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狂血病

 鬼謀は熱冷ましを作りながら心のなかで焦っていた。

 ファロは意識がなく、熱以外に特殊な症状がなかった。

 こんなに高い熱が出るような病気であれば発疹や喉の赤みなどもう少し体に特徴が出るはずなのだ、噛まれたり刺されたような傷もない。

 それに魔力の流れがおかしい、呪いを疑ったがこちらも空振り。

 呪病のたぐいであるのなら症例が知られていないものや魔物由来のものもあり、特殊な薬や儀式が必要なものも多い。

 症状に思い当たらない時点でお手上げだった。

 治る可能性があるとすれば、自然治癒か忍の【解呪】と【シェッドシックネス】の重ねがけくらいである。


 「単純な風邪ならいいんだけどそれだと魔力が増幅なんてしないし、意識がなくなってるのも……あー!もうちょっと早く診察が終わってれば!」


 調合を終えて寝かされているファロのところに戻る。

 起きたらすぐに飲めるように水と薬を用意しているとファロが目を覚ました。


 「よかった、おは」

 「がああああああ!!!」


 ファロはいきなり咆哮を上げて鬼謀を引き倒し、その喉元に噛みつこうとしてくる。

 鬼謀は咄嗟に変身を解いて服を囮に難を逃れるとファロに対して凝視を使った。


 「ぐ、が、がああぁぁ!!」


 「きゅー?!」


 ファロはギシギシと体を軋ませながら無理やり鬼謀の凝視をはねのけてしまった。

 鬼謀はすぐに踵を返してテントの外に逃げ出した、ファロはテントの中で暴れていたが、そのうち落ちた天幕の中からゆらりと立ち上がった。


 「弟子よ!何があった?!」


 「おいおいおい、ありゃファロか?」


 ファロの目は血走り、形相は鬼のよう、そして半開きになった口からはよだれがダラダラと垂れて長く伸びた犬歯が覗いていた。

 その様子に鬼謀は確信する。


 ファロがかかったのは呪病の中でも魔石を持たない生物にしか発生しない奇病の中の奇病、人を魔物に変えてしまう狂った病、この世界での名前は狂血病、忍たちの世界では吸血鬼と呼ばれるものだった。


 鬼謀は再び人の姿になって護符を取り出した。


 「先生!焔羅!ファロをどうにか抑えて!力だけなら手加減した先生といい勝負になってるはずだよ!」


 「は?強いんだか弱いんだかわかんねえ例えだな。」


 「大したことはない、素手で岩を砕ける程度ゆえ。」


 「ふざけんな!馬鹿力なんてレベルじゃねえぞ!」


 ファロはひときわ大きな声でツッコミを入れた焔羅との距離を一瞬で駆け抜けた、喉笛にに噛みつこうとしたがいち早く察知した焔羅は紙一重で躱す。

 捕まえようとした山吹の手が伸び切る前にファロは焔羅を追いかけていた。


 「ちぃっ!」


 後ろに飛び退いた焔羅に伸ばされた手を咄嗟にナイフで切りつけ、顎を蹴り上げる。

 傷つけるつもりはなかったのに暗殺者として体に染み付いた動きが出てしまった。

 吹っ飛んだファロは再度ゆっくりと身を起こすが切りつけられた腕はすでにくっつきかけていた。


 「あいつモリビトじゃなかったのかよ?!」


 「転ばせろ、我が抑える!」


 ファロは一度転ぶとゆっくりと立ち上がる。

 この暴れ牛を真正面から押さえつけるのはかなり難しい、山吹はいつでも動けるよう足を広げて腰を落とす。


 「そんなんじゃ俺は食えねえぞ!牛は牛らしく草でも食ってろ!のろまのチチウシ馬鹿女!」


 「があああぁぁっ!!!」


 挑発が効いたのかはわからないがファロは咆哮を上げて焔羅に襲いかかる。

 だがいくら早いといっても単調な突進、焔羅はひょいと避けてファロの足を引っ掛けた。

 盛大に転んだファロは山吹によって押さえつけられ、鬼謀が視線を合わせると数秒で大人しくなった。


 「眠らせたよ。一日は起きないはずだけどこんなに強いんじゃ絶対とは言えないね。小さなテント一つを結界にするから近づかないようにして。」

 

 「おう、しかしよ。傷まで治っちまうなんてファロはどうなっちまったんだ?」


 「簡単に言うと体が魔物に作り変えられてしまってるんだ。昼は眠って夜はあんな調子になる。日光にも弱いはずだし負荷に耐えられないと数日で死ぬ。ほとんど伝染らないはずだけど暴れ出してからじゃ手遅れさ……祈るしかない。」


 「は?!なんだよそれ?!」


 鬼謀の表情が歪んだ、しかし何も言わなかった。


 「ファロは旦那様のものだから、旦那様が帰ってくるまで絶対生かすさ。」


 「……チッ。俺は壊れた方テントを立て直すぜ。あと、服着ろよハダカウサギ。」


 「……きゃああぁぁぁ!!!」


 だれも聞いたことのないかわいい悲鳴が拠点にこだました。


 風のようなの速さでローブを拾っていった鬼謀と入れ替わりに騒ぎを聞きつけたシーラとネイルが合流した。


 「なにがありましたウオ?」


 「いまバルンバルン走っていったのって……」


 「気にすんな、すぐ戻ってくるだろ。ふたりともファロに近づかないようにな。治療が辛くて暴れちまうみたいだからよ。」


 心配そうな二人をそれとなく注意して遠ざけ、焔羅は眉間にシワを寄せた。

 鬼謀がローブを羽織った状態でとんぼ返りをしてきたのが見えたからだ。


 「キャンプが襲われてる!」


 駆け出したのはネイルだった。

 メイドたちはニカとともに買い物代行や炊き出しを手伝っていたし、難民キャンプとの関係性も深い。

 シーラもそれを追いかけようとしたが。


 「まってまってまって!シーラは絶対駄目!」


 「なんでですかウオ?!」


 「狂血病は魔石がないものにしか感染しないからだよ!シーラは水の民でしょ!こっち手伝って!」


 鬼謀の必死の訴えにシーラの足が止まる、しかしネイルを見捨てるわけにもいかない。

 

 「先生、ネイルを!」


 「任せておけ。時に弟子よ、拠点に強い結界を張るのはどうだ。こっちはネイル一人連れて逃げるならなんとでもなる。」


 「わかったよ。朝になれば沈静化するはずだから日が昇ったら戻ってきて!」


 簡単に打ち合わせをすると山吹はネイルを追って駆け出した。


 「俺は街に行く、どうにも嫌な空気だからな。」


 そう言い捨てて焔羅の姿も見えなくなった。

 あっという間に拠点には鬼謀とシーラのふたりきりだ。


 「シーラは僕と一緒に!水も必要になるから準備して!」


 流れるように話が決まってしまい、シーラは不安を抱えながらも鬼謀の指示で水を出すのだった。

 



 冒険者ギルドはカーネギーで届いた戦争終結の一報を受けてごった返していた。

 海での警戒にあたっていた冒険者が一気に帰ってきて報酬の支払いや事務処理が全く追いついていない。


 「知らせが入る前にピッカ草を数え終わってたのがせめてもの救いね。」


 ウィンのそんな一言にミネアが首を振る。

 むしろ買い取ったピッカ草は普段は使わない古い葉っぱな上に海に出る人員の毒消し用だったのだ。

 七割方を買い上げる契約だったポルポ家よりはマシなものの、ギルドは大損もいいところである。

 海軍ではしばらくまともな毒消しは配給されないだろう。


 手を動かして。


 ミネアがそんなことを筆談で伝えてきた。

 たしかに喋っている場合ではなかった。

 受付の仕事は退屈な場面も多く、ミネアが一緒にいることもあってウィンは随分とおしゃべりになっていた、おかげで業務が滞ることもしばしばだ。


 ここ数日で有力な冒険者が少しずつポールマークを離れていったのは先に戦争終結の情報を得ていたからだろう。

 出立しなかった者もこの場にはいない、落ち着いた頃に受け取りに来るのか、そもそも報酬などに興味はないのかもしれない。


 カジャから注意しろと聞いている酔狂のメアリー、人食いガロウズが街に残っているのも気になるところだ。どちらも人殺しを目的として前線に来ているという噂がある。

 黄金のガルガドランがいるうちは目立った行動を起こさないだろうが、職員の間では絶対に油断するなという通達が回っていた。


 「水の魔法を使えるやつはいるか!神殿が燃えてる!」


 「おいおい、先にいくら出すか言えよ!」


 慌てて入ってきて叫んだ男がそう返されて面食らった。

 冒険者は慈善事業ではないが、緊急時にはタダ働きするようなお人好しも確かにいる。

 特に自分たちが拠点にしている街であれば大半のものが喜んで協力するだろう。


 しかし、間が運が悪いことにここに集まっているのは報酬をもらってポールマークの外部に出ていこうとしている冒険者たちだ。

 冷酷とも言えるような返しだが波風を立てるようなものはいない、かと思われた。


 「行きます!」

 「アエラ!空気読めよ!」

 「……はぁー……。」


 手を上げたのはいかにも新品といった装備を身にまとった魔法使いだった。

 抗議をする棍棒を持った戦士と長々とため息を付いた弓使いがアエラと呼ばれた魔法使いに引っ張られて出てくる。

 

 「助け合いは基本!狩人同盟は英雄を目指します!」


 「話聞け!おまえ水の魔法ぐげっ」


 「ありがとう!こっちだ!」


 トントン拍子に話が進んで狩人同盟はアエラに引きずられる形で男について行ってしまった。


 ポールマークの冒険者ギルドは港にあり、神殿があるのは住宅街だ。

 海に向かって坂になっているのだから道行きは上り坂である。

 狩人同盟は息を弾ませながら坂道ダッシュをする羽目になり、引きずられるのをやめた男二人は不満たらたらだ。


 「なんで、こんな、ことに!」


 「ほら、走る走る!」


 狩人同盟はとある村出身の狩人三人組で結成されているが、実はアエラが一番走るのが得意だ。

 次いで弓使いのサリール、戦士のガドはパワーは一番だがすぐにバテてしまうのだった。

 道の先にチラチラと炎が揺れているがまだまだ道行きは長い、依頼主の男などはしばらく前に脱落していた。

 つまるところ先頭を走っていたのは魔法使いであり、その襲撃を受けたのも魔法使いだった。


 「があああぁぁぁぁ!!!」


 ものすごい速さで走ってきた影にアエラが腕を掴まれて引き倒される、大口を開けて喉笛にかぶりつこうとしたソレはノーマルの女だった。

 咄嗟に撃ったサリールの矢が女のこめかみを貫いてアエラを掴んでいた手が緩んだ。


 「オラァ!」


 ガドが走ってきた勢いそのままに女を蹴り上げると数回転がって距離がひらく。 


 「アエラ、おい!」


 「あ、ご、ごめん。っつぅ!」


 アエラは恐怖で腰が抜けており、掴まれた腕は折れていた。

 ガドがなんとか担ぎ上げようとしているところに普段はため息ばかりであまり喋らないサリールの声が響く。


 「避けろ!」


 気づいたときにはガドの顔が掴まれていた。

 そのまま引き倒されるがガドは左腕で女の噛みつきをかろうじて防いでいる。

 サリールが再度弓を引き、女の胴体に矢が刺さるが女は怯みもしない。


 「くっ、そっ、があぁ!!」


 ガドは腰につけていた魔物解体用のナイフで女の首を力いっぱい切りつけた。

 首は篭手に噛みついたまま体と切り離され女はそれでもガドを掴んでいたが、数秒で力が抜けて死んだようだった。


 「くっそ、篭手買っといてよかった。」


 「……致命傷、なんで?」


 「わかんねえけど、ギルドに戻るぞ。アエラ、捕まれ。」


 「う、うん。」


 火事を消しに行ったはずの冒険者が大怪我をして帰ってきたことで冒険者ギルドも街の異常を察知したのだった。


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