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おもいでのとびらとポッキン


 ボボンガルの行商市はこぢんまりとしたバザーのようなものだった。

 売り物は主に工芸品や宝石でそのほとんどが行商人向けの卸売だった。


 「これ、ちょっと場違いだったかもな。」


 丸天屋台は二畳ほどのスペースを割り当てられていたのだが、三人だとけっこう窮屈で次から大きめのスペースを取ろうと決めた。

 こういうのも実際に店を出さなければわからないことだ。

 おもいでのとびらは腕輪、首飾り、根付の三種類に出来るようにしてある。

 サンプルにはノリノリだったニカの似顔絵が貼り付けられていた。


 「イス、だせないね。おきゃくさんのにがおえ、むずかしいかも。」


 「ニカは呼び込みもする予定だろう?一人分スペースが開くからギリギリ何とか。」


 山吹が自分のことを指さしている、邪魔なのではないかということだろうか。


 「いや、山吹はニカと店を見守ってほしい。絵を描く時集中するから。」


 ちなみに忍は小さなメモボードと羽根ペンを持ち、頭に白雷をのせていた。

 白雷は子供に人気が出るかもしれない、うちで一番従魔っぽい従魔なのだ。

 千影は店にはあまり関わらないが、人混みでの情報収集をする。おもいでのとびらへの評判や意見を集めてくれるだろう。


 空で【ファイアブラスト】が弾けた。

 丸天屋台の初営業がはじまったのである。


 「行商市ってこんな感じなのか。」


 忍はそんなことを呟いた。

 そろそろお昼に差し掛かろうかというころ、丸天屋台は閑古鳥が鳴いていた。


 『卸売が中心で一般客がほとんどいないようです。店によっては今から開店のところもあるようですね。』


 「シジミールとぜんぜんちがう。クレアのおてつだいとかものすごくいそがしいのに。」


 ニカも想像とのギャップがあるのだろう、似顔絵用に出したイスで座り込んでしまっていた。


 「ニカ、他の店を見て回ってくるか?ずっとこれだとつまらないだろう。」


 「やだ、しのぶさんとわたしのみせだもん。ちゃんとさいごまでみせばんする。おみずください!」


 忍はジョッキに水を注いで手渡してやると、ニカは一気に飲み干した。


 「おかわり!」


 おいしそうに水を飲むニカを見て、忍はそろそろ一日半近く食事を摂っていないことを思い出した。

 気がつくととたんにお腹が空くような気がするが、あるだろうとアテにしていた食べ物の露店は一つもなかった。

 薬湯の妖精亭の夕食を予約しているのだが、これは夜までお預けかもしれない。

 竹茶を飲み、空腹を紛らわしながら店番を続けた。


 昼下がり、最初のお客が現れた。


 「忍様、調子はどうですか?」


 「なんかぁ地味なのぉ売ってるのねぇ。」


 ガーとポポンが様子を見に来てくれたのだ。

 ニカがはりきって商品の説明をしている、義理でも売れれば少しは格好がつくだろうか。


 「しのぶさん、おかいあげです!えもおねがいします!」


 「はい、ではこちらのイスにお座りください。」


 ポポンに斜めに椅子に座ってもらい、肖像画のようなアングルでサラサラと絵を描く。

 描いた絵を切り取ってドアの内側に貼り付けてニカにわたす。

 ニカはドアに腕輪用のパーツを取り付けて、丸天屋台の初商品が完成した。


 「はい、おもいでのとびらです。あけてみてください。」


 開けられることをポポンと確認して料金をいただく、きちんと打ち合わせ通りにできた。


 「すごいですね、こんな小さな絵が中にはいるのですか。」


 「ガーさんも恋人や奥さんと一緒に来ていただければお互いに持つこともできますよ。ぜひ。」


 「ははは、忍様もお人が悪い。私は独り身なんです。」


 「おや、意外でした。申し訳ないです。」


 ガーと談笑していると、ポポンがガーの肩をたたいた。

 ガーは思い出したように手に持っていた包みを忍に渡してくる。


 「これ皆さんでお召し上がりください。マダムからの差し入れです。水のこと、私達も本当に感謝しているんです。ありがとうございます。」


 「少しでも力になれたのなら私も嬉しいです。ありがたくいただきます。」


 ガーとポポンを見送って包みをあける、塩漬け肉のサンドウィッチが入っていた。

 三人分あったが忍がひとりでありがたくいただいた、夕食も期待できそうな味だった。


 忍が食べ終わったくらいのタイミングで、ポポンが男性を連れ立って現れた。

 ニカが声をかけようとしたのを山吹が制する、そこで忍もポポンの意図に気づいた。


 『ニカ、ポポンがはじめてきたように接客してくれ。』


 『え、うん。わかった。』


 ニカはまだ疑問を持っていたようだったが、これは山吹のファインプレーだ。


 「しのぶさん、おふたり、おかいあげです!えもおねがいします!」


 「はい、ではお一人づつ描いていきますので、こちらのイスにお座りください。」


 忍はポポンと男性の絵を描いて、おもいでのとびらが二つ完成する。

 男性が料金を支払い、二人は満足そうに帰っていった。


 「ニカ、カップルははじめてきたように接客するんだ。たぶんポポンさんもあと何回か来るから。」


 ニカもピンときたらしく頬を染めてちょっと慌てていたが、その後はきちんと接客できていた。

 そう、ポポンは上客とお互いの肖像画を持つという方法を考えついたのだ。

 水商売の人々がお客とメールの交換をするようなものであろう。

 一つも売れない覚悟もしていたおもいでのとびらは二十一個も売れた。

 そのうち十一個はポポンが買っていった、つまり今日の売上はすべてポポンのおかげだった。やり手である。



 「あー、疲れた。銀貨二枚で売ったけどもしかして安かったか?」


 宿の部屋に帰ってきた忍は、いそいで湯着に着替えていた。

 早く温泉に行きたい。こんなときこそ温泉だ。


 「何度か来るとは思いましたが、十回とは。あのわざとらしいピンク髪のどこがいいのでしょう。」


 「山吹、ポポンさんに当たりがきついよな。」


 「わたし、まだよくわかってないんだけど、ポポンさんはなにしてたの?」


 てっきりわかっていると思っていたがそうでもなかったらしい。

 山吹が簡潔にまとめてくれる。


 「ピンク髪は男性を相手にする商売ゆえ、上客に自分の絵をねだったのでしょう。はしたない。ニカも知らない男にモノをねだってはダメですよ。」


 「わたし、じぶんでかうもん。ポポンさんいっぱいかってくれたからありがたかったね。」


 「自分で買うのもいいが、必要なら私が買うから言ってくれていいよ。」


 「ありがとう、しのぶさん。」


 ポポンが連れてきた男は銀貨四枚をサラリと払っていたし、なんとなくスマートな動きをしていた気がする。

 あまり詮索するとまずそうだ、ニカにもあまり話題に出さないように言い含めねば。


 「夕食前に水桶をためながら岩風呂に行ってくる。山吹も来るか?」


 「お供させていただきます。」


 山吹が鎧を脱いで湯着に着替えるまで待つ。

 ポポンのような使い方を他の娼婦がするのなら、もしかしたらおもいでのとびらはヒット商品になるかもしれなかった。

 ただ、意図した内容じゃないけど。


 着替え終わった山吹と千影の壺をもち、忍は岩風呂へとくりだした。

 夕食前なので随分と賑わっている。

 芋洗いという表現があるが岩風呂は男女入り乱れての交渉の場となっており、ゆっくりとお湯に浸かっているような悠長な者は誰もいなかった。


 「山吹、こっちだ。それとも先に湯船に入ってるか?」


 「いえ、主殿から離れると昨日のこともあるゆえ。」


 「おい、おまえら嘘ついたのか?」


 山吹を連れ立って水桶の部屋に入ろうとした時、忍たちは呼び止められた。

 振り向くと昨日山吹に大銀貨五枚を出すと言っていたポニーテールの男が立っていた。


 「嘘、ですか?なんのことでしょう?」


 「お前の店を見に行ったが、あんた、店にいなかったじゃないか!」


 男は山吹が店にいなかったとご立腹らしい。

 しかし山吹はいた、フルプレートアーマーを着て。

 これはまた面倒くさい予感がする。

 男の声に後ろの方からもう数人の男がこちらに近づいてくる。

 どうやら山吹目当てで交渉しに来ているようだ。


 「山吹、昨日は二人でしたよね?」


 「諦めて帰ったものは数えていなかったゆえ。」


 山吹も半笑いだ、笑顔が引きつっている。

 因果応報だが、これはこれで困った。


 「いちおう説明しますが、山吹はうちの店にいました。あなた、うちの店に寄っていませんよね?」


 「遠目で見れば人がいるかくらいわかるさ。彼女がいないなら声をかける意味もないからな。」


 「なら見たでしょう、フルプレートアーマーを。」


 「あんなゴツいのをこんな華奢な子が着れるわけ無いだろ!」


 このままではまたポポンたちに迷惑がかかってしまう。

 あと、ちょっと山吹がキレかかっている、野次馬には事情も分からず下卑た声をかけようとしているものもいるからだ。


 「主殿、失礼します。」


 山吹が忍を片手でひょいと持ち上げた。

 スレンダーな褐色美女の肩に太った汚いおっさんがちょこんと座らされた。

 拳を握り込み、はっきりとした声で意思表示をする。


 「昨夜は丸く場を収めようとしたゆえ、失礼した。殴り飛ばされないとわからない者は、並べ。」


 「ああ、もう。」


 山吹の宣言に場が凍りつく、後ろの方では知らん顔で岩風呂の方に逃げるやつもいた。


 「散れ!」


 山吹の一言で蜘蛛の子を散らすように男共が逃げていく、肩に忍を乗せたまま後ろの扉に入った。


 「この始末ゆえ、フルプレートを着るのです。主殿、失礼いたしました。」


 「まさか確認して勘違いで文句を言ってくるとは。美人も大変だな。」


 このあとは特に何もなく、忍たちは部屋に戻ってきた。

 夕食を運んできたポポンに忍は謝ったが、ポポンは笑って許してくれた。

 流石にあれだけの男の前で宣言すれば、声をかけてくる命知らずはいないだろう。


 「これでぇゆっくりぃ岩風呂にぃはいれますよぉ。」


 「ははは、そうですね。明日からは変に悩まされずにすみそうです。」


 「先生はぁ最初にぃ忍さんをぉ診てもらうのでぇ。食器をぉ下げる頃にぃいらっしゃいますよぉ。」


 「よろしくお願いします。楽しみです。」


 ちなみに夕食はやはり三人前並んでいるが、全て忍がひとりで食べた。


 「しのぶさん、おなかだいじょうぶ?」


 「まあ、まだ入るかな。お腹いっぱいって感じじゃないかも。」


 忍は上機嫌でベッドの用意をして、マッサージの先生を待つのだった。



 「失礼する。ポッキンのご用命はどちらさんで?」


 食器を下げに来たポポンと入れかわりにひょろりと細長い坊主頭の老人が部屋に入ってきた。

 背筋がピンと伸びていて歩きもシャキシャキしている、精霊の壺を見て一瞬止まった。

 忍がベッドから声をかける。


 「私です。よろしくおねがいします。気になりますか?」


 「いや、黒い鳥をよく見かけてね。すまんが忙しい、すぐにはじめるよ。うつ伏せになりな。」


 「お願いします。」


 老人は忍の足先からところどころ確かめるように触っていく。

 気になることを見つけるたびに、忍に質問してきた。

 忍もそれに答えてゆき、頭まで触ったところで言った。


 「あんた、よく動いてられるね。どうしたらこんなになるんだ?」


 「あ、わかります?」


 「無理矢理に骨や筋が押し込まれて酷いことになっとる、あと、腰をやらかしたこともあるだろ。衝撃、いや引っ張られた感じか。普通じゃない。右手はここ数日か?」


 ヒルボアを倒したときの白雷の突進と山吹のマッサージの影響だろうことは容易に想像ができた。

 右手は恐らく昨日の山吹をはたいたときだろう、痛みはすぐに引いたが内部ではなにかが起こっていたらしい。


 「おじいさん、わたしマッサージしたけどだめだったのかな?」


 「女の力でどうこうなるこっちゃねぇ。心配しなさんな。」


 老人はそう言うと、忍の腰回りからほぐしはじめた。

 そしてある程度ほぐれたところで一気に指を押し込んだ。


 ゴキン!


 「ガッ?!」


 忍が声にならない悲鳴をあげた。

 全員に緊張が走るが、老人は施術を続ける。


 ボキン!


 「お゛ぉっ!」


 グキン!!


 「あぎっ!」


 ペキペキペキペキッ!


 「おおおおぉぉぉ……。」


 忍はされるがままであった、施術はものすごい速さで終了した。

 老人はニカに簡単なマッサージのやり方をアドバイスしてさっさと次の患者のところへ行ってしまった。


 「主殿、生きてますか?」

 

 「う゛、うん、一発屋さん、だったね。」


 一発屋、痛いところをピンポイントで直してくれる整体のことで、ぎっくり腰などのときに便利な整体だが、習慣で体が歪んでいる場合はすぐに戻ってしまうためあまり意味のない整体である。

 マッサージを併用してくれることもあるが、今回の先生は歪みを直してくれるだけのようだ。


 「今日はこのまま寝かせて。すぐに動かすと直してもらった体が戻るって聞いたことあるし。」


 「お、おやすみしのぶさん。」


 「おやすみなさい、主殿。」


 施術中はすごい音にびっくりして痛みもあったが、今は体が楽になっている。

 恐るべしポッキン、恐るべしひょろ坊主先生。

 忍は気絶するように眠りにつき、翌朝の体の軽さに感動するのだった。


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