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山吹のご褒美とニカの魔法


 「見えてきました、この街で休みましょう。」


 明け方近く、三連続で通る最後の街が見えた頃だった。

 ガラックを足早に去ってきた忍たちであったが、そのまま野営をするくらいなら次の街で一日休もうという山吹の案にのって夜通し従魔車に揺られていた。

 はじめてランプに火をともし、細かな日用品の動作確認もしながらの夜道だった。


 「山吹も夜通し動くと流石にこたえるのか?」


 「いえ、三日三晩くらいなら問題はないですが、主殿とニカにはキツいでしょう。それにご褒美がほしいゆえ。」


 なんかそんなこと言ってたな。

 しかしその後の振る舞いで評価がガンガン落ちたのだが、どうしてくれようか。

 忍はちょっと変な顔になりつつ会話を続ける。


 「千影だけでなく白雷も寝ないと気づいたときは衝撃だったけど、山吹は休息が必要なんだな、覚えておこう。」


 「白雷もですか?」


 「うーん、休んでいるらしいんだけど、要領を得ない。空を飛びながら、周りも見えてるけど休んでるらしい。」


 忍の分からない感覚は【同化】しても感じ取れない。

 白雷にも特別な魔物としてのなにかがあるようだ。


 「よし、止まってくれ。ランプを消して街に入る準備をしよう。」


 「了解です。」


 当然の話だが従魔車には車のようにスイッチがあるわけではない、色々なものをつけていても全て人力で使っていかなければならないのだ。

 山吹はフルプレートを着ているので細かい作業が出来ないため、これらは忍かニカが担当していた。


 「山吹、聞いてもいいか?」


 「なんです?前置きがあると気になってしまいますね。」


 「褒美って、何が嬉しいんだ?褒美じゃなくても、なにか欲しい物はあるのか?」


 千影や白雷にも聞いたことがあるが、忍には山吹が喜ぶことなど予想がつかない。

 ニカは人の子供のように扱ってしまうし、白雷は毛皮があるからブラッシングをしてたまたま気に入ってくれた、千影は一番付き合いが長いのによくわからない。

 感謝したい、喜ばせたい時もあるが、何をすればいいかわからない。

 山吹は忍をからかっているだけなのだろうか、なにか欲しい物があって言っているのだろうか。


 「そうですね。自由に走り回って、お腹いっぱい食べて、好きなことだけしていたいです。」


 「そんなんで、なんで角に誓ったりしたんだよ。」


 山吹は角に誓いをたてた、忍が死ぬまで自由はない。

 それどころか死んでも律儀に言いつけを守らなければならない立場になった。

 これは自由とはかけ離れたことのような気がする。


 「仕方がありません。あの時、勝手に口上が出ていましたゆえ。」


 「はい?」


 「主殿の外見は醜男です。しかし、あの扉を切り裂いた瞬間、我は主殿を美しいと感じました。……自然に声が出ていたのです。一目惚れというやつですね。」


 真剣な声に聞こえる、からかわれているのだろうか。

 しかし、ヘルムの下の山吹の顔は伺いしれない。

 準備を終えて御者台に戻る、山吹もハーネスを繋いでいる鉄棒を握りこんだ。


 「結局、褒美って何がほしいんだ?」


 「主殿におまかせします。それが一番面白そうゆえ。」


 山吹の声がからかうようないつもの調子に戻っていた。

 忍は御者台に揺られながら考えたが、何も得られず頭を抱えるのだった。


 ここ、ザウリーの街は泊まる予定がなかったため、何も下調べをしていなかった。

 町並みは普通で魔力持ちはいるもののガラックやパーミスルほどの数はいない。

 ボボンガルは山岳地帯の窪地にあるため、あと一つ街を過ぎたら村が点在するのみのようだ。


 『従魔車が多い街ですね、中央広場に市の準備がされているようです。』


 「今日は市の日なのか。宿屋で寝るには騒がしそうだな。」


 まだ朝が早いため、店などもやっていない。

 忍たちは街中を見て回り、準備中だった冒険者ギルドで時間を潰すことにした。


 「すみません。朝早く押しかけまして。」


 「いえ、ガラックでは大変だったのでしょう。そういう方、たまにいらっしゃいますので。営業開始まではもう少しありますが、待合で休んでいてください。」


 受付のお姉さんのご厚意で待合室で待たせてもらう。

 ガラックで売れなかった分の収集品を準備すると、受付の端に小山が出来てしまった。

 ニカは寝ていたので白雷と一緒に従魔車の中でお留守番。

 チラシコーナーを覗くと市は明日らしい、主催は行商人ギルド、忍も店を出せるようだ。


 「荷物がなければドアの首飾りを売ってみるんだけど。」


 仕事は仕事、半端に他のことに手を付ければどっちも半端になるものだ。

 温泉地なら土産物に売れるかもしれないし、ここは我慢して出発前に覗くだけにしよう。


 冒険者ギルドの営業がはじまり、一番乗りで収集品を預けた。

 しかしギルド内に冒険者は忍たちしかおらず、受付さんがフランクに話しかけてくる。


 「すごい量ですね。」


 「すみません、ガラックでは冒険者ギルドに寄れませんでしたから。」


 「どこから来られたんですか?」


 「シジミールです。」


 「あら、長旅ですね。十日位ですか?」


 十日という期間に違和感を覚える。

 途中で二日ロスしているうえで、ここまでは六日ほどだった。

 夜通し走ったのがあるとして、忍たちは半分ほどの時間で到着していた。

 忍が固まっていると千影が捕捉をしてくれる。


 『山吹のようにずっと走り続けていれば早いのは当たり前です。本来は従魔も休みますし歩きますので、こんな速さでこの距離を踏破することなどできないでしょう。』


 なんか、この街でゆっくりしてもいい気がしてきた。


 「ソ、ソウデスネ。」


 額を汗が伝う、どうしても表情がぎこちなくなってしまう。

 受付のお姉さんはテキパキと作業しながらなので幸い顔を見られてはいなかった。


 「なんか大きな事件があったらしいので、あなたも戻るときには気をつけてくださいね。このあとはどちらに?」


 「ボボンガルに行くつもりです。」


 「あら、羨ましい。温泉ってお肌にいいんですってね。宝石も有名ですからお土産もバッチリですし、楽しんできてくださいね。」


 「宝石ですか?」


 温泉とマッサージに目がくらんで他のことは何も気にしていなかった。

 宝石が出るということは坑道などもあるのだろうか。


 「街で市がたつんですけど、宝石を売る人がいっぱいいるんですよ。お隣のジョーヒルの街はビリジアンの食料品とボボンガルの宝石が集まるので、そこで買い付けて方々に売りに行くみたいです。」


 「いいことを聞きました、検討してみますね。」


 ビリジアン森林国は隣の国だ、地図上は少し離れている気がしたが、次の街は国境が近いらしい。

 国土のほとんどが森で、森とともに生きるというのが国全体の意識となっている国で、大地の神グレーシア教団が国教となっている。

 フォレストレンジャー式はじめてのサバイバル指南のイメージが強すぎてハイテンションな女性像が浮かんでしまう。

 忍はジャスティとの軽快な掛け合いを思い出して少し笑ってしまうのだった。


 宿屋の営業は基本的に昼過ぎにはじまる。

 この街では残念ながら朝から部屋を貸してくれる宿屋はなく、従魔車の荷台でニカと並んで眠ることとなった。

 忍は遠慮しようとしたが、山吹に強く勧められ、眠気にも耐え難く布団にくるまった。

 しばらくしていい匂いで目が覚める、先におきたニカと山吹が露天で食べ物を買ってきてくれていた。

 カラフルな豆のスープと串焼きの肉の匂いは食いしん坊の忍のお腹を大いに刺激した。


 「ありがとう、どっちもうまい。」


 「たべもののやたいがいっぱいだよ。いちのよういをしてるひとにうれるんだって。」


 「主殿には足りないかもしれませんが、つなぎに食べるにはちょうどいい量ですかね。」


 「すまない、皆は食べてないのに私だけ。」


 ニカに水を取り出して渡す。

 ニカ以外の食事は街ではどうしても難しい。

 魔力を与えれば代わりにはなるが、忍は好きなものを食べさせたいと常々思っている。


 「このくらい気にもならないです。というか、我は主殿の岩であれば半年に一回も食べれば生きていけますゆえ。」


 「そんなに食べないの?!」


 「魔物は千差万別です。長期間の断食から回復しておりませんのでちょこちょこ石を食べてますが、普段はそのくらいでした。」


 「わかった、みんな、お腹が空いたら言ってくれ。飢えは辛いものだ。」


 「プオッ!」


 白雷がすごい速さで返事をしたのでみんなで笑ってしまった。

 忍は全然食べたりなかったのでレストランをやっている宿屋を見つけて本格的にお昼を食べる。

 常識の違う異世界、ぽろっと忘れてしまうが、姿形が似ていてもニカも山吹も人ではないのだ。


 宿も無事に決まったので、それぞれのベッドを決めてくつろぐ。

 忍が二度寝を決め込もうとした時、山吹が話しかけてきた。


 「主殿、ご褒美は何をいただけますか。」


 期待に満ちた目を向けてくる山吹に、忍は偉そうな成金風に対応した。


 「ガラックでの反論は見事だったので、マッサージの件は不問とする。よかったな。」


 「……それだけです?」


 「不満かね?」


 不満そうだ、ものすごく不満そうである。

 表情がなにかに似ている、……宇宙猫だ。腹が立つ。


 「では、追加しようか。」


 忍がそう付け加えると山吹の顔が一気に笑顔になる。

 しかしニカは気づいたようだ、忍が追加するのは褒美ではないことに。

 ちゃっかり山吹のそばから離れて忍の後ろについた。


 「反論のついでとばかりに私のことを崇拝すべき支配者とか、超絶技巧の調教師とか、恐れ多くも名前を呼んではいけない我が主殿とか、あることないこと好き勝手喋りまくってくれた件についての罰を与えたいのだが。」


 山吹はガラックで青ローブの二人を言い負かすまでの間、ところどころで忍に対して随分なことを言ってくれていた。

 明らかにわざとだったが、ツッコミまくるわけにもいかず、途中から貝となって、右から左に聞き流していたのだった。

 山吹は藪をつついて蛇を出してしまったことに、ようやく気づいたらしい。


 「し、忍殿?あれは方便でして、いえ、我は忍殿を心から尊敬し崇拝しているゆえ……」


 「そうか、崇拝すべき支配者として罰を与えてやろう。ありがたく受け取れ。【従僕への躾】!!」


 「ぴぎゃああぁぁぁ!!!」


 真っ昼間の宿屋から絹を裂くような、と言うには汚めの悲鳴がこだました。

 ちなみにこの罰の内容を忍は把握していない、悲鳴的には痛そうだが千影の精神攻撃とはまた違う反応を見せている。


 「やまぶきさん、わたしもあれはかばえないよ。」


 ニカは商店街で育っているせいか要領のいいところがある。

 商人としての資質十分だ。


 「大丈夫ですか?!」


 悲鳴のせいだろう部屋の外に宿の人が様子を見に来たようだ。

 ノックされたが、ニカが素早くドアまで行って対応してくれた。


 「ごめんなさい、ベッドにこゆびをぶつけたみたいで。おさわがせしました。」


 そんな言葉を耳にしながら忍は今度こそ心置きなく二度寝をするのだった。





 次の日、忍たちは出発前に市を見て回った。

 宝石細工、金細工、ドライフルーツや鉄鉱石まで売られている。

 ニカは市場調査と張り切ってメモして回っている、白雷と一緒なら滅多なことはないだろう。

 山吹と千影は忍とともに鉱石の店を回っていた。

 【鉱石探知】は石に触ることで場所がわかるが、この市で試しているとその有効範囲は最大で十メートルそこそこといったところだった。

 場合によっては坑道で宝石探しも面白いかと考えていたが、宝石掘りには許可がいるらしい。

 そんな中で人だかりの出来ている店を発見し、忍は人だかりの隙間から売り物を覗いた。


 「これが、最高級鉱石のミスリルだよ!残り一つ、どこの鍛冶屋が手に入れるかな!!金貨二枚からだ!!」


 ミスリルを掲げて競りをしているようだった。

 塊の大きさからナイフ程度の刃物が出来そうな量だったが、最終的に金貨十一枚で落とされていた。

 現実に価格を見るとバンバンの豪気さが怖い、赫狼牙、お前はほんとに大金貨三枚で買えるのか。

 隣の店は宝石細工を扱っていた、店主は痩せていたが土の民の男だろう。

 ミスリルを売っていた店が派手に騒ぐので、こちらには誰も目がいかないようだった。


 「その髪飾りって、幾らですか?」


 忍が目をつけたのは金細工のコームだった。

 葉っぱにとまる蝶の意匠がデザインされている、蝶の羽には紺色の細かい宝石が隙間なくつけられていて葉っぱには朝露のように水色の石がいくつか散りばめられていた。


 「金貨三枚って言いてえとこだが、今日は閑古鳥なんでな。金貨二枚でどうだ?」


 「なにかおまけを付けてくれるなら金貨二枚でいいですよ。」


 「おいおい、すでに一枚まけてるんだぜ。」


 「では、また今度ということで。」


 忍が立ち去ろうとすると男は頭を掻きむしって呼び止めてきた。


 「わかった、負けだ。そこから一つならつけてやる!」


 男はそういうと、一番手前においてあった根付のようなものを指さした。

 しかしそこの根付はどれも微妙に不揃いで、お世辞にもいい商品とは言えなかった。


 「あのですね、私はこれでも細工が多少わかります。ふっかけられて買うほどお人好しじゃありませんよ。」


 「あー…旦那、せめて大銀貨一五枚じゃあ駄目か。」


 「駄目ですね。」


 珍しく押し切って髪飾りは金貨一枚で忍の手に入った。

 恐らくあの店主は騙しきったと笑っているところだろう。

 しかし忍としてもいい買い物だった。


 『忍様、どういうことでしょう。』


 忍は周りの店舗を指さした、同じような意匠の商品が並んでいるが、大銀貨四枚が相場のようだ。

 しかし、あれらの商品にはおそらくいくつかのグレードがある。

 金貨を触って【鉱物探知】をすると金細工部分が反応するものとしないものがあるのだ。

 そして反応するものだけ値段を見てみると相場は金貨三枚くらいだった。


 では、あの店主はなぜ金貨一枚で売ってくれたのか?


 金貨三枚が相場なのに安くするなんてことをするのは、どうしても売りたいからだ。

 あまりにも買い叩かれるのなら売らなければいい、しかし店主は忍に食い下がってきた。

 つまり、店主は価値が分かっていないか、金以外に価値を落とすなにかがあるかなのだ。

 しかし、金細工だけでもかなりいい出来栄えだったので忍はお金を払った、というわけである。金貨三枚で売っているものよりも細工仕事が数段丁寧に見受けられた。


 「それに、山吹に似合いそうだったから。」


 そう言って忍は髪飾りを山吹に渡した。

 フルアーマーの今なら得意の喋りで撹乱されることもあるまい。


 「髪をまとめるのにいいかなと、ヘルムの下ではまとめてるみたいだし。ご褒美だ、喜べ。」


 忍は照れ隠しにそう言ってみたが、撹乱されることもない代わりにリアクションもないので逆に追い詰められた気分になった。


 「しのぶさん、だいたいわかったよ!」


 ニカがメモを片手に走ってくる、市場調査が終わったらしい。

 微妙な沈黙が長引かずに助かった。


 「しかし、私がどんどん楽になっていくが、こんなんでいいのか?」


 『忍様、主人というものは殿に胸を張って控えておくものなのです。』


 千影のその発言に全員がうんうんと首を縦に振っている。


 「そんなこというと、だらけるぞ。もう二度と働かないぞ。」


 「しのぶさん、それはちょっと、だめ。」


 『千影は忍様に賛成ですが。』


 山吹もサムズアップしてるな。

 冗談だったが本当に任せてしまおうか。

 忍は皆で旅をはじめてから集団行動を中心にしているため修練が疎かになっているのを感じていた。

 【成長限界突破】は努力しなければ成長もない、できるだけ日々の鍛錬は積んでおきたかった。


 「そうだな、ニカも魔法を練習して冒険者ギルドの登録をしよう。収集品の売買をニカと山吹に任せたい。出来るか?」


 「うん、わたし、がんばる!ばーん!」


 話を振ったときから楽しみにしていたのだろう、ニカは力強くうなづいたあと、指先から魔法を撃つふりをしていた。

 その日の夜営中、ニカに魔法を教えることになった。


 「ほのおよ、うがて!【ファイアブラスト】」


 「うん、火でもないっと。」


 忍が魔法を覚えた時、属性は神々の耳飾りによって判明していたが、ニカはそうではない。

 そこで、【グランドウォール】に各属性の初級魔法を詠唱しているが、忍の得意属性は全滅だった。

 三つ目の詠唱をする頃にはなかなか出ない魔法に微妙な顔をしていた。


 「しのぶさんといっしょのがよかったな。」


 「まあ、属性は生まれつきらしいから。残りは風、光、闇の魔法。どれから試したい?」


 「じゃあ、ひかり。」


 魔法大全で詠唱を調べてニカに教える。

 ニカは壁に手のひらを向けて、難しそうな顔をしながら呪文を唱えた。

 

 「ひかりよ、はしれ。【ライトライン】」


 人差し指の先から一瞬、斜め上に光が走る。

 指先から出るパターンの魔法のようだ、初級とは言え攻撃魔法である、危ない。


 「なんか、でた。いまのがわたしのまほう?」


 「たぶんそうだ、ちょっと待ってね。」


 石を拾って【グランドウォール】に的を描くと、ニカのところまで小走りに戻る。


 「指先から出るみたいだから、あの的を狙ってみて。初級でも攻撃魔法だから気をつけてね。」


 ニカは感心したように指先を見ていたが、嬉しそうにうなづくと的を指さして力強く詠唱した。


 「ひかりよ、はしれ!【ライトライン】!」


 ニカの魔法は壁の右上に当たった。

 小さな穴があき焦げ目がついているが、貫通はしなかったようだ。

 忍の描いた的からは大きく外れている。


 「あれ?ひかりよ、はしれ!【ライトライン】!」


 今度は的の左側である、命中させるのが難しいのだろうか。


 「ニカ、ちょっと手を見せて。」


 どうやら力みすぎて人差し指が反ってしまっているようだ、二回目は気にしすぎて逆方向にそれたのだろう。


 「両手を組んで人差し指を伸ばして。そうそうそんな感じ。それでやってみて。」


 子供の頃、銃を撃つマネをするときに誰もがやったであろうあのポーズ、忍者でいえば人差し指だけを伸ばした虎の印というところだろうか。

 指が支え合っているので多少はマシになるのではないだろうか。


 「ひかりよ、はしれ!【ライトライン】!」


 ニカの魔法はやっと的の範囲に当たった。

 外周ギリギリだが的中は的中だ。


 「やった!ひかりよ、はしれ!【ライトライン】!」


 そして調子に乗って二射目をあまり狙わず打ってしまった。

 光線は明後日の方向に飛んでいき、従魔車の近くで休んでいた山吹のヘルムに当たってパカンと軽快な音を立てた。


 山吹は無傷だったがヘルムにはちょっと煤がついている気がする。

 世界が凍った、忍もニカも時が止まったように固まった。

 ゆっくりとヘルムをとりながら山吹がこっちに歩いてきた、顔がひきつっている。


 「……主殿、ニカに攻撃は向いていないゆえ。」


 「……そうだな、山吹、すまなかった。【ヒール】するか?」


 「いいえ、結構です。ただ、我でなければ死んでいたゆえ、ゆめゆめご注意ください。弓矢くらいの威力はあるようです。」


 「ニカ、攻撃魔法は身を守る時だけに限定する。一人で練習も禁止だ。」


 ニカが青ざめた顔でこくこくとうなづいた。

 実際にこんな経験をすれば魔法を適当に扱うようなこともなくなるだろう。

 というか、魔法はあんなに当てるのが難しいものなのか。

 【一発必中】のお陰か忍の魔法は外れたことがなかったので全く実感がなかった、反省せねばならない。


 「や、やまぶきさんごめんなさい!ごめんなさい!!」


 ニカがはっと気がついて抱きつきながら何度も謝ると、山吹はため息を付いて背中をポンポンと叩いた。


 「我でよかった、失敗は誰にでもあるゆえ。同じ過ちをおかさぬよう肝に銘じるのです。」


 「…うん。ほんとうにごめんなさい。」


 「魔法の修練はこのくらいにしよう、ニカ、寝床の用意をお願い。」


 ニカは頷くと従魔車の中に入っていった。


 「山吹、改めてすまなかった。本当に怪我はないか?」


 「もちろんです。ニカもまだまだですね。はしゃいで暴発とは。ところで主殿、我にも魔法を教えて頂きたいです。」


 「いいけど、岩や砂の魔術が得意なら土の魔法なんじゃないか?」


 同じように初級魔法を試していく、結論から言うと山吹の属性は風だった。

 そして山吹は一発で的のど真ん中に【ウィンドハンマー】を当てたのだった。


 「難しいのかと試してみれば、まっすぐ飛ぶではないですか。」


 「つまりニカは単純に魔法を飛ばすのが下手なんだな。」


 そうなると話が変わってくるので、ニカに攻撃魔法を打たせてはならないと全員に周知した。教えるのも補助の魔法に絞っていこう。


 「しかし…この装備に最初に傷をつけたのはニカとは…。」


 山吹がそれとなくへこんでいるのもわかったので、その夜は焚き火の前でゆっくり話をした。

 六百年前のことやそれまで山吹が経験したこと、当時の魔術や国、今の街を見て驚いたことなどとりとめなく話した。。

 ニカが帰ってきて、疲れて寝てしまっても、山吹の話は尽きない。

 火に照らされたまとめ髪には、プレゼントした髪飾りが光っていた。


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