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小さな戦争

 「カジャさんについていてもらいたかったのに、とんだ誤算です。」


 うるさすぎて患者に障るということで神殿を追い出されてしまった。

 行き場を失った三人のおっさんは開店直後の珊瑚の休日亭になだれ込んで個室を取っていた。

 

 「「すまん。」」


 先程からこの二人のシンクロ率がやばい。

 こんな状況で吹き出しそうになってしまう。

 ドワーフとマッチョ、タイプの違う強面の二人だが、性根は似通っているようだ。


 「しかし、流石に黙っちゃいられねぇぞ。何が起こってるか、俺にも話せ。」


 「ビューロさん、私も例の事件絡みだと考えてます。こんな派手なことが起こった以上、注意喚起しないとマズいんじゃないですか?」


 「ああ、この話が届いた時点でギルドも衛兵も警戒態勢に入った。あくまで殺人事件としてだがな。」


 「バンバンさんは信用できます。カジャさんの友達ですし、普段から一緒にいるのは私とバンバンさんくらいでしたから。」


 忍としては人情としてバンバンには事情を話しておきたかったが、ビューロの考えは違うようだ。

 威圧的な雰囲気をまとって口を開く。


 「それなら、おまえら二人しか容疑者がいねぇ。あのバアさんが不意をつかれる距離に知らないやつを近づけるわけがねぇ。」


 「なんだとこのやろう!!ってぇ!!!」


 忍は叫んで立ち上がったバンバンのヒゲを引っ張った。

 ビューロの意見は一理あるし、おそらくこの感じだとバンバンとビューロにはまともな面識がない。

 視界の端に捉えるようなことがあっても、こんな緊急時にいきなり信じろと言われるのはたしかに無理がある。

 接点がない相手というのはそういうものだ。

 しかも推薦しているのが新参者で第一発見者ときた。

 おあつらえむきに忍は短剣使い、カジャの服の穴から推理しても疑わしすぎる。

 

 「私は昨日カジャさんに呼ばれて店に行くことになりました。ビューロさんも見てましたよね。そんな私が刺すと思いますか?」


 「バアさんを殺せるのは腕がたつことが絶対条件。状況は暗殺、正面突破なら数人しかいないがこうなってくるとな。」


 「忍なわけがねぇ!!」


 忍は激高しようとしたバンバンに素早くショーの実を嗅がせた。

 たちまち屈強なドワーフは椅子でグロッキーになる。


 「ごめん、ちょっと黙ってて、こんなに話を漏らしてくるなら私は疑いが薄いんでしょう?」


 「……まあな。だが、お前には謎が多すぎる。頭もキレる。警戒するのが当たり前だ。」


 「せっかく殺せたカジャさんを助ける?金貨十枚ってどうでもいい人に払う金額じゃないんですが。」


 「はぁ?!」


 今度はビューロが大声を上げた。

 本当に個室って意味あるのだろうか、色々不安になるな。


 「下手に機嫌損ねてカジャさんの扱いが悪くなったら嫌でしたから。これでなにかあったらロンダリーは殺す。」


 「すでに払ったのか?!」


 「はぁ、落ち着いてください。あと、めんどくさいから敬語やめる。」


 驚いてるビューロにかまっている暇はない。

 おそらくギルドからは忍犯人説があがっているのだろう、海賊の話も持ち込んだのも、事件の中心にいるのも新参者の忍だ。

 海賊側からしたらいいカモだし、ギルド側からも要注意人物としてマークされる絶妙の位置に入れられてしまった。


 「……ギルドの注意を私に集めて、罪を着せられるだけの土壌が出来上がってる、か。」


 「お前は他の冒険者との交流が少ねぇ、その上見た目もやることも目立っちまってる。俺は立場上味方ができねぇし、この際だ、街を出るのも手だぜ。」


 ビューロの言うことももっともだが、ここで放って逃げるのも気分が悪い。

 何よりもカジャをやられて黙っている気はサラサラ無かった。

 誰がやったかはわからないが、そいつには報いを受けさせる。

 ……あれ? 


 「なんで、今日なんだ?」


 大型船は明日も来る、てっきり来てから動き出すものと思っていた。

 しかしこれだけ騒ぎになっている以上警戒は強くなるし、明日以降では街の強固さが違う。


 ドオォーーーン!!!!


 轟音が響いた。

 間違いない、この混乱に乗じて大仕事とやらがはじまってしまったのだ。


 「港の方だ!俺は行くぞ!」


 「私は宿に、港で合流する!」


 言うが早いかビューロは飛び出して行ってしまった、忍はバンバンを解毒して、二人で宿に急ぐことになった。


 

 『お二人共、無事でしたか。』


 宿の部屋に入ると千影が声をかけてくる。

 今朝の事件と断続的に続く轟音で商業区画より港側の人々はみんな住宅街の方に逃げているようだ。

 この宿ももぬけの殻で、外では荷物を持った人がまばらに坂を登っている。

 忍は道中でバンバンに海賊の襲撃の情報をすべて話した。

 作戦を立てている時間はない、こうなってしまった以上信用できる人は自分で選ばなければ。

 バンバンも切迫しているのはわかっている、簡単に情報共有だけをして二人は別れることにした。


 「俺は神殿に行く、ババアが心配だしな。」


 「了解、私は港に。あ、黒い鳥は味方と覚えておくこと。」


 「わからんがわかった。」


 短くそう言ってバンバンは出ていった。

 忍は壺をバッグに入れ、装備を確認する。

 ポケットに各魔法陣の石、ショーの実をバッグに数個。


 「千影、烏を使って一般人を襲われないように誘導してやれ。神殿かギルドみたいな大きな建物がいい。神殿が一番だがそれ以外も手薄なら守るのを手伝ってやってくれ。」


 『仰せのままに。』


 「白雷は港まで飛んで状況を見てきてくれ。」


 『わかった、まかせて。』


 全員が動き出す直前に千影がなにかに気づいた。


 『忍様、例の三人がつけてきていますが。如何いたしますか?』


 「……いいタイミング、だな。もう遠慮はいらない、相手の動きは?」


 『この宿に突入してくるようですね。裏口にボーガン、表からウィンとアンリです。』


 「白雷、裏口を任せる。雷を使え。千影は手を出さないで待機、危ないようなら白雷と私の補佐。静かに行け。」 


 『表の二人が入ってきました。』


 「よし、行け。」


 表の二人と入れ替わりになるように窓の外に白雷を送り出す。

 忍は静かに部屋を開け廊下の様子を確認した。


 『申し訳ございません、昼間の千影は烏の知覚の範囲でしか索敵ができません。お気をつけください。』


 夜のように闇のある所全てから知覚できるようなら情報収集もさらに捗ったのだが、それでも十分だった。

 千影はよくやってくれている。


 久々にマントの下に千影がいる。

 こんな状況なのに、なんだか少し嬉しかった。


 「烏を階段の上に置いて二人が来たら報告してくれ。」


 忍はショーの実を持ち、息を潜めて待つ。


 『きました、が、烏を警戒してますね。』


 よし、それが狙いだ。


 「ぎゃああぁぁぁぁぁあああぁぁ!!!!!」


 裏口からズドーンという大きな落下音と断末魔が響いた。

 白雷が雷を落としたのだろう、あれは人間が耐えられるものじゃない。

 ましてやボーガンの背中には、巨大な避雷針があるのだから。


 ウィンとアンリの次の行動は逃げる、助けに向かう、無視して二階まで調べに来るのどれかだろうと踏んでいた。

 忍の部屋の窓は表通りに面しており、出入り口も見える位置にある。

 表に逃げるなら部屋の窓からショーの実を投擲、裏なら白雷がもう一度雷を落とすだろう。

 しかし、しばらくたっても二階にも一階にも動きがない。


 「千影、二人は出てきてないな?」


 『はい、表裏どちらも人の出入りはありません。』


 仕方ない、打って出るか。


 忍は階段の上から一階にショーの実を投げた。

 【ファイアブラスト】でショーの実を狙って爆発させる、これで一気に階下にショーの実の香りが充満したはずだ。


 「なっ?!」


 驚くような声とガシャンという音がした。

 窓を割って外へ出たのだろうか、しかしこの実の毒の強さは身を持って知っている。

 【リムーブポイズン】を自分にかけながら様子を見に行くと、窓の外でウィンが動けなくなっていた。アンリの姿はない。


 『忍様、申し訳ございません。この通りは表からも裏からも死角のようです。』


 「なるほど、窓から逃げたのか。で、なんで君は残ってる?」


 ウィンは声にならないうめきのようなものを発しているが、とりあえずは生きているようだ。

 足止めの捨て石か、なにかの罠か、どっちにしろ情報源は確保できた。

 白雷に港の偵察の指示を出し、武器を外したウィンを担いで二階の部屋まで戻る。


 「千影、記憶を洗え。ただし、加減はしろよ。」


 『仰せのままに。ふふふ……。』


 あの千影が笑っている。


 「あ、あの、手加減してあげてね?壊したり殺したりはなしね?」


 『忍様、ご心配には及びません。千影の得意分野ですので。』


 闇の精霊の真骨頂がここで発揮できると張り切っているのか。いや、そうにちがいない。

 ウィンは無理やりつきあわされている感が凄かったので助けてやりたかったのだが、まあ、南無三。


 「プオオォォ!」


 闇に包まれていくウィンに手を合わせていると窓から白雷が入ってきた。

 忍が白雷を撫でてやると意識が流れ込んでくる。


 『港、砲撃、うけてる。おっきな、船、どーん。』


 「おっと、寄港する前から乗っ取られてたパターンか?」


 『みんな、港、いっぱい。』


 「双方の戦力は港に集まっていると。合流するか。」


 主戦場は港という考えは間違っていないようだ。

 だったら忍は合流したほうが早く片付く。


 『お待ち下さい、どうやらそうでもないようです。』


 方針が決まりかけた時、千影が待ったをかけた。

 なんか釣りたての魚みたいにウィンが床を跳ね回っているが、つっこんでいたら間に合わない。


 『どうやら街に潜んだ海賊が店主の居ない商店を襲って金品を強奪しているようです。何人か倒しましたが、こちらは港に向かっていません。』


 「火事場泥棒か!わかった、そうなるとこっちは……」


 ―――行商人に紛れて、見た顔が街に入ってきたのを確認した。


 「そういうことか!白雷、正門に連れて行ってくれ!千影はここから引き続き補佐を、烏を私に付けて連絡しよう!」


 『承知しました。』


 白雷に急いで手綱をつける。

 忍がそのまま外に飛び出そうとした時、目の前の通りで見慣れたモジャモジャが武器を持った二人組に襲われていた。


 「ミネアさん?!く、【アイスコフィン】!」


 とっさの魔法で一人は氷漬けに、それに怯んだもう一人にミネアが渾身のアッパーカットを放った。

 それはまさに金髪で道着なアイツの龍が昇るが如き一撃。

 横顎にクリーンヒットした暴漢は哀れ宙を舞って道のど真ん中に倒れ込んだ。


 「千影、烏をミネアさんにも付けたい。同時通訳できるか?」


 『お安い御用です。』


 忍は窓から白雷に乗って、ミネアの前に降り立った。


 「ミネアさん、時間がありません。頭に響く声の指示に従ってください。」


 『忍様、精神を読み取るほうが早いのではないですか?』


 「千影、人間にはプライベートってもんがある。目的と行き先聞いて。」


 ここで許可したら千影は頭の中をすべて読み取って報告してくるだろう。

 忍でも嫌なのだ、知り合いの女の子にそれは鬼畜すぎる。

 

 『忍様、正門にリストを届ける途中だそうです。ギルドから一緒に出てきた二人に襲われたとか。』


 「ミネアさん、災難でしたね。でもナイスです。前に乗ってください、一緒に行きましょう!」


 例のリストは海賊との判別に役立つ可能性のあるものだ、かかえている大きながま口の肩掛けバッグに入っているのだろう。

 忍はミネアを引っ張り上げると自分の前に座らせて白雷ごとギュッと抱き込むようにして体を固定した。


 「白雷、スピード控えめで屋根の上を飛んでいこう。行商人は門に殺到してるはずだ。」


 『忍、あとで、ぎゅー。』


 「わかったわかったわかった。門が突破される前につかないと洒落にならん。ミネアさん、ちょっとだけ我慢してくださいね。」


 手綱をしっかり握り、ミネアがずり落ちないようになっているかを確認する。

 白雷から雑に扱われたのが不満そうなのが伝わってくるが、本当に時間がない。

 おそらく混乱に乗じて門を突破するくらいはやってのける連中だろう、気が焦って仕方ない忍はすぐに出発するのであった。


 正門には人だかりができていた。

 憲兵が門の前で街の外に出られないことを説明しているが、すでに門の前には数台の従魔車があった。

 そしてその中にアンリの姿も確認する。

 忍は少し遠いところで地上に下りて、ミネアと分かれることにした。


 「ミネアさん、大丈夫でしたか?」


 ミネアはこくこくとうなづく。

 しかし、心なしか顔が赤くなっているようだ。


 「ご、ごめんなさい、苦しかったですか。」


 ミネアはブンブンと首を振った。


 「すみません、目先のことばかりで。烏を付けますのでミネアさんはこのまま正門に行ってください。人混みにアンリを見つけたので捕まえられないかやってみます。」


 ミネアはこくこくとうなづいた、そして一枚の紙を忍に渡す。


 「リストですね、ありがとうございます。」


 ミネアは元気に手をふると正門の方向へ走っていった。


 『人混みの中にウィンの記憶にある顔が守っている従魔車がありました。』


 「少なくともひとりじゃない、と。従魔車からは離れていたから、アンリは騒ぎを起こす役か。」


 扇動役なら群衆にバラけて配置してるはず、白雷のときと同じ手で行くか。


 「千影、私が手を上げたら、この石をアンリに落としてくれ。うまく捕まえられたらすぐに記憶を読んで、門番と協力して鎮圧っていうのが理想かな。」


 『承知しました。』


 「よし、行こう。」


 忍は千影に指示を出すと白雷に乗って集団の後ろの方についた。

 少し浮いて、アンリを視認する、まだ見つかってはいなさそうだ。

 柳の下の幽霊のように右手を構えてぐっと拳を握り込む、そしてその動作を継続しながら左手を上げる。

 千影が石を落とすが、アンリは動かない、いや、動けないのだ。

 ネレウスの魔術で足が地面に引っ付いているのだから。


 「岩よ岩、不届き者を地に縛れ。【岩枷】!」


 アンリの足元の地面が盛り上がり、体を巻き込んで岩の壁を作り上げた。

 壁尻、生でみると想像以上に間抜けというか、残念な格好だった。


 「くっそ!なんだよこれ!ウチにこんなことしてただで済むと思ってんの?!!」


 アンリはギャーギャー喚いているが、こっちからは尻しか見えない。

 そして烏が尻の上に降り立つと、一回だけビクッと反応して静かになった。

 こんなに虚しい本物もないものだ、忍の顔はチベットスナギツネみたいな顔になっていた。


 「えー、すみません、門番さんに話があるので通してもらえますかー!冒険者ギルドのものですー!」



 「ふざけるな!いきなり攻撃するなんてどういうことだ!」

 「そうよ!私たちに当たったらどうする気だったの!」

 「こんな危ない街には居られん!俺はいますぐ出ていくぞ!」



 「プオオオオオオォォオォォォ!!!!」


 やいのやいのと騒ぐ集団に、白雷が大声をあげた。

 静かになったところで忍は続ける。


 「捕まえたのは火事場泥棒です!私の泊まっていた宿が襲われました!多発していますので、いま街を出ていくということは犯罪者の疑いをかけられるということなのをご理解ください!!今後の行商などにも支障が出るかもしれません!!」


 犯罪者の疑いや行商の支障という言葉にみんなが怯んだのがわかる、半分くらい脅しだが、暴動起こされるよりはマシだと考えよう。 


 「港で仲間が踏ん張ってくれています!ここは街の端ですので比較的安全です!どうかもう少し辛抱をお願いします!!」


 「プオオオオオオォォオォォォ!!!!」


 もう一度白雷が大声を上げると、集団が割れて門への道ができた。

 まさかコミケの待機列の手伝いをした経験がこんなところで生きるとは、人生はわからないものである。


 なんとか門に到達した忍は詰め所に通された、中にはミネアと千影の烏、髭を蓄えた初老の男性が待っていた。

 他の門番と同じ鎧を着ているが、眼光が鋭く風格もある感じだ。


 「門番隊長のポットです。取り急ぎご要件を伺えますか。」


 「はい、ミネアさん、ちょっと借りるね。」


 忍が烏を腕に乗せると千影が話し出す。


 『烏の乗っている従魔車、荷台に二人づつ潜んでいて御者も合わせて六人。群衆にはあと四人紛れています。』


 「門の前の集団に十人ほど、火事場泥棒の仲間がいるようですね。三番目と五番目の従魔車は、中に二人づつ隠れていて御者もグルです。あと四人ほどバラバラに紛れているみたいですね。」


 「なんと?!」


 ポットが目を見開いて驚いた。


 「門番さんたちって何人くらいいらっしゃいますか?できれば一斉に取り押さえたいんですが。」


 「いえ、そのぐらいなら我々に任せて頂きたい。緊急時で全員出勤していますし、そこらのごろつき程度に遅れはとりません。」


 ポットの目がギラリと光る。

 力強いその言葉に、忍は謎の説得力を感じた。


 「わかりました。ミネアさんが他の泥棒も知っていますので、見つけたら捕まえておいてください。コイツがつついて懲らしめてくれます。」


 忍は腕に乗った烏を示す、突然話を振られたミネアは驚いていた。


 『捕まえた賊の記憶を洗って、情報をミネアに伝えればいいわけですね。』

 

 正解。千影が回りくどい方法に疑問を持っているのを感じるが、お前の主人は死ぬほどめんどくさい男だぞ、諦めてくれ。


 『いえ、千影は忍様のものでございます。全ては、忍様の仰せのままに。』


 そう言い残して烏はミネアの肩に戻っていった。

 改めて言われるとなんとも言えない気持ちになってしまうな。


 「それではミネアさん、ポットさん。ここはお二人におまかせして、私は港に向かいますね。ご武運を。」


 「お任せください。あなたに戦いの神の加護があらんことを。」


 ミネアは手を振ってくれている。

 千影がうまいこと説明してくれたのだろう、やはり頼りになる。

 忍は白雷にまたがり、港に引き返すことになった。

 この頃には砲撃の音はほとんど聞こえなくなっていた。



 回復魔法、治癒魔法、奇跡と呼ばれたり、神威と呼ばれたりする癒やしの力。

 ファンタジー作品の世界において強力で不可思議な力の一つだ。

 どんな大怪我でも一瞬で直し、時には死人も蘇らせる。

 火を出したり水を出したりするのとは違い、前世の技術ではひっくり返っても代用のきかない力。

 魔法使いも希少、神官の中でも神聖魔法を使えるものは一握り、そしてこの街には、そんな奇跡をおこせるものがどれだけ存在しているのだろうか。

 忍、神殿のロンダリー、もしかしたらカジャも使えるのかもしれない。

 しかし、今動けるのは忍一人だけ、そして一人でできることには限度がある。


 港は酷い有様だった。

 並び立っていた倉庫街は炎が燃え広がり、石造りの船着き場にはところどころに穴が空いてしまっている。

 かろうじて残っている煉瓦の壁や申し訳程度のバリケードに味方の残存兵は身を潜めているようだ。

 大型船は岸から距離を取って停泊しており、海には船の残骸らしき木片が散らばっている。

 そして何よりも忍の目を引いたのは、こびりついた血のシミと、所々に倒れている死体だった。


 「ビューロさんはいない。知った顔もいないか。」


 忍は怪我人が多そうなところに降り立とうとした。

 弓を持った冒険者と、包丁持ったおばちゃんが守っているが、足元に三人ほど倒れている。

 冒険者は滑空してくる忍を見つけると矢をいきなり射った。


 「嘘でしょ?!」


 そんな叫びを上げるのとほぼ同時に白雷が横回転をした。

 忍は手綱で宙吊りの格好になって、そのまま地面を数メートル引きずられる。


 「あだだだだだ……はな、離れろ!」


 「プオオォォォ!」


 そのまま白雷は飛び上がるが想像以上にスピードが早く、忍は倉庫の屋根にボテッと墜落した。

 服は破けていないが体がヒリヒリする、敵と間違われたのだろうか。


 「あ、そうか。」


 ビューロの話を思い出す。

 忍にはカジャの殺害と、敵の間者の疑いがかけられている。

 ある意味正常な反応なのだろうが、治癒魔法をかけに近づくことすらできない。


 「これ、あの船沈めちゃうほうが早い気がしてきたな。ビューロさんどこにいるんだ?」


 港で上級魔法とか使うわけにもいかないから穴だらけにして沈めるとかのほうがいいか。

 忍が物騒なことを考えていると白雷がすり寄ってきた。


 『雨、火、消せる。白雷、やる?』


 「……それだ。私がやる。」


 忍は【雨乞い】の能力を使った。

 嵐を呼んで津波でも起こったら街が壊滅してしまう。

 使ってから少しずつ頭上に雲が広がり、程なくしてポツポツと雨が振ってきた。


 『忍、上手。雲、おいしそう。』


 「食べちゃ駄目だぞ。っていうかこの能力、白雷の食べ物にもなるのか。」


 やっぱり魔術も能力も使い方一つ、魔術師は奥深い。

 雨は倉庫の火災を確実に弱めていく、これで問題が一つ片付いたかな。

 治療に参加するのは絶望的だとして、船くらいは沈めておきたいとこだけど、どうするか。


 『忍様、街と正門の賊はあらかた鎮圧しました。ただ、襲撃計画の全容を知るものは存在しませんでした。』


 烏が忍の肩にとまって報告する。

 

 『首謀者は不明ですが、連絡は雑貨屋のネミルとウィンによって回されていたようです。すでに雑貨屋の三人の姿はありません。』


 「……マジか。」


 奥さんには違和感を感じていたが、一家で海賊だったということだろうか。

 しかし、感じていたのは、加害者側ではなく被害者側になっていそうな印象であった。

 どちらにしろ事前に気づくのは難しかっただろう。


 『ビューロは破壊された船の乗組員を助けるために動き回っていましたが、砲弾の直撃にあって死んでいます。忍様が正門を出てくるくらいの時でしたね。』


 「はぁ?!」


 千影がサラリとビューロが死んだと伝えてくる。

 忍は取り乱した、カラスの首をひっ掴んで目の前に持ってくる。


 「千影、なぜ報告しなかった!」


 『申し訳ございません。千影も一瞬の出来事で守れませんでした、報告しろとも言われておりませんでしたので報告しておりません。』


 千影が困惑しているのがわかる。

 怒りの感情を止められない、忍に千影の考えが流れ込んできた。


 千影の考えでは主人の忍以外に従魔である白雷や忍の財産も守るべき対象である。

 しかし、それ以外の人間や魔物には特別な感情を持ち合わせているわけではない。

 カジャやバンバンに対してもそれは同じことで、ましてや接点の薄かったビューロなどはそこらの冒険者と変わらない存在だったようだ。

 一応は守ろうとしたようだが、駄目だったら駄目でまあ仕方ないというところだったのだろう。

 千影は精霊だ、人情というものが理解できないのも仕方のないことだったのかもしれない。


 「そうか、そうかそうか、いや、すまない。そうだよな、千影は精霊だからな。」


 千影は悪くはない当たっちゃいけない、怒りは行き場を失って心の中を焼く。

 仕方ないのだ、教えられてもいないことをやれという方が無理がある。

 笑え、なにかないか、諦めるための理屈はないか、理屈、理屈理屈理屈。

 感情に振り回されるな、このままだといい結果になんかならない。

 なんかだるいから、自分が悪いから、雨が冷たいから、笑え。

 自分を納得させろ、理屈、理屈理屈理屈。


 納得、できるか。


 「天より滴る雨粒一つ、湧いて集いて大河と成らん。波は逆巻きのたうち飛沫き、高く聳える白壁を生む。」


 『忍様!考え直してください!それでは忍様まで』


 千影がなにか言っていたが、何一つ頭に入っては来なかった。

 忍は体中に水をまとい、魔力は勝手に練り上げてられていく。

 詠唱は止まらない、完成したらあの程度の船はバラバラだろう。

 

 「立ちふさがりし愚かな敵を、潰し飲み込み冥府へ流せ。【タイダルウェイブ】」


 水の魔法、上級【タイダルウェイブ】すべてを押し潰す水の壁、水場の近くで使えばその力は計り知れない。

 港の海が少しずつ、着実に盛り上がっていく。

 やがて水が丘ほどの高さになった時、まるで波が沖側に逆走するかのように大型船を飲み込んだ。

 港の海は干上がったように底が見えている。

 そして、沖に流れた水は当然戻ってくる訳で。


 「…やっちまったなー。」


 白壁が、ポールマークの街に迫ってきていた。

 周りで千影と白雷が騒いでいるが、よく聞こえない。

 忍は半笑いでその場にごろんと横になって海を見た。

 張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだろうか、あの津波が港にとどけば商業地区の手前くらいまでは海に飲まれてしまいそうだ。


 「街、壊しちゃったなー。」


 千影の烏が服を引っ張ってくるが、そんなことで忍の巨体が動くはずがなかった。

 白雷は意を決したように海の方へ飛んでいく。

 冒険者がバラバラと走って坂を登る、港には仲間を諦められない人もいっぱいいるのだろう。

 しかし、助けようにも助けられない。近づこうとすれば矢を射られるような状態なのだから。


 「ミネアさんにも、カジャさんにも、あわせる顔がないなぁ。」


 無気力とは恐ろしいもので、目の前で起こっていることが何一つ頭に入ってこないことがある。

 自覚があった、忍は現実から逃避しやすいし、現実にも逃避しやすい。

 努力不足という考えはどうにもならない理不尽に対しての答えであるようで、そうではない。

 努力は可能性を上げる手段であるだけで、成功とは保証されるものではないからだ。

 運悪く失敗したことで現実的な努力に逃避し、現実の努力が及ばぬ事象が起これば空想に逃避する。

 ある時、弾けてしまうのだ。

 そして忍はすべてを投げた、学校も、仕事も、親も、友達も、命でさえ。


 前回はたまたま生き残ってしまった。

 今回も失敗したらまた死ぬことから逃げる日々がはじまるのだろうか。


 「ボオオオォォォオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!」


 いつの間にか鯨に戻った白雷がバリアを展開して白壁の前にいる。

 体を横にして少しでも水を食い止めようとしていたが、水の壁に飲み込まれてしまった。


 「はくらい……白雷?!」


 音が、声が、戻ってくる。

 白雷のお陰で波は随分と小さくなっていた、しかし勢いは殺しきれておらず、そのまま港に向かってきている。


 「【インクリ】【グランドウォール】!」


 力任せに呪文を放つ、街の両端まで届く長く高い土の壁が生成された

 目眩がする、放出疲れだ。

 【インクリ】は魔法の効果を魔力を注いだ分だけ大きく強くする。

 制限なしに使えば魔力の枯渇や放出疲れ、そこからさらに無理をすれば体や精神にダメージが入ることもある危険な魔法だ。

 だからこそ補助魔法は応用の位置づけになっているのだが、自分自身の撒いた種なのだ、四の五の言ってはいられない。


 「もう一枚!【インクリ】【グランドウォール】!」


 同じような壁がもう一枚港の直前に生成された。

 忍の限界はここまで、あとは動かなくなった体で街がどうなるか見守るほかなかった。


 「……千影、悪かったな。」


 いまだに服を引っ張っている烏に、忍は喋りかける。

 すると、烏は引っ張るのをやめて、忍に体を寄せてきた。

 何匹も何匹も、大量の烏が羽ばたく音がする。

 壁に津波が当たる大きな音もした。


 「は、はは。」


 烏が集まってくる倒れたやつなんて、ただの死体だろう。

 忍は意識を失う直前、本当に笑ってしまうのだった。


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