宝石坑道の紫蜘蛛2
『坑道内には数十人の気配があります。入り組んでいますが、鉱夫らしき集団と冒険者のようなグループが三組あるようですね。一組こちらに向かってきますが、強い光を纏っているようで詳細がわかりません。』
「わかった、千影はマントの下にいてくれ。山吹。」
湯着を渡すために山吹の名前を呼んだが、すでに警戒態勢になっていた。
「動きづらいかもしれないが、モモの魔法陣は隠したほうがいいだろう。」
「ああ、ありがとうございます、主殿。」
強い光とはなにか、魔術師がいるのかもしれない。
【ホワイトフレイム】を消し、手持ちの松明を持って左手で赫狼牙を抜いた。
現れたのは皮鎧二人、ローブ二人のグループだった。
革鎧の二人は胸の部分に小さな紙を貼り付けており、その紙が蛍光灯のように発光している。
持っているのは木槌のような短いハンマーやツルハシだった。
「お、おいおい。こっちに戦う気はないぞ。物騒なもんを向けないでくれ。」
「坑道に強盗が出るなんて聞いてないが。魔術師と……魔人か?」
「失礼しました。洞窟の側から移動してきたので、気が立っていまして。みなさんは宝石掘りですか?」
「行商人の護衛だ。俺はデルタケンタウロスのガーランド、そっちは。」
「私は忍、わけあって特定のジェムロックラブを探しています。」
ローブの片方が顔を曇らせながら名乗った、忍も名乗って笑いかける。
「ジェムロックラブに二人で挑むとは、命知らずか馬鹿なのか?」
「ははは、やっぱりそうなんですね。ギルドにも狩り方を知っている人がいなくて、困っていたところなんですよ。習性、その他、なにかご存知ないですか?」
「笑い事じゃないだろう。中型魔物の討伐経験は?」
「ヒルボアやらレッサーフェンリルのでかいのやらですかね、バンブーグリズリーは単独で討伐してます。彼女も同じようなものとお考えください。」
呆れて肩をすくめていたデルタケンタウロス一行の顔がひきつった。
後ろにいる前衛であろう二人もちょっと変な顔をしている。
「うちはこちらの行商人さんが宝石を掘るのの護衛だ。ジェムロックラブは最悪だが、この坑道には他にも厄介なのがいくつかいるからな。ブラッドバッドなんかは噛まれると病気になるし、ソリッドワームは踏んだら足がずたずたになっちまう。」
「き、気をつけます。」
今まで知らずに踏みつけていなくてよかった。
『それらは千影が排除しております。安心してお通りください。』
有能な精霊の仕業だった。
「ジェムロックラブは遭遇戦が基本だ、天井から落ちてきたりすることもある。崩落かと思ったらジェムロックラブだったなんてこともあるからな。基本的にこちらが刺激しなければ大丈夫なんだが、うっかり攻撃しちまうと溶解液でドロドロにされてしまうって寸法さ。ただ、溶解液を何度も連続で吐くことはできないから吐いた直後に口の中を狙え。それ以外の部位は全部岩だからな。」
「わかりました、ありがとうございます。ちなみにこういう宝石の欠片みたいなのを何処かでみかけませんでしたか?」
忍はカバンの中から抜け殻の宝石を取り出す。
底なしの指輪のカモフラージュはもうなれたものだ。
「おまえら、見たことあるか?」
「いえ、ないですね。」
「あ、まさかこれジジイのいってたってやつじゃ……。」
「ジジイ?」
「しばらく前に鉱夫のジジイが紫蜘蛛がどうとかって言って石堀りに来なくなったんだそうで、魂の欠片を見つけたらすぐに逃げろって。」
「なんだそりゃ?」
デルタケンタウロスの面々はピンときていなかったが、老人の世代ではそれなりに有名な話のようだ。
しかしすでに話が出回っているのにギルドにも応援要請はなし、討伐依頼の話も上がっていない。
情報は貴重だが、仕事中のデルタケンタウロスの面々を巻き込むのも変な話だ、知らない体で行こう。
「まあ、気を付けます。お話、ありがとうございました。あ、この水晶は洞窟とつながっていた穴を塞いでますので、申し訳ありませんが他のところを掘ってください。ジェムロックラブがこっちに来るかもしれませんからね。」
「なに?!魔術でこんな石が生み出せるのか?!」
後ろに控えていた行商人らしき男が声を上げるが、みんなが水晶に気を取られているうちに忍たちはそそくさと遠くに逃げた。
「さて、鉱夫か。千影、鉱夫のいる場所って。」
『この先を右へ、しばらくするとランプが並ぶ穴に出ますので、その先です。』
「奥の方ですね。そちらに行く途中に糸の反応もあるゆえ、慎重にいきましょう。」
千影の言う通り、左右にランプの並んだ少し大きな道が見えてきた。
地面には轍の跡が何度も往復しており、奥からは固いものを掘るような音がしていた。
途中にはいくつもの横穴があり、その中には奥から掘り進めている音がするものもあった。
「主殿、ここです。」
脇道を少し入ったところに、糸で封鎖された場所があった。
忍は金槌で周りをパリパリわろうとしたが、うまくいかない。
今回は糸の壁の中になにかがあるようだった。
いや、糸の中央がタプタプしている、液体だろうか。
「端っこを焼いて無理矢理破ってみよう。」
溶解液などが入っていても恐ろしいので、【ウォータースクリーン】を山吹にかけておく。
慎重に端っこの方を焼いて、パリンと割った。
出てきたのはドロドロとした液体、一箇所が破れると壁の糸はほつれていき、液体は床に広がっていく。
そしてゴトリと音を立てて、紺色の宝石と化した首が繭の中から転がり出たのだった。
「っ?!」
声にならない悲鳴が出た。
半分の顔は断末魔の叫びをあげているようだった。
かろうじて表情がわかるも、溶けかかっているので男か女かもわからない。
これがここにあるということは忍の想像は当たっているということだ。
酢と硫黄のまざったような匂いがする、忍は吐き気を必死に抑えた。
「主殿、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、よく食べるやつは吐いちゃいけない。食材に申し訳ないから。」
「そんなこと言ってる場合ですか。少し休みましょう。」
「あっ?!」
スニーカーの先が靴下ごと溶けてしまった、どうやら広がってきた液体を少し踏んでしまったらしい。
この世界ではおそらく替えがきかないものの一つだ、走ったり飛んだりするのにも問題が出るかもしれない。
『忍様、足は大丈夫ですか?』
千影に問われて急いで靴を脱ぐ、忍の足は綺麗なままだった。
「なんで?」
「主殿はグラオザームのブレスに耐えたのですから、なにかそういった力をお持ちなのではないですか?」
いや、あのブレスは効いていた、【毒無効】は酸まで大丈夫ということか、そういえばグラオザームのブレスも酸のような効果を持っていた気がする。
触って試す気にはならないが能力というもののアバウトな効果範囲で随分と助かっているな。
「でも、これで作戦は決まった。私が酸を吐かれている間に山吹が外殻ごと殴り潰せばいい。」
「主殿が前線に立つのは反対です。」
『千影も反対です。』
「えー、それが一番いいと思うけど。」
靴の代わりに厚手の木の板を布で足裏に縛り付けた。
相談の結果、千影の狼が前衛で忍が後ろに控え、山吹が回り込むというところに落ち着いた。
くくりつけている間に、山吹と千影に前に出るなといい含められた。
「そもそも、大将が最前線に出るのがおかしいです。」
『これに関しては山吹が正しいです。もちろん、忍様がお望みならその限りではないですが。』
「わ、わかった。」
忍はすでに戦隊モノの司令のような立ち位置にいるようだ。
しかし、司令はオペレーターやマスコットと遊んでいるばかりで何をしているのかいまいちわからない。
暇そうにしていればいいのだろうか。
「ブラック、ホワイト、グリーン、レッド、イエロー……。」
気づいてしまった、本当に戦隊モノのカラーリングじゃないか。
忍は馬鹿なことを考えながら即席の下駄を完成させた、再度鉱夫の固まっている方に歩き出そうとしたところ、二人の老人がランプの明かりの中を歩いてきているのが見えた。
湯着のような着物に槍と兜、しかし腰は曲がっており、槍も杖代わりについている始末であった。
二人とも長いアゴ髭、同じような恰好なので差がわからない。
「おぬしら、ここらのものではないな。坑道は危険じゃ。たちさるがよい。」「たちさるがよい。」
二人の老人は似たような低い男の声でゆっくりと喋る。
メインで喋るのは左側の老人で、右側の老人はなぜか最後の言葉を繰り返した。
「何が危険なのですか?」
「紫蜘蛛じゃ。復活しおったのじゃ。」「しおったのじゃ。」
「おじいさんたちは紫蜘蛛を知っているんですね。見ていただきたいものがあるんです。」
忍はドロドロのところに二人を案内した。
ほとんどは地面に染み入ってしまっていたが、あの半分の頭と紺色のシミが残っており、悪臭もほのかに残っていた。
「これなんですけど」
忍が振り向くと老人二人は背筋をぴんと伸ばし、泡を吹いて倒れていた。
「え、え?」
「それを見た瞬間に、まるで魔王に遭遇したかのような反応をして泡を吹いて倒れました。」
山吹が哀れな犠牲者の頭を指差す。
老人たちは紫蜘蛛をなんとかしにきたのではないのだろうか。
『伝承は知っているようですが、実際に見ると恐ろしすぎたようです。この二人、普段は鉱夫のようですね。蜘蛛が溶解液をはいたら、長槍で口を突くという方法を知っていました。また、紫蜘蛛は魔術を跳ね返すようです。』
「それで槍か…って、魔術を跳ね返す?」
それが本当なら忍と千影は戦力外もいいところだ、出直したほうがいいだろうか。
「主殿。」
山吹がサムズアップをしている。
やる気だけは十分なようだ、増援も期待できるわけではない、山吹のパワーに期待するか。
「……わかった。おじいさんたちに槍だけ借りよう。千影、狼で入口まで送ってやってくれるか?」
『承知いたしました。』
「はぁ、めっちゃ不安。」
槍の穂先は魔力を帯びた緑色の宝石でできていた。
おそらく百五十センチほどだが、洞窟の中で振り回すには長すぎる。
本当に突き専用といった感じだ。
忍が槍を確かめていると、洞窟内を崩落したような音と声のようなものが反響した、かなり大きい。
「主殿、出たようです。壁を作ったほうですね。」
『デルタケンタウロスがジェムロックラブに襲われています。水晶の壁を壊したようです。』
ガーランドはジェムロックラブの危険性を認識していた、商人の男が欲をかいたのだろう。
雇われた側はどうしてもと言われればやらざるをえない、それが仕事だからだ。
「助けられるか?」
『……駄目ですね。ジェムロックラブには精神攻撃が効かないようです。すでに二人犠牲になりました。』
「残り二人を狼で運べるか?」
千影が返答をしない、集中しているようだ。
『……申し訳ございません。声をかけたところ混乱して、隙を作る結果となってしまったようです。ジェムロックラブを足止めいたしますか。』
「頼む。」
忍と山吹は走り出すが、山吹は脚が速いのですぐにおいていかれてしまった。
「や、やる気だなぁ。」
忍もできるだけ早く現場に到着できるよう、懸命に足を動かすのだった。
「……わかっていたこととはいえ、辛いな。」
ジェムロックラブは山吹の一撃で外殻を割られて沈黙していた。
しかし、その下敷きになって息絶えている男が二人と、焼けただれたように肉の溶けかかった死体が二つ。
水晶の壁は欠片だけが残り、四つの大きな背負い袋がパンパンになっていた。
「塞がないほうがいいかも。やらかすかもとは考えたが、こんなにすぐにジェムロックラブが現れるとは。」
『運が悪いです。どうして戦うことになったかまでは把握していませんが。』
この世界は命が軽い。
今日の友が明日生きているかわからないのだ。
「主殿、せっかくなので袋をいただきましょう。」
山吹がジェムロックラブを裏返した。
腹側はゴツゴツはしていないのだが、ザラザラとした石のような表面は変わらない。
固さもやはり岩と同じようなもので、ここから粘液袋を取り出すのは苦労しそうだ。
『忍様、脇の隙間から刃を入れて板のように剥がせるようですよ。』
解体できないで困っている忍に千影が助言をくれた。
言われた通りのところに飛熊を差し込むと、硬い石のような外殻がペリペリと音を立てて少し浮いた。
「なんとかなりそうだ。」
フォールスパイダーの解体をヒントに粘液袋を取り出す、もう一つある袋はおそらく溶解液が入っているのだろうか、破いたら大事だ。
慎重に魔石も回収して残骸はとりあえず放置しておく。
「よし。こいつだけか?」
『はい、ジェムロックラブはかなり強い魔物ですね。影分身が六体やられました。精神攻撃も効きません。力も強いです。』
「それでも我のほうが強いゆえ、ご安心ください。」
山吹がない胸を張る仕草を見せようとした時、またどこからか悲鳴が上がった。
今度は複数に聞こえるが、洞窟内を反響してかなり遠くまで聞こえていそうだ。
『鉱夫が坑道内をバラバラに逃げまわっています。奥に二体、うち一体は宝石の外殻です。』
「狼で鉱夫を逃がしてくれ。山吹は蜘蛛を頼む。」
「宝石の方を優先ですね。お任せください。倒してしまうゆえ。」
山吹の足は早い、追いつけないのが追いかけっこでよくわかった。
なので忍は奥から逃げてくる鉱夫を出入り口に誘導しておく。
「大丈夫ですか?!こっちです!」
「ここで逃げ遅れるようなやつは鉱夫なんぞしてねえよ!」
「おっさん逃げないのか?!囮になってくれるならありがてぇ!」
天原忍、三十才。
悲しみの空回りに心がえぐられる。
「奥、行くか。」
ちょっと落ち込みつつ小走りで合流を目指す。
追いついた先にはジェムロックラブの死骸が二つと、右半身が焼けただれた山吹がいた。
「見せろ!【リムーブポイズン】【ヒール】!」
痛々しい状態だ、ひとりでいかせるんじゃなかった。
幸い跡などが残ることもなく治癒できたが、下手をすれば死んでいそうな範囲の皮膚がただれていた。
「あ、主殿、そんなに焦らないで。このくらい自分でなおせます。」
「そういう問題じゃないだろう。ああ、もう、痛みはないか?」
「一本取られました。まさか殴ったところに毒袋があったとは。」
殴ったところに毒袋。
「まあ、大丈夫なんだな、つまり?」
『山吹が大雑把に殴ったことで、溶解液の袋が破裂しました。自爆ですね。』
忍はつい山吹の後頭部にツッコミを入れた。
手が痛い上に山吹にダメージはない。
くやしいがツッコミもままならない竜鱗である、気を取り直して倒れた獲物の方をみよう。
山吹が倒したジェムロックラブの外殻は緑色の宝石がびっしりとついていた。
「……まあ、死体が転がっていればおじいさんたちも安心するだろ。」
宝石はとてもきれいだった。
ささっと取れるものをを剥ぎ取って、忍たちは坑道をあとにした。
後日、織物のホロウで全員分の湯着と服を頼んだ、湯着はジェムロックラブの糸を使った特別製だ。
白雷と千影もきちんと寸法をはかり、オーダーしている。
これで少なくとも有事の際に服がないという状況は回避できるはずだ。
和服はいい、忍は少なくとも大好きだ。
中でも山吹はエキゾチックな外見と華やかな柄の生地によって、まるで天女か妖姫のようだ。
「おお、主殿。湯着の方は防具として使えそうゆえ、洗い替えがほしいです。」
「いま、感動してる。ちょっと黙って佇んどいてくれ。大っぴらに裾をめくるな。」
「みせているのです。」
「ちゃうねん、ワイが感動しとるのはそういうのじゃないねん。」
つい口調が変わってしまった、大阪には縁もゆかりも無いというのに。
ジェムロックラブを素手で砕く怪人の噂がボボンガルを中心に広がっていくのだが、いまの忍たちには預かり知らぬことである。




