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スカーレット商会と契約魔術

 ミリオン商会の密売発覚はシジミ―ルだけの問題ではなく、その影響はアサリンド共和国全体にまで波及した。

 スキップ・ミリオンの手によって取引を暴露された上流階級や豪商などは捕まりはしなかったものの疑惑の目にさらされることとなった。

 ミリオン商会は犯罪に中核として関わっていた責任を取り、解体されることになる。

 今後、従魔レースは商人ギルド、行商人ギルド、冒険者ギルドの共同事業として運営されることとなった。


 「全部正直に公表したのか、君らしい。」


 「元々そうするつもりでしたから、もちろんご主人様にご迷惑はかからないようになっております。」


 忍とスキップの奴隷契約は公にはなっていない。

 もしものときは知っているもの全員が過去のガスト王国での契約であると口裏を合わせることとなった。

 ミリオン商会の残務と負債はまだまだ残っている。

 それらが落ち着くまで、スキップはシジミールから出られないということになった。


 「ご主人様に三人の減刑を進言していただけたこと、わたくしも含め、一同感謝しております。」


 犯罪に加担していたサラ、ファル、ゴランの三人は忍の口添えもあり奴隷奉仕をすることを許され、スキップのもとで働いている。

 期間は十年以上だが、本人たちは今まで通りスキップと働けることが嬉しいようだ。


 スキップは新しく自分の商会、スカーレット商会を立ち上げた。

 通り名で立ち上げた商会は元々の知名度もあり、良くも悪くも注目されている。

 ミリオン商会で繋がりのあった優良な接客業種を中心に商会の会員も集まって、忍とミリオンがいま個室を借りている湖池庵もスカーレット商会の傘下に入っていた。


 「またこのジュポッテが食べられるのは、うれしい。」


 「いつでも召し上がれるよう申し付けておきますわ。スカーレット商会はご主人様のものです。商会の直営店はご主人様のお好きに使っていただけますし、加盟店もわたくしが黙らせます。」


 「いや、湖池庵のシェフや支配人に悪いし普通でいいから、というか黙らせるっていったな。大体、スカーレット商会はスキップの商会、だろ。」


 「わたくしの商会ということはご主人様の商会ということです。わたくしの全てはご主人様のものなのですから。」


 なんかやっぱりスキップは猪のようだ、いや、黒豹だろうか。

 今は人の姿なので金髪碧眼、白い肌。

 変身前の異形の姿は目の前でコースを食す淑女とはかけ離れている。


 「そういえばスキップはどうして元の姿から離れた変身をするんだ?」


 「魔人と分からない程度に人と同じ姿でないと意味がありませんもの。それに、わたくしにとって変身は化粧のようなものなのですわ。英雄譚に歌われるようなお姫様の姿を参考にしたんですの。……ご主人様はこの姿、お嫌いですの?」


 「どっちの姿も綺麗だよ、方向性が違うだけ。」


 顔を赤らめないでくれ、口説いたみたいじゃないか。

 少し恥ずかしくなって、ジュポッテを口に運ぶ。

 ミリオン商会が崩壊するにあたって家財や債権などは整理され、スキップは一文無しになった。

 一文無しは忍としても予想外だったのだが、預けたお金はそれをカバーして商会を立ち上げることに大いに役立った。

 更にニカに預けていた大金貨百枚を死蔵しておくのもどうかという話になり、奴隷契約の代金も合わせて最終的には大金貨三百枚をスカーレット商会に投資することとなった。

 スカーレット商会の資本はすべて忍の出したお金なので、大株主というものになるのだろうか。

 あぶく銭なので無くなってしまってもかまわないのだが、スキップは必ず返すと張り切っている。

 身の丈にあっていない話だ、むしろこれだけ使ってまだ大金貨百枚あまりが手元にあるのが怖い。


 「商店街の焼け出された人達も全員雇ったんだって?私が頼んだこととはいえ、大丈夫なのか?」


 「むしろ感謝しておりますわ。ご主人様お気に入りのクレアさんの塩漬けがレストランのシェフに好評なんですの。シジミールに新たな名物料理がいくつも生まれそうですのよ。他にもあそこには部族の廃れかけていた文化や風習の道具が集まっていたようで、店主たちは他の街へのパイプ役も担ってもらえそうですわ。」


 「ニカはどうだ?きちんと変身できそうか?」


 「筋がよろしいですわ。ただ、わたくしは体の大きさを変えることは出来ませんの。」


 「外見が繕えればなんとかなるよ。たぶん。」


 商店街はスラムを巻き込んだ大規模火災になってしまったらしい。

 ニカを狙っていたのはミリオン商会に従魔を売っていたゴロツキで、商会とのつながりは売り手と客以上のものはなかったようだ。

 買い手がいなくなった以上、ニカが狙われる理由もなくなったのである。

 シジミールでクレア達と暮らすことも出来たが、店は燃えてしまったしニカの希望もあって忍についてくることになった。

 忍はニカを旅に連れていく上で、変身できることを条件とし、ニカはスキップのところで特訓をしているのだ。


 「ニカのは擬態に近かったからな。水も口から摂るわけじゃなかったし、変身できないと街で肩身の狭い思いをするかもしれない。」


 「魔人ではなく従魔なのが難しいところですわね。賢明な判断ですわ。」


 「あいつらそういうのお構いなしだからな。」


 千影は人の機微に対して疎い、白雷は大自然・野生の考え方、山吹は変なことを吹き込みそうだ。


 「考えれば考えるほど、ニカがついてくるのは教育に悪い気がしてしまう。」


 「ご主人様は過保護ですの。困ったときに助けてあげるくらいがいいのですわ。」


 「過保護、過保護なのか。わかった、気をつけよう。」


 ニカの変身が完成したら忍はシジミールを出る予定だった。

 目指すは温泉とマッサージ、国境の山村ボボンガルである。


 「そうでした、本日はご注文の従魔車が完成いたしましたのでご報告も兼ねておりました。」


 「ああ、金貨三十枚だったな。旅の道連れも増えたし、このあとみんなで見に行くよ。」


 忍は旅の準備としてみんなで乗れる従魔車を注文していた。

 計画図だと中型トラックの荷台くらいの大きさで幌と御者台がある構造、機能性重視で10人くらいなら乗れそうなものである。

 白雷と山吹に相談したところ、余裕で引けそうということだったので安心して作ってもらったのだ。

 他にもそれぞれ必要なものをスキップに頼み、スカーレット商会の売上に貢献しているのだった。

 山吹も恐ろしいことに六百年もあの闘技場で生きていたということが判明し、スキップから報告を受けたときは飛び上がって驚いた。

 この世界の時間間隔は謎だらけだ、ついていけない。


 「もちろん全て原価で、端数が出てもお返しいたしますのでご安心くださいませ。」


 「いや、ありがたいけどちゃんと払うから。職人さんに無理させたりとかしないでね。」


 スキップがクリーンな商売人なのは知っていてもここまで言われると不安になってしまう。というか、押しの強い奴は苦手なのだ。

 まあ、スキップの調子が戻ってきていると考えれば良いことなのだろう。


 「そうだ、ボボンガルまでの道中で届ける荷物とかあれば預かるぞ。」


 「ありがとうございます、出発のタイミングで行商人ギルドから依頼を出させていただきますね。」


 「いや別にお金は…。」


 「もう!正規の料金で指名依頼にさせていただきますわ!そんなことを繰り返してるとそのうち破産しますわよ!!」


 ぐ、含蓄ある言葉だ。素直に受け取っておこう。

 忍の資産の大部分は運良く手に入れただけで自力で稼いだわけではないのだ。

 スキップのいうことはおそらく正しい。


 「すまない、どうも節約は得意なんだが、稼ぐのは苦手で。」


 「こんなお金の使い方してる方が何いってますの?!まったく、今までどうやって生きて……。」


 「山でパンダとか魚とか獲って塩も振らずに食ってたな。竹を手に入れて肉に香りがついたときはものすごく感動した。金を使いだしたのは最近だ。」


 「……なんの冗談ですの?」


 スキップがキョトンとしたあとに訝しげな顔をする。

 なんだか悔しくなったので、野性味を発揮してメインディッシュの肉を一切れ奪ってやった。

 忍はスキップの猛抗議を受け流しつつ、湖池庵の文明の味を噛みしめるのだった。




 従魔車は注文よりも豪華に見えた。

 御者台の横にランプを下げる支柱がついていたり、大きな後輪が忍の胸のあたりまである大きいものであったりと町中を走るものとはまた別の作りをしていた。

 荷台は硬い木でできており、全体的に頑丈で野営のときのテントの代わりにもなりそうだった。

 枠などところどころが金属製でなにかトラブルがあっても消耗品のパーツを変えるだけで走れるようになっているとのことだった。


 「ご注文通り、軽さよりも頑丈さを主眼に作られておりますわ。防水もばっちりですの。」


 白雷と山吹が早速引き心地のチェックをしていた。

 山吹は人の状態で引く気なのか、人力車なんてレベルじゃないぞ。


 「主殿、問題なしです。もっと大きいのでもよかったかもしれませんね。」


 「プオォ!」


 「大きすぎると細い道は通れなくなってしまいますわ。街の従魔車置き場に入れるよう、工夫されていますのよ。」


 御者台やハーネスが畳んでしまえる設計になっているのはそういう理由だったのか。

 ニカも荷台で寝転がってみているが、中の広さも十分だ。

 あのあとニカの体は大きいままで落ち着いてしまった。

 本人としても大きすぎるのは気になるようだが、こればかりはうまく付き合っていくしかない。

 変身がうまくなれば白雷のように大きさの調節もできるようになるかもしれない。


 「変身はズルい、何に変身しても美男美女だらけになるし、体型も好き勝手出来る。」


 「そんなことないですよ。魔石を持つ魔物や魔人ゆえ、あんなに形が変えられるんです。ノーマルが別物、例えば白雷や我に変身をしようとしてもできないでしょう。」


 「そんなものか。」


 「そんなものですわ、わたくしも体の大きさを変えることは出来ませんもの。外見を取り繕える程度ですわ。」


 変身にも色々条件があるようだ。

 とりあえず忍の仲間が凄いやつばかりということはわかった。

 仲間、従魔、奴隷、従者、なんと呼べばいいのやら、そうだあれを話しておかねばならない。


 「山吹とスキップ、ちょっと重要な話があるので、このあともう少し時間取れるか?」


 「もちろんですわ。」


 「わかりました。」


 白雷は従魔車にテンションが上って引き回している、ニカも荷台に乗って楽しんでいるようだった。

 二人が落ち着いたあと、スキップが手配した個室で忍は気の重くなる説明をすることになるのだった。


 「さて、では真面目モードに入ります、宜しくお願いします。これから話す話は他言無用です。ご承知おきください。」


 そう前置きして忍はこれまでの簡単な経緯を話した。

 他の世界から神に連れてこられた使者であることと、【真の支配者】の能力に関しては事後承諾になる、特にきっちりと話した。


 「我は文句が言えない立場です。」


 「わたくしもですわ。驚きはしましたが、奴隷としての扱いに文句などございません。むしろご主人様は丁寧すぎるくらいですわ。」


 「はい、しつもん。わたしはれいぞくけいやくと、じゅうまけいやくと、どれいけいやくのちがいがわからないです。」


 ニカがいい質問をしてくれた、たしかに忍もはっきりとはわかっていない。

 奴隷、というとちょっとインモラルな響きでドキドキはするが、正確なところはわかっていなかった。

 これに対して一番わかりやすかったのは山吹の説明だ。


 「まあ、どれも同じような意味なのですが、そうですね。ニカ、右手を上げてください。」


 ニカが右手を上げる。


 「言われたことをやる、これが奴隷や従魔です。ニカは右手を上げないこともできましたが、右手を上げてくれましたね。」


 「うん。」


 「では、次に右手を上げないようにしていてください。主殿、ニカに右手を上げる命令を。」


 「ニカ、右手を上げなさい。」


 ニカの右手は上がらない、上げないように服の裾を引っ張っている。


 「いえ、もっと意思を込めて、はっきりと命令してください。」


 「……ニカ、命令です。右手を上げなさい。」


 ニカの右手が上がる。

 ニカは驚いていた。


 「え、なんで?なんで?!さげられない!」


 「これが隷属ですね。本人の意志と関係なく命令されたことは絶対となってしまいます。殺せと言われたら殺し、死ねと言われたら死にます。これが奴隷や従魔なら命令違反で体に痛みが走ったり、力が入らなくなるなどの罰があるだけになります。」


 「ニカ、命令を解除します。」


 ニカが手をおろした、実際に体感すればこの恐ろしさがわかるのだろう、少し震えている。

 白雷がニカのひざに移動した。


 「次に、従魔契約と奴隷契約の違いです。従魔契約は魔物を従わせるという以外に、魔物に色々な干渉ができます。従魔術というやつですね。しかし契約の際の条件付けは出来ません。従魔は常に主人が側で監督するものです。」


 条件付け、聞いたことのない単語が出てきた。

 忍は山吹に無言で続きを促す。


 「奴隷契約は人を従わせます、奴隷は契約時に条件をつけることが可能です。たとえば、人を傷つけてはならない、特定の人物の言うことを聞かなくてはならないなどです。」


 「わたくしの条件はご主人様への絶対服従となっておりますわ。」


 「ぜったいふくじゅう?」


 ニカは白雷を撫でて少し気分が良くなったらしい、新しい単語に反応する。


 「ご主人さまに逆らわず、全ての命令に従うという意味ですわ。」


 「スキップさんも本来なら逆らうと罰を与えられるという契約だったのに、主殿に命令されるとそもそも逆らえないはずです。」


 「命令です、スキップ、ニカの頭を撫でなさい。」


 スキップがニカの頭を撫ではじめる。

 スキップも微妙な顔をしていた。


 「たしかに、これは恐ろしいですわね。ニカが震えてしまうのもよくわかりますわ。」


 「スキップ、命令を解除します。」


 スキップはニカを撫で続けているが、それはニカの抱えた不安に気づいたからだろう。


 「もちろん、命令に違反しようとしなければそんな感覚の齟齬などは起きないです。しかし、隷属は強制力が段違いゆえ、我も少し気後れしております。」


 「ニカ、怖いなら私ではなくクレアさんに契約し直してもらって、街に残ることもできますよ。」


 「わかった、ありがとう、やまぶきさんしのぶさん。わたしは、だいじょうぶ。しのぶさん、おねがい、ニカをつれていって。」


 忍の深緑の瞳がまっすぐ見つめてくる。

 どうやら余計なお世話だったようだ。


 「まあ、あまりきちんと理解していなくてもいいのです。どちらも大元は隷属契約ゆえ、主殿は全員と同じ契約をしているということですので。」

 

 「では、これからもよろしくおねがいします。ここで一度全員の命令をすべて解除します。その上で私の能力や神様に関することを漏らさないことを命令します。あとは、いつも通りでいきましょう。よろしいですね。」


 全員がうなづくのを確認し、忍は緊張を解いた。


 「あー、つかれた。心臓が動きすぎて止まるかと思った。」


 「なんで主殿がそんなに緊張してるんです。というか今の回りくどい命令はなんですか?」


 「無意識に命令が効いてしまうことがあるんだよ、白雷が大変な事になってな。」


 あのときは本当に申し訳なかった。

 忍は思い出してちょっとへこむ。


 「その話、聞いてみたいですわ。」


 「わたしもきょうみある。」


 『では、お疲れの忍様に代わり千影からお話しましょう。』


 「助かる、正直恥ずかしいからいいたくない。」


 「プオッ!」


 白雷が忍の膝に来た、みんな楽しそうに話をしている。

 なんとかうまくやっていけそうで安心した。


 『にぎやか、忍、楽しい?』


 すこし、答えるのに躊躇をした。

 白雷には伝わったのか、忍に体を擦り付けてくる。

 目の前に楽しそうな仲間がいるのに、なんでこんな気持ちになるのだろうか。

 モヤモヤした何かを抱えてしまう、理屈でどうにもならないこの嫌な気持ちは歪んでしまった自分を表しているような気がした。

 とても楽しいのだ、しかし同時にどこか疲れてしまっている。


 いつの間にか、みんなの視線がこっちに集まっていた。

 スキップとニカは顔が赤くなっているし、山吹に至ってはなんかニヤついている。


 「え、どうかした?」


 「いえ、白雷さんにお子さんがいるのも驚きましたが、ご主人様が千影さんと白雷さんに子を産ませるという話に……」


 「なんでその話?!」


 『千影が時系列順に話をしていると、みなさんがその話で一気に動揺しまして、そこで話が止まっております。』


 「はい、昔話終わり!解散!かいさーん!!」


 忍がここにいられるのは間違いなく千影と【真の支配者】の能力のおかげだろう。

 千影の頭の中を読みとる力と【真の支配者】の隷属契約、つまり、他人の本当の思考を知る力と裏切られないための保険。

 魔王のような能力だと文句を言ったのに、この能力こそ忍の求めていた安心を与えてくれる力だったのだ。

 忍の本質は臆病で、歪んだ自分は何も変わっていなかった。

 それでもこの力でうまくいくことができれば、生きる意味がまた見つかるかもしれない。

 希望は絶望への入り口だ、しかし希望を捨て去ることが出来るほど、忍は無欲にもなれなかった。


読んでいただきありがとうございます。


「面白そう」とか「続きが気になる」と少しでも感じましたら、ブックマークと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けますと嬉しいです。


是非ともよろしくお願いいたします。

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