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脳死采配

 拠点に到着してすぐにファロはへたり込んでしまった。

 かなりの熱が出ていたので急いで寝床の用意をしてファロを寝かせる。


 「ファロさん疲れてるんですコン。ゆっくり休んでくださいコン。」


 「うう…ごめんなさいモー。ううう……ご主人様に合わせる顔がありませんモー。」


 「そんなことないですコン。ご主人様が帰ってきたらきっとよく頑張ったって言ってくれますコン。」


 ファロはしばらく唸っていたが濡らした手ぬぐいを何度か取り替えているうちに眠ってしまった。

 山吹が帰ってくるまでに家事をすませるべくネイルは静かに立ち上がった。


 忍が作る魔法陣は画期的で生活に役立つものばかりだ、ジェットバスや体を乾かすときに使っている温風魔法陣、魚や獲物を気絶させる雷の魔法陣、いまネイルの使っている洗濯魔法陣も忍の作り出したものだ。

 水と洗濯の実と洗濯物を桶に入れて魔力を流す、水流に揉まれて布がきれいになる。

 冷たい水を我慢して洗濯物を踏み洗いするよりも簡単で早く洗い上がる。

 忍は完成していないし売らないと言っていたが、使用人にとっては夢の魔導具だ。


 「ぐるぐる回る水をみていると目が回ってくるのだけが難点ですコン。」


 洗濯桶をかかえて真剣に魔力を送り続けるネイルだったが、段々と拠点に近づいてくる足音に顔を上げた。

 歩いてきたのは露出度の高い派手な格好で酒瓶をぶらさげた娼婦のような女だった。


 「シノブ、という冒険者がいるのはここかしら?」


 「ご主人様は不在ですコン。よろしければ言伝…を?」


 よそ行きの顔を作って対応したネイルに女はつかつかと歩いてきて至近距離で無遠慮に全身を確認して……いきなり胸を揉んだ。


 「きゃああああ?!」


 「……五年、いや、あと三年くらいかしら。」


 「ちょ、やめ…だめぇ!【ウィンドハンマー】!」


 涙目になりながら打ち出した初級魔法を女はひょいと避ける。


 「無詠唱…魔法の腕は認めるけどうぶな子ねー。このくらいで噛みつくようじゃこの世の中やってけないわよ?」


 「ふざけるなコン!!」


 ネイルはそのまま二度三度と【ウィンドハンマー】を打ち出したが女はひょいひょいと軽いステップで魔法を避けながら距離を取った。

 ラッパ飲みをしてはまるで観察するようにネイルを値踏みしているのがよく分かる、胸の小ささは気にしていたのでその無遠慮な視線に怒りが募った。

 敵意むき出しのネイルの様子に女は訝しげに首をひねっている。


 「おかしいわね。なんでそんなに嫌がるの?」


 「お帰りくださいコン!慎みや恥じらいは大切だとご主人様は教えてくれましたコン!名も名乗らずいきなり家人を辱めるような奴は客ではないコン!」


 「……面白い子ねー。あたしはメアリーよ。もし困ったことがあったら相談に乗ってあげるって蜘蛛殺しに伝えておきなさい。」


 メアリーは唐突に自然な動作で酒瓶を投げてきた。

 ネイルが自慢の爪で酒瓶を真っ二つにするが、メアリーの姿は影も形もなくなっていた。


 「気配は……なし、最低の女でしたコン。」


 ネイルは憤りながらも仕事に戻った。

 このあとすぐに帰ってくるはずのニカが帰ってこず念話を試みるも応答なし。

 ファロを置いて行くこともできないネイルは、山吹が帰ってくるまで嫌な気持ちを抱えながら拠点で過ごすのだった。




 山吹は拠点でネイルの話を聞いて状況がかなり悪いと見積もった、メアリーという女はかなりの手練れだろう。

 見えづらい風の魔法の不意打ち、追撃まで涼しい顔で避けきった上に余裕綽々という状態、その実力に加えてメアリーは蜘蛛殺しとの交渉を望んでいる、何らかの要求があるということだ。

 立て続けにおこった問題とも無関係ではないのだろう。

 ニカもネイルも能力だけなら上級冒険者を軽く超えている、戦闘の経験が少ないといえど有象無象では相手にならないはずだ。

 何かに巻き込まれたとしても逃げおおせるくらいのことは出来ると踏んでいたが、連絡もなしということは捕まったか、最悪殺された可能性もある。


 山吹の頭が急速に冷えていく緊急事態だ。


 「ネイル、カーネギーで連絡が取れるはずゆえ冒険者ギルドで主殿を呼び戻してもらいたい。道中喧嘩を売られても戦わず逃げることを優先すること。我はファロに回復魔術をかけながら待つ。頼めるか?」


 「山吹さん、なんか怖いですコン。わかりましたコン。ニカさんもついでに探してきますコン。」


 「馬鹿者!ニカを探すのは後だ!まっすぐ連絡して戻ってこい!」


 「ええっ?!」


 山吹に一括されてネイルは全速力で冒険者ギルドに向かうのだった。




 「あだだだだ……。」


 夜の帳が下りた頃に届いた連絡でファロとニカの現状を知った忍は驚いた拍子に変な力が入って足が攣っていた。

 つま先を手で掴みふくらはぎを伸ばしながら手紙を読むが、カーネギーが運べる紙の大きさなどたかが知れているのでくわしい情報はわからなかった。




 山吹は拠点を守っているようなので、忍は白雷を呼び全員をポールマークまで運んでもらう。

 二カとは【同化】でも連絡が取れなかったが、神々の耳飾りの地図で海の上にいるようだ。

 死んでしまったら表示は消えるはずなので命は無事なようだ、誘拐だろう。

 犯人にはやらかしたことをたっぷりと後悔させてやる。

 ニカが心配なこともあるが疲れや苛立ちをぶつけるのには格好の的だ、忍の腹にどす黒い感情が溜まってきていた。

 

 『くさいの!みんなくさくさなの!』


 「わ、わかった。わかったから角でぐりぐりするのをやめてくれ。鬼謀はファロの様子を、山吹とネイルはこっちで何があったか報告してくれ。」


 白雷の発言に地味に傷つく、仕方ないんだが心苦しい。

 忍はアキレス腱伸ばしの要領でふくらはぎを伸ばす運動をしながら手早く指示を出していく。

 呼ばれた山吹とネイルは忍の前で土がつくのも構わずに土下座をした。


 「主殿!この度はまことに」

 「そういうのいいから!反省は後!」


 痛みと疲れで考える余裕がない。

 山吹の行動は読めていたので速攻で謝罪をぶった切り、とにかく情報を喋れと急かす。

 その焦りように不自然さを感じつつも山吹とネイルは知っている限りのことを話した。


 「ネイル、メアリーって女の特徴は?」


 「はいですコン!娼婦のような格好で酒瓶をラッパ飲みしてましたコン!長い茶髪を腰元で一纏めにしてましたコン!いきなり胸を揉まれましたコン!」


 「はい?」


 概ね状況は頭に入ったが、胸を揉まれたの一言で吹っ飛びそうになった。

 戦わなければならない理由が一つ増えたのでネイルの頭を撫でておく。

 ん、いや、待て、なんだか最近そんな女を見た気がする。

 忍は記憶を頼りにサラサラと地面に絵を描いた。


 「それ、こんな人?」


 「そうですコン!お知り合いですかコン?」


 「知り合ってはいないはず、かな。」


 メアリーは忍が調査依頼を受けた際、倉庫の隅で寝コケていたあの冒険者だった。

 外見はノーマルだが変身していたわけでもない、保有する魔力は魔人よりも多く感じた。

 あの場で眠っていたのも実力に自信があるからだろう、振る舞いから間違いなく特級、山吹の予想も当たっている。


 特級冒険者と本気で正面衝突となると、勝ち負けは置いておいて街のほうが心配になる。

 最低でもカジャには話を通しておかねばならないだろう。


 「いや、そんなことしないでもいいか?首謀者は置いておいてまずはニカを助けるなら街に被害は出ないか?」


 「お待ちください、ニカの居場所はわからないゆえ難しいかと。」


 「それがわかってるんだ。むしろそっちのほうがいい気がしてきた。ペンタルンに向かってるみたいだし数日は猶予がありそうだけど早いに越したことはないしね。」


 地図の通りなら大急ぎで飛べば夜明け前に急襲できる位置だ、行けるのは白雷に乗り慣れた忍だけだがやってみる価値はある。


 「お待ち下さい主殿!相手はニカをさらうほどの手練れです!少数で出向くのはいけません!」


 「そうですコン!せめて鬼謀さんか山吹さんを連れて行ったほうがいいですコン!」


 「いや、襲撃は私が行く。白雷にも急いでもらう必要があるからね。」


 白雷の速さを引き合いに出したものの、鬼謀にはファロを診る以外にもやってもらいたいことがあるし、山吹を海の上に連れていくのは色々と駄目だろう。


 「焔羅、これを預ける。あと、鬼謀の手が空いたら左手を診てもらってくれ。」


 「赫狼牙じゃねえか!こんな大事なもの預かれねえよ!」


 「少し強力な武器があったほうがいいだろ、預ける。だからみんなを守ってくれ。」


 焔羅に赫狼牙を押し付けてそれ以上は聞く気がないと態度で示す。

 さあ、ニカを助けに行こう、夜明け前までにヒャッハーしよう、そうしよう。

 いつもの格好になった忍が手綱を取り出して白雷を呼ぶとまたイヤイヤが始まった。


 『忍!くさいの!くーさーいーのー!』


 「うう、すまない、時間がないんだ!」


 『わかってるのー!でもくさいものはくさいのー!忍じゃなかったらバリバリなの!』


 『忍様には千影がおります。忍様の安全は必ず守ります。』


 とにかく匂いがつらい白雷とくさいくさいと連呼されてへこむ忍、シジミールで参加できなかった分やる気をみなぎらせている千影。

 緊張感の薄い様子だが山吹は誘拐犯が悲惨な末路をたどることを確信した。

 この集団で最も恐ろしい三人がやる気になってしまっているのだ。


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