神々のお茶会
「ぱんぱかぱーん!おめでとうございます!忍さんは魔王討伐を達成しましたー!!」
真っ白い空間で、アンケートの書き込みをするようなボードをかかえた女の子がクラッカーを鳴らし、ハイテンションに叫ぶ。
金髪を揺らし、月桂樹の冠をかぶった高校生くらいに見える女の子。
運命の女神・フォールンがそこにいた。
なんだかものすごく見覚えがあり、忍は精一杯嫌な顔をしてフォールンを睨みつけ、沈黙が流れる。
フォールンは滝のように汗を流して、忍に向ける笑顔も歪んできていた。
「フォールン、あなたはそんな形で時間を無駄にして、情報不足の彼を送り出したのですか?」
「いや!この気迫はグレーシアに通ずるものがある!大変結構!」
フォールンにかまっていて気づかなかったが、彼女の後ろには大理石のテーブルと椅子が用意されており、二人の男性がすでに座っていた。
一人は見覚えがある、マッチョで底抜けに明るい戦いの神・ジャスティだった。
もう一人は……鳥?
鳥の顔をした細身の男性であった、魔術師のようなローブを着ている。
椅子は四つ。
もしかして、祝勝会にでも招かれたのだろうか。
それとも、また死んでしまったのだろうか。
「神様、良かったですね。魔王を倒せて。申し訳ありませんが、私はお祝いなんて気分じゃないです。」
ドムドムが死んだ、魔王を名乗るバカとはいえ人を殺した。
千影と出会い、魔術を使い、まだ生き返って一年も経っていないのに、随分といろいろと経験をしたものだ。
「まあ話を聞け!俺はお前に会いに来たのだ!」
席を立ったジャスティは忍の手を取りブンブンと振った。
痛い痛い、肩が痛い。力つっよ。
「我が信徒から出た外道を打ち倒してくれてありがとう!ドムドム共々礼を言う!」
「え、ドムドム?」
「ドムドムは一度失くしてしまった立ち向かう勇気を、お前のおかげで思い出せた!すでに次の旅に向かったが、お前に感謝していたぞ!」
「次の旅。」
「生まれ変わるということです。」
今度は鳥の頭の、おそらくは神様が立ち上がって忍に話しかける。
「私はトートン、知識を司っております。この度は私の信徒、ネレウスの誤解を解いていただき、ありがとうございました。彼もあなたに感謝して、次の旅へと向かいました。」
鳥、トートン、あれ?
「トキ?エジプトのトト神様ですか?」
「おお、あなたは私を知る世界から来たのですね!嬉しい限りです。神の姿は身近な姿に見えるものなのですが、この顔が鳥に見えるのはこの世界では特殊な事例でしょう。」
なるほど、神様って世界兼任するのか。
「ネレウスは私が国を滅ぼすように使者を遣わしたと考えていたようですが、神の呼び出す使者の目的は九割ほどが世界を救うことなのです。そして忍さんのお考えのとおり、使者が使命を理想通りに果たすとは限りません。」
「やはり、魔王討伐ですか。」
「気づいていたのですね。魔王討伐の使命で魔王のいる国に到着してみれば、そこが私の信徒の国だった。というのが真実です。ネレウスにも、真実を伝えました。」
遊び呆けてたとネレウスは言っていたが、その男にも苦悩があったのかもしれない。
最終的に、自分に良くしてくれた人を手にかけた。
神は残酷で、人はすれ違うものだ。
やはり忍は神も人も好きになれそうにない。
「ネレウスからの伝言です。人生を楽しめ、やりたいことをやって良い。と。」
「おお、ドムドムからも言われておったわ。巻き込んですまなかった。と。」
ドムドムはやっぱり忍を意図的に巻きこんでいた。
タヌキ親父の年の功というところか。
満足してくれていたなら、まあ良しとしよう。
ネレウスには、なんか色々と見抜かれている気がする。
ありがたく受け取っておこう。
「伝言、ありがとうございます。確かに聞きました。」
「今日は今後の話と質問とか答えられれば答えちゃいますので、忍さんも座ってください!」
フォールンが紅茶を入れて席を勧めてくれる。
かくして、神々とのお茶会がはじまったのである。
「では、わたくしフォールンから今後の話をしたいです!」
フォールンは今回はこのテンションで行くらしい、張り切っている。
しかし立ち上がりその一言を発した後、フォールンは固まって話がはじまらない。
沈黙が流れる。
「話して、いいですか?」
忍にお伺いを立てられた。
どうやら答えを待っていたらしい。
「……お願いします。」
「では、まず、忍さんは魔王を倒しました!相手はガスト王国国王・海賊魔王・グライブ!召喚されてこんな速さで達成した人は今まで見たことがありません!これによって、神からの使命は達成となります!おめでとうございます!そしてありがとうございます!」
あの海賊、本当に魔王だったのか。というか、国王?
いや、関係ないな、ドムドムの仇だ。
……私、人殺したんだよなぁ。
考えれば考えるだけ忍はへこむ。
「つきましては今後は自由にしていただいてよろしいわけなんですが、忍さんの持つ力は規格外です!よって、神としてはあんまりにもこの世界でやんちゃをされてしまうと困るわけです!」
「過去に魔王になったやつでもいたのか。」
ぼそっと忍が思いついたことを言った。
フォールンが汗をダラダラと流す、図星か。
「忍、なんでわかったのだ?」
ジャスティが全肯定をしながらストレートに疑問をぶつけてくる。
「私の貰った能力が、魔王が持ってそうな能力だったので。」
【真の支配者】魔王じゃなければヴァンパイアロードとかかもしれない。
フォールンもジャスティのようにストレートに話せばもう少し信用されやすいんだろうが、これはまあ、性格もあるのだろうか。
「ふたりとも、私が忍さんに話してもよろしいですか?」
トートンがそう名乗りを上げた。
フォールンは席に座り、ジャスティは腕を組んだ。そのほうが話が早そうだ。
「お察しのとおりです。しかし、我々神は下界のことに強くは干渉ができません。干渉するようなことになるのは大変な事態が進行しているときです。忍さんが殺したグライブはこのまま行けば国一つを率いて殺戮の限りを尽くしていた可能性がありました。止められて本当に良かったと私は安堵しています。」
そういう可能性があったのなら、犠牲は少ない方だったというやつなのだろう。
「忍さんの実力はノーマルの中でも屈指のものだと断言します。その上、この世界に協力してもらっている身なので我々もだいたいのことは大目に見ます。なので、こちらからのお願いは一つ。世界を滅ぼすようなことはしないでほしい、ということです。」
やばい、私、世界を滅ぼせるらしい。
スケールがでかすぎて実感がわかない。
「とりあえず、そんな気は微塵もないですけど……」
「では、大丈夫です。そのレベルのことじゃないと神は直接世界に干渉できません。国を滅ぼしたり、国を作って独裁したり、無理やりハーレム作ったりするくらいでは干渉できないのです。」
なるほど、だから人を召喚するのか。
大きくなる前に芽が潰せれば御の字くらいの気持ちなのだろう。
「ここまでで質問があれば受け付けますよ。」
忍は考える、聞きたいことは山ほどある、が。
まずは三つだろう。
「では、私は五体満足、完全な状態で生きていますか?」
「はい。津波に飲まれたりはしていませんよ。」
よし、では次。
「魔王と召喚された使者は世界に現在何人いるのですか?」
ジャスティがほぅと感心したように息を吐いた。
「魔王は百八十七人います。使者は九人ですね。」
「九人、ですか?」
予想以上に魔王が多く使者が少ない、どういうことだろう。
「はい、まず、魔王ですが、これは名乗っているものと魔王として名が通っているものの数です。邪悪なものも善良なものも数に入っています。」
「そして、どの魔王を倒しても使命は達成される。」
「…はい。」
アーグ賢王国の件で魔王や召喚者が複数いることは考えてついていた。
おそらくこれは世界への干渉というところに神から召喚者への干渉も入っているのだろう、召喚者には情報制限があるのだ。
忍が感謝されているのは、偶然にも倒すべき魔王を倒すことができたからであろう、倒すべきでない魔王もこの世界にはいるのだ。
さらに、魔王とは名乗るのではなく呼ばれることでもカウントされてしまう、つまり、忍が魔王になってしまう可能性も残っていた。
「使者の数も忍さんを入れて九人、残念ながら事実です。力ある神である八神がそれぞれ使者を呼び出します。あなたと同じ時期に呼び出された使者は忍さんを入れて五人生き残っています。この世界は危険と死に満ちているのです。」
「クーデターは最悪だった。どれほど裁いてやりたかったか。」
ジャスティの肩に力が入り、拳を握りしめボソリとつぶやいた。
ガスト王国のクーデターにジャスティの使者は巻き込まれたのだろうか。
さて、最後の質問、というか文句が忍にはあった。
「神々の耳飾りが街を発見しないと使えない情報で溢れているのはなぜですか?」
よどみなく喋っていたトートンが、よくわからない顔をして固まった。
「街で手に入れるものが前提のサバイバル術、武器別戦闘術に木の棒なんて無いし、図鑑に載っていない魔物が出るし、宮廷マナーに関しては開く機会もありませんでした。使者の生存率が低いのってこういうところにも原因がありませんか?」
「ま、待ってくださいね。使者は自分を召喚した神の神殿がある街か、その近くに送りだされるのです。忍さんはどこに?」
「魔王アーガイルの墓室です。」
もはや仕事が終わったというような顔で紅茶を飲んでいたフォールンが、汗を流しながら固まっていた。
トートンは無表情でフォールンをじっと見つめる、鳥の頭だ、実に怖い。
「フォールン、どういうことですか?」
「伝説ノ剣ノ、場所ニ、送リ出シマシタ。」
なるほど、サービスではなくハードモードだったか。
「ソウルハーヴェストです。精神力が弱いと触っただけで死ぬって壁に書いてありました。」
「忍さんが犠牲者第一号にならなかったのが不思議でなりません。」
トートンが頭を抱えている。
ジャスティは笑いをこらえていた。笑い事ではない。
「ぐ。ソウルハーヴェストはたしかに伝説の剣だが、ぶふっ。失礼。あれは伝説の魔神剣だ。聖剣をも超える力だが、普通は触っただけで死ぬ。扱えれば我々のような存在と闘うこともできよう。最強クラスの剣うちの一つだということは保証しよう。ぶっ。」
「ジャスティ様、無理しないで笑ってくれていいですよ。知ったときなんか一回投げましたもん。」
「がーはっはっは!だめだっ!投げたのか!?あの剣を!!」
「いきなり王墓を守ってるやつに襲われたので、必死で掴んで突き立てたんですよ。そのあと触ったら死ぬって知ってつい。」
「忍、お前面白いぞ!あの恐怖の象徴たる、剣を、ぷっ、投げたぁははははは!!!」
「ネレウスとの接点が不思議でしたが、本当に申し訳ないです。神を代表して謝らせてください。」
「いえ、トートンさんは何も悪くないので…。」
謝られてしまった。
「ところで、図鑑に載っていない魔物というのは、さきほどの白いストームユニコーンのことでしょうか?」
「トートン様、あいつを知っているんですか?!」
神々の耳飾りでは出てこなかった魔物だ。
どんなものなのか気にはなっていた。
「あれは、白魔といって、そうですね。忍さんにはアルビノと言ったほうがわかりやすいでしょうか。元々はストームユニコーンという嵐を呼び、嵐を泳ぐ魔物なのです。」
テーブルの上に映像が現れた。
イルカの口の部分を平たくして角が生えたような魔物だが、体は灰色に近く角も同じような色だった。嵐の中を数匹の群れで泳いでいる。これのアルビノだということだが、大きさも顔つきもぜんぜん違う。
「白魔とはこの世界の魔物に偶に生まれてくる白い個体で、通常の魔物の数倍から数十倍の魔力を持ち、真っ赤な目をしているのが特徴です。魔力の大きさによっては寿命も大幅に伸びて姿が奇形に変化してしまうこともあります。出会うのはとても珍しいことなんですよ。」
つまりこれは種族の中の個体差だということか。
大自然、侮りがたし。
「白魔は変身能力や特殊な魔術を持つことがあります。群れの中の白魔は周りに姿を似せてまぎれて生きています。そして戦うときには本来の姿に戻るというわけです。」
「では、耳飾りで出てこなかったのも仕方ないですね。よくわかりました。」
「いえいえ、耳飾りの情報内容は私の管轄ですので、今後も何かあればお伝え下さい。」
とりいそぎ、聞きたかったことは聞けたか。
「お答えいただきありがとうございました。次は何でしょうか?」
話を元に戻すとトートンはホッとした様子で続ける。
「はい、忍さんはこの世界で今後どう生きていこうと考えていますか?」
「特に考えてません。」
即答だった。
大自然を相手に右往左往していたのが、そのままなぜか魔王を倒してしまったのだ。
「強いていえば甘いものが食べたい、かなぁ。」
「忍さん本当に申し訳ない。」
トートンがお茶請けのクッキーを勧めてくる。一枚食べた、おいしい。
トートンの後ろでジャスティがフォールンを呼んでヒソヒソと話をしだした。
「どんな状況なんだ?俺にも見せろ。」
「えっと、こんなんです。」
なんか映像見てる。ほっとこうか。
仕切り直してトートンさんが聞いてくる。
「なんかこう、王様になりたいとか、英雄になりたいとか、モテたいとか、お金がほしいとか、そういう欲望的なところってないですか?」
お金は今はそもそも使えないし、権力なんかは一人で持ってても意味はない、というか能力が最強クラスの権力だし。
モテたいはまあ、なくもない。なくもないけど、そもそも女性をもう何年も物語の中でしかまともに見ていない気がする。
「……人並みにはありますが、特にこれというのは。この世界に来る前は食欲が強かった気がしますけど、こっちに来てから肉と魚ばかりなので。」
トートンが忍を静かに見つめていた。
無表情の鳥の顔は怖い、しかし忍は目を合わせる。
本当に思いつかないのだ、ここらへんは元の世界でも一緒だった。
進路相談のようになってきたが、数秒の後、トートンがふぅとため息をついた。
「忍さんは欲がないですね、欲がないというか欲を見失ってしまっているというか。わかりました。」
忍はトートンの言葉の意味が分からなかったが、トートンはさっさと次の話に進んでしまった。
「最後の話は今回の報酬というかお礼についてですね。」
「がははは、忍がバンブーグリズリーにビビっておる!」
なんか、笑われている。
竹林の時だよな、あれ。
「ジャスティ、静かにしてください!」
「……お疲れさまです。」
忍はトートンにクッキーを勧める。
トートンは礼を言って一枚つまんだ。
「えー、まず、神々の耳飾りの情報を更新します。色々なことがわかるようになるのでご活用ください。次に、忍さんは英雄神官になりますので、神殿で祈ったときに我々からの神託を伝えられるようになります。神聖魔術の力も強くなるでしょう。」
「ストップ、神聖魔術とか英雄神官ってなんですか?」
トートンが、無表情で固まった。さっきも見た気がする。
数秒後、再始動する。
「最初の召喚されたときの説明ではどのようなことをお聞きになりましたか?」
「え、と、運命の女神の能力がランダム、神託の受け方、召喚された目的くらいですか。召喚を拒否したいと言ったら特典を山程言われました。でもその中に神聖魔術なんて話はなかったかと。聞き逃していたらすみません。」
「いえ、忍さんを見ていると聞き逃したとは考えづらいです。しかし全て説明するのは時間が足りませんね。特別に私が知識を与えましょう。知識の神の天啓です。」
トートンが忍のおでこに人差し指を当てると、温かい熱が頭に流れ込んできた。
「これで必要なことは忍さんの頭の中に入りました。今はお礼の話を最後まで聞いていただきたいので、後でご確認ください。」
「承知しました。」
「最後に、知識の神トートン、戦いの神ジャスティ、運命の女神フォールンより能力が一つ与えられます。我々の感謝の気持ちお受け取りください。」
「ありがとうございます、いただきます。」
忍が頭を下げ、顔をあげると星空が広がっていた。
天原忍ここまでの能力一覧
常時発動能力
【不老】【成長限界突破】【精神攻撃無効】【魔力耐性】【暗視】
【一発必中】【真の支配者】【無詠唱魔法】【体操術】【魔法練達】
任意発動能力
【解呪】【千影の召喚】




