逃げるが勝ち
冒険者ギルドに入るとすぐに忍だけがギルドマスターの部屋に通される、そこにはカジャ、ミネアにウィン、そしてバンバンが待っていた。
「お、おそろいで……どんな御用でしょうか?」
カジャがつかつかと近づいてきて忍をグーでおもいっきり殴った。
即座に人となった千影がカジャに反撃をしたがバリッと恐ろしい音がしてカジャが離れる。
「精霊だってわかってりゃやりようがあるんだよ間抜け!一発食らわすのに命がけなんざ割に合わないったらないよ!」
「忍様に何をする!」
「うるさいね!なんだいあの賄賂の話は!あんな当たり前のことを面と向かって言い放つなんざバカ通り越して自殺志願だろうが!このアホ!馬鹿!ボンボン!もういっちょ間抜け!」
「ち、千影、いいから。」
「忍様!」
「いいから。」
少し強く言うと千影は悔しそうに忍の後ろに下がった、カジャはどうしても一発入れないと気がすまなかったようだ。
ただでさえ疑われている焔羅を庇った上に反抗的な態度で話を進めたことで忍の心象は最悪になった。
賄賂なんて当たり前で大なり小なり暗黙の了解でまかり通っている。
それをもらっている貴族の目の前で批判したのだから海軍もそこに属する貴族もほとんどが敵に回るだろう。
そんな地雷を思いっきり踏み抜いていった忍にカジャもエレインもドン引きだった。
ガルガドランには逆に気に入られたようだったが、めんどくさいことになる前にすでに街を出てしまったらしい。
カジャの罵倒を大幅に削減した話の内容はこんなところだった。
一気にまくし立てたカジャはソファに座り込んで一息ついた、代わりに今度はバンバンが口を開く。
忍は自然に正座で床に座っていた。
「ま、庇うなとは言わねえがやり方を考えろってこったな。ところで忍、赫狼牙をあの女に預けたってのは本当か?」
「はい。バンバンさんの話を聞いて譲るなら焔羅かなと。」
「……わかった。このあとあいつも連れて店に来い、夜までに仕上げるぞ。」
「え?そんなに急ぐんですか?」
「馬鹿野郎!ババアの話でわかれよ!今なら街を出られるんだよ!」
「あっそういう?!」
忍は全く気づいていなかったが、知り合いが揃っているのはそういうことだったらしい。
カジャの機嫌が再び悪くなる。
「相変わらず頭が回るんだか回らないんだか……とにかくできるだけ早く街を出てほとぼりが冷めるまで戻ってくるんじゃないよ!何が起きたかは報告してんだから後はそういうのが得意な奴らに任せときゃいいんだ!」
「でも、焔羅の疑惑は…」
「実際に罪を被せられてから考えな!少なくとも今は内容が揃ってないから海軍もこんなことしてるんだよ!」
言われてみればそうかもしれない。
忍は日本の司法制度を知っているから否認を続けないといけない気になっていたが、ガルガドランのように逃げてしまうのが正解な気がしてきた。
「……カログリアさんたちはどうなります?」
「この期に及んで人の心配なんてしてる場合かい?!とにかく、こっちは任せてさっさと出発しな!」
「助けてしまった手前、そういうわけにも……。だから、カジャさんたちにお願いしたいことがあります。」
忍は大金貨を詰めた袋を取り出して、考えていたことをカジャたちに提案した。
カログリアからは村が潰れてしまったので帰る場所がないと聞いていたし、資金も構想もある。
あとは労力だけだったがカジャたちも現状の街を鑑みて忍の意見を聞いてくれた。
「ポールマークに孤児院を作りましょう。」
すべて丸投げすることになってしまうのが心苦しいが、ポールマークには必要なことだ。
カジャにはまだ色々聞きたいこともあったが街を出るのは早いほうがいい、余計な質問に時間をかけるのは悪手だろう。
最後にミネアが小さな筒を渡してきた。
「機密文書なんかに使うカーネギー用の防鳥筒。ミネアにしか開けられないようになってるから、連絡を取るのに使ってほしいってさ。」
「ミネアさん、ありがとう。ウィンも元気でな。」
「貴族に思いっきり言ってくれてスッキリした。せっかくなら生で見たかったけど。」
忍は三人に見送られてバンバンと一緒にギルドマスターの部屋を出る。
そのまま焔羅を拾ってバンバンの店に場所を移した。
「みんなに出発の支度をするよう連絡をしたので武器の調整が終わったらすぐに街を出られます。」
「よし、焔羅、赫狼牙を出しな。あと、体に触るぞ。」
「は?こんな時にエロオヤジか?」
「調整してやらねえぞ欠食馬鹿女。」
ちょっとピリッとした空気が流れるがなんとかなだめて調整をはじめる。
焔羅がバンバンに観察されながら剣を振り型を決める、バンバンは時折体を触りながらメモを取る。
赫狼牙を作った時にやったなと忍は懐かしく感じてぼうっとしていたのだが。
「だいたいの武器は扱えるな……どうでもいいけどよ。長剣の訓練したことあるだろ、そっちのほうが向いてるぞ。」
「なんでわかるんだよ、気持ちわりいな。」
忍も同じように見てもらい、すぐにバンバンは奥の作業場に入っていった。
「つくづく只者じゃねえな。長剣なんて裕福なやつの武器は、この姿には合わねえんだが。」
「バンバンさんはすごいからね。長剣は得意なの?」
「どの武器も大差ねえように訓練はした。」
殺し方にも色々あるということなのだろう、詳しくは聞かないが。
長い待ち時間の間に焔羅に冒険者ギルドでの話を謝っておく。
立場が悪くなると止めてくれたのに無自覚とはいえアクセルを踏んでしまったのだ。
焔羅はものすごく不機嫌になった。
「わかってなかったのかよ。変なとこ抜けてんな。」
「よく言われる。だが、あそこで言い返さなかったら焔羅が犯人にされそうだったし。」
「そんときゃ切り捨てて終わりだろ。それも奴隷の役目だろが。」
「無いな。それは無い。そんな簡単に捨てるくらいなら引き取ってないよ。」
「は?貴族を敵に回すってことは国を敵に回すってことだぞ?奴隷を切り捨てる以外無いだろ?」
「いいや、焔羅は私のだから誰にも渡さない。焔羅だけじゃない、みんなついてきてくれる限りは誰にも渡さない。」
忍はもともと社会不適合者なのだ、どこかで問題が起こるのはわかっていた。
人権が存在する日本と比べればちょっとした失敗が命取りになることも想定していた。
魔法のおかげで病気も怪我もある程度治るし火も水も使える、野宿生活でこれほど心強いこともない。
人の世から離れて生きるには十分すぎる力だ。
「未開地が存在するのは本当に助かる。勝手に住み着いても文句を言われないしゆっくりできそうだ。」
「未開地に住みたがるなんて誰から見ても狂ってるぜ。織り込み済みってことか。」
「奴隷のみんなには申し訳ないけれど、未開地での不自由な生活に付き合ってもらう。人との交流は最低限にすれば問題も起きにくい……はずだ。私は一生一緒にいる気なんだから、焔羅もそのつもりでいてくれ。」
そこまで話したところで焔羅の黒髪の毛先が赤くなっているのに気がついた。
表情は仏頂面だが炭に火がついたようにじんわりと赤が広がっていく。
「え、もしかして体調とか悪いか?」
「は?」
「……気づいてないのか?」
焔羅の髪に手を伸ばして前に持ってくると赤い侵食がさらに加速した、焔羅もびっくりしたようだが侵食は止まらない。
「あっつ?!」
「お頭?!」
触っていたところが赤くなるとその熱に忍は手を離してしまう、指先が赤くなり瞬く間に水ぶくれができてしまった。
赤い場所は熱い、本物の炎のようだ。
『焔羅の魔力が強くなっています。』
「お頭、離れてくれ!」
「自分でやってるわけじゃないのか?!」
「んなわけねえだろ!」
これだけ大騒ぎしていてもバンバンは奥から出てこない、焔羅も本気で慌てているようだし忍も対処法がわからない。
『忍様、もう少しお下がりください。』
「そういうわけにもいかんだろ!」
「あ、なんか……まずいかも……」
焔羅がぼそっと呟くとほぼ同時に轟と音を立てて焔羅が炎に包まれた。
忍はすぐに【ウォーターガッシュ】で水をかけるが炎の勢いは止まらない、発される熱で水が蒸発して店内はもうもうとした湯気に覆われた。
「焔羅、無事か?!」
「外だ!」
焔羅が開こうと触った入口が火を吹いたので忍が水をかけて消火する、そのまま焔羅を追いかけて外に出るが焔羅は傷一つなく炎の中に立っている。
その髪の毛は炎のような赤ではなく本物の炎になっていた。
不思議な状態だ、体が炎の中にあるのに服は燃えていない。
ガランガランと音を出して焔羅の体の周りにいきなり武器が落ちる、義手や手袋も燃え落ちてしまった。
「……お頭、大丈夫だ。なんか、わかってきた。」
「わかってきた?」
「ああ……」
焔羅が目を閉じて深呼吸すると炎はだんだんと弱くなり、最後には焔羅と武器を残して消える。
店の前の石畳が溶けているが怪我などはないようだ。
「辺鄙な店で良かったな。誰かに見られたりもしてなさそうだ。」
「いやいやいや、なんでそんなに冷静なんだよ!燃えてたぞ!」
「声が大きい。話は中で、な。」
さっさと店に引っ込んでしまった焔羅を忍は慌てて追いかけた。
焔羅は音漏れ防止の魔術を施したあと、何が起こったか説明してくれる。
「ナイトメアの血だ。」
「ナイトメアって……サキュバスじゃない方?」
「ナイトメアのたてがみは恐怖と憎悪で燃え上がる、らしい。この街は今、恐怖でいっぱいだろ。俺の体も妙に軽かったしな。」
なるほど、魔物の特性ということなのか。
「あれ、じゃあ今後もいきなり燃え上がったりするかもしれないのか?」
「いや、まずないな。こういうことは何度かあったが今回は特別だ。こうなるってわかってれば抑えられる。」
「特別って、何があったんだよ。」
「そりゃ……いいたくねえ。」
「えええええ?!」
焔羅は表情を変えないように細心の注意を払って忍と会話していた。
従僕に慈悲深く、焔羅の厄介な身の上も気にするような様子はない。
この身を憂いて精巧な義手まで用意してくれた、貴族から奴隷を庇いそれをなんでもないことだと本気で考えている。
まるで大切なもののように焔羅を扱ってくれる王が一生一緒にいるつもりでいてくれなどと……ただでさえ高鳴っていた鼓動が跳ねて息が止まるのも当然というものだ。
「お頭、すまねえ。武器も義手も全部燃えちまった。見るか?」
「え、まさかその服って幻え…。」
「時間もあるしここではじめるのもありかもな。」
「無い!恥じらい!慎み!ちゃんと服を着ろ!」
忍から着替えを投げつけられたので焔羅は渋々パーカーを着た。
これでいいと心を隠したのに、知ってほしいと淋しく感じる。
焔羅は身を焦がす激しい情動に驚き、それを自覚したことで自嘲の笑みが浮かぶ。
わかってきたのは特性だけではない、忍に従うのが心地良いと感じる理由だった。
照れる忍に手を伸ばそうとした焔羅を千影が人になって止めた。
「焔羅、忍様に近づかないでください。」
「……アネさん、俺は何にもしてないぜ?」
「髪の色が戻っていません。忍様に触れるのは安全が確認されてからです。」
二人が話している間に忍は自分の手を【ヒール】で治した。
焔羅は本当に大丈夫そうだったし、正直痛みが限界だったからだ。
おかげで途中から話が半分も頭に入っていなかった。
「どうしてもというのなら、この場で殺します。」
「そいつは怖えな。俺の炎にヒヨって出てこなかったのわかってるぜ。」
ヤバい、一瞬目を離した隙に本気で殺し合いをはじめかねないとこまで来てる。
忍は千影を抱き上げて二人を引き剥がす。
「そこまでだ。」
「忍様!今の焔羅は危険です!」
「千影、焔羅を殺すというのはやり過ぎだ。」
「だってよアネさん。」
「焔羅は近づくな、千影の言い分は正しい。明日【ヒール】が使えるようになるか髪の色が戻るまで触らないでくれ。」
「ああ、聞き入れてくださってありがとうございます、忍様。そして申し訳ございません。あの程度の炎に怯んで動きを止めてしまったことは千影の不徳の致すところです。」
炎や光は種族として苦手なのだから仕方ないだろうと口を開きかけたところで焔羅が更にぶっこんでくる。
「アネさん、俺はもう離れたんだからアネさんも離れたほうがいいんじゃねえか?」
「……忍様、ありがとうございます。影に戻らせていただきます。」
シュルリと千影が形を失いマントの中に戻った。
「ふたりとも落ち着いてくれ。焔羅も千影に意地悪言わないほうがいいぞ。ずっと覚えてるからな。」
「わかってる、一生一緒にいるなら口答えくらいできねえとってだけさ。俺はお頭の命令しか聞かねえ。」
「そうか……少し休め。よく頑張ったな。」
焔羅は震えていた、千影が焔羅を追い詰めて主人に反抗しないようにしてから焔羅はずっと千影をアネさんと呼びどこか萎縮しているところがあった。
千影が命じると焔羅は従ってきていた、忍の命令しか聞かないと宣言したのはそういうことなのだろう。
叩き潰されたものが立ち上がることの難しさを忍は知っている、喧嘩とはいえ焔羅は立ち上がったのだ。
「おい!おいおいおいおいいぃぃ!!!ぬわんじゃぁこりゃあああぁぁ!!!!!!」
「ひいいぃぃ!ごめんなさいいぃぃ!!」
あまりに大きな怒鳴り声に忍は反射的に土下座をした。
もう別れ際なのに店はめちゃくちゃでバンバンはお怒りだ、忍は大金貨の入った樽を一つ置いて剣を受けとると逃げるように拠点に走るのだった。
ポールマークからの出発はとても慌ただしいものとなった。
白雷の背中に全員が乗って目指すは忍の出身地、魔王アーガイルの墓である。
またしばらく更新が止まります。
書き溜めたら再開する気でいますので、気長に待っていただけると嬉しいです。
相変わらず拙い文ですがゆるく続けていきたいと考えていますので、お付き合いいただけるなら今後とも宜しくお願いします。
あと、評価やブックマークしていただいてありがとうございます。
いただけると大変嬉しいです。励みになっております。




