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御札とウシャの街

 蜘蛛の巣を苦労して取り払い街道のところまで戻って忍はニカたちと合流した。

 従魔車の中に入ってひと息つく、魔法で濡れないとはいえ、雨の中長時間出かけるのはちょっとつらい。

 持ってきた底なしの指輪はどれも従魔車ひとつ分ほどの物資が入るようだった。

 一般魔導具の底なしの指輪としては一番容量が小さいものらしい。

 それでもかなりの容量があるように感じるが、鬼謀は不満そうに舌打ちをしていた。


 「指輪は山吹とニカが一つづつ、あとは鬼謀が管理してくれ。」


 「いいよ、他にも色々持ってきたんだ。いいものはほとんどないけどね。」


 鬼謀は次々と従魔車の中に御札のようなものを取り出した。なんだか色々あるようだ。


 「御札って使ったことある?」


 「私はないな。」


 「じゃあ説明するけど、御札は一回使い切りの魔導具で、誰でも使えるものだよ。中でも護符は条件で自動的に効果を発動するやつ。幸運の護符は当たってしまった攻撃を一回だけ防いでくれる、呪いよけの護符は呪いから身を守ってくれるっていった具合さ。」


 なるほど、初撃の保険になるということか。

 暗殺の可能性がある今はかなり有用な魔導具だ。


 「三枚づつしかなかったけどね、誰が持つ?」


 「山吹、ニカ、鬼謀の三人でいいだろう。」


 「だめ。」

 「だめです。」


 「旦那様は自殺志願者なのかな。狙われてる本人が持たないでどうするのさ。」


 ニカと山吹に同時にツッコまれ、鬼謀には呆れられてしまった。

 しかしたしかにその通りだった、相談の結果忍とニカと鬼謀が持つことになった。


 「先生の魔導書も持ってきたよ。旦那様、さっきの重いやつ先生に渡してあげて。」


 鬼謀が長方形の方の包みを山吹に渡している。

 忍も言われた通り底なしの指輪の中から御札をベタベタ張られた重たいものを取り出した。

 従魔車の床がギシリと軋む、やっぱりめっちゃ重い、両手で持っていないと落としてしまいそうだ。


 「おお、よくやった弟子よ。主殿もありがとうございます。」


 山吹は片手で軽々と受け取ると、自分の指輪に杖と本をしまっていた。


 「包みはあと一つあったよな?」


 「あれは開けないほうがいいやつさ。僕が管理しておくよ。魔導具でなにか欲しいものはあるかい?」


 欲しいものと言われても。

 忍は頭を捻って一つ欲しいものを思い出した。


 「従魔の証は作れるか?」


 「なにそれ?」


 ニカと山吹用に買っておいたものを見せると、鬼謀がまた舌打ちをした。


 「こんなおもちゃ、何に使うのさ。他人が触ると色が変わるだけだよ?」


 「町中にいる従魔はつけてないと間違って攻撃されるらしい。」


 「……小さな魔石があればすぐ作れるよ。僕の分かい?」


 「ああ、すまないが頼む。」


 なんだかものすごく不満そうだ。

 しかし、そういう決まりがあるのでは仕方がない、守らないと余計なトラブルが発生しそうだし。

 残しておいた小さめの魔石を取り出して鬼謀に渡す。

 魔石は魔導具の材料や動力になる、今後は鬼謀に渡す分を確保することにしよう。


 「さて、ニカ、山吹、これは私から二人にだ。受け取ってくれ。」


 「ありがたくいただきます、主殿。」


 「わ、かみかざりだ。ありがとう、しのぶさん!」


 山吹に渡した首飾りは従魔用なので少し物足りないが、ニカの髪飾りはよく似合っていた。

 二人の従魔の証に魔力を注ぎ、マーキングをする。


 「人として行動しているときはつけなくてもいいが、何があるかわからないからな。持っておいてくれ。」


 忍はそういったもののふたりともそのままつけ続けるようだった。

 ちょっと心配だが気にいってくれてるようでよかった。


 「山吹はさっきどこに行っていたんだ?」


 「……実は監視に気が付きまして、追いかけましたが賊に逃げられてしまいました。申し訳ありません。」


 「……なるほど?」


 影の商人のロンダート。

 アリアンテで出会ったやつとは別人か、白雷クラスの移動力があるのか。

 今まで忍たちの誰にも補足されていなかったのに、なんで唐突に見つかったのだろう。


 「まだ監視されていると思うか?」


 「わかりません。我もたまたま気付いた程度ですので。」


 「んー?例の隠蔽魔術でも使っているのかも知れないな。」


 「精霊には魔力を隠すとみつからなくなるよ。僕は目も耳もいいし、二人で警戒したら見つけられそうなものだけど。」


 鬼謀はうさぎなだけあって耳がいいらしい。

 いままで尾行されていたという方が現実的ではない気がするが、全てをすり抜ける方法があるのだろうか。


 「今後はさらに気を引き締めて警戒しないといけないですね。街で用事を済ませたらいかがいたしましょう。」


 「食品を買い込んで一気に湖に行こう。山吹に騎士団を見つけてもらって奇襲というのを考えていたんだけど、単独行動はまずそうだ。騎士団はウシャの街に立ち寄れば勝手に湖の方に引き返して来るだろうし。」


 『忍様、食料なのですが、このあたりの森には蜘蛛が少なく、かなり獣がいます。狼で狩りができそうです。』


 「助かる。野営地を決めたら影分身をかけよう。」


 他にもいくつかの話し合いをした。


 鬼謀がみんなに魔導具の具合を聞いて回っていた。

 どうやらすでに従魔車に実装されているようだ。


 山吹は渡された魔術書の内容を確認している。

 鬼謀と相談をしているがおそらく魔術の難しい話だ。

 おそらくというのは魔術や術式、呪いなどの言葉はわかるもののやはり内容が難しくてついていけないからだった。

 気になる。


 「山吹、鬼謀、私にもそのうちそういうの教えてくれないか。」


 「いえ、我々にお任せください。」


 「そうそう、旦那様が全部できるようになったら僕らいらないでしょ。」


 そう言われてしまうとそれ以上つっこんで聞くこともできない。

 ニカは針物をはじめているし、邪魔するのも悪い。


 『千影も狩りに行きます。忍様、影分身をお願いいたします。』


 「頼んだぞ。木々と等しく揺れるもの……」


 詠唱が終わって狼が森に散る。

 あ、一匹くらい残ってもらうんだったか。

 手持ち無沙汰で近くにいた白雷を捕まえてなではじめる。


 「プオ。」


 「……白雷、私達も気をつけような。」


 「プオ!」


 少しさみしいが、適材適所というやつだ。

 忍は自分のポジションを考えてみたが、魔力食料係とかいう悲しいことを思いついたので外に出て修練をはじめるのであった。




 ウシャの街は牧場と従魔の街である。

 カブトウシ、キノボリドリ、ブッシュボアなどの魔物から動物までを飼いならし、その恵みで成り立った街だ。

 豚耳のおっちゃんが豚肉を売っていたのが気になってしまったが、本日は忍と千影、護衛の山吹で手早く用事と買い物を済ませねばならない。


 「おお、卵が売ってる。これは買い込まないと。」


 卵は運ぶのが難しく、生産地以外では滅多にお目にかかれない食材らしい。

 狩人などの間では卵をとると獲物がいなくなると考え、見つけても放置する暗黙の了解がある。

 料理のレパートリーが格段に増えるため、忍が常々ほしいと思っていた食材の一つだった。

 店にある分をすべて買いしめたいくらいである。

 卵に立ち止まっていると、フルプレートの山吹に肩を叩かれた。

 いけないいけない、混雑する前に手紙と証文を処理せねば。


 行商人ギルドは混雑はしていないものの、かなりの大きさだった。

 従魔が主要産業のこの街では力が強いのだろう。

 番号札を持って受付に行くと牛の角と耳をつけたお姉さんが対応してくれた。


 「本日はどのようなご要件でしょうー。」


 「証文の証明と、手紙を出したいです。よろしくお願いします。」


 「はーい。」


 返事をすると同時にお姉さんの手が目にも止まらぬ速さで動いた。

 忍の預けた三枚の証文には許可印と割印が押され、処理がすんでいる。

 ものすごい早業だ。


 「お手紙もお預かりしてよろしいですかー?」


 「あ、はい。」


 証文の一つを手紙に同封し、お姉さんに渡す、首から上と首から下のスピードにギャップがありすぎてあっけにとられてしまう。

 手紙もあっというまに受付が終わり、お姉さんが次の手順に入る。


 「銀貨五枚ですねー。毎度ありがとうございますー。」


 「はい。ありがとうございました。」


 お金を払いつつ思わずお礼をいってしまった。

 恐るべし行商人ギルド、ミネアよりも事務処理の早い人をはじめてみたかもしれない。

 ともあれ大幅に時間が浮いた、街で卵を買わねば。

 忍は山吹を連れ立って店を出るのだった。




 「パン、ムッチー粉、干し果物、チーズ、牛乳、卵、レイショっと、卵とレイショは両手いっぱいに買って二周してしまった。確実に顔を覚えられたな。」


 「主殿、珍しいものなのでしょうが、こんなに買ってどうするのですか?」


 「もちろん食べる。」


 ムッチー粉はほとんど小麦粉だ、この世界のパンはこの粉でできている。

 パンはボソボソだったり平たいものが主流で美味しくないのに高級品だ、ちょっといい定食についてくる印象である。

 ここまで野生に慣れてしまって野菜と肉中心の生活だったので買うことはなかったが、卵と小麦粉があればできるものが増える。

 チーズが売っていたのもかなりの収穫だ、カブトウシは肉も食えるし乳も出る優秀な家畜として人気があるらしい。

 牛乳も調整などされていないものなので、足は早いが竹の容器に入れて振りまくればバターも出来上がりそうだ。

 いざ戦うとなった時もその頑丈な皮膚でバリケードの代わりにもなる、騎士や軍の補給部隊に引っ張りだこの従魔とのことだ。

 レイショは見た目は茶色い大根だ。

 しかし、クセのない野菜でほのかに甘みがあり、ホクホクホロホロで美味しいらしい。

 そして、皮を剥くとなんだか黄色みがかっているという、これはじゃがいも系の予感がするのだ。

 まあ、屑肉をたたいて肉団子にできるだけでも食料効率は良くなるはずだ。

 最悪外れだったとしても他の街で物々交換をすればいいし、さしたる問題にもならないはずである。

 千影が集めた薬草や果実が物々交換ではかなり喜ばれた。

 下調べをしていないので損をしているのかもしれないが、背に腹は代えられないだろう。

 よくわからない薬草より、美味しいご飯である。


 「で、これが一番面白いかな。トールの根っこ。」


 トールはカブトウシが掘って食べる野草なのだが、乾燥させたものを好んで吸う人が多い。

 バターとチーズとともに勧められて忍も一本吸ってみたが、スーッとする爽快感、まさにハッカパイプだった。

 味がしなくなったものは火に焚べると虫よけにもなるらしく、忍は即決で大量購入した。


 「これが自生してるから蜘蛛も少ないのかもな。なんかカブトウシが欲しくなってくるな。」


 『忍様、トールは千影がとってきます。乳も千影が出せるよう努力しますので、ぜひご賞味ください。』


 「すまない、それは飲みづらいから却下する。」


 ナチュラルに情動を掻き立ててくるんじゃない。

 死にかけたうえに非常時なのでご無沙汰な忍には色々とダメージが入る。


 忍はニカたちと合流すると先を急いだ。

 従魔車を指輪に仕舞い、街を迂回して次の道に出る。

 そこからまた従魔車に乗って全員で移動し、次の街を目指した。

 ルートは普通の旅人と何ら変わりがないので、ウシャの街の先からチラホラと従魔車とすれ違うようになる。

 中には高級そうな従魔車も何台かあった、そういえば貴族の避暑地という話もあった気がする。


 五番目の街まであと一日といったところで深夜に奇襲を受けた。

 全員で戦って被害自体は何もなかったのだが、相手が動物だったのだ。


 「猿と鳥、でも種類が二種類、いや四種類か?」


 「旦那様、マンキーがいるのさ。もう大丈夫だろうけど。」


 「マンキー?」


 マンキー、猿に似た魔物で小型で頭が良く怪力、小動物を操る。

 従魔車の中から食料を窃盗したり、弱い相手とわかれば人を襲うこともあるらしい。


 「強い相手に特攻するような魔物じゃないから僕らはもう狙われないさ。普通の旅人には厄介なやつだけどね。」


 なんかやってることは観光地の猿みたいだ。

 たしかに危険だが今回はスルーでいこう。


 『忍様、ラビやシロコッコが混ざっていました。』


 「おお、ラッキーだ。」


 ラビは野うさぎ、シロコッコはにわとりだ。

 ウシャの街では食堂のメニューがかなり読めるようになった気がする。

 ブタはブルスト、ヤギはメルメ、魔物のほうがいろいろなところで穫れるようなので使う機会は少ないかもしれないが、覚えておきたい単語である。

 むしろチーズみたいに全く同じ単語が使えると混乱する。全部同じなら楽なのに。


 「鶏の肉があるならシチューでもやってみるか。雨が降っている分、夏前でも肌寒いからな。」


 シチュー、牛乳、乳。

 中学生みたいな連想ゲームをしてしまう、昼間の千影の攻撃が効いているらしい。

 ただでさえ今夜も隣に忍の育てあげた暴力的な果実が存在しているのだ、ってバカか。

 トールの根っこを吸って落ち着く、頭を冷やして置かなければ従魔車の中に戻れなかった。


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