最前線の腕利きたち
忍が昼前に冒険者ギルドに着くとミネアが手招きをしている。
ついていくとギルドの外に出て港に向かい、ちょっと広い倉庫に案内された。
倉庫の中には椅子が並べられており、カジャとウィン以外にも十人ほどの冒険者が集まっていた。
メンバーの中には酒場で会ったポニーテールと行商人ギルドにいた赤い長髪のイケメンもいる。
「おや?坊っちゃんは断ったんじゃなかったのかい?」
「何の話ですか?ミネアさんが呼びに来たって聞いたんですけど。」
「……そこの斧使いに見覚えあるかい?」
ポニーテールがニコニコしながらこちらに手を振っている。
「酒場でいきなりパーティ組んでくれって言われたやつなら断りましたね。前置きも何もなしだったので。」
「びっくりしたよ!断られたのなんて初めてかも!」
「まともに伝言もできないのかい!これだから有名人ってのは……」
カジャが頭を抱えている、有名人らしい。
「仕方ない、報酬がいいとはいえ最前線に出てくるくらいだ、腕以外はちょっとおかしい奴ばかりだろ。」
「あ?喧嘩売ってんのか?」
魔術師風の細身の男が波風を立てるとスキンヘッドで土器のような武器を持ったムキムキ戦士風の男が突っかかった。
睨まれた魔術師はひらひらと両手を上げて降参を示している。
焔羅といい勝負の薄着の女性は端の方で酒瓶を片手に寝こけていた。
忍が気になったのはこの五人、残りは強面だったり嫌な笑みを浮かべていたりしたが威圧感はなかった。
パンパンと手を叩いてカジャが声を張り上げる。
「すまないが緊急事態だ、話だけでもきいとくれ。この倉庫は遮音してあるからよそに話は漏れないよ。ズチャ湿地帯でヘイガンとフリオンの腕利きが三人消えてる、この中からだれか調査の依頼を受けてもらいたい。」
ズチャ湿地帯は毒消しの薬草であるピッカ草の群生地だ、忍も駆け出しの頃にお世話になった場所である。
沖合で毒を使う魔物が発生したためヘイガンとフリオンの冒険者ギルドに緊急でピッカ草を集める依頼を出していたところ、行方不明者が続出、調査に行った腕利きも帰らなかったということらしい。
この腕利きというのはおそらく上級冒険者なのだろう、そこから考えるとこの場にいる冒険者も全員上級以上だ。
最前線と目されていた街、戦力だけは集まっている。
「個人でもパーティでもいいよ!報酬は調査だけでも金貨五枚、ついでにピッカ草の収集、場合によっては追加報酬が出るよ!」
「やっす。」
小さな声で毒づいたのは細身の魔術師だった。
それを皮切りにぞろぞろと集まった冒険者が倉庫から出ていく。
倉庫に残ったのは忍と赤髪のイケメン、ポニーテールの軽戦士に端で寝こけている痴女の四人だ。
「ま、こうなるとは思ってたけどね。残りのやつは受けてくれるってことでいいかい?」
「受けますよ、大叔母様の頼みですからね。」
赤髪はカジャの血縁者だったようだ。
「私はおじさん次第かな。こっちのほうが面白そうだし。」
「えー。」
「坊っちゃんは剣ができるまで暇してるんだろ、どうせなら受けとくれ。」
「剣ないんですけど。」
「従魔術師が何寝ぼけてるんだい。それに湿地に土地勘があるやつはあんたしかいないんだよ。駄目なら誰か弱いのを案内につけなきゃいけなくなる。」
カジャにはお世話になっているので本来なら二つ返事で受けても良かった。
しかし目の前で肉食っぽい魔物がにこにこと笑っているのだ、忍がこの案件を受ければついてくる気だろう。
よしんば別枠だったとして背中を心配しながら依頼を受けるのは流石に嫌だ。
「みんなと相談したいので明日まで保留でいいですか?」
「ま、しかたないね。あとは……」
全員の視線が酔っ払いに集まるがカジャが足で小突いても女は起きることはなかった。
「忍、あんたギルドマスターになる気は」
「絶対ないです。」
カジャが長い長いため息を吐いた。
「あの、蜘蛛殺しの忍さんですよね。お初にお目にかかりますエレイン・レッジャーノと申します。」
「ご丁寧にありがとうございます、忍と申します。家名をお持ちということはお貴族様ですか?」
「いえ、うちはパルミジャーノ家のお抱え商家なのです。現在は実家を離れ、行商で腕を磨いております。なにかご入用の際はお気軽にお声がけください。」
忍はなんとか態度を取り繕おうとしたがバレバレだったかもしれない。
通常なら大きな商家とのパイプに商人は喜ぶものなのだろうが、あのゴードンの家が絡んでいると聞いただけで一気に不信感が溢れてくる。
「エレインは戦士だよ。腕だけは保証してやるさね。」
「え、エレインさん戦士なんですか?」
かなりの魔力が感じられたのでてっきり魔術師だと思っていた、すごく意外だ。
いい加減手持ち無沙汰なのだろう斧をいじりはじめた美少女にカジャが問う。
「で、双斧はなんでこいつにこだわってるんだい?」
「ん?まあいろいろ?そっちの話終わったなら私の話してもいいよね!おじさん、戦お!一対一で!」
「なんでやねん。」
忍はもはや話についていけず真顔でぼそっと呟いた。
「私は弱そうなおじさんと戦ってみたい!おじさんが勝ったらなんでも言うこと聞いてあげるよ!ただ、そのよくわからない黒いやつ抜きでね!」
「ん、ああ、千影抜きで戦いたいってことですか。それ、私が負けたらどうなるんです?」
「え、特にないけど。」
忍は困ってカジャに視線を送ったが、カジャは楽しそうに成り行きを見守っている。
さっきギルドマスターを断ったのを根に持っているのだろう。
「双斧……ってあのお嬢さんがあの双斧のジェシカなのですか?」
「そうらしいよ。強いと聞いた相手に片っ端から喧嘩をふっかけて回る迷惑なやつだっていうのは本当だったようだね。忍!がんばんな!合図は銀貨でいいかい?!」
「なんでやる話になってるんですか?!」
「大丈夫、殺したりしないから!」
「わかった!わかりましたけど千影に言い聞かせるのでちょっとまってください!」
今にも勝手に勝負をはじめそうな二人を前に忍は時間を稼いで頭を整理する。
強引すぎる流れだが逃げたところで双斧は忍につきまとうだろう。
できればちゃっちゃと終わらせておきたい、千影に出てこないように言い含めながら作戦を立てる。
両手で斧をくるくると回しているジェシカはすぐにでも襲いかからんばかりの勢いだ。
千影の攻撃を避けた身のこなしからかなり素早いこともわかっている。
というか、なんであんなによだれがダラダラなんだろう、やはり肉食なんだろうな、目を背けたい。
手をグーパーして確認し指がきっちり動くことを確認する。
忍は生贄に捧げられた子羊のような気持ちでジェシカの前に立った。
「投げた銀貨が地面に落ちたら開始だよ!二人ともいいね!せーのっ!」
カジャがコインを投げると同時に忍は両手を組み、コインが地面に落ちると同時に亀甲で守るを発動した。
ガギギギギィン
「あっはははははははっ!なにこれっ!」
明らかに一撃ではない連続音がバリアから響き、ジェシカの楽しそうな笑い声がこだまする。
その間に忍は目をつぶり【第三の目】でバリアを壊そうと奮闘しているジェシカの姿を探した。
動きが早すぎて捉えられないことを危惧していたが不思議と高速で動き回っているジェシカの姿はバッチリ見えていた。
バリアを破るための突進突き、斧の切っ先は亀甲を貫けずジェシカが一瞬だけ止まる、その瞬間を見計らい忍は【白蛇の凝視】でジェシカを縛る。
笑い顔のまま全身が硬直したジェシカは呼吸ができずにそのままほどなくして泡を吹いて気絶したのだった。
倒れたジェシカを捕まえて千影にすかさず記憶を読んでもらう。
『犯人ではありません。』
確証を得られたのでこれで大丈夫だろう。
「忍さん、あなた何者ですか?あれは闇の精霊でしょう?!それにさっきの魔術はなんですか?!魔力そのものの防壁なんですか?!」
エレインが尻上がりに魔術師のような質問を飛ばしてくる、絶対戦士じゃないだろ。
カジャとミネアは驚愕の表情で固まってしまっていた。
ウィンは隅っこのほうで膝を抱えて震えている、千影トラウマのスイッチが入ってしまったようだ。
「エレインさんこそ魔術師でしょう。その魔力で戦士って無理がありますよ。」
「冒険者登録は戦士なのですよ!まさかこんなところで遺失魔術にお目にかかれるとは!」
なんかにじり寄ってきてるけど、やばい、圧がやばい、すぐにでも掴みかかってきそうだ。
忍が身の危険を感じて眉を吊り上げたところでエレインが前のめりに倒れた。
どうやらジェシカの影を踏んだので千影が気絶させたようだ。
「助かったよちか、げ?」
エレインはそのまま闇に包まれる、ジェシカはすでに真っ黒になって跳ね回っている。
『忍様に仇なす者に容赦など不要。』
「千影、やめてくれ。もう正気なのが私しかいないんだ。」
『ジェシカは忍様の手足を切り飛ばそうとしていましたし、エレインは怪力の持ち主のようです、捕まれば骨くらいなら折られていたでしょう。』
手足を切り飛ばされたら死ぬだろう、殺したりしないとは何だったのだろうか。
「ほら、いいからやめろ。千影がやってる限りウィンが復活しないし。もうこの場は私の手に負えないから。」
なにせ動いて喋っているのが忍しかいないのだ。
ウィンのトラウマスイッチを解除するため、カジャの追及から逃れるため、忍はいそいで千影を連れて倉庫を後にするのだった。




