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ミリオン商会の裏側と二匹のドラゴン

 穴の入り口近くまで狼に案内してもらい千影と別れた。

 墓室を出て千影を召喚してから完全に一人の時間はほとんどなかった。

 いやな汗が噴き出す、猛獣のいるサバンナに一人で放り出されたような気分。

 しかし決めたことだ、腹をくくっていこう。

 容赦をすれば死ぬ、気を抜いても死ぬ、大自然の経験を生かせ。


 宵闇のマントを使う、忍の姿はもう見えない。

 穴の入り口に見張りは三人、【トンネル】で掘った穴を補強しているのだろうか、炭鉱のような木枠がついていた。

 忍は竹を使って作った水鉄砲を取り出す。

 入れる中身はショーの実を刻んで丸ごとつけた水だ。

 一人になった見張りの顔に水をかける。倒れる前に抱えて近くの茂みへ。

 二人になれば後は簡単だ。

 一人に水をかけて、異常を察知したもう一人は喋れなくして混乱している間に水をかければいい。

 ネレウスの魔術、舌がしびれる、想像以上に使える、やはり覚えておいて正解だった。

 水鉄砲は二本、しびれ水もたっぷり用意はしているが、三発で空になってリロードではあまり頼りになりそうもなかった。

 不意打ちに失敗したらショーの実爆弾を中心にしなければならないだろう。

 こうしてみると装備がすべて指輪に入るのがめちゃくちゃずるい。


 水鉄砲にしびれ水を補充して、忍は穴の中を進む。

 穴の中は真っ暗だが、【暗視】のできる忍には関係がない。

 かなり広く作られていて、普通サイズの従魔車ならそのまま入っていけそうなスペースが保たれている。

 しばらく歩くと床の材質が変わった。

 レンガか、石か、建物のような床と壁だ。

 立ち止まって周りを見ていると、何かの鳴き声が聞こえた。

 奥から何か走ってきている、息遣いもするな、犬に近いやつか。


 忍は息を止めてショーの実をつぶして捨てた。

 もう一個取り出してそのまま奥へと歩いていく。

 躍り出てきたのは三体の狼だったが、ショーの実をつぶして投げつけると途端におとなしくなった。

 動けなくなった狼をを引きずり、ショーの実から遠ざける。

 従魔は人質の可能性があるので、できるだけ殺さない方向でいきたかった。

 ……人質でいいのだろうか、魔物質かもしれない。


 後続はいない、おそらくは番犬なのだろうか。

 さらに先に行くと三叉路があった。


 道の真ん中に案内板が立っている、魔物檻、選手控室、事務所とある。

 しかし、書いてある文字が問題だった。

 これは見たことのない文字だ、ここは遺跡の中なのである。


 「手間取りそうだな。【同化】」


 忍はニカと白雷に状況を伝えた。


 「こっちはかわらず、きをつけて。」


 『忍、絶対、戻る!ナデナデ!』


 こころなしか二人とも怒っていそうだが、きちんと待っていてはくれるようだ。

 【同化】は結構な距離でも使えるな、ありがたい。


 さて、道は魔物檻、選手控室、事務所の三つ。

 従魔車の跡は魔物檻の方角に走っており、道が一番広いのもそっちだ。

 選手控室にも出入りがあるようだが、事務所という道はかなり埃が積もっていた。


 最悪なのは挟撃されることだが、先ほどの狼の後に何もついてこないのが気になる。

 この施設はあまり使われていないのかもしれない。


 忍はまず本命の場所から行くことにした。

 魔物檻への道を警戒しながら進む。


 しばらく進むと道の脇に従魔車を置くスペースがあり、二台が止まっていた。

 従魔はつながれておらず、中型の幌馬車のようなタイプだが、荷台の部分が金属でできていた。

 幌の中を見ると頑丈そうな檻になっており、一目でよからぬ目的に使う従魔車だということがわかった。

 その先でほどなくして開けた場所に出る、そこには四角い檻が並んでいた。

 よくわからない骨が入った檻や壮絶な爪痕のついた檻など十八ほどの数があったが、どの檻にも魔物は入っていなかった。

 檻の床には【従魔の魔術】の魔法陣が刻まれている。

 そこからさらに奥に入るとやはり檻があった。

 しかし、ここに来るまでのものと違い建物に据え付けられており、一つの檻の大きさは小さな一軒家くらいに見える。

 檻の中の床には魔法陣が書き込まれており、檻の鉄格子にも魔法陣に使うような文字が彫られていることも分かった。

 檻は左右に二つづつ、手前の二つには何もなかった。


 しかし、左奥の檻の前に立った時、忍は全身に鳥肌が立った。

 そこにあったのは、巨大な竜の石像だった。

 ただ佇んでいるだけの像だが目に入った瞬間に圧倒的な威圧感を放っている。

 忍はそちらに気を取られていて気が付かなかったが、ふとした瞬間に後ろから息遣いが聞こえた。

 振り向くと右奥の檻から紫の鱗を持つドラゴンがこちらを睨んでいた。


 檻が小さく感じる。

 紫のドラゴンは痩せこけて、窮屈そうに檻の中で体を折り曲げていた。

 生暖かい息が忍をなでつける。

 しばらくお互い動かなかったが、ドラゴンは忍に話しかけてくる。


 「ギミックラクーンよ、檻から出たのなら逃げるがいい。匂いで体の大きさがバレバレだ、下手な透明化ではすぐにつかまるぞ。」


 ギミックラクーン、変身能力のある小型の狸の魔物である。

 ただし変身は不完全で大体の場合腹が出ていたり耳があったりする。


 「喋れるんですね、私、ノーマルです。」 


 「ゴア゛ア゛ア゛ァァァァァァアアアアアァァァァア!!!!!」


 ガシャアァン!!!


 忍の言葉を聞いてドラゴンが暴れだすが檻はびくともしない。

 喋れるのなら交渉をと考えたのが仇になった。

 咆哮は何か言葉になっているようだが声が大きすぎて聞き取れない。

 咆哮が止まった直後、ドラゴンが息を吸い込んで腹にためた。


 「ヤバイ。」


 直感的にブレスが来ると思った、咄嗟に【グランドウォール】を目の前に立てる。

 実際それは大当たりだったのだが、紫の煙が一気に充満しはじめた。

 皮膚が焼けるように熱い。


 「くっ!【ウォータースクリーン】!【リムーブポイズン】!」


 水の魔法、中級【ウォータースクリーン】、泡のような薄い水の膜を張り対象と外界とを遮断する魔法、防御能力はほとんどないがガスの充満などの時には使える。


 「ごふ、ごほっ!」


 毒か。

 【ウォーターリジェネレーション】を自分にかける、思わぬところで痛い手傷を負ってしまった。

 見れば【グランドウォール】の壁が八割方とけてしまっている。

 直撃したら死んでいただろう。


 「ほう、貴様、生き残るのか。骨がある骨がある。」


 忍が生きているのに感づくとドラゴンは嫌な顔をして笑う。

 戦うと骨が折れそうだし、ここから出られないのなら逃げてしまったほうがいい。

 体もそうだが吸い込んでしまったガスで胸が痛い、ドラゴンを警戒しながらとチラと出口を確認した。


 「どうせ俺にはお前は殺せぬ。今ので駄目ならお手上げだ。」


 「お手上げ、って顔、してないですけど。」


 「ここから出られれば一思いに殺せるだろうからなぁ。しかもお前は一人だろう。匂いで分かる。」


 すっかり忘れていたが、忍は宵闇のマントで姿を隠していた。

 匂いで感づかれるとは、鼻がいいらしい。

 隠れていても仕方ないので忍は透明化を解いた。


 「やはりずいぶんと丸っこい。それでは走れんだろう。」


 「余計な、お世話です、なんの用、ですか?」


 ドラゴンはニヤリと笑うと目線を左下に落とした。

 檻の左側に魔法陣の書いてある銀色の金属板がはめ込まれている。

 魔法陣の内容は忍も見たことがあった、【従魔の魔術】だ。


 「俺のブレスに耐えたんだ、腕はそれなりだろう?檻の左にある魔法陣はそれぞれの檻の中に繋がっている。俺を従えられたら知恵を与えてやらんこともないぞ?」


 「知恵は、間に合ってます。」


 「ではこのまま帰るか?それもいいだろう腰抜けめ。俺の咆哮が響けばこちらにはしばらく人どもは来ない。次は本気でブレスを吐いてやろう。」


 さっきのブレス本気じゃないのか。

 嘘だとしても連続で吐かれたら洒落にならないし、ジリジリ下がるのは的になってるようなものだ。

 満身創痍で先に進んでもそれこそやられる可能性がある。

 吸い込んだ量が少なかったからか、なんとか喋れる程度に肺も回復してきた。


 「貴方、男性ですか?女性ですか?」


 「何だその質問は、俺が女に見えるのか?俺はグラオザーム、しがない竜よ。」


 忍はまた一つため息を付き、深呼吸して金属板に手を置く。

 ゲスな笑いをするこのドラゴンは何かを企んでいるが、かなり弱っているように見受けられる。

 それならここで戦力を補強しても悪くはない。


 「我と汝に絆を紡ぎ、ここに契約を結ばん。主たる我が名は、忍。汝の名は、グラオザーム。」


 「かかったなバカがぁあ!!ノーマルの分際で竜に魔力で勝てるなどと傲ったかぁ!!!」


 魔法陣が起動する、同時にグラオザームから大量の魔力が流れてくる。


 「俺の魔力を受けきれずうぅぅ!!爆ぜて飛べノノーーーマルうぅぅ!!!!!!」


 今度はさっきより幾分か聞き取れたがものすごい咆哮だ。

 五月蝿い上に爆ぜて飛ぶなどと言われて忍は大いに慌てた。

 目をつぶり、全身に力を入れ、両手を添えて、手加減なしで魔力を注ぐ。


 「ざっけんなぁ!!」


 「あ、え、お、お゛お゛お゛あ゛あ゛ああああ゛あ゛ああぁぁ!!!!!!!」


 ドバァーン!!ビチャビチャビチャビチャ……。


 数秒後、忍は血の海の真っ只中にいた。

 檻の中から血しぶきが舞い、血の雨が振る。

 【ウォータースクリーン】が割れて忍は頭から血をかぶってしまった。

 頭がくらくらする、軽い放出疲れのようだ。


 目の前の檻の中で全身をズタズタに引き裂かれた竜が死んでいた。

 血まみれの巨大な魔石だけが、腹の中で怪しい光を放っていた。


 「うへぇ……なんだろう、暴発みたいな感じか。」


 色々と怖いので深く考えるのはやめよう。

 あとこの格好をどうにかしたい。


 ゴゴ…。


 背後で物音がした。

 振り向いても檻の中に竜の石像があるだけだ。

 

 「とりあえず、コイツを指輪に収めるか。檻のこっち側からでも大丈夫かな。」


 ためしてみたが指輪の力は檻の外からでは使えないらしい、檻を開けるにはどうすればいいか。

 檻の周りには【従魔の魔術】の魔法陣の書いてある石板だけしか無い。

 触ったり左右にずらしたりしていると、石板がカパッと開いた。

 中にあるレバーを引くと檻が開き、 グラオザームの無惨な死体は無事に指輪に回収された。


 「さて、あとはこの石像か。」


 忍は石像を下から見上げる。

 考えれば檻に入っている時点で不思議な話なのだ。

 もちろん石像の檻にも魔法陣の石板がついている。


 「……まだ魔力余ってるし、思いっきりぶち込んだら壊れるかな?」


 「魔術師殿、我の負けです。なにとぞ降伏を。」


 先程まで微動だにしなかった石像のようなドラゴンが忍に話しかけた。

 動き出すとその表面の石のようなものがガラガラと剥がれ、その下からはオレンジと黄色の縞の入ったしなやかな鱗が現れた。

 羽はなく、フォルムはダチョウ恐竜のようだが、体も顔もスリムでしなやか、印象は蛇のほうが近かった。

 ドラゴンは檻の中で頭を垂れる、鼈甲のような透き通った角がきれいだ。

 これがなんであの厳つい感じのドラゴン像になっていたのか不思議である。


 「悪いけどそいつの後じゃ信用できない。子供はいる?」


 「わ、我に子供はおりませぬ。」


 「じゃあ無関係だからやっぱり」


 「お待ち下さい!我に争う意志はない!戦いの中ならまだしも、こんなところで死にとうないのです!従者にでも何でもなりますゆえ、命だけはご容赦を!」


 戦いの中という単語でなんとなく思い出した。

 選手と魔物と事務所。


 「ここって闘技場?」


 「は、はい。我は魔物として戦っておりました。ここは闘技場最強の魔物、竜の檻なのです。」


 忍は常に懐疑的だ。

 九分九厘、本当と踏んでも頭の片隅で疑っている。

 魔法のある世界、なんでもありだからこそなおさらだ。


 「……【従魔の魔術】をやる、抵抗したら力いっぱい魔力を注ぐ。いいね。」


 「は、はい!よろこんで!」


 「性別と名前は?」


 「女でございます、名前は魔術師殿のお好きなものをおつけください!」


 なんだろう、たしかにさっきのやつは嫌いだけど、竜にへりくだられるとそれはそれで悲しい。

 というか、本当にこれがファンタジー最強の一角なのか。なんとなく調子が狂う。


 「我と汝に絆を紡ぎ、ここに契約を結ばん。主たる我が名は、忍。汝の名は、山吹。」


 今度はすんなりと、魔力もほとんど使わずに契約が成功した。

 山吹の右腿に従魔の魔法陣が刻まれ、自称・闘技場最強のドラゴンが仲間になった。


 「山吹、不思議な名ですな。ツィトローネとはまた違った趣のある名前です。」


 「毒……ドラゴン……ツィトローネ……おい、まさか砂岩のツィトローネか?!」


 砂岩のツィトローネ、カジャから聞いた伝承に出てくるドラゴンである。

 その昔、アサリンドの四方にはドラゴンが住んでいた。

 小島の海王、毒沼の主、砂漠の宝石、山食い。

 四体のドラゴンは異能を持った強力な竜ではあったが、部族がそれぞれを打ち倒すと部族を守護する守り手となった。

 しかしその後に現れた魔王に敗れ、部族と運命をともにしたという。

 出てくるドラゴンはそれぞれエピソードがあり、正義の味方のように描かれていた。

 砂岩のツィトローネは二つ名通り砂や岩の魔術を得意としたが、酋長の盾になり魔王に弱点の角を折られて、魔術がコントロールできずに流砂に沈んでしまったはずであった。


 「角、折れてないじゃん!死んでないじゃん!」


 「捕らえられたゆえ。あ、角はヒビ入っただけなので治りました。あれは痛かった。」


 なんか軽い、たしかにドラゴンも生き物なのだからそんなものなのだろうか。

 伝説は往々にして尾ひれがつくものというのは理解している。

 しかし、しかし目の前にいる本物が憧れとズレて納得できないのだ。


 「大好き過ぎるキャラクターの残念なコスプレを見た気分……。」


 「しかし、悪名高き融毒のグラオザームが爆発してしまうとは。」


 毒沼の主の名前はグルザムという名前で伝わっている。

 融毒のグルザムは自分ごと魔王軍の将軍と五千の兵士を巻き込んで毒を吐くかっこいいドラゴンだ。

 決してあんな三下じゃない。


 「この檻に封じられて我もそろそろ死んでしまいそうで」


 「黙ってくれ。心が折れそうなんだ。」


 忍は地獄から響くような冷たい声でそう呟いた。

 砂岩のツィトローネ改め山吹はビクッと体を震わすと最初と同じの直立不動の姿勢を取る。

 またひとつため息をつき、忍は檻を開けた。

 ちょっと軽くておしゃべりな伝説のドラゴンが、忍の従魔に加わったのだった。

 忍は山吹にかいつまんで事情を話した。


 「わかりました。グラオザームがあの檻の前に来たものを手当たり次第に溶かしてしまったので、大した話はできないのですが。」


 「それはまあ、仕方ない。」


 山吹によると予想通り隣の部屋は魔物を連れてきて無理やり従魔契約をする部屋として使われていたようだ。

 ただし魔物は契約できなかった場合、処分されていたらしかった。

 檻に何もいないのも納得がいく。


 この施設は闘技場で、なにかの理由で閉鎖されたのちに捨て置かれたらしい。

 事情は分からないがそこで山吹たちは置き去りにされ、今日まで幽閉されるという状態になってしまっていた。

 手前の檻にはドラゴンの死骸があったが、それらは運び出されてしまったらしい。

 伝説のドラゴン、小島の海王と山食いは飢えに耐えられず息絶えたということだった。


 「ところで山吹、外に出られるか?この部屋はまだいいが、通路は通れないだろ?」


 「我はこれでも砂漠の宝石と呼ばれた竜です。このとおり。」


 そういうと山吹は変身をして褐色の美女の姿になった。

 なんと、角と尻尾はあるが蛇の皮のような鱗の洋服を着ている。

 腰元ほどまである長い銀髪に黄色の瞳、背は忍とほぼ同じでスレンダーなエキゾチック美人という言葉がピッタリの姿だった。

 人への変身としてはほぼ完璧だ。


 「あ、コーンスネークっぽいのか。」


 「こーん、すねーく?美人ということですか?」


 小さくなって鱗の模様がわかりやすくなったことで、ぼんやりとした既視感がしっかりと認識できた。

 サラリと自分を美人と認識してるとこが鼻につくがよしとしておこう。

 蛇の種類の名前という真実はまたの機会に。


 「とりあえず外で待機しててくれ、しばらくなにも食べてないんだろ?」


 「いえ、ついていきます。有象無象に遅れはとりません。」


 さっき命乞いしてたやつが何を言ってるんだ。

 しかしふと思い出した、出入り口にはショーの実を置いてきている。

 変に痺れて倒れられても手間だ。


 「はぁ、ドラゴンは何を食べるんだ?」


 「我の好物は砂や岩です。しかし、魔力をいただければ問題ないかと。」


 「なるほど、手を出して。……【生育】。」


 忍は差し出された山吹の手を取ると、魔力量を調整して流し込む。

 今まで空腹だった分だけいきなり流したらマズいかもしれない、ちょっとづつちょっとづつ細心の注意を払って魔力を流していく。


 「あ、主殿。その、どうせならもっと量を頂けないですか?」


 「いきなりそんなに流して調子悪くならないのか?」


 「これでは空腹が増してしまいます。もう少し、もう少しだけお恵みください。」


 「わかったわかったわかった、近い近い。量を増やしていくから丁度いいところを教えてくれ。」


 息がかかるほど近づかれると流石にやばい。

 しかもこのドラゴンわかってやっている、表情は切なげだが目が笑ってる。

 少しづつ強く流してちょうどいいところはけっこう緩めなことがわかった。


 「これだけ魔力があれば大丈夫です。」


 「空腹がつらいのはよく分かるからな、すまないがしばらく耐えてくれ。」


 山吹の手を引き喋りながら三叉路まで戻ってくると、忍の入ってきた入り口の先で数人の男が倒れていた。

 どうやらショーの実の匂いにやられたらしい、運良く敵が減ったようだった。

 次に入るのは選手控室という道になる。

 ここには足跡がいくつもあるので、人が出入りしているはずだ。


 「主殿、我は簡単になら魔物と話せますゆえ、事情を聞いてみます。」


 「そうか、魔物も率いてたんだっけか。わかった。私は消えていたほうがいいか?」


 「血まみれですからね。お任せください。」


 宵闇のマントで再び姿を隠す。

 ドラゴンが魔物を率いて戦う話は色々な地方に伝わっている。

 他の魔物を統べることができるというのもドラゴンという魔物の特徴なのだろう。

 そう考えるとドラゴンはコミュ強なのかもしれない。

 どおりでいまいち噛み合わないわけだ。


 しばらく歩くとロビーのようなところに出た。

 レッドカーペットに高級そうな調度品が並んでいる、掃除も行き届いていたが、ところどころ妙な感じがした。

 山吹も一瞬立ち止まって思案しているようだ。


 「なんだ?」


 「そうですね、我ならこの花瓶をこの部屋には合わせません。良いものではあるようですが、部屋全体が寄せ集めという印象ですね。美しくありません。」


 山吹のいうことに合点がいく、ミリオン家の応接室のまとまった印象と比べて、ここの雰囲気はバラバラだ。


 「成金でもこんな部屋にはしません。ステップやらというのは本当に主殿の言うような大人物なのですか?」


 そう言われると忍にも自信はなかった。

 スキップたちの記憶や街での噂などでは認識しているが、忍はステップ・ミリオンに会ったことはない。

 スキップが最近会ったのも十年ほど前だ、幼すぎてほとんど顔も覚えていないようだった。


 「人や魔物の気配もないです。奥に行きましょう。」


 ここまで入ってくると薄明かりを発生させるランプのようなものがところどころに設置してある。

 ドアや物陰をささっと調べながら山吹はどんどんと進んでいく。

 遺跡というと罠や魔物を想像するが、この闘技場は山吹にとっては見知った場所なのだろう、忍は水鉄砲を構えて後ろをついていく。

 何度目かの通路を曲がったところで山吹が立ち止まった。


 「この部屋には小さな魔物の気配があります。」


 そう言って山吹はドアに手をかける。

 忍は廊下で他に誰か来ないかを警戒しておこう。


 「頼む。」


 忍がそうささやくと山吹は部屋を開けて中に入った。

 周りを確認する。廊下の左側の壁には絵画がかけられており中央に大きな木製の扉が一つ、右側には小さな木製の扉が四つある、そして廊下の突き当りには金属製の大きな扉があった。

 山吹は右側の一番手前の扉に入っている。

 

 歩いてきた廊下には部屋はなく後ろからの襲撃はなさそうなので、忍は廊下の角に陣取って部屋から出てくる者がいないかに神経をとがらせていた。


 左側がにわかに騒がしくなった。

 大きな扉が開き大男が出てくるそれから続けて二人ほど。


 「クセェ!クソッ見に行った奴らは何やってやがるんだ?!」


 「こんなとこまで血の匂いが臭ってくるなんてやばい事態に決まってる!おかしらに知らせるぞ!」


 「畜生、鼻がきかねぇ。気をつけろ。」


 ドヤドヤと出てきたのは男が三人、尻尾が三本ある狐っぽい魔獣をかかえている。

 手にはランプ、夜目は聞かないようだ。

 風貌から商人のようだったが物言いは山賊、その中に忍の求めていた特徴の男が居た。

 ゆっくりと飛熊を抜いて構える、廊下は剣を振り回すには向いていない。

 男たちは奥の鉄扉に向かうが、忍は息を殺してこちらに背を向けた一番後ろの男の後頭部に飛熊を突き立てた。

 目標は中央、ステップ・ミリオンを確認した忍は飛熊を引き抜きながら突進し、憎悪の対象の腹に飛熊を突き立て力任せに真横に割く。

 驚いて振り向いたであろうステップは事態を把握する前に重症をおった。


 「な、なんだ?!お……」


 残ったのは最初に出てきた大男だった、忍は大男の舌を痺れさせ、簡潔に命じる。


 「死ぬか、従うか。選べ。」


 大男はとっさに鉄扉に逃げようとしたが、次の瞬間には氷に閉じ込められていた、程なく死ぬだろう。

 まだ息のあるミリオンの首をかききり、忍は狐の魔物を抱き上げた。

 山吹の入った部屋をノックする、しばらくすると褐色の美人が顔を出した。

 廊下の惨状を見て、小さな感嘆の声をあげている。


 「…お見事。こちらも話がついたところです。」


 部屋の中ではシマシマの尻尾がついた女の子がベットの上で座っていた。

 床には見たことのない魔法陣が光っている。


 「魔法陣の外には出られないようです。ずっとこの部屋で監禁されているようで、子供もいるようですね。小さな頃に引き離されたようで名前もわからないようですが。」


 あんな小さな子に酷いことをする。

 この件はずっと気分が悪い。


 「この狐、頼めるか?鉄扉の向こうに、おかしら、がいるらしい。」


 「このギミックラクーンに頼みましょう。どうせ部屋から出られないようですから。」


 「しっぽ三本、魔物、狐。」


 神々の耳飾りに聞いてみる。

 セブンテイルという魔物のようだ。

 ギミックラクーンと同様、小型で変身能力があり、成長するにつれ尻尾がだんだん増える。

 三本ならまだ子供のようだ。


 「幼いうちのほうが従魔契約が成功しやすいゆえ、さらわれてきたのですね。」


 喋っている途中で、セブンテイルの子供のお腹から魔法陣が浮き上がり、消えた。

 おそらくあの大男が死んだのだろう。


 「殺さずに従魔契約を解除する方法はあるのか?」


 「強い魔力で契約を上書きするか、主人と従魔、双方の同意によって破棄することができるはずです。特殊な魔術などあるかもしれませんが、専門外ゆえ。」


 契約なだけあって責任も重い魔術だ、そして忍自身にも改めてプレッシャーになった。


 「部屋の中から廊下の気配ってわかるのか?」


 「檻に施してある魔術と似た魔術で囚われているようで、魔力と気配は部屋の中からはわからないです。」


 「ちょっと、左の部屋が気になる。右の部屋は全て任せていいか?」


 「了解です。お気をつけて。」


 山吹が小さくガッツポーズをした、なんで今するんだ。

 そそくさと二つ目の扉に入ったのを確認して、忍は左の大扉の中を確認するのだった。


 大扉の中は広めの部屋になっていた。

 丸テーブルの上には銀貨とダイス、小さな酒樽やショットグラスもある。

 どうやら賭け事でもやっていたらしい。

 部屋の端っこには扉にギリギリ入りそうな大きさの檻、檻の床には【従魔の魔術】の魔法陣が刻んであった。

 壁際には乱雑に筆記用具が並んだ机と小さな引き出しがいっぱいついたタンスのようなものが設置されていた。


 「当たりか?」


 忍は机の引き出しを開ける。

 白紙や書類らしきものとまざって、契約書が出てきた。


 「ガスト王国の奴隷契約書、やっぱりか。」


 右側のタンスのようなものも中身のほとんどは書類であり、そこには奴隷契約書や裏帳簿、密輸の計画書などが雑然と保管されていた。

 商人はどこまで行っても商人だ、きちんとした商人であればあるほど取引の証拠は残してあるもの。

 忍は部屋中の物を指輪に収めた。

 精査している時間はない、あとでスキップとともにより分けよう。


 部屋がノックされ、山吹が顔を出した。


 「ギミックラクーン、レッサーハーピィ、ドッペルストーン、みんな子供を産んでいました。部屋から出ないように言い含めております。鉄扉の先は闘技場だけのはずです。」


 「よくやった、次へ行こう。」


 おかしらなるものがいるなら、そいつがこの件の首謀者のはずだ。

 忍は飛熊の血を拭って鞘に戻し、赫狼牙を抜いた。

 鬼が出るか蛇が出るか、忍は鉄の扉を開けて闘技場へと足を踏み入れるのであった。


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