野生の思考と告白
「天原忍者隊、作戦会議をはじめる!」
「プオオオォォォ……。」
「千影隊員、白雷の同時通訳をたのむ!」
『承知しました。』
白雷が帰ってきた次の日、かねてから準備していた問題点の対策を考えるため、忍は作戦会議を開いた。
最初の議題は白雷の格好であった。
現在、白雷は樽の中に入っている、自由を与えたときに体に巻いていた帆がどこかにいってしまったからだ。
「白雷、他の姿に変身できるか?」
『できる。知ってる、生き物。』
白雷はどうやら断片的な単語で喋ってるようだ。
「白雷、人の姿で歩ける?」
『できない。難しい。』
白雷は人の姿でいても、ほとんどの時間を飛んで過ごしている。
もしかしたらと聞いてみたが大当たりのようだ、おそらく動物の姿になれても千影と同じく体の感覚がうまくいかないのだろう。
それならば。
「白雷、クジラの姿で小さくなれる?」
「プオオオォォォ……。」
『できる。』
白雷は樽から出ると変身をはじめた。
グネグネと真っ白な肉が形を作り、ほどなくして忍の目の前には手のひらサイズの白鯨がいた。
「おぉ、よくやった。」
忍は白雷の背中を撫でた。
そして気づく、真っ白に見えた背中にはびっしりと短い毛が生えていた。
ストームユニコーンは毛皮があるのだ。
撫でると柔らかく、触り心地もいいし、生き物のぬくもりを感じる。
「あったかいな。この大きさなら従魔としても連れ歩けそうだ。」
「プオォォ……。」
体に比例して声も小さくなるらしい。
しかし背中が毛皮なら、もしかしたら。
「白雷、私を乗せて飛べる?」
『できる。』
よし、後で試そう。
白雷に関しては他にも色々なことを聞いた。
意図的に嵐を呼ぶことができる。
電気は体に帯電させることができる。
バリアを張ることができる。
狙って雷を落とすこともできる。
空も海も泳げる。
そしてこれらの後に肝心な質問をしてみた。
「知らなかったとはいえ、攻撃してすまない。私のことを恨んでいるか?」
『感謝。子供、巣立った、忍、強い、群れ長。白雷、従う。子供、産む。』
「んんん???」
『白雷は強い群れ長である忍様の子供を産むと。』
言い直さなくても、なんとか内容はわかっている。
ここで忍はレッサーフェンリルのことを思い出していた。
リーダーとその周りにいたやつはみんな炎が使えてリーダーの子供じゃないかという話だった。
つまり言っていることは獣としては何も間違ってないのか、恐るべき大自然、恐るべき野生の鯨。
千影の言っていたことは正解で、その上を超えてきたことは予想外だったが。
そして白雷は忍にすり寄ってきている、温かいしちょっと可愛い。
『忍様、獣人や竜人の例もありますので、子作りは可能です。』
「念のための補足をありがとう。」
千影は大真面目に言っているはずなので、ここで怒るのは駄目だ、我慢我慢。
しかし、忍よ、これはもしかしてモンスター娘のハーレムルートに突入しているのではないだろうか。
異世界モノはなぜかハーレムルートになるのが主人公のお約束である。
強いことが魅力という白雷の話を聞いていると理屈の上ではうなづけるのだが、神様に貰った力だし素直に喜べない。
忍は女性というものが苦手であった、怖いと言い換えてもいい。
女性の嘘は見抜けない、女性は自分の欲に忠実で打算的で冷徹だ。
忍とその周辺の人生はよくある不幸話の連続だった。
なぜだかそういうものに行き当たってしまうのが、天原忍という男であった。
「拗らせているな。」
『忍様?』
話がそれた、白雷に答えてやらなきゃならない。
「白雷、気持ちは嬉しいが人はそう単純ではない。私はきみと出会ったばかりだ、しかも種族も考え方も違う。」
「プオォォ……。」
「だから、今後一緒にいる中で私がその気になったら、ということにしよう。それでもいいか?」
「プオオオォォォ……。」
『ありがとうございます。忍様、千影は精一杯尽くさせていただきます。』
「え、千影も?」
「プオォ!」
『白雷もそれでいいそうです。』
「ちょ、流すな。千影、今のは白雷に」
『ご迷惑でしょうか?』
「いや、そういう訳では…あぁ、もう!おまえら勝手に子供作るなよ!この話はおしまい!」
千影がサラッとねじ込んできたことで色々混乱したが、他にも相談すべきことがあるのだ。
忍は恥ずかしい反面ちょっとだけ嬉しかった。
おそらく他人にこんなに求められたことは今までなかったのだから。
しかし人に変身できる白雷はともかく、千影はどうやって子供を作る気だろうか。
って違う。考えることが違う。
忍は動揺を沈めるために深呼吸をする。
なんか甘酸っぱい恋とか求めていたわけではないけど、豪速球の火の玉ストレート投げられてしまった、やっぱり女は苦手だ。
「というか千影には性別ないんじゃなかったか。」
『はい、ですので忍様のお好きな方で扱っていただいて構いません。』
「この話の後に男扱いはできないです…。」
千影は変身もできないのだから作り方さえ定かじゃないだろうに。
いかんいかん、話を元に戻すか。
「白雷の見つけた金貨はアサリンドの通貨だってことがわかった。アサリンドに出ればお金の心配はないだろう。問題は距離なんだが、白雷は行ったことがあるか?」
「プオオオォォォ……。」
『港、飛んで、二日。』
飛んで二日か。
「ん?飛んで?」
そうか、白雷に乗せて行ってもらえばいいのか。
これはらくらくかもしれない。
「よし、では港町の近くまで送ってもらったら私が街に入って必要なものを買ってくる。二人は街の外で待機してくれ。」
『忍様、それは心配です。せめて、影分身はいかがでしょうか。』
「いや、精霊も従魔も街に入る方法があるんだ。そのためのものも買う予定だから一人で行く。勝手に入ってきたら敵認定されて冒険者や衛兵と戦わなきゃならなくなるからな。不安だろうが少し耐えてくれ。」
ペットにも首輪やリードを付けるように、従魔にも誰かに従っていることを示すアクセサリーのようなものが必要ということがブルーアースの歩き方に書いてあった。
魔物を街に入れるのを考えれば当たり前であるが、それを買うためには街に入らなければならない。
【従魔の魔術】は現在でもポピュラーな方法で、狩人、船乗り、冒険者などが相棒として従魔をつかうことがある。魔力がなくても子供のうちから育てながら絆を深めていけば、生涯の友となるようだ。
狩人の街の注意書きに従魔の見分け方とともに書いてあった。
精霊も同じく、常に傍においておくには魔法屋なるもので精霊の壺というものを手に入れる必要がある。
精霊使いはこの壺がないとそもそも精霊と契約できないようなことが書いてあったので、精霊と契約する魔術の方はレアなほうの魔術なのだろう。
ブルーアースの歩き方、こぼれ話が重要なので侮れないことがよくわかった。
街に行けばわかる情報な気もするが。
『精霊の壺という物があるのですね。千影は知りませんでした。』
「もしかして、千影はアーグ賢王国時代の人しか知らないのか?」
『そうかもしれません。忍様に呼ばれるまでしばらく人の登場する記憶がありませんので。』
「千影にとってアーグはちょっと前に滅んだくらいだもんな。」
千影の時間間隔ならありえない話ではない。
アーグがなくなってから約三千年、おそらく世界には技術革新が起きることもあっただろう。
その一つが魔法なのかもしれない。
もしかしたら銃のようなものもあるかもしれないな。
「先に気がつけてよかった。街では慎重に行動しよう。」
買い物リスト、寄る所リストを木片に書いて作っていく。
家計簿と同じ、無駄遣いを減らす知恵だ。
最低限の節約は忍にとって息をするようなものである、あるものを全部使ってしまっていては職なしなどやっていられないのだ。
「白雷が知ってるのは港町だったな。そこがポールマークなら全部揃いそうだ。」
港町というのは貿易拠点のことが多い、ガスト王国の船の目的地もそこだろう。
そういうところにはさまざまな客が訪れる、買い物にはいい街のはずだ。
ポールマークはブルーアースの歩き方に載っていた。
つまり大きい街なのだ。
「白雷、千影、必要なものはあるか?」
『千影は忍様に魔力をいただければ十分です。』
「プオオオォォォ……。」
『雲、水、ナデナデ。』
さらっと撫でることも要求されているが、精霊も魔物も生きていくためのコスパがすごい。
忍は腹を擦って、自分の燃費の悪さを再認識したのだった。
その後も細々とした確認をして、時間は過ぎていった。
その朝は、手足がかじかむ程度には寒かったが、快晴の出発日和だった。
試してみた白雷の乗り心地は、スピードが早すぎて何もなしに乗っていられるような状態ではなく、山越えは徒歩で行うことになった。
今は一メートルほどのぬいぐるみサイズで頭の上を飛んでいる。
ドムドムの小屋と忍式海のマイホームに鍵をかける。
中には何もない、しかし戸締まりはしておきたかった。
「ドムドム、さよなら。」
忍は小屋に声をかける。
遺品の一つもなかったが、墓を作るなら弟さんの近くの方がいいだろう。
「プオオオォォォ……。」
待ちくたびれた白雷の声を合図に忍たちは出発した。




