謎の単語とファロの特技
「えー、改めまして忍です。よろしくお願いします。これからこの家を皆さんに任せることになりますが、みなさんの想像以上に危険な家かもしれません。まずは千影といっしょに使用人寮を見て回って掃除してください。その間に私は離れの一つをチェックします。」
本邸から狼の群れが現れる、パニックを起こすかと思っていたのだが、メイドの三人は忍と狼の間に割って入った。
これ、ボディーガードも兼ねているのだろうか、どこに出しても恥ずかしくないというジャンの自信は伊達ではなさそうだ。
「私の契約している闇の精霊、千影です。皆さんの護衛につけますので、一緒に使用人寮を回ってください。本日はそれぞれ使用したい部屋を選んで掃除していただき休んでいただいて構いません。物は捨てないでください。」
千影の本体は鞄の中なので緊急連絡もできる。
「承知しましたモー。」
「承知しましたウオ。」
「承知しましたツネ。」
「語尾をつけるの自体ををやめて!さっきの語尾が気に入らなかったわけじゃないから!」
しかしなんでモリビトの語尾は日本語なのだろう、翻訳の具合だろうか。
ツネってなんだ、ツネって。
語尾以外は綺麗に三人イントネーションまで揃っているのも努力の成果なのだろうが、語尾でバラけるせいでちょっと残念になっている。
『忍様、貴族は別の種族を見下すような者も多く、従者が違う種族の場合、同じ目線で話すのはトラブルになりかねないようです。勝手に口を開くことも禁じられているので、一度話し合ったほうがよろしいかと。』
「あー、事情があるのか。私は貴族ではないのでそこらの偏見は特にないです。しかし、皆さんが身を守るためというのであれば、語尾をつけてください。そうですね、モーと、ウオと、コンにしましょうか。」
「承知しましたモー。」
「承知しましたウオ。」
「承知しましたコン。」
そのうち慣れる、そのうち慣れる。
基本的なことがきちんとできるということは間違いなく仕事ができる人材ということ、千影が確認しているしな。
『忍様、奴隷に気を使う必要はありません。言葉遣いや扱いに三人とも戸惑っているようです。』
「え。」
三人のメイドの方を見るが、表情にはほとんど変化がない。発言もしない。
……ああ。許しがないと発言できないのか。
後回しでもいいかと思っていたが、先にやっておこう。
「えー、私は世間知らずのところもあるので従者の意見は歓迎しています。意見があるならいつでも発言してください。現時点で三人にかかっている命令を全て解除。その上で命じます、私と私の仲間の情報を漏らさないこと。あとは基本的には自由にしていていいです。時間がないからあとは千影、色々教えてやってくれ。」
『承知しました。』
忍は1つ目の離れに入ると部屋をチェックして回った。
作りは本邸と同じだが木の太さが直径十メートルほどのようだ。
内壁に沿って作られた螺旋階段に外に内にと掘り開けられた部屋、歩いていてもしっかりしているし、調度品もかなり残っている。
『新しい家なの。忍と探検なの。』
白雷はごきげんで広い空間を飛び回っている。
「白雷、危ないから勝手に飛び回るな。とりあえず今日は全部指輪にしまって一番下の広いとこで布団敷いて寝るか。ああ、山吹たちにも連絡しないと。」
忍は調度品を底なしの指輪に収めようとするが、布団や本は収まるものの本棚やベッド、机や椅子などは指輪に収まらない。
不思議に感じつつ各部屋を回る、やはり同じように指輪に収まらない家具や美術品が各部屋にある。
しかし指輪の容量がいっぱいなわけではない、動かしてみるが家に据え付けられているというわけでもない。
「うーわ、これは大変な家を買ってしまったかもしれない。千影、今夜も三人を護衛してやってくれ。みんな集まったら理由は話す。」
『危険がある、ということですね。仰せのままに。』
忍は急いで使用人寮におもむき、寮の中を確認した。
そして山吹に連絡を取り、場所を伝えてこう言った。
『家を買ったらおそらく遺跡だった。悪いが知恵を貸してくれ。』
『いきなりなんですか?!』
山吹たちは大急ぎで合流してきた、鬼謀は家を見てあっけにとられていた。
ニカは忍を正座させ、かなり長めのお説教をしていた。
「しのぶさん、おかねはだいじです!なんでこんなおおきなかいものを、そっけつしちゃうんですか!しかもいわくつき!」
「いや、ちょっと、ほしくなって。全くの考えなしということでもないんだ。大きな家は貴族と交渉するにもいい効果を与えてくれる。」
「りくつはわかりました、でも、あぶないおかねのつかいかたですよ!なんにちかじゅうましゃにとまってもいいじゃないですか。」
「それだと間に合わないかもしれないだろう。でも、ニカの怒っていることはわかる、すまなかった。」
「ニカ、そろそろ主殿の話を聞きたいのですが。」
「んー…じゃあこのくらいで。」
平時なら忍もニカと同じような考えだから、このお叱りはとても身にしみた。
しかし、時と場合ということもある、その内ニカもわかってくれるだろうか。
とりあえずいまは目の前の問題である。
忍は今日ここで起こったことを説明してから本題に入った。
「この家には指輪に入れられない家具が多数ある。それらの家具は表面に傷一つないんだ。そして、さっき千影の攻撃で出来た傷がなくなっていた。この家具、もしかしてイミテイターなんじゃないのか?」
スワンのときに従魔車にできた細かい傷を見落としていたので、この傷の謎に気がついた。
下手をするとこの家自体がイミテイターの可能性もある。
購入時にもらったファイルを読んでみたところ、この家にまともに住んだ所有者の記録は皆無だった。
よくもまあこんな物件を勧めてきたものである。
「ふむ、しかしここまで近づいても動きません。根拠に乏しいかと。」
「僕としても興味はあるけど、にわかには信じがたいかな。」
「従魔として命令されていると考えてみればいい。家具として存在するものと家を守る魔物として存在するものに分かれているのだろう。あと、この文字列読めるか?」
忍は見つけた文字列を紙に書き出した。
山吹と鬼謀は首を傾げている。
「我には心当たりがありません。」
「僕は見覚えある、けど、読めない。そもそもこれ文字なのかな?」
私しか読めないのか。本当に大当たりかもしれないな。
「手分けして底なしの指輪にこの家のものを収納してくれ。千影の狼を連れていけばイミテイターは問題ない。私は文字列を探してみる。」
広い家だがこの人数でかかればあっという間だろう。
この家の秘密に思索を巡らせる時間はたっぷりとあるはずだ。
「そっちはどうだったんだ?」
「相変わらずニカがいると商品が飛ぶように売れます。困った客も多いですが。」
「えへへ。」
「まあ、一日で結果とか出ないよ。確かに全部売れたけどね。追加分も作らなきゃ。」
鬼謀が少し笑っていた。
呪いを解いたとき感じた危うさのようなものが、薄くなってきている気がする。
「鬼謀、楽しくなってきたか?」
「……少しね。」
「じゃあ引き続き、そっちはよろしく。みんな頼りにしてるからな。」
たまには別行動もいいのかもしれない。
それぞれ楽しいことを見つけていければ空っぽになっても持ちこたえられる。
『カラッポなの?』
「…白雷、本邸を探検するぞ!」
白雷には、伝えたくないことも伝わってしまう。
こちらが意識を遮断しようとしても、白雷だけはなぜか気がつく。
少し煩わしくて、少し気恥ずかしくて、大いに忍は助かっていた。
本邸の中は薄く緑色に光っていた。
蓄光塗料のような色だ、暗めだが歩き回るのに問題ない光量はありそうだった。
忍を乗せた白雷が迷いなく飛び回っているのがその証拠だ。
探っていくうちにさらにいくつかの単語を見つけた。
ホワイトクレイ、ヒヒイロカネ、湖底の魔物、魔製樹、バルモア、ハイドーズリキッド……家の中に散らばるように単語があった。
それぞれの単語は各部屋の入口に書かれていたり、家具にも書かれていたりする。
中でも忍は一番大きな部屋に書かれていた、魔制核という単語に目をつけた。
「ここがコントロールルームかな、それとも何か核のようなものがあるのか。」
『木目にしか見えないの。でもへんなの。』
「へんなのか?」
『ここだけ違う匂いがするの。』
部屋の中にはベッドと鏡台がある。
しかし、白雷が角の先で示すところは何も無い壁の真ん中くらいの場所だ。
ちなみに忍の鼻では全く匂いを感じない。
ハウスの壁はどういうわけか木目だらけだ、白雷の気付いたここも例に漏れず木目があるのだが。
「木目が、模様…?」
忍はまっすぐ見ていた木目に対して首をひねった。
そして指輪から小さな魔石を取り出して、丸い木目のところに押し当てる。
ニュルッと壁から触手のようなものが生えて、魔石を固定した。
「おわぁ?!」
『忍?!』
忍がびっくりしてのけぞると、壁には緑の文字が浮かび上がった。
鏡台の鏡に魔法陣が浮かび上がり、ベッドがなにかに変形しはじめる、が。
その変化は唐突におさまり、壁から石がコロンと床に落ちた。
小さな魔石だったものは真っ黒な石に変わっており、文字は消え、ベッドも元通りになり、鏡には壁と同じ系統の文字が赤く点滅して浮かび上がった。
「魔力…不足…。なるほど?」
床に落ちた石からはもう魔力を感じられない、それは白蛇の体内にあったあの大きな黒石に似ていた。
忍はレアな魔石以外は小さな魔石しか持ち合わせていない、同じように壁にくっつけたところで、すぐに魔力が尽きてしまうだろう。
これで明日やることが決まった、魔物を狩って大きめの魔石を手に入れるのだ。
『大丈夫なの?壁壊す?』
「まてまてまて。大きな魔石が必要だから明日取りに行こう。白雷のお手柄だ。」
『ほんと?!やったの!忍、うれしい?』
「ああ、この家はもしかしたらすごいかもしれないぞ。それに…」
持ち家ならば壊したり大きな音がでても問題にならないはずだ。
つまり、白雷の雷やニカのつるが暴走しても他人に迷惑をかけることはない。
プライバシーもこれだけ広ければある程度確保できる。
『忍、それで家を買ったの。もう絶対忍を怪我させたりしないの。いつでもどこでもいいの。』
「本当に白雷には伝わってしまうな。従魔車でみんな一緒にってわけにもいかないでしょ。」
『大丈夫なの。ニカと山吹が嫌なら外にでてればいいの。』
「えええ。いや、白雷にとっては普通なんだもんな。人はそういうわけにはいかないんだ。私達も使用人寮に戻ろう。」
好かれているなんていまでも夢みたいだ、欲望ももちろんある。
しかし、今は信じて側にいてくれる皆がいる。
そして忍も皆を信じたいから、普段なら絶対にしないこんな大きな買い物に踏み切ったのだ。
この家がいい結果を生むと願って。
「主殿!従者が増えるなんて聞いてません!しかも三人も!」
「おんなのこばっかり、しのぶさんのえっち!へんたい!」
「まあ、死ぬ危険のない相手が欲しかったってことじゃないのかな。僕は状況を聞いてる限りだと仕方ないんじゃないかと。旦那様もオスということさ。」
メイドの三人はかなり困惑した様子だ。
忍はこの日遅くまで弁明に追われることになったのだった。
昨晩の説明会に続き、今朝もいきなりトラブルがおこった。
ファロに起こされて白雷と食堂に行くと、大量の食事が用意されていたのだ。
「おはようございますモー。奥方様が来るまでお待ちになりますかモー?」
「お、奥方様?!というか、すごい量。」
「多すぎたでしょうかモー。申し訳ございませんモー。」
どう見ても十人分はある、しかもバイキングに並んでいるような金属製の大皿や食器、食材などはどこから来たものか。
「今朝、ロクアットの憩いより入居祝いが届きましたモー。食材や我々の日用品、衣類、食料、銀食器が十セットなど、空き部屋に運び込んでありますモー。」
「な、なるほど。」
そして気がつく、テーブルにカトラリーのセットがが四つ置いてある。
説明しなければならないことがここにもあったことに朝から頭が痛い。
「あー、他の二人にも説明しておきますが、この家で食事を摂るのは基本的にあなた達三人のメイドと私だけです。みんな従魔なので食べ物が違うんですよ。」
「従魔、ですかモー?」
「はい、今日は作ってしまったので皆さんで食べましょうか。」
「そ、そんな、ご主人様と同じ食事など恐れ多いですモー!」
よくあるやり取りのはずなのだが語尾のせいで常になんかモヤッとする。
昨日は白雷と千影以外は一人部屋で寝たのだが、忍以外はまだ起きてこない。
『すみません。全員が忍様くらい食べるものと考え、注意しませんでした。』
たしかに忍が四人いたら食べ切れそうだ。もう少し欲しいくらいかもしれない。
しかしメイド三人は全員スタイルが良く、とてもこんな量を食べるようには思えなかった。
「ファロさん、契約の時に絶対服従という条件はつけましたが、私はあくまで保険と考えています。ほかのみんなと同じように接していただいて構いませんし、貴族のような生活は必要なときだけで大丈夫なんです。朝食もそこらの食堂や宿ででてくるようなもので構いません。量は食べますけど。」
「かしこまりましたモー。しかし我々はメイドですモー。どうかこのような接し方をお許しくださいモー。」
「うーん。食事の後、私は出かけますが決して本邸や離れに入らないようにお願いします。それからこれを渡しておきます。」
忍は大銀貨五枚の入った小袋を三つファロに渡す。
「一人一袋、当面の買い物用の資金です。あとでロクアットの憩いにお礼を伝えに行きますが、他に足りないものはありますか?」
「問題ありませんモー。お気遣い痛み入りますモー。」
テーブルについて豪華な朝食を食べた。
中には不思議な味のものもあったがどれも美味しかった。
『ニカたちは昼過ぎから店をあけるようです。しばらく起きてこないかと。』
「ふむ、そうそうファロさん、ご実家は牧場でしたね。魔物の解体や革の扱いはお得意ですか?」
「は、はい、一通りはできますモー。」
ここらへんは千影の調べによって判明している。
ファロは他にも家畜の世話や御者などの動物や魔物の扱いに明るい、狩人の真似事もできる。
千影が卵のことを覚えていてくれて、推してくれた人材だ。
「今日は魔物を狩ってくる予定ですので、あとで解体をお願いします。パルクーリアの周りでおいしい中、大型の魔物はなにかいますか?」
「大きいのですかモー?ブッシュアンテロープやロクアットオオカブトウシがおりますがどちらもパーティでなければこちらが魔物の餌になってしまいますモー。お一人ならばオーガラビットやブッシュボアがよろしいですモー。魔物ではありませんが夜ならゲコラップが簡単に取れるので、そちらも美味しいですモー。」
カブトウシ、ということはトールの根っこもおなじところで取れるかもしれない。
これは積極的に狙っていこう。
オーガラビットは、やめておこう。
というかこれから鬼謀が起きてきたらファロはどんな顔で迎えるのだろうか。
「ありがとう。朝食、美味しかったよ。ある程度こちらが落ち着いたら頼みたいことがいっぱいあるから、今のうちに英気を養っておいてくれ。」
「はい、行ってらっしゃいませモー。」
ロクアットの憩いに寄ってジャンにお礼を伝えた。
ジャンの口ぶりでは家財道具以外にも食料品や弓矢、美術品など何でも仲介して売ってくれるようだ。
住み心地を聞かれたが、半笑いでお茶を濁しておいた。
ジャンも何かを察したらしく、それとなく返品不可を匂わせてくる。
ロクアットオオカブトウシの生息地を聞いてわかれた。
「地図の左下、目印は一本の大木か、無理だな。」
ジャンに聞いた情報では一生かかっても生息地に辿り着けそうになかった。
連日の雨で湖から流れる川は軒並み増水している、小島のようになってしまっている土地もあり、上から見るとなかなか衝撃的な光景だった。
これがビリジアンの雨季である。
水路と呼ばれる川の近くを遡上するような道のほうは、すでに影も形もなかった。
そちらの方は木の植生が少し違うようにも見受けられる。
『忍様、大きい魔物を発見いたしました。気絶させましたが、運ぶ事はできないです。』
「よし、従魔の証はついてないな。魔石を傷つけないように…とうっ!そして収納!」
『トールの匂いもするの。近くにあるの。』
千影と白雷がいるとあんな適当なジャンの情報でもきちんとロクアットオオカブトウシを狩ることができた。
午前中だけでブッシュアンテロープ三頭、ロクアットオオカブトウシ五頭、トールやその他細々とした採集を終えてツリーハウスに帰る。
細々、というのは語弊があるかもしれない、千影が収集する量は夏が近づくにつれて量を増し、果実などもかなりの数取れるようになっていた。
「ただいまー。」
「おかえりなさいませコン。ニカ様たちは出発されましたコン。」
使用人寮の玄関をネイルが掃除していたので、ファロを呼んできてもらう。
小走りで現れたファロをつれて庭の開けた場所に連れてきた。
解体台とナイフを出し、少し高めにタープを張っておく、木が多く支柱なしでもタープが張れるのはちょっと楽だ。
「ロクアットオオカブトウシの解体をお願いします。他に欲しいものはありますか?」
「ほ、本当にとってきたんですかモー?!」
論より証拠、ファロの目の前に巨大な牛が倒れている。
庭の土地も雑木林並みに木が生えているので、何体も出せるほどのスペースはなかった。
全体の広さでいえば学校二個分はありそうなのだ。そのうちきちんと区画を整理していきたい。
「ほ、ほんとだ。はじめてみた。」
頑なにつけていた語尾が外れている。
そんなに衝撃的だったのだろうか。
「助手と、大きな切れ味のいい解体用の肉包丁、大樽がいくつかほしいですモー。一人では肉が悪くなってしまいますモー。すぐに街で狩人さんを捕まえなければなりませんモー。」
「いや、それならまた今度にしましょう。私はアーティファクトを持っていまして。」
ロクアットオオカブトウシを底なしの指輪にしまう。
ファロは口をパクパクさせて目が点になっていた。
「誰かに喋ってはいけませんよ。泥棒に狙われても困りますので。」
「も、もちろんですウシ!絶対誰にも言わないですウシ!」
「うん。」
ウシのほうが慣れているのだろうか、言っても仕方ないのはわかるのだがツッコミ待ちなのかと勘ぐりたくなる。
「ブッシュアンテロープやレッサーフェンリルなら一人でも大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですモー!着替えてきますモー!」
「はい、お願いします。」
樽を台の下に設置して、解体台の上にブッシュアンテロープを出す。
ほどなくしてファロがボロ布とマントを着て戻ってきた。
「旦那様は少し離れていてくださいモー。どうしても汚れてしまいますモー。」
「大丈夫ですよ。終わった肉や毛皮は私がどんどんしまっていくので、ファロさんはドンドン解体してください。」
「かしこまりましたモー!」
シトシト雨の中、外での作業。
悪条件にも関わらずファロの手は淀みなく動いていく、忍がやるより数段早くて正確な仕事だ。
ほどなくして二メートルほどのブッシュアンテロープは綺麗におろされて、肉、皮、骨などのブロックに分かれていた。
忍は解体の終わった場所からどんどんと指輪にしまい、一匹終わると流れるように次の魔物を解体台においていく。
ついでに脇で焚き火をおこして石を焼く。
三体分終わったところでファロにも疲れが見えはじめたため、本日の解体業はここまでとなった。
「よし、ここまでにしましょう。」
「ま、まだできますモー。」
「息があがってるじゃないですか。手でも切ったら大変です。それよりちょっとまっててくださいね。」
解体台を脇にどけてタープの下に目隠しを立てる。
樽を置いて水を入れ、焚き火で焼いていた石を鍋に積んで沈める。
ボコボコと凄い音と湯気が上がり、水で温度を下げたらあっという間に風呂が沸いた。
「風呂を沸かしたので、ゆっくり汚れを落としてください。その間に誰か呼んで着替えを持ってきてもらいますので。」
「お風呂?!ですかモー?」
「うん、びっくりしてる内に冷めちゃうからさっさと入ってください。」
なんだか慣れてしまったが、このびっくりするくだりをあと三人分やるかもしれない。
なんともいえない気持ちになる反面、奴隷というものについてだんだんと分かってきたこともある。
ファロは一家離散の末、シーラは男児を求めた貴族の妾の子で七女、ネイルは戦災孤児。
子どもの死亡率が高いため、裕福なものは子作りに熱心だ、中世に近い世界観ではよくある。
平民も様々な理由で親をなくしたり自力で生活ができなくなったりする。
そんな子供たちが生きていくすべの一つとして奴隷というシステムが役に立っている。
主人に嫌われれば悲惨だが、気に入られれば食うに困らない、人生をかけたギャンブルの一つだ。
本来このパルクーリアでなら貴族の奴隷から妾となり、左うちわの玉の輿に乗ることができる可能性もある。
せめて忍としては、食うに困らないようにしてやらなければと感じるのだ。
「さて、今朝届いた荷物を選り分けたら本邸の方に行くか。あ、シーラさん!ファロさんの着替えを持ってきてあげてくださいー!」
窓から見えたシーラを呼んで着替えを頼んだ。
忍は魔石を持ってウキウキで本邸へと急ぐのだった。




