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約束と男の夢

 「えー、これより、あまはらにんじゃたいかいぎをはじめます。はくらいさんはしのぶさんのだきまくらでけっせきです。」


 「主殿はニカのマッサージで朝までぐっすりゆえ、安心して相談できます。」


 『白雷には千影から結果を伝えましょう。ニカ、議題は何でしょう?』


 「あー、えっとね。」


 「我から話そう。議題は主殿とねんごろ、つまり褥を共にするにはどうすればいいか、だ。」


 山吹は現状でみんなと一緒に風呂に入り、眠っている忍が何を考えているのかわからなかった。

 白雷も、ニカも、山吹自身もこういってはなんだが容姿が整っている。

 千影の変身は織物のホロウではじめて見たが、外見的に問題はあれど、人のオスが放っておけないレベルなのはいやというほどわかっているのだ。

 しかし忍は手を出さない、そんなにお気に召さないのだろうか。

 これでは男色と言われたほうがよっぽどしっくり来るが、風呂で体をくっつけると反応もするので、そういうわけでもないらしい。


 『忍様に直接願ってみればいいのではないでしょうか?千影も白雷もニカも約束はしています。』


 「どこかにおちついて、しのぶさんがそのきになったらって。」


 「つまり、主殿がその気にならなければ、機会は永遠に巡ってはこないということです。主殿は奥手ではありますが、普段からまんざらでもない様子なのに手は出してこない、なにか理由があるように見受けられるゆえ。」


 そう、手を出さないわけがわからないのだ。

 仮にあの歳でまったくの経験無しだとしても、白雷などは忍に何度も直接迫っているはず、喜んで手を出すのが男というものだろう。


 『忍様は理由の一つに子育てが不安だと。』


 「出来てもいないものを気にしているのですか。主殿らしいというかなんというか。」


 「でも、そういうことしたらあかちゃんはできる…よね。」


 「ノーマルと魔物や精霊の間に自然に子供ができることはものすごく珍しいのです。生涯子供が出来ないことのほうが多いゆえ、子供を欲しているなら毎日でも相手をしてもらわなければならないんですよ。」


 『え?』


 「え?」


 「……あぁ、なるほど。誰も知らなかったのですか。」


 ニカだけでなく千影も間の抜けた声が伝わってきた、あっけにとられているのだろうか。

 生き物としての構造が違うのだ、姿形を近づけることが出来ても、そう簡単な話ではない。

 残念ながら魔物も精霊も人も、意思の疎通は出来ても違う存在なのだ。


 「まあ、主殿が手に入れた杖を使えばできやすくはなるゆえ、時間をかければ大丈夫です。保証はできませんが。」


 「つえ?」


 「調伏の魔杖というもので、とある魔王が魔物の反乱を無理矢理おさめるために持ち出したアーティファクトです。小物でしたが、我を押さえつける程度のことはできたゆえ、主殿が使えばどんな効果を発揮するやら。」


 闘技場で忍が魔術師から奪った杖だ。

 他人の所有する従魔を一時的に奪う、魔物を無理矢理押さえつける、山吹が知らないだけでそれ以外にもまだ能力があるはずだ。

 きちんと取り扱えれば魔王と呼ばれるに足るだけの力を得られるだろう。


 『忍様はそんなものまで手に入れていたのですね。千影は感服いたしました。』


 「アーティファクトって、すごいものなの?」


 「魔導具というものはピンキリではありますが、アーティファクトとして知られるものは貴重ゆえ、主殿の持ち物はどれも売ればひと財産になるようなものばかりです。ニカ、あなたのつけているその防具もですよ。」


 忍の持ち物で山吹が知っているのは底なしの指輪と調伏の魔杖の二つだけだが、あのマントや黒い剣もかなりのアーティファクトであろう。

 普段遣いの赫狼牙や ニカのつけている淑女の宝飾でさえ、どこかの宝物庫に入っていておかしくない品だ。


 「魔導具が壊れることはそうそうありませんが、武具は持ち主が死ぬと次の持ち主が現れやすく世間に名が残りやすいです。防具は壊れることも多いゆえ、主殿のマントなどは値がつけられないかもしれません。ニカのそれも売れば家の一軒くらい余裕で買えるでしょう。なくさないように。」


 「つ、つけてるのがこわくなってきたよ。」


 『忍様がニカを守るために渡されたのです。つけていなければ駄目ですよ。』


 戦わないニカに淑女の宝飾は過剰もいいところなのだが、忍が決めたことなので異議は唱えなかった。

 これは一度進言してもいいかもしれない。


 「話を戻します。ほかに、主殿は理由を話していましたか?」


 「はなしてはいないけど、しのぶさん、ひとをさけるよね。わたしたちといっしょでもずっときんちょうしてる。」


 「たしかに、隣に座ろうとするとさり気なく間を空けますね。」


 『この宿にいる歴戦の娘たちはそういうときには強引に迫るようですが、忍様はそういうことは望んでいません。』


 「主殿は従魔や奴隷への扱いが丁寧すぎるゆえ。」


 「しのぶさん、やさしいよね。というか、ちかげさんそんなこともしらべてるんだ。」


 千影がサラリとすごいことを言った気がするが、ここでツッコミを入れては話が進まない。

 山吹は話が広がる前に次の情報を促す。


 『街での忍様は常に何かを我慢しているようです。他人や我々にもずっと気を使っています。そして千影は忍様の爆発を数回経験しましたが、街一つくらいなら地図から無くなる場合もあるでしょう。』


 「待て待て待て待ってください、千影殿。街が消える?」


 ゴードンの行為を諌めていた忍が街を消すなんてことがあるのだろうか。

 にわかには信じがたいが、あの夜の様子を思い出すと否定もできない。


 『白雷がいなければポールマークは地図から消えていました。千影からみると忍様は自分自身の恐ろしい素質を抑えているといった印象を受けます。』


 「ときどき、いきなりふんいきがこわくなることはあるきがする。」


 「……実は主殿、罰を与えるのが嫌だという割に、我に罰を使うときに薄く笑っていることがあるゆえ。千景殿の意見は的を射ている気がしますね。」


 『いずれにせよ、夜の営みは子供のことを知れば忍様がご判断されます。千影は忍様に従います。』


 この雰囲気、みんな静観を決め込むつもりのようだ。

 しかし山吹としては多少強引にでもそういう関係になってほしいところもあった。

 忍のストレス発散になると考えているからだ。


 「……人のオスは子作りではなく楽しむためにそういうことをするはず、鬱憤を晴らす一助になればいいという考えですが。まさか、忍殿は夜の営みがお嫌いということもあるのですか?」


 『それはありえません。千影が保証します。』


 「なんでちかげさんがほしょうできるの?」


 『秘密です。』


 「千影殿、言い切りましたね。」


 「え、えっ?!」


 ニカはピンときていないようだが、山吹は気づいたようだ。

 忍の気持ちを考えるとなんとも複雑になる山吹なのであった。



 「主殿、そういうわけで、我とも褥を共にしていただきたいのです。」


 「いや、話はわかったが山吹はなんでついでみたいにいうんだよ。」


 「面と向かってというのは恥ずかしいゆえ。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。」


 朝っぱらから山吹はベッドの横で正座をしつつそう進言して頭を下げてきた。

 忍が寝ている間に何やら会議をし、こうなったらしい。

 願ってもない話だが、忍にはまだ懸念があった。


 「山吹、まず褥を共にすることは私としても願ってもないことです。ただし、条件はその気になったらということ以外にもう一つつけます。」


 「な?!」


 「手加減を覚えてください。今の状態でそんなことしたら私が死ぬ。」


 「あ、あー……ごもっともでございます。」


 「よし、ちょっと私からも説明したい。みんなを呼んでくれ。」


 正直な話、一緒に風呂に入ったり、一緒に寝たりしている上でそういう行為ができないのはストレスになっていることは明白だった。

 この機会にそういうことをはじめるのも悪くないかもしれない、というか、是非したい。

 しかし、いくつか話をつけなければならないこともあるのだ。


 「みんな集まったな、山吹から聞いて話はよくわかった。私も覚悟を決めた。そのうえでいくつか決めたいことがある。千影。」


 『はい、忍様。』


 「行為中の監視を禁じる。一緒でないときの護衛は周りだけにしてくれ。」


 『……仰せのままに。』


 これは絶対だ。

 ニカも山吹もうなづいている。 


 「ニカ、私が多くのパートナーを持つのは気にならないか?」


 「だいしょうにんとか、きぞくさまならふつうだよ!だいじょうぶ!」


 「よし。白雷、聞いたとおりなら子供は簡単には出来ない、それでもいいか?」


 「プオッ!」


 白雷が頭を擦り付けてくる、了解を得られたようだ。

 忍は考えてしまう、いい目を見たいから皆が媚を売っているのかと、そんな事はありえないのに。

 しかし、だからこそ、【真の支配者】の能力が忍の行動を後押ししてくれている。

 そんな皆を信じて、忍も一つ自分の嫌な部分を見つめなければならない。


 「皆に話しておくが。私は人嫌いで、頭のネジが外れているところがある。あー、このあいだのように暴走しがちだ。何か嫌なことがあったら我慢しないで逃げろ。特に山吹。」


 「我を名指しですか?!」


 「敵を嬲り殺すための方法をずっと考えてきたような最低の人間だ。仲間を傷つけることは嫌いだが、敵が苦しむのはとても愉快なんだ。山吹が調子に乗りすぎると、本気で色々と試したくなってしまう。」


 「いい笑顔でそんな宣言します?!」


 これは洒落ではない、もうすでに数回暴走したあとなのだ、事前に伝えておかねばなにか起こった際に間に合わないだろう。

 これが洒落として認識される状態が一番いいのだが。


 『忍様、血で汚れます。そういった行為であれば千影にお任せください。』


 「やまぶきさん、しのぶさんのきばらしのためにぎせいになるんだね。」


 「千影殿はまだしもニカまで?!」


 ニカは涙を拭う演技をしているが、雰囲気が緩んで良かった。


 「ははは、桶に水を補給してくる。白雷は今夜、出かけないようにな。」


 「プオオォォォ……。」


 唐突に名前を呼ばれた白雷が大きく長い声をあげた。

 ずっと待たせてしまっていたこともあるが、忍も楽しみであった。

 トイレでこっそりと処理をしていたことなどもはやどうでもいい、嬉しいのだ。

 白雷は暴走を防ぐなんて目的が出る以前から忍を求めてくれていた。

 

 そして夜、マダムに小さな部屋を用意してもらった。

 しかしここで詳細を語るのは野暮というものであろう。

 


 二週間後、忍は薬湯の妖精亭の離れで、青あざだらけで寝込んでいた。

 左腕には添え木をされて包帯が巻かれている。頭などは禿げ上がってしまっていた。


 「さて、諸君。失敗は誰にでもあるものだ。私にはまたしても認識が足りなかったこともよくわかった。千影の監視を解いたのは当然だと今でも思っているが、今回の件は情報共有が必要だと考えている。話す内容は出来るだけ限定する。異論はあるか?」


 千影、白雷、ニカ、山吹。

 四人は人に変身をして湯着を着ている、ベッドの真ん中に寝かされた忍の左右に正座させられていた。

 真っ白な装束で泣きそうな顔になっているので、はっきりいってお通夜である。

 全員が黙っているのを確認して忍は白雷の膝に手をおいて話しだした。


 「白雷、あの雷は手加減できていたのか?」


 『たぶん、してない。』


 「出来なかったんだな、わかった。」


 白雷とベッドに入った時、うまくいったと思った。

 忍は初めてではあったが、普段からのスキンシップのかいもあり触れ合っていたので意思の疎通もしながら、お互いにとてもいい時間を過ごせたはずだ。

 忍の体の上にあのときのように真っ白な少女が乗っていた。

 そして、クライマックスの瞬間に白雷の角が光り、雷が部屋中を真っ白く染めあげる。

 忍はそのまま全身火傷で全治五日、死にかけた上にボヤ騒ぎがおこりマダムに迷惑がかかってしまった。


 「千影、尽くしてくれるのは嬉しい限りだが、少し私の様子も気にしてくれ。今回のは擁護できない。」


 『面目次第もございません。』


 千影は今まで情報として収集した知識をいかんなく発揮してくれた。


 『忍様、今夜は全てを千影に委ねていただきたいのです。』


 そう言われて、忍もそれを了承した、千影を信じていたし信じるに足るだけの相手だった。

 実際、何から何まで千影は完璧だった、極上の奉仕とはこのようなものなのだろうか。

 妄想は想像できる範囲でしかない、千影に身を任せている間は忍の貧相な頭では想像もできないような領域だった。

 そしてしばらくの後、忍は眠りについたが、千影はその後も朝まで奉仕を続けた。

 明け方にニカが迎えに来た時、忍はものすごく幸せな顔で死んでいると思ったらしい。

 長時間をかけて千影に魔力を吸われ、忍はミイラと化す寸前だった。

 これも目を覚ますのに五日ほどかかったようだ。


 「ニカ、今回のことで本能と暴走の怖さがよくわかったな。私が恐れているものもそれだ。少しづつ自分との付き合い方を探っていこうな。」


 「ごめんなさい。」


 ニカが一番問題がないと思っていた。

 人の社会で生きてきているし、なにかおこってもそれはとんでもない問題ではなくて、人の範疇に近いものであろうと考えていた。

 甘かった。

 ニカに強く抱きつかれ、身長差で胸に忍の顔が埋もれてしまった。

 命令のための声が出せない状態でニカの変身が解け、忍は髪の毛のツタによって拘束された。

 本能と気持ちによって暴走したニカは朝まで忍をはなしてくれなかった、忍はずっと【ウォーターリジェネレーション】をかけ続けたが、全身が青あざだらけで骨も何本か折れてしまっていた。


 「すき、すき、すき、だいすき、すき、すき、おいしい、すき、すき、だいすき、だいすき……。」


 ずっとそうささやき続けてくるニカを傷つけられず、忍は朝まで耐える道を選んだが、千影がニカを気絶させて助け出してくれると同時に意識を失い、目を覚ますまでに一日かかっていた。

 そのうえところどころに気になる単語が伺えた、おいしい、とは。


 「山吹、体が治ったら相手をしてくれるか。これでは逆に間があくと、ベッドの中に入りたくなくなってしまうかもしれない。死ななければなんとかなるから。」


 「主殿、申し訳ございません。まさかこのような事態に……。我のことは気にせず、どうかご自愛ください。」


 二週間で三回死にかけている、しかも仲間の手で。

 おそらく山吹が相手でも死にかけるだろう、一番そうなりそうな相手だったので、一度遠慮してもらおうとしたくらいだ。

 しかし、三人が忍を殺しかけた以上、山吹だけ断る理由もない、それが平等というものだ。……まあ、欲に負けていることは否定しない。


 「正直、なんで生きていられているのか不思議だ。今後は強制的に命令することもあるだろう。それぞれよく考えてくれ。あと、これからする質問にはきちんと答えること。嘘もごまかしも禁止だ。」


 責めたくない、責めたくないのだ。

 でもこの気持ちをどうすればいいのだろうか。

 ああ、悲しい。


 「ニカ、人を食べたことあるか?食べたいと思ったことは?」


 「ないないないない!みずだけだよ!」


 『ニカ、まさか忍様を……』


 「千影は人のこと言えないでしょ。ニカ、なにがおいしかったの?」


 「その、ちゅーとか。」


 ニカが目をそらしながら赤面する、可愛いがここで緩んでもいられない。

 古今東西、美人に誘惑されて男が死ぬ話は山程ある。

 原因をはっきりさせておかなければ忍も同じ道を辿りそうだ。


 ニカはおそらく口から入った忍の唾液に反応して暴走したのだろう。

 水といえば水だ、美味しく感じる可能性はある。

 千影は調子に乗ってしまっただけだろう、様子見。


 「白雷は嫌だったから雷を出したの?」


 「プオオォォ…」


 白雷は首をふる、元気がない。


 「疑ってるわけじゃない、嫌だったからじゃないならいいんだ。」


 そういえば焦りすぎて魔術は忘れてしまっていた、いや、思い出しても使えなかったか。


 「主殿、杖を使うことを提案いたします。調伏の魔杖なら念じるだけで動きや力を封じることもできるゆえ。」


 「そうだな、山吹のときはそうしよう。少し眠る。食事が来たら起こして。」


 男を誘惑するモンスターは人を食べるために誘惑という手段を取る。

 そういう話のほうが多いのは後味が良いからかもしれない。

 人の語ることなど、いくらでも移り変わっていく。

 好き同士のはずなのに相手を殺してしまうなんて話、物語の中だけで十分だ。


 数日後、忍は山吹にめちゃくちゃにされるが、一命は取り留める。

 しかし使った部屋は目を覆いたくなるような惨状であった。

 死にかけカウントが一つ増えた。


 「せっかく戻ってきた客足が変な噂で途絶えたらかないませんもの。まったくこんなに特殊な趣味をお持ちなんて……。今回はあばら骨ですの?」


 「すみません。」


 マダムとガーが離れの部屋を訪ねてきた、お見舞いのついでに山吹が破壊したベッドの賠償の話し合いである。

 ちなみに忍が意識を失って二日経っていた、覚悟の上とはいえ、死にかけることは何度やっても慣れない。

 しかも、杖での力の制御は成功していたのにコトが終わって抱きつかれたときに忍の体は一瞬で破壊されてしまった。

 つまりは油断からの死にかけである。

 背骨がギリギリ無事だったのでなんとか生きていられているが、骨はところどころくっついていない。


 「ここまで激しいのがお好みですと、ポポンでは対応できなかったかもしれませんね。」


 「趣味をどうこうというつもりはないのですけど、部屋や備品を壊されるのは困ってしまいますの。それを見越して小部屋を借りるのでしょうけれど、お代を頂いても調度は簡単に取り替えられませんわ。」


 「申し訳ございません。」


 やってしまったことに関しては頭を下げることしかできない。

 皆には席を外してもらっている、情けなさすぎて見られたくないし、マダムのお小言で変にヒートアップされても困る。

 関係が変化したことで明らかにみんなからの絆は深まった気がするのだ。

 最近は忍の居ないところで会議や取り決めもしているようなので、実はヒヤヒヤしている。

 悪口大会とかになっていませんように。


 「忍さん、聞いておられますの?」


 「はい、申し訳ございません。」


 「聞いてなかったですね。まだお加減が優れませんか?」


 ガーが心配してくれる。

 聞き逃したのは傷がいたんでいるせいとしておこう。


 「もう一度説明しますね。水魔法使いの都合がつきまして、それをお知らせに参りました。スカーレット商会の方から派遣してくれるようです。」


 「もちろんこのままうちで働いてくれるなら大歓迎なのだけれど…」


 「すみません、お湯が合わない者が居まして、スカーレット商会のほうにはよくよく頼んでおきますので。」


 「残念ですね。あ、そうそう、従魔車のところでスカイエの実がなっておりましたけれど、あれをお譲りいただくことはできるかしら。」


 「それは構いませんが、あ、もしよければ一鉢持っていかれますか?」


 「あら、いいのかしら?」


 「私の育てていたものでしたら差し上げます。もう片方はニカが育てていますので。」


 「もちろんそれで構いませんわ。」


 「ありがとうございます。忍様。」


 ガーが苦笑いをしながら忍に礼を言った、おまけを付けてくれというマダムの交渉術だったのだろう。

 スカイエの種はまだ残っているし、食べるのが忍だけなら一本でも十分な収穫が見込める。

 ついでなのでもう一つサービスしておこう。


 「マダム、スカイエの実を真水の風呂に浮かべると、いい香りですよ。いっぱい収穫できたらぜひやってみてください。とても贅沢ですがフルーツでやる手もあります。」


 柚子風呂ならぬレモン風呂だ。

 しかし、マダムの顔がひきつっている。

 これはたぶん知ってるけどそこまでできるような贅沢者は貴族か王族かみたいな話か。

 サービスのつもりが余計なことを言ってしまった。


 「す、数日中には回復するので、桶をいっぱいにしたら出発しようかと考えています。短い間でしたが、お世話になりました。」


 「次はどちらへいらっしゃるのかしら?」


 「ビリジアンに行ってみようかと。そのうち暑くなってきそうですし。」


 「たしかにビリジアンは涼しいですね。通貨もそのまま使えますが、干し魚や干し肉を持っていくのがおすすめです。国内では物々交換が主流と聞いていますから。」


 「干し魚ですか。」


 国土が森ばかりなら海の魚は貴重なのだろう。

 森林国と言うだけあって、地図上ではほとんどすべてが森のようだった。

 中央東寄りに大きな湖があるが、海沿いは崖が多い、塩も貴重かもしれないな。


 「この時期は果物も豊富ですので、近隣諸国の貴族が避暑に訪れることもあるのですが、そのせいでならず者も増えると聞きます、ご注意ください。」


 「ありがとうございます。まずはアリアンテまでいくつもりですが運ぶものとかあれば請け負いますよ。」


 「せっかくだけどお仕事は今のところはないわね。まだ体も治ってないのだから、ゆっくりなさったらいかがかしら。」


 「そうですね、では忍様、私達はこれで。お大事に。」


 ガーとマダムを見送って入れ変わりに壺を持ったニカと山吹が入ってきた。


 「ニカ、私のスカイエをマダムに譲ることになったから、運ぶの手伝ってあげてくれ。」


 「しのぶさんのスカイエのきだね。わかった。」


 ニカが壺を忍に渡して外にとんぼ返りしていく。

 部屋に残ったのは千影と山吹だ。


 『白雷はおそらく雲を食べに行っています。』


 「主殿、【地脈の癒し】をかけますので失礼いたします。」


 地面の上でないと効果が落ちるようだが、一応は回復できるようだ。

 魔法陣は布に書き写してあるので運んでもらったときにシーツ代わりにベッドに敷かれている。


 「済まないねぇ婆さんや。」


 「主殿、申し訳ございません。しかし、治るまではどんなに罵られようとお世話をさせていただきます。」


 しまった、何気なく言ってしまったが通じなければただの悪口だ。


 「そこは、それはいいっこなしですよ爺さんや。って返すのがお決まりなんだ。」


 「主殿、お戯れはそのへんにしてください。罰はいかようにも受けますゆえ。」


 駄目だ、下手なこと言うと泥沼だ。

 わざわざ口調まで替えてもスイッチの入った山吹には通じなかった。


 「母なる大地よ、倒れしものに、生命の祝福を。【地脈の癒し】」


 この回復魔術は数回受けているが、効果のばらつきが想像以上に広い。

 この場所では【グランドリジェネレーション】よりも少しはマシというくらいの効果しかなく、アサリンドの時のように【ヒール】と同等レベルの回復は見込めなかった。

 それでも、忍の意識が回復すれば【ヒール】二回ほどで骨くらいはくっついてしまうので、そこまでなんとかできれば十分といえば十分なのだが。


 「楽になった、ありがとう。」


 「我は脇に控えておりますゆえ、御用があればお申し付けください。」


 「いや。あのね。いつもどおりでいいんだけど。」


 山吹はベッドの脇に正座した。

 忍が目覚めてからずっとこの調子である。


 「いや、まあ、今回は足にはきてないから歩き回れるし。」


 『申し訳ございません、千影の行いにもどうか罰をお与えになってください。』


 この調子で全員落ち込んでしまっている。

 ここで何もなしだと全員逆に恐縮してしまいそうな勢いだ。

 しかし今回の事案は忍としても罰を与えづらい。

 信賞必罰は世の常とはいえ、自分が男なんだと再認識させられるくらいにはよろしかったし。

 忍の都合で夜の営み的な罰というわけにもいかないし、というか回復前にそんなことしたら今度こそ本当に死にそう。

 この際だ全員に【従僕への躾】を使ってしまおうか。


 「いまいち、何が罰になるかわからんところがある。」


 「そうでしたか、主殿はお優しいゆえそんなこともあるのでしょうね。痛みや苦しみ、恥を与える、財産を奪うことなどが懲罰としてよくあるものです。躾けていただいたのも罰のうちに入るでしょう。」


 「まあ、そうなんだろうな。」


 「気が進まないのであろうことはお察ししますが、我らは主人を害しております。相応に強い罰をお与えください。でなければ腹を割いてお詫びすることになるでしょう。」


 流石にそれは困る。仕方がないか。

 立ち上がって山吹に命令する。


 「ベッドに寝て、動くな。声も出すな。命令だ。」


 寝っ転がったところで、【従僕への躾】一段階目の罰を使った。

 体が痙攣して脂汗が出ているが山吹でこれなら誰でやっても暴れて余計な怪我をしたりはしなさそうだ。


 「さきほどの命令を解除する。」


 「がっ……はぁ、はぁ、はぁ。ありがとう、ございました、主殿。」


 「全員に同じ罰を与える。それでいいな。」


 あらくなった息を整えている山吹に聞いた。


 「はい。……主人が罰を与えなければ従魔も奴隷も緩んでくるゆえ、主殿も軽く見られてしまいます。とはいえ出過ぎたことを申しました。」


 「いや、わかってなかったのは私の方だ。すまない。」


 主人として締めるべきところは締めないといけないということのようだ。

 心苦しいが、平等にやろう。


 「千影、変身して同じように。」


 一人づつ罰を与えたが、忍は男として目覚めてきたのを追加で認識する羽目になった。

 美人が苦しそうにしてるのって…いやいやいや、落ち着け、色々と問題がありすぎる。

 少なくとも死にかけないようにならなければいけない、本当はちょっとハーレム的なのにも憧れがないわけでもないし。

 いや、無理だ。

 白雷の雷撃を受ければみんな死んでしまうし、山吹はなんというか破壊神だから無理。


 やはり忍にとっては風呂と食事が一番の癒やしであるらしい。

 心を許した従魔であれど、どうしても疲れが溜まっていくのだった。


 『申し訳ございません、申し訳ございません、申し訳ございません、申し訳ございません…』


 「し、しぬ、しんじゃう…。」


 「プオォォ……。」


 「主殿のこの罰はあれほどの苦痛と恐怖を与えてくるにもかかわらず、我らの身に何も影響しないのが真に恐ろしいところゆえ。」


 「なるほど、下手にむち打ちや市中引き回しなんかすれば、ひどい傷がついてしまうからな。」


 派生スキル、そういう意味では覚えられてよかったのかもしれない。

 山吹がなんか引いているようだが、爺さん婆さんの掛け合いもわからなかったようだしおそらく気のせいだろう。


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