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雷と白鯨

 嵐の中、船は揺れ続ける。


 ガスト王国への帰路で、男は上機嫌で船室で酒を飲んでいた。


 「ヒャハハハ!!あのビヤ樽は最後までバカだったなぁ!!!」


 男、グライブは今日も奴隷を追って海に飛び込んだドムドムを笑っていた。

 嵐の航海を乗り切り、三隻で出発した船は一隻が沈んでいたが、奴隷を売った利益はその損害を遥かに上回っていた。

 あとは帰りの道中だが、何度もこの航路を通っていたグライブはどんな魔物が出ても勝てる自信があった。

 注意すべきは大型のシーサーペントに真下から食い破られることくらいで、嵐のほうがよっぽど船にダメージがあった。

 国の魔術師を集めて上位の水の精霊と契約し、各船に一体が守りについている。大型の魔物以外なら問題にもならない。


 「ビヤ樽、親父殿のお気に入りだったからなぁ!航海中の事故なら仕方ねえってなるだろ!」


 クーデターを起こし、国を手に入れたはずが、平民も貴族もグライブのことを受け入れなかった。

 あくまで口を出してくるその姿勢に対して、グライブは配下と共に力を振るった。

 脅し、殺し、金をちらつかせる。

 裏社会で覚えた手法でグライブは相手を黙らせていく。

 そして、奴隷の契約を強要したのだ。

 服従か死か、それがグライブ・ガスト・ロード四世の作ったガスト王国の姿だった。


 「力がありゃ何でも手に入る!あのいけすかねぇビヤ樽も魔導具であの通りよぉ!!」


 常に王族として国民の手本になんてムチを打ちながら教える家にもう二度と戻りたくなんてなかった。王家の末端にいたら国のためのコマとして使い潰されるのは目に見えていた。

 犯罪者はグライブの天職だった、危ない目には何度もあったが、何でも自由にできた、魔法にもどんどん磨きがかかっていった。

 そんな中で死にものぐるいで手に入れた技術や生き方を、あのビヤ樽は常に否定し見下していた。

 支配の首輪は王族でさえ簡単に手に入るものではない、たまたま王国の戦利品として宝物庫に保管されていただけだ。世に出せばいくら払っても欲しがるやつが五万といるだろう。

 グライブはそれをドムドムに使った、あのビヤ樽が大嫌いだったからだ。


 戦いの神ジャスティは戦士の神だ、その信者には正義を掲げるものも多い。

 ガスト王国から見ればグライブは最悪の王族で、グライブから見ればガスト王国は最悪の国だった。

 

 「力に正義も悪もねぇ!俺はこの嵐だって吹き飛ばせらぁ!!!」


 グライブは上機嫌だった、酒の勢いも手伝って、忌々しい嵐を蹴散らしてやろうと考えた。

 上位魔法は高威力である、【タービュランス】を嵐に打ち込めば雲を散らすことができる。

 魔力がもったいないから普段はやらないが、過去に成功したこともあり、グライブにとっては普通のことだった。


「吹けよ狂えよ暴れよ風よぉ!猛き力をこの場に示せぇ!見えず触れず大地を駆けてぇ! 木々を大気を引き裂き騒げぇ!立ちふさがりし愚かな敵をぉ!刻み巻き上げ冥府へ飛ばせぇ!!」


 グライブの手から発生した風が海の水を巻き上げる、メキメキと音がして、ついでのようにメインマストも巻き上げて一直線に雲に向かっていった。

 巨大な竜巻がうねりながら雲の中に消えていき、雲はその風の渦の中に巻き込まれて消えていく、はずだった。


―――ボオオオォォォオオオオォォォォォ………。


 「グライブさん!なにしてんすか!マストなくなっちゃってますよ!!」


 船が壊れる音、謎の音に驚いて甲板に船員が出てきた。

 グライブがなにかやらかすことは過去にもあったが、その度になんとかなってきたので船員も態度がゆるい。

 しかしグライブは不思議そうに上空を見つめている。


 「……なんだぁ?」


 雲は、消えなかった。

 ゴロゴロという音がなり、雷が暗い空を走り回っていく。


 そして、そいつは現れた。


 そいつは真っ白な体をしていた、姿は鯨に似ていたが額に立派な角があり、白目のない真っ赤な目が片側に四つ、恐らくは両側で八つついていた。

 全身に雷を纏ったそいつはグライブの船の真上を泳ぐように飛んでいく、デカい、この船の三倍はありそうだ。


「ボオオオォォォオオオオォォォォォ……。」


 低く長い笛のような音、その正体はこいつの鳴き声だった。

 残りの船員もみんな、甲板に出てきていた。

 誰もがその姿に恐怖し、同時に見惚れた。

 誰もその存在を知らなかった、嵐の中の白い鯨。

 雷が甲板を直撃した。

 次に気がついた時、グライブは船に一人であり、舵の壊れた船は流されていた。


 嵐の中、船は揺れ続ける。

 行き着いた先は……



 「ボオオオォォォオオオオォォォォォ………。」


 「いや、これ、なにさ。」


 最後のピースが忍の目の前に現れていた。

 ここまでくればあの夢はやはり神託だったのだろう。

 【ブルーカノン】が消えていった沖の空に、真っ白な鯨が現れた。

 額に立派な角を持ち、赤い目は八つで全身に雷を纏っている。

 大きさは前世でいうところの遊覧船くらいに見える、そういえばあれも海賊船だったかな。

 段々と細かい姿がわかってきたが、それはつまりこちらに近づいてきているということだった。


 『忍様、なんですかあれは!』


 千影が帰ってきて早々焦ったような声で話しかけてくる。


 「え、精霊はどうした?!」


 『忍様の一撃で気配が消えました。船に使役のための補助具のようなものがあったのかもしれません。』


 あぁ、ふっ飛ばしたからか。


 「わかった。耳飾りさん、雷、角、飛ぶ、白、検索。」


 『該当する項目はありません。』


 どういうことだ?

 魔物と動植物は出てこないってことはなかった、よっぽど特殊なのか、そういうものじゃないのか?


 「耳飾りでもわからないらしい。」


 『承知しました。どうしますか?こっちに来ていますが。』


 ゆっくりと悠々と泳ぐように白鯨はこちらに飛んできていた。

 それと同時に波も高くなってきている気がした。

 稲妻が海に落ちている、白鯨の姿は嵐の中でぼんやりと光って、映像で見ていたなら幻想的な光景だったかもしれない。

 今は命の危機なので余裕が一ミリも無いが。


 『あの光では千影はお役に立てないかもしれません。逃げることを提案します。』


 「もっともだ。しかし、あの巨体だ、ゆっくりに見えて私が走るより何倍も早そうだぞ?」


 砂浜は、もうそろそろ海に飲み込まれてしまうだろう。

 後ろに走りながら忍は思考を巡らせた。

 段々と明るくなってきている、千影は忍のマントの中に引っ込んだ。


 『では、千影は忍様と最後まで共に。』


 いま、それ、洒落にならないとこなんだけどな。

 いや、千影は洒落なんて言わないか。


 「千影、さっきの魔法をあれに撃ってみる。明るいからしっかり隠れとけ。心中になったら神様紹介してやる。」


 『あまり良い印象がありませんが、楽しみにしておきます。』


 めっちゃ愚痴ってたからな。

 白鯨が動いてくるペースから、四回は当てられそうな気がする。

 なんでこんな威力の魔法が必要なのか不思議だったが、確かに覚えておいて損はなかった。


 「熱より火となり炎に変われ、触れし全ては灰へと帰る。育て育てよ赤から青に、青き炎はの至高の炎。立ちふさがりし愚かな敵を、塵も残さず冥府に送れ。【ブルーカノン】!!」


 忍は白鯨の顔のど真ん中に【ブルーカノン】を打ち込んだ、が。


 バチバチバチバチバチバチバチバチ……。


 「うーわ、バリアか。」


 雷が着弾点に集まり、【ブルーカノン】は不発にされてしまった。

 

 「熱より火となり炎に変われ、触れし全ては灰へと帰る。育て育てよ赤から青に、青き炎はの至高の炎。立ちふさがりし愚かな敵を、塵も残さず冥府に送れ。【ブルーカノン】!!」


 忍はすぐさま二発目を放った。


 バチバチバチバチバチバチバチバチ……。


 やはりバリアに阻まれたが、白鯨は嫌そうに体を捻った。

 そして、忍は気がついた、バリア以外の場所の雷が弱まっている。

 つまり白鯨はバリアを使うのに体中の電気を集めているのだ。 


 考えながらまた後ろに走る、足元が土になった、高台までは行く余裕がない、津波が来たらマズいな。気休めだが少しでも坂になっているところを登る。

 

 坂の上での【ブルーカノン】三発目もバリアに阻まれた、だんだん光が弱まってきている気がする。

 しかし、ここで忍はカクンと膝をついてしまった。


 『忍様?!』


 「なんだ?まだ撃てそうなのに膝にきてる?」


 疲労感はあったが、魔力はまだ枯渇した感じはなかった。

 魔力を感じることができなくなっているわけではないし、魔法はまだ使えそうだった。

 千影が思いついたことを教えてくれる。


 『放出疲れ、かもしれません。魔力が切れなくとも大量に使えば体に負担がかかります。ときには意識を失うことも。』


 なるほど、自分の中の魔力はずいぶん小さくなっている。

 体感で半分くらいか、これはまずいことになった。

 魔力残量としては【ブルーカノン】は打てるが、放出疲れをおこして気絶するかもしれない。

 よって、持久戦の選択肢がなくなった。

 膝をついたことを考えると、あまり余裕はない。


 【ブルーカノン】の防御をさせれば本体は随分と手薄になる。

 しかし、闇の精霊に対して相性最悪のあの白鯨に、千影の攻撃が通るのか?


 ―――ミャー、ミャー。


 嵐の中、ストームキャットが飛んでいた。

 全く気にしていなかったが、空には砂浜でのんびり過ごしていたストームキャットが飛び出している。

 ストームキャットは白鯨を気にしていない、むしろ近くに飛んでいく素振りを見せていた。

 これは、使えるかもしれない。


 「千影、影分身で運んでほしいものがあるんだ。チャンスは一度だけ。頼む。」


 この魔法陣を刻んだ石は三個のみ、忍の死を賭けたギャンブルが幕を開けた。


 忍は千影を【影分身の霊獣】で烏にした。三個の石を千影に預ける。

 やはり普段から使っている魔術や魔法では放出疲れはおこらないようだ。


 「私が【ブルーカノン】を撃ったら、あれの背中にこの石を落としてくれ。ストームキャットに紛れて飛んでいけば近づけるかもしれない。」


 『承知しました、必ず成してみせます。』


 あとはできるだけ白鯨を引き付けなければいけない。

 白鯨は同じペースで悠々と空を泳いでくる。

 烏が白鯨へ飛んでいくのを確認して忍は十分に間を取って詠唱をはじめた。

 鼻先が元砂浜の上に差し掛かったくらいに、忍の呪文は完成した。


 「【ブルーカノン】!!!」


 ベチャッ。


 放った直後、忍の体から力が抜け、忍はぬかるみに倒れてしまう。


 バチバチバチバチバチバチバチバチ……。


 バリアの音がする、意識は飛んでいなかった。

 体は倒れていても口が動けばいい、忍は魔術を発動した。


 「我と汝に絆を紡ぎ、ここに契約を結ばん!主たる我が名は、忍!汝の名は、白雷!」


 「ボオオオォォォオオオオォォォォォ………。」


 白鯨が鳴いた、やはりあれは魔物。

 発動の成功は感じるが顔が上がらない。


 【従魔の魔術】、そもそも魔物かどうかの時点から賭けだったが、以前に千影から聞いた、獣や動物の姿の魔物は精神攻撃に弱いという話で踏ん切りがついた。

 魔法陣の大きさは発動には関係ない、忍の精神力があれに打ち勝てれば、すべて終わる。

 白鯨が暴れているのがわかる、忍は伝わってくる感覚に自分の意識を叩きつけた。


 「おと、なしく、わたしに、従えぇ!!!」


 「ボオオオォォォオオオオォォォォォ………。」


 白鯨の鳴き声が聞こえる。

 揺らぐ汽笛のような、腹に響く不思議な音。

 まあ、やるだけやった、か。

 そんな事が頭をよぎり、忍の意識は闇に飲まれた。


読んでいただきありがとうございます。


「面白そう」とか「続きが気になる」と少しでも感じましたら、ブックマークと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けますと嬉しいです。


是非ともよろしくお願いいたします。

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