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火の魔法と竹林

 二度寝から起きると、テントの中は真っ暗だった。


 『主、おはようございます。』


 千影の声が頭に響く。

 戻ってきているようだ。


 「おはよう、まだ夜なのか?」


 『いえ、もう日が昇っております。千影は陽の光に弱いもので、テントの暗がりに入らせていただいておりました。』


 「ああ、そうか。」


 忍は影の書の記述を思い出した。

 精霊はこの世界のどこにも普通に存在している。精霊にはそれぞれの領域があり、それは時間帯だったり、場所だったり、物事の事象そのものだったりするらしい。

 闇の精霊は昼間なら暗がりや濃い影に存在はするが、力がかなり弱くなる。

 日光にさらされたような場合には、消滅する危険もあるのだ。


 「ありがとう、日が昇っても帰らないでいてくれたんだな。」


 精霊と契約して使役する場合、命令が終わると精霊は消える。

 何かを頼みたいときにはその都度呼び出すと影の書には書いてあった。


 『それが、夜中に主が起きたときに一度帰ろうとしたのですが、できませんでした。主にはなにか心当たりがありますか?』


 「あー。」


 たぶん、問題の能力【真の支配者】のせいだよな。

 さて、どう説明したものか。

 それに、昨日は眠すぎて気にしていなかったが千影はものすごく流暢に喋る。

 それはつまり最低でも上級以上の精霊だということで、もしかしたら有用な情報を持っているかもしれない。

 契約の魔術にリスクは書いていなかったが何かないとも限らない。

 しかし【真の支配者】を信じるなら千影は私に絶対に逆らえないのだ。


 「決めた。全部話す、今から話すことは他言無用だ。」


 忍は自分が神に召喚された人間であること。王墓での顛末。【真の支配者】の能力とその内容について洗いざらい話した。


 「私がこの能力に気づいたのは昨晩叫んだときだ。この契約は普通とは違うものなのかもしれない。」


 『わかりました。おそらく千影は従者になったので、勝手に主の元を離れられなくなったのでしょう。主が帰れとおっしゃれば帰れるはずです。お邪魔であれば帰れと命じてください。』


 千影はあっさりと納得したようで、状況を分析して教えてくれた。


 「話が違うとか、言わないの?責められるだろうと覚悟していたんだけど。」


 『主は正式な手順で千影と契約したのです。前提条件が変わったところで結果は変わらなかったでしょう。誰かにお仕えしたことはありませんので至らぬところもあるかもしれませんが、末永くよろしくおねがいいたします。』


 「こちらこそ、よろしくおねがいします。」


 物分りが良すぎて忍は恐ろしく感じたが、同時に大人な対応をした千影を少し尊敬したのだった。


 外に出てみると太陽はまだ低めの位置にあった。

 こんなことなら日時計の見方を覚えておくのだった、時間がなんとなく分かればなにかの役に立つかもしれなかったのに。


 『本日はどうされますか?』


 「魔法の練習をしながら夢に出てきた魚を探してみようかと。千影にもついてきてほしい。」


 『仰せのままに。では、失礼します。』


 千影は忍のマントの中にシュルシュルとその巨体を滑り込ませてしまった。


 「すごいな、あんなに大きく見えたのに。」


 『千影は肉も骨も持ち合わせておりませんので。』


 さすがは精霊、改めてファンタジーを実感する。


 「荷物を片付けて上流を目指す。ついでに色々調べてみよう。手伝ってくれ。」


 『はい、何なりとお申し付けください。』


 忍の見つけた川は幅があり流れが早い、水は透明というほどではないがそれなりに澄んでいる、中流と上流の境目くらいだろうか。

 体の疲れが取れたこともあって、周りを見る余裕も出てきた、川の周りの森には虫や鳥、小動物らしきものが散見された。

 気温が暖かかったのもよかった。

 肌寒くはあったが冷え込まなかったので火がなくても夜が越せた。

 上流に移動しながら大きな岩や木を見つけると、忍はダッシュして触って回った。


 「ぜー、はー、千影、同じくらいの速さの、生き物、知ってる?」


 『そうですね、ブッシュアンテロープなどでしょうか。』


 「耳飾りさん、ブッシュアンテロープ、って?」


 『ブッシュアンテロープ。山林に生息する中型の草食性魔物。動きが素早く捕獲は困難だがオスの角は立派なものだと高値で売れる。食用、美味。田畑を荒らすことがあり、農村では害獣とされている。』


 説明の声が流れてくると同時に頭の中に映像が浮かぶ。

 ブッシュアンテロープはどうやらヘラジカのような魔物らしい、しかし茶色の体と角にシマウマのような黒い縦縞が入っていた。

 大きいようで体高が二メートルくらいはありそうに見える、リアルな迫力があった。


 道中、忍は思いつく限りの疑問を聞き、千影はそれらに丁寧に答えてくれた。

 しかし、精霊というのは知識欲に乏しいらしく、精霊のこと、魔法・魔術・呪いのこと、たまたま見聞きしたことくらいしか正確な答えは帰ってこなかった。

 千影の話から拾える名前を、耳飾りで検索することで忍は少しずつ世界への知識を深めていった。


 「ここらへん良さそうかな?」


 しばらく歩くと木々がまばらになり、開けた河原があった。

 忍は足を止めて耳飾りに話しかける。


 「耳飾りさん、簡単な火の魔法おしえて。」


 『初級の火の魔法は【ファイアブラスト】【ホワイトフレイム】です。』


 【ファイアブラスト】はよくある火を飛ばして攻撃する魔法だった。こぶし大の石を狙ったのだが一発で砕けた。なかなかの威力だ。

 【ホワイトフレイム】は明るい火を出してランプのように周りを照らせる魔法であり、ふよふよと飛びながらついてくる人魂みたいなものだった。触っても熱くないし、空中で固定して指定の場所を照らしておく事もできる。

 どちらもすぐに使えるようになった。

 

 千影によるとこの世界には大きく分けて魔術・魔法・呪いという三種類の魔力の使い方があるらしい。


 魔術は魔力を色々な方法で利用しやすく変換して使用するため、魔力を用意して儀式ができれば誰でも使える。しかし、魔力の消費が膨大で、使い手の腕や体調で威力もまちまちの上、儀式の内容を覚えるのにはかなりの努力を要するため、実践するのは至難の業というのが本当のところらしい。

 忍が闇の精霊である千影を呼び出せたのは魔術だったからということが判明した。


 魔法は魔力の変化を光・闇・土・風・水・火の六系統に、その上で簡単に覚えられる使用法に絞ってマニュアル化したもので、効果は安定しているのだができることが限られる。また、才能のない系統は使えないという制約もつく。ほとんどの魔法は詠唱で発動し、慣れてくれば詠唱なしで発動することもできる。ここ数百年で人が使い出し、現在はこの形式が魔力を利用するときの基本となっている。千影いわく魔術に成功した主ならすぐに使いこなせるようになるとのこと。


 呪いは魔物などが無意識に使ってくることがほとんどで毒や病に似た症状を発生させるようだ。これに関しては千影もそんなに詳しくない。


 これらは本来なら使いすぎると魔力切れをおこすそうなのだが。


 『主であれば、その程度の魔法なら百や二百打っても魔力は切れませんので、ご安心ください。』


 とのことなので、考えないことにした。

 まだ無詠唱では発動しないので連射はできないが、素人の振り回す忍者刀よりはよっぽど頼りになりそうだった。

 頭の中で呪文をくりかえしながら、忍はまた歩き出した。


 太陽が頭の上を通り過ぎた頃、徐々に川幅が狭くなり大きな岩が増えてきた。

 渓流というにふさわしい景色に感動しつつ歩いていると、ふと足が止まる。

 川べりに特徴的な植物を見つけたのだ。

 細長く高い樹高に特徴的な節を備えたその姿はまさしく日本人に馴染み深いあの植物であった。


 「竹林だ!この世界にも竹がある!」


 忍は一も二もなく走り出した。


 竹はサバイバルをする上でとても使い勝手の良い植物だ。

 水筒、罠、日用品、竹で代用できるものはかなりの数存在する。

 また、竹には抗菌作用もあり、香りがいいので食材の癖を和らげ食中毒を防いでくれる効果もあり、あまり知られていないが、竹の葉はお茶にもなるのだ。

 

 『おまちください。』


 千影の静止に忍は急ブレーキをかけた。少し遅れて気がつく。

 宝の山に目がくらんでつい走ってしまったが、竹林の少し奥で竹が揺れている。


 『なにか、来ます。おそらく中型くらいですね。』


 「……わかった、試しに迎え撃ってみよう。」


 この時、火の魔法という攻撃手段を得た忍は調子に乗っていた。

 ゆっくりと竹をかき分けて出てきたのは、茶色いブチのパンダであった。

 

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