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ソードサーペントと炊き出し

 次に目を覚ました時、忍は個室の長椅子で寝かされていた。

 正面ではミネアが書類仕事をしている。

 上体をおこすとミネアは何かを発言したが、聞こえない。

 鼓膜が破れたかと焦ったが、紙の擦れる音やペンの走る音は聞こえていたことに気づく。

 

 【デリケート】は実際の音を大きくしているわけではなく、感じ取る感覚を増幅しているらしい。

 まだ頭がガンガンしている、耳は無事のようだったが動けそうにない。


 「すみません、もう少し休ませてもらっていいですか。たぶん大丈夫なんで。」


 ミネアにそう伝えると手のひらに、ゆっくり休んで、と書いて見せてくれた。

 立ち上がって個室を出ていく、仕事の邪魔をしてしまっただろうか。


 長椅子に転がり目をつぶる。

 千影には宿の部屋でボーガンたちの監視をしてもらっているから、ギルドに人が入ってきているのに気づかなかった。

 普段から千影に頼りすぎていることを実感する、気をつけねば。


 「あれ、白雷は?」


 「プオオォォ!」


 耳元で白雷の声がした。

 何気なく頭をおいた枕は、ちょうどいいサイズになった白雷だった。


 『忍、ひどい。ずっと、枕、してた。』


 「すまない、もう少し頼む。」


 白雷にも頼り切りだな、もう少しなんとかできるようになりたいものだ。

 肌触りのいい毛皮に頭をあずけて、何が起こったかを整理する。

 ビューロに余計な誤解をされたのは明白だ、あの勢いだとミネアがお茶を入れながら泣いていたのを見つけて突っ込んできたってところだろうか。

 弁明をしなきゃならないけど、あの勢いだ、聞いてくれるかすらも怪しい。


 コンコン。


 個室の部屋がノックされた。

 体を起こし、白雷を撫でる。

 頭痛も幾分かマシになってきた。


 「はい、どうぞ。」


 扉を開いてミネアと、右頬が無惨に腫れ上がったビューロが入ってきた。


 「え、ちょ、はい?」


 忍は予想外の事態にあっけに取られている。

 ミネアがビューロの服をちょんちょんと引っ張った。

 ビューロが口を開く。


 「忍サン、ドナリコンデ、スミマセンデシタ。」


 「ロボか!」


 あまりにも変わり果てたビューロの姿に、用意していた言い訳や文句など一つ残らずすっ飛んでしまった。

 とりあえず落ち着かねばならない。


 「え、と、ビューロさん、その怪我って、どうしたんですか?」


 ビューロが隣にちょこんと座るミネアに視線を送る。

 忍がミネアに視線を送ると、顔を伏せた。

 そんなに強かったのか。


 「個室での対応中にギルドマスターが乱入。相手は気絶。まあ、不祥事だわな。」


 「……えー、もしかして大事になってます?」


 「かなりな。ミネアから話は聞いた、俺が悪い。おまえの魔術についても口外しねぇ。」


 「いえ、大事な娘さんが泣いていたら、守ろうとするのは当たり前のことですよ。ただ、次からもう少し状況を把握してからにしてくださいね。」


 ミネアの母親は死んでいる、大事な娘なのだ。

 熱くなるというのは頷けたし、むしろ父親としては好感が持てた。


 「ところで、ものは相談なんだが、ソードサーペントが関わってるならギルドにも関係がある。三年前に頭目を討ち取ったのは俺なんだよ。なにかあるなら話を聞いておきたい。」


 「えー、ちょっとそれがですね、確定情報ってわけじゃないですし、どうしたものか。」


 ミネアのことを、忍はある程度信用していた。戦えるなんて知らなかったので相談しても大丈夫かと考えていた。

 しかし、ビューロは試験以外では会ったこともない相手だ、よくわからない。

 ふたりとも内通しているという可能性も0ではない。


 「お二人は、ポールマークには何年住んでいるんですか?」


 「二十年以上だ、ミネアは一四年、生まれも育ちもこの街よ。」


 三年前から計画されているなにかならそれ以前からの住民は参加していない可能性が少し高い。

 最悪の考えはいくらでも出てくる。

 忍は希望を探すより絶望を探す方が得意だった。

 だが、絶望にたどり着くまでには対応できる選択肢がいくつも存在する。

 この場で話さないことを選んだほうが、状況が悪くなる気がした。


 「わかりました、実はですね。」


 忍はボーガンたちのパーティの内情と会話についてを二人に話した。

 自分が狙われる可能性もあるので、情報がほしいということも付け加えて。

 ミネアはこくこくとうなづき、信用してくれたとおもうが、ビューロは渋い顔をしていた。


 「仲間を疑うってのは相応の証拠がねぇとできねぇ。おまえは新入りだ、はい、そうですかってわけにはいかねぇな。仲間の情報も、普通は買ったりはできねぇ。」


 「ごもっともです。ギルドにはここ四年以内に加入した人やポールマークの住人になった人を内密にリストにしておいてもらえないかと。怪しいと踏んだ人がリストに乗っていれば疑いは濃くなります。」


 個人の能力なんかは最初から期待していない、忍も隠している内容がある。

 問題は何をしようとしているか、どんな規模かに繋がる情報だ。


 「ほう、実は俺も気になってることがある。」


 「なんですか?」


 「ここ数年、居着いた奴らの中に陸路で来たくせに船に詳しいやつがいる。もちろん港町だ、変な事じゃねぇが、数が多すぎる。……ボーガンとアンリもだ。」


 海賊団の復讐、にわかに真実味をおびてきてしまったか。

 もし予想が正しいなら、街単位で略奪行為が起こる可能性がある。


 「海賊ならかなりマズいですね。しかし、大々的に協力も仰げません。」


 「信用できるやつならいる、いざとなったら人選については俺に任せてくれ。」


 「わかりました。」


 ビューロはギルドマスターだ独自の情報やツテなどもあるのだろう、話して正解だったかもしれない。

 大体の話が終わりかけた時、ミネアがまたビューロの服をちょいちょいと引っ張った。


 「ああ、ミネアと話したければ、今後は個室を使え。ただし手を出したら殺グオッ!」


 ミネアの鉄拳がビューロの脇腹にヒットした。

 ちょっとかわいそうだったので【ウォーターリジェネレーション】をかけておく。

 ビューロは忍を睨みながら、個室を歩いて出ていった。

 ミネアが拳を開くと、魔術をお願いします、と書かれていた。


 「お手数おかけします。そして、父が本当にすみませんでした。お加減の方はいかがですか?」


 「だいぶ楽になってきました、個室を占拠してしまってすみません。」


 「いえ、この部屋で動けるようになるまで休んでもらって大丈夫ですよ。そろそろ夕方ですが、ギルドは一日中あいていますから。」


 「夕方?!」


 そんなに長時間意識が飛んでいたのか。

 取り急ぎ体の動きを確かめる、なんとかなりそうだ。


 「長々とありがとうございました、大丈夫です。こんな風になるなんて、いい勉強にもなりました。」


 「なら、せめて晩御飯はどうですか?そろそろ炊き出しの時間で、私も手伝いに行くんです。」


 そういえば以前に聞いていたな。

 野菜を切ったり皿洗いくらいなら今の状態でもなんとかなるだろう。


 「わかりました、ご一緒させてください。」


 こうしてミネアと忍は港の炊き出しに参加することになったのだった。


 漁港周辺はとても賑わっていた。

 防具をつけた若者、髭面で海焼けをしたおっさん、忙しそうに給仕をしたり料理をどんどんと仕上げていくおばさんたち、ギルドの職員もチラホラ混ざっているようだ。


 「賑わっていますね、夕方はいつもお手伝いに来るんですか?」


 ミネアはこくこくとうなづく、いつも来ているようだ。


 「お手伝いはどこをやればいいですか?皿洗いくらいなら」


 忍がそういいだすとミネアは首をふる、近くの空いた席を見つけると有無を言わさず座らされてしまった。

 いや、さっきまで倒れていたやつを仕事にかりだすだろうか。

 冷静に考えて自分の考えがおかしいことに気づく、やはりダメージが残っているのだろう。


 忍は考える。

 自分は人より劣っているのだから、人より努力しなければ人並にはなれない。

 人の百倍努力しても、人より上になれるかはわからない、と。

 たとえ体型が痩せていても、いじめられていなくても、伴侶ができたとしても、就職ができたとしても、人並みになれなければまともな扱いは期待できない。

 努力という言葉で無理難題を押し付けられて、壊れたら捨てられるただの駒だ。

 この世界では、忍はまだ捨てられてはいない。

 それは神にとって、忍がまだ人並みにできている駒だということを意味している。

 おそらく忍がなにか問題をおこしたら、神は忍を排除しに動くだろう。

 直接なにかできないといっても、神にはできることがある。


 新しい召喚者をよべばいい。


 魔王になった召喚者がいることを神は否定しなかった。

 忍が魔王と呼ばれたら、ターゲットの仲間入りということだろう。

 よくできた、しかし趣味の悪いゲームのような構図はこの世界でも変わっていない。


 「考えに空白ができると、嫌なことしか出てこないな。」


 ミネアも、優しい人だな。

 忍はこの世界に少しだけ、少しだけ期待しはじめていた。


 ミネアが運んできてくれた炊き出しの料理は、想像以上に豪華だった。

 アラを使ったスープ、塩焼き、小魚の丸々一匹フライ、サラダにパンもついている。

 フライの衣やスープには香草が使われているようで、なんとも言えない食欲をそそる香りを付け足していた。


 「すごい!美味しそうですね!」


 忍がそう言うと、ミネアが嬉しそうにフライを指差す。

 匂いにつられたのか、忍のお腹がぐぅとなった。


 「ははは、お恥ずかしい。フライがおすすめですか。いただきます。」


 朝から何も食べていないのだ、一口食べるともう止まらなかった。

 小魚のフライは、ワタが入ったまままるまる揚がっていた、少し苦味があるがそれがいいアクセントになってとても美味しい。

 塩焼きは二枚おろしでミネアと忍の皿では魚が違っているようだった。

 これが例の外道なのだろうか、新鮮な魚だ美味しい。

 スープは少し炭のような匂いがした、アラに焦げ目がついている、一度焼いたのだろう崩れた身を少しづつつまんでいたら、ミネアがスープの器を見せてきた。

 ミネアはアラを全て残していた、どうやらスープだけを飲むものらしい。


 「なるほど。」


 ミネアにならってスープを飲んだ、食べ終わると体がほっこりと温まった。

 おそらくこの炊き出しには、厳しい海の上で頑張った漁師をねぎらう意味があるのだろう。


 「ごちそうさまでした。美味しかったです。」


 全て食べきった忍を見てミネアは嬉しそうに笑うのだった。


 「本当に手伝わなくていいんですか?」


 食事をしてすっかり元気になった忍は片付けくらい手伝うと申し出たが、ミネアはブンブンと首を振った。

 ミネアの手には、ちゃんと休んで、と書いてある。

 なんだかものすごく心配されているし、ここは退散したほうがいいか。


 「わかりました、ではまた。ミネアさんも根を詰めすぎないでくださいね。」


 忍はミネアと別れ、宿屋に帰ってゆっくりと休むことにした。


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