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邪教の儀式と遭遇戦

 どう考えてもおかしい、なにかの罠か。

 いや、罠にかけるには人選が変だし、忍がこの一帯を見張ってるのがバレているということになる。

 動かないという手もあるが、なにかあったら後味が悪い。


 「白雷を呼んでくれ。二人で見てこよう。千影は拠点の守りを頼む。」


 『仰せのままに。』


 三人組を上空から確認すると、その行動は異様だった。

 刃が潰れるのも構わずガチンガチンと短剣を打ち鳴らす狼耳に、足を抱えて逆さに転がる虎耳とその尻を叩いてリズムを奏でる豚耳。

 しかも全員白目だ、表情も虚ろだし千影はそこら辺どう思っていたのだろうか。

 いきなり出会ってしまったら【ファイヤーボール】でも打ち込んでしまったかもしれない。

 リアル邪教の儀式はおそらくこんなのだろうか。


 『へんなの、いる。』


 「ああ、やばい三人組だな。どうするか。」


 ドンドドンドン、ドンドンドドンドン、ドンドコドンドン、ドンドンドドンドン……。

 邪教の儀式に合わせるようにして、森に太鼓の音が響き渡った。

 短剣とケツドラムと地を揺らすような太鼓の音が共鳴しはじめる、そして森の中からそれは現れた。

 真っ赤な目を持った真っ白な大蛇だった。

 白雷のように目がいくつもあるわけではなかったが、尻尾の先に紫色の丸い器官がついていた。

 それを左右にふることで太鼓のような音をだしているようだった、同時に妙な感覚がする。


 『へんなの、嫌い、おと、うるさい。』


 白雷の様子もおかしい、気が立って今すぐにでも雷を放ちそうだ。


 「白雷、下に降りよう。辛いなら聞こえないところまで下がっていてもいいぞ。」


 『しのぶ、いっしょ。がんばる。』


 いつの間にかトントラロウの三人は演奏を止め、白蛇の前に整列していた。

 忍が地上に降りる前に、止める間もなく豚耳が頭から飲み込まれた。


 「げ。」


 急いで白雷から飛び降りて【アイシクル】を数発放つ。

 魔法が蛇の頭をとらえたが、鋭い氷は鱗に阻まれて砕けてしまった。


 「だめか。」


 忍は着地後に走りながら赫狼牙を抜き放つが、接近する前に妙な悪寒に襲われた。

 蛇の目が怪しく光り、忍を睨む。

 途端に体が動かなくなり、その場に倒れてしまった。

 

 体中に力が入ってがガチガチになってしまったような感覚、意識はあるのに、動けない。

 蛇が近づいてくるのが分かる、白雷はどうなっただろうか。

 太鼓の音が遠くに聞こえる、いつの間にか忍の体に何かが巻き付いていた。


 持ち上げられて目に入る、胴に巻き付いていたのはぬらぬらとした舌だ。

 そして自分がどうなったのかよくわからないまま、天原忍は頭から蛇の腹におさまってしまったのである。


 意識があったので飲み込まれたのはすぐに分かった。

 なんだか酸っぱい匂いがしてむせそうだ、消化液が出ているのだろう。

 しかし忍にダメージはない、【毒無効】で酸も無効になっている。

 先ほど感じていた体のこわばりのようなものはなくなっているが、今度は周りから締め付けられていてうまく体が動かせない。

 赫狼牙は……落としてしまったようだ。

 飛熊も抜けない。

 指輪の木材を全部出すとかも飲み込まれたときによくあるパターンだが、いや、蛇の腹が爆発する前に忍が潰れてしまう。

 白雷の様子もおかしかった、千影が何も言ってこなかったのもおかしい、このまま忍がやられれば次はみんなだ。

 思いつくのは一つ、時間もない。

 一か八か、忍は底なしの指輪からソウルハーヴェストをとりだした。


 出てきたソウルハーヴェストが蛇の内壁に刺さると途端に蛇が苦しみだす。

 当然だ、この刀は触れたものの魔力を奪う。

 打ち出された魔術でさえ吸収するような刀だ。

 そんな物が腹の中に現れたら、魔力が生命力とも言っていい魔物であれば死んでもおかしくない。

 のたうち回っているのか体中にものすごい遠心力がかかっている。


 蛇の中が蠢き、忍の体が移動しだした。

 異物に対する正常な反応だ、だが、吐き出させるか。


 ソウルハーヴェストの峰の部分に指をかける、腕が動かせなくても手首と指はなんとか動く。

 蛇の体内の蠕動運動にあわせて膝を立てて無理矢理隙間を作り、刀の持ち手を握ることに成功した。


 全身が圧迫されて体がきしむ、飲み込まれたのが忍でなかったなら、白蛇の圧勝だっただろう。

 あとはソウルハーヴェストが抜けないように全力で維持するだけだ。


 抵抗も弱まってきている。

 しかしこのタイミングで、忍の上から何かが出てきた。

 やばい、忍の前に飲み込まれたのが一人いた。

 脚と尻が忍を押し出そうと上から圧迫してくる。豚耳の彼女はすでに服がとけて皮膚もとけかかっている、これはまずい、想像以上に時間がなさそうだ。

 蛇の腹をさばけば、とりあえず外にはでられるだろう。しかしそのくらいでこのヘビが死ぬだろうか。

 忍のカンだがこいつはここで殺しておかないとやばい気がする、白雷も忍も警戒無しでトントラロウを観察していたわけではなかったのに、白蛇はいきなり現れたように感じた。

 ここで逃がして付け狙われるようなことになったら、次に飲まれるのはニカや白雷かもしれない。


 トントラロウには悪いが豚耳が生き残ることを祈って、忍は腹を割かずに蛇を殺すことを決めた。

 今の忍にとって大事なもののために。


 蛇は程なくして動きを止めた、忍はすぐに腹を割いて外に出る。


 「ぶはっ、う…はぁ、はぁ。」 


 外に出て空気を吸ったら立ち眩みがおきた。

 そうか、当然といえば当然だ、蛇の体内に空気はほとんどない。

 必死で気が付かなかっただけで、忍は酸欠状態だったらしい、いきなりの新鮮な空気に脳みそがびっくりしたのだろう。

 さらに胃液の匂いに蛇の血の匂いが混ざりあって最悪だ。


 外は大惨事だった、木々がなぎ倒され地面はえぐれ、そこかしこに蜘蛛の死体も転がっている。

 白蛇は泡を吹いて動かない、急いで刀で頭を貫いた、これで復活などされては洒落にならない。

 次に忍は這い出したところから、なんとか豚耳を引っ張り出した。

 白雷はどうしただろう、周りには居ない。


 消化液まみれの豚耳に水をぶっかけて、回復魔法をかける。


 「耳飾りさん、地図、白雷。」 


 白雷の表示はすこし遠くの林の中にあった。

 白蛇はどうやら苦しみながら移動しようとしたらしい。

 忍の飲み込まれた道のところからだいぶ離れていた。


 白雷は林の中に横たわっていた、しかし何か様子がおかしい。

 息も絶え絶えでとても苦しそうだ。


 「お、おい、【リムーブポイズン】【シェッドシックネス】【ヒール】!」


 【ヒール】で体力が回復したようだが、まだ息が荒い。

 白雷の思考が流れ込んでくる。


 『へんなの、こうなる。嫌い、休む、なおる。白雷、平気。』


 「平気じゃない!なんだコレ、毒でも病気でもないのか!」


 『大丈夫、休む。へんなの、どう?』


 「なんとか倒した。だから白雷は安心していい。」


 忍は白雷を抱きかかえると千影の烏が道にいるのが見えた。

 蛇が移動したせいで千影の力が及ぶ範囲から外れてしまっていたのだろう、これでは千影が助力することはできない。迂闊だった。


 『忍様、ここまでが千影の限界です。白雷のことはお任せください。』


 「頼む。虎耳と狼耳の居場所は分かるか?」


 『虎耳はあちらに、狼耳の方は吹き飛ばされてしまって千影のわかる範囲から外れてしまっております。』


 虎耳は道端に倒れていた、屈強な男だが無防備な状態で蛇に吹き飛ばされたのだろう、左側の腕と脚が変な方向に曲がってしまっていた。

 とりあえず生きてはいるようなので添え木をして回復魔法をかける。

 焦って【ヒール】を白雷に使ってしまったので、即効性のある治療はできないが、多少はマシなはずだ。

 白雷の隣に寝かせておく。

 

 「蛇の死体を回収して豚耳も連れてこよう。それから狼耳か、どっちの方に飛んでいったとかわかるか?」


『あちらの方角かと。』


 烏が蛇の死体がある方向を指し示した、狼耳の彼が死体になっていないことを祈ろう。




 結果的に狼耳の彼は助からなかった、白蛇は倒せたがこちらにも被害が出ている。

 拾った赫狼牙を鞘に収め、白雷のところに戻る。


 「千影、ニカとテントを片付けてこっちに合流してくれ。白雷が心配だし虎耳は動かせない。」


 『承知しました。』


 白雷は完全に意識を失っているようだ、今までこんなことはなかった、忍が抱いて寝ていても白雷はずっと覚醒していた。

 何だ、よほどのダメージか、あるいは。


 「……魔術か、呪いか?」


 ダメでもともとだ、白雷に【抗魔相殺】をためしてみる。

 しかし、魔法陣は歪んでも楽になった気配はない。

 続いて【解呪】を試す。

 今まで使い所がなかったので認識していなかったが、【解呪】はかなり強い能力のようだ。

 さすが神からもらった能力。

 白雷の体がほんのりと光り、何かが壊れた感覚がする。

 苦しそうだった息遣いもいくらか楽になったようだ、当たりらしい。


 「呪いか、一応自分にもかけておいて……あの二人もおそらく呪われてるんだろう。かけておくか。」


 豚耳と虎耳もやっぱりほんのりと光って何かが壊れた感覚がする、状況から見て呪いをかけたのは白蛇だろう。


 「千影、ニカを連れてきたらトントラロウの記憶を洗ってくれ。」


 『仰せのままに。』


 おそらくは最初に助け出した際にすでに呪いにかけられていたのだろうが、今の忍たちには圧倒的に情報が足りない。

 というかどれから手を付けたものか、王様について、白蛇について、副団長について、影の商人について、呪いについて、あまりに状況が変わりすぎて忍の頭の中がこんがらがってしまっている。

 こんなときに山吹がいれば相談できるのだが。


 「そうだ、山吹。」


 【同調】すれば相談できることを忘れていた。

 忍はさっそく山吹に連絡を取るのだった。


 『主殿、連絡が早いですね。まだ騎士団は見つかっておりません。』


 『お疲れ様。定時連絡じゃなくてこっちで問題が起こってな。呪いについて知っていることを手短に教えてくれ。』


 『……呪いですか。そうですね、魔力によって引き起こされる現象でかけられると厄介なものです。呪物を壊す、術者が死ぬなどの解除のための方法が限定的なのも特徴ですね。解除方法がわからない呪いに対する手立てはほぼ無いゆえ、かけられれば主殿でも抗うことは難しいでしょう。魔物の使う呪いは本体が死ぬと強くなることもあるゆえ、場合によっては呪った相手を捕獲する必要なども出てきます。』


 『ありがとう。山吹はそっちに集中してくれ。報告は合流したときにでも。』


 『ほう、焦らしてくるとはぁ主殿もいじわるですぅ、なっ。』


 『……千影がいないからって声色で私をいじろうとするな。』


 『バレましたか。ああ、お待ち下さい。いくつかの村の廃墟を発見しました。最近潰れた村もあるようです。地図上の村もどの程度残っているかわかりません。』


 そんなに村が潰れているのか。

 アリアンテではわからなかったが蜘蛛の影響かもしれない。


 『わかった。ありがとう。』


 【同調】を終えて思索にふける。

 村が潰れているのは蜘蛛の繁殖により襲われていることとみていいだろう。

 しかし、結界があるなら蜘蛛は関係ないはずだ、ここは謎だな。

 蜘蛛の繁殖の原因は、パーカッションバイパーをはじめとする蛇狩り、蛇狩りは新王の命令だとのことだったか、これは新王は恨まれていそうだな。


 白蛇は蛇狩りに反応して出てきたのかもしれないが、倒してしまったので調べるすべがない。

 騎士団が動いている理由は山吹待ちだな、こっちは即戦闘なんぞにならないといいのだが。

 影の商人が絡んできたことも副団長に話を聞ければ進展があるかもしれない。


 今は白蛇を打ち倒せたことを喜ぼう、これで白雷が狙われるようなこともなくなるだろうし。


 「うう、早く風呂に入りたい。」


 またパーカーとカーゴパンツがだめになってしまった、そしてマントは無事、このマントのような普段着がほしい。

 焚き火をつけて石を焼いておく、ニカがきたら即風呂に入ろう。

 ニカが合流するより前に、まず白雷が目を覚ました。

 起きた白雷は忍が手を伸ばすとさっと身を翻す。


 「プオッ、プオッ。」


 これ、たぶんくさがられてるな。

 ちょっと泣きそうになったが白雷が起きてくれれば忍が警戒を緩めても大丈夫だろうか。


 「ニカと千影がきたら風呂はいるから、少し我慢してくれ。」


 「プオオォッ!」


 白雷はそう鳴くとすごいスピードで飛んでいってしまった。

 我慢出来ないほどだったか。


 「嫌われた、かなぁ……。」


 いや、そんなこと無いと思いたい。

 一刻も早く風呂の用意をすすめねば、目隠しと大樽を出して大急ぎで準備を進めた。

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