また逢う日まで
忍が目覚めたのは次の日の昼頃だった。
大の字で倉庫の屋根の上に寝転んでいたが、周りには無数の烏が飛び回っていた。
「おはよう、千影、白雷。」
「プオオォォ!」
『おはようございます、忍様。起きたら冒険者ギルドにくるようにと言伝があります。おすすめはしませんが。』
「そうか。」
白雷の体には傷がついていた、波に飲まれた時、大きな木片にやられたらしい。
千影は怪我がないとのことだったので、白雷には【ヒール】をかけた。傷はみるみるうちに塞がってきれいな毛並みが戻った。
「癇癪をおこしたな、すまない。千影、生き残ってる知り合いと死んだ知り合いのことを教えてくれるか?」
『千影がわかっている範囲では、ビューロ、ロンダリー、雑貨屋の奥さん、ボーガンとアンリは死んでいます。ミネアとバンバンは元気で、カジャは今朝目を覚ましたようです。ウィンは拘束しています。』
「よかった、カジャさんは無事だったか。アンリは捕まった後に死んだの?」
『いえ、忍様をバカにするなど万死に値しますので。』
千影がやったということか、恐ろしい。
『ロンダリーは海賊に真っ先に狙われました。高額治療でお金を溜め込んでいると噂があったようです。これも正門でわかっていた情報でした、申し訳ございません。』
「なるほど、それじゃあ助けられなかったろうな。」
助けられる状態だったとして助けたかは不明だけど。
「ウィンはどうだ?というかちゃんと手加減してるんだろうな。」
なんか思い出したらすごいことになっていた気がするが、状況が状況だっただけに千影にまかせて放置してしまった。
『もちろんです。命は取っておりませんし、二度と忍様に逆らえないようきちんと調教いたしました。』
「そっかぁ、それで手加減してるのかぁ。」
調教とか、容赦がなさすぎてなんか涙が出てきたが、今はツッコミを入れる気力が足りない。
『ミネアがことあるごとに忍様の安否を聞いてきています。如何いたしますか?』
「ウィンを拾ってカジャさんとバンバンさんに会った後、ギルドに行くって伝えて。千影も無理を言ったのによくやってくれたな。」
『忍様のお優しさが染み入ります。力及ばず申し訳ありませんでした。』
街一つ完璧にカバーしろって無茶ぶりもいいとこだ。
賛辞を並べても千影は受け取ってくれないだろうが、間違いなく最大の功労者だった。
「白雷、乗せてくれるか?」
「プオオォォ!」
大きくなった白雷によたよたとまたがると、白雷の意識が流れ込んできた。
『忍、偉い、すごい。落ち込む、駄目。』
今回の事件で少しわかった、白雷は周りの感情に敏感なようだ。
戦力として頼りになるとは感じていたが、こんな特技があったとは。
動物は主人の気持ちを感じ取っているという話を前世で聞いたことがあったが、白雷もそうなのだろう。
「白雷はなんで、津波を止めようとしたんだ?」
忍はあの時、本当に全部がどうでも良くなってしまった。
千影は忍だけを助けようとしていたが、白雷はそうではなかった気がする。
『忍、つらい。消える、駄目。』
消える、というのがよくわからない、死ぬということか。
いや、それなら死ぬと白雷は言うだろう、理解しきれていない気がする。
『街、消す。忍、消える。駄目。』
「街を消すと私が消える?まあ、波に飲まれたら死ぬだろうとは思ったけど。」
『違う、消える。白雷、忍、好き。消える、駄目。』
どうやら死ぬこととは違うらしい。
言っている意味はよく分からなかったが、白雷が本気で心配してくれていたことは伝わってくる。
「私に見えないものが見えているんだな。ありがとう、白雷。」
『忍、約束、ぎゅー。』
「よしよし、そうだったな。ブラシもかけちゃうぞ。」
忍はお得意の現実逃避を交えつつ、ウィンと千影を拾って神殿へ急ぐのだった。
「いや、すっかり遅くなってしまった。」
ウィンは忍の部屋で丸一日拘束されていたためものすごい状態になっていて、身綺麗にしてから連れていくことになったので少し時間が経っていた。
頭から大きな布を被せて手だけ縛っておく、千影の烏が肩に止まっており、当の本人はずっと震えている。
「千影、捕虜の扱いについて後できちんと話し合おうな。」
『手ぬるかったでしょうか?』
「逆だよ!」
『殺さないのであればこのくらいはしないと忍様が危ないのです。ご理解いただけないのであれば、ご命令をお願いします。』
「あー、うぅ……はぁ。わかった。私の負けだ。」
忠実なる闇の精霊、千影。
いい意味でも悪い意味でも真面目なやつである。
ウィンは痛ましいが、千影の言う事は最もだと感じるし、真摯な気持ちが伝わってくるのでよしとしよう。手加減してないわけではないようだし。
それに、忍が危険にさらされると白雷も千影も玉砕覚悟で行動しそうなのだ。
自分なんかのためにそんなことをやらせるのは不本意極まりなかった。
カジャの病室にはカジャとバンバン、ミネアと年配の冒険者が二人、神官とシスターがいた。
そんなに広い病室ではないのでギュウギュウ詰めで、何やら揉めているようだった。
ミネアの肩には烏が止まっている、千影が状況を説明しはじめた。
『冒険者ギルドは新しいギルドマスターをカジャにしたいようですね。ミネアは忍様に会いに来たようですが、容疑者の知人として監視対象になっているようです。神官はロンダリーから忍様が【ヒール】を使えることを聞いていたようで、神殿の登録をしてもらいたいようですね。』
つまり、端っこでダルそうにしているバンバン以外とは話さねばならない。
めんどくさいが個別に話を聞いていくしかあるまい。
「あー、すみません。とりあえず、私に用事がある方はこっちで話を聞きますけどいらっしゃいます?」
「うちの容疑者だ!」
「ぜひ神殿に!」
「神のご加護を!」
「死ね害虫!」
「五月蝿いよっ!外でやりな!」
「五月蝿えっ!外でやれ!」
カジャとバンバンの息のあった怒声がこだました。
心配だった人は元気な声が出ているので、とりあえず一組づつ話を聞くことにする。
「えー、神殿のお二人はどのようなご要件で?」
「敬虔な信徒である忍様に是非神殿への登録をお願いしたいのです。」
「無理ですね。」
「いえいえ、そう言わず、どうか…。」
神官は懐から小さな袋を取り出した。
流石はロンダリーがトップだった神殿、やることが駄目過ぎる。
忍は男の動きを手で制してこう言った。
「敬愛する神のやらなそうなことをしている人が、どうして神に愛される道理がありましょう。初心に帰ることをおすすめします。」
神官は眉をピクリと動かした。
この人はエベス様の信徒じゃない、袖の下なんて発想、世俗にまみれすぎている気がする。
「私に頼らないで、あなた方が敬虔な信徒になれるよう励みなさい。そのためには初心に帰ることが重要です。よって私は登録いたしません。神に感謝を。」
神官がなにかいいかけた時、後ろに控えていたシスターがそれを止めた。
「わかりました、お引き止めして申し訳ありませんでした。」
「おい、シスター、まだ話は」
神官がシスターに文句を言おうとしたが、シスターは無視して忍にお辞儀をした。
忍もシスターにお辞儀をする。
そのまま神官を無視してシスターは歩いていき、忍も次のグループの話を聞きに冒険者のところに出向いた。
宗教勧誘をされた経験が生きたな。それっぽく喋っただけだが、なんとか切り抜けられたようだ。
「冒険者のお二人はどのようなご要件ですか?」
「よくもしゃあしゃあとそんなことが言えたな、ソードサーペントめ!」
「大声は怒られますよ。根拠はなんですか?」
「カジャさんの殺害容疑と偽情報を流布した疑いだ。」
「カジャさん生きてるじゃないですか。」
そう、少なくとも前半はカジャさんに聞けば潔白になるはずだ。
そして後半はどうやら正門で捕まえた連中が潔白だと騒いでいるらしい。
「持ち物から盗品が出てこなかったんですか?」
「いや、出てきたがお前が怪しいって意見が根強くてな。」
「はぁ、根拠なしで一部の疑いから私を捕まえに来たってことでいいですか?」
「まあ、そうだ。」
現在、この廊下には白雷と千影もいる。
ところどころからひしひしと殺気が二人の冒険者に向けられていることに気づいているのだろうか。
「とりあえずカジャさんに犯人聞いてみません?」
忍がそう提案すると、二人は警戒しながら病室に入るよう促した。
「カジャさん、お加減いかがですか?」
「おう、なんとか生きてるよ。話は済んだかい?」
「カジャさん次第です。誰にやられました?」
その質問にカジャは言いづらそうに口をつぐんだ。
ちらりと冒険者の二人を見る。
「このままだと私がカジャさんを刺したことにされそうなんですけど、言いづらいってことは……」
「察しがついてるのかい?こりゃ驚いた。」
カジャに無警戒に近づける人物、刺されたのは腹。
大人ならトドメに首をかききるくらいはできるはずなのだ。
つまり身長が低く、あの店でカジャと話していても不審がられない人物。
「ネミルくん、なんですか?」
「……ああ。いつも細かいことで報告しに来てたからね。油断したよ。」
最初に店に入った時、カジャは忍を知っていた。
その理由はネミルがお大尽が店に来たと報告したことだった。
しかもネミルは海賊に情報を伝達する役目も担っていた。
子供だからといって捨ておける存在じゃない。
「彼がメインの連絡役だったみたいですしね。ミルドさんも海賊でしょう。奥さんは千影が死んでるのを確認してるみたいです。」
「そうかい。世話をかけた、全く歳なんぞとるもんじゃないよ。」
冒険者の二人も、ミネアも、バンバンでさえあっけにとられていた。
それはそうだ、昨日まで町中を元気に走り回っていた子供が暗殺者であり連絡役だったというのだから。
「あー、バアさん本気か?ボケちまったなんてことは……」
「このバカどもが!忍はビューロやあたしと連絡取りながら今回のことを防いだ功労者だよ!ボケてんのはどっちだい!わかったらすぐにギルドに報告しな!!」
カジャに一括された二人はビクッと背筋を伸ばして病室の外にかけていった。
「ったく、使えないったらありゃしない。忍、あんたギルドマスターにならないかい?」
「遠慮します。」
カジャが唐突にそんな事を言ってきたが、忍は真顔で断った。
「ミネアさんの前でその話しなくてもいいんじゃないですか?」
「しょうがないだろ、マスターは早急に決める必要があるのさ。ビューロの娘だ、そんなヤワじゃないだろ?」
ミネアの頬はほんのり赤くなっており、こころなしか泣いた後のようだった。
しかし力強くカジャと忍に向かってうなづく。
「私はなりませんよ。もう少しで街ごと海に沈めるところでしたし。」
「忍、おめぇ、まさか、あの津波……」
「津波って怖いですよねー。大自然ですよねー。」
バンバンはあれを見ていたらしい、発言に気をつけねば。
「マスターはカジャさんしかいないでしょう。」
「真っ先にやられたかよわい老人を労え若造ども。」
めちゃくちゃ元気だ、この分ならあと百年は生きそうである。
「で、悪いけどギルドマスターに相談があるんですよ。白雷、入ってきて。」
白雷がウィンを乗せて入ってくる。
ウィンは震えているが大人しくしており、その顔はある種の諦めに染まっていた。
「こいつの罪を軽くしてやれないかなと考えてまして。海賊たちの連絡役をやらされてたんですよね。奴隷だったので拒否権なしで。」
「なっ?!なんで知って……あ、ごめんなさいごめんなさい!」
「千影、自由に喋らせてやんなさい。」
『承知しました。』
千影がなにかしてるのがなんとなくわかってしまった。
「忍、あんたも悪趣味だねぇ。」
「捕まえたときに千影に任せたらこんな感じになっちゃったんですよ、他意はないです。ミネアさん、紹介しますね。私の相棒、闇の精霊の千影です。」
『皆さん改めましてよろしくお願いします。』
烏がペコリとお辞儀をすると全員の頭の中に声が響いた。
「このように意思疎通したり人の考えを読んだりすることができます。海賊やらウィンのパーティの暗躍やらも千影が暴いてくれました。ミネアさんも話したいことがあれば、千影が同時通訳してくれますよ。」
とりあえずここを説明しておけば偽情報疑惑も晴れるはずだ。
続けてウィンの話に入る。
「まあ、千影からの報告で私はウィンのすべてを知っているわけなんですが。元々の罪は窃盗で、冒険者として奉仕活動をすることで罪を償うはずが、雇われたパーティが最悪だったって状態なんですよね。かなり追い詰められていたので訴えたり逆らったりすることも難しかったでしょう。こういう場合ってなんとかなりませんか?」
ミネアがおもむろに手をあげた。
千影の同時通訳が始まる。
『ウィンさん、奴隷の期間はどれくらいで、どこの街で契約しましたか?』
「期間は半年だったはず、でも何年もずっと使われ続けてた。シジミール行商人ギルドで契約した。」
『違法拘束奴隷ですね。それなら少し刑が軽くなるかもしれません。』
ミネアは喋ることが苦手だが仕事はできる、この発言は頼もしい限りだった。
『本来、奴隷は就労期間が終わると雇ったギルドの窓口に申告しなければなりません。死亡したり逃亡した場合はその限りではないのですが、この制度を悪用するものがいるんです。故意に詐称した時点で雇い主は重罪ですので、その指示で動かされていた奴隷は情状酌量の余地があると判断されることもあります。』
「おいおい、もう少しわかりやすく言ってくれねぇか?」
「雇い主がルール違反してるからウィンは嫌々やらされてたって認められるかもしれないってことです。」
しかし情状酌量の余地があっても、今回の大規模な襲撃に加担していたのだ、どのくらいの罪になるのだろうか。
『今回の襲撃では死人もかなり出ています。ほとんどのものが極刑でしょう。しかし、有益な情報を持っている場合などはそれを対価に刑を軽くすることもできます。』
「あたし、ただ連絡してただけだから、情報なんて……。」
「いや、使えますね。実は今回の襲撃を私に教えてくれたのはウィンなんです。」
忍はウィンの様子がおかしいことに気づいて三人を監視しはじめた。
偶然だが主張としては間違っていないはずである。
「さらに、大部分の海賊の顔はウィンの頭から千影が探り出したものです。大きく貢献したと言っても過言じゃありません。」
「ずいぶんと肩を持つねぇ。なんだい、惚れてるのかい?」
「違います。まあ、同じ穴のよしみですよ。」
そう、同じような穴に落とされていたんだろう。
いじめられっ子のよしみである。
どうにもならない境遇に晒されていたウィン、意思表示に大きな制限のかかっているミネア。
同情なのだろうか、それとも気まぐれか。
理由はわからないが、助けたくなってしまったのだ。
「まあ、命の恩人の頼みだ。あたしも努力はするさね。」
『書面はまかせてください。得意分野ですから。』
「ありがとう、お願いします。」
ウィンのことはなんとかまとまった。
「……チッ、あんな酷いことして今度は情けかけるとか、何なんだよ。」
『ウィン、ミミズは好きですか?』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」
「ミミズって何?!千影、手加減したんだよね?!」
『もちろんです、忍様。ウィンが大げさなだけですよ。』
このウィンの状態を見て誰がその言葉を信じるのだろうか。
「悪趣味だな。」
「悪趣味だね。」
バンバンとカジャの息がぴったりだ。全員ドン引きした上にミネアまでこくこくとうなづいている。
世界は、なんて理不尽なのだろうか。
ミネアがもう一度手をあげた。
『本日到着した船は寄港しただけと確認ができましたので、海賊の脅威は去ったと考えられています。事後処理の賠償は船を出していた商会に請求することになりました。捜索隊はまた準備をし直すことになるようです。』
「すっかり忘れてた、でも大丈夫なんですね。二段構えとかだったらつらいとこでした。」
『そういえば、押収した従魔車や捕まえた海賊の持ち物からはかなりのお金が出てきているのですが、中でも従魔車の一つに大金が積まれていて、それがどこから出てきたのかがわからないのです。』
「千影、知ってる?」
『ロンダリーの床下貯蔵庫の隠し財産ですね。復興に使うのがよろしいのでは?』
『よかった、出処がはっきりしないで困っていたんです。ありがとうございます。』
「……生きてたって仕方ないのに。」
『ウィン、スプーンはお好きですか?』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」
「悪趣味だな。」
「悪趣味だね。」
なんかさっきも言われたな。
ミネアは震えながらこくこくとうなづき顔色も悪くなっている。
「ウィンさん、学習しましょう。あと、そっちの三人は一度体験してみますか?」
三人揃ってブンブンと首を振っている。
そんな必死にならんでも。
『無礼者にはそのくらいでいいのです。ではさっそく。』
「千影、冗談だから。やったら怒るよ。」
『……承知しました。』
本当に真面目ないい子なんだけど、発想が物騒なんだよな。
あと、スプーンって一体何があったんだろうか、謎が謎を呼ぶ。
「ウィンさん【ウィスパー】使えますよね。ミネアさんと喋ること、できるんじゃないですか?」
「ぐ、あたしの魔法を軽々しくバラしやがって。」
「いや、極刑になる瀬戸際なんですから。もっと刑が軽いなら、ギルドでミネアさんと一緒に受付をするのなんかどうでしょうって進言しようとしてたんですよ。」
ウィンが窓口で用事を聞き、ミネアが奥で処理をする。
信用できるまともな仕事場だし、冒険者ができるレベルの腕っぷしも活かせるのだ。
「朝の炊き出しもこなれたものですし、人材としてはいいところじゃないかなと思うんですけどね。」
「あたしが嫌だって言ったらどうすんだよ!」
『ウィン、理想の職場を、わざわざ忍様が提案してくださっているのに、断るのですか?』
「千影、脅すな。人には気持ちってもんがあるんだよ。あくまでそうなったらいいなって話だし。」
ああ、またウィンがガタガタ震えてトラウマ状態になってるし。
カジャとバンバンの方に目を向けるとミネアも揃って三人仲良く口をおさえていた。
「三人とも楽しんでません?」
「そんなわけ無いだろ?」
「そうそう、もう少しで一言出るところだったさね。」
ミネアだけは本気で怖がってそうなのが忍にとって一番ダメージだった。
「ミネアさん、おしゃべりできる相手が増えますよ。素直じゃないですが悪いやつでもないので仲良くしてあげてください。風の魔法を使えばもっと襲撃に貢献できたはずなのにウィンさんはそうしなかったんですから。」
『そうですね。なんだか忍さんの言っていること、わかる気がします。』
今回の件がつつがなく片付いてミネアとウィンが仲良くなれるといいのだが。
忍はもう、人と関わる気力が尽きかけている。
落ち着いたらどこかに旅立つことを決めていた。
「じゃあこんなもんで、私は帰ります。まだ少し休み足りないので。」
忍はまだ本調子ではないのか疲れ切ってしまい、宿の部屋でゆっくりと眠ることにした。
次の日は一日中、すっかり忘れられてご機嫌斜めの白雷の相手をした。
瓦礫を片付け、家屋を補修し、街は少しづつ元の形を取り戻していった。
【グランドウォール】のおかげで津波被害が軽微だったこともあり、一ヶ月もたつ頃には街並もかなり回復していた。
ウィンはほとんどお咎めなしで受付嬢をやっている。
やはり襲撃露呈の取っ掛かりになったというのがのが効いたらしかった、ミネアとカジャがうまく報告をあげてくれたのだろう。
カジャはギルドマスターになったが、実務はほぼミネアに投げていた。
しかしそれでも冒険者ギルドが回るくらいミネアは優秀だった。
ミネアは、ギルドの書類仕事を一手に引き受けてとても忙しくしている。
ギルドで顔を見ることはなくなったが、炊き出しでたまたま会ったときに、充実していると言っていた。
バンバン・ババババ・ババババンは相変わらず閑古鳥が鳴いているが、バンバンはギルドのストック武器の管理を委託されて破産の危機は脱したようだった。
日常が戻ってきている、そんなある日の夜。
珊瑚の休日亭で、カジャとバンバンの二人に忍は話しかけた。
「明日辺り、ポールマークを発とうと思います。」
「そうかい。寂しくなるね。」
カジャはこちらを見ずにそう言った。
「そういう話だったからな。俺の剣、大事に扱えよ!」
バンバンはちょっと大きな声で話す。
この三人での食事も今夜が最後かもしれない。
「大事にはしますけど、刃こぼれしたら戻ってきますね。」
「ふざけんな、刃こぼれするわけねぇだろうが!そんななら二度とかえってくるんじゃねぇぞ!」
軽口を叩けるくらいにこの二人とは打ち解けていた。
定食を頼んで話を聞く。
冒険者ギルドはどうか、今日は何をしたか、他愛もない話が今日はなんとなく重く感じる。
「忍、餞別をやるよ。」
そういったカジャは懐から小さなメモ帳のようなものを取り出した
「【同化】【増強】【共鳴】【生育】【双撃】従魔術のやり方が書いてある。筋がよければ使えるようになるだろうさ。」
「ありがとうございます。」
忍はそのメモを受け取るが、もらうだけではなんとなく悪い気がする。
「カジャさん、【デリケート】ってきいたことあります?」
カジャに魔法陣の書かれた布を渡すと、お返しに呪文を教えた。
「まあ、気が向いたら戻って来ますので、そのときはまた飯でも食べましょう。」
「生きてたら付き合ってやるさね。あんたも死ぬんじゃないよ。」
「このババアは向こう百年は死ななそうだから大丈夫だろ。元気でやれよ!」
「ビヤ樽!あたしのことを何だと思ってるんだい!」
「そりゃアレだ。ミスリル入り超合金ババアだろ!腹を刺しても壊れねぇ!」
「ちょ、超合金ババアって。ブフォ。」
最後の最後に盛大に吹き出してカジャに追いかけ回されてしまった。
ふたりとも末永く元気でいてほしいものである。
朝の炊き出しでウィンは忙しく動き回っていた。
忍が声をかけるとめんどくさそうに答える。
「真面目に働いてる。忙しいんだけど。」
つっけんどんだが、いまは冒険者ギルドの一員としてきちんと働いている。
制服も板についてきており受付としての評判もいいみたいだ。
残念ながらまだ奴隷としての仕事だが、主人はミネアだしそうそう酷いことにはならないだろう。
「ははは、街を出るからあいさつ回りしてるんですよ。千影がいなくてもきちんと仕事してくださいね。」
「あたしをナチュラルに脅してくるな。大丈夫、拾った命、ちゃんとやるよ。」
ウィンは好きで盗みをしていたわけではない、孤児で貧困にあえいでいた。
魔法もきちんと修めたわけではなく、同じスラムのゴロツキが使った呪文を覚えて使ってみたモノだ。
確実に才能はあるが、それを伸ばせる環境にいなかった。
逆に環境さえ整えばどうにでもなりそうだった。
「では、ご褒美にこれをあげます。こっそり練習しておけば助けになるはずです。信じてますから、がんばってください。」
カジャにもらった従魔術のやり方メモで思いついた、忍特製・風の魔法初級の呪文リストだ。
中級が使えるのならこれらの魔法はすぐに使えるようになるだろう。
ウィンはなんとなく紙を受け取ったが、開きもせずに質問してくる。
「……ねえ、同じ穴って何の話?なんであたしを助ける?」
忍は少し悩んでこう言った。
「本当に助けてほしいときに助けなんて来ないのを知ってるからですかね。ウィンが気に食わないなら助けなかったでしょうし。それで伝わらないなら気まぐれってことでどうでしょう。」
ウィンは少し考える素振りを見せたが、炊き出しの方から呼ばれて振り向いた。
忍は一言かけてそそくさとその場をさろうとする。
「それじゃ。私もこれからギルドに行くので。」
「あぁ……ありがとう。世話になったよ。」
ウィンは忍の背中にそうつぶやくと小走りで炊き出しに戻っていった。
忍は聞き取れてしまったので、少しだけ嬉しく感じた。
朝の炊き出しのあいだ、冒険者ギルドには一人しかいない。
いつもなら受付に立っているはずだが、この日は誰もいないようだった。
個室の一つから、鼻をすする音が聞こえる。
「……泣いてる?」
個室に近づいた時、中からミネアが出てきた。
随分と泣いたようで髪に隠れた顔が鼻水と涙で酷いことになっているのは想像できた。
ミネアは忍を見つけると、そのまますがりついてまた泣き出してしまった。
どんなに声が小さくても悲痛な叫びが聞こえる、当然だ、父親をなくしたばかりの女の子なのだから。
むしろ今まで冒険者ギルドのために気丈に振る舞い、よく頑張っていた。
「ミネアさん、ありがとう。こんなに頑張ってくれて。いまは、私しかいないので。」
小さな子をあやすように背中をポンポンと優しく叩く。
リズムを取って優しく優しく、落ち着くまで一定のタイミングで続ける。
ミネアが落ち着いた頃には忍のパーカーは涙と鼻水でどろどろになっていた。
個室で久々に【デリケート】を使った、千影と白雷には乱入者が入らないようにしてもらっている。
「ごめんなさい、なんだか無性に寂しくなってしまいました。本日はどんな御用でしょうか?」
「えー、実はですね。街を出ようかと思いまして。」
ミネアが一瞬固まって、髪に隠れた目から涙がぼろぼろと溢れる。
「す、すみません!最悪のタイミングだったですよね。」
「い、いえ、旅を、続けるということは、聞いていましたから。すごく……すごく寂しいです。いつ発たれるんですか?」
「今日これから発とうと思います。ミネアさんには本当にお世話になりました。」
「いきなり、ですね。」
忍は深々と頭を下げた、冒険者ギルドの使い方や依頼の受け方などミネアは忍に懇切丁寧に教えてくれた。
ミネアがいなかったら受付に並ぶのがめんどくさくてギルドを利用するのも諦めてしまっていたかもしれない。
「あまり時間をかけると、発ちづらくなりますので……そうだ。」
忍はバッグから木組み細工ので作られたドアのかたちのペンダントを取り出した。
ドムドムから教わった技術を使って、行商のときに売り場に並べようとコツコツ作っていたものだ。
ロケットのように写真も入れられるようにと考えていたがそもそもこの世界には写真がなかった。
「ちょっとまってくださいね。紙とペンがあれば……」
忍は紙にちょっとかっこよく小さなビューロの似顔絵を書いた。
それを切り取るとドアの中に入れてミネアに見せる。
「ビューロさん心配性だから絶対見守ってくれてますよ。ここをこう押し込むと開く仕組みになってますから、よかったら持って行ってください。」
「ありがとうございます!大切に、大切にします!」
ミネアが少し微笑んでくれたので忍も少し嬉しかった。
外がガヤガヤと騒がしくなってきた、炊き出しが終わってみんな帰ってきたのだろう。
「あ、あの、手紙書きます!冒険者ギルドで受け取れますから!」
「……わかりました。どこかの街におちついたら、ギルドに行ってみますね。ミネアさんもお元気で。」
「はい、行ってらっしゃい!忍さん!」
忍は席を立ち、【デリケート】の魔法陣を回収する。
魔術がとけて声が聞こえなくなる、忍はミネアに手を振って個室の外に出た。
ミネアは少し落ち着いてから出てくるのだろう。
「まあ、街なんかに出るのはしばらくたってからかな。」
『忍様、お召し物はどうされたのですか?』
「大丈夫、着替えたら出発しようか。」
忍は濡れた服で寒くなってきてしまったので、ギルドを出たところでささっと着替えた。
目指すのはアサリンドの首都、シジミールだ。
「さらばポールマーク、また逢う日まで。」
読んでいただきありがとうございます。
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