調査依頼と張り切りすぎな二人
翌日、冒険者ギルドを尋ねるとマスターの部屋で書類に埋もれた不機嫌なカジャが待っていた。
「あれ?エレインさんはどうしました?」
「寝込んじまったよ!なんだってこう問題ばかり起きるかね!」
「あんなふうににじり寄ってきたら千影も勘違いしますよ。私も身の危険を感じました。」
まあオタクが本気で欲に負けるとあんな顔になるという感じだったが。
「あの子も実家の影響で魔術ってなるとおかしくなることがあるからね。あんな珍しいのどこで覚えてきたんだい?」
「そういうの他人に教えるなって言ったのカジャさんじゃないですか。申し訳ないんで依頼は受けますけど……。」
「そいつはよかった。ジェシカはさっさと街を出ていっちまったよ。」
カジャは忍に紙を渡してくる。
封筒もなにもないのでメモかと思ったがどうやらジェシカからの手紙のようだ。
すごかた。
つぎまけない。
かべこわす。
じぇしか。
「幼児か!」
いや、本当にこんなもんなんだろう。
千影によるとジェシカは生粋の戦闘狂で思考能力はそこらの獣と変わらないということだ。いわゆる脳筋である。
人とともに暮らしていたことがあり、その時に教わった双斧を極めたいらしく、決闘や武術大会、戦争にも見境なく首を突っ込んでいる。
一般的な意見としてかなりやばい奴なので忍の心配も間違いではなかったが。
「なんでも言うこと聞かせるチャンスだったのに逃げられたね。」
「あっ?!そういうこと?!」
「いたずらした子どもほど逃げ足が早いもんさ。さあ仕事だよ!白雷とひとっ飛び済ませてきとくれ!」
「いや、白雷は逃げました。普通に調べてくるのでちょっと時間かかりますよ。」
「は?」
カジャはアテが外れたとばかりに眉を吊り上げるがこれにはちゃんとした理由があるのだ。
忍は昨日の相談の内容をかいつまんで説明することにした。
「全員揃ったので天原忍者隊会議をはじめます。危なそうな調査依頼があるんだけどできれば受けたいのでみんなの意見を聞きたい。」
「いや、お頭が受けたいなら反対するやつはいねえだろ。」
「我はいつでもいけます。場所はどこですか?」
「カジャ湿地帯、ピッカ草っていう薬草の群生地で強い冒険者が行方不明になったらしい。ついでにピッカ草も摘んできてほしいって」
この時点で白雷が爆速でテントの外に飛んでいった。
ピッカ草は新芽ならば匂いも味も薄いが、育つと魔物さえも寄せ付けない強烈な匂いを発生させる味もひどいものだ。
試しに千切ってみたところ白雷が逃げてしまい湿地で立ち往生したことは苦い思い出だ。
最近だとミネアを起こすのにペンタルンでも使った気がする。
「ですよねー。」
「はじめて扱ったときはびっくりしたよ。もう慣れてるから僕は参加するね。」
「白雷がいないんじゃ、移動は歩きと小船かな。うん、無理しないでいいから。」
船と聞いて青い顔で苦笑いをした山吹に忍は先んじて声をかけた。
「面目ない、近くまでは送りますゆえ……。」
これで主力が二人脱落。
次に手を上げたのはシーラだった。
「水辺や船に関してならお役に立てますウオ。」
「うーん。」
シーラは水辺の種族だが戦力的には中級魔法使い程度だ、いてくれると助かりそうだがかなり心配でもある。
忍は乗り気ではなかったが焔羅の意見は違った。
「水中を調べなきゃならないことがあるかもな。俺は賛成だ。」
「焔羅の水の精霊じゃ駄目なのか?」
「そんな細かい意思疎通なんてできねえよ!お頭と一緒にしないでくれ!」
怒られてしまった。
シーラが祈るような視線を送ってくる、忍は耐えられずに必要だからと無理やり納得した。
「わかった、わかりました。ネイルにも言ったけど指示にはちゃんと従ってね。」
「ありがとうございますウオ。ご主人様のために命をかけさせていただきますウオ。」
「うん、命かけないでね。生きて帰ってこようね。」
ジェシカとエレインが依頼を受けるかもしれないので小船なら人数的にもこれ以上増やさないほうがいいという話になった。
ネイルが付いてきたそうにしていたが今回は見送りである。
「よし、明日カジャさんに受けるって言ってくる。小船は用意できないか聞くけど他に交渉したいものとか聞いておきたいことはある?」
「ふふふ、船は僕にアテがあるよ。わかってる情報だけ聞いてきてくれれば大丈夫。」
「くくく、屋敷に水場はなかったからな、楽しみだ。」
「ふふふふふふ…」
「くくくくくく…」
楽しそうに含み笑いをしている二人、触らぬ神に祟りなしだ。いざとなったら命令してでも止めよう。
「なるほど、そういえば匂いに魔物よけの効果があったね、毒消しの効能ばかり考えててすっかり忘れてたよ。仕方ない、できるだけ急ぎで頼むね。」
しっしと追い払うように手を振るカジャに待ったをかける。
「ちょ、急いでるのはわかりますけど情報は下さい!」
「なんだい坊っちゃんならどうとでもなるだろ!さっと行ってちゃっと解決してきておくれ!」
「扱い雑すぎませんか?!」
カジャはため息を付いたが何故かバツが悪そうに視線をそらす。
「渡せるような情報はないんだよ。帰ってきた冒険者は変わったことに気づかなかった、行方不明者は十人を超え、虎の子のパーティも消えたって状況だ。向こうの街は冒険者ギルドの規模も大きいわけじゃない、そういうとこも含めて調査ってことさ。」
「……超危険案件じゃないですか。」
「ちょっと難しいくらいの案件なら特級を呼びつけたりしないよ!自覚しな!」
そういえばそうでした。
「消えた冒険者の外見って教えてもらえますか?」
「手練れの三人だけは面識があるからわかる。でも、連絡が来た時点でかなり時間が経ってたからね、おそらく死んでるよ。」
そう断ってからカジャは手練れたちがどんな冒険者かを教えてくれた。
その後すぐに邪魔だからと部屋を追い出されたのだった。
忍は急いで拠点に帰りすでに準備万端の三人と合流した。
カジャの話を聞いて心配になり、この期に及んでシーラを連れて行くことを渋ったが当然のように却下された。
お陰でズチャ湿地帯への道中シーラと便乗した焔羅から主人の権利や奴隷の扱いに付いての小言を聞き続けることになった。
「送ってくれてありがとう、ニカたちのこと頼むね。あと白雷が帰ってきても…」
「攻めるなと、心得ました。では、我はポールマークに戻りますゆえ。弟子よ、主殿を頼むぞ。」
「はいはい。」
鬼謀にスッと流された山吹はちょっとさみしそうに帰っていった。
鬼謀が水際で何やら怪しげな道具を組み立てて準備している横では焔羅も湿地に何かを沈めている。
やる気を出している二人に待機を命じられてしまったので、忍はシーラと魔術を復習していた。
「人差し指を立てて前に突き出す」
「飛ばす、ですウオ。」
「手を払うように素早く外側真横に振る。」
「そらす、ですウオ。」
「手のひらを突き出して上下を逆さまに」
「回す、混ぜるですウオ。」
「だらりと下げた手から素早く手のひらを向ける」
「ひっつくですウオ。」
「よし、とっさに使いそうな動きは頭に入ってるね。無理やり抵抗できるやつもいるからかけても油断しないように。」
「肝に銘じておきますウオ。」
シーラの希望で深海語魔術、ネレウス式を教えたが、シーラは努力を重ねほぼ完璧に習得していた。あとは実践で慣らしていくだけだ。
いつものメイド服ではなく泳ぐ可能性があるため水着、忍が渡した矛を持っている。
「水中探索をするときシーラはどう動く?」
「ご主人様の船から離れないようにしますウオ。なにか発見、トラブルなどがあればすぐに戻ってご主人様に知らせますウオ。」
「よし、大丈夫そうだね。防具がないんだから絶対に危険なことはしないでね。……あっちはまだかな。」
鬼謀は小船にごちゃごちゃとなにかをくっつけているし、焔羅はなぜか魚を捌いている。
「千影、とりあえず周りの索敵をお願い。人影とかも見つけたら教えて。」
『承知いたしました。』
もはやいつもの光景といって差し支えないマントの下から烏がバラバラと飛び立つ、この湿地帯はかなり広い、街一つを覆える千影といえど一回ではカバーしきれない広さがある。
小船もまだまだ時間がかかりそうだったので忍はシーラとともに拠点の設置をすることにした。
適当な広さの地面に両手をつけていい感じの部屋を思い浮かべる。
「【大地変容】」
土がちょっとずつ盛り上がって岩山になりそれから形を変え、丸いかまくらのような形で圧縮されて固くなっていく。
奥には煙突と暖炉が据え付けられた一室が出来上がっていく……十分ほどかけて。
ものすごく便利だがこの時間だけがなんとも。
「終わったよ。」
「失礼しますウオ。」
出来上がるとすぐにシーラが入口に布をかけ、中をチェックしてちゃぶ台や座布団などを配置していく。
固まった体をほぐそうと柔軟運動をしている間に快適空間が出来上がっていた。
「終わりましたウオ。」
『忍様、飛べる範囲に異常は見られません。』
「二人ともお疲れ様。千影はピッカ草の収穫をはじめてくれ。」
二人の様子を確認すると遠目だが小船が小船じゃなくなってる気がする、あと、焔羅が水の上を走ってる。
……遊んでるわけじゃない、よね。
「……まだ終わりそうにないですウオ。」
「……一旦、お茶にしようか。そんな格好で待たせてすまない。」
シーラに厚手のローブを渡すと忍はさっき作った暖炉に火をつけた。
「準備できたんだけど……なんでくつろいでるのさ。外がめっちゃ臭いし。」
暖炉の薪がぱちりと弾け、部屋の中は快適な温度になっている。
千影に膝枕をされた忍は眠りかけており、シーラはちゃぶ台で繕い物をしていた。
拠点の外には恐ろしい匂いの麻袋が三十ほど積み上がっている、その中にはピッカ草の葉っぱがきっちりと詰められていた。
「シーラさん、何時ですか?」
「……そろそろ四時ですウオ。」
忍が敬語で時間を聞いた。
朝からカジャに依頼を受けて山吹に大急ぎで送ってもらい、おそらく昼過ぎくらいにはズチャ湿地帯に到着していた。
忍とシーラがお茶のついでに時間を確認したのは午後の一時くらい、そこからお昼の用意をして二人を待っていたがなんだかものすごく盛り上がっていたので置いておくことに。
食事が干からびてしまうので一度しまい込み、千影がピッカの葉を集め終わったのが三時頃、それからはもう風呂やら野営の準備に切り替えて、危険な任務の緊張感はどこへやらである。
シーラの時計を見せられて鬼謀も状況を把握したらしく、自主的にその場で正座をした。
この時間から探索を始めればすぐに夜になってしまう。
「焔羅も連れてきて、探索は明日の早朝からにします。」
「ごめんなさい!すぐ、すぐ呼んでくるよ!」
久々の忍の敬語に緩みきった空気が一気に引き締まったのだった。
「遊んでたわけじゃないんですね。」
「僕はちゃんと準備してたよ。船にプカポンと魔導装置を取り付けてた。」
「俺は鬼謀に言われて魚の魔石を集めてたんだよ!魔術も試してたが遊んでたわけじゃねえ!」
「……わかりました。シーラ、水着で待っててもらったのに悪かったね。」
「とんでもないですウオ。ご主人様のお気遣いで寒くもありませんでしたウオ。」
「そうだ、お詫びってわけじゃないんだけど、こんなの買ったんだった。一番風呂も譲るしゆっくりあったまって。」
忍は市で買った石鹸のようなものをシーラに渡した。シーラはポロポロと涙を流して受け取った。
「申し訳ございませんウオ……魚臭くて申し訳ございませんウオ。」
「え、いや、違っ?!ごめん、違うから!気にしてたみたいだから買っただけだから!そうだ、今晩は一緒に寝よう!全然大丈夫だから!」
「旦那様、そのお誘いはどうかな。」
「甘いな、泣かせてからドロドロに甘やかすやつだぜ。」
「そこ!妄想すんな!というかこんな状況でやるわけないでしょ!」
あわててうっかり問題発言をした忍に緊張感がとどめを刺された瞬間であった。
先ほどとは打って変わって赤面して固まってしまったシーラをドロドロに甘やかすというところだけ忍はきちんと心に留めた。




