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悪い風邪と悪い子

 忍たちが泥の龍と戦った日、山吹は冒険者ギルドでピッカ草を納品していた。

 量が多すぎるのでウィンの案内で倉庫の方に通される。

 そこから手が空いているギルド職員が数人がかりで査定をするのだ。


 「あんたも大変ね。使いっ走りなんてするような実力じゃないでしょ。」


 「いやいや、主殿に比べれば我などまだまだゆえ。」


 「千影は反則よね。」


 冒険者ギルドに顔を出しているうちに山吹はウィンに話しかけられるようになっていた。

 ミスフォーチュンの窓口はミネアというのがすでに決まっているような空気で、通訳係のウィンも自然と仲良くなっている。

 鎧を着ずに行動するようになってからは絡まれる回数も増えたが、好意的に話しかけてくる相手も増えて屋台の売上も上がった。

 そんな付き合いも未開地に出発するまで、煩わしく感じる反面楽しんでもいたので少しだけ寂しく感じる。


 「そうそう、避難キャンプの幽霊って聞いたことある?」


 山吹は少し考えるが、思い当たるような話は聞いていない。


 「避難キャンプの近くに幽霊が出るって話よ。冒険者みたいな格好なんだけど泥を頭からかぶったみたいに全身が汚れていて木や岩の影からじぃっとこっちを観察してくるらしい。」


 「ふむ。」


 「ガストの伏兵を疑って軍が調べたらしいんだけど特に何も発見できなかった上に、何人か気絶して倒れたっていうの。強い冒険者にも幽霊はダメってやつがいるけど軍でも同じようなもんなのね。」


 そこまで聞いたところでミネアが受付に戻ってきた。

 報酬はまとめて忍に渡すことになっているため、麻袋を回収して拠点に戻る。


 山吹にとって幽霊は厄介な相手だが怖いという感覚はなかった。

 むしろ戦場などでは何度も戦ったことがあるし、何をしてくるかもある程度わかる。

 魔術は効くし、いざとなればブレスで消し飛ばすことも出来る。

 いまは白雷もおらず拠点の留守を預かる身、帰る前に少し調べるべきか。


 山吹が向かったのは門番たちのいる詰め所だった。

 避難キャンプのものとの交流も多く夜警をしている人もいる。

 なにより彼らは毎日のように出入りするファロたちと挨拶をする仲であり山吹としても話を聞きやすい相手だったからだ。


 「お、ねーちゃん一人とは珍しい、干し肉でも売りに来たか?」


 「いえ、お尋ねしたいことがありまして、避難キャンプの周りの幽霊が出るといった話に聞き覚えは?」


 「ああ、夜警の奴らが噂してたな。でも実際に見たやつはいないはずだ。見たっぽいやつならいるが。」


 「見たっぽいやつ?」


 「気絶してうなされてるのがいるよ。幽霊のせいかはわからんけどな。」


 死者などはいないという、山吹は首をひねった。

 取り憑かれでもしたのだろうか、それなら誰かしら対処の出来る魔術師くらいいそうなものだが。

 幽霊のせいかわからないというところも気になる。

 ここ最近妙なことに巻き込まれることが多かったので神経が過敏になっているのだろうか。

 思案に気を取られている間に奥から出てきた衛兵が声をかけてくる。


 「お、干し肉屋の。牛の子は大丈夫かい?」


 「牛?ファロですか?」


 「今朝の炊き出し終わってからかな、狐の子に支えられて門を通ってったぞ。」


 「そりゃ大変だ。ねーちゃん早く帰ってやんな。」


 「失礼する!」


 何があったのだろうか嫌な感じだ、山吹は慌てて帰路についた。


 「……ねーちゃん、従魔車置いてっちまったな。」


 「どうする、何人かで移動させるか?うわ!臭え!」


 従魔車は盗まれないように鎖でつながれ詰め所の表に放置された。




 避難キャンプの食料は忍たちの持っていたもの以外にも港の方からもアラや雑魚、塩などが供出されている。

 ニカたちはそれらを受け取りに来るついでにギルドの職員たちに混ざって毎朝恒例の港の炊き出しを手伝っていた。




 時刻は遡り、夜明けとともに港で行われている朝の炊き出し、ファロとネイルとニカは料理に給仕にと忙しく動き回っていた。


 「ニカちゃん、最近見なかったけどどうしたの?」


 「実は体調崩しちゃって寝込んでたんです。」


 「ええ?!知ってたらすぐにお見舞いに行ったのに!」


 「何バカ言ってんだい!あんたにニカちゃんはもったいないよ!」


 下心みえみえの男がなんとか会話をつなげようとするがおばちゃんに一喝されて周囲が笑いに包まれる。


 忙しなく人が動き回る中でニカはある男が気になった。

 細身の魔術師風だがもうずっと食事に手を付けずに隅の席に座っている。

 声をかけたがニヤニヤと値踏みするような笑みを浮かべてこう答えた。


 「まだ食ってるんでな。」


 他の人はさして気にしていないようだったのでニカも仕事に戻る。

 嫌な感じがする人だ、こういう相手には近づいてはいけないと感じた。

 しばらくしてネイルがニカを呼びに来た。


 「ファロさん知りませんコン?」


 人はまばらになってきたがこの時間ならまだファロは給仕をしているはずだ、しかし、ニカの身長で見える範囲にメイド帽の人影はなかった。


 「うーん、野菜のところかも。」


 「あ!ちょっと見てきますコン!」


 炊き出し用の野菜は悪くなってたり売れ残ったりしたものを少し離れた倉庫で保管している。

 ネイルは小走りに倉庫に行って、程なくしてファロ担いで帰ってきた。


 「ニカさん!回復お願いしますコン!」


 調理係のおばちゃんが男のケツを蹴っ飛ばしてファロを長椅子に寝かせるよう指示を出した。

 ニカは倒れたファロに焦ってしまい言われるがまま【ライトヒール】をかけたのだった。


 「うーん、申し訳ありませんモー。なにも覚えていませんモー。」


 「悪い風邪が流行ってるみたいだから気をつけるんだよ。」


 おばちゃんが心配してくれる。

 ファロは魔法をかけるとすぐに意識を取り戻したものの、調子が悪そうだったのでネイルに付き添われて拠点に帰ることになった。


 二人を送り出して、ニカは最後まで炊き出しを手伝う。

 このあと難民キャンプの方でも炊き出しをするのだが、そちらに運ぶ魚を入れた箱のところでミネアが待っていた。

 運ぶのを手伝ってくれようとしたみたいだがニカはミネアが忙しいのを知っていた、冒険者ギルドは港の哨戒の斡旋や帰ってきた冒険者への支払い、更に通常の依頼とてんやわんやなのだ。


 「ありがとうございます、でも、大丈夫です!受付のお姉さんたちもお疲れみたいですし、ミネアさんもちゃんと休んでくださいね!」


 ニカも魔物である、木箱の二つや三つを運ぶのは苦労するようなことではない。

 酒場でクダを巻いて客に絡んでいる受付のお姉さんの話を聞いていたので気になっていたのだ。

 それに、ミネアが忍と仲良しだときいて、少しだけ心がモヤッとした。

 行商の屋号を分けることで突っかかってしまったのもなんだか忍が遠くにいってしまうような気がしたためだった。


 「私が行商とかやってみたいって言ったから忍さんは応援してくれてただけ。ミネアさんもすごく良い人なのに。」


 損得の話なら屋号は分けて独り立ちしたほうがニカの勉強になるし得もする。

 頭ではわかっていたが、ニカの感情が爆発してしまった。

 いつの間にかニカの欲しいものは手に入っていたし、ニカの夢は忍と離れないことになっていた。


 「忍さんが帰ってきたら謝って、ずっといっしょにいたいって伝えなきゃ。あと、ちゅーもしてもらって……えへへ。」


 忍はボボンガルでニカの気持ちを聞いたあと、ずっといっしょにいるつもりで行動しているのはわかっている。

 しかし、なにか起こると不安そうな様子で心変わりをしていないか確認してくるのでニカも少し不安になる。

 いつか忍が心変わりして置いていかれてしまうかもしれないと、心の隅がチクリと痛むのだ。

 よくよく思い返せばニカも一夫多妻制の背中を押したうちの一人だったのに。


 「わがままな子、だね。」


 ニカは立ち止まってポツリと呟いたが、頭を振って弱気な考えを追い出すと炊き出しに急いだ。


 難民キャンプではニカが来る前に炊き出しの用意がすんでいるものなのだが、今日はまだ終わっていないようだった。

 用意をしてくれている者はみんな顔なじみになっている、調理場の近くに箱をおろしたときには何人か欠けていることに気づいていた。


 「シーおばさん、ジェーさんは?」


 「ああ、熱が出ちまっててね。他にも何人かいるんだけど、流行病かもしれないんだよ。」


 「えっ?!昨日まで元気だったよ?!」


 「そうなんだよ。診てもらうにもお金がいるからね。端っこの方のテントに寝かせてあるんだ。ニカちゃんもあっちに近づいちゃ駄目だよ。」


 竈で薪を組んでいたシーおばさんがわざわざ注意してくれる。

 高熱と聞いて赤肌病を連想したが薬は貴重なものだしここに鬼謀はいない。

 忍たちがどのくらいで帰ってくるのかもわからないが、ニカは体が白く変わっていったときの心細さがよぎり、隔離されている人に回復魔法をかけようと決めた。


 炊き出しはとにかく混み合うため、ニカが短時間いなくなったとしても簡単には気づかれない。

 こっそりと抜け出してテントに入り、急いで【ライトヒール】をかけようとした。


 「あれ?」


 一番近くにいた子供の首に小さな傷があった。

 穴が二つ開いていて少し出血したのか襟に血痕がついている。

 気になって他の人も調べてみると寝かされていた全員に噛まれたような跡があった。


 不意に背中に触られた、そのまま意識が遠のいていく。


 「悪い子だ。病気になっちまうぜ。人だったらな。ククク……。」


 押し殺したような男の笑い声を聞きながら、ニカの意識は途切れた。


 お読みいただきありがとうございます。


 「続きが気になる」と少しでも感じましたら、ブックマークと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けますと嬉しいです。

 いつの間にやら反応が反映できる新機能もついたようなのでお気軽にポンと押していってください。


 是非ともよろしくお願いいたします。

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