蜘蛛殺しとウッドメン護衛依頼
忍の回復を待って、一行はボボンガルをあとにした。
次の目的地はアリアンテ、ビリジアン森林国の玄関口であり、涼しいと噂の避暑地である。
ブルーアースの歩き方によるとアリアンテはモリビトと呼ばれる動物の特徴を持った亜人種と魔人が暮らす街でノーマルのほうが珍しいという街であり、ノーマルであれば盗賊などに目をつけられぬよう、つけ耳やつけ尻尾などを着けるのが一般的なようだ。
どでかい木にツリーハウス、名物は果物と山菜らしい。
「なんか木材もいい物がいっぱいあるらしい、楽しみだ。」
従魔車に揺られて山道を進む。
忍は御者台をニカに任せて白雷をだきまくらに昼寝をしていた。
体が治って運動してみると妙に体が軽かったのだが、それを話したところ千影から心配されてしまったのだ。
意識がはっきりしてないのではと疑われたのだが、たしかに寝たきりの状態からそんな簡単に体が回復するというのもおかしな話だ。千影の方が正しい気がする。
回復魔法なんて謎の力が絡んでいることをかんがみても、少し気にしたほうがいいだろう。
「とはいえ、筋トレくらいなら。」
「プオッ!」
『忍様。』
「ゴメンナサイ。」
白雷と千影に監視されている、しかたないので木工をしよう。
『何を作っているのですか?』
「高下駄……まあトレーニング用の靴かな。バランス感覚を鍛えるらしい。」
ついでに普通の下駄も作っておく、この世界の靴は革製品が主流だがこれから暑くなってくると蒸れてつらそうだし靴底が薄いぶん足の裏が痛かった。
スーツに革靴で歩き回ったことを思い出す。
それに対して、下駄は夏場にサンダルとともに愛用していたので履き慣れている。
木工はどこでも役にたっているな。
それに、下駄は少し背が高くなるので、この世界でちょこちょこ出会うイケメンに身長だけでも勝っておきたいというちょっと色気づいたことも考えていた。
いかんいかん、浮かれているな。
余計なことを考えていると従魔車が止まり、ニカが御者台から顔を出す。
「しのぶさん、なにかあったみたい。」
忍が前を覗くとボボンガルに来たときにも手こずった細い崖で、ダチョウのような従魔が引っ張っている小型の従魔車が立ち往生していた。
先を見ながら話しているのは二人の男だ。
忍は二人に声をかけた。
「どうされましたか?」
「あぁ、すみません。この先で細道が崩れていまして。」
商人風の男がそう返してくる、もうひとりは革鎧を着込んだ冒険者のようで、舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。
忍は更に進んで従魔車の先を見ると、崖が崩れてしまっている。
人が通るには十分だが、従魔車でこの道を通ることはできないだろう。
「うちは急ぎの荷物なんで困ってしまって。」
「回り道などはないのですか?」
「旧道があるのですが、もう何年も誰も通っていないのです。そちらを通っていてはとても間に合いません。」
「私どももボボンガルは初めてだったので、この道しか知りません。しかし、そうですね。この崖だけならなんとかなるかもしれません。」
「本当ですか?!お礼はいたしますのでぜひお願いいたします。」
「では、従魔を従魔車から外してください。山吹ー、あの従魔車、持てそうか?」
フルプレートで寡黙モードの山吹がゆっくりとこちらに歩いてくる。
革鎧の男が素早く反応し、武器に手をかけ警戒する。
「おい、何する気だ?!」
「いえ、この山吹は力自慢でですね。小さな従魔車くらいなら持ち上げられるのですよ。」
あっけにとられた商人の目の前で山吹は軽々と従魔車を持ち上げた。
「ダメそうならやらないですから、たぶん大丈夫でしょう。」
そのまま山吹は従魔車を崩れかけた崖の向こうに持っていった。
「大丈夫だったみたいですね、後は従魔と皆さんでささっと向こうに行けばここは切り抜けられるでしょう。」
「あ、ありがとうございます。私は行商人兼冒険者のカント、革鎧の彼はビターズ、パーティ名はウッドメンです。どうぞお見知りおきを。」
「ご同業でしたか、私は忍、運んでいったのが山吹で、従魔車から顔を出しているのがニカです。パーティ名は決めていません。やっぱりあったほうがいいですかね?」
「ある方が通りがいいですよ。本当に助かりました、報酬は大銀貨一枚でよろしいですか?」
「お金は結構です。かわりに、旧道の入口の場所を教えてください。うちの従魔車で同じ手は使えませんので。」
道を教えてもらっていると崖の先から山吹が歩いてきた。
どうやらきちんと向こう側に運べたようだ。
「旧道のこと、ありがとうございました。お二人もお気をつけて。」
「こちらこそ、皆さんに会えてよかった。またどこかで。」
こうして忍たちは旧道を使ってジョーヒルに向かうことになった。
指輪に荷物を全部突っ込んで崖を歩いて渡ることもできたが、せっかくの旅なので回り道をするのも楽しいかもしれない。
戻って脇道を探す、旧道は木々の間の原っぱのようなところが入口のようだ。
放置されて久しいらしく草花がかなり茂っているが、耳飾りの地図に道が書き込まれたのでここが入口ということは間違いなさそうだった。
「主殿、ここを従魔車で通るのは骨かもしれません。枝葉も道にかかっていますし、足元もよろしくないゆえ。」
山吹の言ったとおり、轍の跡などもうわからないレベルだし、獣が通った痕跡すらなかった。
『先は倒木などもなく、強い魔物も少ないようです。ああ、ショーの木もございます。』
「ショーがあるところは知っておくと便利そうだ。この後もこちらを回らなければならない商人もいるだろうし、通れるようにしておくのも悪くないだろう。私と山吹が前で枝打ちするので従魔車は白雷に頼む。」
獣が通った痕跡がないということは鉢合わせも少ないのだろうし、魔物の相手が千影の烏で十分ならゆっくりと道もひらける。
「うしろのぎょうしょうにんに、おんをうれるね。さすがしのぶさん!」
「いや、まあ、それもある、か。」
「わたし、こいしどけたりするね!」
ニカのちゃっかりがそのうちがめついに進化しないかがちょっと心配だが、おいておこう。
懐かしの小斧をとりだし、枝を落としながら旧道を進む。
道幅を広くしたければ、山吹が風の魔法で木を切り倒し、切り株もらくらく抜いてくれる。
手持ちの木材も増えて一石二鳥だ。
「しかし、思ったよりも道がうねってるな。山道ってこんなものなのか。」
「従魔車が通れる道にするために地形に合わせて道が引いてあるのでしょう、高低差があまりないのがその証拠です。」
たしかに、従魔車で下り坂を降りるのは少々怖いものがある。
まあ白雷や山吹が従魔車を止められないなんてことはないのだが、普通の従魔ならあまりに荷物が重ければ慣性の法則で危険なことになる可能性もあるだろう。
ブレーキはついているが走っている最中に車輪を止められるようなものではなく、駐車時に動かないようにするものなので、緊急時には効果が期待できなかった。
この日はショーの林を確認し、千影の採取した各種植物を袋に詰めて旧道の中間で野営することとなった。
「やっぱりなんか体が軽い気がするんだが。」
「主殿、そんなわけがないでしょう。さ、桶の設置が終わりました。」
「お、ありがとう。風呂だ。」
忍は鼻歌交じりに設置してもらった浴槽に水をためだした。
風呂とマッサージと食事があれば忍の機嫌は上々だ。
張られた布の向こうで風呂の用意をはじめたのを見計らって、山吹は千影に小声で話しかけた。
「千影殿、我も少し気になることが。」
『なんですか、山吹。』
「主殿の回復速度が早くなったようなのです。【生育】のときの魔力量も増えているのですが、なにかお気づきですか?」
『【生育】に関しては千影は何も答えられません。回復速度についてはわかりませんね。千影が忍様を癒やす力を持っていたらどんなにお役に立てるか。山吹がうらやましいです。』
「そ、そうですか。」
山吹は忍に対する治癒魔術の効きが段々と良くなったように感じていた。
忍の魔力はもともと大きすぎて増えたり減ったりなどはよくわからないレベルだったが、ボボンガルの出発時に山吹は大きくなったと感じ取ったのだ。
いつでも気にしていたわけではないのでおそらくという程度なのだが、【生育】により山吹に渡される魔力も増えている気がして変な気分になったのである。
『そうですね。千影は一晩中、忍様のお相手をさせていただきました。恥ずかしながら暴走し、魔力を吸収しながら一晩中です。いつからそうなっていたかは記憶がありませんが、千影の知る忍様でも二、三回は吸い殺してしまっていたはずでした。忍様の魔力はそれほどまでに増えているのでしょう。』
「やはり……人の身でありながらそのように魔力が増えるのは……。」
『山吹、なにか知っているのですか?』
人は体が弱ると魔力が強くなる。
一時的に調子が良くなったように見えることもあるが、体の内側がぼろぼろになってしまっている場合があるのだ。
老人に起こる減少だが、忍はここ最近無茶なダメージを何度も受けている。
どこかがおかしくなってしまっていても何も不思議はない。
「いえ、主殿が心配ゆえ。」
『そうですか。』
「ニカー、山吹ー、風呂沸いたから先に入れー。」
いつの間にか忍が布の間から顔を出している。
今日は草を抜いたりもしたので千影以外はみんな土まみれだった。
「しのぶさんいっしょにはいろー!」
「お背中流しますゆえー!」
「大樽だから無理!白雷も拭いてやる予定だし最後にゆっくり浸からせて!」
忍は風呂に最後に入ることを好んでいる。魔法で湯を沸かしながら長時間浸かっているのだ。
湯船がドラム缶程度の大きさしかないのも理由の一つであった。
そして、風呂に入ると体積がわかる、忍がはいるとニカよりもお湯が外に出ていくのだ。
「主殿、大きな湯船を特注しましょう。」
「いいとおもいます!」
「運ぶのはいいとして置き場に困るので却下。馬鹿なこと言ってないでお湯が冷めないうちに入ってくれ。」
せっかく温めたお湯が冷めてしまわないうちに風呂に二人を追い立てた。
ゆっくりのんびりと旅をすすめ、十日ほどでジョーヒルの街についた。
相変わらず宝石の市で賑わっているが、今日は青果店の数が少ないようだ。
だんだん慣れてきた高下駄から下駄に履き替えて街に入ったが、石畳ではカラコロとちょっとうるさいかもしれない。
「しのぶさん、ソイソイやさんがあるよ!」
ソイソイ屋ということはソイソイの専門店なのだろうか。
ソイソイはクレアの作る味噌っぽいものの原料で真っ黒な豆だったはずだ。
「え、色が違う?」
店頭に並んだ豆は白と緑でその大きさもまちまちだった。
「おにいさん、ソイソイは千年豆とか四色豆とかいってね、季節ごとに色が変わるのさ。春は白、夏は緑、秋は赤、冬は黒、で、一年毎に豆が大きくなっていく。うちで一番大きいのはそこの五年ものだよ。」
冬瓜のような大きさのものを指さされた。もはや豆と呼ぶには大きすぎる。
大きな豆の木が登場する童話があったが、あの豆もこのぐらい大きくなるのだろうか。
「五年以上の豆は固くなってくるから調理にコツが必要だけど、四年以内の豆なら茹でただけでおいしいよ。ぜひ買っておくれ。」
「これって近くで栽培してるんですか?」
「近くの村でちょっとね。一番の産地はガスト王国だよ。」
嫌な名前が出たが、ガスト王国が一大産地らしい。
軍事国家なら豆は兵糧として重宝するのかもしれない。
あれ、生なのかこの豆。
「で、どうするんだい、買っていくかい?」
「じゃあ緑と白のおすすめをお願いします。」
「まいどあり!二袋で大銅貨六枚ね!塩ゆでがおすすめだよ!」
おばちゃんが二年ものの豆を小さな麻袋に詰めてくれる。
ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「この豆って、土に植えたら芽が出ますかね?」
「いや、ソイソイは黒いやつじゃないと芽が出ないよ。冬にまくもんなのさ。なんだい、育ててみたいのかい?」
おばちゃんに笑われてしまった。
今年の味噌を仕込むときにいくつかまいてみようか。
だってこの緑の二年もの、見た目が枝豆なんだもの。
ちなみに一年ものはあずきみたいなサイズだったので、秋にはあんこが作れるかもしれない。
「その豆じゃほとんど芽が出ないって聞くからね、ちゃんと食べるんだよ。」
「ありがとうございます、そのうち挑戦してみますね。」
さて、ほとんどということは芽が出ることもあるのだろうか。
【栽培上手】もあるので試してみたくなってしまう。
しかし、すでにスカイエの木がかなりの場所を取っているので、やはりどこか落ち着ける場所を確保してからになるだろうか。
異世界定番のワープ移動の魔術はないだろうかと考えたところで、忍は思考が欲深くなっていることに気づいた。
この世界では忍は必要とされている、それ以上の望みは贅沢というものだろう。
「ソイソイってあんなにおおきくなるんだね。クレアのとこでしかみたことなかったから、しらなかった。」
「仕方ない。食材なんかは食べる本人じゃないと気にならないだろうし。」
この中で動物的な食事をするのは忍のみ、食費も忍の分しかかかっていない。
その忍が三人分食べるのでこれといってエンゲル係数が低いわけではないのだが。
「買い忘れとかないように。」
「はーい。」
こんな事言いつつ買い物もほとんどが忍のものだ。
ニカと山吹にはそれぞれお金を預けているが、自発的に使っていることはあっただろうか。
「ニカ、ビリジアンで何が売れると思う?」
「えっと、干し肉、干し魚、宝石細工かな?あと、木に関するもの!」
「よし、大銀貨を十枚渡すから、私がギルドに行っている間に売れそうなものを仕入れてくれ。ビリジアンでの行商をニカに任せる。白雷と山吹はニカを守ってやって。」
「いいの?!がんばる!」
商売はニカのやりたがっていたことだ、せっかくなら任せたい。
今は資金に余裕もある、失敗してもなんとかなるだろう。
しかし並ぶと行商人の一行としていい感じだ。
屈強な護衛と、可愛い行商人とマスコットの小さなクジラ。
やる気十分なニカを見送って、忍は冒険者ギルドへ向かった。
手紙を受け取って手紙を出す。
スカーレット商会は順調なようでスキップの手紙は高級そうな便箋に入った分と収支報告の入ったもので分けられていた。
毎度報告書を読んでいるのだが、黒字で桁がおかしいので、細かいことはチェックしていない。
どんぶり勘定で生きている忍にとって計算というものは出来なくはないけれど努力したくないものの一つだ。
さいわいなことに行商では算数レベルで数字が扱えれば問題がなく、屋台運営のほうは特に何事もなくできていた。
依頼の掲示板にはビリジアン方面の行商の護衛が大量に並んでいた。
フォールスパイダーの討伐依頼も変わらずに張られている。
「あんなに倒したのにまだいるのか。」
後半は作業がだんだん早くなっていって十分で三匹くらい狩っていた気がする。
粘液袋を取り出す作業がなければさらに倍速になりそうだが、収入が減るのもさみしい。
そして蜘蛛の体液でドロドロになるので、できればもうやりたくない仕事だった、しばらく匂いも取れない気がする。
「アリアンテ行きの護衛は三件か……ん?」
聞き覚えのある名前の依頼主がある。
ウッドメン商隊、アリアンテまでの護衛。
従魔車四つに十一人の大所帯で、護衛パーティを二組募集か。
キャラバンだろうか、値段もかなり高い、例の二人ではない可能性もあるがそのときはそのときだ。
出発は明日、何日も待つ必要もない。
忍はこの依頼を受けることにした。
「これを受けたいのですが、注意事項はありますか?」
「お、お一人でですか?!おすすめしませんよ!」
何やら受付のお姉さんが焦っている。
金額が高い分まずい仕事なのだろうか。
「いま、交易路がフォールスパイダーでいっぱいなんです。誰も受けたがらなくて護衛の値段が高騰してるんですよ。」
「ああ、魔法使いの私と戦士とのパーティですから一人ではないです。強めの従魔もいますし、目的地もそちらなので。」
「うちからもぜひ頼みたい。一日大銀貨二枚でも人が来るか怪しかったとこだからな。」
忍の後ろから声がかかった、振り向くと個室から出てきたビターズが片手を上げて挨拶をする。
「ああ、やっぱりビターズさんたちでしたか。」
「道中では世話になったな。それは木製のサンダルか?」
やはりこの世界では下駄は珍しいらしい。
ビターズは初めてあったときの刺々しい印象ではなかったが、無理に笑おうとしているのか笑顔がゆがんで別の意味で怖かった。
「大きなパーティだったんですね。カントさんはお元気ですか。」
「ああ、元気だ。急ぎだったんで二人で軽い従魔車を使ったのさ。ボボンガルまで六日で踏破できる。あんたらがきてくれるなら明日の出発は延期しなくて済みそうだな。」
「延期、ですか?」
「パーティが集まらなくてすでに二回ほど延期してる。荷物が滞ってしょうがない。詳しくは個室で話す。」
市場で青果店が少なかったのはここら辺の事情だろうか。
おそらくビリジアン側からの荷物も滞っているのだろう。
案内された個室の席につくなり、早速交渉に入る。
「うちも従魔車があるので、アリアンテについていくついでに護衛も請け負うという形でいいですか?」
「かまわない、食事とパーティの入国費用はこちらで持たせてもらうが、夜営の設営等は手伝ってくれ。ウッドメンとミストガイズ。忍たちがいればアリアンテまでは無事に到着できるだろう。」
「ミストガイズですか?どんなパーティなんです?」
「若いが水の中級魔法使いがいる三人組でな。普段はフォールスパイダーを狩っているようだ。たしか冬くらいまでは蜘蛛狩りのレコードホルダーだったらしい。」
蜘蛛狩りにレコードとかあるんだ、たぶん前回で塗り替えただろうな。
続けて参加していないので印象が薄れていることを願っておこう。
「えー!!あの人が蜘蛛殺しなんですかー?!」
受付から大きな声が響く。
蜘蛛殺し、ここまで状況が整っていれば忍でもわかる、物騒な呼び名がついてしまった。
とりあえず知らんぷりをしておこう。
「ああ、そうだ、蜘蛛殺し。そいつが四倍近く数を塗り替えたらしい。今いるなら顔を見てきてもいいか?」
「ど、どうぞどうぞ。」
一縷の望みをかけていま蜘蛛殺しなるツワモノがギルドに来ている可能性にかけてみるが、そんなことあるわけもなく。
忍は蜘蛛殺しというのが自分自身のことであるとバッチリ認識したのであった。
ものすごくめんどくさい。
翌日、集合場所にはウッドメンからカントとビターズ。
忍と山吹とニカ。
そして。
「なんで黒衣の薬草売りが?!」
「え。」
革鎧に身を包んだ剣と斧と手ぶらの三人組。
ジョーヒルで忍たちに勝負を挑んできたあの三人がミストガイズだったようだ。
そういえば腕は良いという話だったのを思い出す。
「忍です。今回はお仕事でご一緒しますのでよろしくお願いします。」
「は、はい、よろしくっす。ミストガイズのケネスっす。」
ミストガイズの代表は魔法使いのようだ。
なんか敬語を使い慣れていない感じがちょっと面白い。
下手に争いにならないうちに釘を差しておく。
「とりあえずこちらからなにか手を出すことはありません、仲良くしましょう。」
「は、はいっす!」
「では、顔合わせも終わったところで出発しますか。アリアンテまで順調に行けば二週間ほどです。向こうについたら夏本番ですね。忍さんは殿についてきていただいて後ろの一台を、ミストガイズは前の一台を中間二台は我々ウッドメンで対処します。よろしくお願いします。できるだけ木の下は歩かないようにいきましょう。」
落ちてくるフォールスパイダーにその都度対処していく方向のようだ。
昼間はあまり動かないといえど、鬱蒼とした森の中ではその限りではない。
しかし、敵はフォールスパイダーだけではないはずだし、簡単に潰せる方法があるならそれに越したことはない、か。
「護衛の配分に問題はありません。一つ提案があるのですが、よろしいですか?」
忍は笑みを浮かべてバッグから白雷の手綱をとりだした。
商隊が林道に入るまえに、忍は白雷に乗って森を見下ろしていた。
「よし、この間と同じでいいな。」
「プオッ!」
『前方の林道の周り、数は十三です。手早く片付けていきましょう。』
忍が先行して上空から蜘蛛を撃って落とす、あとから来た商隊が魔石を回収していく。
流れ作業というやつだ。
あまり広い範囲でやる気がはないが、一人なのは気楽でいい。
山吹に任せておけば荷車もニカも問題ないだろう。
「よし、白雷はゆっくり道沿いに飛んでくれ。蜘蛛退治と行こう。」
「プオッ!」
【アイシクル】で蜘蛛を打ち抜きながら景色を眺める。
ビリジアンから広がるこの森は木々の高さが高層ビルくらいあって、その隙間には通常の高さの木がまばらに立っている。
森の中は暗そうだ、木漏れ日くらいはあるのだろうか、上空からだと下の様子は分かりづらい。
かろうじて林道は整備されているので、木々の間から見える地面を追っていく。
あっというまに夕方にさしかかりウッドメン商隊と合流した。
ミストガイズが蜘蛛の体液でドロドロになっていた、犠牲になってくれてありがとうミストガイズ。
夜営の準備の前にミストガイズがお湯で体を拭いていた。
そうか、実力を隠す関係上護衛中は風呂に入るわけにいかないのか。
貴重なリラックスタイムが仕事の犠牲になってしまった。
『忍様、ひとり残らず眠らせれば入れます。』
「やめとけ千影、洒落にならん。」
気候は春という感じだが、まだまだ夜は寒い。
火鉢を出しておいたほうがいいかもしれないな。
ニカが張り切って商品を仕入れていたので従魔車の中も寝転がるほどのスペースはない。
他のパーティと交代で夜の番をすることにもなっていた。
『我は数日寝ないでも平気ゆえ、主殿はどうかお休みください。』
「そういうわけにもいかないよ。」
千影と白雷は眠るということは基本的にないらしい、山吹は体力が並外れているので三日くらいなら寝ずとも活動を続けられるとのことだ。
しかし、ニカは植物だけあって暗くなるととたんに眠たくなるようで、明かりがないとすぐに寝入ってしまう。
忍も一日に一度は睡眠を取らないとやはり調子が悪かった。
「山吹もむしろ毎日睡眠を取れ。テントは狭いかもしれないが、他のパーティもいるんだ、無理する必要はない。」
『夜中に急ぐわけでもないですか。ではお言葉に甘えて我も夜は休むことにします。』
こうして一つ一つ確認してみるといままでがずいぶんと急いだ旅路におもえてくる。
少し余裕というものをもったほうがいいのかもしれないな。
「で、山吹は鎧のまま休むのか。」
テントの中でサムズアップをする山吹が気になってしまう。
人の目があるというのはそういうことなのだ、よくわかる。
「次から護衛依頼は受けないことにしようか。」
そういうと山吹は首を振り、忍の手を取った。
『我はこの格好に慣れております、檻の中では常にこうだったゆえ、お気になさらず。それに、主殿の備えが今回は功を奏すかもしれません。』
忍が能力を隠し、手の内を明かさないように振る舞っていることだろうか。
新しく得た能力は千影にさえ言っていないし、みんなの能力も切り札になるようなものは隠すように指示している。
いままでもそれで生活は出来ていたし、天原忍者隊は秘密主義の集団なのだ。
まあ、ニカや山吹は人じゃないのがバレるとまずいからというところもあるのだが。
そういえばまだ従魔の証も買っていない、すっかり忘れていたな。
『ウッドメンという商隊、動きが商人ではありません。軍隊というか、訓練された動きをしているのです。また、荷物の内容が鉱石のようなのですが、大量に鉄を所持しています。』
鉄か、森の広がるビリジアンでは採りづらいのかもしれない。
武器や農具ではなく鉄だというのも気になるところだ。
「千影、頼む。」
『忍様、あの商隊には土の精霊がいます。動けば気づかれるかと。』
つまり、千影も把握されているのか。
特に何も言ってこないのは冒険者同士の暗黙の了解なのか、なにか意図があるのか。
まあ現状でできることもないし、なにか仕掛けられたわけでもない。
これからは慎重に動き、知らんぷりで済まそう。
「ミストガイズはどうだ?」
『我としては普通の冒険者かと。』
『千影も同意です。』
「わかった、私と山吹は寝る。千影は外を警戒してくれ。いつもどおりで。」
ニカはもう完全に眠ってしまっているし、忍も夜ふかしすれば明日に響いてしまう。
ペースを変えずに少しづつ動きを探っていこう。
それから五日、特に何事もなく行軍は続いた。
小さな問題として蜘蛛を狩りすぎて魔石が溜まってきてしまっている事があげられる。
一日平均で七十は狩っているはずなので数としてはめちゃくちゃだ。
それに、一つの木に複数のフォールスパイダーがしがみついているところも何度か発見していた。
おそらくこの先の森ではさらにフォールスパイダーが大繁殖しているのだろう。
「昆虫の大発生ってのは聞いたことあるが、蜘蛛がこんなに増えるというのは変じゃなかろうか。というかこれ、ビリジアンが滅びていたりしないよな?」
『あるかもしれませんね。ここまでの間、繭も見つかっていません。これらの蜘蛛は空腹でこの道の脇に集まってきているのかもしれませんね。』
道があれば人が通るということをフォールスパイダーは知っているのか。
精神攻撃が効かないのだから知性があるわけではないはずなのだが、本能というものに驚かされる。
『夜中に森の中を動き回っている蜘蛛もかなりの数です。そして蜘蛛以外の動物や魔物には遭遇していません。』
「洒落になってないな。誰も護衛につかないわけだ。」
「プオッ!」
白雷が何かを見つけた、森の真っ只中に広場と建物のようだ。
道もつながっているので国境の関所かもしれない。
「今日中に到着できそうだ。しかし国境という割に壁もなにもないんだな。」
周りは森、森、森である。
後ろを振り向いたほうが平地が見える。
これが国土のほぼすべてが森という、ビリジアン森林国。
地平線まで全部が森の光景は壮観であった。




