襲撃と怒り
ニカの髪の毛は細くて丈夫な深緑のツルで、一本一本は半透明なので集まるとつやつやで美しかった。このツルは伸縮自在で水も飲めるすぐれものだ。
ニカの魔物としての能力はこのツルが使えることくらいしかわからない。
クレアと比べれば力持ちだが、男の人には勝てないし、ご飯は食べなくてもいいけど、それはなにか役に立つかと言われればそんなことはなかった。
脚が速いわけでも、魔法が使えるわけでもない、みんなと変わらない、それがニカだった。
ガシャットはお父さんと呼ぶとおじいちゃんだよっていう。
ニカはガシャットが好きだったから、おじいちゃんって呼んでいた。
「お嬢ちゃん、魔物なんだろ?人間騙して街で生きてるなんざ、いけない子だねぇ!」
ある日、おじいちゃんのお店に三人のいやな人がきた。
ナイフを目の前に出してきて、お店のお皿を割って騒いだ。
奥からおじいちゃんが出てきて言い争いになった。
「やめて!」
声を出したら、床に倒れてた。
ほっぺたが痛い、叩かれたのか蹴られたのかは分からなかった。
おじいちゃんは襟を掴まれて持ち上げられてしまっていた。
「ニカ、すまない。【増強】!」
だいすきなおじいちゃんが、ニカにあやまった。
おじいちゃんをいじめないで。
おじいちゃんをいじめないで、おじいちゃんをいじめないで、おじいちゃんをいじめないで、おじいちゃんをいじめないで、おじいちゃんをいじめないで、おじいちゃんをいじめないで、おじいちゃんをいじめないで、おじいちゃんをいじめないで、おじいちゃんをいじめないで、おじいちゃんをいじめないで!おじいちゃんをいじめないで!おじいちゃんをいじめないで!!
「おじいちゃんをいじめないで!!!」
お店の天井から、三人がぶら下がっていた。
おじいちゃんはもう大丈夫だった。
でも、ニカはおじいちゃんやみんなと違った。
ニカの髪の毛はみんなと違った。
「すまない…ニカ、すまない。」
「おじいちゃん、あやまらないで。だいすきだよ、おじいちゃん。」
その後ニカは隠れて暮らした。
おじいちゃんがいうにはニカを狙ってる人がいるらしい。
よくわからないけど、人型は高く売れると三人がいってたのを思い出した。
今日、白雷さんとニカが掃除をしていると、また嫌な四人が現れた。
「プオォ。」
白雷さんはため息を付いたのかもしれない。
何を言ってるかはわからないけどそんな気がした。
「中型と無力な子供って話だったが、コイツは小型じゃねぇか?」
白雷さんは大きさが変わる。
今は私に合わせて大きめのぬいぐるみくらいになってくれていた。
お店、お皿がないと広かったことがわかる。
白雷さんはニカを守ってお店の真ん中に陣取った。
相手は四人、白雷さんは一人、危ないと思った時、電気が部屋を走った。
そこで記憶が途切れている。
忍は街の外に逃げ切ると千影たちも次々と壁を飛び越えて街の外にやってきた。
そのまま街道沿いを戻って森に身を隠す。
最初に運ばれてきたニカに忍は【同化】を試みていた。
ニカがみていたものを忍も把握する。
「白雷、ニカを電撃に巻き込んだんじゃないだろうな?」
「プオッ!」
違うらしい。
今度は白雷の意識と【同化】してみる。
四人と対峙した白雷は電撃で応戦、そして、盗賊のような格好の男の腰で何かが爆発した。
白雷はバリアを張って二人は事なきを得たが、衝撃は止められずニカが気絶したというものだった。
表面的なケガはないものの、白雷も体に痛みが走っているようだ。
「すまなかった。【トンネル】【グランドリジェネレーション】!」
二人がすっぽり入れるような穴を掘って、回復魔法をかける。
次に到着したのは目を回したスキップと知らないイケメンだ。
「誰?!」
完全に顔に覚えがない、どうやら気絶しているようだ。
『ゴランです。見つけたので攫ってきました。』
「密売に加担してるやつ?!そんな気軽に攫ってこれるの?!」
『ご迷惑でしたか?』
「……い、いや、ありがとう、助かったよ。スキップを起こしてくれ。」
実際に助かったのだがなんか腑に落ちない。
千影にもやっとするこの感覚には慣れることはなさそうだ。
そして忍がメイド二人に視線を移すと、血まみれでぐったりしながら狼にくわえられていた。
「は?!」
ゴランは無傷っぽいのに対してメイドのこの惨状はどういうことだ。
「千影、報告してくれ!二人を地面にゆっくりおろして、【グランドリジェネレーション】!」
忍は魔法をかけてから二人の体の傷を見る。
水色のショートヘア、サラの体はかすり傷が主で大きな傷は腿のみだがその腿から大量に出血している。
銀髪のロングストレート、ファルは一箇所だけだが土手っ腹に穴が空いている。
「くっそ、これどっちが重症なんだ?!」
腹のほうが重症に見えるが、太ももには大きな血管が通っている。
そもそも気絶してここに運ばれるまで血液をかなり流しているはずだ。
いや、落ち着け、そもそもコイツらは裏切り者だ。
これで助からないなら助ける義理はないはず。
「サラ!ファル!」
スキップも目を覚ましたらしい、こちらに駆け寄ってきている。
『この二人は千影のことを気配で感じられるようでした。戦闘も一筋縄ではいかず【ダークニードル】を使用して捕まえました。記憶は洗っております。』
「裏切った動機は?」
『三人とも母を盾に裏切りを強要されたようです。スキップと同じ魔人ですね。』
「くっそ、被害者かよ!」
ステップ・ミリオン、彼に対する怒りが腹の中でグツグツと煮える。
顔も知らないクソ野郎が、一体どれだけの間この街で悪事を働いてきたんだ。
「ご主人様!!お願いいたします、わたくしはどうなっても構いません!二人を助けてくださいまし!!!」
「ああ、もう、スキップ、賭けろ!どちらのほうが魔法なしでも生き残る!君の部下だ、よく知ってるだろ!」
「そんな?!」
「決断しろ!今夜の大勝負はまだ終わってない!!」
大勝負という言葉にスキップの目の色が変わった。
屋敷で一世一代の大勝負をしたスキップだ、成功させるための決断は自分自身で決めなきゃならない。
「サラに魔法をお願いしますわ!彼女は病弱なんですの!」
「【ヒール】!」
サラの傷がみるみる治っていく、しかし一番大きな足の傷が治りきる前に、【ヒール】の効果は切れてしまった。
あとは土に埋めて様子を見るしか無い。
忍は急いで【トンネル】を掘り、サラを埋める。
「ファルの方はありものでどうにかするしかない。応急手当とか出来ないのか?」
「ゴランを起こしてくださいまし!彼ならできるはずですわ!」
「千影、頼む!」
執事服で尖った耳、細身のメガネをかけたオールバックのイケメン、ゴランがビクッと体を震わせて目を覚ました。
「ゴラン、手当を!ファルが死んでしまいます!」
「お嬢様?!なんで生きて、ファル?!」
「何でもよろしいから早く!」
「かしこまりました!」
執事ゴランは命令を受けるとテキパキと動き、ハンカチで傷口を圧迫、シャツを割いて包帯を作り見事に血を止めてしまった。
処置が終わると、額の汗をぬぐっていい顔で振り返った。
「千影。」
ゴランの頭に千影の狼がかぶりつく。
ゴランはそのまま気を失った。
「ご主人様は鬼ですの?!」
「裏切り者は信用できない。」
『忍様は鬼寄りかと。』
「千影さん?!」
漫才をやっている場合ではない、ファルも穴をほって埋めておいた。
「しのぶさーん。」
一息ついたところで後ろから弱々しい声が聞こえる。
「ニカ!良かった気がついた、か?!」
ニカは【グランドリジェネレーション】の効果を高めるために首から下を地面に埋めたのだが、髪の毛が伸びて地面にどんどんと潜って行っている。
もはや顔をすべて覆う勢いで、周りにもうねうねと髪の毛が伸びてしまっている状態だ。
「しのぶさん、とまらないの!たすけて!」
「いやこんなのどうしろって?!まて、なんとかする!【同化】」
ニカは今ダメージを受けている状態だ。しかし髪の毛が伸びるのが止まらない。
なんだ、ダメージ、成長、水を求めてる、地下水までツタを伸ばす気なのか。
「わかった!」
忍は指輪から風呂桶を出すと【ウォーターガッシュ】で水をためだした。
地下に向かって一心不乱に伸びていた髪の毛がボコボコと地面から生えだし、風呂桶に殺到する。
「ニカ、止めようとしないで髪の毛をもっと伸ばして体を地面から浮かせてみろ!」
「う、うん!」
忍は水を生み出しながらニカに指示を出す。
風呂桶の水は注いだ端から吸収されていき、ニカの髪の毛は風呂桶を割らんばかりに暴れまわる。
「やばいな。【マルチ】【ウォーターガッシュ】!」
忍が両手で水を出すと水が減るスピードと拮抗した、千影の狼はニカの周りを掘ってくれている。
「上半身が出てきた!あともうすこ、し?」
スポンと、間抜けな音がしてニカの体が地面から抜ける。
そのままニカは忍の方に飛んできて、ガシャンと風呂桶の中にホールインワンした。
「ぬけたー。」
「……ニカ、なのか?」
一瞬話しかけてきたのが誰か分からなかった。
忍の目の前には壊れた風呂桶とわがままボディの美女がいたのだった。
美女は一糸まとわぬ姿で立ち上がると忍に声をかける。
「しのぶさん、ちいさくなった?」
「い、いや、とりあえず服だ。」
「……ひゃぁ?!」
ニカが可愛い声を上げてしゃがみこんだ。
立っている忍よりも頭二つ分くらい身長が大きかった、二メートル以上はあるだろうか。 胸はスイカクラス、肌の色は全体的に黄緑がかっている気がする。
忍はテントの天幕を取り出すとニカに渡した。
この大きさの布は流石に持っていなかった。
「これ、どういうことだ?回復魔法の副作用か?」
「落ち着かれました?って、こんな時に何してますの?!」
騒ぎが落ち着いたのを聞きつけて二人のメイドのところに居たスキップが合流した。
何やら勘違いしてそうだ、めんどくさいので無視して話をすすめる。
『忍様、ニカの魔力の総量が成長しています。忍様の作り出した水が原因ではないでしょうか。』
「そんなことある?!」
いや、魔力というのはいまだによくわからないし、魔物の生態もよくわからないのがいっぱいいるのだ、ありえない話ではない。
「ニカ、体は大丈夫か?さっきの水を飲んだ時、変な感じとかしなかったか?」
「からだは、たぶんもうなんともないかも。さっきのおみずはなんか、すごくおいしかった。こう、たいおんがあがるかんじ、かも?」
『植物ですし、土に植えたから余計に成長したのかもしれませんね。』
「げ、まさか。」
忍には心当たりがあった。
スキップの屋敷に行く前にいつもの確認作業をしたのだが、ニカを従魔にしたことで新たな能力が増えていた。
常時発動能力【栽培上手】植物の栽培に成功しやすくなる。世話をした植物の成長速度も少し上がる。ニカとの契約により付与された。
そうそう使うことはないと思っていたのだが、ニカ、植物か。
いや、たしかに魔物だけど植物だもんな。
しかしニカとの契約の能力がニカ自身に使えるってどうなのよ。
「すまない、私のせいだ。ニカは本当に大丈夫か?」
「だいじょうぶ、いきなりおおきくなったから、ちょっとへんなかんじだけど。」
「わかった、白雷と一緒にいてやってくれ。ちょっと会議をするから向こうには近づかないように。」
忍はドン引きしているスキップの手を引いて裏切り者の方に連れて行った。
少しだけ回復していた対人モチベーションが持っていかれてすべてがめんどくさくなっているのを感じる、急がねば。
忍は深呼吸をして気を引き締め、スキップに向き直る。
「スキップ、これから君の望みを叶えます。ミリオン商会を潰しましょう。」
「……はい、ご主人様。よろしくお願いします。」
空気が変わったのを察したのだろう、浮ついていた雰囲気が引き締まった。
気絶している三人を前に忍は会議をはじめる。
「千影、新しくわかったことはありますか?」
『この三人は全員裏切り者でした。理由は身内を盾にした脅迫です。首謀者はステップ・ミリオン。スキップは今夜殺される筋書きでした。』
千影の探り出した情報は忍たちの予想よりも先を行っていた。
ステップ・ミリオンは今回の八百長の失敗を重く見て、関わっている情報筋に三つの嘘情報を流したらしい。
ゴロツキには第八レース八枠のブラックタイガー。
スキップには第七レース一二枠のパドルトカゲ。
そして使用人以下の腹心には第十一レースの九枠、カブトウシである。
情報を流したのがこの三人でそれぞれ偽情報だと認識していた。
明日の実際のレースは八百長無しで行われ、もし今回も高額をピンポイントにかけるやつがいれば情報源を炙り出せるという計画だ。
そこにスキップが暴走し、忍と手を組んで商会の転覆を企ててしまう。
三人はスキップの監視もおこなっていたが、長年一緒にいた分だけ情もある。
ステップはスキップを暗殺して罪をかぶせることを考えていたが、三人はギリギリまでスキップを生かそうとした。
そのギリギリが忍との商談成立である。
商談が成立しなければこの凶行は起こらなかったわけだ。
町では忍がスキップを誘拐したという話で捜索がはじまっているであろう。
「わたくしの行動がこの状況を生み出し、サラとファルを危険にさらして、しかもレースが八百長でなければ……。」
スキップは踊らされていた。
八百長がなければ商会を破産させることができない。
忍に頭を下げ、二束三文で自分を捧げてまで打って出た大勝負が、失敗の約束されたレールの上に乗ってしまっていたのだ。
大金貨十枚、どんぶり勘定で一千万。
たしかに大金だが、一人の人生を売り渡すには安すぎる金額だ。
「千影、スキップ嬢はどんな経営者ですか?」
『接客業と宿泊業で実績があり、カリスマもある経営者です。我儘な部分が玉に瑕という評価が大半でした。経営内容は誠実です。』
「なるほど。」
「……その質問にどんな意味がありますの?わたくしにはもう打つ手がありませんの。明日からもシジミールは何も変わらず。ただ、わたくしが周りを巻き込んで破滅しただけですわ。」
知っている目だ。
スキップの目が死んでいた、絶望した時目が光を失うというのは本当のことだと忍は知っている。
どんな反応になるかは人によるが八割くらいはいい方向にすすまない。
若さ、という表現を老人が口にすることがあるが、挫折を知らない者のことを指すのだろう。
スキップはたしかに挫折したのだ、しかし、破滅したのだろうか。
「私は巻き込まれたんですか。この国の法的にも犯罪者になってしまいましたね。大金貨十枚も払ってとんだ大損ですよ。」
「つ、償いますわ。なんでもいたします。」
「なんでもするって軽々しく言わないでください。そこの三人を殺せますか?」
スキップの表情がこわばる。
「スキップ嬢はいろいろなことができるのでしょうが、全てを自分一人でできるなどと考えてはいけません。私と違って裏切り者を許してしまえる君なら、他人と協力することも上手にできるはずです。」
忍は千影に心の中で指示を出し、スキップを気絶させた。
ほかの二人の横に【トンネル】で穴を掘りゴランの体を埋める。
これで万が一の時も暴れられないだろう。
顔を合わせたこともないやつだが、ステップ・ミリオンは許せない。ミリオン商会は許せない。
そしてそのために、忍はどうするかを考えて、シンプルな答えを出す。
『おすすめできません。単独でのアジトの襲撃など、いくら忍様でも無謀です。』
「白雷はダメージが大きい、ニカは戦わせるわけにいかない、スキップも武力としてはカウントできない。しかし、事件が起こった今夜は奇襲のまたとないチャンスだ。」
ここで逃げてもアサリンド全域に手配が回るはず、リスクを負ってでもここで決着をつけるべきことだ。
忍はいい、しかし、ガシャットにニカを任されている。
スキップもこの仕打ちはあんまりではないだろうか。
『今の忍様は冷静ではありません。千影は逃げることを再度進言します。』
「千影…ごめんな、この会議は逃げるためじゃない、ミリオン商会をつぶすための会議なんだ。」
『…仰せのままに。』
「よし、千影は地上で狼を使って街中を逃げ回ってくれ。相手に怪我を負わせないように。」
『承知しました。』
「私は森側から魔物を逃がせないかやってみる。もしかしたら違法奴隷とかもいるかもしれないしな。」
忍は指輪から袋を三つ取り出した。
大金貨百枚が入ったそれをスキップの傍に二袋、置く。
そして白雷の頭をなでながら一袋をニカに預けた。
「もし私が戻ってこれなかったらこのお金はニカのものだ。あっちの二袋はスキップに残す。」
「しのぶさん、なにいってるの?」
「一応の備えってやつだ。白雷は治るまでゆっくりしてなさい。命令。」
『ずるい、忍、ダメ!白雷、行く!』
「緊急事態にニカを守ってやってくれ。ニカ、白雷を頼む。私と千影は用事を済ませてくるから。」
「しのぶさん、わたしわかるよ。こどもあつかいしないで。」
ニカに怒られてしまった、頭をなでる。
「今回に限っては死ぬ気はないよ。一人でしかできないこともするつもりだから、ニカもここでみんなを守っててくれないか。」
ニカは真剣な顔で立ち上がると忍の頭を包むように抱いた。
「……わかった。いってらっしゃい。」
離れたニカが手を振る。
忍は言葉が出なかったので、手を振り返して走り出した。




