スカーレットと宿無しの夜
雑木林で灰を作ったり、炬燵の枠組みを作ったりしているうちに数日が過ぎ、まず湖池庵に知らせがやってきたのは行商人ギルドからだった。
忍が出向くと奥にある個室に案内された、中では身なりの良い男女が待っていた。
お茶とお茶菓子まで用意されている、これがVIP待遇というやつだろうか。
「忍様、この度はおめでとうございます。チケットを拝見させていただけますか?」
忍はいつも通りカバンから取り出したふりをしてチケットを男に渡した。
二人はそれを確認すると、トレーに載せられた大金貨と大きな革袋を四つ取り出す。
「こちら、一塊が大金貨十枚、一列百枚が四列で四百枚となっております。配当通り通常の金貨にして四千枚分でございます。お収めください。」
忍は十枚ずつ確かめるように袋に詰めていき、大きな革袋四つ、大金貨四百枚を受け取った。
「たしかにいただきました。今回は幸運に恵まれて嬉しい限りです。」
確認し終わると、男はチケットに済という印を押して忍に渡した。
「こちらは領収書代わりになります。ささやかながらお菓子をご用意いたしましたのでごゆっくりおくつろぎください。今後とも行商人ギルド及び従魔レースをご贔屓によろしくお願いいたします。」
二人は深々と頭を下げると部屋を出ていった。支店長と秘書さんみたいな感じだろうか。
しかしお金というのはあるところにはあるものなのだろう、大銀貨でお大尽と騒がれたことがもはや懐かしく感じた。
「……せっかくだし、お菓子頂こう。」
高級で美味しいお菓子だが、現在の忍は甘いというだけで感動できるようになってしまっている。
ありがたく味わって、指輪に大金貨を仕舞い込んでから忍は個室を出た。
「こんにちは、この度はおめでとうございます。」
忍が待合室にかえってくると、ものすごい美人が声をかけてきた。
歳のほどは忍より少し若いだろうか、品がある華やかな化粧に金髪碧眼でサイドテールの縦ロール、真っ赤なドレスに真っ赤な扇子、後ろにはメイドが二人も付き従っている。
お嬢様を絵に描いたような姿、美人だが、ものすごい、という形容詞がついてしまった。
二人のメイドは全く同じメイド服で水色のショートカットと銀髪のロングヘアだった。
瞳の色も髪の毛と同じでどちらもやっぱり美人だった。
「ありがとうございます。それでは。」
色々嫌な予感がするのでサラッと流して外に出ようとするも、メイドに阻まれてしまった。
「よろしければ、お茶にお付き合いいただけませんか?」
「……どこのどなたか存じませんが、しがない行商人にどんな用事で?」
忍の経験上、こういうことをしてくる手合は自信も力もある場合が多い。
しかもかなりわがままなはずだ、周りを振り回していることに気づかず、理不尽を押し付けられることになる。
こんな目立つ場所でど派手に正面から接触してくるのは考えなしか計算か、いいやつか悪いやつかは別として、とにかくこんな状況は厄介事だということだ。
「では、単刀直入に。あなた、わたくしの商会で働きなさい。」
「お断りします。」
そらきた。
しかも働きなさいって、はなっから命令かい、世が世ならパワハラまっしぐら。
脊髄反射で断る話だ。
「条件も聞かないの?随分と嫌われたものね。」
「数日中にシジミールを出る予定ですので。話はそれだけですか?では、失礼。」
そう言って今度こそ忍は行商人ギルドから出る。
金か、賊関係か、何が目当てだろうか、個人情報も何もあったもんじゃないな。
しかも道を塞いだショートのメイド、なにか武芸をやってるはずだ、動きがシャープ過ぎる。
「千影、調べられるか?」
『この街ではポールマークのようなことは出来ないかと。力を尽くします。』
「わかった、バレない程度に目的を探ってみてくれ。」
流石の千影でもこの街は広すぎるか。
なんだろう、トラブルの匂いがしてきたな。
忍は急いで湖池庵に帰ると白雷を撫でて癒やされるのであった。
夜の帳が下り、夕食までの空き時間。
忍と白雷と千影は布団を頭からかぶっていた。
天原忍者隊、作戦会議だ。
なお、今回の会議は発音は禁止である。
『白雷、わかった。』
『千影、承知しました。女についてわかったことを報告します。』
千影の報告によると、女の名はスキップ・ミリオン、通称・スカーレット。
この街の大きな勢力であるミリオン商会の商会主、ステップ・ミリオンの一人娘である。
かなり甘やかされているらしく、わがまま放題のようだが、有力者の後ろ盾があるので誰も逆らえない。
シジミールでは古くからの大商会であるミリオン商会が商店ギルドを纏めており、従魔車道周りの大きな商店はほとんど商会の傘下のようだ。
ただし、ただのわがままお嬢様かと言えばそうでもない、経営手腕は目を見張る物があり、飲食、宿泊等の接客業ではかなり有能な人材らしい。
『スキップの目的ですが、損失金の回収のようです。的中させた従魔レースですが、出来レースで裏金を後ろ暗い者たちに渡しているようでした。ゴロツキに渡した金額よりも忍様が勝った金額のほうが高額だったようですね。』
『それはたしかに面白くないだろう、ただスカウトされた意味がわからないな。』
『中心地近くの豪邸の一つがミリオン家です。たまたま居眠りをしていた使用人を見つけましたので、記憶を洗いました。』
「えぇ?!」
声が出てしまった、天原忍者隊の一番のポンコツは隊長かもしれない。
『ご安心ください、寝ている使用人の記憶を覗いただけですので、いっさい危害は加えておりません。』
よかった、適当に捕まえて拷問でもしたのかと考えてしまった。
千影ならやりかねないからな。
『……お望みとあらば。』
『ごめんなさい、望んでません。』
でも引き続き使用人や周辺の人間の記憶を洗うのはありかもしれない。
『その調子で情報収集を頼む。』
『続けます。忍様が気にしていた二人のメイドは護衛も兼ねているようで、スキップに従順です。もしかしたら奴隷かもしれません。銀髪は魔法使い、水色は拳闘士のようです。』
拳闘士、ミネアと同じか。
そういえば手紙の話があったな、盗賊事件が片付いたら一度送ってみよう。
さて、そろそろ夕食の時間だ。
かぶっていた布団をバサッと剥ぐ、それを合図に千影は情報収集に、忍は一階へ晩ごはんを食べに行くのだった。
湖池庵のレストラン、忍が席につくと見たことのないオールバックの老紳士が夜の分の食事を運んできた。
老紳士はそのままテーブルの向かいに立って一礼をして話しはじめる。
「湖池庵の支配人をしております、プライドと申します。申し訳ございませんが、忍様には明日一番でチェックアウトをしていただきたい。」
眉根にシワを寄せていかにも残念そうな顔でプライドはいきなりそんな要求をしてきた。
「……一応、理由を聞いてもいいですか?」
「いえ、何も話さずに追い出せ、とのことですので。いますぐでないのが我々の精一杯でございます。」
プライドは顔を動かさず、目線だけををバーカウンターの方に向けた。
そこには何も頼まずに座っている場違いなメイド服の女がいる。
なるほど、昼間の仕返しってところか。
「食事が終わったら荷物をまとめて早々に出ていきます。ジュポッタを五人前ほど包んでいただけますか?」
「お気遣い痛み入ります。今日の分のお代は私共が持ちましょう。鍵だけお返しください。」
「はい、スキップ嬢によろしくお伝え下さい。」
支配人というのも大変なようだ、湖池庵は従魔車道にほど近い宿、ミリオン商会の傘下なのかもしれない。
露骨すぎる。まさか街中で襲ってくるとかは考えたくないが。
「門の外で野宿かな。火鉢の出番が早すぎる。」
湖池庵、料理の美味しい宿だった。
忍は少し冷めてしまったジュポッタを名残惜しく頬張るのであった。
荷物をまとめて白雷とともに外に出ると、昼間とは打って変わって街は静かだった。
たまにすれ違う人はいるが、従魔車がほとんど走っていないこともあり、大通りである従魔車道も動いている明かりがまばらだった。
『忍、四人、狙ってる。』
白雷から注意されて気がついたが、四人ほど追手のようなものがついてきているらしい。
正直めんどくさかったので、忍は追手をまくことにした。
『わかった、忍、合図。』
「よし、今!」
白雷は忍の懐から飛び出すと、大きくなりながら忍のベルトをくわえ、正門の方へ一気に飛んだ。
追跡していた奴らは反応して走り出すことは出来たものの、空を飛ぶ白雷に追いつけるはずはなく、門まで余裕で逃げ切ることが出来た。
今夜の門番は幸運なことにシジミールについたときに、手続きしてくれたおっちゃんだった。
「あんた、またこんな夜中にこんなとこに?どうしたんだ?」
「それが、色々ありまして。」
スキップのこと、宿を追い出されたことをおっちゃんに話す。
おっちゃんは快くテントを張ることを許してくれた。
「そいつはなんというか、災難だったな。従魔レースってあるだろ、ミリオン商会はあれの胴元なんだよ。評判は悪いがシジミールでは一番の大金持ちだな。」
「評判悪いんですか?」
忍は手早くテントを張りながらおっちゃんとの会話を続ける。
「まあ、金持ちってのはそれだけで悪い噂も立つからな。犯罪組織と繋がってるだの、従魔を無理やり調達しているだの。」
「ん?従魔って野生のを捕まえて契約するんでしょう?」
「まあ、ほかにも家畜として飼っている狩人から従魔の仔を譲ってもらうとかもあるらしいが。ほしい従魔を見つけると主人を汚い手段で追い込んで売らせるらしいって噂だ。あんたの従魔も珍しいから、原因はそれだったりしてな。」
「プオオォォ!!」
おっちゃんの発言に白雷が吠えた。
忍は白雷をなだめるが、ものすごく怒っているのが伝わってきた。
『忍、ずっと、いっしょ。白雷、忍、だけ。』
「お前を売るくらいなら山奥に引きこもるよ。絶対ないから大丈夫。」
「はっはっは、あんたらには妬けちまうな。すまなかった、えーっと?」
「この子は白雷、私は忍です。」
「おう、白雷、すまなかったな。俺は門番一筋一五年、ノブだ。ふたりともよろしくな。」
ノブは長年門番をやっていて、ほとんど毎日門にいるらしい。
夜は人がいないので寒い上に寂しいようで、知っているシジミールの事情を色々教えてくれた。
途中火鉢をだしてみると気に入ったらしく、うつわのガシャットと商店街のことも宣伝しておいた。
「そういえば、盗賊の件はどうなりましたか?」
「ああ、そうだったな。今日手続きが済んで明日使いをやるとこだったんだ。朝イチで案内してやろう。」
そんな話をしていると交代の時間になったらしく、ノブは手を振って門の中に入っていった。
忍は交代した門番に火鉢の使い方を教えて、小さくなった白雷とテントの中に入った。
小さい方の火鉢に火を入れ、ここ数日作っていた木枠に入れてテントの大きさに合わせて作ったテーブルの下に据え置く。
そこに数枚の毛布を被せて天板で押さえる。
これぞ、冬の必勝アイテム炬燵である。
ちなみに炭炬燵の中に顔を入れると一酸化炭素中毒になるから絶対にやっちゃいけないぞ。
「白雷、潜っちゃ駄目だ。顔は外に出して足とか体だけ温めるんだよ。」
『忍、天才、すごい。』
ニューアイテムでテンションもあがったところでせっかくなので従魔術の訓練をやっておくことにする。
「白雷、行くぞ。リラックスしてな。」
カジャのメモ帳によると従魔術は従魔と心を通わせることで効果を発揮し、段々と効果が強くなってくるものらしい。
感覚や考えを共有する【同化】。
一時的に従魔の身体能力を底上げする【増強】。
能力や魔術を共有する【共鳴】。
魔力を分け与え、従魔を癒やし育てる【生育】。
主人と従魔、従魔同士の息のあった合体攻撃【双撃】。
これらは発動する魔術ではあるものの、少しずつ修練する技術という側面も強い。
【同化】は触ることで白雷と話せるのを強化するようなものだし、【生育】などは毎日少しづつ従魔に魔力を与えて育てるのを目的としている。
一朝一夕でどうにかなるものではないというのが従魔術のようである。
【共鳴】に至っては【暗視】【雨乞い】という能力をすでに得ていることからおそらくすでにある程度使う準備が整っていることが推察できた。
「【同化】」
ぼんやりと頭の中に白雷の見ている光景が浮かぶ。
それは数秒で少しずつ鮮明になっていった。
「うわっ。」
ブサイクな顔がドアップで出てきて一瞬怯んだ。
まあ、少し下から見た自分の顔なわけだが。
『大丈夫?』
「ああ、すまん、もう一度行くぞ。【同化】」
今度は大丈夫そうだ、白雷に行動を念じてみる。
『わかった。』
白雷はテントの外に飛んでいき、壁を越えて街の中に入ると上空から千影の烏を探して接触した。
千影の掴んだ情報が白雷を通じて忍にもわかる。
そのまま白雷はテントに帰ってくると炬燵の天板の上に着地した。
忍は目を開けて白雷を掴んでワシャワシャする。
『成功?』
「大成功。千影はだめだったけど、白雷は大丈夫だ。」
【共鳴】は千影との間でもおきているし、【生育】は【魔力供給】と類似している。
それなら従魔術を使えるのではないかと試したが、【同化】を使うと一気に大量の情報が流れてきて、頭が割れるように痛んで失敗した。
おそらく精霊の体感というものが魔物や人とはかけ離れているからではないだろうかと推測している。
今回は怯んでそれ以上はやらなかったが、他のものも近いうちに試しておきたい。
『忍、みんな、助けたい。』
「……さっきの千影の情報か。危険だぞ。」
『ごめん、白雷、わがまま。』
白雷が悲しんでいる。
千影から白雷越しに伝わってきた情報はあまり気持ちのいい話ではなかった、従魔に関することなので白雷もモヤモヤするのだろう。。
まあ、犯罪組織なら潰しても構わないか。
『忍、ありがとう。白雷、がんばる。』
「ちゃんと準備しないとな。【生育】。」
そうして、宿を追い出された夜は更けていった。
忍がミリオン商会と対立することを決意した夜だった。




