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人魚の死と立ち上がりし病人

 マルクを尋問し、明け方までかかって干からびた死体を海に投げ捨てて、甲板にスープとお湯の用意をした。

 血やら尿やらは全部船に吸収されてしまうようで掃除いらずなところはちょっだけ羨ましい。


 船底の奴隷たちの中で壁に拘束されていた男たちはマルクの不興を買った部下だったので見えないところで処理をする。

 女子供は全部で二十三人、ビリジアン沿岸の貧しい村が丸ごと襲われたようで、半数以上はモリビトだった。

 忍と口を聞ける状態だったのは子どもを含めて数人、一番年長だったカログリアと名乗った豚耳の娘に仕切りを任せ甲板で出立の用意をするように頼んだ。


 「うへぁ。スカーレット商会超えてるかもしれないな。」


 思わず声が出たのは船内の一室にある樽の中身を見たときだ。

 水樽や保存食と別に大量の樽が積まれた部屋があり、大銀貨がいっぱいまで入った大樽が十四個、大金貨の入った大樽に至っては四十七個、その他の貨幣が雑に入った大樽が八個、部屋の中にぎっしりと詰まっていた。

 守銭奴の名に恥じない大金持ちである。


 「強盗の気分……。」


 愚痴りつつも船の荷物は根こそぎ奪い尽くす忍である、お金以外に高価なものはなさそうだったのでこの集団は筋金入りの拝金主義だったのだろう。


 マルクは上級冒険者だったが、裏ではミリオン商会と取引のあった奴隷商だった。

 この船を使って積荷を運び、それを隠れ蓑に沿岸の村を襲って奴隷を確保し売り飛ばすたちの悪い誘拐集団である。

 その流れでニカのことを知っていたマルクは港でニカが船乗りたちの騒ぎを収めたときに気づいてそれから虎視眈々と狙っていたようだ。


 そこにアサリンドの勝利で戦争が集結したという情報が回ってきた。

 ポールマークは襲われずに終わったため詰めていた冒険者たちの不満が溜まっていた。

 去る前に何かしらの行動を起こそうとしていたものは多く、マルクもこの誘拐で稼げなかった金を補填しようとした。

 エミリーにもなにか目的があったらしくマルクはついでに街を引っ掻き回してほしいと頼んで港を出発したらしい。


 この船に関しては海賊からたまたま奪っただけで、詳しくは知らないとのことだ。

 周りには精霊避けの結界が船本体には魔物を封じる結界が張られている、その要は船首像だ。

 船首像に行き先を念じて魔力を送ると勝手に進むアーティファクト級の魔導具、人食いによる回復機能付き、全くもってとんでもない船である。


 船内をざっと見て回り、人や物品が残っていないことを確認すると忍は甲板に向かった。

 忍を発見した奴隷たちの反応は怯えたり無反応だったりそれぞれ違っていたが、皆一様に懐疑的な視線を送ってきていた。


 「カログリアさん、皆さん落ち着きましたか?」


 「指示通り、体を拭いてスープも飲みました。」


 「ああ、いいですいいです。仕方ないですよね。私のことは信じなくてもいいんですが、これからこの船を沈めるので最低でも陸につくまでは団体行動してもらいたいんですよ。」


 「へ?」


 素っ頓狂な声を上げたカログリアを通り過ぎ、忍は夜明けの海を見下ろした。


 「【マルチ】【インクリ】【アイスウォール】!」


 ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ。

 特大の板氷が四枚重なり海に浮かんだ、忍はさらにそこにロープを垂らしていく。


 「はーい、ロープで降りれる人はロープでー。降りられない人は私が降ろしますのでこちらに来てくださいー。怪我しますから必ず足に布を巻いてくださいねー!」


 子どもたちが何人か船の縁につかまって目を皿のようにして氷を見ていた。

 ざわつくだけで動かない大人たちに忍は切り札を口にする。


 「せっかく作った氷が流れちゃうんで死にたくなかったら早くしてくださいー!」


 死という単語に過敏に反応した奴隷たちが我先にと集まってきた。

 注意を無視してに必死になって氷に降り立つ、効果はあったがこれではけが人が増えてしまう。

 奴隷たちの中にはまともに歩けないようなものもおり、そういった者は座るための木の板や布、桶を持たせて下げ緒で海面におろしていった。


 「足が張り付いてしまった人は海水をかけながらゆっくり剥がしてくださいー。それじゃー。」


 「えっ?えええぇぇっ?!」


 奴隷たちが全員乗ったことを確認して忍はロープをすべて外す、氷は後方へゆっくりと流れていった。

 忍は氷が船から離れたのを確認すると急いで舳先に向かう、心眼で確認すると魔力のもとは舳先の船首像だった。

 美しい女の上半身に立派な鱗の生え揃った魚の下半身、金の鎖に巻かれた人魚はものすごく精巧だった、ダビデ像並みだ。

 骨のような滑らかで白い材質の像、魔力は像の下半身、魚の胴体の中から感じた。


 「おそらくは魔石、大きさは抱えられるくらいか?」


 少しもったいない気もするが、こんな船が残っているとさらなる犠牲者が出る。

 忍は慎重に手を伸ばし、ソウルハーヴェストでそこを貫いた。

 少し抵抗があったが力を入れると中で何かが砕ける。


 ひいいぃぃぃぎゃあああぁぁぁぁぁ……!!!!


 人魚の像が目を剥いて耳をつんざくような高音の叫びを上げた。

 忍がびっくりして飛び退くと人魚はものすごい勢いで老いさらばえ、それに呼応するように船が朽ちて崩れていく。

 忍は慌てて【アイスウォール】を作り、その上に飛び降りた。

 しばらくして干からびた船体が乾いた音を立てて割れはじめ、最後には細かい木片となって海に流れて散ってしまった。


 「……絶対魔王とか悪魔とかの断末魔だよね、怖い。」


 波に揺られて浮かぶ忍の感想も風に乗って消えていった。

 流れていった氷を追いかけるべく忍は白雷に迎えに来てもらうのだった。




 忍がニカの救助に向かってしばらく、ファロの診察を終えた鬼謀がテントから出てきた。

 焔羅は言いつけどおり鬼謀に左手を診てもらう。


 「ああ、ちょっと待ってて。うん、割ときれいに処置されてるね。これならすぐにでもつけられるかも。」


 「何の話だ?」


 鬼謀は指輪から木製の義手を取り出した。

 

 「マクロムで合流する前に旦那様に相談されて、使う機会があるかもしれないからって二人でコツコツ作ってたんだ。まあ、試してみてよ。」


 焔羅は差し出された義手を半信半疑で左手に付けた。

 義手は動いたりするようなものではなく、形だけを真似たり、鉄棒を付け替えながら使うようなものしかないはずだった。

 鬼謀の取り出した木製の義手は手の格好だけではなく指も曲がるように複雑に作られており、手と接する部分には魔法陣が仕込まれていた。


 「腕から手先に魔力を流してみて、びっくりするから。」


 焔羅は言われるがままに魔力を流してみる、魔法陣が起動したのがわかったがこれがどうだというのだろう。

 鬼謀は魔力が通ったのを確認すると水を持ってきて、焔羅の義手の指先を水につけた。


 「……つめてえ。」


 「うん。じゃあ動かしてみて、普通に手を使うみたいに。」


 「……おい、こりゃどういうこった?動く…触った感じがする…おい、これ…。」


 「すごいでしょ。念話と感覚を増幅する魔法陣をいじって体と義手、両方の感覚を伝え合う魔法陣を作ったんだってさ。役に立ちそう?」


 「役に立つなんてもんじゃねえよ。こんな、こんなのアーティファクト級じゃねえか。マクロムのいや、今のどんな魔導具技師だってこんなの作れねえだろ。」


 「だよね。僕もできない。魔法陣は教えてもらったけど、旦那様の細かい木工技術じゃなきゃ無理さ。あ、魔力がなくなると使えないから気をつけてね。」


 鬼謀は焔羅に手袋を渡すとさっさと薬を作りに行ってしまった。

 唐突に戻ってきた左手の感覚に戸惑いながら、焔羅は渡された手袋越しにいろいろなものを触ってみた。

 この手袋も特別製らしく妙に薄手だが透けたりはしない、指先の感覚はきちんと伝わってくる。

 ナイフを持ってもグリップが効く、これなら左手でも戦えそうだ。


 暗闘の世界に信じるという言葉はない、心を許せば隙を生む、生まれた隙は死に直結する。

 教育された価値観は焔羅の奥深くに根ざしている。

 そんな焔羅の頬を無意識に涙が伝っていた。




 難民キャンプは日が落ちるとほとんどのものが寝静まる。

 娯楽もない、明かりもおいそれとは使えない、街に入るにも金がかかるので買い物などは忍をはじめとする手形を持っている有志の行商人が代行していた。

 そんな状態でも長い夜の間にはいろいろあるもので、トイレにおきた女の子がテントから出てくる人影を見かけた。

 あそこは病人がいるから近づいてはいけないと言われていたはずだ、月明かりに照らされた顔はいつも炊き出しで料理を作ってくれるジェーだった。


 「おじさん、大丈夫?元気になったの?」


 おじさんはゆっくりと振り向く、そこで衝撃が走り女の子は意識を失った。

 ごきりと首が折れ、噛みちぎられた喉から空気が漏れる。

 そのうち溢れた血が溜まってゴボゴボと赤い泡がこぼれたが、ジェーはその血をジュルジュルと啜り、天に向かって咆哮を上げた。


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