自業自得と母親
『忍様、おはようございます。よかった、もうお目覚めにならないかと…。』
千影の声だ、セリフはいいけど無感情なところが安心する。
神々と話していた内容は覚えている。
なんか最後はぶつ切りに終わった気がするが、フォールンは説教をされてそうなのが忍にもわかった。
お腹が重い。
視線をお腹に移すと、透き通るような白い髪に白い肌、真っ白な女の子が忍の腹に乗っていた。
裸で。
「は?……え?ちょ?!」
額から生えた立派な角の下、その顔には鼻がなく、白目のない真っ赤な瞳が八つ、忍をじぃっと見つめていた。
「―――!?!?―――――――!?!?!?!?」
声にならない悲鳴を上げて忍は再び意識を手放したのであった。
『と、いうわけです。』
再び意識を取り戻した忍は千影から気絶中に何があったかの説明を受けていた。
ギリギリで契約が成功して、白鯨は大人しくなったこと。
みるみるうちに雨風が弱まり、ほとんど間も置かずに空が晴れてしまったこと。
そして、倒れた忍をじっと見ていた白鯨はどんどんと縮んで子供の姿になり、忍を仰向けに転がしてお腹の上に陣取ったこと。忍はそのまま二日ほど寝ていたらしい。
まだギリギリ気候が秋で助かったということか。
『夜は寒くはありましたが、その子と千影の烏で忍様を覆って体温を確保しました。その子はずっと忍様の上を動きませんでしたので。』
大人しく私に従え。
「大人しくしていたんだな。偉い偉い。」
腹の上の女の子の頭を撫でる。
セミロングの髪は伸び放題だが、触り心地はとても良かった。
「とりあえず、ドロドロだ。川に行こう。」
忍は女の子を抱き上げると、河口まで歩いていくのだった。
川で体を拭き、服の泥を落とし、震えながら焚き火に当たって体を乾かしていく。
ここでも女の子は大人しかった。体も確認するが、きれいで傷もなく、右のおしりに魔法陣がついていた。手足は痩せているように見えたが、ぽっこりとお腹が出ている、外見を似せられても多少の違いはあるのだろう。
「話せる?」
忍は白鯨らしき女の子、白雷に話しかける。
しかし反応しない。じっと忍を見ている。
『忍様、名前を呼んであげてください。』
「白雷、話せる?」
今度は反応した。
「プオオォォォォォ……。」
白雷の背中からスケール小さめの音がした。
背中を見てみると首の付根の背骨側のところに鼻らしき穴が空き、そこから音がなっている。
「白雷、話しているのか?」
「プオオォォォォォ……。」
なるほど。これが白雷の言葉なのだろう。
忍は次の指示を出してみる。
「白雷、飛んで。」
ふわりと、白雷の体が浮いた。
そして忍の頭の上を旋回し、元の位置に戻ってくる。
まるで妖精のようだ。
『忍様の言葉を理解してるようですね。』
「あ、ああ、よかった。これからよろしくな、白雷。」
「プオオォォォォォ……。」
千影の言葉で我に返る。
なんとか意思疎通ができるので一緒にやってはいけそうだが、まずこの子は格好をなんとかしないと非常にまずいな。
何にしろ、一休みしたい。
「お茶、沸かすか。」
忍は指輪から鍋を取り出そうとするが、入っていない。
ここではたと気づく。
「千影、鍋はどうしたか覚えてるか?!」
『ドムドムが防具代わりに持っていました。』
やばい、鍋がなくなった。
「あ、ドムドム!」
女児の裸ですっかり抜けてしまっていたが、成仏したのがわかっているとはいえ弔ってやらねばならない。
忍は深夜の砂浜へと急いだ。
砂浜は静けさを取り戻していた。
グローズガレリア号は波にさらわれたのか、もう影も形もなく、ドムドムの遺体も一緒に沖に流されてしまったのかもしれない。
ただ、船の残骸だけが打ち上げられていた。
忍は海に向かって手を合わせた、ドムドムの新しい旅路の祝福を祈って。
「よし、千影。使えそうなものを探してくれ。白雷は私と鍋を探すぞ。」
忍の人生の旅は、まだ終わっていない。
自由にしていいとのことだったのでこれからはじまる…のだろうか?
真夜中に砂浜を捜索した忍は途方に暮れていた。
「鍋、無いな。」
いままでアーガイルの底なしの指輪に入っていた鍋一つで料理からお茶、塩作りまで全てを賄っていたのである。
『樽がいくつか流れ着いてましたが、鍋のような調理に使えそうなものはありません。』
「ありがとう、回収しよう。」
忍は樽を確認したが、空樽か液体が入ったものばかりで、大工道具のようなことはないようだった。
この鍋紛失事件によって、忍は山越えを決意した。
千影と忍が樽を確認しているときに、鍋を探し続けていた白雷が何かを見つけた。
「プオオォォォォォ……。」
「鍋か?!」
海の中から引き上げたそれは、小さめの樽だった。
忍は振り向いて一瞬がっかりしたが、白雷がせっかく見つけてくれたのだと思い直す。
ドスンと砂浜におかれた小樽はかなりの重さのようであった。
「白雷、お手柄だな、他にあるか?」
「プオオォォォォォ……。」
そう言い残し白雷が同じ方へ飛んでいった。
まだ同じところに沈んでいるようだ。
「すごい重そうだけど何が入ってるんだ?」
中からはチャリチャリと音がした。
忍は小樽の封を開ける。
「……うわぁ。」
『金貨ですね。』
千影がいうように、樽の中には金貨が詰まっていた。底までぎっしり入っているようだ。
白雷はその後もいくつも樽を持ってきた。
その数は銀貨の小樽が五つ、金貨の小樽が四つであった。
はっきりとした価値はよく分からなかったが、間違いなく大金である。
「奴隷の代金ってとこか。」
今すぐに使えるものではないが、これらは必要になるだろう。
「プオオォォォォォ……。」
また何か見つけたのか。
忍が後ろを振り向くと、砂浜に倒れている白雷がいたのであった。
「白雷?!」
忍は白雷の近くに駆け寄ると、白雷は必死に何かを言っている。
「プオオォォォォォ……プオオォォォォォ……。」
白雷の鼻は背中側についている。
忍は白雷を横向きに寝かせたが、呼吸が荒く苦しそうだ。
『忍様、白雷への精神攻撃の許可をいただけますか?』
千影がいきなりとんでもないことを言い出す、忍は混乱し、千影を怒鳴りつけた。
「千影、白雷は私の従魔だ!わかっているか?!」
『はい、忍様、白雷への精神攻撃の許可を。』
千影は淡々としている、これはいつもどおりで感情が読めるほどの状態にはほとんどならない。
しかし、普段から千影は忍に従順で、忍の考えをわかってくれている。
仮にここでやめろと言っても他に手がないのは事実だ。
「許可する!」
「プオオォォォォォ……プオォ……。」
千影が白雷に覆いかぶさっていく、真っ白な体が闇に飲まれて、白雷の声も少し弱くなった感じがした。
数秒の後、千影は一瞬で忍のマントに入ると、また唐突に言いだした。
『忍様、急いで白雷に自由に行動してよいと命じてください。』
「わかった!白雷、自由に行動していいぞ!」
忍のその言葉を聞くと、白雷は目を見開いて浮き上がり、体の形が変わっていく。
「ボオオオォォォオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!」
鯨の姿に戻った白雷は、沖の方に飛び去り、そこからまた黒い雲が空を覆いはじめた。
「お、おい、大丈夫なんだろうな?」
『家に帰りましょう。道すがら説明いたします。』
千影にうながされ、忍は家へと足を向けるのであった。
『出産です。』
道中に千影が説明をはじめた。
最初の一言で忍はドギマギしてしまったが、その間に千影は説明を続ける。
『白雷の心を読みました。これは精神攻撃の範囲だと忍様がおっしゃっておりましたので、許可をいただけなければ産気づいていることはわからなかったでしょう。』
「あ、それで精神攻撃、か。怒鳴ってすまなかった。」
『いえ、千影の拙い言葉で誤解させてしまって申し訳ありません。白雷は妊娠して、嵐の中で出産の準備をしていたようです。そこに忍様の【ブルーカノン】が飛んできて身を守るために襲ってきたようです。』
「……悪いの私だー!?!」
『大人しく従えという命令によって、忍様に付き従って動いていて、樽を運んだ際に産気づいてしまった、と。』
「おおぅ……すまない、白雷、本当にすまない。大きなお腹は、てっきり変身の加減とばかり……。」
忍は頭を抱えた。
嵐の中に生物がいるなんて知らなかったとはいえ、罪悪感が半端ない。
しかも出産準備中だなんて、白魔の件も合わせてどれだけのレアケースに当たっているのだろうか。
『魔物は成長が早いです。二ヶ月もすれば子供は独り立ちするでしょう。産んだら絶対に戻ってくると必死に訴えていました。』
忍はもはや自己嫌悪で押しつぶされていた。
千影の話す真実は、一言ごとに心に突き刺さってもはや泣きそうである。
「……二ヶ月、がんばる。鍋なしでも、がんばる。」
こうして大自然サバイバルの二ヶ月延長が確定したのだった。
忍のサバイバル生活はドムドムが流れ着く前とほとんど同じサイクルで過ぎていった。
鍋なしの生活は厳しいと思われたが、竹による蒸し料理で食事はしのげていた。
そして、機能の追加された神々の耳飾りにものすごく有用な情報が入っていたのである。
使いそうなものから使わなそうなものまで、色々と項目が増えていたが、その内容と情報量は、忍の覚えきれるレベルではなかった。
最初に目をつけたのは魔法の地図と基礎魔法辞典からグレードアップした魔法大全の汎用魔法である。
魔法の地図は現在の地域の簡易地図が表示され、主要な建物や歩いた裏路地なども自動的に書き込まれていくらしい。最初は真っ白だが歩けば歩くほど更新されていく魔法の地図である。
この地図の最もすぐれたところは位置情報機能がついているところであった。
マークしておけば物でも人でも魔物でも、表示地図の範囲内にあれば現在位置がわかるのである。色分けができる便利機能もついていた。
早速千影をマークしてみたが、千影は忍から離れることがないので実験にならなかった。
汎用魔法は使い手が少なく、希少な魔法である。
一般人向けに考案されたが、属性適性の合ったものしか使えないうえ、手でやったほうが早いというようなものも多く、普及しなかったのである。
今では一部の魔法使いが便利使いするだけで、ほとんど知られていない魔法形態なのだ。
「かまどに火を入れる、桶の水の回転、レンガ作り、水をお湯に変える…水をお湯に変える?!」
水をお湯に変える魔法、ものすごく助かった。
時間もかかるし沸くまでつきっきりで魔力を送らなければならないが、大量の水でもわかせる。
お湯やお茶を沸かすのに鍋無しでできるうえ、樽の中のお湯に水を足して温度を下げることで、かけ湯ができるようになったのだ。
本当は湯船に入りたいが、今から作るのも骨が折れるので諦めた。
能力に関しても確認した。
三人の神様ははそれぞれ一つづつ忍に能力を授けてくれたらしい。
常時発動能力【リカバリー】体力、魔力の回復が早くなる。戦いの神を助けたことにより付与された。
ジャスティ様の能力はわかりやすく強そうで助かる。回復魔法の効きが良くなりそうなのも嬉しい。
常時発動能力【第六感】極稀に何かをひらめく。知識の神を助けたことにより付与された。
トートン様の能力は内容がはっきりしないが、ひらめきってところが知識っぽい、一パーセントに期待しよう。
……そして、フォールン様の能力はこれか。
任意発動能力【不幸】使った対象に不幸なことが起きる。運命の女神の加護により付与された。
たしかに運命っぽいけども、やはり邪神なのではないだろうか。
ランダムで手に入ったとわかっていても、モヤッとする忍であった。
任意発動能力【雨乞い】自分のいる地域に雨を降らせることができる。白雷との契約により付与された。
白魔との契約でも能力が手に入った。
しかし、干ばつで飢饉の村とか救えるかもしれないが、今は特に使い道が思いつかない。
さておき、魔法に魔術に能力。できることが増えれば使い手の腕も必要になってくる。
つくづく魔法使いやら魔術師とはインテリの仕事なのだと再認識した。
魔術書に魔術を書き留めるのも仕事のひとつなのだろう、もし街にたどりつけたらメモ兼魔術書を買おうと決めた。
今まで使うことのなかった機能も使いはじめる。
ブルーアースの歩き方は世界の国、街、観光名所が載っているガイドのようなものだった。
小さな町村や滅んだ国などは出てこなかったがガスト王国とアサリンド共和国はこれに載っていた。
ガスト王国はクーデターの話が載っていないので情報が古そうだが、アサリンド共和国のほうは信用できそうだ。
アサリンド共和国は少数部族の集まった国で、中でも大きな十部族の族長による合議制で成り立つ国家、らしい。
とはいえ、観光もできるし部族間などの細かい諍いはあれどいろんな種族を受け入れる土壌がある国のようだ。
ドムドムの弟さんが港町のポールマークで武器屋をしているとのことだった、気は重いが訃報を伝えねばならない。
ポールマークの名物はナミバガイと紹介されていた、が。
「あ、ホタテだ。」
期待大である。
調べ物も一段落付いたある日、千影が切り出してきた。
『忍様、白雷のことなのですが。』
「うん?何か気になるのか?」
『白雷が変身した姿、実際にいた子供を真似たようなのですが。嵐の夜に空を飛んできたようなのです。おそらくは風に巻かれて死んでいるのですが。』
「竜巻でも起こったのか?探してる親がいるかも知れないな。」
自分の子供に瓜二つの姿の魔物など、トラブルになりかねない。
「あ、白雷がその子供食べたなんてことは?」
『ありません、主食は雲のようです。』
わぁお、雲って食べ物なんだ。さすがファンタジーの魔物。
「連れ歩くのに考える必要があるな。まあ、正直な話、帰ってこなくても文句はない。本当に悪いことをした……。」
白雷からすれば妊娠中にいきなり襲われて、子供と自分の命の危機だったのだ。
その後は無理やり押さえつけられて連れ回されて、恨んでいないはずがない。
『忍様、白雷と忍様の思考にはかなりの開きがあるのではないかと。』
「え?」
『忍様のお考えを教えていただけますか?』
「白雷は妊娠中にいきなり襲われて、従魔にされて連れ回されて、私を恨んでいるのでは?」
普通に考えればというか、どう考えてもそうな気がする。
考えれば考えるほど、山賊に襲われたようなものにしか思えない。
『人ならそうでしょう。しかし、白雷は野生生物に近い思考をしています。常日頃から狙われ、襲われて死ぬこともある環境、子を成せないものも多くいる。白雷にとっての負けとは死なのです。負けた状況から生きて子を成せたということは、むしろこれ以上ない幸運かと。』
白雷にとって、今の状態はラッキーということなのだろうか。
にわかには信じがたいが、千影は白雷の思考を直接読み取っている。
「千影は白雷がちゃんと帰ってくると?」
『喜んで帰ってくるでしょう。自分より強いものの群れに入れるのですから。白雷は群れで一番強かったので、妊娠の後も仲間を逃がすために戦っていたようですし。』
「えぇぇ、筋が通っているかもしれないけど判断つかない。」
しばらく大自然に揉まれてちょっとだけ理解していたような気がしていたが、野生とは忍の考えの及ばないもののようだ。
「あ、千影、すべての命令を解除して、自由を与える。」
『……忍様、それはどういうことでしょうか?』
「白雷のことは何も考えず最初の命令を出したから起こった。千影も、知らないうちに出してた命令に縛られているかもと思ってな。」
『そのようなことはございません。千影は、忍様の助けになりたいのです。』
「ありがとう、では、今まで通り、これからもよろしく頼む。」
『仰せのままに。』
山が雪の帽子をかぶり、枯れ草が目立つようになってきた頃。
砂浜で剣を振っていた忍の前に、あの白い妖精が現れた。
お腹はすっかりへこんで、少し痩せたような体型に戻っている。
「おかえり、白雷。お疲れ様。」
「プオオォォォォォ……。」
大仕事を終えた白雷は無事に忍の元へ帰ってきたのであった。




