黄金のガルガトラン
街には相当な数の狂血病患者がいたがその種類は二種類に分かれていた。
獣のように叫びながら人を襲う者と一言も発さずに淡々と人を襲う者である。
討伐開始からしばらくして淡々と襲っていた患者に変化がおきた、他の患者のように叫びだすと人を襲うだけではなく建物などを壊して暴れまわりだしたのだ。
エミリーが死んだ影響だったりするのだが、バンバン・ババババ・ババババンにいた焔羅は知るはずもなくバンバンを置いてきたことを後悔していた。
街なかにいた奴らの様子から扉さえしっかり締めておけば建物に侵入してこないと踏んでいたのに読み違えた。
「仕方ねえ、気合い入れて狩るか。」
面白いように切れるので焔羅が走り抜けただけでその道にはいくつも首が転がる。
当然そんなことをしていれば冒険者も異常を察知するわけで。
「オラァ!」
【隠形の才】のおかげで認識し辛くなっている上に高速で動き回る軌道を読んでのフルスイング、焔羅は軽々と避けたもののその技量に警戒をする。
「こいつぁ驚いた。バロウズ以外にこんなやつがいるなんざ聞いてねえぞ。」
「こっちはどんなのがいるかさえ聞いてねえよ。冒険者、だよな?」
「黄金のガルガドランたあ俺のことよ!」
焔羅はマクロムで聞いた情報の中にあったその名前を思い出した。
黄金のガルガドランは正義感が強くガストの工作を何度か潰している男だ、その二つ名の由来は焔羅に向けられている武器にある。
「……ってことはそれが……。」
「ああ、こいつが俺の相棒・地霊の金棒よ!」
バットを巨大にしてボコボコと穴を開けたような鈍器、質感は土器のような焼き物に近い。
おおよそ武器というよりは器の類にも見えるそれには地の精霊が宿っているとされている。
「俺は焔羅、おかし……忍さんのとこで世話になってる。」
「はあ?その腕であの女たらしに囲われてんのかもったいねえ?!なんか弱みでも握られてんのかよ?!」
「……そんなんじゃねえよ。もういいだろ、じゃあな。」
半笑いのガルガドランに殺気を叩きつけ焔羅はまた返事も聞かずに走り出す。
「おお怖え。しっかしあの動き、なーんか見覚えあんだよなあ。」
ガルガドランは訝しげに片眉を釣り上げると誰にともなく呟いた。
ガルガトランと別れてしばらく、焔羅は奇妙な死体を見つけた。
狂血病患者にやられた死体は例外なく首が食いちぎられている、ファロも狙ってきたのは首だった。
路地裏の影、胸当てを外された冒険者の死体の首は綺麗で、かわりに心臓が抜かれている。
しかも胸を開いたのは刃物、明らかに異質だった。
「こんだけ死体が転がってるってのに隠す気がねえな。」
焔羅はカーネギーを呼ぶと冒険者ギルド宛に殺人犯がいるという伝令を飛ばそうとした。
手紙を持たせたカーネギーが飛び去ろうとしたところで横合いから手が伸びて小さな鳥を握りつぶす。
屋根の上にぼとりと落ちた小鳥を蹴り潰したのはこれといった特徴のない軽装備の男だった。
口元は血液で真っ赤に染まっているがその目は死んでいない。
「良い夜だ。強きものがまた一人。」
「狂血病……にしては喋るな。」
「あのような木偶と一緒にするな。不愉快だ。」
身長は高くもなく低くもなく、装備は出来合いの革鎧と短剣、魔力も雰囲気も特筆すべきものはない。
殺気も皆無、その佇まいはこの血なまぐさい現場に似つかわしくない雰囲気だった。
「大丈夫か!」
気付いた冒険者パーティが救援に入ろうとこちらに向かってくる。
屋根の上の男がパーティの先陣を切った戦士に何かを投げる、焔羅も咄嗟にナイフを投げた。
二つは空中でぶつかりカキンという音とともに火花を散らす。
焔羅は目を離したつもりはなかったが、金属のぶつかる音に気を取られた一瞬で屋根の上の男の姿はなくなっていた。
幻術かあるいはそれだけの速さを持っているのか、残された奇妙な武器と潰されたカーネギーが現実だということを物語っていた。
バタバタと合流したのは四人組のパーティだった、最初に駆けてきた戦士が焔羅に話しかけてくる。
「バルサンだ。武器を撃ち落としてくれて助かった。しかし単独行動は危ない、狂血病にかかったやつらは下手な魔物より強いぞ。」
「お気遣いどーも。」
「うちには女性もいるし一緒に行動したほうがいい。俺達はナミバガイで乾杯っていうパーティなんだが、あんたはなんて名前だ。」
中堅くらいの実力でいかにも善人といった様子だ。
後ろで息を切らしているローブの男女ともう一人の鎧を着込んだ戦士も成り行きを見守っている。
「焔羅、パーティはミスフォーチュン。」
「パーティ?まさか仲間が負傷してたりするのか?!」
「あー……ないない。俺一人で動いてるだけだ。一人のほうが気楽なんでね。」
いらぬ勘違いをされそうになったが仲間の反応を見てもただの善人の集団のようだ、こちらを騙そうとしている様子はない。
焔羅はにへらと人好きのする少し緩んだ笑顔を作ると全員に向けて誘惑をかける。
「嫌なもん見ちまって気が立ってたみたいだ。悪かった。なあ、ギルドに行って報告したいことがあるんだが、付き合ってくれるか?」
「も、もちろんだ!なあみんな!」
「人数が増えるのは心強いわ!」
あっさり、あまりにもあっさりと好感度が高くなった。
緩めの精神干渉というのは気づかれづらい反面、様々な条件が障害となりうまくいかないことも多い。
いくら焔羅が一流の使い手とはいえちょっと心配になるチョロさである。
焔羅は冒険者ギルドに殺人犯の報告をしてもう一度街に繰り出すつもりだったが、思いのほか強く誘惑にかかってしまったナミバガイで乾杯の面々に引き止められてしまった。
なんとなく毒気を抜かれた焔羅はそのまま明け方までギルドの待合室で捕まっていた。
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