千影の悩みと秘剣
ニカ、山吹、忍の課題もできたので、ボボンガルまでの一週間はお互いに練習やアドバイスをしながら過ごした。
とはいっても、忍は次の日には魔法陣を描けるようになり、木片に彫りつけることにも成功していたのだが。
「【名工】便利。」
ちょっと大きな木片じゃないと彫りつけにくいので、携帯するには三枚が限度だったが、とりあえず【抗魔相殺】は実用レベルになった。
「本当に魔法も打ち消せるのか?」
「はい、魔法は魔術の無駄なところを削ぎ落としたもの、というのが我の見解です。ゆえに、魔術の対抗手段が魔法相手に使えるのは自然なことなのですよ。」
ちょっと心配なので【ホワイトフレイム】を浮かべて【抗魔相殺】を使ってみる。
白い炎はかき消え、魔法陣はコーヒーにミルクを入れたときのように歪んで使い物にならなくなっていた。
「お見事です。」
ドアの首飾りをある程度作ったら、【抗魔相殺】の木札を量産しておこう。
忍は山吹と過ごすことが多くなった、魔法、魔術、武器での戦闘の練習をしていたからだ。
その頃、ニカ、白雷、千影の三人は変身の練習をしていた。
「へんしんはイメージをきちんとつくることがだいじ、です。はくらいさんはからだはちゃんとできてますから、おかおをひとっぽくしましょう。」
「プオォッ!」
「ちかげさんはまずイメージをつくるところから。どんなひとになりたいとか、どんなすがたがにあいそうかとか、かんがえてみてください。」
『忍様の望まれる姿が良いのですが。忍様から千影には教えて頂けないのでどうしても困ってしまうのです。』
忍に聞いても答えはいつも同じだった。
「千影らしい姿がいい。参考にするなら、ニカも山吹もスキップも美人だし、冒険者ギルドの受付の人達も美人ばっかりかな。ただ、女性の姿の方がいい。男と子作りは流石に無理だ。」
忍は千影にとって恩人であり全てと言っても過言ではなかった。
人の姿を取ることで忍と過ごせるのは身に余る光栄であり夢であったが、嫌われるような姿を選んでしまったらという恐怖が大きな壁になっていた。
白雷はすでに大まかな形はできている、歩く練習がうまくいけば顔が人っぽくないのはカバーする方法がいくらでもあるだろう。
千影は今まで忍と過ごした時間を思い出していた。
「ちかげさん、なにかおもいついた?」
ニカが話しかけてくる。
しばらく白雷の歩く練習に付き合っていたが、どうやら休憩にしたようだ。
『忍様は白雷と寝るのがお好きでした。千影も何度か一緒に寝たことがありますが、千影の影分身の姿がお気に入りのようでした。』
「しのぶさん、どうぶつすきだよね。わたしもかわいいとおもうよ。」
千影は忍にとって愛玩動物なのだろうか。
愛玩動物であることに問題はなにもない、しかし、もし忍が動物として千影のことを好ましく考えてくれているのなら、人の姿はむしろ好まれないのではないか。
『ニカ、まだのようです。今度にします。』
「うん。はくらいさんもちょっとだめそうだから。しのぶさんにそうだんしてみよう。」
「プオッ!」
すでに白鯨の姿に戻った白雷がさっさと忍の方に飛んでいく。
ニカを守らなければならないのに、置いていってしまうとは、やはり野生の獣なのだろう。
千影も忍のもとにすぐに行きたいというのに。
『忍様は、どんな女性が好みなのでしょうか。』
「うーん、あ、ぎゅってだきついたとき、しのぶさん、すごくてれちゃうの。おとこのひとも、むねやおしりをみてくるから、おおきめなのがすきなんじゃないかな?」
『なるほど。しかし大きな胸はニカの特徴です。それに山吹が抱きついても照れていました。』
「たしかに、こう、スラッとしてるよね。むねとかおしりはないかも。」
『……千影らしいとはどんなことなのでしょうか。』
考えれば考えるほど、わからなく、恐ろしくなっていく。
千影は思考の迷宮にハマっていた。
「主殿は右利きなのになぜ左で剣を扱うのですか?」
「右は魔法を打つし、剣が戦いの主軸じゃないからかな。」
山吹が休憩中に質問をしてきた。
忍は普段から赫狼牙を左手で扱っていた、練習のときは木の棒だが、やはり左手で扱ってばかりいる。
「しかし、あの扉を切った剣は右手で扱っていたゆえ、右でも剣は扱えるのでしょう?」
たしかに、ソウルハーヴェストを扱うときは忍は右手に持っている。
山吹、よく気がついたな。
「実は、左手の剣技はこちらの世界に来てから練習したんだが、右手の剣技は昔からやってた剣技のものなんだ。剣技が違うと癖も違うから左手を覚えるときに右手は使わないようにした。説明が難しいな。」
忍の左手の剣技はこちらの世界の剣技であり、神々の耳飾りで型を覚えながら練習したもの。実践的な剣技だ。
魔法の補助として覚えているのもあるし、効き手ではないため攻撃をするには多少の不安もあり、得意なことだけをすることでそこを補ってきた。
野球が左手だけでボールを捕るように、左手の剣技は防御とカウンターだけをひたすら練習した。
対して右手の剣技は忍が元々練習していたもので、一般的なオタクの練習した剣技である。
すなわち、忍者、戦隊、騎士、侍、古今東西キャラクターの必殺技だ。
かっこよさ重視なのか本物の剣技が元になっているのかさえわからない、使えるかどうかもわからないような技の数々。
しかし忍の体はそれらを覚えている、右手でこちらの世界の剣技を使うとどうしてもそれらの動きに引っ張られるのだ。
ちなみに、中心となる体捌きは殺陣や忍者を参考にしているため、もはやほとんど我流剣術といったところであろうか。
学生時代はさんざん練習したし、決められる技を動きに組み込んでいるので演舞としては機能する。
しかし、実際の戦闘力といわれると怪しかった。
「その剣技、ぜひ拝見したいです。」
「いや、ちょっと……。」
「主殿の本気なのでしょう!ぜひ一度手合わせを!」
「しのぶさんのほんき?」
そこにちょうどニカたちが帰ってきた。
白雷もいつもならまっさきに近づいてくるのに少し離れたところでこっちをじっと見ている。
『忍様が武芸で本気を出されるのは、千影も見たことがありません。ぜひ。』
「いや、ぜひ、っていわれても。」
なんだか引くに引けない雰囲気になってしまった。
むこうを見ると山吹がヘルムを被り直し、大きめの木の棒を振って感触を確かめている。
もう何を言っても一度打ち合ってみないと収まらないだろう。
ああ、死が見える。
「山吹、死なない程度に加減してくれ…。」
「大丈夫です。所詮は木の棒ゆえ。」
なんかオーラが出ている。マジだ。
忍はお通夜ムードで丈夫そうな木の棒を拾って下段に構えた。
対して山吹の構えは剣を上段に掲げるような、ハンマーと同じ構えであった。
フルプレートで防御はバッチリなのだ、実に合理的である。
山吹は彫像のように動かない。
忍は構えを変えた。
棒を真横にして掲げると、ジリジリと近づいて正面からまっすぐ一歩踏み込んだ。
山吹は頭を狙いすまして棒を真下に振り下ろす。
両者の棒がぶつかる瞬間、忍は切っ先を引いて斜めに受けた。
山吹の力を正面で受けたらそれだけで棒が折れてしまうからだ。
振り下ろされた棒は忍の棒に沿って左側に受け流され、切っ先を通り過ぎた瞬間、バネのように力をためた棒が山吹のヘルムに振り抜かれた。
バギィッと音を立てて棒が折れる。
斜めに受けたとはいえ山吹のパワーだ、打ち込むところまで棒が保ってくれたのが奇跡だろう。
「わー、降参、降参!武器折れた!!」
そう言って飛び退いたが、山吹は動かない。
思いっきり振り抜いてしまったが、ニカの魔法でも大丈夫なヘルムなのだ。
ドラゴンは体の強さも半端じゃない、このくらいでなんとかなるはずはない。
山吹はしばらくして動き出すとフルプレートのままでまさかの土下座をした。
流れるような動きは変わらず、この厚手の金属鎧が音もしない。
それはそれは見事な土下座だった。
「主殿、申し訳ございません。我が身の未熟をお許しください。」
「いや、確かに勝ったけどそこまですることじゃなくない?」
『忍様、あの一撃は山吹だから受けきれていますが、普通の鎧が相手なら殺せています。』
「我は過信ゆえ、主殿の受けを力任せに潰してしまえると考えておりました。浅慮さから頭部への一撃にも何一つ反応できておりません。もし赫狼牙であれば、我はこの世にいないでしょう。ものすごい剣術です。」
なんか予想外に山吹がへこんでいる。
あと、なんか剣術の評価がめっちゃ高い。
「一瞬で理解が追いついていないです。ぜひ、手ほどきを。」
「いや、ダメだ。……秘剣なんだ。」
手ほどきとか言われても忍も語れるほどのことはやっていないのである。。
縦に切リつけた後、くるりと敵の後ろにまわりこみ真横に斬りつける技。秘剣・十文字。
実際に人が四つ切りになるかは分からないが、たしかに一撃目で相手は絶命するだろう。
秘剣、秘剣だ、嘘ではない。
右手の剣技はそういうことにしておこう。
「ざ、残念です。」
「すまないな、というか頭をあげてくれ。こっちが申し訳なくなってくる。」
騙しているような気になったが、変なことを教えて山吹が怪我をしても困る。
この秘密は墓場まで持っていかなければならないかもしれない。
『忍様、魔術師としてだけでなく剣士としても一流なのですね。』
「わたし、ほんとにすごいひとにひろってもらったんだ。」
千影が剣士としても一流と発言したのを皮切りに、白雷がめっちゃすり寄ってきている。罪悪感が凄い。
ただの太ったおっさんニートにこの羨望の眼差しは荷が重すぎた。
胃がしくしく痛むのを感じる、備えはするがいざというときなんて来ないでくれと切に願う忍であった。
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