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闇の精霊と神託

 予想外のこともあったが、底なしの指輪にはクッキーのようなお菓子も入っており、それらがあることで随分と気は楽になった。

 もしかしたらこれらの品物はアーガイルの好物だったのかもしれない。

 もちろん節約して食べなければならないがクッキーを一枚食べると随分と頭がスッキリとした気がする。糖分は偉大だ。

 外に出られたときにやりたいことが増えた。制限なしにクッキーを食べよう。


 影の書の内容は多岐にわたっていた。

 魔術の基本理論から応用、新しいトレーニング方法の試作、オリジナル魔術、戦術、各種学問などのメモとともに仲の良い家臣の愚痴や師匠からの無茶振り、誕生パーティの計画、読んだ本の総評まで雑多に書かれているのだ。

 文字が数種使われていてそれぞれの内容に対応はしているものの、雑事の中になにかある可能性もある。

 それらすべてを忍は読み続けていたのだ。

 理解した時点で一日半もこの作業をやっていたのは本人は知る由もない。


 そろそろ中盤に差し掛かろうかという時、気になる記述が出てきた。

 どうやら魔王に限らず魔族というのは魔石というものが体内にあり、これを壊されなければ復活する可能性があるのだという。

 よって、魔王の棺には魔石とともに外に出るためのアイテムが埋葬されるらしい。

 残り一つの謎の指輪はこのアイテムのようだ。

 つまりこれを使えば外に出られるということである。


 「長かった……この本は情報量が多すぎる。」


 あとは指輪を起動させれば良い。

 うまく行けば王墓の上にワープができるはずだ。


 「お世話になりました。ご冥福をお祈りします。」


 忍は棺に手を合わせて一礼する。

 冥福という言葉がこの世界であっているかわからないが、会ったこともないアーガイルに世話になったと感じていたからだ。

 墓室を見回した後、忍は指輪に集中し、その力を発動した。


 風を感じ、木々のざわめきが聞こえた。

 まぶたを貫いて明るい光が目に入ってくる。

 目を開けると大自然という言葉がピッタリの光景が目の前に広がっていた。

 忍が立っていたのは小高い山の岩の上だった。


 なにかないかと周りを観察してみる。

 見通しは良かったので周りにいくつかの山と大きな湖と川があり、かなり先に海を発見したが、それ以外の位置は木々に隠れてきちんと把握はできなかった。

 煙が立っている様子も、船がどこかに浮かんでいる様子もない。


 「ああ、まごうことなき大自然だ。」


 忍は涙を流していた。感動していたからではない。視界に街も村もないのだ。

 サバイバル生活をしなければならないことを理解したくなくて、忍はおいしい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 大自然が楽しいのは、レジャーだからなのだから。


 もう一つ忍は問題を抱えていた。

 眠い。

 閉じ込められた焦燥感から休みなしに本を読み、そのまますぐに脱出してしまった。

 日の高さからして今は午前中といったところだが、どんな動物がいるかもわからない状態で高鼾など無防備にもほどがある。

 さらにここは異世界、動物どころか魔物がいるはずなのだ。

 早急に手を打つ必要がある。


 忍は王墓に戻れないかを試してみた。

 あそこに戻れるのならしっかり休んでからまた出てくればいいと考えたからだ。

 指輪に集中してみるが、ワープはできない。

 どうやら脱出専用のようだ。


 底なしの指輪になにか入っていないか探してみる。

 指輪にはテントや薪、使い込まれた小斧やナイフ、ロープに鍋などの道具が入っていた。


 「ありがとうアーガイル。」


 泣きそうだ。神より、魔王のほうがよっぽど頼りになる。

 サバイバルに対する知識は忍者のものなら少しだけ知っている。

 テントを張る場合ぬかるんだ水辺は良くないが、川の近くの林なら川側からの警戒をせずに済む。

 視線ができるだけ通らないようにして鳴子を張れば簡易警戒網としては使えるはずだ。

 そして不確定ながら、影の書に使えそうな魔術があった。

 忍は早速テントを建てられそうな場所を探し、河原に急いだ。


 「はぁ、はぁ、い、がいと、早かった、な。」


 上から見たときは到着までにしばらくかかりそうだったが、急いだからか、忍は昼前に河原に到着できていた。

 こんなに移動して息を整えるだけですんでいるのは運動能力も上がっているおかげだろう。

 やっと神様の恩恵を受けられた。

 

 「すばやく、うごけても、持久力、ないんだよ、な。」


 ぽっちゃりの宿命であった。

 手頃な場所を探し、座って息を整えてからテントを設置する。


 「知ってる形式で、助かった。」


 人生においてすべての雑事を押し付けられていた経験が役立った。

 ワンポール式のテントは滞りなく建てられ、周りの林に鳴子も設置できた。

 薪に、そこらに生えていた植物のツルを結び、数本束ねて揺れると音がなるようにしたものだ。


 「鳴子、いいな。」


 徹夜明けのハイだからなのか楽しくなってしまい、余るほど作ってしまった。


 そしていよいよ、魔術を試す時がきた。


 「闇の精霊の召喚。」

 

 精霊はこの世界の魔力が意志を持ったような存在らしい。

 この魔術で呼び出される精霊の強さは術者の力量次第、精神力で精霊を打ち負かせれば従わせることができる。

 呪文の中で主を宣言し精霊に名前を付けることで契約するらしい。

 ちなみに、上位精霊くらいににならないと意思の疎通などはできないらしいので、王墓のように喋りかけてくるようなやつが出てきたら大当たり。


 こいつに寝てる間の守りをしてもらおうということだ。


 魔術を成功させられる可能性は高い。

 ソウルハーヴェストを持って無事ということは精神が弱いわけではないということだし、大概のゲームでは知力や精神力というのは魔法に直結するステータスのはずだ。

 このステータスという考え方がこの世界で通じるかは分からないが、少なくとも女神は能力という言葉を使っていた。そして魔法が使えるようにするとも言っていた。

 どんな魔法が使えるかは分からないが、やり方がわかっているならやってみる価値はある。


 薄暗い木陰の地面に複雑な魔法陣を描く、まさか三十にもなってこんなことをするとは。

 しかしこの世界には実際に魔法が存在するのだ、これは子供のお遊びではない。

 王墓の精霊はあの墓室を守っていたのだろう。

 つまり私を守れという命令も使役さえできれば聞いてくれるはずだ。


「万物の根源より生まれし闇よ、我が下に来たりて力となれ!【闇の精霊の召喚】!」


 ……こぽ。


 ………コポ…こぽコポ…こぽ。


 魔法陣が紫色に光り、中心から真っ黒な水のようなものが溢れてくる。

 それは光を反射することのない漆黒だ、あのときに見た壁と同じように。


 「ここに契約を結ばん、召喚せし我が名は忍! 汝の名は、千影!」


 真っ黒な水がどんどん溢れてくるが魔法陣の範囲からは出てこない。

 まるでコップに水が貯まるようにどんどんかさを増していく。


 忍はここにきて妙なことに気づいた。

 明らかに王墓に居たものよりも体積が多いのだ。


 なにかが忍の頭の中に入ってくるような感覚があった。

 しかし、あの壁画が出現したときのようにパチンと弾けるような感覚がして、目の前の真っ黒な水が大きくうねった。

 そしてしばらくして落ち着いたあと、頭の中に中性的な声が響いた。


 『我、千影は契約に従い、汝、忍を我が主と認め、戴いた名に恥じぬ働きすることを、ここに誓う。』


 魔法陣が赤く光って消えた、ということは、これで契約は成立のはずである。

 精神力バトルを覚悟して身構えていた忍としては拍子抜けも良いところだったが、とにかく今は寝たい。


 「千影、早速ですまないが私が寝てる間周りを警戒して、襲われそうなら守ってくれ。」


 『仰せのままに。』


 忍はそう言い残すといそいそとテントに入り、横になった。

 空腹にはなんとか耐えられても睡眠欲には抗えないのであった。



 

 ここは、どこだ。

 みずの、なか?

 ちからが、はいらない。


 忍は目だけを動かして周囲を見ていた。

 ニジマスのようなツルッとした魚が泳いでいる。

 体が流されていく、次に目に入ったのは水面だった。

 鏡のように自分の姿が写っている。

 真っ黒な髪の毛やひげは伸び放題、しかも裸だ。

 しかし、お腹のど真ん中に見覚えのない入れ墨のようなものが見えて、右耳には同じマークのピアスがついていた。


 目を開けると真っ暗だった。

 しかし、王墓で見たようなものではない、テントの入口を開けるとうっすらとした星あかりが川を照らしていた。

 眠ったのは昼過ぎなのでゆっくり休めたのだろう、体にかなり力が戻っていた。


 「夜、か。」


 呟いて何気なくパーカーをずりあげてみると、お腹にはマークが付いていた。

 夢のとおり、ということはもしかしてあれが神託だったのだろうか? 

 あと出てきたのは魚だったか。

 おそらく渓流にいるようなやつだろう。

 そうか、この世界に飛ばされてから今まで私は寝ていない。

 女神がなんとかコンタクトを取りたくても何もできない状況だったということなのか。


 「困ったら寝てみるか。あと、髪はまとめて、ヒゲくらいは剃ろう。」


 髪をロープでオールバックのポニーテールにしてみた、前髪は長さが足りずぴょこぴょこ出ている。

 右耳を触ると耳飾りがついているのがわかった。

 特に痛いわけでもないが外すことはできなそうだ。


 『はい、ご要件は何でしょうか。』


 頭の中に、明瞭な機械音声のような声が響いた。


 「え、何?誰?」 


 『私は異世界に召喚された方のサポートをするための魔導具・神々の耳飾りです。機能の説明を行いますか?』


 「あ、え、お願いします。」


 『神々の耳飾りは、言語・文字・音声の自動通訳、神から与えられた使命等の確認、使用者の能力の解析、基礎魔物図鑑、図解・武器別戦闘術、動物図鑑、植物図鑑、ブルーアースの歩き方、基礎魔法辞典、猿でもわかる宮廷マナー神式編、フォレストレンジャー式はじめてのサバイバル指南、がインストールされています。』


 「電子辞書か!?」


 ツッコミが抑えられない忍の悪い癖である。


 『主!大丈夫ですか!?』


 今度は頭の中で千影の声が響いた。


 「いや、すまない、なんでもない。もう少し守っていてくれるか。」


 『……仰せのままに。』


  神々の耳飾り、これがあるだけでサバイバルはものすごく楽になるかもしれない。

 動植物を食べられるか判定できるし魔物のこともわかる。

 武器や魔法も使うための練習ができそうだ。

 サバイバル指南はこの先役立ちそうだし、何よりこれはこの真っ暗な状況で最高の暇つぶしになる。

 テンションが上ってきてしまったが、そういう物に手を付ける前に最も気になる項目があった。


 「使用者の能力の解析?」


 『耳飾りの使用者の使うことのできる能力を解析することができます。魔法の属性や常時発動能力、任意発動能力の内容と効果を調べます。』


 これは知らなければなるまい。

 闇の精霊を使役できたということは闇属性は確定だろうけど他の魔法も使ってみたいし、もしかしたら役に立つような能力も持っているかもしれない。

 

 「では、解析をお願いします。」


 『しばらくお待ち下さい。』


 耳飾りはそういうとしばらく沈黙が降りる。

 忍はソワソワしていた、激強能力という話だったし気分のマイナスを加味してもどんなものかは気になってしまう。

 もしかしたら金髪になって気をとばしたり、一瞬だけ世界の時を止められたりするかもしれないのだ。


 『解析が終了しました。魔法属性は、土・水・火です。常時発動能力は【不老】【成長限界突破】【精神攻撃無効】【魔力耐性】【暗視】【一発必中】【名工】【真の支配者】です。任意発動能力は【解呪】【千影の召喚】です。』


 忍は反射的に大声を出しそうになり、口を抑えてプルプルしていた。

 不老っていった?

 不老不死の不老?

 一体何だってこんなことに。

 とりあえず一つづつきちんと説明を聞いてみよう。


 『【不老】老化しない。神に召喚されると必ず付与される。』


 ですよねー。

 あー、女神も困ったんだろうな。

 これ聞いたらものすごくゴネてた自信がある。


 『【成長限界突破】成長し続ける。神に召喚されると必ず付与される。』


 これも絶対か。

 つまり不老でずっと努力してたら世界最強になれると。


 『【精神攻撃無効】精神に作用する魔法、魔術、呪い、能力を無効化する。【魔力耐性】魔力攻撃が効きづらくなる。ダメージを軽減し、弱いものならかき消してしまうこともある。運命の女神の加護により付与された。【解呪】対象の呪いを解除する。運命の女神の加護により付与された。』


 漆黒の壁に勝てた理由に納得がいった。

 おそらくこれらの能力で攻撃が効かないと悩んでいたんだな。


 『【暗視】全くの暗闇でも目が見える。闇の精霊との契約により付与された。【千影の召喚】千影をいつでも召喚、送還できる。闇の精霊との契約により付与された。』

 

 精霊と契約すると使えるのか、千影のお陰で夜目も効くようになったらしい。

 意識していなかったが真っ暗な中でテントの入口がわかったのも、この能力のおかげか。


 『【一発必中】狙った場所に攻撃が当たる。【名工】どんな物を製作しても職人顔負けの出来栄えになる。』


 めちゃくちゃ便利そう。鳴子以外にも色々作ってみよう。


 ひと通り見てきたわけだけど、最後に残したこの能力はやばいんじゃないだろうか。

 意を決して耳飾りの説明を聞きはじめる。


 『【真の支配者】支配、契約系の魔術や魔法、能力の効果が最大になる。支配下に入ったものは、真の支配者に対して隷属する。本人からの要望により付与された。』


 これこそ魔王とかラスボスが持ってそうなやつじゃない。というか最後の一文。


 ―――本人からの要望により付与された。


 そんな要望なんて……


 ―――仲間に裏切られたくない。


 ……違う、そうじゃない。


 「裏切られたくなかったら仲間全員奴隷化しろってことかあぁぁぁ!!!神ってやつあよおおぉァァァ!!!!」


 『主、落ち着いてください!主!主!』


 こうして、脱出一日目の夜は更けていったのだった。


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