ギルドと新しい武器
ポールマークに着いてから、忍は街を満喫していた。
美味しい料理の店を探し、店や市場を回り、武器や工芸なども見て回った。
忍は節約家なので、実際に物を買うことはほとんどなかったが、お大尽の話が出回っているらしく忍の顔を知っている店主もちらほらいた。
「雑貨屋のネミルってあの店番してた男の子だよなぁ。」
彼はかなり顔が広いらしい、はじめて見た大銀貨を周りに自慢して回ったようだ。
店主に見つかり必要のないものをすすめられるたびに、そそくさと店を出る流れができあがっていた。
「なんか、見たいものがあるけど、疲れた。」
そんな時、忍は神々の話を思い出した。
神殿で祈ることで、神託が与えられることがある。
神託がなくても挨拶くらいはしておくべきだと考えていたのを思い出したのだった。
ちなみにトートン様の言っていた英雄神官というのは、神々を助け偉業をなした神官のことで、神殿で情報なども提供してもらうことができるようになるらしい。
そして、神聖魔術とは神官と認められたものが行使できる魔術であり、二種類しかないが信仰心が大きければ大きいほど威力が上がる。
「【ヒール】と【ターンアンデット】か。」
これを理解した瞬間にフォールンを往復ビンタしたい衝動に駆られた。
最初に知っていれば火傷のときに痛みに悶えた数日はなかったかもしれないのだ。
知っていたらネレウスさんを問答無用で浄化してしまったかもしれないのでどっこいだと考え直したが。
【ヒール】対象の傷と体力を回復する。
【ターンアンデット】周囲のアンデットを浄化する。
神聖魔術は魔力を消費しないかわりに一日に使える回数が決まっている。
忍はどちらも一日一回だけだった。
試すために怪我をするのも嫌なのでどの程度使えるかは使ってみないとわからない、今のところアテにできない魔術であった。
「っと、ここか?」
坂の上の方、住宅街の一角に大きな建物が建っていた。
柱には壁画のような彫り物、屋根の下の窓にはステンドグラスがあしらわれ、四隅には石柱が建物を支えている、入り口の両脇にはなぜか門松がたてられていた。
「神々しい……のかな?」
神社や寺のほうが馴染みがあるのでいまいちピンとこなかったが、出入りしている人々が神様の紋章を持っていたのでここが神殿だと確信した。
正面扉を開けると礼拝堂があり、左右に五本づつ並んだ長椅子で信徒の皆さんが思い思いに祈っていた。
忍は後ろの方の席に座ると、神社の参拝のようにパンパンと柏手を叩いて手を合わせ、祈る。
「フォールン様、ポールマークに無事到着しました。」
ボソボソと呟いたあとに目を開けると周りの信者がこちらをむいていた。
祭壇のある前の方からどたどたとこちらに走ってくる男がいる。
男は忍と同じような体格でカソックのような服にカッパの皿のような帽子を被っていた。
「祈りの最中に大きな音をたてないでください。皆さんのご迷惑になりますので。」
小声で忍にそう話しかけてきた。
フォールンへのもやもやでうっかりやりなれた方法で祈ってしまった。
「し、失礼しました。」
いらぬ恥をかいてしまった。
忍はすごすごと神殿をあとにするのだった。
夕食は珊瑚の休日亭で食べるのが定番になっていた。
しかし、初日の夜に会っただけでもう四日以上、バンバンは姿を見せなかった。
「バンバンさんってこの店にはあまり来ないんですか?」
忍は正面でおまかせ漁師焼きを食べているカジャに聞いてみる。
カジャも毎晩ここで食事をするので、忍は毎日顔を合わせていた。
「ああ、あれはいつも酒浸りのくせに、武器作るときは飲まないのさ。作り終わったら毎日顔合わせるようになるさね。」
忍の頼んだ武器のために酒を絶って仕事をしてくれているということか。
代金もタダだというし、それならせめて差し入れでも持っていきたい。
「差し入れとかなにかいいものありますかね?」
カジャに聞いてみる。
するとカジャはカラカラと笑いだしてやめとけと手を振った。
「邪魔したら怒鳴られるよ。あたしも付き合い長いほうだが武器を打ってるのなんざほとんど覚えがないくらいさ。ほんとに武器なんぞ打てるのか怪しんでたくらいさね。」
たしかに、あの店構えで埃を被った武器を置いているのでは商売が成り立っているのか怪しいものだ。
「忍、あたしもあいつもこだわっての商売さ。水を差すのは無粋だよ。」
そう言われてしまうとそれ以上は何も言えなかった。
バンバンには終わった後にでもしこたま飲んでもらおう。
「そうだ、カジャさんギルドとかに加入してますか?」
この世界にはギルドというものがある、会員の相互扶助組織のようなものらしいのだがその形態は様々だ。
会費制のギルド、一般人には入れないギルド、職業や技能別のギルド。
そんなギルドの中でも世界中に支部があるような大きなギルドでは会員券が発行され、それは身分証明書として使用することができるのである。
忍が会員になれそうなのは、冒険者ギルド、魔法使い・魔術師ギルド、行商人ギルド、そしてギルドではないが、神官として神殿に登録しても身分証明書がもらえるのだ。
しかし、多くのところに登録すればその分しがらみも多くなる。
どこに登録をするか、忍は決めかねていた。
「あたしゃ、冒険者ギルドと魔術師ギルドさ。あとは商店ギルドは店だすときに登録したがそれっきり音沙汰なし。」
この世界で商店ギルドと行商人ギルドは別物扱いになっていた。
どちらも物を売る職業だが、行商は危険も多く、商店とはまた別の需要やリスク管理が求められる。会員同士の連絡も密に行われる。
対して商店ギルドは商店街の寄り合いのような側面が強いらしい。どこにでもあるギルドだが地域性が強く、入る条件もまちまちのようだった。
「そうさねぇ、あんたが入るなら魔術師ギルドはめんどくさいから冒険者ギルドがいいかね。」
「魔術師ギルド、めんどくさいんですか?」
「魔術師と魔法使いはどんぐりの背比べ、あと、普通は魔力の強くない種族が入っちまうといびられるよ。」
なるほど、たしかにめんどくさい。
「あたしは火の民、若い頃は色々言われたもんさ。力の強さが火の民の加護だからね。でも、みんながみんなそれだけってわけじゃないのさ。」
カジャの魔法屋が繁盛していない理由がわかった気がした。
偏屈かもしれないが、カジャはとても付き合いやすい人物だ、そんな彼女の店が人気がないのは不思議だった。
「冒険者ギルドは依頼料の一割が自動的に会費になる。依頼を受けなきゃタダで身分証がもらえちまうのさ。あと、素材なんかを買い取ってももらえるね。まあ、犯罪歴なんかがついちまったら地の底まで追いかけられるがね。」
「犯罪歴。」
忍の冷や汗がとまらない。
「そんな大したことじゃない、盗賊だって登録してるやつはいる。よっぽど表立ってやらかしちまったバカはギルドの掲示板に張り出されて依頼になるって話さ。」
「あ、ああ、なるほど?怖い人がいっぱいいるの想像しました。」
すみません、目の前にガスト王国の国王を討ち取ったやつがいます。
「多かれ少なかれ事情ってのは誰にだってあるんだ、気にしてたら生きてけないよ、お坊っちゃん。」
「あ、行商人ギルドに関してはなにか知ってますか?」
忍は話題を変えた、もとい、もうひとつ聞きたかった質問をしてみた。
「行商人か、詳しくないね。自分で商品を売れるから冒険者でも登録してるやつはいたが……ああ、雑貨屋!」
周りを見回したカジャが少し奥まった席に座っていた親子に声をかけた。
父親がカジャに呼ばれてこちらにやってくる、同席で振り向いた子供には見覚えがあった、雑貨屋のネミルだ。
「悪いね。こいつは雑貨屋のミルド、会ったことはあるかい?」
「いえ、はじめまして、天原忍です。ネミルくんのお父さんですか?」
「あ、ああ。ミルドだ。ネミルも来ているが。」
ネミルくんはこちらを振り向いて手を振っている、忍が手を振り返すと正面の母親に向き直って一方的に喋りかけていた。
「ミルド、この人がネミルの言ってたお大尽さね。」
「えぇ?!すみません、息子がご迷惑をおかけしました!」
さすがにお大尽の噂が回っているのを引け目に感じてくれたのだろうか、常識的な人のようだ。
しかし大銀貨、そんなに珍しいのだろうか。
「ミルド、あんた確か行商人上がりだったね。行商人ギルドがどんなとこか聞きたいのさ。」
カジャがそう切り出すと、いきなりにも関わらずミルドさんは快く説明をしてくれた。
「行商人ギルドは年会費が銀貨五枚ですが、行商手形というものがもらえます。お高く感じるかもしれませんが、行商手形があれば基本的にどんな町や村でも通行料なしで入れますし、滞在期間も制限がないです。所定の市で物を売る権利もついてきます。行商人同士の交渉で冒険者ギルドでは買い取ってくれないようなものも売りさばくことができるでしょう。」
会費は高いが特典も満載というわけか。
「冒険者への護衛の依頼や借金もできますので、行商人としては生命線だったりします。借金してでも席を置く人もいますね。持ち合わせがあれば年会費は先払いもできますので余裕があるうちに一気に払ってしまうような商人もいます。」
そう言ってミルドは行商手形を忍に見せてくれた。
ポールマークの手形のような木の板ではなく、しっかりとした金属に宝石が埋め込まれている。
裏には有効期限とミルドの名前、会員歴などが記されていた。
「この宝石、壺とかと一緒のやつですか?触ってみても?」
「どうぞ。」
ミルドの許可を得て触ってみるとやはり宝石が赤くなった。
「魔力がなくても使えるんですね、この宝石。」
「従魔は魔力のないやつも連れとる。当たり前さね。」
そういえばそんな事も聞いたような。
カジャの正確な補足に忍はタジタジだ。
「詳しいことはギルドで聞いてもよろしいかと、しかし歴戦の商人ばかりですので、最初は苦労するかもしれませんね。」
忍のわかりやすい表情に苦笑してミルドはそう締めくくった。
「ありがとうございました。大変、参考になりました。」
「いえいえ、今後ともミルドの雑貨屋をご贔屓に。」
ミルドは席に戻っていった。
「どうだね、行商人ギルド、やってけそうかね。」
「旅して回る気なので魅力的ですね、滞在期間に制限なしというのもいいです。」
行商人としてやっていくというよりも年間フリーパス手形として割り切って使うのがいいかもしれない。
この街の滞在も一週間で銅貨二十枚、移動も考えると旅して回るにはお得なように感じた。
「明日入ってしまえば、滞在期間の延長金が浮きますね。このさいだし入ってしまいましょうか。」
大銀貨一枚で二年分、樽の中身を考えると余裕だった。
しかしこういう考えが浪費につながる、明日は同時に普通のレッサーフェンリルの毛皮など、いくつかのものを売ってみることにしよう。
「お二人共、お先に失礼します。」
「じゃーねーお大尽様!」
「やめんか!すみません。」
ミルドが店を出るらしく挨拶をしてくれた。
ネミルは元気であったが、奥さんは笑顔のまま会釈をしただけだった。
忍は苦笑いで手を振り、カジャは手に持った飲み物を掲げた。
「幸せ家族ってやつさ。」
「……そうですね。」
忍はなにか違和感を感じたが、カジャに呼ばれて食事に戻るとすぐに忘れてしまった。
夜、忍は白雷の背中にブラッシングをしていた。
意思疎通の訓練中に手持ち無沙汰だったので買ってきた所、大好評だった。
『ナデナデ、好き。』
白雷の中でブラッシングはナデナデの範疇らしい。
最近は触っていれば考えるだけで意思の疎通ができるようになっていた。
「千影、お前もなんか欲しい物とかあったら言ってくれ。」
『では、今夜も魔力を頂きたいです。』
「わかった。」
千影にもなにか買ってやりたい気持ちがあるが、何が欲しくて何が役に立つのか想像がつかない。
そういえば、千影の闇の中で白雷を抱いて寝る。
実はすごく贅沢な眠りを享受しているのではないだろうか。
忍はそんな考えが邪な想像で頭をよぎり、ブンブンと頭を振って煩悩を散らした。
「プオォ?!」
『忍様?』
「ああ、すまん、なんでもない。そうだ、千影もこれ、やってみるか?」
『白雷のナデナデですか?』
「違う、意思疎通の訓練。」
『必要とあらば喜んで。』
いや、必要っちゃ必要だけど、千影だけできないの寂しいじゃない。
とは思えど、口には出せない忍であった。
翌朝、白雷は女性の姿で忍に抱きついていた。
一瞬よぎった邪な考えは、バッチリ伝わってしまったのだった。
行商人ギルドは住宅街と商店エリアの境目にあった。
扉には紋章があり、馬車の後ろの荷車部分と金貨の絵が書かれている。
建物は三分の一が事務所で残りのスペースには馬車が止まっていたが、鹿、ダチョウ、大きなトカゲなど引いている動物は様々だった。みんな大人しく主人を待っている。
「それで馬は描かれてないのか。」
馬車という名称も間違っているのかもしれない。
ギルドに入ると受付が三つあり、番号札をとって呼ばれるのを待つスタイルだった。
前世で言うところの銀行のシステムである、やはり借金なども扱うので似た形式で運営されているのだろうか。
そして朝イチに来なかったことを後悔した、すでに忍の前には三十人近く待っているらしい。
「行商人ギルドははじめてですか?申し訳ございませんが、従魔は外で待っていただく決まりになっております。」
「あ、す、すみませんはじめてです。すぐ外にだします。」
待合椅子に座ってすぐ、近くに居た職員らしき方に注意されてしまった。
急いで白雷を外に運ぶ。
「白雷、すまん、雲を食べに行っててもいいぞ。」
白雷を見送った後、そのまま呼ばれるのを待ち、昼前に番号を呼ばれた。
「番号札、三八番のかたー。」
「はい、よろしくおねがいします。」
「よろしくおねがいします。今回担当させていただくチャルアと申します。」
チャルアは柔和な笑顔を浮かべているが、銀行員や経理の人に多い独特の迫力のある女性だった。
隙がなさそうといえばいいのだろうか、忍はかなり緊張した。
「ぎ、行商人ギルドに加入したいのですが。」
「はい、ありがとうございます。行商人ギルドは……」
それからよどみなく喋るチャルアから通り一遍の説明を受けた。
ミルドから聞いた説明と大きな差は見つからず、諸事情で途中退会しても著しい問題がなければ再入会も可能ということで、忍はその場で銀貨五枚を払って行商人ギルドに加入した。
紹介キャンペーンをやっているらしく、ミルドから紹介されたと言ったら入会特典でくじが引けるということだった。
「くじか、なんかいいのが当たるといいけど。」
くじは木の棒を引くスタイルだったのだが、指先でいくつか触りながら迷っていると。
ピロン、とある木の棒を触った時に頭の中で電子音がした。
忍は静かにその木の棒を引いた。
「おめでとうございます!一等、高級従魔用手綱セットです!!」
チャルアが先程までの落ち着いた雰囲気からは想像できない、明るいプロのテンションでハンドベルを振った。
なんだかズルをした気分であったが、【第六感】はいつ働くかわからない、ラッキーだったと考えることにした。
高級従魔用手綱セットは騎乗用、荷引き用、従魔車用の3種類の手綱に金具類がついていた。
高級というだけあって作りがしっかりとしていて、ブラックタイガーが引いてもちぎれないというキャッチフレーズが書かれていた。
「あの馬車っぽいの従魔車っていうのか。」
行商人ギルドでは従魔車や鞍も販売しているらしく、利用規約とともにカタログを持たされてしまった。
ともあれ、忍は行商手形を手に入れたのである。
手続きがすべて終わった頃には昼過ぎになっており、忍は急いで門まで手形を見せに行き、食事も取らずに冒険者ギルドに向かうのだった。
冒険者ギルドは倉庫街の一番海側に位置する建物で、外見は倉庫と大差ない二階建ての建物だった。
ポールマークでは船からの荷運びや雑用も冒険者に依頼されることがあるらしく、船乗りの格好をした男たちがせわしなく出入りしている。
受付は五つあり、並んでいる人などは居なく、空いたところに入っていくスタイルだった。
忍としてはこういう状態はものすごくやりづらい。
右側でどっちが先に受付するかで喧嘩をしているマッチョマンもいる。
そういえば、受付は全員女性なのだが、左から二番目だけ明らかに人がいない。
しかし、他のところに割り込んでいく勇気もないのでとりあえずそこの受付に行ってみることにした。
「すみません、冒険者ギルドに入会したいのですが。」
「……あ…はい…。ではこち…の紙に………ご記入……。」
なんだかすごく声が小さい。
目の前の女性は女の子といったほうがしっくりくるほど小さく、髪の毛は天然パーマなのかカールして毛量があり前髪は鼻の先まで伸びて顔を隠してしまっている。
そのロングヘアは上から見ると人ではなくモジャモジャのなにか別のものに感じられる。
「ごめん、聞こえない。ゆっくりでいいから、少し大きく喋れるかな?」
忍の対応も子供相手にするようになってしまう。
少ししゃがんで目線を合わせると、女の子は目をそらして紙を突き出してきた。
「これ書けばいいのかな?」
女の子はこくこくとうなづいている。
たしかにこれでは仕事にならない、この受付だけ誰も来ないのも納得だった。
項目は、名前、年齢、戦闘技能、倒したことのある魔物、パーティの有無、備考、そして最後に実戦試験の有無と書いてあった。
「実戦試験は今日受けるんですか?」
女の子はまたしてもこくこくとうなづいた。
さて、この項目だが、バカ正直に書くとヤバイことになるのは目に見えている。
異世界モノでよくある、強すぎてこんなやつに冒険者とかやられてたら商売上がったりだぜ、状態を巻きおこすわけにはいかない。
めんどくさく絡まれるのが目に見えているからだ。
しかし、弱く書きすぎるとそもそも入れてもらえない可能性がある。
事前にカジャにどのくらいならいいかも相談しているので大丈夫だとは思うが、このくらいか。
手の内全てをさらすのはやめたほうがいいと釘を刺されているしな。
忍が書き込んだ内容は戦闘技能は短剣・水の魔法の中級、倒した魔物はレッサーフェンリル数体、パーティはなし、備考に従魔ありとした。
登録名は忍、おそらくぎりぎり三十才である。
女の子に紙を渡すと、小走りで受付の奥に引っ込んで、厳つい筋肉質のおっさんを連れて帰ってきた。
「あんたか、ギルドに入りたいってのは。そんなポヨンポヨンで戦えんのか?」
マッチョに初っ端から体型のことを言われて印象は最悪である。
いやいや、ここで怒るわけにもいかない。
「忍です。よろしくお願いします。実戦試験は今日ということですが、どちらで何をすればよろしいのでしょうか?」
「あぁ、波止場で俺が実力を見てやる。注意事項はわかってんな?」
「え?」
「なんだ?こいつに聞いてないのか?」
ボソボソっと言っていた内容だろうか。
「すみません、聞き取れなかったです。」
「あぁん?うちの受付がミスしたってことか?因縁かぁ?!」
あ、これ話が通じないタイプの人だ。
仕方ない、下手に出よう。
「いえ、そんなことは。もう一度教えていただけないでしょうか?」
「チッ。短剣は刃をつぶしたのを貸し出す、何本かあるから選べ。一定時間以内に俺に一撃入れろ。魔法は海に撃って威力を見る。このどちらかが合格なら入会だ。外に行くぞ。」
さて、魔法は得意だが、まともな武器戦闘はほぼはじめてだ。
ドムドムと練習したことを信じて、やれることをやっていくしか無い。
おっさんが樽を持ってきた、中には多少長さが違う短剣が十本ほど入っていた。
一つづつ手に持ってみるが、バンバンならばどれも選ぶなと言うところだろうか。
しかし、今回はこの中から選ばなければならない。
忍は比較的マシな物を長短二本選び、短いほうを腰の後ろのベルトに刺し、長い方を左手で構えた。
「準備はいいか!」
「お願いします!」
「俺が構えたら合図しろ!」
距離は五メートルというところか、脇でさっきの受付の女の子がハンドベルを持っていた。
おっさんが短剣をゆっくりと構えると、女の子がハンドベルをならした。
おっさんは合図と同時にまっすぐ突進してくる、忍は構えた短剣をフェンシングのような形で突き出す。
しかし短剣は体を捻ったおっさんに避けられてしまう。
おっさんのスピードは落ちないまま忍の腹に短剣が近づいてきた。
忍は左に飛んでおっさんの短剣を避けた。
その後も突進するおっさんと避ける忍という構図で短剣の試験は進んでいく。
おっさんの攻撃は多彩だったが忍には当たらない、忍の攻撃は単調だが大きな隙を狙ったカウンターなのでおっさんも避けるのが精一杯といった様子だった。
残り時間わずか、忍が仕掛けた。
まっすぐに走り込んできたおっさんに、忍は持っていた短剣を投げた。
突くのではなく投げられたことで避けるタイミングをずらされたおっさんは大きく体制を崩す。
忍は腰に挿していた剣を抜き、おっさんの胴体に短剣を突き出した。
……おっさんは飛び退いて短剣を避けきり尻餅をついた、そこで時間切れのハンドベルがなった。
「……惜しかったな、最後のは危なかった。」
「ありがとうございました、魔法の試験に賭けます。」
「いや、合格だ。久々にヤバかったからな。俺はギルドマスターのビューロだ、この腕でその歳まで登録してないってのは、はっきり言って勿体ねぇぞ。」
おっさん、偉い人だった。
なんかちょっと不安だな、このギルド。
「まあ、その、色々ありまして。登録できたなら幸いです。これから、よろしくおねがいします。」
何にせよ、忍は冒険者ギルドに登録できたようだ。
会員証をもらい、いそいで部屋に帰った忍は、普通のレッサーフェンリルとアントラビットの毛皮、それらの魔石を肩掛けバッグに詰めて冒険者ギルドに売りに行った。
相変わらず左から二番目の女の子は声が小さかったが、金額査定と換金だけだったので喋らなくても問題なく処理ができた。
売った毛皮は完全な状態のものだけ選んだのがよかったらしく、金貨一枚と大銀貨六枚ほどになった。これで買い物した分は稼げてしまった。
レッサーフェンリルの毛皮は大振りだったのもあって一枚で銀貨八枚の値段がついていた。
アントラビットの毛皮も山奥にしか生息しないので捕るのが大変らしく、銀貨一枚ほどの値段がついた。運べなかったアントラビットの毛皮がまだまだあるので、これは値崩れしないように時期を見ながら売ろう。
魔石の値段は大きさ換算のようだ、バンバンに渡したような魔石はやはり数倍から数十倍の値段になるらしい。
毛皮の査定の最中にギルドの内部を見て回っていると、薬や毒の販売、消耗品の販売などのコーナーを見つけた。
魔法薬というものもあり、おそらくはポーションみたいなものなのだろうが、値段がものすごく高価だった。
ポーションは一本金貨一枚、マナポーションは一本金貨三枚、しかも連続使用は不可能らしい。
この世界は死が身近である。やはりゲームのようにはいかないようだ。
ちなみに、冒険者ギルドのシステムの説明は受けていない。担当したのが声の小さい彼女だから。
次の街に行くまでは、依頼なんかは受けないでも大丈夫そうなので忍は気楽に構えることにした。
また喧嘩がはじまっている、冒険者ギルドの空気に慣れられなくて、忍はそそくさと退散するのだった。
「あっはっはっは!あんたそれで逃げ帰ってきたのかい!」
夜、珊瑚の休日亭で忍はカジャに笑われていた。
昼間の話をしている間、カジャは何度も声を上げて笑っていた。
何が楽しいのか、必死になっていた忍としては面白くなかった。
「しかし、ギルマスはビューロかい。あれは船乗りとしての腕はいいが、事務仕事なんてできるのかね?」
「感情的な人でしたね。受付もすいてるところでやってもらったら、ほとんど喋ってもらえなくて困りました。」
「……まさか、ちっちゃいモジャモジャ茶髪の女の子だったかい?」
「え、なんで分かるんですか?」
カジャはまたしても腹を抱えて笑いだした。
呼吸困難になるほど笑わなくてもいいじゃないか。
「ひひひ、悪い、そいつはビューロの娘だよ。あいつ、娘のこと言われて怒ったのさ!」
「……やっぱ冒険者ギルド苦手です。」
「そうさな、依頼を受けたいならね……。」
ギルドの規約や使い方をカジャは教えてくれた。
受けるときに依頼の内容によって怪しいものとかもあるらしい、その説明を聞いているとき、横から声をかけられた。
「忍さん、高級手綱当てたんですね。おめでとうございます。私も紹介特典で金一封がもらえましてね。名前を出していただいてありがとうございました。」
ミルドさんがわざわざ挨拶に来てくれた。
今夜も家族三人で食事に来たらしい。
「いえ、キャンペーンなんて受付するまで知らなくて、勝手に名前出しちゃいましたけど、喜んでもらえてよかったです。」
「はい、あ、連れが待っているのでこれで。」
ミルドさんは家族の待つ奥の席に歩いていった。
「手綱、か。白雷には乗れるのかい?」
「わかりません、すごくスピードが早いので。」
白雷は行商人ギルドで別れた後、沖の方を飛び回っていた。
雲を食べているのだろう、位置だけは耳飾りの地図で確認していたが心配はしていなかった。
「まあ、寝る頃には帰ってくるはずなので、明日にでも試してみます。」
「ズッコケ話、期待してるよ。」
カジャのなかで忍はズッコケ野郎の類に分類されてしまったらしい。
なんだか悲しくなったのでこの日は早々に宿へと退散した。
平和に過ごして二週間。
ついに、バンバンの武器が完成した。
「で、なんでババアがついて来るんだ?」
「ババア言うんじゃないよ!このビヤ樽が!」
「うるせぇババア!!朝からシワシワ顔なんぞ見たかねぇわ!!!」
「あのー。」
昨晩、バンバンの店に武器を取りに行くと話したら、カジャが武器を見たいと言い出した。
別にいいかと連れてきたわけだが、バンバン・ババババ・ババババンには朝から怒鳴り声が響いていた。
「忍が使う武器だ、見てみたいってのは当たり前さね!テキトーなもんだったら悪評流してやるよ!!」
「うちの評判なんざ流さんでも、悪いわ!オメェの魔法屋ほどじゃねぇけどな!!」
「あのー。」
忍は何度か声をかけることを試みているが、一向に怒鳴り合いが終わらない。
人はなぜ争うのだろう、冒険者ギルドといい、この場といい、めんどくさくなってしまったな。
忍は指輪からショーの実を取り出して木の板で扇ぎ、二人に匂いを嗅がせた。
後に聞いた話では、二人は死んだ目の忍を見上げて、殺されると思ったという。
竹茶を三人分用意して、二人に【リムーブポイズン】をかけた。
「すみません、止められなくてですね。朝っぱらなので少し落ち着きましょうか。」
「オメェ、なんかすごい顔するんだな。」
「すまなんだ、いただくよ。」
たしかに部屋は寒いがそんなに震えなくてもいいのに。
「えと、武器、完成したんですよね。」
場が落ち着いたのを確認して、忍は本題に入った。
「おぅ、アレほどじゃあねぇが、自信作だ。ちょっと待ってろ。」
バンバンは奥から布にくるんだ武器と革製の鞘を持ってきてカウンターに置いた。
布を丁寧な手付きで広げていく。
出てきたのは、片刃の直剣で刃渡りは五〇センチメートルほどの片手剣であった。
剣身は白く、幅は刀と変わらないが少し厚みがあり、持ち手の剣の側には燃え上がる炎の意匠が施されている。
そして持ち手には拳を覆うガードが付いており、それには勇壮な狼の意匠が施され、両目には赤く輝く魔石が埋め込まれていた。
忍は狼に見覚えがあった。
生きているように吠えたけるその顔は、忍が戦った群れのリーダーそのものだった。
「……すごい……。」
狼を見て呟いた忍にガンガンは話しはじめる。
「剣身にも持ち手にも砕いた魔石を混ぜとる、炎の中にそいつの顔が浮かんでな。戦わねぇ俺でもわかるぜ。こいつはべらぼうに強い戦士だったんだろ?」
「はい……殺されかけましたよ。」
不用意な行動が招いた結果だったが、あの戦いは確実に忍の意識を変えた。
今日まで生き残れたのもあのときの反省があるからかもしれない。
「リーダーか、群れを守る立場さ。忍のことも守ってくれるさね。」
「さらっと会話に入ってくんなババア!まだ話は終わってねぇんだよ!!」
「何をいうかこのビア樽が!酒なんてやめちまって武器作れ!この呑んだくれ!!」
「……ははは。」
この二人、本当に仲がいい。
またはじまった痴話喧嘩にショーの実を構える忍であった。
ガンガンの説明をよく聞くとこの剣はどうやらマンゴーシュに近いものらしかった。
剣の側に突き出た炎の意匠は細い剣身くらいなら巻き込んで折ってしまえる、厚みのある剣身と拳を覆うガードを使って防御することを中心に使えるようだった。
有名なゲームにも出てくる剣なので、忍もなんとなくの使い方は知っていたが、実物の剣はゲームの中よりも数段頼もしく感じた。
「まあ、純ミスリルに魔石混ぜ込んで作っとる、頑丈さは折り紙付き、そこらの剣と切り結ぶ分には刃こぼれ一つしないだろうよ。攻撃いなして魔法やカウンターで戦うにはいい武器のはずだ。」
「忍、早く魔力を流してみな!」
「おいババア!説明が途中だろうが!それが目的でついてきやがったな!!」
なんとなくゲーム的には特殊能力とか発動するところだが、一応バンバンの話を聞いてみる。
「剣を持って入口側に向けて、ゆっくりと魔力を流せ。魔石で打った剣は魔剣と呼ばれる、普通なら強度や切れ味が上がる程度だが、これだけの魔石なら能力があるはずだ。いきなりやると火の玉が飛んだりすっから、くれぐれもゆっくりと少しづつ、だ。」
忍も毎日千影に【魔力供給】をしている身である、今ならそのくらいの調整はできるはずだ。
剣を持つとほんのりと温かい、白く見える刀身なのに、刃の反射した光は赤みを帯びている気がした。
目をつぶり、少しづつ、少しづつ、剣に魔力を注ぐイメージ。
「おぉ。」
カジャが感嘆の声を上げた。目を開けると剣全体が燃えていた。
しかし不思議と熱くなく、ほのかに温かいだけで燃え盛る炎は幻のように見えた。
バンバンがホコリを被っていた剣を掴んで、忍の持っている剣に振り下ろす。
数打ちの剣は剣身同士が当たった瞬間にドロリと溶けて、剣身が真っ二つになってしまった。
「こりゃ、鎧どころか盾ごと溶けちまいそうだな。くわばらくわばら。」
バンバンは半笑いで溶けた数打ちの剣を調べていた。
「忍、こいつの名前を決めな。それを彫り込んで完成だ。」
「えええ、いきなり名前とか言われても?!」
テーブルに紙が置かれた、予想外の要求に忍は大いに焦った。
そもそも魔物にレッサーフェンリルって時点で普通のフェンリルがいそうだし、ケルベロスとかはなんかフェンリルよりモンスターっぽいイメージだし、いや、神話からつけようとするのが間違っている気も、しかし狼は入れたいな、ウルフか、ウルフなのか。
冷や汗をかきつつ思考の迷宮に落ちた忍はこのあと夕方まで悩み続けることになった。
そして最終的に書いた名前はシンプルなものになった。
「セキロウガ…赫狼牙、なんてどうでしょう?」
「よし、入れてくるぞ!」
バンバンがひったくるように紙と剣を取ると奥の扉に走っていく。
「え、えぇ?」
カジャはもう、店の中には居なかった。
悩んでいる間に怒鳴り合いを何度か聞いた気がしたが、忍は悩み続けていたらしい。
日が完全に落ちたころバンバンが帰ってくると、持ち手に隠れるところに入った銘を見せる。目の前で剣身と持ち手を組み上げ、鞘に納めて忍に渡した。
その速さと正確さはまさに職人技であった。
「これでこいつぁオメェのもんだ。」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます。」
「おう。珊瑚亭行くぞ!!残りは飲みながらだ!!!」
「はい、今夜は好きなだけ飲んでください!おごりです!!」
バンバンはとにかく酒が飲みたいらしかった。
忍の腰で揺れる剣にあのレッサーフェンリルが宿っている。
それはとても頼もしく、とてもありがたいことであった。
バンバンは珊瑚の休日亭に着くと入り口で酒と料理をいくつか注文し、個室を取った。
忍も促されていくつか料理を注文する。
人に聞かれたくない話などをするための個室は、飲食店や宿屋にはつきものらしく、中には四人分の椅子とテーブルが用意されていた。
注文の品が届くと二人は食事を食べながら、店での話の続きをはじめた。
「本当は午前中にゃ終わる話だったんだがな。オメェ名前に悩み過ぎだ。次は決めてから来い。」
「すみません、名前つけるなんて知らなくて。」
「まあ、言ってなかったからな。さて、忍。その剣はタダだ。そこは変わらねえが、実際の価値はタダじゃねぇ。」
忍の頭に疑問符が浮かぶ。
一瞬言われていることが飲み込めなかった、どういうことだろうか。
「その剣は、俺が売るなら大金貨三枚ってところだ。魔石の分を引いても大金貨二枚だな。」
「がふっ、げぇっほ、げほっげほっ!!」
忍は水を一気に飲み干して喉でお祭り騒ぎをしていた食べ物を流し込んだ。
「げふっ、どういうこと?!」
「ばっきゃろ!声が大きい!!!」
バンバンは前のめりになった忍の頭を押さえる。
忍は椅子に座り直したが、ものすごく混乱していた。
「あの魔石、モノが良すぎてな。ミスリルってぇ特殊な金属を使わんとおそらく成形もできん。見た瞬間にわかったがどうしても打ちたくなってな。」
「ええぇ…。」
「店の一番いい素材で作った最高傑作だ。これで潰れても悔いはねぇ。とびっきりの剣になったぜ。」
ここではたと気づく。
こんな物をタダで譲ってしまえば店なんて潰れてしまう。
バンバンは男の意地で店を潰そうとしているのか。
「えー、確認しますけど、この剣渡したらお店潰れるなんてことは?」
「渡しても渡さなくても潰れかけだぞ、そこはどうでもいいだろ。」
「良くないです。普段どう稼いでるんですか?」
「武器に関しちゃまともなやつが居ねぇが、この街は腕のいい料理人や大工がいるからな。」
なるほど、料理人なら刃物を使う、大工なら金物を使う、と。
バンバンが最初に信用できる店というのを教えてくれたのは、ここらへんの関係だったのか。
「気にいりゃあ作ってやるが、気に入らんやつには何もやらん。それがこの俺、バンバンよ。」
バンバンのこだわりは理解できるが、それで店が潰れてしまうのはあまりにも悲しい。
ふと思いついたことがあった、仕事ならバンバンもお金を受け取ってくれるだろう。
「……ものは相談というやつなんですが、実はナイフがほしいんですよ。」
「ナイフか?赫狼牙ができたばっかだろ、もう浮気か?」
バンバンがしかめっ面になった。しかも真剣だ。
しかし忍にも考えがあっての提案だった。
忍はバンバンに冒険者ギルドでの短剣の戦いを話して聞かせた。
「なるほど、超至近戦や投擲のためのナイフか。盗賊みてぇなこと考えるな。」
忍者のクナイから出た発想だ、当たらずとも遠からず。
「このくらいの長さで、投げて刺せるような……。」
「まあ、四、五日だな。使い捨てでないなら魔剣にするか?」
「できるんですか?」
「ある程度はな。特殊な魔石でなけりゃちょいと混ぜるくらいでそうそう使わねぇんだよ。高級鉱石だぞ。」
「なるほど。では、明日持ってる魔石の中で良さそうなのいくつか持ってきます。今夜は思いっきりやりましょう。」
追加の料理と酒を頼み、個室で男二人の宴をした。
苦しくなるほど飲み食いして、忍は部屋に帰ってきた。
『忍様、また光るものが増えたのですね。』
ずっと黙っていた千影がそう話しかけてくる。
その夜は千影にいつもより多く魔力を供給した忍であった。




