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守銭奴のマルクとエターナルメロウ号

 海には障害物が極端に少ない、澄み渡った空には星空が広がり、夜中にも関わらず妙に明るかった。

 穴だらけの崖の近くをひっそりと進む船は上空から丸見えだったが、全く光が灯っていない。

 いくら明るいといっても夜である、ニカも乗っているのに危険な航海はしないでもらいたい。

 船の様子に首をひねっている間に烏で偵察をしていた千影が理由を探り当てた。


 『忍様、船に強力な精霊避けが施してあるようで近づけませんでした。岸の崖はハーピィの住処のようです。』


 「精霊対策をされてるのか。これ、前々から私達が出かけるところを狙っていたのかもな。」


 うろ覚えだがペンタルンとポールマークの間にハーピィの住んでいるとろがあると聞いた気がする。

 あの穴の一つ一つがハーピィの巣なのだろう、船に気づかれないようかなり遠巻きに観察しているせいで詳しい様子はわからない。


 「んー、仕方ない。千影、あの崖のハーピィが襲ってこないようにしてくれ。船には私と白雷で行く。」


 『いけません。危険です。』


 「勝算はあるんだ。ほら、シジミールの地下に行ったときと一緒だよ。むしろ途中でハーピィに襲われる方が危ない。だいたい精霊避けでついてこれないでしょ。」


 『代案があります。遠隔から大魔術で船を沈めるのはいかがでしょう。』


 「千影さん、ニカさんを殺す気ですか。」


 『……申し訳ございません、崖にいかせていただきます。』


 千影の気配がなくなる、渋々従ってくれたようだ。

 ニカを助けるって言ってるのになんで船を沈める話になるのか……沈めるかもしれないけど。


 『忍は怖い顔してないで早く終わらせてお風呂に入るの。』


 「怖い顔、してたか?すまないな、ここは大胆に正面突破で行こうか。」


 忍はソウルハーヴェストを取り出してポケットに用意した魔法陣を確認する。

 思考停止気味の忍は一番早くて頭の悪い方法を取ることにした。


 「白雷、突貫!」


 ぷおおおおおぉぉぉ……


 気合の咆哮を上げた白雷が加速する。

 忍が亀甲で守るをかけた状態での白雷の流星アタック、これなら生半可な攻撃は効かないし安全に船に乗り込める。


 「ぷお?!」


 甲板をめがけて直進していたのだが直前で白雷の力が抜けバランスを崩した。

 そのまま忍と白雷は船の土手っ腹に突っ込んで、それが開戦の合図となった。


 怒号と足音が響く船の中、白雷はぐったりとしてしまっていた。

 亀甲で守るのおかげで外傷はないものの敵に見つかるのも時間の問題だろう。


 「大丈夫か?変なとこ打ったりしたのか?」


 『なんかへんなの。ちからがはいらないの。』


 「力が…痛かったり苦しかったりするか?どこかおかしいところは?」


 『たぶん大丈夫なの。力が抜けちゃってるだけなの。でも、無理に動くと変身が解けちゃうかもなの。』


 「げ。」


 白雷の本来の姿は空を飛ぶ巨大な鯨だ、ここで本来の姿になれば間違いなく船が沈む。


 「私がニカを助けるまで我慢できそうか?」


 『頑張ってみるの。』


 「わかった。危なくなったら遠慮なく変身を解いて逃げること。一人でもね。」


 忍は近くにあった樽の影に白雷を移動させると部屋を飛び出した。

 

 「いたぞ!黒マントのデカいやつだ!」


 「【ファイアボール】」


 忍は天井を狙った、振ってきた木片で白雷のいる部屋の入口が埋まる。


 「うおっ?!消火しろ!」

 「火の魔法なんか使いやがったぞ?!」

 「相手は一人だ回り込め!」



 男たちは海賊風の格好だった、実は一般人でしたなんていうオチはなさそうで少し安心した。


 追っ手が回り込んでくるまでの少しの時間、忍は目をつぶって集中し船の中を探る。

 大きな魔力の反応が、五つあった。

 一つは部屋の中の白雷だ。

 残りは船底に二つ、甲板に一つ、船首方向に一つ、ニカは船底の檻に入れられているようだ。

 船首と甲板の魔力は感じ取ることはできても忍の心眼の範囲外だった。


 「くそ、船底になんでこんなに人がいるんだ?!」


 手錠で拘束されたうえに猿轡を噛まされてかなりの人数が船底に押し込められている、どうやら奴隷のようだ。

 ニカは変身が解けて気を失っているようだし、もう一つの魔力反応はなんとも表現しがたいものだった。

 表面はつるりとした殻で覆われているようで、巨大な水生生物の卵のような球体だ。


 「おちつけ、最優先はニカだ。」


 忍は余計なことを考え出しそうな頭を振った後に近くのドアを開けて中に滑り込んだ。

 一度試してみたかった技をするためにソウルハーヴェストを鞘から抜き放ち船室の床に突き立てる。


 「石川なにがし式移動術。」


 忍がくるりと一回転すると、床がきれいに丸く切れて下の階に落ちた。

 この船は甲板、中層階、船底の計三階層なので一回で船底に着いてしまった、少し物足りないがこの移動術が忍でも出来ることは証明された。


 船底はひどい匂いだった。

 捕まっていた奴隷たちはいきなり降ってきたおっさんに胡乱げな目を向けた。

 転がされている女子供も壁に鎖で繋がれた数人の男も痛々しい傷跡が全身に刻まれている。

 忍が少し動いたら近くの女が足を開いた、それだけでここにいる者がどんな扱いを受けているかよくわかった。

 すべてを諦めきったような澱んだ空気が船底に充満していた。


 「……ニカ!ニカ!」


 声をかけるとちょっと身動ぎしたので忍は檻の鉄格子を切ってニカに近づいた、謎の球体を警戒しながらニカの肩を揺する。

 この球体、魔導具の類の可能性もあるか、表面の質感がビニールっぽい雰囲気だがなんだか硬そうな気がする。


 「ニカ、動けそうか?」


 ニカがゆっくりと首を横に振る。

 おそらくは白雷と同じような症状なのだろう、ニカの口がパクパクと動いてなにか伝えようとしている。

 耳を近づけるとなんとか絞り出した声でいくつかの単語を話していた。


 「船……魔導具………魔物、封じ……。」


 「魔物を封じるなにかがある?」


 ニカは静かに頷いてまた目を閉じた、白雷よりも消耗具合がひどいようだ。


 ますます脱出を急ぎたくなったが、忍は振り返って船底の状況を確認する。

 虐げられた奴隷たち中には痩せこけていたり死んで干からびてしまっているものもいる、逃げるには明らかに足手まといだ。

 忍にとっていちばん大事なのは従者、しかし、いくら言い聞かせてもこれを放置できるほど忍は徹しきれていなかった。

 船ごと沈める案はこれで使えなくなった。

 

 「もう少し辛抱してくれ。ここのほうが安全だから。」


 忍は聞いているかどうかわからない奴隷たちを含めて聞こえるように声を上げ、ニカを背負って降りてきた穴から中層階へと戻った。


 中層階の部屋で今度は船の外側に穴を開ける。

 海が荒れている訳では無いがそれなりに船は揺れている、顔を出して確認すると白雷と突っ込んだ部屋の穴が見えた。

 白雷の尻尾が穴からはみ出していた、まずい、かなり大きさが戻ってしまっている。


 その時、部屋の入口を開けて男が入ってきた、微妙な空気が流れる。

 

 「この野郎!ぶっ殺してやる!」

 「伸びろ!!」


 ソウルハーヴェストの下げ緒が白雷の尻尾に巻き付いた、そのままニカと一緒に船の外へ飛び出す。

 尻尾がいきなり重くなった白雷はバランスを崩して船から落ちていく、当然白雷に捕まっている忍たちも一緒に真っ逆さまなわけで。


 「あ。」


 ぷおおおおぉぉぉ……ぼちゃん


 みんなで仲良く夜の海に投げ出された。


 船からは追撃の矢が飛んで来たが忍が矢をそらす魔術で耐えていると次第に船が離れていった。

 それとともに白雷もニカも急速に動けるところまで回復した。 


 「忍さん、忍さん忍さん忍さんー!信じてた、信じてたよー!!」


 「に、にが、じまっでる、じまっでる。」


 『やっと終わったの、さっさと帰るの。』


 「ま、じょっどまっで。まだ。まだだがら。」


 「忍さん忍さん大好き!もう離さないー!」


 「じょ、じょ、ジズゲ!」


 「きゃああぁ?!」


 ニカが悲鳴を上げて離れた隙に忍はなんとか呼吸を取り戻した。

 いざというときに使えるようイメージトレーニングをしていたとはいえ、こんなところで【従僕への躾】を使わなきゃならないのが物悲しい。


 「ゲホッゲホッ……ふたりとももう大丈夫なのか?」


 『大丈夫なの。』


 「ううー、しのぶさんひどい。」


 ニカには悪いがここで絞め落とされるわけにはいかない。


 「感動の再会は後だ。白雷は千影と合流してニカを守ってやってくれ。崖で待っていてほしい。」


 『忍はどうするの?』


 「あの船にまだ用がある。それに、気になってることもあるんだよ。」


 『えー、まだなの。』


 「頼む。ニカももう少し我慢してくれ。ほら、白雷にしっかり捕まって。」


 「うー……うん。」


 急いで白雷とニカを送り出した忍は冷たい水に浮かびながら深呼吸する。

 体力を奪われきる前に忍は特大の【アイスウォール】を作り出しその上によじ登るのだった。




 海賊船・エターナルメロウ号。


 海難事故で偶然発見された島に停泊していた朽ちかけの船は海賊旗をたたえた帆船だった。

 船首像の位置に鎮座する鎖を巻かれた人魚の髑髏はとても不気味で気がついた水の民はすぐに島の何処かへ逃げていってしまった。

 島に流されてきた船乗りたちはボロボロの船に望みをかけて内部を探索したが食料などはまったくなく、船底の錆びついた檻に鎮座した大きな球体以外に無事な物品はなさそうだった。


 一人の欲深い男が、髑髏の腰元に金の鎖で巻かれたきらびやかな宝飾品があるのを見つけた。

 このような場所でそんなものが価値を持つわけがないのだが、愚かにも男はそれに手を伸ばしその鎖に指先が触れた。


 うぎゃあああああ!!!!


 男の体はみるみるうちにしぼみ、干からび、ミイラのようになって倒れた。

 船首像は下半身を取り戻し、船は男たちを乗せて海の上を滑るように動き出した。


 飢えと乾きの中、船乗りたちは殺しあいそれらをしのごうとしたが、血は船に吸収され、死体はすぐに干からびてしまった。


 そうして七日七晩の航海の後、エターナルメロウ号は現在のビリジアンにある浜辺に流れ着いた。

 船首には艶めかしく美しい金の鎖を巻かれた人魚の船首像が据え付けられており、立派なマストには古びた海賊旗がはためいている。

 発見された船は新品同様で中もきれいなものだったが、明らかに殺し合いをしたような干からびた死体がそこかしこに倒れていた。

 甲板で座っていた死体の懐からこれらの状況が書かれた日誌が発見され、この船は人食い人魚の海賊船として語り継がれることとなる。

 

 そんな不気味な船は面白がった貴族によって買い上げられ、船着き場に放置されていたところを何者かに盗まれた。

 噂が噂を呼び、そのうち貴族に高く売れると偽物が作られて、人魚の船首像をつけた船はどこの港でも停泊しているようなありふれたものとなった。


 本物のエターナルメロウ号は今も人を喰らいながらどこかの海を彷徨っているのかもしれない。




 忍は分厚い板氷を三角形に切り【ウォーターガッシュ】を推進力にどんどんと船に迫っていた。

 水上を移動する轟音はもはや隠れることなど想定しておらず、甲板にはならず者たちが何人も集まっているのが見えた。

 追撃者に対してやつらが持ち出してきたのは先ほどと同じく矢だった、放物線を描いて飛んでくる凶器に忍は指で弓矢を型取り左手を真横に振って魔術を発動する。


 矢はまるで氷を避けるようにばちゃばちゃと海に落ちて一本も当たらない。

 忍は左手から追加で水流を出してずれてしまった方向を軌道修正しながら船に迫っていく。


 「畜生!当たらねえ!」


 ニ射、三射と射っても全くひるまず、獲物を狙うサメのような速さで迫ってくる船に海賊たちは浮足立っていた。

 そうして焦ったうちの一人がついに照明具にに火をつけてあたりを照らす。


 「ばかやろう!」


 照明をつけた男が殴り飛ばされたことを皮切りに一部のならず者たちは殴り合いになっている。

 仲間割れ、混乱、暴力、甲板の上は地獄と化した。


 そんな事はつゆ知らず、忍は下げ緒を伸ばして切り開けた穴から船内へ入り込んだ。

 上から物でも投げられるかと警戒していたがそんなことはなく、魔術と魔法と操船の超忙しいマルチタスクをこなしきれたことに安堵して一息つく。

 宵闇のマントで姿を消し、そっと船内に足を踏み入れた。


 騒がしい甲板を避けて内部から船首のほうに向かおうとするが、強い魔力がこちらに近づいてくるのを感じる。

 忍は近くの船室に身を隠して目をつぶり、息を潜めた。

 船の中を歩いてきたのはやはりポールマークの倉庫で見た冒険者で、大柄の鈍器使いと言い争っていた細身の魔術師風だった。

 もう片方は見たことのないバンダナ男だ。


 「あの豚め、精霊と魔物に頼りきりの成金神官野郎じゃなかったのか?船は半壊、人型の魔物も奪い返されてとんだ損失だ。そのうえ殺れてもいねえってのはどういうことだ?」


 「それが、従魔術と精霊魔術以外に不思議な剣を持っているようで、船底の鉄格子が切られてやした。鞘に下がった紐みたいなもんが伸びるって話もありやす。」


 「チッ、アーティファクトかよ。売れるもんならやる気も出るがわけの分からねえアーティファクトは害にしかならねえからな。それよりも船底のガキ何人か殺しとけ。船底に穴が空いてからじゃ余計に奴隷を消費しちまう。遊ぶなよ。」


 「わ、わかりやした。守銭奴の兄貴。」


 守銭奴と呼ばれた細身の男は機嫌を良くして甲板の方へ上がっていった。


 「まったく兄貴は恐ろしいお人だ。船底はあんまり行きたくねえんだよな。臭えしあの丸いのは不気味だし病気になっちまいそうだ。」


 ブツブツ口をこぼしながら兄貴の指示を受けたバンダナは反対方向に向かうようだ。

 忍は頃合いを見計らって静かに戸を開けるとバンダナの方の後を追った。


 伸ばした下げ緒を両手に持ちバンダナ男に後ろから襲いかかると首を絞めながら近くの船室に引きずり込む。


 「動かない、大声を上げようと息を吸えば殺します。こちらの質問に答える気はありますか?」


  拘束で頷くバンダナ男の首を絞めていた紐を少しだけ緩めてやる。 


 「あなたは奴隷を殺しに行くようですが、なぜそんなことをするんでしょうか?」


 「こ、この船の中で人が死ぬと船が勝手になおるんす。死体は一瞬でカラッカラに乾いちまうから人食い人魚の船なんて呼ばれやす。」


 「人食い人魚ですか?」


 「船首像が人魚なんす、なんでも最初は骸骨だったらしいですけど今じゃあ金の鎖が巻かれて顔も体もきれいなもんで。」


 「船長さんはどなたですか?」


 「守銭奴のマルク兄貴っす。金を稼ぐためには何でもするお人で守銭奴って名前も気に入ってるみたいっす。人をバッサバッサ斬るくせに外道とか冷血とかって呼ばれると怒るんすよね。気難しくって…。」


 段々と軽いノリで喋り始めた男に忍も疑問をぶつけていくが、船底の球体や船自体のことはそれ以上わからなかった。


 「あ、つい話し込んじまった。そういうわけで俺ガキを殺しにいかなきゃいけないんすけど……」


 「ああ、もういいですよ、殺さないで。」


 まるでノリの軽い学生、なんでもないことのようにガキを殺すと言い放ったバンダナ男は一瞬で塵になった。

 忍にはわかってしまった。

 彼は狂っていたのではない、それが彼にとっての当たり前なのだと。

 ただやらなければならない作業として人殺しを遂行しようとしていたのだと。


 自覚している腹の底から湧き上がるような嫌悪感はこの世を生きるものから見ればただのわがまま、この場で異質なのは忍なのだ。

 わがままに偽善をしよう、奴隷も賊も同じ人、その人の命を奪い生かすものを選ぼう。

 忍はなんとか言葉を並べて心が潰されないように抵抗する。

 まだ早い、まだ早いと心の中でつぶやきながら掃討すべき者がいる甲板に向かった。




 「てめえら!なに騒いでやがる!奴はすでに船に乗り込んで来た!相当な手練れだ!さっさと血祭りにあげろ!無様に泣き叫び許しを請うてもどうにもならない相手に喧嘩を売ったとわからせてやれ!」


 マルクの一喝で荒くれ者たちは静まりかえると、我先にと武器を手にして船の入口に殺到した。

 マルクにとっては奴隷も部下も関係ない、有能であることを示せなければ売られる側に、最悪なら首を切られて船の餌だ。

 どこか浮足立った雰囲気は鳴りを潜め、ならず者たちはギラギラとした殺気を纏う歴戦の兵の顔つきとなった。


 「ったく、最初から真面目にやれっての。しかし、これだけ騒いでもハーピィが来ないってのはどういうわけだ。」


 いくら光が漏れないようにしていてもうるさければ襲撃されておかしくないはずだが、空は静かなものだった。

 マルクは静かになった甲板から土手っ腹に空けられたという穴を確認する、奇妙な触手のようなものがうねうねと絡まってかさぶたのように盛り上がり穴を埋めていた。

 その様子は生物の傷が治っていく過程に酷似していた。

 

 「きっしょ。ま、有用なのは間違いない。」


 何人か奴隷を殺したのだろう、夜明けまでにはきれいになっているはずだ。

 その結果に満足していると、かさぶたのような場所がいきなり元通りになった。


 「あのバカ殺しすぎだ。無駄に商品減らしやがって、あいつは奴隷行きだな。」


 栄養を与えればそれだけ早く傷口は治っていく。

 これでまた壁が壊されでもしたら更に商品が減るってのに計算できないやつはこれだから駄目だ。

 わざわざガキを指定した意味がわかってない。


 「ガストも落ち目で奴隷商売もそろそろ潮時かね。」


 マルクはすでに終わった気でいた。

 高い金を払って雇っている分、腕っぷしという面だけは信用していたからだ。

 上級程度なら確実に殺せるだけの戦力、特級相手だって集まればいい勝負をするであろう殺人集団。

 そんな部下たちが大慌てで逃げ帰ってくる光景を目の当たりにするなどマルクには全く想像できていなかった。


 「うわああ!!」

 「お助けぇ!!」

 「来るな!来るなぁ!!」


 勇ましく船の中に降りていったはずの屈強な男たちは臆面もなく叫び声を上げて甲板になだれ込んできた。

 まだ十人以上はいるもののその数はすでに半分以下、そして最後に甲板に出てきた男はなにかに巻き付かれてその場で塵となり、風に吹かれてサラサラと飛んでいってしまった。

 その宝石のついた紐のようなものは扉の開け放たれた船の中にシュルリと戻ると一度攻撃は収まったようだった。


 「なんか!見えねえけどなんかいるんだよ!切りかかったやつは真っ二つにされちまった!魔法もかき消されちまう!」

 「冗談じゃねえ!俺はこんなところで死にたくねえ!」

 「兄貴、やべえ!やべえよ!船の呪いだ!!」


 「うるせえ!そんなわけねえだろうが!姿を消しての奇襲だ!ずいぶん卑怯じゃねえか!蜘蛛殺し!」


 忍はそう叫んだマルクに返答代わりに【ファイアボール】を打ち込んだ。

 マルクは船の呪いなんて馬鹿な報告をした男を片手で持ち上げて火球に投げつける。


 「ぎゃあああ!!」


 断末魔を上げた男が甲板にドシャリと倒れると、その体がゆっくりとしぼんでミイラのようになってしまった。

 マルクがはっきりと魔法の出どころを視界に捉えたことを確認して、忍は姿を表す。


 「さて、なんでエミリーとかいう女がいないんですかね。ニカを売って逃げてしまったってことでしょうか?」


 「あの酔っぱらいのミスかよ。金は払わねえぞ。」


 「なるほど。雇い主は貴方の方ですか。魔術師にしては力持ちですね。」


 「魔術師と名乗った覚えはないんでな。囲め!」


 短剣を抜いたマルクの号令に部下たちが動いた。

 統率の取れた動き、広がった状態から徐々に包囲の輪を狭めてくる。

 号令一つで士気が持ち直すのはマルクが優れた指揮官だということを物語っている。


 忍は目を瞑った。


 「なんだ?」


 敵を目の前に隙だらけになるやつなんていない、マルクは忍の行動を見て突っ込むのを躊躇した。

 何かを狙っているのか、明るい夜で視界は良好、魔物も精霊もこの船ではまず動けない。


 「……眠くなっちまったなんていうわけじゃねえよな。」


 忍は返事をしない、全く無視されている。


 「おいおい、いきなり諦めたか?謝ったって許してやらねえぞ!」


 間違いない蜘蛛殺しは何かを狙っている。

 切り込むか、いや、あの黒い紐のついた剣がある。

 魔法か、いや、効かないと報告を受けた、実際に撃ってみるか。


 「面白い男がいましてね。」


 「は?」


 マルクが動こうとしたとき、忍がゆっくりと話しはじめる。


 「面白い男がいまして決闘のときにさんざん逃げ回って勝ってしまったんですよ。そいつは剣の技量が高いわけではなく、決闘の相手は研ぎ澄まされた歴戦の剣士です。剣士は男があまりにも無様に逃げ回るので決闘を汚すなと怒り、剣筋が鈍っていきましてね。」


 「何の話だ?」


 「鈍った剣筋はだんだん男が受け止められる程度になり、最後には鍔迫り合いになったんですよ。そこで男は不意に剣士の後ろに視線を外して何かに驚いたんです。とても恐ろしいものを見たというような顔でね。そこに、何がいたと思います?」


 いつの間にかマルクは話に聞き入っていた、決闘前に長話をするような相手は過去にもいたし、それが不利に働いた覚えはなかった。

 せいぜい自慢話がうざったい程度だ、むしろ気持ちよく喋らせたほうが気持ちが緩むので与し易くなる場合さえあった。

 部下もヤジも飛ばさず聞き入っているのは単純にこの話のオチが気になるからだろう。

 マルクも先が気になっていた。


 「何もいなかったんですよ。それに気を取られた剣士は振り返って剣を薙いでしまい、その隙に男は剣士の背中を切りつけたんです。決闘は男の勝ち、剣士は体力を削られて判断が鈍ったところに後ろからの不意打ちを示唆されて、経験から幻の不意打ちに反応してしまったんですよ。」


 話し終わった忍が目を開ける。


 「貴方の後ろにもなにかいますね。」


 「は?なんだそりゃ?振り向くわけねえだろ?」

 

 「それは残念。まあ、疲弊させるために時間を稼いだってことですよ。」


 船が波に押されて大きく揺れた。

 その揺れに合わせるようにマルクの部下たちが一斉に崩れ落ちる。

 部下たちは動かなかったのではない、【白蛇の凝視】によって動けなかったのだ。

 忍はソウルハーヴェストを抜き、気絶している手近な男を刺して塵に変えた。


 「は?……は?」


 「三人…四人……半分くらいは船に食わせてみましょうか。」


 マルクは反射的に走り出し、船から飛び降りようとした。

 しかし、マルクの足に黒い紐が絡みつき、マルクは振り子の要領で船の外側に叩きつけられた。


 「逃げる、という判断は正解でしょう。成功しなかっただけです。貴方は頭が良かったから、こうなってしまったんでしょうね。」


 「す、すまなかった!金は全部やる!!あんたをこの国一の金持ちにしてやる!!だから」


 「謝ったって許してあげませんよ。」


 壁にぶつかった痛みを忘れるほど背筋を冷たいものが駆け上がった。

 頭の良いマルクはこれからどうなるのかを想像して青くなったが、忍はそれ以上のことをマルクが事切れるまで執拗に行った。


 お読みいただきありがとうございます。


 「続きが気になる」と少しでも感じましたら、ブックマークと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けますと嬉しいです。

 いつの間にやら反応が反映できる新機能もついたようなのでお気軽にポンと押していってください。


 是非ともよろしくお願いいたします。

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