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イミテイターと鬼謀の気持ち

 白雷を呼び出し、千影を狼の影分身にして忍は例の部屋にいた。

 魔制核、その謎が今ときあかされる……かもしれない。


 「いくぞ。」


 『はいなの!』


 『警戒は万全です。』


 木目にブッシュアンテロープの魔石を押し付ける。

 やはり触手というか爪というかつるのようなものが伸び魔石を固定した。

 昨晩と同じくベッドが変形しはじめ、鏡と壁に文字が並んで…同じく変形前に戻って沈黙した。

 真っ黒になった魔石が転がる、そして点滅する赤い魔力不足の文字。


 「あー、駄目か。やっぱりあの大きなカブトウシから…。」


 『忍様、直接魔力を注ぐことはできないのですか?』


 一部始終を見ていた千影から言われて、忍と白雷に電流が走った。

 最初に魔石を試したのは鬼謀が作った魔導ランプの魔石を置く魔法陣に似ていると思ったからだった。

 たしかに直接魔力を注ぐというのは試していなかった。


 『それなの!』


 「千影、採用だ。試してみよう。」


 忍は壁に手をおいて魔力を流す。

 千影と契約して以来みんなに魔力を流してきた、流すだけなら手慣れたものだ。

 壁が、鏡が、文字が光りだす。

 ベッドが変形したところには大きな椅子が現れた。

 木でできたそれはツタの意匠に飾られた玉座のような椅子だった。


 管理者登録。


 鏡に表示された文字にはそう書かれていた。


 「……座れってことか。」


 壁から手を離しても椅子はそこにあるままだ。

 忍は意を決して椅子に座った。


 椅子の正面の壁に浮かび上がった文字が、明滅して組み替えられていく。


 「ようこそ…ガッシュナザルの魔術塔へ……謎を解いた君に、この塔を譲る?」


 忍の左手に銀色の腕輪が出現した。

 腕輪に触ると頭の中にアナウンスが流れる。


 『ガッシュナザルの魔術塔は貴方に受け継がれました。マニュアルを表示しますか?』


 「うーわ、なんか受け継がれた。」


 『忍様、体調などに変化はありませんか?』


 「ない、けど、腕輪は……外れそうにない。」


 『その椅子壊してみるの?』


 「いや、マニュアルがあるらしいから、とりあえずこれを読んでみよう。」


 忍が椅子から立ち上がると部屋の様子は元に戻った、とたんに少しふらつく。

 この感覚には覚えがあった、放出疲れだ。


 「千影、私の魔力はどうなってる?」


 『…おそらく三分の一ほどに減っています。申し訳ございません、千影が魔力を直接などと軽率な提案をしてしまったせいで……。』


 「やったのは私だ。千影は何もわるくない。」


 継続して減っている様子はないが、かなりの魔力を持っていかれたようだ。

 今日はここまでにして部屋で休もう。


 「白雷、悪いが部屋まで連れて行ってくれるか。すぐに寝たい。」


 『わかったの。』


 『ゆっくりお休みください。』


 情けなく白雷に運ばれて、忍は使用人寮のベットに倒れ込むのだった。


 忍が起き出すともう夜だった。

 食堂に集まりメイドの三人を下がらせて本日の報告会をする。

 とはいえ、店は相変わらずうまくいっており、問題という問題は特になし。

 自然と会議の内容は忍のお家探検の話に流れるのだった。


 「それが、なんかガッシュナザルの魔術塔を受け継がれた。」


 「主殿はなにかあったときに過程を飛ばして報告する癖があります。それでは我らにはよくわかりません。」


 「いや、私にもわからないんだ。ガッシュナザルってなんだ、人か地名か魔術の名前なのかもわからない。」


 「僕も知らないけど、魔術塔っていうくらいだし魔術関連なんでしょ。とりあえずどこをどうやったらどうなって継承されたのかちゃんと話してほしい。」


 今日あったことを話してみるが山吹も鬼謀も首をひねるばかりで、忍としても良くわからないことだらけだった。

 唯一わかったのは魔導ランプなどに使っている魔法陣は、忍なら直接魔力を注いでも使えるということだけだった。


 「なんで光るのさ。魔力量を調整してきっちりブレずに流さないとこんなのうまくいかないはずなのに。」


 「主殿の魔力の調整には我も驚いたことがあります。才能ですね。」


 「いや、こうちょっとずつ流して調整してるだけなんだけど。」


 鬼謀も山吹も呆れ顔だ。

 ちょっと便利だけど、大した特技ではない気がするのだが。


 「あ、そうだ、旦那様、これ読んでみて。」


 鬼謀が紙片を手渡してきた。

 忍はそれを見て顔を曇らせる。


 「鬼謀、これ。」


 「そのまま読んで。」


 鬼謀が強く言うので、忍は仕方なく紙片を読み上げた。


 「……山吹は胸がない。」


 「主殿オォ?!!」


 「確定だね。旦那様は暗号を読めるんだよ。」


 「は?暗号?」


 紙片の文字は確かに見たことがなかったが、忍は読める。

 これは神々の耳飾りの自動翻訳によるものだ。


 「謎って、旦那様が見せてくれた文字のことなんじゃない。僕に読めないってことは相当古いか暗号なんだろうし。」


 たまたま読めちゃったということか。

 それならただ読んでいるだけなのに謎を解いたと判定されても合点がいく。


 「ブカブカの服で隠しているのは、小さいゆえ!弟子よ、我のことを言えるものか!」


 山吹が鬼謀の頭を捕まえて胸をもんだ、仲間を攻撃してはいけないといっているので精一杯の抵抗なのだろうが、鬼謀は無反応だし山吹は直後にがっくりと肩を落とした。


 「大きい、だと……。」


 「先生、見苦しいよ。」


 「……なぁ、山吹にそんな事されて、なんで鬼謀は無事なんだ?」


 「「え?」」


 山吹の加減のなさで何度もひどい目にあっている忍としては、目の前のきゃっきゃうふふよりもそっちのほうが気になってしまう。


 「あー、冷静なら調整できるのですが、感極まるとどうもうまくいかないゆえ。」


 「冷静に弟子の胸を揉むんじゃない。」


 「先生……ドン引きだよ。」


 「ち、ちょっとしたスキンシップのつもりで、主殿、そういう時もありますよね!」


 「山吹……ドン引きだよ。」


 「主殿オォ!」


 山吹のおかげで緩みきってしまったのでこの日は解散になった。

 忍は風呂を沸かしてニカにマッサージを頼み、白雷を抱いて華麗に二度寝を決め込んだ。




 「先生、なんであんな事したのさ?悪だくみなら巻き込まないでほしいんだけど。」


 山吹は冷静に弟子の胸を揉んだ。

 忍は緊張の糸が緩むとすぐに立て直すのが難しいようで、緊急のことでないなら一度休憩を挟むことが多い。

 しかし、鬼謀はそんな山吹に違和感を感じたようだ。

 さすがは弟子、忍を一旦遠ざけるために山吹が仕掛けたことを理解している。


 「人聞きの悪い。千影殿には筒抜けですが、確証のない話ゆえ。」


 『お聞きしておいてもよろしいですか?』


 「ガッシュナザルというのは初耳ですが、魔術塔というのを闘技場にいた頃に小耳に挟んだことがありまして、なんでも魔族の復活を無理矢理に成し遂げようという魔術師が作ったものとか。」


 『隠す意味がわかりません。』


 「不確定な情報は混乱を招きます。魔術塔というものが複数存在する可能性もありますし、我の聞いた話ではその魔術塔は壊されたはずゆえ。」


 闘技場に魔物を供給していた施設の一つ、強力な魔物を連れてきていた。

 しかし、収容していた魔物の暴走によってもろとも木っ端微塵になったと聞いた。

 

 「まあ、主殿なら何がおこっても大丈夫でしょうが。」


 『その点は千影も同意です。』


 「先生たち、ずいぶんと旦那様の評価が高いね。僕はなんだか危なっかしくみえるんだけど。」


 山吹はあきれたように肩をすくめた。

 忍が本気で暴れたら大森林が火の海になるだろう。

 理性によって忍は力を使わないよう律してはいるが、山吹が出会ってから忍は毎日のようになにかしらの修練を積んでいる。

 そのうえであの魔力、魔術師としても引き出しがあるだろう。

 もし何かのきっかけでタガが外れれば国一つで済むかどうか、ましてや忍はわかっている、暴発することの怖さを。


 「半端な情報で主殿に心労をかけるわけにはいかないゆえ、話すかは千影殿にお任せいたします。」


 『わかりました。』


 「弟子よ、主殿は優しい。そのままでいてもらうのが一番いいのだ。」


 千影も白雷もニカも主従以上の感情を忍に対して持っている、山吹もそうだ。

 しかし山吹はその感情よりもさらに大きな恐怖を、忍から感じていた。

 少しでも壊れかけている忍の心労を軽くし暴発を押さえていくことが、山吹が考える従者としてできることであった。




 朝食の後、珍しく雨が途切れていたので忍は庭で剣を振っていた。

 夢中になりすぎていただろうか、いつの間にか鬼謀が椅子を持ってきて座っている。


 「用があるなら声をかけてくれ。」


 「いや、旦那様は失礼かもしれないけど、僕に近いタイプだと思ってたから。なんでそんなに運動できるのか不思議だったのさ。」


 「ははは。正しい。努力したのもあるけど、私はズルをしたんだと思う。」


 フォールンに召喚されたときから、明らかに体力は向上していた。

 だからこそトレーニングを続けることができた、本当に体力がなければトレーニング事態が続けられないからだ。

 強制されて運動部に入れられていたのでトレーニングの基礎を知っていたのも役に立った。

 しかしまったくもって感謝する気にならない、結局死ぬまでその努力は報われたことがなかったのだから。


 「一緒に街を歩けるくらいには回復したか?」


 「いや、アレでちょっと強化されてたみたいなんだよね。」


 アレ、アレというのは出会ったときにかかっていた呪いのことだろうか。

 山吹に流されるまま解いてしまったが、かけられたものなら制御や正式に解除する方法があったのかもしれない。

 いや、鬼謀がずっと求めていたくらいなのだ、そんなことはないか。

 なんかずっと見られているが視線があるとやりづらい。


 「鬼謀、ブラッシングは好きか?」


 「え、ま、まあ、気持ちよかったけど。」


 「けど?」


 「僕もメスだから…ほら。」


 「……あ、あー!すまない!白雷に慣れすぎていた!」


 「いや、違っ!あ、えっと。旦那様にしてもらうのは、むしろしてほしいんだけど。ただ、ほら、裸を他人に見られるのは苦手だから……。」


 頬を赤らめながらモジモジしている小柄な女の子、なんかめっちゃかわいい生物がいる。


 「旦那様が、いいときに…二人きりでがいい…駄目かな?」


 「駄目かもしれん。」


 忍はちょっと色々抑えが効かなくなって思わずつぶやいた。

 振り回していた赫狼牙の柄で額をぐりぐりして深呼吸をする。 


 「ごめんなさい。僕が我儘だったよ。」


 「いや、違う。駄目なのは私だから気にするな。そうだな、今夜寝る前に部屋に来てくれるか?」


 「え、ああ、うん。額、赤くなっちゃってるよ。」


 「大丈夫だ。私は続きをするから、家に入ったほうがいい。また降りはじめそうだ。」


 気温も上がり雨の切れ間が段々と多くなってきている気がする。

 この長雨が終わったらついに夏が来る。



 朝風呂で汗を流し、ネイルの作った朝食をいただいた。

 美味しいが調理法などが凝っているわけではない、素朴な食事だった。落ち着く。


 その後、本邸でマニュアルに沿っていくつか操作をした。

 どうやら二つの離れも本邸に連動しているようだが、使用人寮や従魔小屋などは別のようだった。あとから建て増しされたのかもしれない。


 マニュアルはこの遺跡の機能を全て載せているようだが、情報量が膨大だ。

 前世の便利家電を思い起こさせる、メインで使う機能を調べるために分厚い説明書と格闘する感覚、ましてやこのマニュアルにはパーツやメンテナンスのようなことまで書かれているのだからこの魔術塔を作った者はかなり几帳面だったに違いない。


 イミテイターは生き物というよりはロボットに近いものらしい。

 家具以外にも家全体、壁や天井、階段などもイミテイター製だ。

 作られたイミテイターは魔制核を介して制御され、警備としても使える

 この塔にはイミテイターを作り出す機能があるが、それには材料が必要だ。

 魔物の魔石、ホワイトクレイ、そしてハイドーズリキッド。

 まあ、新しく作り出さなくても、残っているイミテイターを変形させて使うこともできるようなので、手に入ったら試すくらいで考えておこう。


 「本棚を、椅子に。」


 本棚に手でふれると中身のない本棚が簡素な椅子になった、続けて念じると色も変わる。

 イメージがしっかりしていれば、意匠なども刻めるようだが、はじめてとしては上出来だろう。


 『お見事です。これはどういったものなのでしょう。』


 「便利に変形する泥のようなものだ。イミテイターは魔物じゃなくて道具だということらしい。」


 白雷は雨季が終わる前に雲を食べてきたいらしいので、今日は千影と二人だ。

 倒してしまった分を差し引いても、この家には多数のイミテイターがいる。


 「イミテイターの使い所に悩むな。便利すぎる。まずは大きい風呂場を作ろうかな。」


 この便利な魔物の特性を使って忍は本邸の模様替えをはじめた。

 警備機能を切っておけば誰が出入りしてもイミテイターに襲われることはないようだ。

 これでやっと安心して住みはじめられる。


 「足りない家具を買うのは後回しだな。千影。」


 『はい。』


 「その、イミテイターで作ったベッド、試したい。」


 『喜んで。』


 かくして本邸含めてこの家の危険はなくなった。

 ガッシュナザルの魔術塔改め、忍ハウスビリジアン支部が自由に使えるようになったことが確認された。

 かなりの出費だったがこの家は買って大正解だ、忍は鬼謀の作戦が一段落するまで、忍ハウスを開拓することにした。




 ニカと鬼謀は山吹の引く従魔車に乗って今日も港に商品を売りに来ていた。

 主力商品は御札、魔導ランプ、魔法薬、すべて忍の集めた材料から鬼謀の作ったものである。


 特に喜ばれたのはピッカを使った毒消し薬と携帯符と呼ばれる貼ったものの重さを軽くする御札で、荷運びが楽になると噂になり、飛ぶように売れていた。


 「ありがとうございまーす!」


 ニカが元気に声を張っている間、従魔車の中では鬼謀が客の様子を観察している。

 値段としては安めに売っているので、ここで消耗品を買い溜めようとする狩人もいる。

 おかげで三日目の今日は開店前から人が待っていた。


 パルクーリアの行商市は毎日開催されている、ギルドに届けを出して特定の広場に店を出すだけだ。

 場所は早いものがちだが、今の時期は湖の周りの街はどこもかきいれ時で、この港にも商人が多数流入し広場でなくとも空いている場所で店が出ている。

 行商人ギルドとしても仕方がないので黙認といった具合だ。


 ニカたちはあえて比較的人の少ない場所で店をだした、時期のせいでどこでも普通の街くらいの賑わいはあるし、毎日同じ場所で店を出したほうが覚えられやすいと踏んだのだ。

 結果は大当たりで丸天屋台はリピーターと耳ざとい狩人で嬉しい悲鳴をあげていた。


 「なあ、ここのはなんで安いんだ?わけあり商品ってわけでもないだろ?」


 「たびしてまわっているので、ざいこがのこるよりうれたほうがいいんです。うちのまじゅつしさん、うではいいけど、いっぱいはつくれないので。」


 「店員さーん!毒消しを一つ!薬草払いで!」


 「はーい、ありがとうございます!」


 順調に商品は売れていき、ほどなくして全て売り切れてしまった。

 ニカと山吹が撤収作業をしていると、豪華な従魔車が近くに止まり、中から小太りの男が声をかけてきた。


 「おい、娘。この近くに丸い旗印の魔法屋があると聞いて来たのだが、お前たちか?」


 「たしかにうちはまどうぐをうってますよ。」


 「ふむ。では、コバーン男爵の名において、この店を買おう。光栄に思うがよい。」


 「んー、ありがたいおはなしですが、おことわりします。」


 「うむう…は?」


 小太りの男、コバーンはあっけにとられたようだ。

 態度もさることながら、断られたことにびっくりした様子である。


 「てんしゅに、そのようなおはなしはおことわりするよう、いわれています。ごめんなさい。」


 「な、なんと無礼な!平民の分際で!!」


 ガシャン。

 ニカの背後にフルプレートアーマーの山吹が立っていた。

 コバーンはもう一度あっけにとられて、さまようヨロイをまじまじと見つめる。


 「すみません、もしどうしてもということなら、てんしゅにおはなしください。」


 ニカはそう言うとさっさと片付けに戻ってしまう。

 山吹もガシャッという音とともに一礼すると片付けに戻った。

 いつもながらフルプレートアーマー、抜群の圧力である。


 「上々、かな。」


 鬼謀が従魔車の中から片眼鏡越しに様子を見ていた。

 予想通りの申し出だがあれは小物すぎる、もう少しいい相手が釣れるのを待つべきだ。

 鬼謀は自分の立てた作戦に手応えを感じていた、そろそろ先生にも動いてもらわねばならない。

 呪いの王だったときは歩くだけですべてが済んだ、しかし鬼謀は今のほうが楽しかった。

 先生と忍には感謝してもしきれない。


 営業がずいぶん早く終わったので日が傾きだす前に鬼謀たちは忍ハウスに戻ってきた。

 本邸の中から聞こえる声と音に、鬼謀の感謝の気持は少ししぼんでしまうのだった。



 忍と千影はしばらく楽しんだ後、家の改造ができることがわかった瞬間からつくると決めていた大浴場で温まっていた。


 「はぁー……。」


 「忍様は本当にお風呂がお好きですね。」


 このあとは使うかどうかわからないイミテイターを椅子やテーブルのような確実に使いそうな日用品に変えて、離れとともに最終チェックをする。

 部屋数を増やしたりもっと大掛かりな改造もできそうだが、メイドの三人には文字通りのモンスターハウスだということはできるだけ伏せておきたい。


 「お背中、お流しいたします。」


 「……お願い。」


 忍は十分に英気を養って仕事に戻った。

 全てチェックして使用人寮に戻った忍は何故か鬼謀に目をそらされた。


 「おかえり、早かったな。」


 「じゅんちょーです!」


 「貴族から接触されまして、あと数日もあれば業を煮やすものも出てくるかと。」


 「鬼謀の計画通りか、流石だな。」


 うさぎの姿の鬼謀が忍と目を合わせない。


 「あ、鬼謀ちょっと早いが約束のブラッシングはどうだ?」


 「きゅ。」


 鬼謀はそう短く鳴いて、使用人寮の部屋に行ってしまった。


 「……私……なにかやらかしたかな。」


 「気が立っている、とは違うようでしたが。」


 『罰を与えましょう。』


 「千影、やめて。」


 「きぼうさん、さっきまでふつうだったよね?」


 やはり今朝は主人の忍に気を使ってあんな話をしたが、嫌だったというやつなのだろうか。思いつくのはそれしかない。


 「心当たりがある、から。後で謝っておくよ。」


 「主殿、顔色が土気色になってますよ。」


 「ああ、そうだ。本体と離れの安全確認が終わったから、今日から向こうで寝られるよ。家具が足りないが一つ一つの部屋も広いぞ。」


 忍がそう話すと山吹とニカは微妙な顔をした。

 そしておずおずとニカが話し出す。


 「しのぶさん、へやはわけないとだめかな?」


 「え、そんなことはないけど、一人部屋が嫌なの?」


 「うん。がんばったけどやっぱりしのぶさんといっしょがいい。」


 ニカは旅に出た後も何かと忍といっしょに寝ていた。

 ここ数日は一人部屋で頑張っていたようだ。


 「ニカが主殿を起こしてはいけないと、我の部屋にきまして。一度相談してみてはどうかと助言した次第です。」


 「そうか、じゃあ一箇所みんなで寝る寝室を作ろうか。もちろん自分の部屋で寝たいものにはベッドを買う。ということで。」


 「でも、それだとよけいなおかねがかかっちゃうから。」


 「ニカ、節約は大事だけど我慢出来ないことを我慢しなきゃいけないのは節約じゃない、それは無理をしているんだ。私も大きなベッドがほしい、ニカがだめっていっても買ってしまうよ。」


 「あ、そ、そう、かな。ありがと、しのぶさん。」


 ニカがはにかんでお礼をいった。

 そのくらいお安い御用だ。


 「そうだ、山吹、大浴場があるぞ。泳げる広さ。」


 「それは贅沢ですね!楽しみです!」


 「すでにお湯が張ってあるから、今なら入れる。」


 「主殿は入られないのですか?」


 「まあ、入ったばっかりだから…」


 「二度風呂もいいものです。ぜひ。」


 「さすが山吹、入ろ…いや、すまん、鬼謀と話してくるよ。」


 自分でもどうかと思うが、目を瞑って風呂に浮かぶのは忍の最高の娯楽のひとつなのだ。

 二度でも三度でもむしろ風呂に住むことさえ夢想するほどなのである。

 しかし今は鬼謀の方が心配だ。

 忍は鬼謀を追いかけて、もはやリビングのようになっている食堂を後にした。


 「あの風呂に目がない主殿が…」


 「だいじょうぶかな?」



 鬼謀の部屋をノックしたが、返事がない。

 しばらく待ってもう一度ノックする、また返事がないので扉に高速連打ノックをしてみた。

 かなりの速さだ、一秒十六連打も夢ではない。


 ドンッ!


 内側から強めに叩かれた。

 扉をあける、部屋に鍵がなくて助かった。


 「……旦那様、無理矢理は好きじゃないんじゃなかったの?」


 散乱した書きかけの札、敷かれた布団の上に鬼謀が座っていた。

 剣呑な一言に怯みかけるが、ここで引くわけには行かない。


 「ブラッシングの約束だ。」


 「押しかけてきてそれ?!」


 「やっぱり嫌だったのか?」


 「いや、そうじゃないんだけど…。」


 「そうか、じゃあ変身を解いてくれ。ちなみに終わるまで追いかけるぞ。」


 「なんか怖いんだけど…約束しちゃったから、まあ。」


 引き気味の鬼謀を強引に膝に乗っける。

 変身を解いた鬼謀は色々と諦めたようにダラッとしているが、忍は白雷にせがまれて幾度もブラシをかけてきている。

 ブラシをかけているうちになんとなく気持ちの良さそうなところが分かるようになってきていた。


 実際のところ最初は緊張していた鬼謀も背中側をかけ終わることにはだいぶリラックスしていた、頃合いを見計らって質問してみる。


 「で、ブラシが嫌じゃないなら、なんで機嫌が悪かったんだ?」


 『聞くの?!えぇー…旦那様って空気読めないって言われない?』


 「死にたくなるほど言われたことがある。」


 経験上、こういうときは放置しておくと緩やかに距離が離れていくだけで、なにかのきっかけで決定的に亀裂が入ってしまうことが多い。

 追いかけるのは決定的な亀裂になってしまうリスクはあるが、この場でスッキリさせられれば関係修復に時間がかからないものだ。

 忍の中での理屈はそういったものだが、忍が人間関係が下手すぎて他の手段を取れないというのが実情である。


 『僕は、耳がいいんだよ。千影と、旦那様の声が聞こえてたの。』


 「あ、あー、それは、なんというか、すまない。」


 『僕以外とはそういう関係だって聞いてるから、いいんだけどさ。遠慮してたのかなーとか色々考えちゃったんだよ。そしたらなんか、不安になったんだ。』


 「不安になった?怒ったんじゃなくて?」


 『なんで怒るのさ。』


 「いや、ほら、そういう声ってなんというか聞き苦しいかなと。」


 隣の部屋のそういう声がうるさいというのは、安アパートあるあるなどでたまに聞くやつだ。

 実際ちょっと辛いものがあると思うが。


 『違う違う、聞こえるのは仕方ないから。僕は呪いのせいで魔王になったけど、呪いが解けたからって魔王だったことにかわりはないんだ。知り合いだって先生くらいしかいないし、どれだけ人を殺したかだってわからない。』


 「うん。」


 『そんな僕を旦那様は拾ってくれたけど、僕ってほんとに旦那様の下僕なのかな。自由にさせてもらって、命令なんてほとんどされないし、制限だってできるはずなのに何も受けてない。元魔王だよ?』


 「それはまあ、みんな同じようにしてるから。」


 『じゃあなんでみんなは旦那様とその、してるのさ。』


 これはまあ夜の営みのことだろう。

 忍としてもなんでと言われると困ってしまう、というか、考えついた答えが最低なのだ。

 しかし、ここまで鬼謀に説明させておいて忍が逃げるわけにもいかない。

 仕方なく忍は口を開いた。


 「じつは、してほしいって言われたからというのが一番大きい。」


 『……なにそれ?』


 「みんなのことは大好きだし、感情とか欲望とかがないわけじゃない。でも一番大きいのはそれなんだ。最低の答えだな。」


 忍はポリポリと頭をかいた。

 そして続きを話していく。


 「もともと私のいた世界には魔術も魔物も精霊も存在しなかったんだ。伝承があったから過去にはいたのかもしれないけどね。こっちに来て千影たちと旅をして、なにかしてあげたくても何もできなかった。食べるものも好きなこともみんなしてぜんぜん違うんだよ。」


 千影たちに何度か忍は欲しいものはないかと聞いたことがある。

 しかし、ほとんど答えは帰ってこなかった。

 それは遠慮しているのか、本当に思いつかないのか。

 忍は千影のように人の心を読めないのでわからない。


 「そんなみんなが、そういうことをしてほしいっていうんだ。私ができることだったから二つ返事でいいよって言っちゃったんだよ。白雷に関しては私が加害者だし、支配した負い目もあったしね。」


 『ふーん。』


 「やっぱり、最低だ。」


 鬼謀が薄い反応を返してくる、自分で言っておいてがっくり肩を落とした。

 千影、白雷、ニカ、山吹、みんな大好きではあるがはっきり口に出して言われなければおそらく一線を越えることはなかっただろう。

 ハーレムに浮かれて理性をふっとばすような明るい性格だったならこんなことで悩まずに異世界ライフをエンジョイできるのだろうか。

 いや、ナンパ師のような陽キャの思考なんて想像もつかないのだから忍には無理な相談だろう。


 『じゃあさ、僕がしたいって言ったら旦那様はしてくれるの?』


 「んんん?ま、まあ、本当にしたいというなら…なんかヤケになってないか?」


 『逆だよ。僕にはもう旦那様しかいない。旦那様が僕を殺さなくても僕を殺したい人はいっぱいいるんだ。』


 「なにいってる、オーガヒルの呪いの王は死んだ。ここにいるのは鬼謀だろう。」


 『いや、こんなに自由なんだから僕はそのうち悪巧みをするかもしれない。旦那様は呪いを解いただけでオーガヒルの呪いの王はここにいる。だから、忍がオーガヒルの呪いの王を倒してほしい。』


 「……んー?」


 なんだか話が明後日の方向に走っていっている気がする。

 倒してほしいと言われても。


 『僕がもし暴走しても僕を倒せるって証明してほしい。僕が旦那様のものだって証明してほしいんだ。オーガヒルの呪いの王は二度と暴走しない、強いものに倒されてその誰かの下僕になったんだ。』


 鬼謀の理屈はわからないが、力を示してほしいというのはなんとなくわかった。

 自分の過去や自分の力、オーガヒルの呪いの王というものに強い不安を感じていることも。


 「私は裏切り者は大嫌いだが、裏切る前の仲間をいじめる趣味はないんだ。それでもやれというなら、どうしてほしいかはっきり言ってくれ。」


 『僕を、罰してほしい。めちゃくちゃに犯して旦那様のものにしてほしい。』


 「……やだ。」


 『はああぁぁ?!』


 鬼謀がカッと目を見開いてきゅーと鳴いた。

 うさぎの表情が変わったのをはじめてみた気がする。


 『忍、ここまでメスに言わせといてやだって何?!返答によってはいますぐ呪い殺してあげるよ?!』


 「だってそれだと私とするの嫌だってことじゃない。罰のためにするなんて気が乗らない。他のみんなの条件も私が気が向いたらだし、決定権は私にある。」


 『えぇー……そうじゃなくってさ、勇気を振り絞った僕っていったい……。』


 「白雷は真っ直ぐすぎるけど、鬼謀は回りくどすぎる。命令じゃないけど、鬼謀、したいって言って。」


 『ここは空気読んでくれたって…。』


 「言って。」


 『……したい。』


 「よくできました。」


 鬼謀の姿が人に変わっていく、はじめて変身後の体を見た。

 銀髪のショートカット、小さな二本の角に、額には閉じた第三の目、赤い瞳、手や体は細身だがおしりからももが太く、胸もかなり大きかった。トランジスタグラマーというやつだろうか。

 みぞおち辺りから下腹部までが大きな袋のようになっていて、へそがないようにみえるという不思議な体だった。

 耳や尻尾がないのでかなり人に近い変身といえる。


 鬼謀の呪いは母親がかけたものだったらしい、幼い鬼謀を残して死んだ母親の思いが呪いとなって鬼謀を守ったのだが、白魔であった鬼謀はその呪いを自身の力で無意識に増幅させてしまった。

 結果、鬼謀はずっと一人、念話で山吹と話をするまでは他人の声など聞いたこともなかった。

 山吹から言葉を教わった鬼謀は本にのめり込み、山食いのもとで様々な知識を得ていったが呪いはついに解けなかった。

 そのうち山吹もいなくなり、一人きりになった鬼謀は自身を封印して死を待っていた。

 呪いを振りまき、数多の生物を殺し尽くし、一人でいるのにつかれてしまったのだ。


 忍はその夜、鬼謀から話を聞いた。

 少しずつ、泣きながら、鬼謀はゆっくりと言葉を紡いでいった。


 「僕は旦那様の下僕だ、旦那様が死んだら僕も死ぬ。だから、僕を置いていなくならないで。」


 眠りに落ちる前、消え入りそうな声で鬼謀がそう言った。

 もしかしたら自分だけが忍と関係を持っていないことで、見捨てられるんじゃないかという不安もあったのかもしれない。

 忍にはそんなつもりは毛頭ないのだが、自分も普段から感じていることを思いつく。

 これで少しでも不安が和らぐならと思った反面、奴隷や従魔は簡単に増やさないようにしようと今更ながらに誓う忍なのであった。


 次の朝、雨は上がり、久々の空は雲一つない快晴だった。

 白雷は満足気に戻ってきたが、鬼謀はベッドから動けずに、この日のお店はお休みとなった。


 『いろいろ、いたくて、からだが、ばらばらに、なりそう。』


 「やはり少し体力をつけないと。風呂で回復魔法かけるから運ぶぞ。」


 「きゅー!きゅっ、きゅ、きゅー……。」


 「かなりそーっと運んでるんだが、これでもか。仕方ない。」


 一気に運ぶと鳴き声を上げながら暴れていた鬼謀の体からガクッと力が抜けた、どうやら気絶したようだ。

 お湯につけて【ウォーターリジェネレーション】をかけて、なんとなく体を揉んで温めた、筋肉痛ならこういったことが一番だ。

 一通り世話をしていると、時刻は昼過ぎになっていた。


 『忍様、過保護ですね。』


 「いや、今回は仕方ないだろう。」


 『いえ、二人きりで何をしていたか知りませんが、寝てればそのうち回復します。』


 「厳しくない?!」


 千影には監視を解いてもらうために必ず声をかけるので、何があったか大体察しているのだろう。

 忍の行動が千影にすべて筒抜けである良い証拠だ。

 鬼謀を部屋に寝かせて、忍は次の仕事に取り掛かるのだった。


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