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栽培上手と念願のマッサージ

 火災に有力商会の崩壊とシジミールの混乱はまだまだ続きそうだったが、忍たちは出発の朝を迎えた。

 

 「荷物はすべて従魔車の方に積み込みますので、少々お待ちください。」


 ゴランがそう言って地図を忍に手渡す。

 スキップと部下の三人は忍たちの見送りに来てくれていた。


 「お嬢様の件、我々も貴方に感謝しております。どうぞ、今後ともお嬢様をよろしくお願い致します。」


 ファルとまともに言葉をかわしたのははじめてだろうか、サラもお礼を言ってくれたが従魔車のほうが気になるようだった。


 「あの、従魔車の前で準備してるフルプレートって…?」


 「ああ、山吹です。あれで現れたときは全員驚きました。」


 山吹とニカには旅をするにあたって欲しい物をスキップに相談するよう話していた。

 山吹は特注の極厚フルプレートアーマーとカイトシールド、巨大な戦鎚というものすごい注文をしていた。

 なんでも、人として戦場に立つときはこんな感じだったそうで、きちんとしっくりくるよう何度も注文をつけていたらしい。

 少し触らせてもらったが、全てが忍には重すぎてダメだった。

 本人曰く、着ていると絡まれる心配もなくなるし一石二鳥なんだそうだ。


 「あんなので戦えるんですかね?」


 「あれ、従魔の上で使うやつですよ。走り回っているとか異常。」


 サラが青い顔をしながら素直な感想を述べた。

 あれでこれから従魔車を引いていくのだ、外に出ている角と尻尾も相まって別の意味で目立っている。

 出会ったときに石像になっていたのを思い出した、もしかして全身が覆われていると落ち着くのだろうか。


 「武術大会に出てこなくて助かったかもしれませんね。」


 「ファルだって、忍さんが出てきたらまずかったでしょ。」


 このメイド二人は大会の上位常連なのだという、流石はお嬢様付きのメイド、半端ではない。

 武術大会と魔法大会、二人とも出場はしていなかったが、実況席で名前が上がるくらいには有名なようだ。

 千影とはさぞ激闘だったのだろう。


 「地図は受け取られましたか?」


 ゴランとともに荷物を確認していたスキップがこちらにやってきた。

 相変わらず真っ赤なドレスがよく似合っている。

 スキップからついでに荷物を運ぶ依頼をいくつか受けているのだ。


 「ニールの街、ガラックの街の行商人ギルドと……ボボンガルは宿屋に直接届けるのか?」


 「ええ、湖池庵の支配人からの紹介ですの。さらに、この宿で水の魔法を使える人を探しているようで、うまくいけばしばらく無料で逗留してもらってもいいと話がついております。これが紹介状ですわ。」


 湖池庵の支配人は忍を追い出したことを気に病んでくれていたから、探して手配してくれたのかもしれない。


 「ありがたくお受けしよう。スキップもこれから大変だが、何かあったら連絡をくれ。」 


 「商売のことなら心配ご無用ですわ。すぐに軌道に乗せて、きちんと償いをした後、必ずご主人様のもとに参ります。」


 スキップはこう言っているが、道行は険しいはずだ。

 【不老】のせいで時間もたっぷりあることだし、忍はその日を楽しみに待つことにした。


 「しのぶさん、じゅんびできたよ!」


 ニカが忍に声をかけてくる。

 ニカは髪型は変わっていないものの、長袖シャツに大きめのオーバーオール、その上にエプロンを着ている。

 遺跡で見つけた女性闘士用の魔防具もつけていた。

 派手な装飾なので恥ずかしいらしく服の下に隠してしまっているが、いざというときにニカを守ってくれるだろう。

 アクセサリーなのでドレスなどにも合わせられそうだ。


 従魔車の前ではアーマーに身を包んだ山吹があの日の突進と同じ格好でスタンバイしていた。

 やる気なのはいいがあのダッシュ力では一発で従魔車が壊れそうだ、やめさせなければ。


 「スキップ、また会う日まで元気でね。」


 「はい、ご主人様もお気をつけて。」


 山吹に注意して忍は御者台に乗り込んだ。

 荷台にはニカがいて、従魔車の上を白雷が飛び、マントの下には千影がいる。

 冬が過ぎ、春がそこまできていた。

 出発にふさわしいポカポカとした日だった。



 ドドドドドドドドドドド!

 ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン!


 「あははははははは!!」


 山吹が地面を蹴る音とアーマーが擦れる音がする。

 そこに重なるくぐもった笑い声はもはや狂気だ。

 ガシャットの墓に挨拶をしたり、冒険者ギルドで整理した荷物を売ってミネアに手紙を出したり 、細かい用事を済ませてシジミールの街を出てからしばらく。

 長くて広い道に出ると山吹は笑いだし、スピードがどんどんと上がっていった。

 途中すれ違った従魔車はまるで化け物をみるかのように驚いて道を譲る。


 「山吹ー!止まれー!」


 「主殿、まだまだです!最速のその先へ連れて行きますゆえ!」

 

 「山吹!命令!ゆっくり止まれ!!」


 忍が命令をすると山吹はやっとスピードを緩め、数十メートルの後、道の端に止まった。


 「主殿、折角の機会です。なぜ止めるのですか。」


 「荷台を見てみろ。」


 荷台の中ではニカが目を回して倒れていた。

 他のものは乗っていない。


 「ニカ!誰がこんな酷いことを!荷物は盗まれたのですか?!」


 「お前の暴走の結果だよ!荷物は指輪に仕舞ったわ!!」


 ニカは指輪に入れるわけにも行かず、御者台の忍が襟首を掴んでおさえていた。

 幌があったとしても、下手をすれば外まで転がっていったかもしれない。


 「はしゃぐのはわかるが、そんなに走りたいならこの辺で野営するから、そこらを駆け回ってきたらどうだ?」


 「いいのですか?!」


 「ああ、ちゃんとまってるから暗くなるまでに帰ってこい。ただ、従魔車を引いているときは速さよりも安全に気を配って走ってくれ。」


 「しのぶさん、きもちわるい。」


 「すみません。以後気をつけますゆえ、ご容赦を。」


 山吹もわざとというわけではないようだ。ニカも休ませたい、忍は自分の太い足にニカの頭をのせた。

 水を渡すと口から飲んでいる。変身はしっかりと身についているようだ。


 ガラン、ガラン、ガシャンガラガラ。


 山吹が装備を脱いで、ドラゴンの姿になっていた。

 白雷ほどではないがやはり大きい、そして美しいフォルムをしていた。


 「主殿、それでは行ってきます。」


 「迷惑をかけないようにな!」


 長い首と尻尾がなめらかに動き、山吹が走り出すと、数十メートル先でするりと姿が消えた。


 「えっ?!」


 忍がぎょっとしていると千影が説明してくれる。


 『忍様、山吹には土や砂に潜り込むことが出来るようです。ご存知ありませんでしたか?』


 「……知らなかった。」


 この世界はまだ忍の知らないことが山のようにある。

 昼前だというのに山吹と分かれてしまったので忍たち野営場所が決まった、大街道のど真ん中、街と街の中間である。

 白雷は雲を食べに山の方へ飛んでいき、忍はニカをひざの上にのせたまま、千影を烏に変えて周辺の採集をはじめるのだった。


 「ニカ、少しは楽になったか?」


 「うん。でもまだ、ぐるぐるする。」


 『白雷は暴走についてきていましたが、千影の烏では追いつけなかったです。さすがドラゴンといったところでしょうか。』


 ニカを落とさないことに必死で気が回らなかったが、かなりのスピードが出ていたようだ。

 従魔車のダメージも心配になる。

 とはいえ、ニカが復活しないと立ち上がれないので動けないうちに出来ることを考える。

 ふと、能力を確かめていないことに気づいた。


 「耳飾りさん、能力の解析。」


 能力自体の数が増えているが、いくつか名前が無くなっていた。


 「これか、【魔力操作】。」


 常時発動能力【魔力操作】、【魔力耐性】【魔力感知】【魔力変換】【魔力効率】の効果が統一され、強力になる。


 統一されてリストから消えた能力があるらしい、魔力の扱いが上手になったということなんだろう。

 魔法や魔力関係の能力はちょこちょこ増えている、忍には魔術師としての才能があるようだ。

 【魔力変換】【魔力効率】などはどのタイミングでリストに増えていたのかわからない。


『【魔力変換】魔力を変換するときのロスがなくなる。【魔力効率】魔力を使用するときに消費する魔力量が少なくなる。』


 つまり、魔法がもっと軽いコストで打てると考えればいいのか。

 しかし、魔力の量で困ったことはない、どちらかといえば放出疲れのほうが大問題なのだ。

 【魔力耐性】【魔力感知】が強力になったことは喜ばしいので嬉しいといえば嬉しいか。


 「あとは、【圧力耐性】【毒無効】【鉱石探知】っと。」


 常時発動能力【圧力耐性】、水圧や気圧による影響を受けづらくなる。スキップとの契約により付与された。


 イマイチ使い道がわからない、限定的な能力だ。

 ディープパンサーは深海に潜るらしいからそれでなのだろうか。


 常時発動能力【毒無効】、あらゆる毒が効かなくなる。グラオザームの血を浴びたことにより獲得した。


 こんなパターンで能力が増えるというのはびっくりしたが、もう血まみれは御免被りたい。

 ドラゴンだからなのか、それとも毒をはけるからだろうか。

 理由ははっきりしないが、ショーの実のために【リムーブポイズン】をかけないでいいということはありがたい。


 常時発動能力【鉱石探知】、触れている鉱石と同じ鉱石の場所がわかる。集中すれば感度を変えることが出来る。山吹との契約により付与された。


 【魔力感知】と同じなら、かなりの範囲のような気がする。

 試しに赫狼牙に触れてみると、飛熊がほんの少しだけ反応している気がする。

 魔剣である飛熊には少しだけミスリルが混ざっているからだろう。


 そういえば、ニカは出来ることがわからないと言っていたが、【栽培上手】は使えないのだろうか。


 「あとで、ちょっと試してみるか。」


 ニカは忍の腿を枕にしていつの間にか気持ちよさそうに寝てしまっていた。

 こういうのも膝枕というのだろうか、などと馬鹿なことを思いついたが口には出さなかった。

 かわいい寝息を立てるニカの脇で忍はこっそりと準備をすすめた。


 しばらくして忍のお腹が鳴る、身動ぎした拍子にニカも起きてしまったため遅めの昼食を取ることにした。

 ニカは水、忍は肉料理を作っていた。


 「うーん、バラバラ。」


 スキップがいたときは食べ物の話ができたので食事の時間も楽しかったが、この状態だけはなんとも慣れづらいものだ。

 千影は魔力、白雷は雲、山吹は岩や砂、生物として別物なことを思い知らされる。


 「ニカ、もう食べはじめて大丈夫だ。私は作りながら食べるから。」


 「はーい、いただきます。」


 「いただきます。」

 

 『いただきます。』


 ニカがしっかりと挨拶をするので、最近は皆がきちんと挨拶をするようになっている。

 千影も付き合っていただきますとは言っているが、千影の【魔力供給】は寝る前にしているのでふりだけだった。

 忍は焚き火の上にセッティングした薄めの石に肉をのせながら、塩を用意した。

 スキップには冗談だとおもわれていたようだが、これが忍の旅の現実である。


 「肉といえば、獲物の解体は旅の間にしていかないといけないな。暖かくなってくると痛むのも怖いし。」


 ニカが水を飲んでいるジョッキサイズの樽が空になったので、右手から水を足す。

 大体五杯も飲むとお腹いっぱいになるようだった。 


 「少し大きな器にするか?」


 「はずかしいから、これがいい。ごちそうさま。」


 なるほど、洗面器で水を飲むのは恥ずかしいのか。

 お行儀がいい、気がする。

 三十路のおっさんに女の子のことはよく分からなかった。


 忍の食事は焼きながらなのでもう少し時間がかかる。

 焼いている合間に竹の節を切って手のひらに乗るくらいの器を作ると、斜めに切った細めの竹の節とともにニカに渡した。


 「ニカ、この器に土を入れてきて。七割くらい。小石は入らないように気をつけて。」


 「わかった。」


 斜めに切った竹はスコップ代わりになる。

 ニカは程なくして言われた通り竹の器に土をいれてきた。


 「この種を植えてみて。」


 「やったことない。」


 「種をこの土の上において、優しく土を上からかける。布団かぶせるくらいだったかな。」


 ニカが寝ている間に種を取り出して水につけておいた。

 渡した種は未開地で生活していたときに見つけた緑のレモンのような果実、スカイエの種だった。

 忍の言っていることは記憶の彼方の朝顔の育て方だったような気がするが、きちんとしたレモンの育て方など知らない、勘弁してもらおう。


 「あとはそっとまわりに水をかけて、土を湿らせる。そっとな。」


 ニカの持っている斜めの竹に少量の水を注ぐ、ニカは真剣に周りにそっと回しかける。


 「よし、木札を立てて。あとは日に当てて芽が出るまで待つ。お世話できるか。」


 「がんばってみる。」


 「私もやるから、一緒に頑張ろう。」


 スキップ商会を潰した夜のことを考えるといきなり芽でも出てきそうだったが、そんなこともないらしい。

 ニカとの契約で手に入れた【栽培上手】、これで忍も同じように鉢植えを育てて、同じペースで育っていくならニカにも同じ能力があるということになる。

 食べ終わったら忍も鉢を作らなくては、少し食べ足りないが早めにお昼を切り上げて自分の鉢を作った。

 ニカは竹で作った鉢を日に当てながら、じっと観察しているようだった。


 もうすぐ夕方に差し掛かろうという頃、烏が集めてきたものを麻袋に詰めていた忍のもとにニカが鉢を持ってやってきた。


 「しのぶさん、めがでたよ。」


 「え?」


 ニカの持ってきた鉢には確かに植物の芽が出てきていた。

 驚いて忍の鉢も見てみるが、やはり同じ芽が出ている。

 

 「ニカ、凄いじゃないか!植物は普通こんな速さで成長しないんだ。」


 「そうなの?」


 「そうなの。ニカからもらった能力は、植物の成長を早くしてくれるっていうやつだった。ニカは植物を育てるのが上手なんだ。」


 「わたしの、のうりょく。」


 ニカは手元の鉢に息づいた緑をじっと見て嬉しそうに笑った。


 「わたし、がんばっておせわするね。しのぶさん、ありがとう。」 


 ニカは大事そうに鉢を抱えて、従魔車の中に戻っていった。

 ほどなくして日が落ちたが、白雷と山吹はまだ帰ってこなかった。


 お昼に足りなかった分、夜は多めに肉を用意した。

 焼いて、塩をかけ、食べる。

 物足りなく感じるのは、舌が肥えてしまったからだろう。


 「むぅ、これは由々しき事態かもしれない。それにしても遅いな。」


 「ふたりともつよいけど、しんぱいだね。」


 ニカのジョッキに水を足しながら白雷と山吹のことを考えた。


 「仕方ない。白雷、【同化】。」


 忍が【同化】すると、白雷は海の方で雲を食べているようだった。

 【同化】したことで気づくことがあった、嵐などの濃い雲の中では暗いのかどうかが分かりづらいようだ。


 『忍、ごめん、戻る。』


 白雷もそうだったようで、【同化】を感じるとすぐにこちらに向かって飛んできているようだった。

 無事ならばよかった。


 「白雷は大丈夫そうだ。山吹、【同化】。」


 山吹は【同化】しようとしても出来なかった。


 「あれ?」


 「しのぶさん、どうかした?」


 「いや、よくわからない。」


 忍は従魔術メモを取り出した、出来ないときのことはなにか書かれているだろうか。

 【同化】が出来ない場合。距離が遠すぎる。従魔に反抗されている。従魔契約が解除されている。従魔が意識を失っている。

 どのパターンであっても嫌な感じだ。


 「本当に心配になってきたな。白雷が戻ってきたら、ちょっと見てこよう。」


 「しのぶさん、きをつけて。」


 帰ってきた白雷に乗って地図に表示された居場所に向かう。

 山の中で眠りこけていた山吹を発見して、忍ははじめて【従僕への躾】を使うのであった。


 その後は特に目立ったトラブルもなく、忍たちはニールの街に到着した。

 正確には山吹が大人しくなったというのが正しいかもしれない。

 【従僕への躾】は罰や褒美を与える任意能力だが、山吹にはかなり効いたらしい。

 何がそんなに辛かったのか全く教えてくれないが。


 「主殿、滞在許可は行商手形で五人まではいらないようです。」


 「わかった。ありがとう、それじゃ、冒険者ギルドに行こう。」


 街中で過ごすにあたり、山吹は護衛の魔人、ニカは忍と一緒に行商をしているという設定にした。

 ちなみに忍は百七十センチほど身長があるが、山吹は角とアーマーで大柄になっており、ニカの身長は山吹よりさらに高い。

 ものすごく圧力のあるパーティである、どこに行っても目立つこと請け合いだった。


 「しのぶさん、すごくみられてるきがするんだけど。」


 「まあ、三人とも大きいからな。」


 実はそれだけではない、ニカの胸や尻は急成長でかなりのものとなっていたので、目立ちにくいはずの服装でも目立ってしまっているのだ。

 もちろん男どもが放っておかないのだろうが、真横にいる戦鎚持ちのフルプレートアーマーを無視して声をかけてくる勇者はおらず、遠巻きに様子をうかがっている。


 「この調子ゆえ、我はこの恰好なのです。」


 「よくわかった。冒険者登録が終わったら、服屋だな。」


 山吹が耳打ちをしてきたので小声でそれに答える。

 山吹は街中では喋らないようにしていた、本来はおしゃべりなやつだがよほどナンパがめんどくさいらしい。


 「実力で排除してもよろしいのですか?」


 そう言われた時はかなりマズいと思った、口調に対して目が本気だった。


 番号を呼ばれて受付に行くと、忍は道中の採集物を受付に積み上げた。

 自分の会員証を出して、ついでに入会用紙をもらう。

 そこで受付さんに言われて忍は大事なことを思い出した。

 急ぎ、小声で相談する。


 「山吹、書類の必要事項は打ち合わせどおりで大丈夫だ。しかし、入会試験があるから、試験官には手加減してやってくれ。」


 「手加減ですか。」


 「ああ、どうやら試験官があの人らしい。」


 忍は試験官に見えないように彼がいる方向を指し示した。

 少々観察したが、筋骨隆々でパワーがありそうだが動きがにぶい。

 そのパワーも従魔車を引ける山吹と比べると分が悪そうだった。

 よほどの隠し玉がなければ山吹が勝つだろう。


 「実力があるのが分かればいいんだ、相手を倒す必要はない。」


 「加減をするのは苦手ゆえ、善処します。」


 なんか心配だが、身分証を持っていれば人であるという説得力も増すというもの。

 ここは山吹を信じて送り出すしか無い。

 受付での価格査定が終わると、忍がお金を受け取るついでに山吹は入会用紙を提出し、試験を受けることになった。


 試験会場は町の門の外だった。

 ニールでは広い場所が限られており、住民集会も大きな場合は門の外でやるらしい。

 草や木がきちんと刈られて円形になった場所で、試験官と山吹は向かい合った。


 心配でついてきた忍のほうが緊張していたくらいだったが、試験は一瞬で終わりを告げた。


 「オラアアァァァァ!!」


 パシッ。バキッ。


 山吹は開始と同時に試験官が振り上げたメイスの柄を掴み、木製部分を握り潰してしまったのだ。

 試験官はギブアップ、晴れて山吹は冒険者ギルドの会員となり、忍にははじめてのパーティメンバーが出来た。


 行商人ギルドでの商品の受け渡しもササッと済ませ、受領証をスキップに送った。

 ニカを荷台に隠しながら移動して、忍たちは服屋に来ていた。

 しかし、ニカのサイズの服は流石に売っていない、作るとしても特注になってしまうのですぐに手には入らないということだった。


 「まあ、そうか。その服も特注だもんな。」


 忍が店内の服を見て回ると、子供用の青緑のフード付きローブが目に止まった。

 丈はニカの太ももくらいまでしかないが、着てみると少し長めの上着に見えるのだ。

 ローブは元々ぶかぶかに出来ている、前はギリギリのようだが他の部分はきちんと余裕があった。羽織るには問題ないだろう。


 「ニカ、山吹、これはどうだ?」


 ニカは着てみてなんだか微妙そうな顔をしていたが、山吹は忍にサムズアップをしてきた。

 いい感じということだ。


 「わたし、こどもじゃないもん。」


 「子供用だけど大人も着られるんだ。似合ってるぞ。」


 ニカはなんだか納得の行かないような顔をしていたが、他にいい案も出なかったので、ローブを買って店を出た。

 街での注目度は変わらなかったので、あんまり意味はなかったかもしれない。

 イケメンは何しててもイケメンなように、美人は何を着ても美人なのだ。ちくせう。


 最後に宿屋に部屋をとったのだが、四人部屋に泊まることになった。

 今までは忍がテントで泊まり、ニカが従魔車、山吹はそこらへんで寝ていたのだが、宿屋は個室のほうが高いので節約しようとニカに押し切られてしまった。

 たしかに四人部屋一部屋なら個室三部屋の半額で泊まれてしまう、これは大きい。

 更に山吹とニカは食事もいらないのだ、全員素泊まりにしたことで部屋代はものすごく浮いていた。


 「銀貨三枚でこの部屋ならたしかにお得だけれども。」


 四人部屋はベットが四つ置いてあるだけの簡素な作りだったが、隙間風も入ってこず眠るだけなら十分だった。

 部屋の隅を布で区切って、着替えや体を拭くスペースにしておく。

 すでに山吹は鎧を脱いでくつろいでいるし、ニカも体を拭いて眠る準備に入っていた。

 忍も体を拭いて着替えたあと、白雷のブラッシングをしている。


 「スキップはなかなかのものです。鎧の内側に会員証を入れるスペースや小銭を入れられるような場所を作ってくれています。外で鎧を脱ぐことなく生活できるようにしてくれていますね。」


 「わたしもこのおおきなポケット、きにいってるよ。」


 「街ではお金があればどうにかはなるからな。無駄遣いはダメだが足りなくなったら遠慮なく言ってくれ。」


 忍は二人にお小遣いとして大銀貨三枚を渡していた。

 日用品などで買えないものはない金額だ。


 「しのぶさんもむだづかいはだめだよ。やどはたかいんだから。」


 「いや、まあ、それはね。女の子がおっさんと一緒は色々ね。」


 「プオッ!」


 「それは、まあ、白雷は女の子だけど、白雷と千影はねぇ。」


 『常にお側で忍様をお守りするのが千影の役目です。』


 「プオォ!」


 「ははは、ありがとう。」


 こうして言われると涙が出るほど嬉しいが、今はちょっと話がややこしくなる。


 「忍殿も男ゆえ。ニカと我に迫られれば理性が持たないということです。」


 「ちょ、ストレートに言うな!あと世間体の話を飛ばすな!!」


 「しのぶさん、わたしのこと、きらいってこと?ちかくにいっちゃだめ?」


 「いやいや、好きすぎてゆえ。そのうちニカにもわかるようになります。というか世間体なぞ、美女と一緒に行商している時点で無いも同然ゆえ。」


 山吹から正論パンチを食らってしまった、泣きそう。 


 「忍殿、今更ということです。観念してベッドに寝てください。我が天国に連れていきますゆえ。」


 「え、最近大人しかったのにいきなり何を?!」


 「やまぶきさん、マッサージとくいなんだって。」


 「ニカ!せっかく主殿で遊んでおったのにバラしちゃダメです!」


 そういうことか。

 ずっと温泉とマッサージという話をしていたので、やってもらえるならたしかに天国かもしれない。


 「はっきりと遊んでいたと言われなければ素直に感謝していた。」


 「やまぶきさんとこうたいでやろうって、はなしをしてたの。おじいちゃん、こしがわるかったから、わたしもとくいなんだ。」


 「そういうことなら大歓迎だ。ありがとう。」


 「我は忠義を尽くす従魔ゆえ。さあ、うつ伏せで寝てください。」


 ボボンガルに着く前にマッサージを受けられるとはおもわなかった。

 山吹は疲れた体を秘孔を突くがごとく力強く荒療治してくれた。

 ニカは顔を青ざめさせて一部始終を見ていた。

 忍は初撃で言葉を失い、最後までされるがままだった。


 「泣いて喜ばれたこともあったのです。喜びすぎて昇天したものもいるゆえ。」


 「ぞれ、やりずぎでじんだっではなじじゃないだろうな。」


 「しのぶさんじゃなかったら、あぶなかったよ。こんなのひどいよ。」


 「そ、そんなにですか。主殿、申し訳ありません。何卒ご容赦を。」


 相変わらず流れるような土下座である。

 しかし、ニカにここまで言われるとは相当ヤバかったのだろう。

 潰れたカエルのような声しか出せない、恐るべし山吹のマッサージ。


 『忍様、山吹への攻撃を許可して頂けないでしょうか?』


 『忍、やさしい。山吹、怒る。もっと、怒る。』


 千影は本気で殺る気だ。

 枕になってくれている白雷からもちゃんと怒れと指摘されてしまった。

 しかし現状では右手を動かすのさえしんどいし、よかれとおもってやってくれたことで怒る気にもなれなかった。

 それに、罰を与えようにもきちんと声が出るか怪しい。


 「バンドマッザージがら、れんじゅうじようが。」


 次の日も、忍は全身が痛くて起き上がれなかった。

 ニールの街の滞在が一日のびる、山吹には早急に人相手の加減を覚えてもらわねばならない。

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