんゆえ。」
「私が、寂しいんだ。嫌じゃないのなら頼む。」
「……主殿はずるいですね。」
「山吹ほどじゃないよ。」
忍はそう言い残して風呂から上がった。
今夜がちょっと楽しみになった。
昼過ぎ、一日休んだにも関わらず魔法屋には開店と同時に人が殺到し、商品はすぐに売り切れていた。
ニカと山吹は店を片付けた後、従魔車で街を一周回ることになった。
呪いにかかったもの、毒や病気にかかったものがいれば、従魔車に招いて安値で治す。
大森林は様々な生き物がいるのでその毒や病気、呪いの種類も様々である、中には複合したものもあり、治療には膨大な知識が必要だ。
それゆえ大森林の魔術師は数々の毒や呪いに対抗する方法を知り、その方法は小さなコミュニティで秘密として受け継がれる。
魔法という規格化された技術では出来ない魔術治療ならではのものだ。
鬼謀の持つ本の中には貴重なノウハウの詰まった魔術書がいくつも存在し、それらは今存分に効果を発揮していた。
解呪や解毒の主な客はこの街の狩人たちだ。
中には足を引きずりながら仕事を続けるものもいる。
この貴族の街では相対的に治療費が高く、気軽に治してもらえないというのが現状のようだ。
「あんたのとこの魔導具、評判いいよ。」
「いっそここらで店開いてくれよ。通うからさ。」
「こんな厄介な毒まですぐ直っちまうのか。すげぇな。」
すでに狩人の中で顔が売れたところに魔術治療をして回れば、その評判は瞬く間に貴族にも広がる。ここまでくれば時間の問題だろう。
「きぼうさん、さいしょからちりょうしてまわってもよかったんじゃない?」
「旦那様がやめたほうがいいってさ。商品を売って魔術師として信用されてからじゃないと詐欺師におもわれるのがオチだって。」
作戦は順調に進んでいる、港を一周して忍ハウスへの帰路についた。
山吹たちが帰り着き、そのまま使用人寮に入ろうとすると、大量の荷物に入り口が塞がれていた。
ファロと忍が入れ代わり立ち代わり荷物を使用人寮に運び込んでいる。
「ああ、おかえり。早々ですまないが手伝ってくれ。」
「なにこのにもつ?!しのぶさん、まさかむだづかいした?!」
「違う!ジャンさんが見繕ってくれた差額分の美術品だ。シーラたちが中で検品してくれてる。割れ物も多いから気をつけて。」
小山二つ、部屋一つは埋まろうかというほどの量だ。
腑に落ちないところもあるが家に運び込むのが優先事項、雨にでも降られてしまえばせっかくの美術品もひとたまりもない。
「みんなの部屋は本邸に移ってるから、今日からはそっちで暮らそう。」
「あ、しのぶさん、もうすこしせつめいして!」
「ごめん、僕は役に立てないからここで待ってるね。」
ニカは忍を追いかけてなし崩しに荷物運びに加わり、鬼謀は山を一瞥して従魔車の中でリタイヤ表明した。
山吹は鎧を脱いで大物を運ぶべく気合を入れるのだった。
大急ぎで美術品を運び込んだおかげで雨に濡れるようなことはなかったが、まだ確認の終わっていない荷物で食堂は箱だらけだった。
「ジャンさんがいうにはビリジアンで一番高級な美術品は魔物の剥製らしいんだが、捕った獲物がいれば作るのは簡単らしくて、それならと作ったり出来ない民芸品やら壺やら絵でお願いしたら、このとおり。」
「そういったものはモリビトにとって権力を示す美術品にはならないのですウオ。そのため取引額も安く、大量に運ばれてきたということですウオ。」
人気がないとは別名売れ残りということである。
ロクアットの憩いの在庫処分になってしまったということだ。
「ご主人様の場合、本邸のエントランスにロクアットオオカブトウシの剥製をおけばそれだけでかなりの力を示せますモー。すでに使いを出して剥製師を手配済みですモー。」
「パーツにして作るらしいから、明日には狩人さんが来て解体することになってる。それで家のことは一段落だ。それと、鬼謀、ファロ、シーラ、ネイル、これを渡しておく。」
忍が指輪から取り出したのは真っ白い着物、おなじみの湯着だった。
それぞれの名前の刺繍も入っている。
「本邸の大浴場はみんなで使えることにする。使うときはこの湯着を着て入ること。」
「湯着、ですかモー?水着とは違うのですかモー?」
「え、水着あるの?!」
「湖水浴のための服がありますウオ。私共も持っていますウオ。」
忍は思わず声を上げてしまった。水着があるならそっちを頼めばよかった。
たしかに冷静に考えれば湖水浴などもできるようなことを聞いていた気もする。
「…そうなのか。では水着でもいい。これはボボンガルで混浴に入るときに着る服で、みんなも大浴場で汗を流せるように注文した。せっかくだから持っていてくれ。」
「ありがたく頂戴いたしますモー。」
「ありがたく頂戴いたしますウオ。」
「ありがたく頂戴いたしますコン。」
だんだんメイドたちも忍の突然の提案に慣れてきたらしい、普通に対応できるようになってきていた。
「山吹たちもみんな大浴場に入るときは湯着を着るように。」
「ありがとう。旦那様、あとで着方を教えてよ。」
「部屋も楽しみです。頼んだものの確認もしたいですね。」
「私共は検品が終わり次第、応接室とエントランスの装飾に入らせていただきますモー。」
みんな思い思いに忍ハウスを有効活用してくれそうだ。
忍もこの家を活用すべく庭に向かうのであった。
「千影と白雷もせっかくの家だし活用してくれていいんだぞ。」
『千影は常に忍様のお側に仕えられることこそが至上の喜びです。』
『白雷は忍と一緒がいいの。』
千影はいつもこんな感じだし、白雷も確かに家の中でなにかやることがあるわけではないのだろう。
確かに考えてみればほとんど常に一緒にいる三人だ。
『忍様はこれから何をされるのですか?』
「スパイス園を作ろうかと。」
スパイス園、木々の間に道を作り、ハーブや果樹を植える。
この世界のスパイスは高い、少量しか使わない物を庭に生やすことでちょっとづつ料理につかえるようにしてしまえば、周りの森で肉を取ってくるだけで豊かな食生活を送れる。
「まず道だけ作ってネイルと相談しながら植えていく予定なんだ。」
『孤児院で採集と農業をしていた経験を活かすわけですね。』
「この庭には薬草なんかも生えてるみたいだぞ。あと、向こうにトールも群生してると教えてくれた。」
土地が広いだけあって色々あるらしい。
ここ数日でネイルが開発しても大丈夫そうな場所を見繕ってくれていた。
「土を耕す、土を固めるっと。」
土の汎用魔法は使い所が限定されるものばかりだったが、農業と整地に関してはこれほど便利な魔法はなかった。
忍は歩きながら足元の土を草ごと耕して、二周目で土を固めて歩いた。
あっという間に二人ほど並んで通れる道が木々の間に出来上がった。
「道の方に伸びてきそうな枝を切っておけば…もう終わった。」
『お見事です。』
ただ木々の間を歩くだけで遊歩道が完成してしまうのは控えめに見て神技能である。
土建屋に土魔法使いはぜひ欲しい人材だろう。
「解体台も設置したし、あとは…ニワトリ小屋か。」
『ニワトリ?』
「もとい、シロコッコ小屋。」
カブトウシは従魔小屋に入れるが、シロコッコはそうもいかないので、従魔小屋の横に飼育小屋を建てることにしたのだ。
「さっき考えた図面でざっくり作りますか。」
『忍様、少しは休んでください。今夜は予定もあるのでしょう。』
「ヤスンデタヨ。」
剣の型の確認をした後に部屋に机を設置したので、ずっと簡単な図面を作っていただけだ。たぶん休んでいる。汗がたらりと流れたのは夏だからだろう。
「掘っ立て小屋だから、すぐいける…きっといける。」
『それならなおのこと一度お休みください。』
「…ハイ。」
千影の正論パンチにぐうの音も出ない。
『忍、おひるねやってみるの?』
「ああ、アレか。いい機会だしお願いしようかな。」
『まかせるの。』
たちまち白雷が大きくなった、忍が背中に乗ると更に白雷は大きくなり、忍はその背中にごろりと寝転がった。
国民的アニメ映画で女の子が怪物の腹の上に乗るシーンがあった。
フカフカで気持ちよさそうだと子供の頃に憧れたものだ。
白雷の毛皮はふかふかという感じではないものの手に吸い付くような触り心地の良さがある。
寝転がると背中に感じる優しい温かさと木陰の涼しさ、作った道を通り抜ける風がきもちよく、忍はすぐにうとうとしはじめた。
『どう?どう?』
「これ……最高かも……。」
忍の言葉に白雷が喜んでいるのがわかる、しかし意識はすでに夢の世界へ旅立っていた。
「…るじ…ある……主殿、起きてください。」
ゆさゆさ揺さぶられて目を覚ますといつの間にか山吹におぶさっていた。
どこかに運ばれているようだ。
「お休みのところ申し訳ありませんが、あのままでは風邪をひくゆえ。夕食の用意もできております。」
「お、おう。すまない。歩くからおろしてくれ。」
あたりはすっかり夜になっており、白雷が角を光らせて真っ暗な森を先導してくれていた。
こうしてみると庭ではなくてはっきりと森だ、ちょっと怖いしもう少し木を切って開発したほうがいいだろうか。
「たっぷり寝てしまった。白雷、ありがとう。すまないな、山吹。」
「それはいいっこなしですよ、主殿。」
「おお、よく覚えてたな。」
かなり昔にこのやり取りを山吹に教えたことがあった。
人は興味のない相手の話に耳を貸さない、関係を円滑にしておくためだけに聞き流して、次の機会にはもう忘れている。
大好きな人が相手でも記憶力にも限界がある、絶対に忘れないなんてことはない。
それは忍も同じこと、だからこそ、お互いに何気ない一言を覚えていたことに喜びを感じた。
食事の後、忍は山吹を離れに誘った。
本邸から最も離れた離れの最上階に、風呂付きの一室を用意したのだ。
これだけ距離があれば鬼謀の耳でもきこえない、はずである。
「さ、主殿、存分にこの顔を踏みしだいてください!」
「それ本気だったの?!」
「好きというほどではありませんが、主殿は従者を丁寧に扱いすぎますゆえ、ぜひこの機会に従者への叱責に慣れていただきたいのです。」
「え、舌長っ?!わ、わかったからその拷問マスクみたいな顔やめろ!勝手に足を舐め回すな!」
「…主殿、拷問のマスクなどという言葉が出てくるとは、実はお詳しいのですか?」
まずい、古の復讐に燃えし時代、すべての敵に地獄の苦しみを味合わせるために調べ尽くした知識に感づかれても困ってしまう。
忍は仕方なく、またちょっと興味もあって素直に山吹の手ほどきを受けるのだった。




