殺人未遂と生臭坊主
『冒険者ギルド、酒場、市、武器屋、雑貨屋、宿屋、正門、神殿。』
忍は宿屋で千影の報告を受けていた。
言われた場所をマーキングしていくが、特に変わった場所はない。
あれから数日、忍は千影の報告をまとめながら部屋で魔術の練習をしていた。
【デリケート】をはじめ、魔術は下手な使い方をすれば自滅する。
今は部屋の中で宿屋の内外の音を聞きながら、調整の練習をしていた。
「しかし、あの噂には参ったな。」
忍が宿の部屋で引きこもっているのは、いわれのない噂が立ってしまったことも一因である。
昨晩、珊瑚の休日亭に行くと、カジャとバンバンがいつものように飲んでいた。
忍がテーブルに座ると、すぐにカジャが肩を組んできて、こう言った。
「忍、あんたギルドマスターぶっ飛ばして受付の娘と付き合いだしたって本当かい?」
目を見開き、固まる。
どこがどうなったらそうなるのだろうか。
「大きな誤解があるようですが、誰から聞いたんですか?」
「誰からっていうかよぉ。俺も冒険者連中から聞いたぜ。」
バンバンも酒を飲みながらニヤついている。
忍は再度固まる、自分が今、ものすごくめんどくさい顔になっている自信があった。
「お世話になってますが、そんなこと全くないですよ。私なんかと噂がたったらミネアさんに悪いのでやめてください。気絶してただけですから。」
「気絶?なんだいそりゃ?漁港の炊き出しで仲良く飯食ってたって話もあったね。」
それはまあ正しい。
というかどこまで言い訳していいんだろうか。
下手に話すとビューロの立場が危うくなる可能性もある。
でも明らかに誤解なんだよな。
忍がどうしたものかと悩んでいると後ろから声が掛かる。
「おまえら知り合いだったのか。ちょうどいい、忍とバアさん借りてくぞ。」
ギルドマスター、ビューロがそこに立っていた。
珊瑚の休日亭の個室にて、カジャ、ビューロ、忍の三人はつまみを囲んで話しはじめる。
最初に口を開いたのはビューロであった。
「忍、カジャのことはどのくらい知ってる?」
「魔法屋の店主でバンバンの親友、ですか?」
「あたしがビヤ樽と親友なんてあんたの目は節穴かい!!」
カジャがバシンと机を叩いた、いいツッコミである。
「このバアさんはギルドでも腕利きの魔術師だ。三年前の襲撃でも街を守るのに大活躍したのさ。信用できる。」
「三年前?洒落になってないよ小僧。」
「洒落じゃねぇんだ、バアさん。」
それまでどこか緩んでいたカジャの雰囲気が変わった。
腕を組み、目線でビューロに続きを促す。
「ソードサーペントが何かを計画してる。おそらくは三日以内にしかけてくるはずだ。行商人に紛れて、見た顔が街に入ってきたのを確認した。残念ながら大当たりだ。」
「そうですか、大事になっちゃいましたね。」
「なんだい、あたしにもわかるように説明しな。」
忍はボーガンたちの違和感と、ウィンの扱いや会話の内容をカジャに話した。
「どう調べたかは知らんが、ギルドとしても状況証拠が揃いすぎて無視できねぇ。」
「忍はそんなつまんない嘘つくようなタマじゃないよ。しかし困ったね、下手にとっちめたら潜られてマズいことになるよ。」
カジャも忍と同じ考えのようだ。
「せめて、狙いが何かわかれば対策できるかもしれないんですけど。」
「忍、あんたは正しいけど、実戦では準備なんてできないのが普通さね。決行日がわかっているだけでもマシなもんさ。」
「ソードサーペントなら九分九厘、金目の物が本命だが。他に目的がないとも言えねぇ。」
忍はわざわざ計画を練って襲撃というのが頭に引っかかっていた、敗走したソードサーペントは戦力的に弱っているのか、それとも元々謀略をめぐらすような組織なのだろうか。
「ソードサーペントってどんな海賊団なんですか?」
「どんなって、そうだな。ここら沿岸の港や村を荒らし回った海賊で、中規模の貿易船や漁で男衆が沖に出ている港を襲ってくる。三年前はこの港も危なかったが、未開地が近いからな、大ぶりのシーサーペントが出て、海賊船を次々襲ったのよ。船は軒並み沈んだんじゃねぇか。」
「頭を討ち取ったとはいえ、戦いでは追い返すのがやっとだったからね。」
同じ方法で成功していたのなら、同じ方法を取ってくるというのが人というものだ。
わざわざ陸路で少しづつなんて面倒な真似をする理由はなんだ。
シーサーペントを警戒したとか、実は人的被害も甚大だったとか。
そこで忍は一つの、単純な可能性に行き当たった。
「もしかして船がない?」
船を軒並み沈められたことで、短時間で襲って逃げるという方法が取れないとしたら。
「船が狙いか。明日明後日で大型船が停泊にくる。三隻だ。」
「珍しいんですか?」
「どっかのおえらいさんが未開地の航路で行方不明なんだと。こっち側からも雇われた傭兵の船が探しに行くって話だ。」
カジャとビューロは忍の顔を見る。
ミツカラナインジャナイカナ。
ともいえず、忍は滝のように冷や汗をかくことしかできない。
「ま、うちのギルドは何も言われてねぇ。どうやらよっぽど隠しておきたいみたいだぞ。」
「別の面倒事に首突っ込むほどあたしらは暇じゃないさ。」
「ソウデスネ、しかし、傭兵ですか。そっちにも海賊が紛れていそうですね。例のリストはまだですか?」
「明日にはできる。傭兵と船乗りは俺たちが見回ることにする。」
なら安心だ。
忍は懐から書いておいた木札を取り出し、千影から聞いた情報をビューロに渡した。
「例の三人が立ち寄った場所や話した相手です。」
「わかった、貰っとくぜ。……タネぐらい教えろよ。」
「小僧、魔術師の手の内を聞くもんじゃないよ!」
「なにおう!バアさんの手の内もバラしてねぇ!ちっと聞くくらいいいじゃねぇか!」
まあまあと宥めてみる、声が大きくなってきたな。
現状把握と情報交換が一段落したところでカジャが忍に話しかけた。
「時間があるなら明日うちの店に来な。魔力を流すだけで使える道具がいくつかある、作るのを手伝っとくれ。」
「わかりました。お昼ごろにでも。」
「光札を多めに頼む。夜が本命だからな。」
「おや、ギルドから金が出るのかい?」
「つ、使った分だけは出してやるよ!!」
「しみったれめ!全部買い取りな!!」
言い合いになってしまった。こうなると止まらないだろう。
忍はこっそりバンバンのいる席に戻ってきた。
「あの大声で意味あんのか?」
「わかりません、まあギルドマスターのやることですし。」
「忍よぉ、その、なんだ。なんか困ってるなら助けてやらんこともないぞ。」
「ありがとうございます。今は言えないことも多いので……。必要になったらバンバンさんになにかお願いするかもしれません。」
「おう、まかせとけ。」
バンバンは武器の専門家だ、もしかしたら出番があるかもしれない。
ちなみに、ほくほく顔のカジャと肩を落としたビューロが個室から出てきたのはしばらくたってからのことであった。
誤解を解くような雰囲気ではなくなってしまったし、噂に関してはなるようにしかならなそうだ。
『忍様、三人は色々なところに立ち寄りますが、冒険者ギルドと虎箱酒場以外は一貫性がありません。ウィンだけは朝の炊き出しに参加しているようです。子供や仲間の冒険者に話しかけられることもあるようですが、特定の人物とも接触していないようです。』
「炊き出しか。」
朝の炊き出しに行ったことはないが、ウィンの足りないはずの食事を補っているのはそこだろう。
人混みはそういう情報をやり取りするのには適しているが、千影がついているのなら外での会話は筒抜けだ。
もしかしたら決行日だけを決めて連絡を取り合っていないのだろうか。
そうなると芋づる式というわけにはいかなくなりそうだ。
「白雷、今夜はご飯を食べてきていいぞ。たぶん明日からは行けないだろうからな。」
「プオオォォ……。」
白雷を窓から外にはなしてやると、海の方へ飛んでいった。
お腹いっぱい食べれるといいのだが。
「千影、三人は街の外に出たか?」
『いいえ、町中で過ごしていますね。』
やはり連絡を取り合っていないのか、それとも虎箱酒場や炊き出しのようなところで連絡を取っているのか。
もしも魔法で連絡を取られているなら今の忍にはお手上げだった。
「方法はいろいろあるけど、【ウィスパー】が一番ありうるのかな。」
風の魔法中級【ウィスパー】、声や音を視界内の好きな場所で発生させる。
これを使えば内緒話もできるだろう。使えない魔法でも覚えておくものである。
魔法大全、流石というか恐るべきボリュームをしていた。
基本とは違い読みすすめようにも中身が複雑なので大変である。
「補助魔法もいくらか……【インクリ】【デクリ】【マルチ】はなんとなく使えそうなんだけど。」
魔法大全で追加された部分に、補助魔法というものがあった。
元々ある魔法に命令を追加する魔法、というものだが、イメージが湧かないものも多く忍は習得に難儀していた。
今までが驚異的な速度で魔法を覚えていたということもあって、ちょっとだけ足踏みをしている気分である。
もちろん、本来なら簡単なものではないはずなので、習得に期間を要するくらい、覚悟する必要があるのはわかっている。根気よく行こう。
「手札を確認して、準備がないときの戦い方も考えないとね。カジャさんも言ってたし。」
実戦では準備がないのが普通。
忍が準備なしに頼れるのは魔法と剣術、ネレウス式の魔術くらいだろうか。
アーガイル式は魔法陣が必要なのでどうしても先に準備しなければならない、しかし、ネレウス式も使いこなすには難しいものであった。
「黙って使えるのはいいけど、効果がすごいピーキーなんだよなぁ。」
鼻がきかなくなる、水を飛ばす、足が引っ付く、舌がしびれる、矢をそらす、魚を呼ぶ、貝を探す、などなど。
ただ使うだけなら魔力消費は少ないが、長時間使うと魔力を食う割に利便性が怪しいものばかりだ。
これは魔術書なのだから、もしかしたら色々とすごい魔術の内容が隠れているのかもしれないが、それを研究していくにはまだまだ時間が足りない。
「矢をそらす、魔法に使えないのかな。」
実験しようにも、千影は威力のない魔法を使えない。
不測の事態で大怪我などしたくないし、【ヒール】は一日一回だけなので、絶対に温存しておきたい。
『忍様であれば【グランドウォール】で防ぐこともできますので、使用できなくてもよろしいのではないですか?』
「【アイスウォール】もあるしね。でも、ネレウスは只者じゃない。優先順位は低いけど、習得はできるだけしておきたいよ。」
ウォールとつく魔法は光と闇以外の魔法にそれぞれ存在する。
水の魔法なら【ウォーターウォール】【アイスウォール】土の魔法なら【グランドウォール】【ロックウォール】など、基礎魔法の中級に存在していた。
精霊の相性と同じく土と風、火と水、闇と光はお互いの魔法がぶつかると力が削がれる。
しかし矢をそらす魔術には属性らしきものがない、一時的に出すことで使う魔力がウォール系の魔法よりかなり少なくできる。
これが魔法に効くならポテンシャルの高い魔術なのだ。
「明日はカジャさんのとこに行ってくる。なんか魔術の道具を作るらしい。」
『楽しそうですね。』
「実際に使えるからなのかな。魔法を学ぶのは楽しいよ。千影も晩ごはんにしようか。」
『本日もお願いします、忍様。』
千影に魔力を供給することも、もはや日課になりつつあった。
最近は大きくなるようなことはなくなったが、お腹が一杯になるというようなことはまだないようだ。不思議である。
このあと布団に入ったが、微妙に寒くて白雷が恋しい忍なのであった。
明るい冬晴れの空、雲ひとつ無い昼頃。
忍はカジャの店を訪れた。
「こんにちはー!忍です―!」
店はしまっていたが、鍵があいていたので入り口で声をかける。
店内にカジャの姿はない。
「でかけてる?」
いや、クローズの札はかかっていたが、店の扉はあいていた。
これで出かけているというのは高価な品物の多い魔法屋としてはおかしい気がする。
「カジャさーん!忍ですー!」
もう一度大きく声を出す。
カウンターの奥の扉が揺れた。開いているみたいだ。
部屋に、変な匂いがこもっていた。
意識したら途端にわかるようになった、嫌な匂い。
カウンターの向こう側。
「……ッ!」
カウンターの向こうは血まみれだった。
何かが這いずったような跡、揺れている扉の下の方に赤い手形がついている。
忍は飛熊を右手に持ち、扉に引っ掛けて開けた。
警戒しながら奥を覗く、そこには血の海にうつ伏せになって倒れているカジャが居た。
「カジャさん?!」
忍は急いで近づくと体を転がして仰向けにさせた。
酷い出血だ、お腹のところが血まみれだった。
「…………う……。」
カジャの吐息が漏れる、死んでない!
「【ヒール】!!」
暖かい光がカジャを包む、血が止まり少し回復したようだが完全に治りきらない。
忍はすぐに【ウォーターリジェネレーション】を発動して叫ぶ。
「白雷!人を連れてきてくれ!誰でもいい!行け!」
「プオオォォ!!」
白雷は大きくなって入口の扉に体当りすると、そのままの勢いで空に飛び出していく。
「水、水!」
指輪から竹筒を出してカジャの傷口に水をかける。
治癒力よ上がってくれ。
そのまま忍は手持ちの水やお茶をカジャにかけ続けた。
「プオオォォ!!」
「き、き、き、貴様!か、神の信徒たる私になにをする気だ!この魔物め!!」
入り口で声がした。
白雷が誰か連れてきてくれたらしい。
「白雷、こっち来てもらって!手伝ってください!けが人がいるんです!!」
「プオオォォ!!」
「なっ、角でつつくなこの魔物っ!何だこれは?!血溜まり?!」
現れたのは恰幅のいいカッパの皿のような帽子を被った男、神殿で忍に注意をした神父だった。
「神官さん?!よかった、【ヒール】を!」
「は?い、いや死体には効かんぞ!」
「生きてんだよ!はたくぞ!」
「プオオォォ!!!」
「ひぃっ!【ヒール】!!」
神官はどこか怪訝そうな顔をしてカジャと忍を見ていたが、白雷が神父の尻を角でつつくと、我に返ったのか身の危険を感じたのかやっと動いてくれた。
カジャの傷は癒えていく、しかし意識は戻らない。
「なんで?!」
「はぁ、どきなさい。……傷はきれいに治っています。血が足りないのですな。」
神官はため息をつくと、カジャの首に手を当てて脈をはかりはじめた。
そのまま全身を診察してくれているみたいだ。
「持ち直すかどうかはこの人次第です。神殿に運べば受け入れてくれるでしょう。商業の神エベスのお慈悲に感謝しなさい。」
「恵比寿様?」
なんかめちゃめちゃ聞き慣れた名前が出てきたんだけども。
「ところで、奇跡の代金はいかほどですか?」
「奇跡の代金?」
「はぁ?!物を知らぬ貧乏人め!商業の神の神官にタダでモノを頼めるわけなかろうが!」
……なるほど、お布施が必要なのか。
カジャを助けてくれたことには感謝をしているが、相場もわからないし態度がコロコロ変わるし、生臭坊主の気配がするんだよな。
とりあえず先延ばしにしてみよう。
「彼女には時間がありません、そこらへんのお話は神殿の方でいいですか?」
「いいだろう、逃げるなよ。」
白雷の背中にカジャをのせて手綱で固定する。
怪しい神官を伴って、忍は神殿へ急いだ。
「ロンダリー様、どうされたのですか?!」
怪しい神官はロンダリーというらしい、神殿の前で同じ服を着た神官に声をかけられていた。
そういえば釣り竿とコインの耳飾りをしていた、この紋章、トートン様の例もあるし、やはり恵比寿様なんじゃなかろうか。
「ケガ人だ。憲兵と冒険者ギルドに連絡を、事件らしい。」
ロンダリーはそう話すとズンズン歩いて神殿の中に入っていってしまう。
指示を受け、走り出そうとした神官に忍は声をかけた。
この人の耳飾りはトートン様の紋章だ、信用できる。
「あ、この神殿には他にも神官様はいらっしゃいますか?あと、奇跡の代金っておいくらくらいなんでしょう?」
「いるにはいますが奇跡をおこせるほどの神官様はロンダリー様だけですね。奇跡の代金は本来は心付けなので金額は決まっていないのですが、だいたい金貨五枚くらいです。貴族や豪商でもなければ気軽に頼むことなんてできませんよ。」
「わ、わかりました。ありがとうございます。」
払えなくはない、が、目玉が飛び出る値段である。
今のうちに金貨を財布に補充しておかなければなるまい。
「おい!逃げる気じゃないだろうな!」
「あ、いま、いきます。」
神殿の入口から顔を出したロンダリーが叫ぶ、忍と白雷は急いでカジャを運び込んだ。
担架を持ってきた信者たちが奥へと運んでくれるようだ。
「患者にはシスターがつく、お前はこっちへ来い。魔物は外だ。神殿にこれ以上入り込むなら討伐するぞ。」
ロンダリーは白雷がお気に召さないらしい。
まあ神の居場所に魔物がいるというのは色々と問題あるのか。
「白雷、バンバンさんを呼んできて。その後は外で待機。」
「プオォ。」
白雷は小さく鳴いて忍に頭をこすりつけると、外に飛んでいった。
ロンダリーに通された部屋は、立派な装飾の施された応接室だった。
相変わらず色々な信仰が混ざっているように見えるが、この世界ではこれがスタンダードなのだ、なれねばならない。
柊の葉のようなかたちのサボテンに焦げたマグロの頭が刺さっている状態に慣れるのは難しそうだが、これ節分のやつか。
「何してる、金の相談なら乗ってやるから座れ。」
「あっはい。」
すすめられたソファーは随分と柔らかい。
正直いかにも金がかかっていそうで、余計に生臭疑惑が強くなる。
「さて、神殿では患者が死ぬか元気になるまでに金を用意してもらう。奇跡の代金が払えない場合、モノか労働で神殿に寄与してもらうことになる。そのくらいは知っているな?」
「いえ、申し訳ないのですが初耳です。ところで、奇跡の代金は金貨五枚くらいが相場だということも聞きましたが、それでよろしいですか?」
「まるで払えるような口ぶりだな。まあ、本来なら妥当な金額だろう。しかし、【ヒール】の代金と合わせて金貨十枚だな。」
ロンダリーはニヤリと笑い、倍の金額を提示してきた。
明らかにふっかけてきているが、今回は助かったのも事実、下手をしてカジャの扱いが悪くなるほうが嫌だ。
幸い忍には払えるだけの資金力もある。
「では、それで。どこに納めればよろしいですか?」
忍がサラリとそう言うと、ロンダリーは怪訝そうな顔をした。
「用意できたら私に渡してくれ。いつでも神殿に詰めているのでな。」
「では、済ませてしまいましょう。」
忍は財布を取り出すと、金貨を一枚づつテーブルに置いていき、ロンダリーの目の前で十枚数えて取り出してみせた。
「持ち合わせが足りてよかったです。どうぞお収めください。」
この数の金貨をサラリと出した忍に、ロンダリーの顔が曇る。
ナメていた相手がおそらくは払えないであろうと見越した金額を軽々と、しかも惜しみなく出してみせたのだ。
忍は立ち上がってロンダリーと目を合わせ、静かに話す。
「くれぐれもカジャさんをよろしく。これで死んでしまったとなれば、神殿の信用問題にもなりますし、冒険者ギルドも私も黙っていませんからね。」
ロンダリーの額を汗が伝い目をそらした、信用問題や冒険者ギルドの名を出したのが効いたようだ。
態度の変わりようをみると何となく分かるが、権力や外聞には弱いらしい。
「今回は助けていただいてありがとうございました。ではまた。」
これで話はついた。
応接室をあとにしてカジャの部屋に急ぐ、白雷のスピードならバンバンも来ているかもしれない。
病室の前で息をととのえ、静かに中に入る。
ベットの横の椅子にはシスターが一人、カジャは布団に寝かされていた。
「起きました?」
「いえ、まだです。傷はきれいに治っていますが、こういう場合は数日から数ヶ月かかることもありますので、なんとも……。」
「……そうですか。」
シスターが椅子をすすめてくれたが、その時にわかに廊下が騒がしくなった。
遠くから怒鳴り声がしている、おそらく礼拝堂だ。
「あ゛。ごめんなさい、行ってきます。」
そういう行動をする人物には心当たりがあった。
忍は病室を再びシスターに任せて礼拝堂に向かうのだった。
礼拝堂で騒いでいたのは予想通りバンバンであった。
数人の神官が礼拝堂からつまみだそうとしているが、流石は土の民、どっしりとした体は全然動いていない。
「だーかーら!なんでかわからんが白雷が引っ張ってきたんだよ!忍を出せこの生臭どもが!」
「誰ですかそれは!とにかく騒ぐなら外に出てください!神の御前なのですよ!」
バンバンはまだ冷静だが、地声が大きくて叫んでることにされているようだ。
忍は急いで事情を説明するとバンバンを連れてカジャの病室へ急いだ。
「おい、こりゃ一体どういうことだ!!なんでババアがこんなになってんだ!!!」
カジャの姿を見たバンバンは忍の胸ぐらを掴んでひねり上げた。
忍はバンバンの腕を高速でタップするが、この世界で通じるわけもなく顔が真っ赤になるまで首を絞められてしまった。
なんとかおろしてもらって、店での出来事をバンバンに伝える。
ところどころで叫び声を上げるので、その度になだめるのが大変だった。
大体の説明が終わったところで、今度は病室にビューロが入ってきた。
「おい、どういうことだ!!なんでバアさんがこんなになってんだ!!!」
首を絞められ再度ゆでダコのようになった忍は、これから先は全員が揃ってから話そうと心に決めた。




