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ならず者と大量発生

 ジョーヒルの街は夕日に照らされて赤く染まっていた。

 高い建物があるわけではないが、どこにいっても露天がたちならび、様々な果物や野菜が店頭を彩っている。

 店舗は金細工や宝石細工の看板が多く並び、飲食店も数多く立ち並んでいた。

 雑貨屋の前に並べられた日用品には用途がわからないものも多く、それらを手に取る人も服装や雰囲気が少し違っていた。


 「もしかして、ビリジアンのひとなのかな?」


 ニカも同じようなことに気がついたらしく、そんなことをつぶやいた。

 たしかに、洋服も革製品が中心で、弓矢を持っている人も散見される。

 ビリジアンは狩猟も日常的に行われているという話だったので、革製品のほうが忍たちの着ているような綿製品よりも安価なのかもしれない。


 「そうかもね。国の関係も悪くないみたいだし、そのうち試しに行ってみるのもいいかも。」


 食べ物が豊富そうで農業も発展していると聞く、【栽培上手】のためにいい種や苗を探しに行くのもいいかもしれない。

 実際に食べるのは忍だけなのだが、美味しい食事は譲りたくない。


 「スカイエも二本育てたのは考えなしだったな。」


 ニカと二人で育てはじめたスカイエはどんぶりのような鉢に植え替えをしたあと背丈が一メートルほどになり、従魔車の中で葉を茂らせていた。

 ニカは一生懸命お世話をし、御者席に座る時、となりに鉢を置いて陽の光を浴びさせたりしていた。

 しかし、一方で棘があることも発覚してしまい、ちょっと危ないのでどうしたものかと考えているところだった。


 「あ、しのぶさん!スカイエうってるよ!」


 ニカが見つけたのは緑のものではなく数個売れ残った黄色のスカイエだった。

 どこからどう見てもレモンです、本当にありがとうございました。

 さすがにこの時間だと、青果類は売り切れたり少量残っているものばかりではあったが、スカイエも栽培すれば売れる果物だということがわかったのは収穫だった。



 「旅のペースが早いのもあるが、各街で大銀貨四、五枚づつ稼いでいくと冒険者ギルドだけでやっていけるな。」


 本来、薬草集めなどの収集系の仕事は日銭を稼ぐために貼り出されている依頼だ。

 簡単には集まらないし、乾燥などの加工で日持ちもするような物が指定されている。

 それらを売って利益を出すというのは難しいのだ。

 毎度心配になってしまうのだが、こんなに集めてきてしまって、果たして街道沿いの植生は大丈夫なのだろうか。


 『仰せのとおり、取り尽くさないよう配慮しながら集めております。ご安心ください。』


 千影は生来の真面目な性格もあり、仕事をしていないと落ち着かないところがあるらしい。

 待機を命じるとなにかにつけて仕事がないかと問いかけてくるのだ。

 ずっと旅の間は影分身の烏を使って薪や収集品を集めてもらっている。

 忍も最近は収集品を一定量貯蔵したら、全て冒険者ギルドに売ってしまっていた。


 手続きをしている間に、ニカと山吹が従魔車から事前に出した麻袋を運んでくる。

 ここらへんの流れももう慣れたもので、待合室もそれぞれ興味のあるところで過ごす時間になっていた。


 なので、表面化していなかったこともおこるようになるわけである。


 「お姉さん、ひとり?せっかくなら俺らとパーティ組まない?」


 「まにあっています!」


 「そういわずにさ、なんなら護衛もタダで受けちゃうよ?」


 ニカが販売コーナーで男性三人に絡まれていた、

 忍が変な様子を感じ取ったので近づいていくと、男たちを無視して走り忍の後ろに隠れた。


 「この子がなにかしましたか?」


 「いーや、おっさんみたいなトロそうなのじゃなく俺らとパーティ組もうって言っただけさ。おっさんからも言ってやってくれよ、腹が重くて動けませんってな。」


 忍は自分の見た目がなめられるのを知ってはいたが、ここまで初対面で馬鹿にされるのも珍しい。

 もしかしてジョーヒルは治安が悪いのだろうか。


 『殺しましょう。』


 千影が速攻で物騒な提案をしてくる。

 しかし、冒険者ギルドで事件を起こすのは流石にまずい。


 「この子は私の大切な仲間です!お引取りいただきたいですね!!」


 大きな声で宣言してみた、山吹が気づくというのも大事だしギルド内に偉い人がいるのなら仲裁に入ってくれるかもしれない。

 しかし、受付の奥から飛んできた言葉はそんな甘いものではなく。


 「外でやんな!ギルドのものを壊したら承知しないよ!!」


 ここの受付のお姉さんは男前のようだ。

 冒険者ギルドに限らず、受付をしている人々は性格が様々でも容姿が整っている。

 お姉さんが嫌そうな顔をしているが、男どもはなんでか退かない。


 「あっはっは、外に出る勇気があるかいおっさん!無いならそいつは俺らがもらってくぜ!!」


 どれだけ自信があるんだ、しかも要求がめちゃくちゃだし。

 それとも本当に強いのか。


 「べつにいいですけど!本当にみなさんが強いなら手加減できませんが!よろしいですか!」


 もう一度大きな声を出すが、ギルド内からの援軍は期待できないようだ。

 こちらに来た山吹に肩掛けとニカを任せる。


 「ごめん、行ってくる。」


 「しのぶさん、きをつけて。」


 山吹のフルプレートに男どもはギョッとしたようだが、ついていくのが忍ひとりだとわかると強気な態度を崩さなかった。

 冒険者ギルドの外は従魔車も通れるくらいの広さだったが、日が落ちたこともあり人通りはまばらになっていた。

 三人の男たちは忍が出てきても特に襲いかかってくる気配はない、特に何も言われないままでいると野次馬が集まりはじめ、人垣の中から賭けの胴元のような声まで響きはじめた。


 「よし、そろそろいいか。黒衣の薬草売り!俺らの伝説のはじまりはあんただおっさん!!」


 なんだかわけのわからないことを言って三人は散開し、二人が忍に襲いかかってきた。

 革鎧に武器という同じような装備をしていたが、一人は後ろで呪文を唱え始めている。


 「水よ凍りててきゅ」


 反射的に魔法使いの舌を痺れさせる。

 【アイスコフィン】の詠唱は止まるが残り二人の突進は止まらない、武器は斧と剣だ。

 斧の方に【ウォーターガッシュ】で水を浴びせて忍は後ろに飛んだ、斧は怯んだが剣はそのまま追いかけてくる。

 水を放出したまま今度は剣の方に水をぶっかける。春先といえど夜は寒い、水浴びは効くだろう。

 水で牽制しながら大回りに走り、舌を痺れさせていた方の手で飛熊を抜いてすばやく魔法使いの首元に突きつけた。そのまま人質を取るようにナイフを突きつけたまま後ろに回る。


 「魔法使ったら喉を刺します。ここらへんにしません?野次馬のみなさんもびしょ濡れですし。」


 派手に水をまいたので周りにいた人々にも頭から水がかかっている。

 おそらく無事なのは忍だけだ。

 剣と斧は仲間を犠牲にしてまで襲ってくる気概はないようだが、ここまでやった手前、水をかけられたくらいで降参するのも難しいようだった。


 『忍様、襲ってきた理由が気になります。魔術師の記憶を洗う許可をお願いします。』


 たしかに、忍のことを変な名前で呼んでいたな。

 よし、千影に任せよう。


 「降参しないのなら、この人はいらないですね。」


 忍がそう言うと魔術師の男の体が闇に飲まれてビクンビクンと跳ね出した。


 「や、やめろ、頼む!!」

 「すまなかった!!降参する!!」


 ほぼ同時に泣きが入ったので千影を止める。

 黙って意思疎通できるのは本当に便利である、千影には記憶を洗うついでに脅し程度にお仕置きを許可したのだった。

 気絶した魔術師をその場に寝かせる。


 「じゃあ、そういうことで。今は気絶してるだけですが、これ以上迷惑をかけるようなら……。」


 「す、すまなかった!文句はねぇ!勘弁してくれ!!」


 魔術師を回収してくしゃみをしながら謎の男性パーティは夜の街に逃げていった。

 冒険者ギルドの中に戻るとなんだか見られている気がする。

 色々と気にはなるがまだ宿も探せなばならない、忍たちは収集品の報酬を受け取ると急いで宿屋を探しに出るのだった。




 宿の部屋で、千影が魔術師から読んだ記憶のことを報告してくれた。


 『黒衣の薬草売り、という噂が流れてしまったようです。大量の薬草を持ち込んでくる黒マントの冒険者とのことです。』


 「主殿ですね。」


 『それが、荒稼ぎしているけれど強くないという噂だったようで、パーティの名を上げるのに襲ってきたようです。あの三人はこの街でそこそこのパーティのようですね。』


 そう言われてみると魔法使いが詠唱した【アイスコフィン】は水の魔法の中級だ、十分優秀な部類なのだろう。

 ただ、どうもやっていることが三下っぽいのが気になる。

 しかし噂となるとこのあとも同じような絡み方をしてくるやつが出てくるのだろうか、山吹はともかくニカは現状自分を守れない。

 行動に制限がかかりそうなのが嫌だな。


 「主殿、噂には噂。ちょうどいいのがありましたゆえ、討伐依頼を受けてみてはどうです?」


 「ちょうどいいの?」


 そういえば山吹は依頼の掲示板を読んでいた、現代の文字に慣れるためと聞いて納得していたが。


 「フォールスパイダーが国境の森で大量発生しているゆえ、討伐パーティを募集しているそうです。朝、冒険者ギルドに集合し、夕方には帰ってくる一日仕事です。」


 「まあ、一日くらいなら支障はないけど、それ何か意味があるのか?」


 「フォールスパイダーは昼間は木の上で寝ています。強さはそんなでもないゆえ、千影殿に索敵してもらえば一日で狩り尽くすことも可能でしょう。ギルドが手こずっている討伐依頼をこなせば、実力を疑うものは少なくなるのではないでしょうか。」


 なんだかすごい自信だ。

 数が相手の戦闘はいい思い出がない、しかし、このままというのも気になるので手は打っておきたい。


 「皆の意見を聞きたい、賛成なら手を上げて。」


 山吹、白雷、千影の烏は速攻で手を上げて、ニカもおずおずと手を上げた。

 ニカも怖い目にあっているし、ここはナメられてはいけないところだ。


 「わかった、ニカはお留守番でほか四人でいくの?」


 「いえ、主殿と千影殿、白雷の三人ですよ。白雷に乗って上から狙い撃ちするんです。」


 「プオッ!」


 「あ、山吹が倒すわけじゃないのね。」


 「当然です。主殿が強いことが示せなければ意味がないゆえ。」


 その後、山吹からフォールスパイダーの習性を聞き、作戦を立てた。

 殺す前提なので普段は避けている殺傷能力の高い魔法を使うことも力を示すのには有効といわれてしまった。

 しかしそれをやると魔王への道に一歩近づいてしまう。

 忍の悩みは尽きなかった。


 次の朝、冒険者ギルドに集合すると数組のパーティが集まっていた。

 昨晩の三人組もいる、忍がペコリと頭を下げると向こうはそそくさと端の方に逃げた。

 受付で手続きを済ませ説明を聞く、討伐したら証拠に牙をとってくること、糸がいい値段で売れるのでそれだけはきちんと回収するのがおすすめとのことだった。

 腹を割いて粘液袋を集めるらしい、ボボンガルでは織物が有名とのことだ。


 「いいか!フォールスパイダーは小型に分類されるが、俺たちと同じくらいの大きさがあるし、毒もある!囲まれないよう最新の注意を払え!!健闘を祈る!!」


 森の入口でギルド職員らしきおっちゃんがそう叫ぶと、各パーティバラバラに森の中に入っていった。

 千影は朝から烏となって遠巻きについてきているので、森についた瞬間から索敵を開始している。


 「よし、白雷。よろしく。」


 「プオッ!」


 白雷に大きくなってもらい、手綱をつける。


 「あんたはえらく呑気だな。一人で大丈夫なのか?」


 「プオオォォ!!」


 「おっと、すまねぇ。二人か。」


 「ははは、たぶん大丈夫だと思いますよ。そういえば普通のパーティって一日で何体くらい倒してくるんですか?」


 「そうだな、三、四人で十五も倒せばいい稼ぎになるぞ。あんたが昨日返り討ちにした奴らがそのくらいだ。」


 白雷にまたがる、ずいぶんと久しぶりな気がした。

 手綱をきちんと確認しながら会話を続ける。


 「……あの人達って普通なんですか?」


 「若気の至りってやつさ、実力的には中の上ってとこか。経験が足りんが。」


 「そうですか、あまり絡まれたりしたくないんですよね。とりあえず頑張ってみますよ。」


 「おう、死ぬなよ。」


 『忍様、一八匹補足しております。』


 『忍、右?左?』


 「では、いってきます。白雷、左から行こうおぉ?!」


 気分を良くした白雷はすごい速さで飛び出した。

 忍はなんとかずり落ちないように耐えきり、千影の見つけた目標のところへたどり着いた。


 フォールスパイダーは大きな木の上から一気に下降し、獲物をとらえて毒を注入する。

 麻痺した獲物を咥えて木の上まで登っていき、貯蔵する習性を持っていた。


 「【アイスコフィン】じゃ腹を裂けないし牙もとれない。やっぱ使うしか無いか。【アイシクル】。」


 忍の手から尖った氷の塊が蜘蛛の胸部に向けて発射された。

 蜘蛛は木の幹に磔になる。


 「初級なのに他の魔法よりも一段威力が強いんだよな。【ロックスタブ】みたいに当てづらいとかもないし。」


 威力があるので、意識的に避けてしまっている魔法の一つだった。

 【ウォーターガッシュ】は攻撃に使えるだけで、実は攻撃魔法ではないのだ。

 蜘蛛は動きを止めたが、まだしばらくは死なず、死んでも反射で動くらしい。

 飛熊の切れ味はお墨付きだ、お腹側のほうが柔らかいが背中側から刃を入れても問題なく体を引き裂ける。

 忍は先に粘液袋を回収すると微妙に動く蜘蛛の牙を落として討伐を完了した。


 「うーん。グロい。そしてくさい…。」


 肉のように食べられるもののためにこういうことをやるのは納得できる、しかし、どうも討伐というのは気がすすまない。

 できれば買い物ですませたいと考えてしまう。


 「まあ、害獣駆除は冒険者の仕事としての王道。冒険者ギルドに入ったならやっておくべきものだ。」


 この世界はゲームっぽいが現実だ、常にそれを確認していかないと暴走してつまらないことになりかねない。

 できるだけ戦果を上げるため忍は次のターゲットに急いだ。


 「しかし、多いな。」


 『この近くであと九匹補足しております。』


 開始して早々だが忍はすでに三十近くのフォールスパイダーを討伐していた。

 しかし一向に減る気配がない、大量発生とはよく言ったものだ。

 持ってきた革袋もすでに粘液袋と牙で一杯になってしまった。


 「ギルドの人に話して、一度糸と牙を売りに行くか。」


 白雷に乗っていけば昼過ぎには森に戻ってこれるだろう。

 ギルドには白雷とニカが待っていた、糸と牙の換金役を受け持ってくれるようだ。

 追加の革袋も購入し、街を往復してまた蜘蛛を狩る。狩る。狩る。

 牙が増えていくにつれ、たしかに討伐しないとヤバい数だと実感した。

 こんなに倒しているのに一向にいなくなる気配がない。


 「なんだってこんなに増えたんだ?」


 『よくはわかりませんが、ビリジアンの国王が変わったせいというのが昨日の魔術師の見解のようですね。』


 国王が変わって蜘蛛が増えたってなんでだ。

 フォールスパイダーの養殖でもはじめたのだろうか。


 最終的に忍が討伐した蜘蛛は百十六匹だった。

 一匹につき大銀貨一枚の依頼だったが、粘液袋の報酬も合わせて最終的には大銀貨百七四枚、金貨にして一七枚とちょっとという大金になってしまった。


 「粘液袋を取り出すのに手間取らなければもう少し狩れてたかもしれません。」


 受付でポロリと漏らすと、もはや忍たちにちょっかいを出す輩はいなくなった。

 黒衣の薬草売りが蜘蛛殺しと呼ばれるようになった瞬間であった。

 周りの視線の質が変わり居心地の悪くなった忍は、早々にボボンガルへ出立することを決めた。


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