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神託とヒモ

 アリアンテは上空から見ても街ということがわからなかった。

 木の真ん中あたりに据え付けられたツリーハウスと、大樹の根本をくり抜いて作られた商店が並ぶ森の中の都市、それがアリアンテだった。

 冒険者ギルドを回り、行商人ギルドについたところでカントから報酬をもらう。


 「どうです、涼しいでしょう。ただ、夏の前にそろそろ雨季が来ますから湖には遠回りでも陸路がいいかもしれません。我々は首都を目指すのですが、ケネスさんたちはどうしますか?」


 「できればジョーヒルに帰りたいっすけど、あの数見ちゃうと流石に単独行はないっすね。しばらく近くで観光して蜘蛛が落ち着くのを待つっす。あ、忍さん魔石分の報酬の上乗せありがとうっす。これだけあればしばらく遊んで暮らせるっすよ。」


 「いや、毎日ドロドロになってもらっちゃったので流石に心苦しかったです。お疲れさまでした。」


 魔石はギルドで換金し、忍が多くもらうはずだったのだが、山分けにした。

 代わりにウッドメンは夜営などで食料を融通してくれたり、ミストガイズは解体を一手に受け持ってくれた。

 持ちつ持たれつの旅はここまでである、嬉しいような寂しいような。

 いや、これで風呂に入れると考えると二度と護衛依頼は受けないかもしれない。


 「それでは皆さんお元気で。」


 「フォールン様の加護があらんことを。」

 

 「うす、またどこかで。」


 今回の収入は十五日で大銀貨三十枚と蜘蛛の魔石がパーティ頭で約大銀貨七十枚

 金貨十枚分の収入になったのであった。

 蜘蛛の魔石、千個近くあったらしい、チリも積もれば山となる。

 いくら加工するとはいえ、冒険者ギルドはこんな量の魔石を何に使うのだろうか。


 ニカと山吹は明日の行商市の出店準備をしている。

 たまたま明日が開催日だったのでニカが張り切っているのだ、出店の手続きをしたあとすぐに値つけと物々交換の目を養うために街の商店を回っている。

 居ても立ってもいられないという感じだった。


 忍は魔法屋で従魔の証を買った、ニカは髪飾り、山吹は首飾りだ。

 町中を歩いていると用水路がいくつも流れている、水はきれいでどうやら生活用水はここから汲んでいるようだ。

 そして街を走る従魔車には一メートルくらいのかぼちゃのような実がくっついている、特産品だろうか。

 それにしては運ばれているというよりも取り付けられているように見える。


 「いろんなもののスケールがでかい。」


 『そうなのですか?』


 「うん、びっくりする。」


 まあ大きいかぼちゃはあった気がするが、それ以外のものでも色々でかいから間違っていないだろう。

 少なくとも人間大の蜘蛛は映画の話だ。


 ああ、今夜の宿も探さねばならない。

 そんなことを思っているとハチャメチャなツリーハウスが目についた、あれは神殿か。

 そういえばポールマーク以来、全然祈りにも行っていない。

 街についたらついたでやることがいっぱいあるのだった。


 「く、そしてやはり風呂には入れない、か。」


 宿はブルーアースの歩き方で紹介されている平均価格から少し安いところをいつも選んでいる。

 そのため、特別な施設や設備やサービスなどはないわけで、見つけた宿ではお湯が貰えるくらい、お風呂は今夜もお預けだった。


 「しのぶさん、ほんとにおふろすきだよね。」


 「主殿は女や酒よりも風呂という稀有な例ゆえ、致し方ないです。」


 「失礼な、マッサージも好きだぞ。」


 「よーし、じゃあきょうはひさしぶりにマッサージするよ。」


 「あー、ありがとう。頼む。」


 つい、話の流れで催促してしまった。

 布団に体を投げ出し、数分で夢の国に旅立つ忍なのであった。




 ニカと山吹が行商市で頑張っているころ、忍は白雷と千影を連れて神殿に寄っていた。

 入口に存在するクリスマスリースに魚の頭が刺さった装飾は一体何なのだろうか、節分もクリスマスも時期外れな気がするが。

 白雷をマントの下に隠して神殿に入りもやもやしながら祭壇に手を合わせる。

 柏手を打たないとなんとなく気持ち悪いのだが、祈っていることにかわりはないだろう。


 しかし、ここで忍は神殿に寄ったことを後悔した、頭の中にイメージが浮かんでくる。


 真っ白な大蛇が鎌首をもたげて、湖の中央にあるベッドを睨んでいた。

 頬に蛇の入れ墨の入った裸の男がベッドに横たわって、傍らには女性が四人控えている。

 ドレス姿と甲冑姿、魔女っぽい幅広帽にに丸い耳を持ったモリビトっぽいので四人だ、顔はわからない。

 四人はそれぞれなにか感じている。

 安堵、憎しみ、好意、悲しみ。

 男が苦しみだした、四人はベッドの側で泣いているが、その中に喜んでいるものがいる。

 男の耳にはグレーシアの紋章をかたどったピアスがついていた。

 頬から動き出した入れ墨の蛇が、男の体を這い回っていた。


 ふらついて近くの椅子に座った、全身から汗が吹き出てとまらない、忍にはわかる。

 これは神託だ。


 男はおそらくグレーシアの神官だろう。

 ドレス、甲冑、魔女、獣人。

 まるでファンタジーのパーティ構成のようだ。

 同じような構成の五人組を探すのがいいだろうか、しかしドレスということは貴族王族関係ということかもしれない。

 そうすると冒険者のパーティではない可能性が高い、甲冑…騎士だろうか。

 後は、神官ならここで聞くこともできる、グレーシアのピアスをしていたといえばある程度は絞れるかもしれない。


 『しのぶ、大丈夫?』


 白雷が頭を擦り付けてくる、マントの下にいるのだからいきなり汗が吹き出したのがバレてしまったのだろう。

 忍はふらつく頭に手を当てながら、神殿を後にした。


 神殿の外に座り込んで一息ついた後、白雷と千影に事情を説明した。

 前回の神託は白雷と出会う前だったはずだ、魔王が関係しているかはわからないが何かの分岐点になる事がおこるのは間違いない。

 現状ではグレーシアの神官、白蛇、それと湖が手がかりだろう。

 白蛇が神官を睨んでいたということは敵対しているのだろうか、白雷がいるのだからそのうちこちらに顔を見せるかもしれない。


 『へんなの、探す?』


 「探せるのか?」


 白雷は白蛇のことをへんなのと呼んでいた。

 白雷いわくドンドンドコドコうるさくて、増えたり、伸びたり、ぐにゃっとしたりするらしい。

 千影も要領を得ないらしく、記憶の中では視界が歪んでいたようだ。

 毒とかかもしれない。


 『かみなり、へんなの、くる。』


 「……あ、囮作戦ってことか。」


 『白雷、ぴかぴか、へんなの、来る。』


 いや、それでは白雷が危険じゃないだろうか。

 あまり気が進まないのだが。


 『へんなの、つよい。白雷、もっとつよい。忍、もっともっとつよい。』


 「あ、白雷のほうが強いのね。」


 『一撃は耐えられるみたいですが、それが精一杯なのでしょう。受けるとすぐに逃げていくようです。』


 「うーむ。今夜あたり試してみるか。」


 こうして、水曜スペシャル・ビリジアンの樹海に白い巨大な影を見た!が決行されることになった。


 ついでに神殿の外で適当な神官を捕まえて蛇の入れ墨のあるグレーシアの神官のことを聞いてみたが、まったく覚えがないとのことだった。

 そんな入れ墨の神官がいたら目立って覚えているだろうからまちがいないとも。

 国教だけあって通る神官はグレーシアの信徒ばかりである、もしかしたら神官ではないのかもしれない。


 行商市に合流するとニカの初出店は完売していた。

 忍はあまり心配していなかったが、山吹はけっこう大変だったようだ。

 ニカに言い寄る男の対応と動く鎧に興味津々の子どもの対応をしなければならなかったらしい。

 この世界の子供は鎧が好きなのだろうか。

 それとも単に珍しいだけか。


 アリアンテではまだ通貨もかなり出回っているらしく、物々交換の客は少なかったようだが見覚えのあるものをニカは手に入れていた。

 あの従魔車の脇についていたかぼちゃだ。


 「これ、プカポンっていうんだって、じゅうましゃにつけるとみずにうかぶようになるみたい。」


 なるほど、このかぼちゃのようなやつはウキなのか。

 ニカの販売スペースには小ぶりなものが四つ置いてあったが、それでもスペースをほとんど占領してしまっていた。


 「知らなかったな、しかしちょっと大きくないか?」


 「しのぶさんのじゅうましゃは、したにこれをいれられるくうかんがあるよ。こうきゅうなやつじゃないとついてないってスキップさんがいってた。」


 さすがはスキップ、色々と気を利かせてくれているのだろう。

 しかし見た目はかぼちゃなんだよな、食べられないのだろうか。

 気になるところだが、せっかくニカが仕入れてくれたのだ。

 正規の用途である従魔車に取り付けることを優先しよう。


 「ちなみに収入はどうだったんだ?」


 「やどにかえってからのおたのしみ。」


 ドヤ顔でウサ耳を揺らすニカに結果は聞くまでもないかもしれなかった。


 宿の部屋に帰ってきたニカは本日の売上を袋から出した。

 それを見た忍は目を丸くした。


 「え、大銀貨が十枚以上あるんだが?」


 ニカの軍資金は大銀貨十枚だった。

 目の前の硬貨を数えてみると大銀貨十三枚、銀貨九十二枚、それ以下の硬貨を諸々合わせると銀貨一二枚分あった。

 どんぶり勘定でも倍の売上だ。

 びっくりする忍に対してニカは誇らしげに胸を張った。


 「え、なんで?なんで?」


 「えへへ、せきしょのおみせみたいにうさーっていいながらうったのがよかったかも。みんなねぎったりしてこなかったからすごくもうかっちゃった。」


 「食品は鼻の下を伸ばした男共に飛ぶように売れておりました。宝石は価格を抑えめにして街の奥様方がずいぶんと。」


 二カ、恐ろしい子。


 「はい、しのぶさん。」


 ニカは机の上の硬貨をジャラジャラとすべて袋に詰めると忍に渡してきた。


 「ん、いや、それはニカが稼いだんだからニカが使っていいぞ。」


 「なんで?ニカはしのぶさんのだからこのおかねもしのぶさんのだよ?」


 あれ、ナチュラルに会話が成立していないような気がする。


 「主殿、我々は従者です、従者の持ち物は全て主殿のものですよ。我も銀貨を預かってはいますが、持っているだけで使うわけにもまいりません。」


 「えぇ…、お小遣いとして渡したお金ならなんか好きなもの買っていいんだよ。ニカのも利益はニカが稼いだお金なんだし、使っていいよ。」


 「しのぶさんのおみせで、しのぶさんのためにかせいだから、うけとってほしい、だめ?」


 そう言われるとそうなんだけど、給料ゼロってわけにもいかない気もする。


 「主殿、我々は衣食住の世話を受け、不自由のない生活をさせていただいているゆえ、主殿が遠慮することは何一つないのです。」


 「そうだよ、わたしもしのぶさんといっしょじゃなかったらどうなってたかわからないもん。だからはい。」


 強引にお金を渡されてしまった。

 いや、たしかに冷静に考えるとそうなんだろうが、忍はヒモにでもなってしまったような気がしてもやっとするのだった。

 従魔というのは本来この世界ではペットのような扱いなのだろう。

 ……いや、これはあれか、自分がずっと親の世話になっていたからこそ思うことなのかもしれない。

 どうしても金だけは稼げなかったから、ニカの金を稼ぐことができるという能力は本気で尊敬する。


 「うーん、わかった。みんな欲しいものがあったらすぐに相談してくれ。ニカと山吹はお金をわたしておくから、引き続き必要なときには使っていいから。特に緊急時には私のことは気にせず使うこと。」


 「あ、ほしいものある。しのぶさんのちゅー。」


 「あー、もう。それはあとでな。」


 その後、ニカと山吹にも白蛇のことを伝えた。

 仮眠する前にニカにお望みのものを与えたらなんだかすごく満足そうだった、やっぱりおいしいらしい、出汁でもでているのだろうか。

 従魔の扱いにいつまでも慣れない忍なのであった。


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