トントラロウと白蛇の呪い
「ひかりよ、ひかり。そのぬくもりでゆうかんなるもののきずをいやせ。【ライトヒール】」
光の魔法中級【ライトヒール】この世界では珍しい即効性のある治癒魔法だ。
表面的な擦り傷等はすぐに治るし、単純な骨折なども一度で治療することができる。
しかし、神官の【ヒール】ほどの効果は望めないため、すぐに完治させるとなると連続で使う必要がある。
まあ、ニカは忍の【生育】を受け続けているような状態なので、平時で魔力が足りないなんてことにはなりようがないのだが。
ニカはまだ無詠唱こそできないものの、二十回くらいは中級魔法を連続でかけられるようになっていた。
実はケネスなどよりよっぽど魔法が使えるのだ。攻撃魔法以外なら。
「ぶたみみさんはいっかいでなおったよ。とらみみさんはきちんとなおったかわからない、うでがひどかったから。」
「ニカ、ありがとう。よくやった。」
目隠しの向こうからニカが話しかけてくる。
忍は風呂に入っていた。
白雷は飛び去った後、すぐにニカを角に引っ掛けて戻ってきた。
よっぽど忍がひどい匂いだったのだろう、千影を通してすぐに風呂に入れと言われてしまった。
まあすぐに入りたかったからいいけどね。
「しのぶさん、あとでおみずおねがい。マントせんたくするから。」
ニカはそう言ってトントラロウの二人の方に戻っていったようだ。
『忍様、蜘蛛は千影と白雷で対処しますので、今夜はお休みください。』
「夜明けまであと少しだ、大丈夫。トントラロウに気になる点はあったか?」
『トントラロウは腕利きのパーティのようですね。三人共戦士兼狩人です。求めていたのは報酬ではなく、結界を作るための強力な魔石を探していて白蛇と対峙したようです。』
結界用の魔石、結界を作るのには魔石が必要なのか。
さらに魔石を探し回っていたということは、どこかの結界が緩んできているということかもしれない。
結界がなくなれば森に融合するようにして作られているビリジアンの街ではすぐに魔物に占拠されてしまいそうだ。
なにせ上空から見ても街がどこか判断がつかないのだから。
『王に対してはいい印象は持っていませんが、蛇狩りに自分たちも加担しているので一概に文句も言えないという状態のようです。最初はこんなに蜘蛛が増えるなどとは考えていなかったようですね。影の商人は情報を売り買いする程度のつながりはあるようですが、こちらもビリジアンでは普通のことのようです。騎士団とはほとんど関わりがありません。』
情報は影の商人が一般的に冒険者に使われていることの裏が取れたくらいか。
『豚耳は豚だから太っていると言われるのが嫌で痩せたのに、豚なのに太っていないと言われてよく怒っているようです。体を鍛えることに熱心ですね。虎耳は力比べが大好きで、パーカッションバイパーに正面から挑んで跳ね飛ばされたことがあります。こちらも体を鍛えるのが好きなようです。』
「暑苦しそうなパーティ……。」
体育会系のノリはいろいろなことを押し付けてきて苦手だ。
良かれと思って酒や運動や仕事を押し付けてくるきらいがある。
いいやつが多いのはわかるがそれが逆に断りづらくてとてもつらいのだ。
いい奴のフリもしやすい、そういうのが先輩になってしまうとグループ全体がいきなりやばいことをしだしたりもするのだ。
「いかんいかん、前世のイメージに引っ張られすぎだ。会話が通じない体育会系など一部のはず、落ち着け。」
『忍様、ちょうど豚耳のほうが起きたようです。』
「そうか、ありがとう千影。」
忍は急いで風呂から出て、服を着るのだった。
豚耳は体に布を巻いて座り込んでいた。
ガタガタ震えていて、ニカが背中を擦っている。
「どうした?まだなにか不調があるのか?」
「においできもちわるくなったみたい。それにさむいって。」
「あー、風呂につれてってあげて。残り湯で悪いがまだ温かいだろう。」
消化液を流すのに雑に水をぶっかけたのが原因だ、悪いことを…いや、体を流さないととけてたから不可抗力か。
しばらくして風呂から出てきた豚耳は口を開くなり忍を怒鳴りつけてきた。
「あたしらをどうする気だ!おまえら奴隷商か!?ウッドメンの仲間のくせに!」
「……えー?」
そのまま助けてくれとかどうせなら殺せとか騒ぎはじめる。
忍がどうしたものかと悩んでいる間に千影が精神攻撃で強制的に黙らせた。
というかここでウッドメンが出てくるのはなんでだろうか。
ああ、千影を止めないと豚耳さんがビックンビックン跳ねて大変なことに。
「千影、そこまで。豚耳さん、落ち着いたらとりあえず質問に答えてほしいんですが。なんでここにいるかわかってます?」
「シ、シラナイ。ヤドデ、ネテタ、ハズダ。」
なんか目が死んでカタコトになってる。
千影はいい仕事をするというか容赦がないというか。
「私は忍といいます。貴方達は白蛇の前で一列になって食べられそうになっていました。というか、豚耳さんは食べられました。」
「嘘つくな!だったらなんで生きてんだよ!おかしいだろ!」
『お静かに。』
豚耳がピタッと動きを止める。
千影に恐怖を覚えたようだ。
『忍様が名乗ったにも関わらず、名乗りもしない。二度も助けてもらっていながら、この振る舞いですか。こんな恩知らずの豚に時間を使う必要はありません、忍様、処理を進言します。』
「いやいやいやいや、たぶん呪われてた時の記憶がないんだろう。それはやりすぎだ。」
「……あたしはクルトン、そこでのびてるのがトラビス。あとはファロウって狼耳だ。」
ファロウというのは死んでしまった狼耳か。
しかし本当に記憶がなさそうだ、嫌な説明をしないといけない。
「ファロウさんはお亡くなりになりました。白蛇は倒しましたが、トラビスさんは大怪我です。私とクルトンさんは飲み込まれていましたので、結果的に傷が浅くすんだというかなんというか。」
「ますます信じられん。」
『忍様、千影にお任せください。』
千影がそういうと再びクルトンが闇に覆われていく。
「あ、あ、なんだこれ、う、うわぁ?!なんであたしがトラビスの尻を?!」
なるほど、千影の見ていた分をクルトンに見せているのか。
「ぐ、幻影魔術か?!騙そうったってそうはいかない!」
『千影が、豚ごときを?』
「千影、落ち着け。クルトンさんはこの際信じてくれなくてもいいです。現実としてファロウさんは亡くなってますし、トラビスさんは大怪我で意識がまだ戻ってません。助けたつもりですが、余計なお世話だったかもしれませんね。私達はキャンプしているところに戻りますので、後はお好きにしてください。」
これ以上話しても疑惑が深まるだけだろう、忍はファロウの遺体を布にくるみ、トラビスの横に静かに置いて手を合わせる。
ちょうど夜も明けようとしている、後はアリアンテに行くなり従魔車を捕まえるなりできるだろう。
「ま、まて、あたしの服は?!」
『忍様、あの豚殺していいですか?』
「駄目。クルトンさんもその布あげるからなんとかしてください。あともう千影を刺激しないでください、本当に死にますよ。ニカー、白雷ー、帰るぞ!」
すぐにここを発たないと千影が爆発しそうだ。
いそいで風呂や目隠しを片付けて忍たちは森の中にひきあげるのだった。
『再三の進言となりますが、忍様は優しすぎます。それは美徳ではございますが、配下、お知り合いならまだしも、あのような豚畜生にまでとは千影は心配で心配で……。』
千影がかなり怒っていたようなので眠る前にテントで千影の話を吐き出させようとしたのだが、忍は人に変身した千影に抱きつかれて延々とよくわからない内容を語られていた。
千影の心配事は忍が無礼を許しすぎていたり、力を振るわずに解決しようとしてピンチに陥っていたり、蛇に呑まれたりすることらしい。
たしかに回りくどいうえにめんどくさい自覚はある。
『千影にとって忍様の命令は絶対です。今回もどんなにニカを見捨てて走り出したかったことか。忍様と契約済みなのを悔やんでしまったくらいです。いえ、契約したからこそ忍様と出会えたのですが…もっと千影を使っていただきたいのです。全てを捧げさせていただきます、ああ、忍様……』
「ありがとう。ありがとう。」
まずい、眠気で耳が遠くなってきた…。
もはや千影も何言ってるかわかってないんじゃないだろうか、こういうときに話がループしはじめると自分でも何言ってるかわからない状況に陥るのだ。
千影の頭をなでながらうなづいて話を聞いていく、我に返ったときはものすごく恥ずかしいが、話しきれば少しだけ気が楽になるはずだ。
まあ、さっきからずっと尻尾がちぎれんばかりにブンブン振られているので気晴らしになっている…のか。
『毎晩忍様に抱かれている白雷や、身の回りの世話を任されているニカが羨ましく……忍様?』
いつの間にか千影を撫でる手が止まっていた、忍が眠ってしまっている。
戦闘明けだというのに千影に付き合ってくれていたのだ、やはりお優しい。
そして千影は愚かだ。主人に甘えて休ませもせずに愚痴を聞いてもらうなど、従者としてあるまじき行為である。
『……お疲れのところ申し訳ございませんでした。どうぞごゆっくりお休みください。』
離れようとすると忍が千影を抱き寄せて頭をなでだした。
白雷がいつもこうして忍といっしょに寝ていたはずだ。
たとえ白雷の代わりでもいい、忍の隣で寝られることが千影は嬉しかった。
忍が目を覚ますと外はしとしとと雨が降っていた、いつの間にかニカの膝枕で白雷を抱いて寝ていたようだ。
「……あれ、千影?」
『忍様、今朝は申し訳ございませんでした。』
「いや、こちらこそ寝てしまってすまなかった。二カも白雷もありがとう。」
「うん、あめふってきちゃったから、しのぶさんほんとうによくねてたよ。」
『忍は寝るとなかなか起きない。でも、寝ててもナデナデしてくれるの。白雷はいつも嬉しいの。』
「そうか、今日は外にでられないしブラシでも……ん?」
白雷を見てみる。
いつもどおりのぬいぐるみサイズの白鯨、立派な角には従魔の証、短い毛の癖になる手触り。
なんで違和感があるんだ。
『忍、なにか変?白雷を不思議がってるの?』
「あっ、いや、え?」
白雷、なんか流暢。
喋りがうまくなったのか、いや、なんでいきなりこうなるんだ。
「白雷、なんか喋るのうまくなったな。なにかあったのか?」
『変なののドンドコに苦しくなって気絶しちゃったの。起きたらすっきりしてて、体も軽かったの。』
忍はしばらく考えていたが、ふと思い至ったことがある。
もし白雷が初めて白蛇に出会ったとき、呪われていたとしたら?
今回また呪いをかけられて、それを忍の【解呪】が一気にといたとしたら?
いや、ありうる。
あの短時間でいきなり口調が変わるようなことなど他に考えられない。
そうなると恐ろしいことに出会ってから今まで白雷はずっと呪われている状態であの強さだったことになるが。
『忍、テントの入口開けて。今ならできる気がするの。』
「お、おう。」
一体何の話だろうか。
白雷が出入り口の内側に浮いてスタンバイしている。
次の瞬間、白雷の角から雷が走り、出入り口正面の木が炎に包まれた。
炎は木の表面だけをを焼き、雨で鎮火されたようだ。
「うわ、びっくりした。」
『やっぱり、好きなとこに飛ばせるようになったの。忍、褒めて褒めて。』
「お、おう、すごいぞ。ただ、次からはいきなりやっちゃ駄目だからな。失敗したら私だけじゃなくてみんな死んじゃうかもしれん。」
『……あっ。ごめんなさい。』
ついでに触っていないのに喋れるようになっている。
これ、呪われて押さえられていた分の力が使えるようになって不安定だった雷やら意思疎通が安定したんじゃ……。
「白雷、人に変身してみて。」
『わかったの。ちょっとまってね。』
白雷の形が変わっていく、ここらへんは以前と変わらない、が。
「おぉ!」
以前の変身では白雷の顔は見せかけの鼻と口はあるものの、芸術作品のように赤い目が額から頬にかけて左右同じ大きさで四つづつくっついていた。
それが今はよくあるモンスター娘のように眉毛、眉間のシワ、目尻に分かれて左右対称に小さな目が存在しきちんと人と同じ位置にもひときわ大きく真っ赤な目が存在する。そしてすべて閉じると目を閉じた美少女に見えるようになっている。
忍が描いてみせた例の絵そのままの変身だった。
『どう?どう?』
「完璧。白目はないけどそれはもともと無いものだから仕方ないし。なくても神秘的ですごくいい。」
「ほんとに、ようせいさんみたい。」
『やったの。いっぱい忍の赤ちゃん産むの。』
「あ、あー、そうだな。とても嬉しいのだが、そういうことを言うのはやめような。」
『なんでなの?』
『千影も不思議です。』
「私があんまり好きじゃないんです。……ニカ、はしたないってどう教えればいいんだろう。」
「ちかげさんとはくらいさんにはむずかしいとおもう。」
ニカにさじを投げられたら忍も処置なしだ。
ともあれ、白雷がさらに頼れる存在になったのは喜ばしいことだった。




