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寿命と娘

 朝、勤務の終わったノブに案内されて忍は衛兵の詰め所を訪れていた。

 今回倒した盗賊は報奨金などはかかっていなかったが、従魔車の荷物が多く大口の取引だったようだ。


 「金額は無事な荷物が金貨二十四枚と従魔車が金貨六枚ってとこで、一割国に収めてもらって二十七枚になる。サインを頼む。」


 「わかりました。たしかに金貨二十七枚頂戴します。」


 なんだかやっぱり悪い気もするがこれがこの国のやり方ならそこは仕方がない。

 台帳を見せてもらったが、取引相手はほとんどがミリオン商会だ。

 しかしわずかに個人宛の荷物もあった。

 相手はクレア、木箱三つ分のソイソイという黒い豆らしい。


 「これ、もしかして梅干しのおばあさん?」


 「知り合いか?その人なら少し待ってれば取りに来るぞ。」


 木箱はかなりの大きさだ、持ち帰れるのだろうか。

 忍は手伝うつもりでクレアを待つことにした。


 しばらくするとクレアとニカが荷台を引いて詰め所を訪れた。

 

 「あ、やっぱりだ。こんにちは。荷物運び手伝いましょうか?」


 「おや、こんなとこでどうしたんだい?」


 「実は盗賊捕まえたの、私でして。」


 「へ?」

 

 クレアはぽかんと口を開けて固まってしまった。

 二人で話している間に黙々とニカが木箱を荷台に積んでいた。


 「ニカちゃん、力持ちなんですね。」


 「あ、ああ、いつも助かっているよ。」


 「お二人ともお送りしますよ。白雷、引いてくれるか?」


 「プオォ。」


 白雷が荷台の前にスタンバイする。

 二人を荷台に乗せるとノブにお礼を言ってジュポッタを一つ渡し、クレアの家に向かった。


 クレアの家は商店街の一角にあった、元々はなにかの店舗のようだったが、今は蚤の市でしか商売をしていないようだ。半分くらいのスペースに甕が置いてあった。


 「木箱はそこに置いとくれ。ありがとう、助かったよ。」


 「いえいえ、しかしこの豆かなりの量ですよね。どうするんですか?」


 「ああ、ソイソイの塩漬けを作るんだよ。こんなやつさ。ジミールのスープに入れるとものすごく美味しくなるんだよ。」


 クレアは店舗の甕の一つを開けて見せてくれた、独特の匂いがする。


 「色は真っ黒だけどこの匂い。味噌ですな。」


 「ミソ?」


 間違いない、名前は違えどクレアは発酵食品の名手だ。

 梅干し、味噌とくるともしかしたらあれもあるかもしれない。


 「ちなみに醤油、えーっと、しょっぱいサラサラのタレみたいなものって作ってます?」


 「いや、知らないね。あたしゃ塩漬けの腕だけは自信があるけど、ほかはからきしだからねぇ。」


 もちろん味噌も交渉して二甕ほど売ってもらった。

 他にも魚や肉、植物の塩漬けがこの甕たちの中に入っているらしい。


 「やり方を習いたいくらいですよ。」


 「うれしいねぇ。いまからニカとソイソイを仕込むけど、よかったら見ていくかい?」


 「ぜひお願いします!」


 そして忍はソイソイの仕込みを手伝わせてもらった。

 ソイソイを茹でて潰し、塩と乾燥させたポウの実を混ぜたものをすり鉢でまんべんなくすり合わせる。

 全て合わせて団子状に丸め甕に力強く投げ入れていく、ここでしっかり空気を抜くのがコツらしい。

 三箱分すべて終わった頃には夕方近くなっていた。


 「忍、夕食食べていきな。泊まるとこがないならガシャットのとこに泊まるといい。」


 作業をしながら忍はスキップのことを話していた。

 どうやらこの商店街でもミリオン商会の評判は悪いようだが、ここは従魔車道から少し離れているため商会の影響力はほとんどないようだった。


 「そういえばガシャットさんの腰って大丈夫ですか?」


 「おじいちゃん、なんとかうごけるようになったよ。」


 「あたしらはもう年なんだからあんまり無理すんなって言ってるんだけどねぇ。」


 クレアもガシャットが心配なのだろう眉根を寄せてため息を付いた。

 夕食の席に並んだのはジミールの味噌汁にパンとサラダ、そして忍の持っていたジュポッタであった。

 しかし忍には気になることがあった。


 「なんで、夕食二人分しか無いんですか?」


 サラダは大皿、パンも味噌汁も二人分。

 そしてニカの前には水の入った桶が一つ。


 「あ、ああ、知らないのかい?ニカが懐いてたからてっきり知っているもんだと。」


 「いただきます。」


 ニカはお行儀よく挨拶をすると髪の毛を纏めていた紐を外した。

 濃い緑色の髪の毛がシュルシュルと伸び、桶に浸かると少しずつ桶の水が減っていく。


 「え?」


 「この子は、ガシャットの連れてきた魔物。従魔さ。あたしからしたら娘とか孫みたいなもんだけどね。」


 ニカは魔物とバレないように生活しているので、信用できない相手から声をかけられても最低限しか話さないし、無視してしまうことも多いそうだ。

 クレアも仲良くなるまで相当時間がかかったようで、味噌を作っている間にニカと忍が普通に喋っていたのにクレアは驚いたらしい。

 夕食を食べ終わりニカと一緒にうつわのガシャットに行こうとしていた時、クレアが変なことを頼んできた。


 「あたしから一つ頼みがあるんだ。ガシャットの話を聞いてやってくれないかい?」


 「え、わかりました。でも、頼まれなくても話くらい普通に聞きますよ?」


 「そうかい。ま、シジミールはミリオン商会だけじゃないさ。あたしらはあんたの味方だよ。」


 「……ありがとうございます。」


 「おばあちゃん、またね。しのぶさん、かえろ。」


 ニカに手を引かれて忍は歩き出した。

 白雷が大きくなって忍にすり寄ってきたので、白雷のヒレとも手を繋いだ。



 うつわのガシャットは相変わらずの店構えだったが、店の前で私服のノブが声をあげていた。


 「おーい、誰かいないかー?困ったな、そろそろ出勤時間なんだが。」


 「ノブさん、こんばんわ。」


 後ろから声をかける。

 ノブは小さな子供と鯨と手を繋いだおっさんを見てちょっと怯んでいた。


 「忍よ、小さな女の子を連れ回していい時間じゃねぇぞ。まさか攫ったのか?」


 「怒りますよ、私が盗賊倒したの忘れてませんか。ニカちゃんはこのうちの子ですよ。」


 話をしている間にニカは走って店の中に入っていく。

 ノブと入口で待っていると店の中から叫び声が聞こえた。


 「おじいちゃん!おじいちゃん!!」

 

 バタバタと店の中に入ると倉庫の入り口でガシャットが倒れていた。

 生きてはいるようだが口から血を吐いている。


 「ニカちゃん、落ち着いて。悪いけど、ちょっとどいていてくれる?」


 忍はニカの肩に力強く手をおいてガシャットから引き剥がしノブに預けた。

 ガシャットは血を吐いていても外傷はなさそうだ、毒か病気かわからない。

 【シェッドシックネス】【リムーブポイズン】を順番にかけた。


 「持ち直してくれよ。【ヒール】!」


 神聖魔術の光がガシャットを包む。

 ガシャットは意識が回復していないものの、表情が緩んでいた。


 「ノブさん、布団に運ぶの手伝ってください。火鉢が必要なら今夜は私のを貸しますから。」


 「わかった!」


 そうしてガシャットを布団に寝かせ、ノブは忍の火鉢と炭を持って仕事に行った。

 火鉢が忍の小さなカバンから出てきたのにものすごく変な顔をしていたのは気のせいだろう。

 ニカはガシャットの傍についてずっと手を握っていた。

 日が完全に落ちてからしばらく経って、ガシャットは目を覚ました。


 「おじいちゃん、よかった!」


 「ニカ、わしは…。」


 「たおれたんだよ!しのぶさんがたすけてくれた!」


 ガシャットがこちらに視線を向ける。

 忍はなんていっていいか分からなかったので、思いついたことを聞いた。


 「もう少し休んでてください、お腹とかすいてませんか?」


 「いや、わしには時間が、ない。あんたに、頼みがある。」


 ガシャットはそう言うと体を起こした。

 ゴホゴホと数回咳をする、口元を抑えた手から血が滲んでいた。


 「歳なんじゃ、神殿でも…治らんと、言われたよ。」


 「……頼みってなんでしょう?」


 「……ニカを、連れて行ってくれ。報酬は、払う。」


 「それは、従魔として、でしょうか?」


 クレアはニカが娘のようだと話していた、ガシャットにとっても同じようなものだろう。

 それならクレアに預けるのが良さそうなものだが。


 「ニカは、ミリオン商会に、目をつけられた。わしが死んだら、さらわれてしまう。強力な魔術師なら、守れるかも、しれん。」


 ニカは俯いていた。

 ぎこちないこともあるが、人と変わらない悲しみが伝わってくる。


 「私がミリオン商会の手先かもしれませんよ?」


 「わしを、助ける必要がない。報酬は、払う。頼む。ゴホッ!」


 ガシャットがまた血を吐いた、先程から【ウォーターリジェネレーション】をかけてはいるが、もうほとんど効果がない。

 こんな状態では立って歩くことも難しかったのだろう、腰などではなく単純に建てなかったのかもしれない。。


 「ニカ、わしを、許してくれ。未開地から、連れてきてしまった。」


 「おじいちゃん、だいじょうぶ。だいすき。だいすき……。」


 ガシャットの体から力が抜けていくのがわかった。

 中空を見つめる目は何も写していない。

 ニカの背中が光り、魔法陣が浮かび上がる。

 それは砂のようにサラサラと、空気にとけて消えてしまった。


 「だいすき…だいすき……。」


 ガシャットの目を瞑らせる、ニカはずっと手を握って離さない。

 忍は手を合わせて神に祈った。


 「ガシャットさん、フォールン様の導きがあらんことを。」


 ニカが落ち着くのを待って、忍は声をかけた。


 「ニカちゃん、私はガシャットさんに頼まれてしまったけど、ニカちゃんはどうしたい?」


 「おじいちゃん、しんじてるから。しのぶさん、ニカをつれていってください。なんでもします。ニカを、つれていって。」


 姿も中身も小さな子供に思える、しかし忍を正面から見据えた少女には決意が宿っている気がした。

 昨日の今日であまりにも性急な話だが、文句を言おうにも当の相手が死んでしまっている。

 ここで放置して何処かに行けるほど忍は冷徹ではないつもりだ。


 「……後ろ向いて。背中をだしてくれる?」


 忍はポケットから石を取り出し、ニカの背中にむけて詠唱する。


 「我と汝に絆を紡ぎ、ここに契約を結ばん。主たる我が名は、忍。汝の名は、ニカ!」


 魔法陣が光り、ニカの背中に写っていく。

 こうして忍に新しい従魔が仕えることになった。


 契約が終わった後、ニカは布団の近くにあった鍵付きの戸棚から本と書類、手紙を取り出し忍に渡した。

 手紙にはうつわのガシャットをニカの主人に相続する旨が書かれていた。

 店も商品も資産も全てとはなんとも太っ腹な話である。ニカはやはりガシャットにとって大事な娘だったのだろう。

 書類は土地と建物の権利書と商店ギルドに預けてある資産の証明書類で、本は未開地域に関する日誌のようだった。


 「おじいちゃん、むかしぼうけんしゃだったの。わたしはたねのときひろわれて、このまちでそだったんだ。」


 未開地域の日誌に美味しい実を見つけたので種を持って帰るという記述があった。

 それがニカの種だったのだ。

 植木鉢で育ったニカは、段々とヒトの形に似てきたらしい。

 そして五年ほどで植木鉢から歩きだしてしまったので慌てて従魔の契約をしたとある。


 「ニカ、おじいちゃんのなかまのなまえだって。やさしくていいひとだったから、なまえをもらったって。」


 忍はニカを膝の上にのせて、一緒に本に目を通し、頷きながら話を聞いていた。

 ニカはとつとつとガシャットとの思い出を語っていく。


 「おじいちゃん、かりうどだったから、けいやくのしかた、しってた。そうじゃなかったら、ニカはしんじゃってたかもしれないって。ニカはひとじゃないから、なけない。おじいちゃん、ごめんね。」


 契約した忍にはニカの悲しみが痛いほど伝わってくる。


 「涙が流れたから悲しいわけじゃない。ニカちゃんはいい子だよ。おじいちゃんも神様に自慢してるさ。」


 気がつけば忍のほうが泣いていた。

 ニカと忍は冷たくなったガシャットと共に夜を明かしたのだった。 

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