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虎箱酒場と不穏な動き

 「それでは、新たな出会いに!」


 「「カンパーイ!」」


 「カ、カンパーイ。」


 ボーガンとアンリは元気に、忍は遠慮がちに、ウィンは黙って食事をはじめていた。

 ボーガンおすすめの店は冒険者が集まる店で食事よりもつまみやお酒が充実した店だった。

 虎箱酒場という名前の店で、忍は雰囲気が苦手で入ったことはなかった。

 冒険者ギルドの受付で尻込みしていたおっさんに、冒険者の集まる酒場に入る勇気があるだろうか。いや、ない。


 「しかし、飲めないとはな。別の店が良かったか?」


 「いえいえ、おつまみとかは好きなので、おすすめとかはありますか?」


 「この店の名物はイワカゲウオの海水煮だな。エビやら貝と一緒にイワカゲウオを煮込む漁師料理だ。」


 「つまんなーい!」


 アンリはすでに一杯目を飲み干していた。

 その勢いで酒を飲めない忍に絡んでくる。


 「酒飲まないなんて人生損してるよ!酒があるから人生は華やぐ!!飲もう!!」


 「遠慮します。」


 「飲もう!!!おかわり!!!!」


 「遠慮します。」


 延々とループする選択肢のようだ。

 ボーガンはやれやれと肩をすくめて酒を飲んでいるが、ウィンはササッと定食を頼んでササッと食べ切っていた。


 「ウィンさんは飲まないんですか?」


 「そうよ!こいつ飲まないのよ!!」


 なぜかアンリが答えた。


 「そしたら、どの定食がおすすめとかありますか?」


 「どれも美味しい。」


 「なるほど。」


 そこで会話が止まってしまった。


 「と、とりあえず、イワカゲウオの海水煮とウィンさんと同じ定食ください。」


 食べきるのが早すぎて気がついていなかったのだが、ウィンが食べていたのは一番安い定食だった。

 パンとスープと豆サラダのみという質素なものである。


 「おかずと合わせるとちょうどいい、ですかね?」


 「……あたしは体重管理してる。二日に一回しか食べないの。」


 「な、なるほど。プロですね。」


 言われてみるとウィンは細身で体が小さく感じる。


 「短剣使いは身軽さが命だからな。まあ、ウィンはやりすぎだが。」


 ボーガンがそう言うとウィンはじろりとボーガンを睨む。


 「争う気はない、うちの女性陣は面倒だ。」


 ボーガンは両手を上げて降参のポーズを取った。


 「それでウィンさんだけ防具を着けてないんですね。」


 ウィンのマントの下は長袖に長ズボン、剣帯を斜めに巻いて短剣が数本刺さっていたが、鎧や防具といったものは着けていなかった。


 「そうなのよ!しかも飲まないのよ!!だから飲もう!!!おかわり!!!」


 「遠慮します。」


 何度言われても譲る気はなかった。

 もはやアンリは口を開けば飲もうとおかわりしか言わなそうだ。


 「ボーガンさんの剣は随分と大きいですね。」


 「大切な相棒だ。俺もこいつも木偶の坊だけどな。」


 「えぇ?!」


 ボーガンは風格ある戦士だったので、突然の弱気な発言に忍は声を上げて驚いた。


 「驚くなよ、まあ少しは剣を使えるようになったつもりだがな。こいつは鍛冶屋同士の意地の張り合いで作られて、デカすぎて誰も振れなかったのさ。武器屋の看板になってやがった。」


 ボーガンの両手剣は刃に幅があり、女性の身長くらいの長さがあった、装飾は一切ない。

 まさにグレートソード、こんなもので切りつけられたら、どんな防具でも防御はできないのだろう。

 倒れてきただけでぺしゃんこになりそうだ。


 「忍の剣はショートソードか?随分と派手な装飾をしているようだが。」

 

 ボーガンは赫狼牙をみてそう質問してきた。

 忍は用意していた答えを喋る。


 「魔術師なので、これを抜くときはかなりマズいんですよ。全く使えないわけじゃないんですが、一応の飾りですね。」


 「なるほど、見た目の問題が大きいと。」


 「はい。見た目で軽んじられることも多いので、手ぶらよりはいいかと。」


 ボーガンが納得しかけた時、アンリが声を上げた。


 「でもそれめっちゃいい剣でしょ?だから飲もう!!おかわり!!!」


 「遠慮します。」


 「いい剣なのか?」


 忍がアンリをなんとかいなしていると、ボーガンがいい剣と聞いて食いついた。

 ごまかせたかと思ったが、アンリはタイミングがいい。


 「ええ、知り合いの土の民が打ってくれたんです。とてもいい剣ですよ。」


 「オーダーメイドか?!忍は、あれだ、金持ちだな。」


 「いやいや、ボーガンさんのがオーダーじゃないのがびっくりですよ。」


 こうしている間、ウィンは仏頂面で手持ち無沙汰にしていた。

 忍としては無理に付き合わせているようで気になったが、アンリが言葉を発した時、ウィンの雰囲気が変わった。 


 「忍!飾りならその剣、くれ!」


 「お断りします。」


 忍は反射的にそう答えていたが、それを聞いたウィンの顔が何か恐ろしいものでも見たように歪んだ。

 ウィンは顔をそらし、アンリに言う。


 「飲み過ぎだぞ。」


 「まだ飲む!!!」


 「そうだな。悪い、そろそろお開きにしよう。ここは俺が持つ。またな。」


 「あ、ええ、お疲れ様です。」


 ボーガンはそう言うとまだ飲みたいと暴れるアンリを肩にかついだ。

 そして会計をし、三人はすぐに席を立って帰ってしまった。

 忍はウィンの表情が気になった。


 『忍様、千影は特に異変を感じませんでした。』


 『変なこと、なかった。』


 千影も白雷も何も感じていない、しかしなにか変だ。


 「千影、烏を三人に。何かあったら報告を。」


 『仰せのままに。』


 忍は嫌な予感がしていたが、初対面のグループとの食事というプレッシャーから開放されて、妙にお腹が空いた。

 改めて店員さんにおすすめの料理を聞いて追加注文するのだった。



 ボーガンたち三人は虎箱酒場からほど近くの裏路地に入った。

 木箱や空き瓶が転がる細い脇道は表通りとは対象的に人通りが無かった。 


 「アンリ、今はマズいだろ。」


 ボーガンが小声で抗議した。


 「まあね、というかやらないよ?ほしいけど。」


 アンリはボーガンの肩から飛び降りた、先程までの酔っ払った様子ではなくしっかりとした受け答えをしている。


 「ただね、あいつの指輪やら剣やらみんな高値が付きそうなんだもん。横からさらわれんのは面白くないじゃん。」


 「一週間後に決行か、三年は長かったからな。」


 ボーガンがにやりと笑う。

 悪役商会も真っ青の顔だ。


 「大仕事を潰したらうちの首も危ないし。何のために三年も商人なんかの機嫌取ってきたのかわかんなくなるもん。殺したほうが早くて実入りもいいのに。」


 「はは、怖い怖い。魔物も頑丈でめんどうだからな。あのバカみたいなデカさのイノシシに剣を弾かれたときは流石に肝が冷えた。鎧を潰せる大剣も脂肪の塊に負けるなんてな。」


 「よかったわね、ウィン。あんたを囮にする前にあのデブがイノシシ倒してくれて。」


 アンリは少し後ろをついてきているウィンに話しかけた。

 ウィンは一言も発さずに俯いて二人を睨んだ。


 「へぇ、ケチな盗みで捕まって奴隷になった間抜けが、ウチを睨むんだ。命令、発言禁止。」


 「悪いな、アンリには逆らえん。死なない程度に加減はしてやろう。」


 そういってウィンの細い体をボーガンは拳で痛めつける。

 ボーガンはニヤついている。アンリも笑っている。

 そしてそんな三人を、烏が見ていた。



 『その後、ウィンをボーガンが担ぎ三人はねぐらに帰ったようです。』


 「分かった。千影、一度戻ってきてくれ。烏を増やそう。」


 『承知しました。』


 さて、想像よりだいぶ大変なことになっていそうだ。

 宿の部屋で千影の報告を受けた忍は、虎箱酒場で嫌な予感を感じた理由を洗い出してみる。

 忍は太っている。

 食事というものに関して前世では死にたくなるほど周りから指摘されていた。

 些細なミスがその太った体のせいであると責められたことも一度や二度ではない。

 よって、食事や体型管理の知識、まあ、主にダイエットではあるが、実践する気がなくても概要は頭に入っていた。

 ウィンはあの食事量を二日で一回なら、栄養が圧倒的に足りない。

 もっと痩せて、下手をすれば死んでいるはずだ。

 つまり、嘘をつく理由があるはずだ。


 もう一つはボーガンとアンリの奇妙な連携だった。

 アンリは最初の酒を飲んだ後、すぐに酔っ払ったようだった。

 本当に酔っ払っているならボーガンと話している最中もガンガン話しかけてきそうなものだが、ボーガンの話の邪魔はしない。

 そして忍にも必要以上に絡まない。

 酔っ払うというのは理性のタガが外れている状態だ、しかし飲もうと言う割には断った直後に素直に引き下がる。

 潰れるわけでもなく一定のペースで話に入ってきて、鋭いことを言い出す。

 アンリがきれいな女性であることは認めるが、忍はそんな女性が言い寄ってきたら詐欺を疑う質だ。計算が働いていると感じ取ってしまった。

 思い過ごしのこともあるが、今回は大当たりだ。


 『三人を拘束しますか?』


 「いや、それはマズい。首が飛ぶってことは飛ばすやつがいるってことだから。」


 仲間がいる、なにか企んでいる。

 ただ、大きな計画なら忍たちの手に負えないかもしれない。


 『逃げてしまうという手もありますね。』


 「……バンバンさんやカジャさんを放置して?それもどうだろう。」


 忍の中で答えは出ていたが、良い関係でも悪い関係でも人間関係というものは常に面倒だ。

 ここで放置して逃げられるぐらいなら、忍はこうなっていなかったかもしれない。

 一つ、ため息をつく。


 「大仕事の内容と関わっている人間を調べたい。明日からは街から出ないで情報収集をしよう。千影は街中でボーガンたちを監視、接触した人も随時監視していく方向で。」


 『仰せのままに。この部屋からなら街中に烏を飛ばせましょう。』


 忍は千影に指示を出すと、魔力を使い多くの烏を作り出す。

 夜の街に飛び去っていくそれらはすべてが千影の目であり耳なのだ。


 「白雷はいつもどおり私の護衛で。ただし、千影が居ない間は自由に飛び回れない、食事は自由に取れなくなるが……。」


 『一ヶ月、食べない、白雷、平気。』


 「済まないが、頼む。」


 頭の中でやるべきことを考える。

 ウィンは犯罪者で奴隷という話があった。

 奴隷船から買われたのか、奴隷というものがこの国で認められているのか。

 それから三年というキーワード、これらを手がかりに調べていこう。

 考えられることは多々あるが、忍は探偵ではない。

 推理ではなく情報と証拠に基づいた答えを探していこう。


 

 朝方の冒険者ギルドは相変わらずミネア一人だった。

 忍は掲示板ではなく、受付に直接向かっていく。


 「おはようございます。聞きたいことと、調べてほしい情報があるんですが、個室で話せますか?」


 ミネアはこくこくとうなづくと受付に対応中の表示を出して、忍を備え付けの個室に案内した。

 長椅子二つに机と筆記用具という簡単な個室で向かい合わせに座る。

 忍はもう【デリケート】の発動にも慣れたもので、二人はスムーズに会話をはじめた。


 「早速ですみませんが、ミネアさんは奴隷についてご存知ですか?」


 「奴隷……冒険者ギルドでも扱うこともありますので、一通りのことは知っています。」


 「よかった。では、この国での奴隷とは一体どんなものなのでしょうか?」


 「そうですね、……軽犯罪者かな。」


 ミネアはいつもよりさらに小さい声でポツリと言った。

 

 「アサリンド共和国では、犯罪者が罪を償う方法の一つとして、囚人が期限付き奴隷として一般人に雇われるという方法があるんです。格安の労働力が手に入りますが、奴隷がなにかしでかしたり、主人が過度に奴隷を虐げれば、ペナルティがあります。それ以外は違法な奴隷になるはずです。」


 ミネアによると奴隷が主人を訴えるのに制限もない。

 命令の範囲もある程度決まっているとのことだった。


 「ありがとうございます。隷属ということはないんですね?」


 「そんなのありえません。まあ、裏の世界ならもしかしたらそういうこともあるかもしれないですが、隷属の契約なんて恐ろしいもの、使える人がいたら国が討伐に動きますよ。」


 うん、そうだよね、ヤバすぎるもんね。イマイチ差がわかってないけど。

 ミネアの悪気のない言葉に傷つきつつ、忍は次の質問をする。


 「三、四年くらい前にポールマークでなにか変わったことはありませんでしたか?」


 ミネアの前髪に隠れた顔が、固まった。

 体中に力が入って、言葉が止まってしまう。


 「……ごめんなさい、何か話しづらいことなのでしょうか?他の受付さんに」


 「いえ、大丈夫です。」


 ミネアは大きく深呼吸をして、意を決して話しだした。


 「三年前の夏に、ポールマークはソードサーペント海賊団の襲撃にあいました。港で働いていた人に大勢の死者が出て、海賊の頭目は打ち取りましたが、残党は散り散りに海に逃げていきました。」


 ミネアは事務的にとつとつと話そうとしていた。

 しかし、感情は殺しきれず、体は震えている。


 「襲撃の惨状は酷いもので、港と倉庫は荒らされて、間の悪いことにシーサーペントまで出てきて、多くの船が沈みました。母も、私をかばって殺されてしまって……。」


 「……すみません、つらいことをお聞きしましたね。お悔やみ申し上げます。」


 「いえ、ちょっと、お茶を入れてきますね。少々お待ちください。」


 ミネアは震える両手を祈るように組み、席を立った。

 可哀想なことをしてしまった、しかし、海賊団の襲撃か。

 頭目を討ち取っているなら復讐という線も出てくるだろう。


 冒険者には荒くれ者も多いが、街を守る自警団のような役割もある。

 カジャあたりに聞けば当時の様子がわかるかもしれない。


 「しぃーのぉーぶぅぅ……俺の娘をおぉぉ個室で泣かすたぁぁぁ!!!殺すぅぅぁあああ!!!!!」


 「!!?!!??」


 個室という閉鎖空間、ど迫力の大声により忍の脳は揺さぶられ、意識が遠のいていく。

 【デリケート】で鋭敏になった聴覚が仇となってしまった。

 気絶寸前に見た光景は、鬼の形相のビューロだった。


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