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ズチャ湿地帯大混乱

 夜明け前、忍たちは朝食を囲みながら打ち合わせをしていた。


 「お頭、ほんとに手を出さないのはどうなんだ。」


 「その話、これ以上引っ張ったら動けなくして置いてくからな。」


 雑魚寝前提で一部屋しか作ってないし、それ以前に危険地帯というものを舐めすぎていないかこいつ。

 忍がチベスナ顔になるが、鬼謀も同じくらいゆるい雰囲気だ。


 「ふたりともなんでそんなに落ち着いてるんだよ。」


 「旦那様ってさ、戦う、争うってなると途端に引け腰になるよね。」


 「お頭の話を俺らが聞いた限りだと行方不明が十人、その中にちょっと強いやつが三人混ざってた。そうだよな。」


 「そうだな。」


 「鬼謀や山吹が暴れまわったらその程度で済むか?」


 「……けど、それは気を抜く理由にならないだろ。」


 「いやいや冷静になってよ。皆殺しじゃないのに目撃者なし、それでこの程度しか被害が出てないってことは魔物なら縄張りがあるとか一気に人を殺せないとかその程度のはずだよ。殺すだけならブラックタイガー程度でももっと殺すしさ。」


 「人なら目撃者をなくすのには気をつけるだろうが、このだだっ広い湿地で長逗留なんざ病気になりたいって言ってるようなもんだ。それに人が相手ならアネさんと鬼謀の警戒をくぐり抜けて拠点に攻撃できるやつなんてのはまずいない。」


 「いや、色々あるでしょ?千影の索敵範囲外から広範囲魔術とか」


 「旦那様しかできない。」

 「お頭しかできねえ。」


 息ぴったりにきっぱりと言い切られてしまった。


 「私にできるなら他にもできる人が」


 「いない。」

 「いねえ。」


 二人揃って食い気味の全否定である。


 『忍様は千影たち従者の誰よりもお強いのです。シーラもきちんと覚えておいてください。』


 「千影、嘘教えるな。腕相撲だって…」


 「旦那様が絶対認めないからこの話はおしまい。過剰戦力ってことで僕と焔羅の意見は一致してるの。というわけで、はいこれ。」


 鬼謀はシーラにビー玉くらいの大きさの魔石を五つ手渡した。


 「水中でなにか気になる生物とかがいたらこの魔石に魔力を込めて、【ウシロ魔】が追いかけてくれるから。あと、これ飲んで。」


 「…なんだかすごい匂いですウオ…。」


 「味もひどいから鼻を摘んで一気にね。」


 青緑のマーブル模様のどろっとした液体だ、シーラはためらっていたが覚悟を決めたように一気に煽る。


 「うぅ……んぷっ…。」


 「偉い偉い。」


 気持ち悪そうなシーラの肋骨のあたりがパクパクと動いていた。

 エラ発見、鱗に隠れていて気づかなかった。

 不躾に視線を送ってしまったのでシーラが恥ずかしそうに流線型の体を隠す。

 忍は慌てて鬼謀に話を振った。


 「何を飲ませたんだ?」


 「毒消しと病気対策の薬だよ。ちょっと調合を変えて長時間ゆるく効くようにしてあるやつ。」


 「え、まさか。」


 「そう、ピッカ草だよ。」


 ピッカ草を一発で飲みきるとはシーラは根性があるが、そのせいで調子を崩しかけているのでは本末転倒ではないだろうか。 


 「シーラ、口直しはどうだ?」


 「いただきますウオ。」


 スカイエの果汁と砂糖をお湯で溶かした薄めのレモネードを作る。

 これを作るともれなくスカ太郎が思い出されて半笑いになってしまう、スカイエだからスカネードかもしれない、そう決めたとしても言い間違うだろうけど。

 アホなことを考えている間にシーラは何度か飲み物を口に運び、少し落ち着いたようだった。


 「ありがとうございますウオ。探索頑張りますウオ。」


 「あ、なんか飲んでやがる!俺にもくれ!」


 「はいはい。飲んだら出発しよう。」


 スカネードは焔羅にも好評だった。


 小船に乗り込んで縁に捕まる。

 鬼謀が船に取り付けていたのはプカポンと推進装置だった、推進装置の名前がドバアと聞いたときは耳を疑ったが正式名称らしい、水を前から吸い込んで後ろに吐き出す単純な魔導具だった。

 ちなみに浸水した水を船外に排出する魔導具というのがあってこちらはダバアという名前らしい。

 わかりやすくていい、のだろうか。


 「みんな乗ったね!出港!」


 「おうよ!」


 かつて無いハイテンションの鬼謀の合図で焔羅がドバアに魔力を流す。

 水がその名のとおりドバアっと出て……船が暴走し宙を舞った。


 大破というのが正しいのだろうか、沈没ではない気がする。

 浅瀬に叩きつけられた小船は見事にばらばらになってしまった。

 空中で鬼謀を捕まえた焔羅は流石の身のこなしで華麗に着地したが、忍はシーラを庇ってピッカ草に背中から突っ込み、体の中から嫌な音がした。


 「忍様!忍様!」


 「う、あっ……千影?」


 「よかった、反応されなかったので打ちどころが悪かったのかと……」


 「痛い、けど意識ははっきりしてるよ。……シーラは無事か?」


 「あ、はいウオ。」


 忍だけ意識が飛んでいたらしい。

 庇ったはずのシーラが尻餅をついていて、忍は千影に抱きかかえられていた、なぜ。

 嬉しいけど、嬉しいけどさ。ちょっとは他の人の心配もしよう。


 「欠陥品か?おい、どういうことだ?」


 焔羅が鬼謀に聞いているが鬼謀は茫然自失といった雰囲気だ。

 シーラに本当に痛いところはないか確認して、忍は自分に【ヒール】をかけた。

 そのままだと立ち上がれそうになかったからだ。

 成長しているのかそれほどの怪我ではなかったのか、忍はすぐに回復した。

 痛みはなくなったが全身ドロドロだ、そのうえここは膝の上くらいまでは水深がある。


 「もう大丈夫、水から出ようか。浸かってると体力を奪われる。」


 「賛成だ。こいつも意識がどっか行っちまってるしよ。ったく、なんなんだよ。」


 焔羅が苛立つのもわかるが、鬼謀らしくないミスだ。

 鬼謀は魔導具をはじめて作った場合必ずテストをする、効果のわからないものを自信満々にいきなり実戦投入するようなことはまずしない。

 大きめの切り株を出して鬼謀を座らせゆすってみると、だんだんと目に光が戻ってきた。


 「戻ってきた?大丈夫か?」


 「旦那様……あれ、船は?」


 「バラバラになったよ。確認なんだけど、あの、ドバア?は使ってみたことある?」


 「もちろん!旦那様を乗せるんだからちゃんと……ちゃんと、やったはずだったんだけど……。」


 完全に消沈してしまった鬼謀を忍は子どもをあやすように撫でる。

 少しの間そうして慰めて、視線を上げると焔羅と目が合った。


 「俺は言われたとおりに魔力を流しただけだぞ。なんもしてねえ。」


 「いや、そんな早口で言い訳しなくていいから。魔導具もバラバラで原因なんて確かめようがないし。それよりこれからどうするかを決めよう。そうだ、焔羅は水の上を歩いてなかったか?」


 「【水走】か、魔力を食うし練習しないとうまく扱えないぜ。」


 「仕方ない、水中を歩くしかないか。」


 「えっと、それじゃあ、これ。」


 鬼謀が申し訳無さそうにあのどろっとした薬を取り出した。

 忍も飲まなければ駄目らしい。


 「毒は効かないんだが…」


 「焔羅も僕も飲むからさ。」


 忍は薬を受け取ると鼻を摘んで一気に煽った。

 喉にうまく入っていかないうえ、舌がピリピリしてかなり苦い。

 無理やり例えるとするならば特濃のセンブリ茶に唐辛子の入ったスムージーを飲んでいるようだ。

 単純にそんなものであれば胃や喉が拒絶反応でも起こしそうなものだが、飲み下すことができたあとは不思議と体がポカポカしてお腹も大丈夫そうだった。

 ただ、つまんでいた鼻を開放した瞬間にひどく青臭い匂いがして、息をする度に残り香がお腹から上がってきた。


 「うわ……。」


 焔羅は普通に飲んでいて、シーラは心中お察ししますと言い出しそうな表情で背中をさすってくれた。


 「もう、早く終わらせよう。予定通り右周りで、千影がなにか見つけたらシーラに潜ってもらう。鬼謀は私が運ぶから兎になってくれ。なにか出てきたら…。」


 「俺が先陣だな。」


 「うん。【マルチ】【ウォータースクリーン】」


 【ウォータースクリーン】で蛭などに噛まれることを防げると読んだ覚えがあったので使ってみる。

 この依頼はいつになく前途多難だ。

 作戦を確認して探索を続行するも、一日目は何もなく終わった。

 歩き通しなうえに水も浴びるにはまだまだ冷たい時期だ、一行は初日からくたくたになったのだった。




 二日目の朝方、山吹がピッカ草を取りに来たのでカジャに小船を調達できないか聞いてもらうことにした。

 従魔車に積み上げた量は大袋にして五十ほど、おかげで拠点が臭くてたまらなかったがもう少し必要らしい。

 これで匂いも少しは、と、話していたのだが。


 「臭え。」


 「ピッカ草をなめてた…。」


 「探索から帰ってきたら少しはマシになってるよ。さ、飲んで。」


 「毎日これを飲むのも辛いですウオ…。」


 効能がわかっていても使いたいものではないが皆飲んでいるので忍も付き合って薬を飲み下した。

 断ると鬼謀がさらに落ち込むような気もしている。


 「中央を進むと深いとこがが多いから今日は左回りで行けるとこまで行こう。船が調達できなきゃ明日からはみんなで泳ぐことになるかもね。」


 忍はおどけたつもりだったが、鬼謀も焔羅も渋い顔をした。


 「いや、みんな辛いなら山吹と帰っても大丈夫だぞ。焔羅と鬼謀の見立てだとそんなに危険じゃないみたいだし……」


 「それだけは無いですウオ。」


 鬼謀はウンウンとうなづき、焔羅は苛ついた様子でため息をついた。


 『忍様、マントを脱ぐのであれば壺を身につけていただけますか?』


 「了解。」


 深いところを進むには忍も宵闇のマントを脱がないといけない、つけたままでは着衣水泳の比ではないくらい動きづらいからだ、おそらく溺れる。

 忍は革紐で精霊の壺の取っ手を縛り、腰のあたりに結わえ付けた。


 『それと、時折かすかに大きな精霊の気配がします。奥になにかいるのかもしれません。』


 「精霊…?鬼謀、焔羅、千影が言うには大きい精霊の気配がするらしいんだが、なにか気付いたか?」


 「僕は何も。護符は濡れると駄目なんだ。結界は時間がかかるし、対策は厳しいかも。」


 「魔力が見えるようになる魔術ってのがあるが、使っとくか?」


 「お願いしますウオ。」


 魔力が見えるようになる魔術、【魔視】は一日くらいは持つようだ。

 便利そうだが魔力の消費は中級魔法三回分くらい、常人なら一回使えるかどうかというところだ。

 普及していないのも納得である。


 「……ご主人様から、ものすごく濃い黒いものが湧き出してますウオ。」


 「ああ、アネさんだな。だが驚くのはまだ早い、お頭が魔力を使うとそれどころじゃねえぞ。」


 焔羅が若干引き気味なシーラに追い打ちをかけている。

 魔力に関しては異常なことを受け入れているが、なんだかひどい言われようである。

 そんなに日頃の行いが悪かっただろうか、善人ってわけでもないので悪かったんだろう。

 善人でいようとはするものの、肝心なところで欲や恐れに負けるところは残念ながら昔から変わっていない。

 この世界では善人の前提が違うので一概には言えないかもしれないが。


 忍が思考の迷宮に入っている間に出発の準備が整っていた。

 湿地帯に足を取られながら歩きまわる時間である。


 「ご主人様、変な湧き水を見つけましたウオ。一緒に確認してほしいですウオ。」


 「わかった。焔羅、鬼謀を頼む。」


 深いところから上がってきたシーラの報告を確かめるため鬼謀を焔羅に任せて確認しに行く。

 湧き水自体はそこら中にある、水深があるところには必ず大きな湧き水があった。

 この湧き水の豊富さが底が泥っぽいにも関わらず水が澄んでいる理由なのだろう。


 確認をするため忍はシーラの後をついて泳ごうとして、すぐにおいていかれた。

 泳ぎにはそれなりに自信があったがさすがは水の民、泳ぐのも潜るのもお手の物だ。

 気づいたシーラが戻ってきて今度は忍のペースに合わせて泳いでくれた。


 「この真下ですウオ。妙に魔力が強いんですウオ。」


 「了解。ちょっと流されないように支えてて。」


 忍はシーラに手を取ってもらうと仰向けに浮かんで目をつぶった。

 例えるなら水死体や日光浴中のトドといった様子だがもちろん遊んでいるわけではない。

 意識を集中すると水中の光景がだんだんと見えてきた。

 深さは四メートルほど、湧き水が泥を舞い上げるがその泥は程なくして底に沈んでいく。

 水底の泥の中にはなんだか長いミミズみたいな軟体生物や小さなエビや貝などがいっぱいいる、この泥はこいつらが作っているのかもしれない。 

 そんな湿地帯の生態系を観察しつつ、魔力を帯びた湧き水を意識する。

 湧き水というものがどうやって湧き出しているかは知らなかったが、忍は違和感を覚えた。

 視覚は湧き水を通り過ぎてそのさらに奥へと進んでいき、まるで古代の下水道のような石畳の空間を見つけた。

 その空間では天井を水が流れて、その水が湿地帯へと湧き出しているようだった。

 明らかに遺跡だが、行方不明者と関係があるかはわからない。

 むしろ下手に報告したら大変面倒なことになりそうな気がした。

 この情報をどうするかは後々決めるとしよう。


 「よし戻ろう。行方不明とは関係なさそうだけど、同じような湧き水があったら教えて。」


 「承知しましたウオ。」


 忍は耳飾りに搭載された地図機能で湧き水の場所をマークした。


 同じような湧き水は所々にあったが、チェックだけしてほかを探す。

 ちょこちょこと魚やカニのような魔物が襲ってきたりもしたが、水中のシーラはこちらが心配していたのが恥ずかしくなるくらい強かった。

 魚の土手っ腹を矛で正確に貫いて、岸に持ってくる。

 ビキニで流線型の魅力たっぷりの銛突き漁……いかんいかん。


 「あの、ご主人様、湿地帯というのはこんなにも魔物が少ないものなのですウオ?」


 邪なことを考えている間にシーラが水から上がってきていた。


 「ズチャ湿地帯はピッカ草のせいであまり魔物が寄り付かないとミネアさんから聞いてるよ。ここもそこはかとなく青臭いし…。」


 「えっと、地上ではなく水中ですウオ。ロクアット湖などは生き物はそれぞれ生きやすい場所に固まっていたり湖の中をずっと動き回っていたりしますウオ。場所によってはひしめくように魚がいたりしますウオ。でも、この湿地帯はそういう生き物の気配が極端に少ない気がするんですウオ。」


 「たしかに、沼や湖にいるような毒を持った生き物が全然いない。薬草の種類もかなり少ない気がするね。」


 「……まあ、楽でいいじゃない。千影、精霊の気配は?」


 『申し訳ございません。気配はあるのですが場所がどうにもわかりません。千影は駄目な精霊です。』


 「いやいや、よくやってくれてるよ!ピッカ草も千影が集めたでしょ!なにかわかったら教えて!」


 「またアネさん拗ねてるのかよ。今日はここまでにしとくか?」


 忍が慌てて千影を褒めると千影が拗ねているというのがいつの間にか共通認識になっていた件について。


 千影の烏に追いかけられている焔羅はさておき、体も冷え切ってしまっているので切り上げるにはちょうどよかった。続きは明日だ。


 この日の夜、忍は久々に足がつった。

 真夜中に汚い声で叫びだした忍のせいで、拠点は一時騒然となった。


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