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第六感と大穴

 努力というものは適当でもダラダラでも何でも続けることで少しづつ身についてくるものである。

 武芸の型、魔術の練習、道端の草木の見分け、世界の知識。

 塵も積もれば山となる、寝る前にページを数枚読みすすめるだけでも効果は出るものだ。

 忍は大街道を走り、ズチャ湿地帯への脇道を通り過ぎて午後にはヘイガンにたどり着いていた。


 「何にもないな。宿と民家くらいか?」


 ちなみに走っている間に千影の烏が周りのエリアの採集を済ませており、麻袋がすでにいくつかいっぱいになっていた。

 袋が足りない、町の入口で行商手形を提示して、雑貨屋の場所を聞き出した。


 「十二枚しか置いてなかったな。」


 ブルーアースの歩き方にも乗っていないような小さな町では雑貨屋の在庫や品揃えもたかが知れている。

 他の人の迷惑にならないよう五枚だけ購入したが、袋いっぱいの薬草が売れるような場所も存在しない。

 早急にシジミールまで行ってしまったほうがいいかもしれない。


 「先を急ぐか。」


 『泊まらないのですか?』


 「ああ、人と関わりたくない病がうずいてな。」


 『忍、乗る。白雷、早い。』


 「いや、走るのも鍛錬だ。この先の街道で野営にしよう。」


 こうしてヘイガンの街をほぼ素通りして、忍は街道を走っていく。

 そうして日が落ちたくらいの時間に忍は久しぶりにテントを張った。


 「うっわ。さむい。」


 走っていた昼間はあまり気にならなかったが、この街道は雑木林などが所々にあるものの見通しが良く、海も近いようだった。

 テントを立てたあたりはちょうど海風が吹いてきており、冬の気候も相まってめちゃくちゃ寒かった。


 「いや、うん、私が馬鹿だったよ。この寒さ、すっかり忘れていた。」


 『忍、大丈夫?大きく、なる?』


 これ以上大きくなるとテントの中がいっぱいになってしまう。

 布を二重にかぶって、もはや専用抱きまくらとなっている白雷を抱えていてもとにかく寒い。


 『千影も参加しましょう。忍様、影分身をお願いします。』


 「なるほど、白雷のときはそれで乗り切ったんだったな。」


 千影の影分身にテントの隙間を埋めてもらうべく、小型犬のパピヨンっぽい姿を創造して分身させる。

 長毛種の犬って暖かそうという理由だ、大きな鯨に背中を預けてテントの中は漆黒のわんわんパラダイスとなった。

 影分身は断熱材のような役割を果たしているらしく、体温が逃げなくなったおかげで随分と楽になった。


 「……これなら…眠れ……そう…。」


 久々のマラソンでかなり疲れていたのだろう、忍はそのまますぐに眠りについた。

 そして、それは地獄の入り口だった。


 「うあああ゛あ゛ぁぁぁああ゛ぁぁ!!!!」


 ビシィッと何処かで効果音がなった気がした。

 夜中にいきなり絶叫したのは忍だった。

 白雷も千影も何が起こったかわからない。


 『忍様?!一体何がありました?!』


 『忍、忍!』


 「あ、足、足が、うあぁ!!」


 武芸の鍛錬していたとはいえ走るのは久々、ほとんど休みなく長距離を走り、ろくな整理運動もなく寒い場所で就寝。

 そう、運動不足のやつが珍しく運動したときにくるあれ、足がつるには当然の条件だった。


 「ち、かげ、どいてくれ。立つ、立てばなんとかなる。」


 左のふくらはぎはギュッと縮まり、つま先がピンと伸びてしまっている。

 忍は一生懸命に白雷の角にしがみつくと腕と右足の力を使って器用に立ち上がろうとするが。

 またもや、ビシィッと何処かから効果音がなった気がする。


 「う、うお゛ぉ……。」


 今度は脇腹がつったのだ。

 左足と脇腹の二重の苦しみに悶絶しながら、忍は立ち上がってふくらはぎを伸ばした。

 しかし立ち上がると今度は別の問題が生じた、寒いのだ。

 寒さに反応した全身の筋肉がギュッと固まったのがわかった。

 そしてそれは次の連鎖を呼ぶ。


 「ぐ、ぐおぉ……。」


 力を無理に入れたのが悪かったのだろうか、今度は右手と背中が同時に悲鳴をあげた。

 親指につながるところがつっているらしい、地味にヤバイ。

 しかし立ち上がったことで大勢は決したと言っていいだろう。

 このあと忍はゆっくりと左右に体を動かし、外で焚き火を作って白湯を飲みながら夜を明かした。


 「経口補水液って砂糖と塩の比率どのくらいだったか……とりあえずスプーン半分づつ入れるか。」


 少し飲んでみるがしょっぱい。

 明らかに間違っていた。

 朝食用のスープのついでに実験してみたが、やはり覚えていないものを作り出すのは無理なようだ。

 足がつるのに有効だと記憶しているのはスポーツドリンクを飲む、水を飲む、風呂に入る、マッサージ、海藻を食べる。

 一度つってしまうとしばらくは同じところがつるし、ちょっと筋肉痛も出てきている気がする。


 「筋肉痛は動かして治す方がいいはずだけど、もうちょっと気を使ってメニュー組まないといけないか。」


 そもそも家なしの状態だ、無茶はできない。

 どこかに落ち着くまではがっつり鍛えようなんて考えないほうがいいかもしれない。


 「……風呂入ろ。」


 太陽が出て少し気温もあがってきたので、竹と布で四方にブラインド作る。

 その真ん中にポールマークで手に入れた大きな樽を半分に切ったものを置いた。

 【ウォーターガッシュ】で水をためて、汎用魔法でお湯にする。

 忍もだんだんと慣れてきてお湯を一定の温度に保つために魔力量を調整するコントロールができるようになっていた。

 沸かすまでには相変わらず時間はかかるのだが、細かく成長しているのである。


 「うあー、まさか初の野外風呂がこんな緊急事態になるとは…。」


 お湯の温度を保ちながら体を温める。

 その後はゆっくりと体をもみほぐした。


 「この世界にも温泉はあるんだろうけど、整体や骨接ぎはあるのかな。腰はヒールで治っちゃったし。」


 『女郎屋などではそのような行為もしていたはずです。』


 「あぁ、というか千影はナチュラルにいるのな。」


 『もちろんです。護衛ですので。』


 ちなみに白雷も風呂の上にいるのだが、湯気も食べられるらしくご機嫌でくるくる飛び回っていた。


 『白雷は楽しんでいるようですね。忍様も千影に何でもお申し付けください。』


 数匹の小さなパピヨンが尻尾をブンブン振っている。

 めっちゃかわいい。


 「うーん、マッサージは上手下手も相性もあるから、気軽に頼めないんだ。千景も白雷も人の体の仕組みに詳しいわけじゃないだろうし。」


 『申し訳ございません。千影は役立たずです。』


 「そんなことないから!」


 パピヨンの尻尾と頭がシュンとたれてしまった。

 これはこれでかわいい。


 「千影、今夜も寒いだろうし、一緒に寝てくれないか。頼む。」


 『もちろんです、忍様。いつでもお申し付けください。』


 千影には犬の姿が似合うなんて考えが頭をよぎる。

 忍は底なしの指輪から竹製の水鉄砲を取り出すと暇つぶしをしながら手足がふやけるまで風呂を満喫した。 


 千影の影分身を烏に戻し、フリオンの街までは軽く走って移動をした。

 昼過ぎ頃には到着したので、街には入らずこのままシジミールまで白雷に乗っていくことにした。

 ゆっくり進んで日が沈みかけた頃、千影が行先でなにかを見つけた。


 『忍様、街道の先で従魔車が賊に襲われているようです。如何いたしますか?』


 「助けに入ろう。白雷、少しスピードあげようか。突進は無しだぞ。」


 「プオオォォ!」


 白雷がスピードを上げ、方々から烏が集まってくる。

 従魔車が見えたと同時に千影が烏たちから【ダークニードル】を発射した。

 賊は怯んでいるな、数は十人くらいだが千影の攻撃で六人は倒れている。


 「【マルチ】【アイスコフィン】」


 忍は立っている四人に向かってアイスコフィンを放った。

 【マルチ】は魔法の対象を増やす効果のある補助魔法だ、無詠唱とはいえ一つ一つ使っていくことと比べると格段にスピードが早くなる。

 空中からの奇襲で賊は瞬く間に壊滅した。


 「千影、生き残りから情報をさらってくれ。」


 忍はそう言って従魔車に近づいた。

 御者と牛に似た従魔は弓で射られたのだろう、すでに事切れていそうだ。

 従魔車は幌馬車のようなかたちで御者席があるが、荷台の中を見ることができない。


 「中に誰かいますか?賊は倒しました、開けますよ。」


 念のため警戒しながら開けると中には樽や壺、麻袋に入った荷物がかなりの量積まれている。


 『人の気配はないです。御者が商人だったのでしょう。』


 「護衛も付けずに?おかしくないか?」


 『最近流れてきてこの襲撃が初仕事だったようです。生き残りは四人いますね。護衛に関してはよくわかりません。』


 「……仕方ない。白雷、この従魔車引けるか?」


 『大丈夫、まかせて。』


 忍は止血をして盗賊たちを縛り上げ、御者の死体とともに従魔車にのせた。

 シジミールまで引っ張っていき、街の門で衛兵に預ける。

 到着したときにはすでにかなり夜も深くなっていた。


 「あんた、腕っぷしは相当なもんだな。一人で盗賊十人とは。しかもこいつら全員頭がおかしくなってる。こんな危ない奴らが街道沿いに出るなんて、背筋が凍るぜ。」


 「ははは。魔法使いはちょっとずるいとこありますので。」


 頭がおかしくなっているのは千影のせいですが。

 

 「なるほどな。被害者は顔と従魔の特徴からしてフリオンから来た商人で間違いねえ。ここらは基本的に安全だからな、隣町くらいなら一人で荷を運ぶようなやつも多いんだ。荷物や従魔車に関しては持ってきたあんたに権利がある。今回は犯人も捕まえてるし数日中にはもらえるだろ。契約済みの商品は金に変わってしまうがな。」


 「そうなんですか?!」


 「本来ならなくなっちまったり、だめになっちまう商品だからな。全部金に変えるか、現物をもらうか聞かれるし、処理が終わるまではこの街に滞在してくれ。」


 「わかりました、ありがとうございます。しかし、今から泊まれる宿とかありますかね?」

 

 「流石に無いかもな。まあ、もう一晩野営で我慢してくれ。事情はわかってるからそこらでテント張ってもいいからな。」


 街にはもはや明かりはついていない。

 仕方なく忍は街の目の前でテントを張り始めるのだった。


 忍は烏に埋もれて目を覚ます、外にでると現在は夜明けのようだった。


 「千影、私が入口の前で食事とか取ってる間に、人に見られないようにちょっとずつ出ていくんだぞ。」


 『心得ております。昨晩のうちに街中を回り、ギルドや宿屋の位置も調べておきました。』


 「すごいな、千影。ありがとう。」


 シジミールは首都ということもあり、かなり大きな街だった。

 ポールマークの十倍くらいはありそうな面積に、かなりの人数が生活しているのだろう。

 建物も高いものが多く、窓から窓へとロープがかかって洗濯物を干していたり、中心に近い場所には豪邸という言葉がふさわしいような屋敷が集まっている区画もあった。

 そんな華やかな区画に対して、街の端の方にはスラムもある。

 近づかないほうがいいとお決まりの注意を門番のおっちゃんに教えてもらった。


 「とりあえず、行商人ギルドと冒険者ギルドに行ってみるか。」


 『それではこちらへ、ご案内いたします。』


 街は広く、大きな道では従魔車が走っていた。

 どうやら乗合馬車のようなもので、街中をぐるりと走っているようだ。

 他にも一頭建ての人力車みたいな従魔車もあり、こちらはタクシーのように使われていた。

 歩いている人の数もポールマークの比ではない。


 「都会、って感じ。」


 千影の案内で迷路のような道を歩きながらギルドに向かったが、おいそれと走るわけにもいかず、行商人ギルドについた頃にはお昼を過ぎていた。確かに乗り物がほしい。

 窓口が十ほどあったが、待っている人数はさらに多い。

 行商手形の更新をするだけなのに夕方近くまでかかってしまった。


 「疲れた。」


 『忍様、お疲れ様です。』


 冒険者ギルドは明日にして神々の耳飾りからブルーアースの歩き方を読む。


 『宿はかなりの数あるようですが、いかがいたしましょう。』


 「平均価格は銀貨四枚らしい。近いところから当たろう。」


 とはいったものの最初に入った宿屋・湖池庵は一番安い部屋が一泊二食付きで銀貨三枚だったので、そこに決めてしまった。

 部屋はポールマークと大差なかったが、テントで寝るのとは快適さが違う。

 千影と白雷と忍は仲良くベットで眠ったのだった。

 湖池庵では夕食も朝食もかなり豪華なものが出てきた。

 観光用の宿なのだろう、五階建ての建物の一階がレストラン、二階が酒場で三階から上が客室になっている。

 名物の二枚貝であるジミールのスープをはじめ、淡水魚と山の幸を中心とした食事でフライドポテトっぽい料理は塩と香辛料で香り高くまとまった味でおかわりを頼んでしまった。看板料理の一つらしい。


 「のり塩味だ。ジュポッタか。覚えておこう。ジミールは予想通りシジミだなこれ、酒飲みのお供。」


 この世界には前世と同じようなものが存在するのだが、流通している名前が違うことがほとんどだった。

 また、見た目が同じでも全く違う効能や毒を持っているものもあり、非常にややこしいのである。

 湖池庵の前にはパイナップルの置物らしきものがあるのだが、聞くところによるとそれがポッターというこのフライドポテトもどきのポテト部分らしい。

 そうかとおもえばバンブーのように同じ名前で同じような植物や動物もいる。

 ここらへんがブルーアースのややこしいところだ。

 ちなみにブルーアースに烏は存在しない、かわりに同じようなフォルムで虹色の鳥・レインブンがゴミ箱などを漁っていた。

 朝方に見かけることがあるが、その様子はある意味パーティ状態と言っていいだろう、虹色の羽がレーザーライトのように朝日を反射する錯覚に陥る。


 「未開地で畑作って悠々自適とかもいいかもな。」


 『忍様、どこまでもお供させていただきます。』


 「……うん、それに街中だと白雷が一緒に入れる店が少なすぎるしな。」


 白雷は部屋で待機している。

 レストランの中に従魔はいれられないと断られてしまったからだ。

 中型の従魔は行商人ギルドや従魔屋に預けられるのが普通、小型の従魔は宿泊施設では一緒に泊まれても店に入ったりすることはできないのが一般的なようだ。

 たしかに当たり前ではあるのだが、今までは田舎だったのでうるさく言われていなかったというのが真相らしい。

 千影も影分身の状態では従魔とみなされてしまうため、烏を十匹ほどだけ外に出して本体は忍とともに行動している。


 『忍様、白雷は変身がうまくなれば人にまぎれることも可能なのではないでしょうか?』


 「たしかにな。うーん、練習してもらうか。」


 正直、白雷が完璧に変身できるようになってしまうと忍の理性がもつか分からなかったので、先延ばしにしていたというところがある。

 なにせ忍は白雷から子作り宣言をされて、その気になったらとかいう曖昧な返事をしているのだ。

 人の姿の白雷は美しい妖精のようだ、顔が異形でもそう思ってしまうくらいなのだから完璧になったらどれだけの美人になるのか。

 白雷と千影、ふたりとも忍にはもったいないくらいのいい奴だ。

 千影にもふんわり子作り宣言されてるし、ヤバイ、意識してしまうと心臓が痛い。いまだに信じられない。

 忍が絶望した人間というものとは違う存在なら、本当に受け入れてもらうこともできるのだろうか。

 告白は嘘偽りのないものなのだろうか。


 忍は頭を振って考えをかき消そうとした。


 「ジュポッタもう一皿お願いします!」


 おいしい食べ物を食べれば、不安も焦燥も飲み込めるはずだ。

 忍はジュポッタと一緒に気持ちを腹の中に押し込むのだった。


 冒険者ギルドまではかなり距離があったので、宿屋の人に行き方を聞いた。

 乗合従魔車に乗るらしい。

 ずっと同じペースで街中を回っており、一回銅貨一枚でどこまで乗っても料金は一定。

 そして主要なギルドや商店は従魔車道に集中しており、その道を回れば大概のことは事足りるのだそうだ。


 「よし、目標は冒険者ギルドと雑貨屋、あと、火鉢にできそうな陶器!」


 銅貨を入れた革袋を新たに腰に下げ、忍は冒険者ギルドを目指した。

 従魔車は基本四人乗りだが、屋根の上や車体に捕まって乗る人もおり、一台に八人くらいは乗っているようだった。

 古い電車の映像で見たことがあったが、ほとんど曲芸である。

 忍はなんとか屋根の上に座って冒険者ギルドの前についた。


 「なんか、ちっちゃい。」


 行商人ギルドと比べると建物の大きさは半分程度、中にいる人もまばらで外の活気とはかけ離れた雰囲気を感じる。

 ギルドの脇で麻袋を六つ取り出すと、両手に下げて中へ入る。

 すぐに手続きをすることができたが、麻袋の量を見て受付のおねえさんが舌打ちをしたのが聞こえてしまった。

 番号札をもらい、待合に座る。


 「コンビニとかにいるバイトみたいなお姉さんだ。」


 ダルそうに仕分けているのを見て、あるあると納得してしまった。

 まあ、査定だけしっかりしてくれれば文句はないが、このペースだとかなり時間がかかりそうだ。

 シジミールのギルドはポールマークと比べると多少広いのだが、その広がった部分は薬や消耗品の販売コーナーになっていた。

 麻袋もうっている、しかも銅貨一枚。消耗品だし商品にもなるから百枚ほどお願いするか。

 忍がじっくり考えながら商品棚を回っていると、端っこの一角にチラシコーナーがあった。 


 「従魔レース、魔法競技会、演武会…山ほどイベントがあるな。蚤の市はイベントと抱きあわせで毎回場所が変わるのか、面白い。」


 今日は一日おきに開催されている蚤の市が従魔レース場の前で開かれているようだ。

 レースも障害物競走みたいで面白そうだし、火鉢も探したい、あとで行ってみよう。 


 「番号札七番ー、七番でお待ちのかたー。」


 集めた野草はかなりの収入になったが、百枚の麻袋を頼んでお姉さんにまた舌打ちをされてしまった。

 窓口対応なんてそんなもんである、忍は蚤の市のことを考えて怒りを抑えるのだった。



 「従魔レース想像以上に楽しそうだ。」


 レース場は競馬場のような様相であったが、プール、岩引き、ジャンプ台など様々な障害がトラックに配置されていた。

 三十分に一回のペースでレースが行われるらしい。

 枠は十二枠まであり、システムは競馬のようだった。


 「賭けなくても楽しそうだ。どんな従魔がいるかの勉強にもなりそうだな。」


 レースを見るだけならお金もいらないらしい、それだけ賭け事として儲かっているのだろう。

 しかしせっかく来たのだから記念馬券ならぬ記念従魔券を買うのもいいかもしれない。

 直前のレースが終わったところで、次まではまだ三十分ほどある、今なら受付もガラガラだ。

 忍が受付で出走表を見ていると十一枠の従魔のところで目が止まった。

 頭の中で、ピロン、と電子音が鳴る。


 「嘘でしょ、大穴も大穴ですよ……?」


 単勝で四百倍とか書いてあるんですが。

 財布の中身を数えてみる、冒険者ギルドの稼ぎと合わせて約金貨十四枚分ほど入っていた。

 なんともいえないズルをした気分になるのはわかっていたが、能力は能力だ。


 「受付さん、十一枠の従魔に金貨十枚でお願いします。」


 「はい、十一枠に金貨十枚ですね。チケットをお確かめください。」


 忍がチケットの内容を確かめると、受付はあっさりと手続きを終え、チケットを渡してきた。

 大金をかけるような人は珍しくないのだろうか、賭け事にハマってはいけないなと強く感じる。


 「はい、フォールン様のご加護がありますように。」


 「あ、はい。受付さんにもご加護がありますように。」


 いきなりフォールンの名前が出て反射的に返答してしまった。

 忍は恥ずかしくなってチケットを握りしめ蚤の市へと向かった。


 蚤の市は広場に一畳ほどのスペースがずらりと並んだものだった。

 売っているものも人も様々で日用品、食べ物、工芸、古着など内容もごちゃごちゃで楽しく見て回れそうだった。


 「楽しそうなのはいいんだが、三十分じゃ無理だな。」


 『忍様、真っすぐ行って二つ目を右に入ると陶器を売っている店があります。』


 いつの間にか広場の上を千影の烏が飛んでいた。

 忍は心のなかで仕事が出来すぎる精霊、という二つ名を勝手に命名した。


 千影が見つけた店は壺を売っている、というより壺ごと中身を売っていた。

 店主はおばあさんで、ゆっくりとしわがれた声で話しかけてくる。


 「若いのに、面白いね。これに、興味があるのかい?」


 「梅干し、ですか?」


 「なんだいそりゃ、これはオーメの実を干して香草と塩で漬けたものだよ。とっても酸っぱいんだ。人気はないが、あたしらには懐かしの味さ。」


 「食べ物、ですよね。一個試しに食べてみてもいいですか?」


 おばあさんは一個オーメの塩漬けをくれた。

 食べてみる、酸っぱい。間違いない、これは梅干しだ。


 「春にいっぱい漬けて蚤の市で売るのさ。売れ残っても保存食だからね。」


 「甕に三つですか、一甕いくらです?」


 「甕ごとかい?!あー、この甕が銀貨五枚だからねぇ。大銀貨三枚ってとこかね?」

 「三つ全部ください。」


 即決だった。老婆はいきなりの話にあっけにとられている。

 重さとしては五キロ位の甕が三つ、しかし中身は梅干しだ。

 これが手に入ると煮物も焼き物も料理のバリエーションがぜんぜん違う。

 米がないことが残念でならない。


 「故郷の味に出会えるとは、嬉しいです。いつもこの蚤の市で店を出しているのですか?」


 「ああ、あたしはクレア、喜んでもらえて嬉しいよ。」


 クレアはしわしわの手で握手を求めてくる、忍は力強く応じた。


 「ところで、陶器を売っている店を探しているんです。火鉢が欲しくて。」


 「蚤の市にはあんまりないねぇ、そうだね、うつわのガシャットって店がおすすめだよ。」


 「わかりました、ありがとうございます。」


 忍はクレアと別れると千影の案内に従っていくつかの店を見て回ったが、どこでも茶碗程度の大きさのものしか扱っていなかった。

 忍は屋台でホットサンドのようなものを買い、お楽しみの従魔レースの時間になった。


 忍の買った十一枠の従魔は牛のような見た目だが角がなく、頭がつるりとした硬質の骨のようなものに覆われていた。足が六本生えている、パワーはありそうだが遅そうなイメージだ。

 一番人気の九枠はレッサーフェンリルだ、というかレッサーフェンリルが四匹もエントリーしている。

 二番人気もレッサーフェンリル、一枠。やはり素早くてバランスがいいのだろう。

 三番人気の従魔は恐竜のような外見をしていた。

 二本足で走るようで、パワーもスピードもありそうだ、これが七枠。

 面白い見た目のやつでは、キリン並に首の長い鹿っぽいものもいた五枠。


 「なんだろ、どんなレースになるのか気になりすぎる。」


 『レッサーフェンリルではあの岩を動かせないでしょう。妙な感じがしますね。』


 千影の言う事はもっともだ、頭を捻っていると、スタートのファンファーレがなった。


 横一列に並んだ従魔をおさえていたつっかえ棒がおとされる。

 一斉にスタートした従魔は最初の障害であるプールへ飛び込んだ。


 四匹のレッサーフェンリルがスイスイと泳ぎすぐに突破、七枠の恐竜も器用に泳いで突破、十一枠その他も予想外の健闘で突破していく。


 そして問題の岩引き、レッサーフェンリルは二匹で一つの岩を引きはじめた。


 「え、それでいいの?!」


 『ルールが良くわかりませんね。』


 岩は一二個用意されているがレッサーフェンリルは二匹で一つを二往復した。

 なるほど、従魔同士で協力することもあるのか。

 しかし二往復はハンデである、現在のトップは七枠、二位はなんと五枠の首のながい鹿、

そして三位は話題にもあがっていない二枠のトラのような従魔だった。

 十一枠は現在八位くらいになっている。


 レッサーフェンリル四匹は岩運びを終えるとものすごいスピードでトップとの差を詰めていく。

 

 トップ集団七匹に対して少し後方に十一枠、そこからさらに離れて下位集団というような構図になっていた。

 波乱はジャンプ台で起こった、先頭を走っていた恐竜がジャンプに失敗して転倒したのだが、それに巻き込まれて鹿も転倒、長い首がぐるりと回り、空中に飛び出していたトラと四匹のレッサーフェンリルを薙ぎ払って先頭集団が全滅したのだ。

 流石のレッサーフェンリルも空中では鹿の首を避けることが出来無かったということだろう。

 十一枠はそのまま優雅に六本足の安定した着地で先頭集団を踏みつけ、悠々とゴールしてしまった。


 『忍様、おめでとうございます。』


 「うーわ。」


 大番狂わせがあるとチケットが空中に乱れ飛ぶとは聞いていたが本当に雪のように大量のチケットが舞っていた。

 忍はこの一瞬で金貨四千枚を手に入れたのである。


 換金所に行ってみると、量が量だけに用意するのには数日かかるとのことなので、金貨は行商人ギルドの窓口で受け取ることになった。大金貨で用意してくれるとのことなので想像よりはコンパクトになるのだろう。

 まさかこんなお金持ちになってしまうとは全く想像できなかった。

 宝くじが当たると身を持ち崩す人がいるというが、自分がそうなりそうなので気を引き締めなければと改めて腹に力を入れ、指輪の中にチケットをしまった。


 うつわのガシャットは一般的な平屋の並ぶ通りにあった。

 従魔車道からは少し入ったところにあるのだが、通りの左右には古き良き商店街というような佇まいの商店が並んでいた。


 「んー、やっぱり小皿とかティーセットとか小物がほとんどかな?」


 店は開いていたが店主の姿は見えない。

 商品は最も大きいものでもどんぶりのようなものしか無かった。


 「すいませーん!店主さんはいらっしゃいますかー!」


 忍が声をかけると、店の奥から小さな女の子が出てきた。


 「おじいちゃんはギックリちゅうです。なにかおさがしですか?」


 「ギックリ中?」


 もしかしてぎっくり腰だろうか。

 腰をやったときの痛みには忍も覚えがある、地獄の苦しみだ。


 「おじいちゃんに会わせてもらってもいいですか?」


 「きいてくる。」


 女の子はエプロン姿で濃緑の短いツインテールを揺らし、トテトテと奥に入っていった。


 「おきゃくさーん!どうぞー!」


 忍は呼ばれた部屋にゆっくりと入っていった。

 ベッドには枯れ木のようなおじいさんが横たわっており、女の子は近くの椅子に座っている。


 「すみません、ギックリってもしかして腰ですか?」


 「ああ、数日前にちょっとやってしまいましてのぅ。もう少ししたら治りそうなんじゃが。」


 「なるほど、ではちょっとだけ手助けを。【ウォーターリジェネレーション】。」


 「おお、ありがとうございます。しかしうちにお礼ができる余裕などは……」


 「いえいえ、気にしないでください。私も先日腰をやりまして、他人事と思えなかったというか。」


 【ヒール】は温存したいという理由で【ウォーターリジェネレーション】をかけてる時点でちょっとどうかとも思うし。


 「そうですかの、ところで何をお探しなんじゃ?」


 「ああ、手頃な大きさの火鉢を探しているんですが。お店にはなさそうだったので他を当たろうかと。」


 「火鉢とはまた珍しい。しかしそれでしたら倉庫の左奥にいくつかあったはずですの。ニカ、お客さんを案内しておくれ。」


 「あるんですか!助かります。」


 ニカと呼ばれた女の子は席を立つと忍の手を取り、店の奥へと案内してくれた。

 そこには大量の焼き物が積まれており、頭の上にまで陶器がある様子はかなりの圧迫感を感じる。

 目的の一角には一抱えもある大きなものから片手で持てる小さなものまで色々な大きさの丸火鉢があった。


 「火口箱なんて言葉が通じたからある気がしたけど、探してみるものだな。」


 忍はバケツくらいの大きな火鉢と小鍋くらいの小さな火鉢を選んで買った。

 一人で持てるしそれなりに暖も取れる。

 その後この商店街を回って、火箸や炭、鉄瓶や五徳、振るいなど必要な物を揃えた。

 日本っぽいというか馴染み深い商品が多く、この商店街を忍は大いに気に入ったのだった。

 アサリンド共和国が様々な部族の寄り集まった国であることがこのような嬉しい誤算を生み出していた。

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