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辛い見張りと黄泉帰り


 「とりあえずそういうわけなんだけど、なにか意見がある人ー。」


 「いけんはおもいつかないけど、たいへんなことなんじゃ……。」


 「主殿はなんでそんなに落ち着いているのですか。」


 「ははは。ニカはマントで顔を隠して私のそばを離れないこと。白雷はニカのマントの下に隠れて護衛、従魔車は指輪に収納して軽装旅を装ってみよう。」


 ニカも忍も体の大きさを隠しきれないので気休めでしかないが、少しは役に立つかもしれない。


 「山吹、思いついたことがあるんだけど、単独で斥候できるか?」


 「例の副団長ですか?おまかせください。」


 「判断は任せるけどみつかったら逃げること。昼夜で四回くらい【同化】するので連絡はその時に。気をつけてな。」


 「はい。見事にこなしてみせましょう。」


 山吹が地面に潜る。

 ボボンガルで薄々感じていたが、単独行動には自信があるようだ。

 そそっかしいところもあるが、今回は逃げていいことにしているし大丈夫だろう。


 「ニカ、スカイエの木は連れていけない。実を収穫してここに植えていくか。」


 「……うん、しかたない、よね。いままでありがとう。」


 「種をとっておけば木はまた育つ、どこか落ち着けるところが見つかったらまた植えよう。」


 「うん。」


 ニカが手塩にかけて育てていた木だ、ボボンガルあたりでは実をつけて何度か忍の晩御飯にも使っていた。

 このような形でわかれることになるとは、忍も予想していなかった。

 ニカは寂しそうに葉を撫でている。

 【トンネル】で小さな穴を掘る、ここに根付いて元気に過ごしてくれることだろう。

 ニカが植木鉢から土ごと取り出して、忍の掘った穴に木を植えた。


 一メートルほどで成長を止めていたスカイエの木は一気に伸びてニカの倍くらいの大きさになり、実をつけはじめた。

 【栽培上手】の効果なのだろう、それにしても育ち過ぎな気がするが。


 「ニカのときと同じだな。」


 「うん。ありがとう、げんきでね。スカたろう。」

 

 いつの間に名前がついていたのか。

 っていうかスカ太郎でいいのか、一瞬耳を疑ったが。

 感動的なシーンのはずなのにスカ太郎の衝撃で忍は笑いそうになっている。

 つっこむな、顔を隠せ、ここは我慢のときだ。


 「こ、今夜はスカ太郎の実を使ってレモネードを作ろう。ジュースだからニカも飲めるんじゃないか。」


 「わたしはいいや、みずがいい。」


 「ブフッ。」


 震える声で繕った返答をするも、忍は耐えきれず吹き出してしまった。

 状況の妙とはこれほどまでにツボをくすぐるのか。

 ニカに見られている気がする、顔をあげられない。


 「スカたろうのためにないてくれるなんてしのぶさんはやさしいね。」


 ニカがそう言って忍を抱きしめた。

 ……泣いていると勘違いされたらしい。

 なんだかものすごく罪悪感を感じる、反省しよう。


 『忍様、笑ってもよろしいかと。』


 千影、やめてくれ。




 耳飾りの地図は大体の地形が載っているが、細かい道などは乗っていない。

 実際にその場に行くことで書き込まれて詳細な地図になっていくので、ビリジアンのことは地形と森と湖の場所くらいしかわからない。

 そこに買った地図を照らし合わせて、道から離れたところに拠点を立てた。

 こんなところに来るのは魔物か狩人くらいだろう。


 「しのぶさん、なにかできることないかな。」


 「うーん、じゃあ石を焼いてくれ。」


 「いし?なんで?」


 普段通りでも問題はないのだろうが、魔力を温存するのに細かいことをするなら、焼け石は有効だ。

 壺に水を入れ、焼け石を一、二個入れれば簡単に熱湯が作れる。

 風呂などもこちらのほうが効率的にわかせる。

 昼間なら蜘蛛も動かないのでゆっくり風呂に入れるというものだ。

 まあ、魔力を使う練習にならないので普段はしていないのだが、今回は万全の状態のほうが優先なので修練を一旦ストップするのだ。

 テントを張り、周りの蜘蛛を狩り、千影の烏を配置してもらえば、拠点の森の完成である。

 剣術の練習や筋トレも疲れない程度にしておくほうがいいだろう。


 『忍様、薪と食料になりうる物を集めてまいりました。』


 「おお、結構あるな、ありがとう千影。」


 忍が薪を縛っているとニカが手伝いに来てくれた。

 こういうとき、ニカはやることがあまりなく、手持ち無沙汰になっていることが多い。

 街中ではその分色々やってもらっているので休んでくれていてもいいと言ったのだが、何くれとなく世話を焼いてくれている。


 「鍋に焼け石を何個か入れて、取っ手にロープを結んでおく。これを樽の水に沈めてお湯が湧いたら引き上げる。後は水を足していい感じの温度になれば風呂ができる。」


 「わっ!ものすごいぼこぼこいってる!」


 「熱湯になるからな、気をつけろ。今のうちに目隠し立ててくる。」


 「あ、わたしやるよ。ごはんもよういしておくね。ほしざかなでいいかな。」

 うん、ええ子や。感動しつつ静かに頷いた。

 

 風呂からあがった頃には森の向こうに日が沈みかけていた。


 「ニカ、夜は無理せずテントで眠ってて大丈夫だ。なにかきたら起こすかもしれないけど。見張りは私と千影でするけど、魔術を使うので大きな音は立てないように。白雷も声を出さないで何かあったら肩をたたいてくれ。」


 「プオッ!」


 「りょうかい。おやすみなさい。」


 ニカと白雷はテントに引っ込んでいった。

 忍は魔法陣の書かれた布と石を取り出す。


 「実際に使うのは久々だな。見えぬ真実、見える嘘、夢と現は裏表。【イリュージョン】」


 忍の前には焚き火、右側にはテントが張られている。

 焚き火を囲むようにして同じテントが四つ出現した。

 全部で五つのテントが忍の周りにはあるように見える。


 「見えぬ地平の先を見て、聞けぬ霧中の声を聞く。【デリケート】」


 平板の上に魔法陣を広げて上に座り、デリケートを発動した。

 強化するのは聴覚のみにしておく。

 

 「千影、どこかの枝を揺らしてくれ。」


 遠くの左上のほうからガサガサと音がする。

 忍はそちらを指さした。


 『お見事です。』


 「もう少し遠くの方もやってみてくれ、どのくらいまで聞こえるか把握したい。」


 しばらくすると烏が枝を揺らす音ならある程度分かるようになった。

 他に、聞こえる範囲でカサカサと葉がこすれて移動するような音もする。

 指し示して千影に聞いてみると、それがフォールスパイダーが夜間に木を移動する音だということがわかった。

 しかし、他には気になる音はしない、本当にこの森は蜘蛛ばかりだ。


 「千影、話し相手をしてほしい。朝までこれはちょっときついな。」


 『忍様、無理せずお休みになられてください。夜の番は千影の仕事です。』


 「白雷の話が本当なら気を抜かないほうがいい。」


 山吹が襲われるってことはおそらく無いだろうけど、あったとしても山吹なら逃げ切れるだろう、なにせスピードの向こう側を知る女だし。

 襲われるとすれば白雷か、もう一つは例の三人組のモリビトのパーティだ。

 感謝はされたがめぼしい情報は特に持っていなかった、というか話さなかったのだろう。

 パーカッションバイパー猟をよくやっている、トントラロウというパーティだってことと、パーカッションバイパーが夜行性だってことくらいだ。

 

 「動かないでいると少し寒いな。とってきてもらった食料でもつまむとするか。」


 こういうとき白雷をなでているとかなり時間を潰せるのだが、今日はニカについていてもらっているのでなんとなく手持ち無沙汰だ。


 『忍様、手が動いていますよ。』


 いつの間にか忍はいつも白雷をなでている手つきをしてしまっていたらしい。

 千影にツッコまれてしまった。


 『もしよろしければなのですが、千影をなでていただくのはどうでしょうか。』


 「ああ、そうだな。じゃあ頼もうかな。」


 千影は烏でもポヨポヨなのだが、気を紛らわすにはいいかもしれない。

 そんなリラックスグッズもあった気がするし。


 『どうぞ、心ゆくまで千影をお楽しみください。』


 そう言って千影は人の姿を取り、忍を抱きしめてきた。

 うれしいけど、想像してたのと違う。

 やばいやばいやばい、いや、いいのか、いや、流石に気になって耳に集中できない。

 千影の変身は見た目こそ真っ黒なものの、人間のほんのりとした温かみや耳や尻尾のフサフサ感などはとてもよくできていた。できすぎているストライク加減だった。人でも一部はポヨポヨむにむにだし。

 これ手放すのが名残惜しすぎて、モフ欲が、やわらかな欲が、いや、今は危険な状態なんだ。我慢、我慢しろ。


 「……すまん、千影。烏を一匹呼んでくれないか。その、魅力的すぎて集中できない。」


 『承知しました。残念です。』


 千影は忍の言うことを素直に聞いてくれる、名残惜しすぎるが、またそのうちということにしよう。

 烏の羽がムニムニとするというまったくの新感覚を味わったが、この日はなにかが起こることはなかった。

 山吹に【同化】するもまだ目標は発見できず、忍は夜明けを確認しテントの中で眠りについた。




 一晩中魔法陣の布の上に座っているのは流石にしんどかった、そして、それでも五分の一も減っていない魔力の量に改めて化け物クラスなのを実感する。

 というかこれを千影は吸いきったのか、それはそれで恐ろしいな。

 睡眠を取って、少し準備運動をし、風呂に入って、また夜になる。 


 『忍様、気になることがあるので、今のうちに【魔力供給】をお願いしてもいいでしょうか。』


 「いいぞ。足りなかったなら多めがいいか?」


 『いえ、いつもどおりにお願いいたします。』


 なんだろうか、とりあえず供給をしてみる。

 気になって忍も魔力を意識してみるが特に変わった様子はなく、千影に魔力が流れていく。

 千影は忍の与えた魔力を難なく取り込んでいく。


 『ありがとうございます、そして確信しました。忍様の魔力の量がボボンガルにいたときよりもかなり増えています。千影への供給で魔力の量が減っていないのです。』


 「んんん?」


 『修練で増えるような量ではなく、最低でも数倍に増えております。山吹より指摘されていましたが、にわかには信じがたく、千影も昨夜の魔術の連続使用で疑いを持った次第です。』


 そういえばボボンガルで死にかけてから、妙に体が軽い感覚があった。

 体型などは変わっていないし、そのうち慣れて気のせいかと忘れてしまっていた。

 同時に死にかけた理由を思い出して色々と複雑になるが。

 短期間で爆発的にとなると、なにか影響のある能力を得たのかもしれない。


 「耳飾りさん、能力の解析。」


 増えてる。

 常時発動能力【九死一生】【魔力生成】【黄泉帰り】【テクニシャン】……。


 【黄泉帰り】生き返るたびに大きく成長する。


 これか。

 生き返るってことは、一度死んだということだろう。

 しかも腹上死だ、忍調べの恥ずかしい死に方で常にランキング上位のやばいやつである。

 墓まで持っていきたい秘密ができてしまった、どうしよう。

 死んだものは生き返ることはないはず、もしかして瀕死から回復することで適用されたのだろうか、それとも忍がゾンビになったということなのだろうか。

 しかし肉体が腐っているわけでもないし…。

 

 【九死一生】死にづらくなる、体力の回復が少し早くなる。


 なんだかしぶとくなったらしい。

 いや、これを能力として持っているということはやはり忍は死んでいないのか。

 よくわからん。


 【魔力生成】魔力が枯渇した時、体力を魔力に変換できる。魔力の回復が少し早くなる。


 魔力が枯渇したのなんて後にも先にも一回だけだ。

 忍はなんだか恥ずかしくなって説明を閉じた。

 内容は相変わらずふんわりしているが、一足飛びに技術などが向上するときはなにか取得していることが多い。

 そして能力は忍が体験したり技術を磨くことで増えることがあるというのもなんとなくわかってきた。

 【魔力生成】もそうだし、【テクニシャン】もおそらくそうなのだろう。

 この流れでこの名前の能力というだけでなんかもう恥ずかしくて死にそうである。

 もしかしたら神の中にセクハラ大好きなやつがいるのかもしれない、何だよこの能力。


 「あー、原因はわかった。おそらく心配はない。」


 『承知しました。原因に関しては教えていただけないのでしょうか。』


 「すまない、教えられない。というか説明ができない。能力というやつだ。」


 千影たちに能力というものについて聞いたことがあるが、そういう事ができるということは自覚しているものの能力自体を能力として認識してはいないらしいのだ。

 白雷は雲や雨を作れるが、それが【雨乞い】という能力によるものとはわかっていないといった具合である。

 説明は試みたが、わかっているのかいないのかは微妙なところだ。

 当たり前といえば当たり前だ、忍にもいまいちわかっていない。

 魔術を覚えるのに呪文を暗記するが、暗記という能力があるわけじゃないのに覚えることはできている。

 下手をすると召喚された者だけへのボーナスのようなものの可能性もある。

 きちんと考えようとすれば理解できないことだらけだ。


 他にもよくわからないものはある。

 最たるものは【成長限界突破】だ。

 成長に上限があるというのはなんとなくわかるが、成長限界がいつ訪れるのか、もうすでに突破してしまっているのかさえよくわからない。

 そもそも、成長している内容がわからないのだ、おそらくは体力や魔力なのだろうが、普通のゲームなどではステータスというものがある。

 筋力やスピードなどが数値として見えなくても成長し続けるということなのだろうか。


 こういうことをうじうじ悩んでもわからないので仕方ないということになる。

 この世界には百科事典も攻略本もないのだ、そのうえ神からも情報制限を受けているので、答え合わせもできない。


 いっそのことすぐに役に立つような能力が増えていてくれればよかったのだが、そううまくはいかないようだ。


 千影の烏をムニムニする。

 すこし気分が和らいだ。


 『忍様、パーティが来ました。右手の方向、外側にある道でアリアンテ側からですね。』


 「……かなり遠いな。こんな夜中に何してるんだ。」


 『トントラロウですね。パーカッションバイパーを狙う気でしょうか。』


 あの三人、復活したばかりだろうに、死にたがりなのか金に困っているのか。


 『三人で踊りだしましたね。豚耳が虎耳のおしりを両手で叩いています。狼耳は短剣を打ち鳴らしていますね。』


 「まてまてまてまて。わけわからん。」


 異常事態だということは嫌でもわかった。

 忍は武器を確認し、身構えて状況を確認しに行くことにした。

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