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無詠唱魔法と魔力供給

 忍の前に現れたのは可愛い動物の代名詞、パンダであった。

 正確にはパンダの黒い部分が茶色くなった異世界の魔獣であったのだが。

 千影の助言のおかげで多少の距離はあったが、四足をついている状態でも体高は忍と同等か少し大きい、立ち上がれば四メートルはあろう巨獣であった。


 つぶらな瞳が、あっけにとられた忍を見ていた。


 「グオオオォォォ!!!」


 可愛い顔が、一瞬で獰猛な肉食獣のものに変わり、ものすごい勢いでこちらに走ってくる。


 「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁ!!!!」


 一世一代の情けない叫びとともに、忍は近くの森の中に駆け込んだ。

 自然の中で夜を越し、武器を得ていた事で増長していたのかもしれない。

 そうでなくても女神の説明を受けてからずっと感情が不安定なのだ。


 「うう、せっかくの竹が。」


 川に面した林の中で忍は息を潜めていた。

 木の根に躓いて慌てふためき、宵闇のマントの透明能力は夜だけしか使えないのを忘れて発動しないとパニックになったりしている間に、どうやらあのパンダの脅威は去ったようだった。


 千影によると、あのパンダはバンブーグリズリーという魔物で、竹林を縄張りに竹と共生しているらしい。雑食でその縄張りには森の魔物も近づかないほどとか。

 映像で見ると尻尾のかわりに筍が生えていて、この部分は珍味らしい。


 『主、千影が倒しましょうか?夜を待てば容易いことかと。』


 闇の精霊の得意技は精神攻撃である。

 精神攻撃は魔力を吸い取って気絶させたり、場合によっては精神を破壊できる恐ろしい攻撃だが、野生動物やそれに近い姿の魔物は精神攻撃に弱い傾向があるらしい。

 そうでなくても千影の精神攻撃を跳ね返せるような存在は珍しいとのことなので任せれば確実に倒せるのだろう。


 しかし、ここで任せてしまうのは、なんというか癪に障る。

 ここは大自然のど真ん中、唯一の法は弱肉強食。やられたらやり返すのが筋ではないのだろうか。

 よく考えたら魔法も打てていないのだ、相手がわかった以上作戦を立てればなんとかなるかもしれない。


 「いや、やってみたいことがある。」


 『……出過ぎたことを申しました、お許しください。』


 「耳飾りさん、魔法一覧、見せて。」


 忍には勝算があった、魔術と魔法を一つづつ、ピンポイントで覚えればいけるはず。

 首を洗って待っていろ、この世界で最初のごちそうはパンダ肉だ。


 同じ日の夕方、忍は竹林の近くに戻ってきていた。

 細工は流々仕上げを御覧じろ、というやつだ。


 「千影、失敗したら夜のうちに頼む。」


 『承りました。』


 ちゃっかり保険もかけておくところが、小心者の忍らしいところであった。


 「炎よ、穿て。【ファイアブラスト】」


 忍の放った炎が竹に当たってボンと音を立てた。

 竹は倒れるが火が燃え広がることはない、竹のみずみずしさと川の近くで湿気が多いのは計算済みだ。


 「炎よ、穿て。【ファイアブラスト】」

 「炎よ、穿て。【ファイアブラスト】」


 忍は可能な限り連続で竹林に魔法を放っていく。

 更に数本の竹が倒れたころ、やつが現れた。


 「グオオオオオォォォ!!!」


 住処を荒らされた魔物は怒りに満ちていた。

 バンブーグリズリーは忍の姿を見つけるとまっすぐに突進してくる。

 こんなものに吹き飛ばされたらグッチャグチャになってしまうのだろう。

 そういえば自分の死因はトラックだったらしい、全く覚えてないのだが。

 どんどんスピードを上げていくバンブーグリズリーに対して、忍はその場に突っ立ったまま動かなかった。


 そして。

 

 ―――ズドン、ズズーン。


 轟音とともにバンブーグリズリーの巨体が一瞬にして消えたのだった。


 「すごいな。やっぱり逃げて正解だった。」


 あまりの衝撃に忍は尻餅をついていたが、自分の策が成功したことを確信した。

 土の中級魔法【トンネル】と影の書の魔術【イリュージョン】の合わせ技である。

 【トンネル】は土や岩に穴をあけるという地味な魔法ではあるが、穴の大きさや深さは魔力の許す限りイメージ通りになる。

 【イリュージョン】は幻影を作る魔術で、魔王アーガイルの墓室で壁画を隠していたもの。魔法陣を石に刻んで発動させていた。

 忍は竹林から自分までの直線上に大穴を開け、その上を幻影で偽装したのだ。

 バンブーグリズリーは突進の勢いそのままに穴に落ちたというわけである。

 古典的な罠だが効果てきめんだったようだ。


 「……まだ生きてるか。」


 幻影を解除して忍が穴を覗いてみると、バンブーグリズリーは体制を立て直し、壁に爪を立てていた。

 かなり深く掘ったので這い出せる高さではないのだが、ダメージで動きが遅くなっていても闘志は衰えてないようだ。


 「仕方がない、この手は使いたくなかったが、私と同じ苦しみを味わうが良い。動けない状態でロケット花火の的になる苦しみを教えてやろう!炎よ、穿て!【ファイアブラスト】!炎よ、穿て………」


 情けないことを叫んだ忍は半泣きで狂ったように 【ファイアブラスト】を打ち続けた。

 パンダが完全に動かなくなるまで小さな爆発音が断続的に森に響いた。


 『主、落ち着きましたか?』


 「ああ、すまない。取り乱した。」


 『そろそろ日が落ちます。準備を急いだほうがよろしいかと。』


 日が落ちるのが早かったのか、魔法を放つのに必死になっていたせいか、夜の帳が下りようとしていた。


 「千影、竹林に他に危ないやつが居ないか偵察してくれ。大丈夫ならここに泊まろう。」


 『仰せのままに。』


 忍は千影に命令を下すと穴の中に横たわるものを見ていた、ところどころ焦げて肉も剥げ酷い状態である。

 これは、死体だ。殺したのだから当たり前のことである。

 前の世界で、肉は買うものであった。

 食品量販店に並んだ肉は元々が生き物であっても、それはもう殺されて、加工済みで。

 自分で殺したものを食べたことのある人間など、日本にはどのくらい居たのだろうか。

 命は尊いもの、失われてはいけないもの、それは人間に限った話ではなくて、動物も植物も虫も、命あるものはみな尊い。愛護団体なんてのもあるくらいだ。

 そんな世界で生きてきた忍が、この状況でショックを受けないはずがなかった。

 肉や毛皮が焼ける匂いが穴からは漂ってきていた。

 穴に向かって手を合わせる、今の忍にはその匂いが、とても臭いものに感じた。


 「……狩ったからには、無駄にしちゃいけない。これをどうするか。耳飾りさん、パンダのさばき方。」


 『該当する項目はありません。類似項目を検索、小動物のさばき方、魚のさばき方、再生しますか?』


 流石にパンダは想定されてないらしい。困った。

 耳飾りさんの項目から薄々感づいていたが、教えてくれるのは主に基礎的な知識であるようだ。

 その後に獲物を取ったらどうするかということも聞いてみたのだが。


 『大きな獲物を獲ったら、肉や魚を扱う商店や冒険者ギルドに持ち込むと解体してもらえます。』


 「人っ子ひとり居ねぇよ!」


 忍は仕方なくパンダの死体をそのまま底なしの指輪に収納するのだった。


 『主、竹林には他に魔物らしきものはいません。』


 千影から報告を受け、月あかりの下でテントを立てた。

 【暗視】の能力はとても役に立った、光源が何もない状態でも森の中を見通せた。

 これでは【ホワイトフレイム】は覚え損になってしまいそうだ。

 空に浮かぶ月は一つだけだった 月の数が増えてる作品ををいくつか知っていたので期待していたのだがそこは普通だ。

 かわりに星空の綺麗さは最高級のものであり、全く興味のない忍でもちょっと感動してしまったくらいだった。

 川原の石を丸く配置し、見様見真似でフェザースティックのようにした薪に【ファイアブラスト】を使って焚き火を作った。

 昨晩とは打って変わってキャンプらしいことができている。

 忍は満天の星空と火の暖かさ、魔法の便利さに上機嫌になった。


 『主、お見事でした。感動いたしました。』


 焚き火の前で一休みしていると、千影が話しかけてきた。


 『本当に数百発も魔法を放ち、最後には無詠唱も会得してしまうとは、この千影、感服しきりでございます。』


 「え、無詠唱?」


 実は魔法を打っていた時、嫌なことを思い出してしまってトラウマスイッチが入っていたこともあり、途中から記憶がぼんやりしていた。


 『はい、最後の方は泣き笑いをしながら、詠唱なしに連続で魔法を撃ち続けていらっしゃいました。少々恐ろしくもあります、主はどれだけの魔力を使えるのでしょうか?』


 「ブザマすぎて恥ずかしいから勘弁して。」


 しかし、忍も自分のできることついては疑問に思っていた。

 ここまでの状況を鑑みるに自分が並々ならぬ魔力を使えるのは本当だろう、しかし、自分以外の指標がない状態で自分のことを把握するのはとても難しい。

 実は前世の漫画やゲームの知識を活かして、忍はいくつか実験をしていた。

 魔術を使ったときに体から力が抜けるような感覚がないかと意識を集中してみたり、ステータスを見られるのではないかと、口に出して呟いてみたり、視界の端のアイコンを探したりしたが空振り。

 自分のことを鑑定できるのではと川面に顔を写して呟いてみるも何もおこらず、能力を得るためにスキルツリーのようなものがあるわけでもない。

 それらの経験から少なくとも現在までに考えついた異世界転生モノ的な考えは、この世界では通用しないものとして行動しなければならない。


 忍は川の方向に右手をかざし、連続で【ファイアブラスト】が出るよう念じてみる。

 滞りなく数発の炎が発射され、じゅじゅじゅっと水の蒸発する音がした。


 「耳飾りさん、能力の解析して。」


 『解析終了しました。』


 常時発動能力に【無詠唱魔法】の能力が増えていた。

 ゲームで言うところのステータスはわからないが、このスキルとも言える能力というのはおそらく修練することで習得していけるのだろう。

 習得の条件や一覧表のようなものは耳飾りに聞いても出てこなかったので、手探りでやっていくしかない。

 しかし、とりあえずの目標はできた。

 神託の魚を探したら、能力を伸ばしながら交渉のできる生命体のいる街を探そう。

 とにかく今の自分には力も知識も圧倒的に足りていないのだから。


 「それはそれとして、お楽しみの時間がやってまいりましたっと。」


 パンダと戦ったときに倒した竹を回収し、枝打ちをしてなるべくきれいな葉を集める。

 川で表面の汚れを落とした竹の葉を一センチほどにざく切りにして鍋に入れ、遠火で乾燥してくるまでじっくりと炒っていく。

 ここでも【トンネル】の魔法が役に立った。

 鍋底よりも直径の小さな穴を掘り、穴の高さで火加減の調整ができたのだ。

 基本の魔法として紹介されているだけあって、地味でも実力は確かなようだ。  

 もちろん竹の棹の部分は底なしの指輪に回収しておいた。


 「さて、あとは川の水で煮出してっと。茶葉の量がわからないな。」


 沸騰したお湯に少しずつ茶葉を足し、鍋いっぱいの竹茶が完成した。

 味はまだ慣れないものだったが温かい飲み物は久々で、忍の張り詰めた神経を癒やしてくれた。

 お茶は日本人の心というやつだ。


 「そういえば、千影も飲むか?」


 影の書によると精霊は自然に存在する魔力で生きており、力を使わなければ特に何もしないでも存在し続けられる。

 ダメージを受けたり魔力を使いすぎると消滅してしまうようだが、食事ができないとは

書いていなかった。


 『ありがとうございます、いただきます。』


 どうやら飲めるらしかった。


 「もしかして食事もできるのか?お腹が空いているのなら食料を分配しとこう。」


 『いえ、精霊は食物などから魔力を得ることはできますが、必要なほど消耗してはおりません。千影は食事が好きなわけでもないので。しかし、わがままを言わせていただけるのなら主の魔力を直接分けていただきたいと存じます。』


 なるほど、また一つ知識が増えた。


 「千影には世話になってるから、それが良いならそうしよう。どうすればいい?」


 『ありがとうございます。では、千影に手をかざしていただけますか?』


 そこらじゅうの暗がりから、闇が染み出してくる。

 水のように見えるそれは、前世に見たホラー映画のようで忍はちょっとだけ不安を覚えた。

 その闇・千影は忍の足元に到達するとピタリと動きを止めた。

 どうやら手をかざすのを待っているらしい。


 「……すまん、こうか?」


 尻込みして変な間ができてしまったが、忍は手をかざした。


 『では、御手を失礼します。千影に触っていただき、魔力を分け与えるように、【魔力供給】と仰ってください。』


 忍は目を閉じて集中したが、魔力というものがいまいちよくわかってはいない、千影に触っているはずなのだが、手にもなんの感覚もない。

 自分の力を千影に分け与えるイメージか、そうだ、魔法を放ったときのように手からなにか出るようにイメージすればいけるかもしれない。

 手から、千影に、魔力を。


 「【魔力供給】」


 『あ゛あ゛あぁぁぁあ、あ、る、じいいぃぃぃ!!すごっ、ダメッ、あ゛っああああぁぁぁ!!!』


 ビックゥ?!


 いきなりの叫びに忍はおどろいて手をひっこめた。

 脳みそに叩きつけられた声はアレのときの声に酷似しており、忍の心拍が落ち着いていくにつれ、顔はあつくなっていった。


 「だ、大丈夫?」


 千影からの反応はない。

 しばらくの気まずい沈黙の後、忍の頭に声が響いた。


 『……主、わがままを聞いていただけたことに感謝いたします。次は、もう少し優しくお願いします。あんなに一気に、大量に流し込まれては、千影は狂ってしまいます。』


 千影の喋りはもういつもの調子に戻っていた。

 気恥ずかしさから成功したのかも聞けず、忍は竹茶をすすって眠った。

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